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presented by 黒潮様
湾岸に展開していた国連軍戦車部隊は無残にも壊滅し、海上に展開していた戦略自衛隊第一護衛艦群は片っ端から撃沈させられていた。
この新世紀の戦場の支配権を有しているのは、神々の遣わしたという異形の生物、使徒。天使の名を冠するその生命体こそが、この戦場の支配者だった。
「帰ってきたんだ――」
JR新東京間高速リニア線強羅駅前の広場に、彼は現れた。
空は青く、何処までも広がっており、太陽はさんさんとして地上を照らしている。赤色とは違う世界が広がっていた。そして、地響きもまた、彼に戻ってきたことを実感させた。
「――サキエル」
トマホーク巡航ミサイル二発が正確無比な誘導で街路を飛びぬけ、サキエルに命中する。そして、上空からはF−117攻撃機が二発のレーザー誘導貫徹弾バンカーバスターを放ち、そして、それに続くように二発のレーザー誘導通常爆弾を投下した。しかし、通常兵器での攻撃を受け付けることの無い心の壁、絶対的な拒絶の壁であるATフィールドの前にそれらの努力は無駄に終わった。
しかし、攻撃の手は緩められなかった。丘が裂け、無数の多連装ロケット砲システムMLRSが姿を現し、線路からは八〇サンチ列車砲ドーラ改が躍り出て射撃体勢に移る。強羅市の外郭の複数箇所に設置されていた段々のビルからは三基の四六サンチ三連装砲塔に二基の一五・五サンチ三連装砲塔、そして射撃管制装置が姿を現す。そして、最後に強羅市に無数に隠蔽設置されていた二〇ミリ対物高速機関砲が姿を現した。
F−三五Bの投下した一発のレーザー誘導通常爆弾がサキエルに命中するのを合図に、強羅市に設置された無数の火砲が火を吐いた。火線は文字通り空を焦がし、槍衾となってサキエルに命中していく。僅か五分で湾岸戦争で使われた総火力を上回る量の砲撃が、使徒に向かって加えられた。
それに、攻撃はこれらの強羅防衛要塞だけではない。遥か沖合いからは米軍所属の攻撃潜水艦が無数のトマホーク巡航ミサイルを打ち出し、米軍第七艦隊所属の全艦艇がトマホーク巡航ミサイルに加えて先進砲撃システムから誘導砲弾を撃ち出し、日本海側からはロシア極東艦隊所属の全艦艇が巡航ミサイルを撃ち込んできている。富士稜線からは戦略自衛隊及び国連軍、米軍所属の無数の自走砲、榴弾砲、MLRSがそのもてる全ての火力をこの強羅市に集中していた。上空からは、米軍戦略空軍所属のB−五二H戦略爆撃機とB−一B戦略爆撃機がGPS誘導爆弾を忙しなく投下し、戦略自衛隊所属のAH−六四Dアパッチ・ロングボウがヘルファイアミサイルを撃ち込んでいる。
兵器の見本市となった強羅市から少し外れたJR強羅駅に、ちょうど青いルノーが滑り込んだ。
「ごめんね、シンジ君」
「い、いえ」
「じゃぁ、行くわよ」
シンジが乗ったことを確認し、青いルノーを発進させた運転手の名前は葛城ミサト。ネルフ作戦部長の職にある。実に器用な運転技術の持ち主で、無数の砲火が集中する強羅市から見事に離脱し、ネルフのカートレインにたどり着いた。
そして、赤木リツコ他に説得されてエヴァンゲリオン初号機に、シンジは再び乗り込んだ。
「シンクロ率は……0・01パーセントで固定。起動指数に足りません」
マヤの報告が、司令塔に響く。そして、落胆と諦めの雰囲気が、急速に司令塔を覆っていった。
「どういうこと」
「もう一回試しなさい」
エヴァが、動かない。それは、ネルフにとって致命的で、破滅的なミスだった。
RYOKO.A>忘れてた。あなたは、今は情報生命体となっている。
RYOKO.A>だから、強制的に同期しないとシンクロは不可能。
「乗る前に言ってよ」
RYOKO.A>だから、忘れてたって言ったじゃない。
RYOKO.A>あと、情報操作を利用して戦闘を進めることが許可されたわ。頑張って
「――判った。プロトコル強制同期プログラム起動。シークエンス開始。強制同期――開始」
プラグ内が、一瞬淡い光に包まれた。そして、周囲の画像が映し出された。
「シンクロ率が上昇しています……50……90……99・89パーセントで固定されました」
「す、凄いわ」
司令塔が、驚愕に包まれる。つい先ほどまで1パーセントさえシンクロしていなかったパイロットが、一気に99・89パーセントなどという常識外れのシンクロ率をはじき出したのだから、ある意味では当然といえることだった。
「初号機を出撃させます。いいですね?」
技術部陣営の驚愕振りをなんとも思わずに、作戦部長葛城ミサトは、上段に居る碇ゲンドウに出撃の許可を取る。
「あぁ。ここで勝たねば、未来は無い」
「エヴァンゲリオン初号機、出撃」
ミサトの号令の元、初号機が電磁カタパルトで直上の第三新東京市に打ち出されていった。
話は変わるが、エヴァンゲリオンとは通常の兵器体系に例えるならば戦車であり、戦闘機、どちらかというと戦闘機、であるのであって、戦艦に搭載されている主砲や、ミサイルの類では決して無い。艦載主砲や艦載ミサイルの類は、司令塔が直々に指示を下すことによって初めて動作し、そして攻撃を加えることが出来るが、戦車や戦闘機の場合、作戦こそ各車長やパイロットに示されるが、作戦中の判断を一々中央司令部が指示する事は……まぁ、あまり無いことだ。
「そう、歩いて。ちょっと、違うわよ。いい、右足から。そうそう」
しかし、どうもネルフでは通常の兵器体系の常識というものは通じないらしい。敵前で基礎訓練をやり始めるあたり、使徒を馬鹿にしているとしか思えない。いや、そもそも無訓練の少年を徴発してパイロットにしようという時点で、しかも、座っているだけで良い、などと言っている時点で常識が通用しないというのは明らか以上の何者でもないのだが。
『葛城さん――煩い』
シンジから、そう通信があった後、音声通信がカットされたことがMAGIのディスプレイに表示される。
『パーソナルネーム:第三使徒サキエルを敵性と判断。当該生命体の情報結合の解除を申請する』
一方方向となった通信から、シンジの冷徹な声が聞こえてくる。
『崩壊因子を埋め込む手間が必要ない、か――楽だね』
「ねぇ、彼何言ってるの?」
ミサトが、隣に立つリツコに、素直に思ったことを聞く。
「マヤ、記録はちゃんと録っておいて」
「は、はい」
しかし、彼女はミサトの疑問に答えずにマヤに指示を飛ばす。マヤは、キーボードを高速で叩いて全ての監視カメラ、センサーの感度を最大にし、それらの情報を特別にロックされたファイルに記録するように設定する。
『崩壊因子プログラム――アポトーシスVを使用。空間制御プログラムの強制割り込み処理を開始。情報連結――解除開始』
メインモニターに写るサキエルが、光の粒子に変換されていった。
「使徒のエネルギー反応が急激に低下していきます」
「ほぅ……碇、いいのか?」
「問題ない。修正可能な誤差だ」
「そうか」
最後の足掻きとばかりにサキエルは、初号機に飛びつこうとする。しかし、それも初号機の前に現れた青いプラズマを纏った障壁によって、それ
以上前に進めなくなる。
「ATフィールドっ?」
「いえ、ATフィールドの反応はありません」
「では、何だって言うの」
サキエルは、そのまま消滅した。爆発する余裕など、彼女には残されていなかった。
『パーソナルネーム:第三使徒サキエルの全構成情報の削除を申請する――許可を確認。デリート完了。戦闘行動終了。全作戦行動終了。通信を双方向へ復帰。第三使徒サキエルの殲滅に成功しました。報告終わり』
そのとき、何故碇シンジは気づかなかったのだろうか。簡単に勝利できる力を得るということは、それだけ別のことが負担となって襲い掛かってくるということを。
そして、何故ゼーレやネルフ、その他の人々は気づかなかったのだろうか。それだけの力が現出したということそれ自体が、使徒やエヴァが世界の命運を握る重要なファクターでは無いということを示したということを。
Neun Genesis Evangelion
The Merancholy of Shinji Ikari II
「碇、先日の使徒戦。シナリオから大幅に外れた戦闘だったようだが」
「左様。あのような機能がヱヴァンゲリオンに付加されているなど、我々に対する報告には無かったことですな」
「何だね。あの使徒が、無残にも崩壊していく様は」
「それに、初号機が使用したATフィールドではない防御障壁も気になるところですな」
「まぁ、戦闘による被害が少なくて何よりだよ。ユイ様の息子には感謝したいぐらいだ」
暗い空間に、五つのホログラムと、一人の男が居た。色分けされたホログラムに写るのは、国連の真の支配者である国連安全保障理事会特設委員会、人類補完委員会の面々。そして、この空間にただ一人実体を持った人間として存在している国連安全保障理事会傘下の特務機関ネルフ総司令、碇ゲンドウ。
「全て問題ありません。誤差は修正可能範囲内です」
「誤差も何も、あの戦闘は我々の意に適ったものであるが……もしかして、碇君。君は新しいシナリオでも作るつもりかね?」
「……そのような事実は存在いたしません」
「そうか、なら良いが……」
「新たなシナリオを作るなどという行為、重大な罪であることを忘れるなよ」
人類補完委員会の面々がゲンドウいじりに精を出す。今まで溜まってきた鬱憤を一気に撃ち晴らそうという魂胆だった。
「初号機パイロットを後でこの会議室に召喚したまえ。我々が直々に労おう」
「彼によって節約された費用のことを考えるのならば、安いものであろう」
「左様。あのままネルフが提示していたヱヴァンゲリオンの戦闘方法で行われていた場合、我々が失った財産、時間は膨大なものに上ることとなったのだよ」
「君のところの作戦本部長は、いささか無能のそしりを免れ得ないのではないかね?」
議長たるバイザーの初老の男、キール議長を除く委員たちが好き勝手にゲンドウに罵詈雑言を浴びせる。
「しかし、ヱヴァンゲリオン、使徒、共に存在が明らかとなった今、対処はどうなっているのだね?」
「それに関してはご心配なく。シナリオB−21で既に対応中です」
「シナリオB−21……か。真実はまた闇の中かね」
「それも致し方ないことかと」
「まぁ、良かろう。そちらの計上した強羅防衛網修復予算であるが……これは認可しない」
「なっ」
「代わりに、これと同等の施設を第三新東京市周辺に構築する予算を計上する」
「しかし、それでは」
「何、どうせ必要の無い予算であろう? ユイ様の息子に任せておけば、万事事足りるのだから」
「あぁ、そういうことだ」
「しかし、これではネルフが何のために存在するか判りませんな」
また、話が脱線しかかったのを見てキールが手を叩いてそれをやめさせる。
「碇、これからも我々の期待を裏切らんようにな……我々には時間が無いのだ」
「判っている……そう、人類には時間が無いのだ」
ホログラム投影機械の電源が落とされ、会議室には再び電気がともった。そこに居たのは、予想外のことに少し呆然としているネルフ総司令、碇ゲンドウだった。
『第三新東京市に反国連テロ組織の新兵器が侵攻』
『国連軍を中心に戦略自衛隊、アメリカ軍、NATO軍によって侵攻した反国連テロ組織部隊は壊滅』
『明日昼二時より今回の侵攻事件に関して御前会議の予定』
『反国連テロ組織の侵攻。一三日戦争の恐怖再来』
『ブッシュ米国終身大統領、緊急来日を決定。今回の侵攻事件絡みか?』
リツコの研究室で、ミサトがその日の新聞のトップ面を読み漁っていた。当初は技術部総出でサキエルの調査を行う予定だったのだが、あのように全てが消えてしまったために、調査は打ちやめとなり、現在はパレットライフルや陽電子ライフル等の整備・調整・開発を行っていた。
「シナリオB−21か……真相はまた闇の中ね」
「あら、広報部は喜んでいたわよ。やっと仕事が出来たって」
「うちも案外お気楽ねぇ」
ここはリツコの研究室なので流石にビールは無く、しぶしぶマグカップに入ったコーヒーでのどを潤す。これがまた猫柄のマグカップで、周りの備品の殆どに猫柄が入っているのを見るに、この赤木リツコ博士は相当な猫好きのようだった。
「ところで、シンジ君は?」
「今は、技術部第二課で取調べを受けているわよ。あの攻撃の原理を何とか聞き出そうとしているんだけど、無理のようね」
「でも、彼は使いこなせていたわよ?」
「彼は、戦闘時にはかなり省略した使い方をしていたみたいだけど、正規文法は、データベース用コンピューター言語と大差ないわ。ただね、それをどうやって世界に対して適応するかとなると、全く未知の手段なのよ」
「ふーん」
リツコの説明をミサトが理解したか否かについては甚だ疑問が残る。ただ単に相槌を打っただけかもしれないし、そうではないかもしれない。しかし、彼女の場合は、わからなくてただ単に相槌を打っただけ、という理由のほうが確立としては高かった。
「あ、リツコ。サードの転居先なんだけど……」
「駅前の分譲マンションに決まってるわよ」
「なっ……なんでっ」
リツコの一言にミサトは過剰なまでの驚きを加える。涙が滝のように瞳から流れ落ちている。
「何でも何も……彼がそう言ったからよ。副司令の許可の下、既に荷物は移してあるわ」
「そんな……アスカにどうやって言い訳すれば……」
「あら? セカンドチルドレンがそんなことを望んでいたの?」
「えぇ、昨日の夜遅くに電話があっってね、日本に派遣になった暁には、私と、アスカと、サードとが一緒に暮らしてみたいな、って」
「へぇ……そう」
「そうよ」
それっきり、赤城研究所は沈黙に包まれた。沈黙に耐えられなくなったのか、ミサトは5分後に研究所を抜け出して自分の城、作戦部長室に逃げていった。
「先輩。シンジ君からの意見聴取が終わりましたよ」
ミサトが出て行ってから何分が経っただろうか。童顔のオペレーター、伊吹マヤが研究所の扉を叩いて入ってきた。彼女は、シンジの取調べが終わったことを伝える報告を携えていた。
「そう。学校は明日から、って伝えて帰しておいて」
リツコは、モニターから視線をそらさずにマヤにそう答えた。彼女は、今、得られたデータの分析に大忙しだった。しかし、それらは全て徒労に終わる。
ともかく、使徒戦の翌日は、実に平和に終わった。
To be continued...
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