「アーチャー、追って」

 言われるまでも無い。ランサーの追跡を開始する。だが、ランサーは腐ってもランサーだった。さすが最速のサーヴァントと言われるだけはある。所詮、弓兵風情では最速の槍兵を追いかけることは不可能だった。

 ラインを通じてマスターに失探を報告し、校舎を出たところで合流した。

「それで、その宝石使っちゃったんですか?」

 何でも、マスターが言うからには百年物の宝石を使って犠牲者を蘇生したらしい。自らの最大の武器を消費してまで人助けに走るなんて、と思うが、それもマスターの性格なのだろう、納得しておく。

「となると、生きているんですか? その人」

「えぇ、そうなるわよ」

 何を当然のことを、と言うかのようにこっちを睨みつけてくる。怖い。

「じゃぁ、ランサーがまた襲いませんか?」

「……あっ」

 この人駄目だな、と始めて思った。人間、どんな優秀でも、最終的にどっか人間くさい、うっかり性がついて回るものさ。と、悟る。マスターは、その典型例かも知れないな。

「どうします?」

「家を知っているわ。追いましょう」

「アイ、マスター」

 マスターの歩行速度にあわせて、彼女の先導する場所に向かって歩いていく。周辺の警戒は怠らず、気配は常に微弱な絶対恐怖領域A.T.フィールドで遮断しながら進んでいく。7騎のサーヴァント全員が揃わないと聖杯戦争は始まらない、というが、既にランサーが襲ってきたように戦争は始まっている。気を抜くべきところはどこにも見当たらなかった。


 目的地の付近にあるらしい武家屋敷風の家屋の塀の中から、何か青い奴が飛び出してきた。間違いない、ランサーだ。だが、ランサーはこちらに構うことなく逃げて行く。

絶対恐怖領域A.T.フィールド

 紅の障壁を前面に展開する。危なかった。剣、らしきものが絶対恐怖領域A.T.フィールドにあたり、弾かれる。その剣の使い手は、深緑の瞳、流れるような金髪を持った、甲冑に身を包んだ一人の少女だった。

 閃光一閃。陽電子を三連射する。僅かな瞬間だけ紅い障壁に穴を開け、そこから陽電子の奔流をその少女に向かって撃ち込む。

「アーチャーッ」

 後ろからマスターの声がする。もしかしたら、やられたと思ったのかもしれない。だが、今は彼女に構っている場合ではない。気を抜けば、本当にこの少女にやられそうだった。

「セイバー、やめてくれっ」

 後ろから、恐らく彼女のマスターなのだろう少年が門から駆け出てくる。あれ、あの少年は、さっき死んだ奴じゃないか。何だ、生き返らせて損した気分だ。しかし、チャンスが生まれた。少女は戸惑っている。

 絶対恐怖領域A.T.フィールドを解除し、全エネルギーを陽電子狙撃砲に注入する。撃鉄を起こす。チャージは既に完了。エネルギー変換率は問題なし。この間、僅かコンマ1秒。チャンスは一度っきり。引き金を、引き絞る。

 物凄い反動と、即時の対消滅反応によって生じた爆風を全身で感じる。明るすぎて白しか感じられない視界の中で、目の前の少女に陽電子が届くのを肌で感じる。

 紫電は、少女の華奢な体を包む鎧を貫き、物理法則の限りを尽くして、吹き飛ばした。






Fate / Evangelical Night

第二話

presented by 黒潮様







<Interlude In>

「そうか……始まったか」

 上下にセフィロト呪術式を刻まれた部屋で、男は誰に言うでもなく呟いた。

「開け」

 男の言葉と共に、セフィロト呪術式が光りだす。何も無いはずの虚空に、林檎に蛇が絡みつく七つ目の複雑な紋様が浮かび上がる。それは、しかし、瞬間的に 切り替わり、一人の老人を映し出す。紅の線を横に走らせるバイザーに、老け込んだ顔。その白髪は生粋のものではなく、老化に拠るモノだろう、まだ金色の髪 が残っている。

『始まったか』

「はい」

『そちらに任せる。だが、絶対に失敗はするな』

「判っております。これは……」

『そう、これは、シナリオの試金石だよ』

「もちろんです。我々、ゲヒルンの名にかけて」

『全ては魂の座のために。碇君、君にも全て人類の祖の加護があらんことを』

「キール議長にも」

 口以外に動いた部分は無く、彼らの会話は終わった。

 セフィロト呪術式の光が収束し、碇の無言の命令をゲヒルン各所に伝達していった。

<Interlude Out>


 破壊の限りを尽くしたはずの紫電は、しかし、彼女を吹き飛ばしただけだった。

「馬鹿な」

 そう、馬鹿な。馬鹿げている。雷の原典、ラミエルすらも破壊した人類の究極の到達点が、英雄と称される一人の人間に過ぎない少女を消せなかった。そんな……

 しかし、結論から言おう。そう考える暇は無かった。

 最初、それは雷だと思った。だが、違った。紅の光弾が横から突き刺さってきた。絶対恐怖領域A.T.フィールドの相当部分を振り向けて対処し、陽電子砲をその放ったのだろう奴に向ける。乱入者だ。

 緑色のタイツを纏ったような、3m余の巨体。首は相変わらず無く、三つの仮面のごとき顔が胴体に浮かび上がっている。鰓は絶えず開いては閉じ、大気の太源を吸い込んでいる。

「……第一八……殲滅」

 そう、確かに聞こえた気がした。次の瞬間には、20を越える光弾がこちらに向かって放たれていた。絶対恐怖領域で辛うじて光弾を押さえ込む。閃光一閃。 次に放たれたのは、そいつの槍だった。陽電子狙撃砲を犠牲に、辛うじて左によける。次は横薙ぎ。地面を抉りながら迫るそれを、紅を纏ったマゴロクエクス ターミネーターソードで受け止める。どちらもランクA級の威力。相殺しても抑えきれないものが爆発となって現れる。

 サキエルって、こんなに強かったっけ? などという疑問がふと表れ、消えていく。今は他者の目がある。全てを出し切ることはできない。手にあるのはマゴロク。陽電子狙撃砲は破壊された。プログナイフでは間合いに入れない。陽電子砲を使うには近すぎる。二股の槍ロンギヌス? 他者が見ている中でそれを使うのは論外。ならば、マゴロクを使って彼を止めるしかない。

「マスター。悪い」

 それだけを辛うじて彼女に伝える。もしかしたら、死ぬかもしれない。

 超螺旋機関S2機関を最大使役。体が許容できないエネルギーが、羽の無い、骨だけの堕天使の翼として背中に表れているだろう。だが、それを知る術も、気にする暇も無い。

 地を蹴る。反動は思ったより強いが、バランスを崩すことなくサキエルに肉薄し、マゴロクを振るう。だが、それを振りぬく直前にわざとバランスを崩して体 をそらす。今まで居た場所が紅に染まる。後ろに跳び、電柱の頂点に立つ。だが、そこも直ぐにサキエルの無数の光弾が捉える。

 崩壊した電柱からサキエルの頭上に跳ぶ。翼を為していたエネルギーを持って自らの体を下に叩きつける。全推力、全重力、その全てを持ってサキエルに向かい、残った全てのエネルギーを防御ではなく攻撃に、マゴロクを覆う紅に費やす。

「水天使……サヨナラ」

 剣を振り抜く。あっけなく、それはサキエルの体を切り裂き、超螺旋機関S2機関を瞬時に停止させた。後に残ったのはクレーターと、サキエルがそこに居たという唯一の証拠、紅い水晶だけだった。


水天使サキエル……か」

 ここは衛宮邸。色々とマスター同士で話し合った結果、一時停戦ということになった。先ほどの戦闘で超螺旋機関S2機関にかかった過負荷で、これ以上の戦闘続行は望まれないため、僕としても好ましい。

 その居間で、先ほどの敵性生命体に関する情報を開示することにした。聖杯戦争なんて暢気にやっている暇は無い。現実に本気に人類の終焉が迫っているのかもしれないのだから。

「えぇ、第三使徒サキエル。始まりを告げる使徒です」

「どういうことだ?」

 衛宮士郎、と名乗った赤毛の青年がそう問うてくる。

「聖杯戦争と平行して、この街で使徒と使徒による殺し合いが行われる、ということですよ」

 それは、単純な事実。だが、重大な事実でもある。

「それは、何か問題でもあるのか?」

「聖杯戦争は、まだ人の統制が効くでしょう。だが、使徒戦争は人の統制はおろか、ヒトの統制さえも簡単には効かない」

「何故かしら?」

「聖杯は、所詮人の願いの結晶に過ぎない。ですが、使徒は、そうではない。あれは、第一始祖民族……全ての根源が作り出した自衛、そして、創世儀式用の単一生命体です」

 何故ならば、使徒は生命の実S2機関を 持つ代わりに知恵の実を持たない。故に、彼らは考えることはせず、ただ、第一始祖民族の入力したプログラムに沿って行動する。それは、15の使徒によって 行われる勝ち抜き戦の勝利を目指す、というものであり、遅れてきた、人類というイレギュラーナンバーに対する配慮なぞ考慮されているはずが無い。いや、そ もそも、人類が第十八使徒を為す欠片の一つである以上、むしろ嬉々として彼らは人類を殺すことになるだろう。

 さらに、聖杯戦争が主に夜間に行われるのに対し、使徒戦争はそのような時間区分は存在しない。次の使徒が、時来たり、と本能で判断したら、それが即ち戦 闘の開始である。そこに、時間の区別は一切存在していないのである。であるからこそ、神秘の隠匿はできない。そこにも一つの問題があった。

「死人が出ますね」

 そして、それ以上の問題がこれだ。

「そうね」

「なっ」

 さらっと言ってみたものの、やはり驚きは隠せないらしい。聖杯戦争でさえ死人が出るかもしれない、というのに、それ以上に確実に死者が出るだろう使徒戦争だ。冬木は、残念だが、近いうちに廃墟とならざるを得ない。




 なんだかんだ言って、結局衛宮士郎との同盟は決定された。マスターは、使徒という不確定要素が介入してきた今、その同盟は不可欠だと判断したらしい。その判断は、間違っていないと思う。

 そして、今、僕達は教会に向かっている。深山町の反対側、新しい冬木市の象徴、新都の付近にあるという言峰教会に審判、みたいなモノが居るらしく、彼に登録しに行くためらしい。

 そこで見たのは、目を疑いたくなるような光景だった。






To be continued...


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