―竜騎士カイムの半生は怒りと憎しみに彩られていた。
 両親を惨殺し、故郷を滅ぼした帝国を。
 元凶を知ると、帝国を裏で操っていた少女を。
 そして少女が死んだ後は、人を弄ぶ神を憎んだ。彼にとって生きることとは、それらを殺すことだった。
 復讐と己の生、それだけが全てだった。



 でも。



Endless Voyage of an Avenger

序章 『旅路』

presented by 木霊様




 世界は壊れた。
 慇懃な老司祭はそれを地獄と呼んだが、成る程そこは神の作り出した世界であり、確かに人にとっては地獄であった。
 神が人を見放したのだ。
 青い空は鮮血のように朱に染まり、神の落とし児―巨大な赤児の姿を借りた天使達が、人を滅ぼす為だけに虚空から次々と舞い下りる。
 そこに人の抵抗が差し入る余地はない。殺戮だけがただ、異形の手によって繰り返されるのみ。
(来るところまで来た、か)
 カイムは漆黒のカオスドラゴンの背にまたがり、異形蠢く魔都の虚空を見つめていた。
 思い返せば、実に長い旅であった。
 故郷の小国を帝国に滅ぼされ、そして妹が『封印の女神』となったことで、家族も崩壊。
 国の仇討ちと、帝国に狙われる羽目になった妹の守護を名目に掲げて―しかしその実、己の復讐と生の為だけに―女神の居城から帝都まの旅路を戦い、生き抜いてきた。
 迫り来る死から逃れるために、同じく深手を負って死を目前としていたドラゴンと、契約―心臓を交換して力を獲得し、そして声を失ったのが何時のことだったか…さほど昔の話では無いのだが、カイムはもう覚えていない。覚えておく必要がないのだ。
 結論から言えば、カイムの復讐はほぼ果たされたことになる。
 帝国を操っていた少女マナは実兄セエレの契約したゴーレムによって圧死、同時に帝国の兵士を操っていた強力な術は効力を失った。催眠と兵士の強化を同時に行っていただけあって、術さえ解ければカイムの所属する連合軍にでも崩すのは容易だ。何せ相手には戦う意志が無い。
 だがマナを殺しただけで全てを終わらせてくれるほど、カイムたちの運命は簡単なものではなかったらしい。その死を皮切りに、夥しい数の神の使いが帝都の天空に降りて来たのだ。
 契約者の力は強大なれど、相手が際限無く現れるならば話は別である。ましてやそれが、神の力を得た怪物ならば。マナは生前自分を『神に選ばれた』と言っていたが、もしかするとそれは真実だったのかもしれない。今それを知る術は無いけれども。
 そしてカイムに同行していた、我が子の死に狂ったエルフの女・アリオーシュはその天使に文字通り喰われた。
 その狂った精神で何を思ったかは定かではないが、とにかく彼女はあのおぞましい天使どもに、薄ら笑いさえ浮かべて自らの身を差し出した。ひょっとすると、喪った我が子でもその向こうに見たのやも知れない。
 幼い同性を狂おしいまでに愛してしまうという、己の愚かな性癖に最期まで苦悩し続けた青年・レオナールも、幼い少年セエレを護るべく自爆した。契約した喧しいフェアリーの抵抗はあっただろうが、結局彼の意志の固さには勝てなかったということだろうか。
 そして彼らの成した『道』を進み、竜騎士カイムは契約したカオスドラゴン、老司祭ヴェルドレ、そしてゴーレムの契約者セエレとともに、ついに最大の天使を追い詰めた…



―竜と契約し、幾度の戦場を駆け抜け、カイムは…少しだけ、変わった。
 それは本当に些細な変化かもしれない。憎しみの炎が消えたわけではないのだから。だがカイムは気高い親友であり、無二の戦友であり、そして命という根本を共有する存在を得た。
 それが、ドラゴン。
 どんな苦境にあっても自分を裏切らない、その存在がカイムを僅かに変えた。背を預けて戦う中で、親の敵である竜を己の半身と認め、信じ、背を預けるようになった。間違いなく、カイムにとって大切な存在になっていた。
 狂気、殺戮、憎悪、憤激、絶望。ありとあらゆる暗黒に包まれていた心に…少しだけ。
 それでも確かに、失くしていた何かが温かく、再びカイムの心に広がり始めていた―



(…行けるな?)
『追うのか』
 声を失った戦友の思念を察知し、ドラゴンは確認する。
(ああ。他の天使がいるならともかく、単体なら何とかなるかもしれん…あれは、逃がさん)
 大天使『母』は世界からの逃亡を図った。
 契約に『時』を捧げたセエレが永遠の封印を施そうとしたのを察したのだろう、アリオーシュを喰らって成長し、世界を飲み込もうとしていた『母』は、突如異世界への扉を開いたのだ。
 この時点で、カイムらの勝利は確定している。
 支配され統率される大天使を失い、破壊・殺戮の意志を失った天使どもは、いかに巨大とは言え烏合の衆だ…強大な戦闘力を持つカイムとドラゴン、永遠の時を持つセエレとゴーレムという契約者の敵ではない。そのうえ封印されるかも知れないのだ、再びこの世界に舞い戻ることは考えられない。
 後に残されるのがたとえ混沌の世界であろうと、生き残ることが人間の勝利なのだ。
 だがしかしカイムに、大天使を逃がす積もりは無かった。
「カイムよ…お主、何を…?」
 司祭ヴェルドレは震える声で彼を呼んだ。
 『母』の周囲には光の奔流が渦を巻き、いかにも今から何らかの力が行使されることは明白であった。
 それが逃亡のための転位魔法であることも、その意味する所が自分たちの勝利であることも分かっているだけに、老人には彼の行動は全くもって理解しがたかったのである。
『そうさな……虎の子を見つけるには、虎の巣に入るしかあるまい』
 答えは無く、代わりに声を失ったカイムに対し、それを背に乗せた漆黒のドラゴンが答える。
 ヴェルドレは驚愕した。カイムの復讐心の強さは知っての通りだし、その憎しみの矛先が帝国から、己に悲惨な運命を辿らせた神、そしてその使いたる天使たちに向けられているのは分かっている。
 カイムを心配したのではない、恐れたのだ。『母』への中途半端な攻撃により、折角消え去ってくれようとしているのを妨害されることを。
「馬鹿な! あれを追うと言うのですか?!」
『黙れ! ここでは己の力で生き抜く者しか言葉は持てぬ!』
 だがカイムはともかく、少なくともドラゴンには、自分の十分の一も生きていない者の意図などお見通しである。
 さらに言えばこの青年と竜はそんな打算がなくとも、皺枯れた老人の言葉に今更耳を貸すほど殊勝ではない。
「いやだ! 行かないで、カイム! 僕を一人にしないでよ!」
 幼いセエレの叫びが帝都の天空に響き渡った。その声は恐ろしさに震えて聞こえたが、こちらは老人とは全く異なる、ただ寂しさのみから来る歪みである。
 自らの保身を常に念頭に置くヴェルドレのそれとは違う。探し続けた実の妹を手にかけ、そしてそれにより世界をも崩壊させてしまった少年が、自分を好きで居てくれる唯一の―と、少なくともセエレは思っている―戦友の旅立ちをも目前にした、魂の叫び。
 それは言わば心からの、純粋な慟哭であった。 
『…生きていれば、いつかきっと逢えようぞ』
 もう二度と会えないだろうという、確信めいた予感はある。それでもドラゴンは、そう言わずに居られなかった。
 不思議なことだと思う。以前の自分なら、愚かな人間の感情など取るに足らぬ、と思ったはずだ。あっさり切り捨て、省ることはなかったであろう。
 だが今の自分は目の前の幼子を憐れみ、せめてもの慰めを与えようとまでしていた…セエレ本人にもそれと分かるような、余りに薄っぺらいものだったとしても。
(…この男の所為、か)
 愚かで脆弱な生き物…だが契約して共に戦うことで、其の考えは次第に変わっていた。憤怒や悲哀といったこの男の感情は、契約したドラゴンにも共有される。自身の持たぬ鮮烈なまでのそれに、学ばされたものは少なくない。
 そして何よりこれ程までに生に執着する生き物を、この竜は知らなかった。カイムの思念を通じて生について考えさせられた、それは紛うことなき事実であった。
(…何だ?)
『何でもない。忘れろ』
 意識が自分に向いていることを察し、ドラゴンははっと我に返る。
 話すのは躊躇われた。竜の心が、人間ごときに変容せしめられるなど。そこには奇妙な意地があった。
(…変わったといえば、この男もか)
 出会ったころのカイムは人間らしい感情が失われて久しかった。能面の如く変らぬ表情が動くのは、戦意の高揚に薄ら笑みを浮かべる時だけ。
 しかし、今は…
(何だ)
『何でもないと言っている』
 人間らしくなった…いやいつか聞いた『優しかった頃』とやらがひょっこり顔を覗かせているのかもしれない。 
 今は亡きカイムの妹・フリアエから聞いた時、そんなものがこの男にあるものかと思ったものだが。
「…じゃあ、せめて…」
 幸か不幸か、言葉の裏を読めないような子ではない。恐らく彼らが帰らないことは、もうわかってしまっていた。
 これがたぶん、今生の別れ。
「忘れないでっ! 僕のこと!!」
 だから精一杯の勇気で、諦めを祈りに変えて。

 漆黒の翼が『母』の成す光の渦に向けて飛ぶ間、カイムとドラゴンが振り返ることは、終ぞ無かった。



(…どこへ、行くんだろうな)
 髪を波立たせる風に目を細めながら、カイムは問うた。
 敵本体には間もなく到達する。『母』の発する閃光も強さを増してきていた。
『…知らん。この星でないことはほぼ確実だがな』
 その答えに、カイムはドラゴンの背にある突起を強く握りしめる。
 不思議と恐怖はなかった。世界を、星を置き去りにして、ただ異形の化け物と戦うために、宛てのない旅路を踏み出したにも拘わらず。
 なにもかも失い、そして最後に残った、命を分け合う最高の戦友…こいつがいれば、どこへでも行ける。どこまでも強くなれる。
 カイムにはそんな、信頼ともとれる確信があった。
『怖気づいたか? 復讐に生き、命まで捨てたお前が』
(…)
 単にノーを言えばいいところを、カイムは沈黙した。
 その思念が揺らぎがないことに、ドラゴンは疑念を抱き、尋ねる。
『…どうした』
(それもある、が…違う、気がする……今は)
『…何がだ?』
 カイムは目を閉じた。光の奔流が網膜を焼き、もはや開けていることできなかった。
 それでも『声』は確かに、伝わって来る。
(生きる為に戦っている…そんな気が)
『……』
(確かにあれは憎い。だがどこか、殺さなければ…生きられない気がした。)
『…何だと?』
(…)
 カイムの言葉に偽りはなかった。
 神に運命を弄ばれ、あまりに苛烈な過去を生きた故かもしれない。神の使いであるあの『母』をこの手で斃さねば…自分は、自分自身の意志で生きているとは言えない。カイムは、そんな気がした。
『…人間の考えることは我にはわからん。だが…退屈はしないで済みそうだ。今はそれで十分』
(…)
『……そろそろだな』
 『母』の放つ光が一層強くなり、膨大な魔力が漏れて四方八方へ飛散する。
 暴走じみたエネルギーの塊を避け、ドラゴンは速度を上げた。


 
 こうしてドラゴンの突入と共に、『母』は光となって消え…カイムは、善も悪も道連れにして旅立った。
 時空の挟間を抜けて、カイムが見る世界とは。

 時間と空間が変質し、ファンタジーがはじまる。



To be continued...

(2007.04.07 初版)
(2007.05.26 改訂一版)


(あとがき)

 ということで、自分史上最高鬱ゲー『DRAG ON DRAGOON』とのクロスです。Eエンド直前からの開始です。
 ゲームはお勧め…した方がいいのかなぁ…鬱だからなぁ…うん、止めよう。
 でもエンディングはちょっと身震いがしました。A〜Eまで、いろんな意味で。
 やったことない人は「ちょっとだけ優しさを取り戻した復讐鬼さんがボソンジャンプ」程度の理解でよいかと。
 大学とかあるので遅筆になりがちかと思われますが。生暖かい目で見守っていてくれるとありがたいです。
 ではまた。

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