新世紀ヱヴァンゲリオン 碇シンジの憂鬱

V

presented by 黒潮様


「おかえり」

「――ただいま?」

 ドアを開けたシンジを待っていたのは、朝倉涼子だった。彼は、黙ってドアを閉めると、冬月副司令から渡されていたメモとドアに書かれた部屋番号を念入りに確認し、再びドアを開ける。そして、目を閉じたり開けたり、擦ったりして目の前にある物体Aが消えるかどうかを試す。

「――現実ですか?」

「そうよ。私はここに居るわ」

「――冬月さん――もしかして、騙した?」

 シンジが首をかしげる。彼は、冬月副司令に、独り暮らしである、と通達を受けていた。

「私が勝手に入り込んできているだけよ」

「――不法侵入」

「えぇ、そうなるわね」

 ジト目で朝倉をシンジが睨む。しかし、朝倉のほうは気にした様子も無くケロッとしている。

「はぁ――やれやれ」



「それで、何か理由でもあるんですか?」

 46型液晶テレビと、座卓以外には何も無い、生活臭の全くしない居間で、二人は座卓を前にして座っていた。お茶も無く、コップも無かったので、シンジが仕方なく渡されていた二つのパンフレットをコップに変えてから水道水を直に入れて出したぐらいだった。

「えぇ。貴方がここに来ないといけなかった本当の理由」

「使徒戦じゃないの?」

「まぁ、追々判るようになるわ。使徒も、人類補完計画も、人類の命運を握っているわけではないのよ」
「そうなんだ」

 水を飲みながらシンジは朝倉の説明を聞く。朝倉は、その様子に怒った風も無く、いつもの笑顔で、しかし淡々と説明を続けていく。

「とにかく、貴方が優先するべきはね、この第三新東京市に使徒を近づけないことね」

「なっ――無理だっ」

 いきなりの朝倉の言葉に、シンジが今までの無表情を崩してテーブルを叩く。そして、今にも引っくり返さんとする形相で朝倉を睨んだ。

 それもそのはず。第三新東京市に入るまでは、NATOが戦闘指揮権を握っており、彼らがネルフに譲ることを認めない限りは、ネルフ側は第三新東京市を出て戦闘することは出来ない。

「うーん。頑張って」

 ウインクしながら爽やかに頼む朝倉。

「そうだね――ドリョクシマショウ」

「それ、官僚言葉じゃない。そんなのあてにならないわよ」

「――朝倉さんが苛める」

 床にのの字を描きながら部屋の片隅で黄昏るシンジ。前途多難。いかに、彼自身に人類からは超越的とさえ感じられる情報操作能力を持っていたとしても、出来ることと出来ないことがある。

「じゃぁ、頑張ってね」




 Neun Genesis Evangelion
 The Merancholy of Shinji Ikari III




(注意)原作にのっとり、シンジの一人称視点ですすめていきます。思考回路とかが違うだろ、というのは、自分も善処しますが、おかしな部分もあるかもしれません。頑張れ、自分。


 きつい坂をネルフの青い車種特定不能車で上りながら、丘の上にある第三新東京市第一北高校を目指す。

 戦闘時は気づかなかったのだが、朝準備をしていて前回とは制服が違うことから色々と調べているうちに、年号が西暦2016年であることが判った為、急進派の親分に問い合わせると、『あぁ、君に限らず、チルドレンは全員高校1年だよ』、なんて気楽に返事をしてくる始末。

 そういえば、のりと勢いで過去――より正確には平行世界の過去に来てしまった僕だが、長門さんに聞いた『義務』とやらも正確には教えられていない。何でだろう? などと思うわけだが、ともかく、知りたいけど親分も朝倉さんも、長門さんも教えてくれない。知ってしまうと任務遂行上拙いことになるらしい、ということだけは判った。

「私も付いていこう」

 そう言って、ネルフ防諜部の人につきしたがって職員室を目指す。

 そびえ立つ校舎を観察する。やや広めのグラウンドの奥に三棟――少なくとも、見えるだけで三棟の校舎が並んでいる。緑に囲まれた校舎は、過ごし易そうではあるが、どこか憂鬱を背負っているように見えた。


「ネルフ防諜部所属の菊川次郎3尉です。入学に関する諸雑務の滞りなき進行、上層部に変わって深く感謝いたします」

 職員室に入り、ネルフ私服憲兵の人がそう喋った。まぁ、何処にでもいる中間管理職的な立ち居地の人で、このように礼儀正しい。

「いえいえ、こちらこそネルフには大変お世話になっております。我々しましては、そちらの要求に応えるのは当然のことでございます」

 禿頭の校長さんがペコペコしながら菊川さんにそう話している。袖の下でも送るつもりかな? まぁ、良いか。

「それで、クラスの方は通常通り1年A組でよろしいでしょうか?」

「いえ、それがですね……」

 菊川さんが、一旦口をつむぐ。何でだろう。とりあえず、1年A組、というのは前回の第一中学3年A組と変わらないと見て良いだろう。それで良いんじゃないかな? と、思う。

「うちのスーパーコンピューターがその案を否定いたしまして、彼は1年E組でお願いしたいのですが」

「はぁ……判りました」

 1年E組かぁ。まぁ、良いかな。減るものでも、増えるものでもないし、クラスが変わったからといってケンスケは、問答無用で近づいてくるだろうし、ケンスケと一旦知り合えば、またトウジとも知り合えるだろう。多分。

「では、岡部君」

 校長さんが、一人の教師を呼んだ。白いジャージを着た体育会系のその人は、何故かハンドボールを脇に抱えながら、豪快に僕の背を叩いて、教室へと誘導して行こうとする。

「サード。今日は自由帰宅だ」

「了解しました」

 だが、菊川さんが声をかけて、一旦その動作を中断させる。そして、僕に黒い鞄を渡してきた。

「何かあれば、それを使え。最も、技術部からの報告だと、要らんかもしれないがな」

「何ですか?」

「見れば判る。じゃぁな」

「はい」

 菊川さんは、渡された荷物を見て呆然とする僕をおいて帰っていった。そして、僕は岡部先生に先導されて、1年E組に向かっていった。


「そうそう。実はな。うちのクラスには一人頭のネジが外れた奴がいる。そいつには近づかん方が良い」

「――判りました」

 教室に入る一歩手前でとまったかと思うと、岡部さんはそう忠告してきた。よく判らない。頭のネジが外れているといえば、長門さんだって十分外れているし、ミサトさん――そう言えば今回はあんまり接点がないな――もネジが外れているようなものだ。いや、ネルフに居る人で頭のネジが外れていないのは、名も無き人々、別名一般職員を除けば、伊吹さんと青葉さん他オペレーター組ぐらいじゃないかな? と。今更、ネジが外れていた人間が知り合いになったところで、特に問題はないだろう。

 しかし、それがトンでもない思い違いだったのだ。


「碇シンジです。父の仕事の関係で第二から引っ越してきました。よろしくお願いします」

 あくまでも無表情を心がけて自己紹介を終える。クラスを俯瞰してみると、朝倉さんが目に付き、そして、その右斜め後ろに髪を驚いたことに4ヶ所で結んだ少女が、他のクラスメートとは違う目つきでこちらを睨んでいるのが見て取れた。正直に言おう。少し怖い。

「では、シンジ君の席は……チィッ……涼宮の一つ前だ。解散」

 そういって、彼は出て行く。しかし、その前に小声で僕になぞの言葉を残していった。『生き残れ、少年』と。失敬な、というのがそのときの正直な感想だった。


 HRが解散する。僕の自己紹介、という予定外のイベントのため、一時限目がすぐに始まった。あらわれたのは、何処をどう見ても前回数学の教師、根府川の爺さんとして悪名(?)をはせたご老体であった。

「ねぇ、あんた」

 学校が始まってから二、三週間しか経っていないはずだが、それだけの時間があれば彼がどういった人間であるかは容易に知られるのだろう。予想通りにセカンドインパクトの話を始めた爺さんを尻目に、後ろの少女、自己紹介のときに僕を睨んでいた、確か涼宮、とかいう人だ。

「何?」

 一旦、朝倉さんの方を見るが、彼女は気にした風もなく数学の自習をしている。なら大丈夫だろう、と思って彼女の言葉に応えた。

「あんた、何でこんな時期に転校してきたの?」

 は? 何言ってんだ、この人。さっき、父の仕事の関係で、って言ったじゃないか。それとも、自己紹介を聞いてなかったのか? あんなに睨みつけてきたくせに。

「えっと、先ほどの自己紹介を聞いていなかったのですか?」

 あくまでも温厚に、言葉を返す。周りを見てみるが、会話に加わろうという人は居らず、皆遠巻きに見ているに過ぎない。一部からは、同情の念が篭った視線さえ向けれれている。

「父親の仕事の都合? そんな理由は認めないわ。アンタ、宇宙人? 未来人? それとも超能力者かしら。きっと、昨日の侵攻事件とやらの関係者ね?」

 何だ、この人。――あぁ、岡部先生が言っていた頭のネジが『一本』外れている人ね。――いや、一本じゃないですよ。絶対、ネジの変わりに硬化ベークトライトが留め具として使われているに違いない。

 答えに窮して慌てて振り向く。無論、朝倉さんに助けを求めるためだ。だが、それが拙かった。

「何? いえない理由でもあるのかしら」

「いや、そうではない。ただ、いきなりそんな事を言われたら、誰だって驚くよ」

 一般論が利くはずがない、と知りつつも一般論で対処する。いや、それ以外に道はない、というのが正答だが。ともかく、どうにかしないといけない。

「まぁまぁ、涼宮さんもそこまでにしたら? 困っているじゃない」

 助け舟を出してくれたのは、やはり朝倉さんだった。

 その後、朝倉さんが散々涼宮さんを説教して、無理やり人を問い詰めないこと、などと言っていた。しかじ、涼宮さんは一切反省した様子を見せず、横を見て口をアヒル口にすぼめて目を細くしているだけだった。

「えっと、ありがとう」

 名前を知らない、という設定であるため、とにかく感謝の念だけを伝える。

「私はクラス委員長の朝倉涼子よ。何かあったら、私に聞くといいわ」

 そう、いつも崩さずに維持している笑顔を向けてくる。

「ありがとう」


 その後、特に問題は起こらずに午前中の授業は終了した。そして、弁当を食べようと立ち上がったときに、後ろから襟をつかまれて強制連行された。一言で言おう。うかつだった。

 空は、こんなにも青く晴れ渡っているのに――雲が所々流れているのはご愛嬌、僕の心はスコールの如く雨、雨、雨。

「あなた、昨日出てきたロボットのパイロットなんでしょう?」

「はっ? いやいや、違うよ」

「いいえ、そうに決まっているわ。今の反応がその証拠ね」

 どういう教育を受けてきたんだ、この人は。迷惑だ。

「それで、そうだとしてどうするつもり?」

「私のSOS団に協力しなさい」

「は?」

 えすおーえすだん、って何ですか? と、うかつにも口を滑らせてしまった。地獄が始まった。SOS団とやらの目的から、団員構成まで。そして、一つ気がかりなこと。

「本当はね、キョンって奴が雑用だったんだけどね」

 という呟き。まぁ、どうでもいいだろう。むしろ、僕にとってはその後のほうが重要だった。『だから、光栄に思いなさい。あんたは誉れ高きSOS団の雑用係にさせてあげるのだから』と。雑用係にされることを何で光栄に思わないといけないのさ、と思った。しかし、彼女は反論を許さないような剣幕で一方的に喋り捲る。そして、最終的に来ないと死刑、という強行判決を受けて、僕の放課後は消え去ったも同然となった。

 このときばかりは、何も教えてくれなかった朝倉さん他を恨んだ。

 彼女たちは、この行動がとられる事を事前に予測できたであろうにもかかわらず、教えてくれなかった。仲間でしょ? 何でさ。もしかして、『義務』とやらに関係あるのかな? と、思いつつ、放課後が拘束されたことに涙を流しつつ、教室に戻った。






To be continued...


(あとがき)

 こんばんは。KRN-23R改め、黒潮です。諸事情により、主にブログで使っている名前のほうに統一するために、名前の変更に踏み切りました。了承されるかどうかは別ですが。
 実に、二週間ぶりになりますが、前回の投降にはコメントを残していないという迂闊さを出していましたので、事実上初対面です。よろしくお願いします。

 予定では、一週間ごとにこれと、後一つの奴を交互に連載していきたいと思いますが、両方とも一人称視点で進めていく予定なので、キャラが混じらないか激しく不安です。頑張れ、自分。

 では、今後もよろしくお願いします。

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