「じゃぁ、私は寝るから、ここを朝までにどうにかしておいてね」
マスターとなった彼女、遠坂凛はそうとだけ言って寝室へと潜り込んでいった。
とりあえず、ディラックの海に居間にある壊れたものを飲み込む。そして、ATフィールドで作った工具や、ディラックの海から召喚した木材他を使役して居間を崩壊以前の様に戻す。年季が入っているのは、強制的に年数を重ねさせることによって誤魔化す。朝には、何とか以前と同様の居間が完成していた。うん……この戦争が終わったら内装屋でも営もうかな。と、思うぐらい、我ながら良い出来栄えだ。
朝日が昇り、時計は既に6時半を指している。気温は寒いため、暖房をつけ、朝食の用意をするべくキッチンに向かった。
彼女が何を好むかは判らない。けど、洋館に住むぐらいだから洋食を拒絶することは無いだろう、と考えて洋風の朝食を作る。パンにベーコン、スクランブルエッグ、オレンジジュース、そして牛乳。と、献立を決めていく。軽めだが、まぁ良いだろうと思い、おもむろに調理を始めた。
「ん? アンタ誰?」
マスターがダイニングに入ってきたかと思えば、口を開いて初めに言ったのがその言葉だった。すいません。あなた、朝に弱いんですか? と。いや、昨日のことが突飛過ぎて記憶から消えたとか? いやいや、彼女は、召喚の意図あって召喚の儀式に望んだわけだからその筋は無いだろう。
「あなたのサーヴァントですよ。マスター」
うん。我ながら成長した。こんな口がきけるようになるなんて。かつての弱々しかった僕は何処に。でも、これも仕方が無い。30億強の人間の人生を一気に吸収したんだ。性格に変化が起こらないはずが無い。
「ねぇ、居間のことなんだけど。アンタが直したの?」
「直せと言われたから直しましたが、駄目でしたか?」
「いや、凄い出来栄えね。もしかして、本当は大工の英霊だったりしないわよね?」
「は?」
いきなり何を言い出すんだ? この人は。
呆れ顔で彼女を呆然と見ていると、いきなり怒り出した。……アスカみたいだ。
しばらくして怒りが収まったらしく、彼女は口を開いた。
「それで、それは朝食?」
「えぇ、そうですよ」
と言って後ろを見る。……スクランブルエッグは、見事なまでに炭と化していた。何で気づかなかったんだ、僕。
第一話
presented by 黒潮様
一悶着あった朝食を乗り越え、時間は7時過ぎ。
彼女は、学校そっちのけで街の案内をする、などと言い出したが、それを丁重に拒絶して一人出回ることを選択した。
この街の地理をよく知る人間と一緒に歩いたところで、街の構造はよく頭に入ってこない。自分で、手探りで街を歩き回ってみるのが一番良い手段である、と長々と説得して、納得してもらい、彼女と一緒に家を出た。
自らの気配を微弱な絶対恐怖領域で遮断し、街の探索に入った。
この……冬木市という名前の街は奇妙な場所で、いや、第三新東京市も十分奇妙な街ではあったが、それとは別の方向性で奇妙な場所で、日本風建築と西洋風建築が、東西でキッパリと別れて立てられている。さらに、河を渡った向こう側は現代的なビルの立ち並ぶ新都と呼ばれる区画がある。
「とりあえず、歩くか」
歩みを進める。全周囲を索敵しながら。
しかし、こうしたときに第三新東京市の偉大さを思い知る。かの街は、全てが機械化された、冬木市から見れば完全なる未来都市だった。ネルフ本部に居れば、街の何処で何が起こっているのかが全てわかった。それほどまでに、張り巡らされた監視カメラ、監視マイク、非接触型ID識別機の網はMAGIによって高度に統括されていた。だが、ここはただの地方都市に過ぎない。第三新東京市のような監視網を持つ都市は未だロンドンぐらいだ。それも、第七世代電子演算機で高度に統括されているわけではないため、細切れの情報を自ら無理やり統合しなくてはならない。逆説的だが、セカンドインパクトが起こったからこそ特務機関ネルフに強大な権限が与えられ、結果として第三新東京市という完全監視社会を築くことが許されたのだろう。
そのような監視網があれば、それを辿って一点に居ながらにして街全体の情報を集められるのだが、この街ではそれは無い。諦めて一人で歩く。
既に夜になってしまった。早く戻らないと怒られるだろうな、と思いつつビルの屋上から眼下を見下ろす。
「見ろ! 人がゴミのようだ!」
……って、違うか。ともかく、米粒ぐらいの大きさにしか見えない人々が、通りを歩いている。
「そろそろ戻るか……ん?」
下から視線を感じる。何だ? と、思って下を見ると、赤い髪の高校生ぐらいの男がこっちを見ているような気がした。まぁ、幾らなんでもあんな所から、ここは見えないだろう。
一歩後ろに下がり、念のために下からの視線を排除し、絶対恐怖領域を展開。虚数空間への入り口を開き、そこを通じて遠坂邸へと帰還した。
「ちょっと。あんた、こんな時間まで何処行ってたのよ。心配したじゃない」
あぁ、この人はやっぱりアスカに似ている。
「新都です。あらかた街を見回っていたら、こんな時間になってしまって……ごめんなさい」
こういうとき、素直に謝らないと後でどうなるかは判らない。だから、謝って置く。その後も相変わらず喚きたてるマスターを無視して、夕食の準備を始めた。
「そういえばマスター。昼食は作りますか?」
ふと思ったことを彼女に聞く。彼女は、ポカーンと停止した。比喩ではなく本気で。
「ですから、弁当ですよ。弁当。どうせ、学食か購買かで買っているんでしょ?」
「ま、まぁ、そうだけど」
「じゃぁ、作りますね」
勝手に話を進める。そうしないと、聞いてくれる人じゃないだろうことを直感が告げる。そして、そのまま言い訳も聞かずにキッチンへと移動した。
翌日、朝食と一緒に昼食を作る。昨晩は、宝具に関して意見を交わした。僕の場合、宝具から自分の真名が知られる恐れは無い、ということだけが得られた結論だった。
「そうそう、今日からアンタも学校に行くわよ」
えぇっ? 学校に行く? 学校って、あれですよね。学び舎。僕、一応年齢上は中学生ですよ? 多分。あれから何年経ったか判らないから正式にはいえないけど。
「こ、戸籍は?」
だが、口にしたのはそういった疑念ではなく、現実的な問題だった。
「はぁ? 霊体化してから行けば良いじゃない」
さも当然、とばかりにマスターは僕を睨みつけてくる。何ですか、その邪鬼の如し表情は。僕を殺す気ですか? うん。そうに違いない。
手早く弁当を包み、ネルフの上級士官制服、父が着ていた黒い襟詰めの制服、と、その上に防刃加工されたコートを羽織って霊体化する。決して動きやすさを追求したものではないが、自転車発電ができる程度には動きやすい。どの程度なんだろうか?
『何か、おかしくないですか?』
『えぇ、結界が張られているようね』
念話でマスターと会話する。穂群原高校に入ったときにまず感じたのは、魔術的な違和感。血がにじみ出るような感覚。
『どう? 何か行動に制限とかはかかる?』
『いえ、特に影響は無いですよ。少しキモチワルイですが』
そう、キモチワルイ。喉に手をかけられたような、そんな感じ。だけど、この程度はあの赤い海に比べればどうってことは無い。しかし、それはあくまでも僕自身の感触。マスターは別だろうし、一般人にいたってはそれ相応に磨耗してしまうのだろう。
授業。それは、退屈以外の何者でもなかった。とりあえず、一時間目は霊体化して教室の後ろで授業を聞いていたが、思った以上に退屈だ。まぁ、30億の人間の中には大学教授も居て当然だろうから、高校レベルの授業がつまらない、と思うのはある種当然だった。
そこで、二時限目からはマスターに断って校内の巡察に行くことにした。といっても、僕は魔術なんてよく判らないから、結界の起点を探すわけではない。ただ単に、ぶらぶらと歩くだけ。
しかし、良い場所だと思う。第三の方が確かに効率性は高いが、ここはゆったりとしている。別の意味で良い場所だ。しかし、新しい街に着た途端に戦争に巻き込まれるのは運命なのだろうか? いやだな。
放課後。それも、遅くなってからマスターと僕は行動を開始した。結界の起点を探るために魔力の残滓、という奴をマスターが辿っていく。僕は、そんなことには詳しくないから護衛。この時期に魔術的なごたごたを起こそうとしているのは、聖杯戦争の参加者に他ならないから、この結界にもサーヴァントの護衛が付いている可能性があったためだ。それ以前に、サーヴァントはマスターと行動を共にするものであるわけなのだが。
「ちっ」
舌打ちを隠さずに出す。殺気が発せられているのが判る。その切っ先の鋭さはどの使徒よりも高いかもしれなかった。もっとも、使徒戦を常に受身で戦っていた僕が使徒の殺気など覚えているわけがないのだけど。
「よぉ」
上から、声がかけられる。瞬時に実体化し、前面に絶対恐怖領域を展開する。そこに、赤い、禍々しい槍が突きつけられた。甲高い金属音と共に、絶対恐怖領域が槍を受け止めた。
「アーチャー」
声で気付かされ、念話で指示が下される。僕は、彼女を抱えて校庭に飛び降りた。もう一人のサーヴァントも、追ってくるのが判る。
校庭まで出て、マスターを下ろし、全面に絶対恐怖領域による結界を展開する。強い朱色の拒絶の障壁、他者と自らを分断する壁が青い男と、僕との間を遮断する。
「貴様、どこの英雄だ。結界使いの弓兵など、聞いたことが無い」
そりゃそうだ。弓兵になったつもりなど、一度も無い。
稲妻のような閃光を帯びて、槍が突き出されてくる。横なぎから四連突き。さらに、横と縦からなぎ、回り込み、突く。だが、ランサーの攻撃は、いずれも結界を突き破ることはできない。
閃光一閃。一条の青白い光が空間を薙ぐ。それを三連発。だが、ランサーにはあたらない。まるで、銃弾が避けているような錯覚さえ覚える。
「どうするの?」
『槍で終わらせます』
と、言った矢先だった。校舎の裏で何かが踏まれる音がした。その場に居た全員、といっても三人だが、の意識がそっちに向かう。ランサーは、しかし、長くはとどまらずにすぐにその音がした方向へとかけていった。
「アーチャー、追って」
その言葉を聴くまでも無く、駆け出す。手には二股の槍を持ち、ランサーの抹消を図る。だが、遅かった。
目の前には、胸から血を流す少年の姿があった。
ステータスが更新されました。
宝具(ノウブル・ファンタズム)
絶対恐怖領域(A.T.フィールド)
何人たりとも犯すことのできない心の壁。
恐怖が具現化した壁であり、その使用者の総エネルギー量に比例して威力が決定される。
ランク E〜EX
結界宝具
レンジ 1〜
最大補足 無制限
二股の槍(ロンギヌスの槍)
使い手の願った相手に必中し、確殺することができる恐怖の槍。
その名は、キリストを刺したという聖遺物の名に由来するが、同一物ではない。
ランク EX
対人宝具
レンジ 1〜99
最大補足 1人
To be continued...
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