第八話
ゲンドウの処遇――学校編?――
presented by 光齎者様
第3使徒が殲滅されてから2週間後。
第3新東京市第壱中学校、2-Aと書かれた教室の中。
「え〜、時期外れではあるが、本日より転入することとなった転校生を紹介する。入りなさい」
髪も眉毛も白くなり、老眼鏡を掛けた高年の老教師の声に促されて、六文儀ゲンドウはその教室の扉をくぐった。
髭の生えた凶悪面に、第3新東京市第壱中学校指定の男子学生服は壊滅的なまでに似合っておらず、その姿は周囲に違和感を放ちまくっている。
「それでは、自己紹介をしてください」
「いか……ぅっ! ぐわぁぁぁ〜〜〜!!」
六文儀が碇ゲンドウと騙ろうとした瞬間、激痛が全身に迸り、それと同時に六文儀の周囲から空気が無くなった。
「どうしたんだね? 六文儀君?」
「ちがっ……、俺の名前はいか…………ぅぐわばばば!?!?」
あくまでも騙ろうとする六文儀の全身に電流のような痛みが迸り、六文儀は窒息の苦痛も相まって、教室の床の上をドタンッ! バタンッ! とのたうちまわる。
「あ〜、彼は六文儀ゲンドウ君だ。見ての通り時折酷い発作を起こすらしいが、一過性のものなので気にする必要は無いらしい」
そんな六文儀の様子を仕方が無いという目で見ながら、老教師が勝手に紹介する。
「一応、碇さんの365代前の従兄弟のはとこの再従兄弟ぐらい離れた物凄く遠い親戚に当たるそうだ。この第3新東京市に来たのも、保護者になれる存在が碇さんの両親ぐらいしかいなかったから。ということらしいです」
碇さんという老教師の言葉に、床を転げ回っていた六文儀がピクリッ!と素早く反応し、勢いよく立ち上がった。
そのまま教室全体を見渡し、六文儀は窓側の一番奥の席に座っている、第3新東京市第壱中学校指定の女子生徒服に身を包んだ碇ユイの姿を発見する。
「ゆ……」
キ〜ン! コ〜ン! カ〜ン! コ〜ン!
「では、授業を開始する。六文儀君は、そこの席に着きなさい」
六文儀が大声でユイの名前を呼ぼうとした瞬間、始業のチャイムが高らかに鳴り響いた。
授業を開始した老教師に教室の入り口に一番近い最前列、ユイから最も離れた位置にある場所を指定されて渋々、六文儀はそこに着席する。
そして、1限目の授業が終わり、2限目の授業との間の休み時間――――――――
「――――ユイッ! いったいどういうつもりだっ!!」
「……勝手にわたしの名前を、気安く呼び捨てにしないで貰いたいものね」
「なっ…………!?」
窓側の一番奥の席に座る碇ユイに大声を上げながら詰め寄った六文儀は、ユイから氷点下の冷たい視線を向けられて一瞬思考が停止した。
碇ユイは、自分がどんなことをしても無償で愛を注いでくれる存在であった筈なのに――――?
「シンジに洗脳でもされたのか!? そうなんだな!!??」
「今度はあんたなんかの保護者になってくれたお父さんの名前を呼び捨てにするなんて、あんたこそいったいどういうつもりなの?」
わけのわからない勝手なことを喚く六文儀に対し、ユイは次に頭が可哀想な存在を見るような憐みの視線を向けた。
「安心しろっ! いま、その身体で思い出させてやるぞっ!!」
「……お父さんとお母さんに言われて時は流石に冗談かと思ったけど、本当の事だったみたいね…………」
好色に血走った眼で自分に襲い掛かって来る六文儀に侮蔑の眼差しを向けて、ユイは机の中から一本の無骨なデザインの金属製の太い棒を取り出すと、その先端を鋭く突き出した。
「ぐぇぇっ!?」
襲い掛かる勢いそのままに、棒の先端が勢いよく喉仏に突き刺さり、六文儀が苦悶の声をあげる。
そして、次の瞬間――――――――
ズガガガ〜〜〜〜〜〜〜ンッ!!!!
およそスタンガンとは呼べない程の轟音を立てて、途轍も無い威力の電撃が六文儀の全身に迸った。
「○×△×○□×△×○×△×○□×△×!!!!」
窓から教室内に射し込んでいる、常夏となった日本の強い陽光さえも眩ます程の、テレビ放送であればフラッシュ注意のテロップが流れていそうな電光が教室全体に広がり、マンガやアニメであれば骨格のシルエットが浮かび上がっているような状態で六文儀が1分には満たないが数十秒程度の時間、感電をし続ける。
やがて――――――――
ドシャリッ!!!!
ぷすぷすと全身から黒い煙を上げながら、真っ黒焦げになった六文儀が床の上に崩れ落ちた。
その眼は完全に白目を剥いており、目や鼻、耳などの全身の穴や、弾け飛んだ両手足の爪のあった場所からは大量の血が流れ出す。
「い……碇さん? ちょっと、やり過ぎなんじゃないかなぁ〜?」
「そうね。教室の床をこんな奴の血で汚すのは、やり過ぎだったかもしれないわね」
「いや、そうじゃなくて…………」
反省するわというユイに、級友のひとりであるロン毛の男子生徒「青葉シゲル」が遠慮がちに声を掛けた。
「あぁ、“それ”なら心配する必要も無いわ。お父さんとお母さんから聞いた話だと、生命力と回復力が異常に高くて、どんな状態になっても暫く放置しておけば自然に回復するそうよ?」
目障りなら、教室の外にでも放り出しておけば良いんじゃない? というユイの意見が採用され、数名の男子生徒によって黒焦げになった六文儀は、態々ユイから一番離れた教室前方の扉から廊下の外へと放り出された。
床の上を汚した六文儀の血や体液等も、その男子生徒達によって綺麗に掃除されていく。
ちなみにその六文儀を廊下に放り出した男子生徒たちは、碇ユイファンクラブという本人非公認の団体の会員だったりもするのだが、その団体についての詳細は、何れ機会があれば語るということで。
「ところで碇さん、さっきの“あれ”とはいったいどういった関係なの?」
それまでユイと六文儀の間で為されていた一連の流れを、意味が把握出来ずにただ傍観していた級友のひとりが、ユイに問い掛けて来た。
「どういうも何も、先生が朝のHRで言っていた関係そのままよ。“あれ”はわたしのことを運命の相手と妄想しているらしいけど、本当に迷惑だわ…………」
心底嫌そうに、ユイがその整った顔を顰める。
「何であんな奴が、この学校に転入して来やがったんだ!?」
先程六文儀を廊下に放り出した男子生徒、ユイのファンクラブ会員のひとりが吐き捨てるような声を出した。
その周囲では、彼以外のファンクラブ会員達も一様に頷いて、同意の意思を示している。
「……2週間前、この街に巨大生物がやって来て、それをNERVの巨大ロボットが殲滅したことは、もう皆は知っているわよね?」
「あ〜、まぁ、テレビの報道なんかだと何か誤魔化そうとしていたけど、こっちとしては肉眼でもろに確認してるしなぁ……」
一応は情報規制は入ったらしいが、あれだけ派手な戦闘だったのだ、それが周知の事実であることは想像に難く無い。
「そのNERVの巨大ロボットに乗っていたのが、さっきの“あれ”よ」
ちなみにその為に、わたしのお父さんとお母さんは一応“あれ”を保護したらしいわ。というユイの言葉を聞いて、ひとりの女子生徒がぎりっ!と奥歯を噛み締めた。
「あれ? マヤちゃん、何処に行くつもりなんだよ?」
そんな女子生徒「伊吹マヤ」に、青葉シゲルが声を掛けるが、マヤは彼の方へと向き直ることも無く、一直線に教室前方の扉から廊下へと出て行った。
「……まさかっ!?」
そんなマヤの姿を見送っていたシゲルがある可能性に気づき、慌てて彼女の後を追い駆ける。
「ぐっ……むむむ…………」
ドグシャァァァッ!!!!
「ぐぶぉっ!?」
放り出された廊下の中、何とか気がつきかけた六文儀の顔面に容赦無く、上靴を履いた足による痛烈な蹴りが叩き込まれた。
(なっ……何事だ!?)
蹴り飛ばされたそのままの勢いで近くの壁にぶち当たり、六文儀は何とか顔を上げ、自分が誰に蹴り飛ばされたのかを確認する。
「マヤちゃん! 落ち着きなって!!」
「離してくださいっ! 彼奴のせいで、ペンペンが――――!!」
2-Aの教室の扉付近で、暴れる伊吹マヤのことを青葉シゲルが羽交い絞めにして抑えていた。
「何だというのだ…………?」
目の前で繰り広げられているその事態のわけがわからず、六文儀は怒りを通り越して唖然とする。
「あ〜、悪いなっ! 2週間前にお前があの巨大ロボットで巨大生物と戦った際の巻き添えで、この娘が飼っている温泉ペンギンが瓦礫の下敷きになって、大怪我したらしくてさ――――」
(なっ! 温泉ペンギンだとっ!?)
人間では無く、鳥類が怪我をしたから蹴りを入れられたと言われ、人間相手でも基本的に他者は全て自分の踏み台になる為だけに存在が許されていると今でも本気で思っている六文儀の額に、数本の青筋が浮かぶ。
「き……、さ……、ま……、ら〜〜〜〜ぁっ!!!!」
ウゥ〜〜〜〜〜!!!!! ウゥ〜〜〜〜!!!!!
激し怒りに我を忘れ、マヤとシゲルに六文儀が飛び掛かろうとした瞬間、非常事態を告げる警報が高らかに鳴り響いた。
それと同時に、何処からともなく数名の黒服の男達が現れ、六文儀のことを羽交い絞めにする。
「何だ、貴様らは? 離せっ!?」
――――ドゴッ!! ――――バギッ!! ――――グシャッ!!
暴れる六文儀を、黒服の男達が警棒で殴りつけて黙らせた。
「聞こえているかどうかはわからんが、非常招集だ。貴様に拒否権は一切無い!!」
黒服のひとりが、引き摺られていく六文儀の耳元でそのように断言する。
「ユイ様、お迎えにあがりました――――」
六文儀の耳元に言葉を掛けた黒服の男が、目の前で起こった事態に唖然とするシゲルとマヤの前を横切って、2-Aの教室の中へと入っていった。
「――――ありがとう、ご苦労さま」
差し出された黒服の男の手を取り、その男にエスコートされて、ユイが優雅な仕種で教室の外へと向かっていく。
――――只今、東海地方を中心とした関東・中部全域に特別非常事態宣言が発令されました。速やかに、指定のシェルターに避難してください――――
警告のアナウンスが流れる中、2-Aの生徒達は皆一様に、担任の教師が声を掛けに来るまでの間、自分達の目の前で繰り広げられた事態を理解しきることが出来ず、ただ唖然として固まっていた。
To be continued...
(2016.05.22 初版)
(「あとがき」という名の「本編補足」)
六文儀の価値、温泉ペンギンのペンペン以下です。
尚、今後もそうですがゲンドウにつきましては、碇では無く六文儀であることを強調するために、面倒ですが基本的には六文儀と記載します。
そして、碇ユイにつきましてですが、シンジとレイが確りと育てたため、六文儀のことを「可愛い人」と思うような変な価値観はしていません。
そもそも本作では(或いは「本作でも?」)、ユイがゲンドウと前史で結婚した理由は、本来ユイが結婚を前提に付き合っていた男性が突然行方不明になり――実は六文儀にとっては邪魔者だったから、六文儀がSEELEの者の手を使って抹殺させた――、落ち込んでいるユイに六文儀が計画的に近づいたためです。
吊り橋効果とか、ストックホルム症候群に似たような心理を利用された。といえば、分かりやすいかと思われます。
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