新世紀ヱヴァンゲリオン 碇シンジの憂鬱

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presented by 黒潮様


 赤く光しは原始の海。生命の源を湛えし海。

 二〇一六年〇三月三一日、第三新東京市でサードインパクトが発生した。初号機を依り代に利用した史上最大規模の儀式は、人々の心の壁の崩壊と、融合という結果をもたらした。

 全てが融合したその世界で、融合を免れて生き残ったのは、世界に絶望していた一人の少年。彼の名は碇シンジ。彼は、これまで二八八日間をこの第三新東京市付近で生き抜いてきた。

 波が打ち寄せては消えていく。天空には赤く染まった月が見える。それを、彼は見続けて生き抜いてきた。幸か不幸か、戦略自衛隊ネルフ侵攻部隊は長期戦になると考えていたのか、保存食は大量にあった。それを食べて、彼は命をつないできた。ただ生きるためだけに生きる。それが、今の彼の生活だった。


『変わり果てたわね』

『……』

『時空統制局からはシナリオを外れているという連絡があったわよ』

『……許可が下りていない』

『今下りたわ。さぁ、仕事仕事』

『……そう』


「――はぁ」

 世界が赤く染まってから一年弱。シンジは、ネルフ第二司令室に居た。そこが、彼の家代わりだった。
 サードインパクト直後、彼は発狂寸前だった。人々は消え、アスカからは拒絶され、彼は死にたいと思った。だが、思いとどまった。何故かは彼自身にも判らない。ただ、生き続けていれば救いがあると思ったのかもしれない。ともかく、彼はここに居た。

『N.YUKI>見えてる?』

 そのときだった。メインモニターが起動し、文字を刻み始めたのは。シンジは、あわてて打ち返す。

『MAGI-OP3>見えてる』

『N.YUKI>待ってて』

「――?」

 一見すると意味不明な会話は、しかし長続きすることなく途切れた。同時に、後ろに人の気配が現れた。驚いてシンジは後ろを振り向いた。そこには、二人の少女が居た。

「――誰?」

「情報伝達に」

「ちょっと、それは無いでしょ。私は、朝倉涼子。こっちは長門有希」

 いきなり本題に入ろうとした長門を静止して朝倉が自己紹介を行った。

「情報伝達に齟齬が生じるかもしれない。だけど、聞いて」

 長門が自己紹介の後に有無を言わさず言葉をつむぎ始めた。

「この世界は本来のシナリオから外れた世界。未来世界における時空統制局からの連絡でもそれが証明されている。あなたには二つの選択肢が与えられる。この世界を救うために過去に行くか、それともここで死に絶えるか」

「――ご、ごめん。いきなり言われても何が何だか」

「ほら、長門さん。言ったでしょ。いきなり言っても判らないって」

「……むぅ」

「まぁ、聞くよりも実際に見たほうが早いわ」

「それは許可できない」

 朝倉の言葉に長門が静止しようとするが、長門の腕があと少しで朝倉の腕に届くそのときに、朝倉は腕をシンジの頭にかざし、そして、短く高速文を唱えた。

 莫大な量の情報が流れ込んできた。この世界の起源から、今に至るまでの世界情報に加え、現在存在するのだろう全情報生命体の位置情報、そして、二八八日前の事件、つまりはサードインパクトに関する複数の詳細なレポート。時空統制局からのレポートに加え、正常化に関する計画書。さらには、何故二八八日前より前にいけなくなったかに関する報告書とそれを解決する鍵となる人物、碇シンジに関する詳細なレポート等だった。

 だが、情報の奔流は一瞬で終わり、全ての情報が登録されると同時に最後に一つのレポートが現れた。それは、急進派インターフェイスとして碇シンジを登録した、というものだった。

「――あのぉ――このインターフェイスとして登録したっていうのは――なんですか?」

「あなたはこの世界を救う義務がある」

「そう、義務……ところで、派閥」

「派閥――あぁ、急進派だって」

 長門の質問に、シンジは軽く答える。それを受けて、長門が朝倉を睨みはじめた。

「い、いや。ほら、急進派のほうが攻撃系プログラムは充実しているじゃない」

「……」

「も、もう……」

「――とにかく事情はわかったんだけど――」

「じゃ、じゃぁ、早く過去に行くわよ。情報連結転移を申請……許可を確認。情報連結の転移を実行します」

 わけもわからず彼は巻き込まれた。情報統合思念体の世界修正計画のキーパーツとして。そして、彼は過去へと転移していった。






To be continued...


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