天井にも壁にも壁紙ひとつ貼られておらず、灰色のコンクリートが剥き出しの状態のままで放置されている一室。
蛍光灯の類は全く設置されておらず、薄汚れたカーテンが無造作に設置された窓から入り射す僅かな陽光だけが、その部屋の唯一の光源となっている。
「ぅ……っ!? ぐぎぎぎぎ…………っ!!!!」
その部屋の中央部に唯一つ、ぽつんと置かれた薄汚れて不衛生なベットの上で、ひとりの男が苦痛・激痛とともに目を覚ました。
(こ……此処は、どこだ?)
全身を引き裂“かれた”激痛に身悶えしながら首だけを可能な限り動かして周囲を見渡し、その男は自分のいまいる場所が何処なのか見当をつけようと試みる。
「……知らない場所だな」
血の付いた包帯こそ無いものの、嘗て、その男が綾波レイに生活をさせていた部屋の中で、その男――六文儀ゲンドウ――は何の躊躇いも無くそう呟いた。
第七話
ゲンドウの処遇――因果応報――
presented by 光齎者様
虚数空間の何処かに、人為的に作られた会議室。
其処に、超高次元ATフィールドを身に纏いし元・人間達と、同じく超高次元ATフィールドを身に纏いし元・使徒達が皆、対面する形で一堂に会していた。
元・使徒達のうち12人の背後には12枚の長方形型の巨大なモノリスが聳え立ち、そこにはNo.1〜No.12までの文字が刻まれていた。
そして、元・人間達と元・使徒達の間には、何のシンボルも無い1〜10までの数字が書かれた10枚のカード、それにベイジ、ナイト、クイーン、キング、そして何も描かれていない無地のカードを含んだ計15枚のカードが、何の支えも無い宙空にぼんやりと浮かんでいる。
「まずは第3使徒として、SEELE十二大老のNo.12が消滅した――と」
その中のひとり、No.12のモノリスの前に立つ第3使徒の転生体のランが、デコピンの要領でナイトのカードを軽く弾いた。
弾かれたカードはぱぁんっ!と短く乾いた音を立て、光の粒となって虚空の中へと消えていく。
No.12以外のモノリスの前には、No.11の前に第4使徒のアキラ、No.10のモノリスの前に第5使徒のアズミ、No.09のモノリスの前に第6使徒のカイ、No.08のモノリスの前に第8使徒のハミ、No.07のモノリスの前に第9使徒のルイ、No.06のモノリスの前に第10使徒のソラ、No.05のモノリスの前に第12使徒のイエ、No.04のモノリスの前に第14使徒のチカ、No.03のモノリスの前に第15使徒のツバサ、No.02のモノリスの前に第16使徒のシヤ、そしてNo.01のモノリスの前に第17使徒であった渚カヲルが立っていた。
カヲルの右腕にはべったりと、第2使徒の本来の転生体である霧島マナも引っ付いている。
「実際にEVA初号機の核に入り込んで、EVAを動かしてみた感じはどんな感じだったんだい?」
「……精神的に、物凄く気持ち悪かったわ…………」
カヲルからの問い掛けに、レイは露骨に嫌気を隠さない表情でそう答えた。
「あら? EVAシリーズの核に入り込んでも、感覚の共有は無い筈じゃなかったっけ?」
「あの外道髭を体内に入れているという事実自体が、物凄く気持ち悪いのよ……」
カヲルの傍にいるマナからの疑問に、レイは吐き気を堪えているかのように身を震わせながらそう答える。
「それって単に、気の持ちようの問題なだけじゃないの?」
「それなら、ほんの少し予定は早まるけど、次からお姉さんがあの髭を乗せたEVAの核に入り込んでみる?」
「……遠慮させてもらうわ…………」
はっきり言って本当に、物凄く精神的に来るわよ? と暗に臭わせるリリスの転生体として考えれば妹とも云えるレイの言葉に、マナは露骨に表情を引き攣らせた。
想像するだけでも嫌になるでしょ? と、シンジの左腕に引っ付きながら、レイがリリスの転生体として考えれば姉とも云えるマナに無言で同意を求める。
まぁそうは言っても、近いうちに必ず、マナが核に入り込んだEVAシリーズにも何れ、六文儀を放り込むことになるのだが――――
「ところでその外道髭だけど、この先の生活はどうさせるつもりなの?」
露骨に嫌気が露わにした表情を突き合わせる2人の女王達と、各々の伴侶の苦悩に苦笑いを浮かべる2人の王達に、加持――旧姓:葛城――ミサトが質問を投げ掛けた。
前史を再現するのであれば、3番目の適格者は作戦部長と同居しなければいけないということになる。
と、いうことは――――
「――――まさかとは思うが、鬼畜野郎とアスカを同居させるつもりじゃないだろうな!?」
「ちょっ、ちょっと! マジでそうするつもりなわけ!?」
「いや、そんなわけ無いに、決まっているだろ」
怒気を露わにし、自分達に詰め寄って来たケンスケとアスカに、シンジが苦笑したままの表情で答えた。
あんな唯我独尊思考の性犯罪者とアスカを同居させるなんてことは、たとえ天と地が引っ繰り返ったとしてもさせられるわけが無い。
「それならいったい、どうするつもりなんだ?」
「つまりは、適格者と作戦部長が同居すれば良いんだろう?」
妻であるミサトの言葉尻を引き継ぎ、問い掛けた加持リョウジの言葉に、カヲルがあっさりと答えを返した。
そう、別に作戦部長と同居するのが3番目の適格者で無ければいけない理由など、何処にも無いのだ。
つまり――――
「アスカ君とは1番目の適格者のユイちゃんと、ついでにその母親であるレイが同居して、あの髭に前史でレイが暮らしていた部屋での一人暮らしを強要すれば良いだけのことさ」
ついでにそうすれば、2番目の適格者がNERVの日本本部に着任した際に同居する理由にもなって、正に一石二鳥だろ? とカヲルがさらに言葉を続ける。
「あぁ……、そういうことなら、断る理由も無いわね」
カヲルのその提案に対して何の異議も無く、当事者のアスカやケンスケ、疑問を投じたミサトやリョウジは一様に、納得がいったとばかりに軽く息を吐く。
「え〜と、ついでに言っておくと、あの六文儀は既に、前史でレイが生活していた部屋の中に放り込んである筈だよ?」
「…………何でそれを、先に言わなかったのよっ!?」
遠慮がちに掛けられたシンジの言葉に、アスカが怒号の声をあげた。
「いや、誰もあの外道髭のことなんか気にしていないと思ってたし、態々そんな気分の悪くなる話をする必要も無いかなぁ〜……って思ってね?」
「あんた馬鹿ぁ〜〜!? わたしにとってそれって、全然他人事じゃ無いじゃないっ!!??」
「……シンジ君は、馬鹿じゃ無いわ…………」
さらに噛み付いて来るアスカの言葉を、レイがぼそりと小声で否定する。
「馬鹿じゃ無いなら、余計に質が悪く無いっ!?」
「まぁまぁ、アスカ、取り敢えず落ち着いて…………」
「これが落ち着いていられるかぁ〜〜!!!!」
何とか宥めようとしたヒカリにも、アスカは構わず怒号をあげる。
何しろ自分の身の貞操に係わり兼ねない事だったのだ。
当事者であったアスカとしては、本当に、溜まったものでは無い――――
「あ〜、ところで、次の使徒戦はどないするつもりなんや?」
吼えるアスカを宥めるのは妻のヒカリに一任することにして、トウジがカヲル達に問い掛けた。
前史では、自分とケンスケの2人が、使徒戦の最中にシェルターの外に出てしまったわけなのだが――――
「取り敢えず、俺自身ととツバサあたりが第3新東京市第壱中学校の生徒が避難するシェルターに行くとして、後は出たとこ勝負といったところじゃないか?」
「まぁ、僕がちょっと精神的に煽るだけで、予想通りに暴走してくれる人材がどれだけいるか? といったところでしょうかね?」
元・第4使徒のアキラと、元・第15使徒のツバサが率先して、トウジの問いに答えを返す。
「……ちょっと、その精神的に煽るって言葉、やめてもらえない?」
耳に入ってしまったツバサのその言葉に、ヒカリに宥められていたアスカの顔色が一瞬でさぁ〜っと青くなり、トラウマを軽く刺激されて表情を引き攣らせた。
「あぁ、すいません。無神経でした?」
一度はその精神を壊してしまったアスカにそう言われ、ツバサが慌てて頭を下げる。
「いや……、あんたに悪意が無かったっていうことは、頭では理解出来ているんだけどね…………」
自分に対して深々と頭を下げるツバサの姿に、アスカも気まずそうに言葉を濁らせる。
何とも言えない気まずい雰囲気が暫く、虚数空間の中の会議室全体に重たく充満する――――
「――――おや?」
そんな重たい雰囲気を、少々間の抜けた拍子のシンジの声が打ち砕いた。
「どうしたの?」
そんな彼の一番近くにいたレイが、彼に問い掛ける。
「いや、大したことじゃ無いんだけどね、どうやら“あれ”が、目を覚ましたみたいなんだ」
だから、ちょっと行ってくるよと一言断りを入れて、シンジが虚数空間の中の会議室から退席した。
「それじゃぁ、この会議自体も、いったんここで終了……かな?」
そう言うが早いか、カヲルを筆頭とする元・使徒達の大半も虚数空間の中の会議室から退席していく。
「……それじゃぁ、またな」
そういうと、ケンスケ、リョウジ、ミサト、それに元・第7使徒であった双子の姉弟のネオンとガクトを含めた計5人も虚数空間の中の会議室から退席し、レイ、トウジ、アスカ、ヒカリ、そして元・第11使徒のHALと元・第19使徒のORACLE達が戻るNERV本部とは別の場所に向かい、虚数空間を抜けていった。
「――――ほんじゃぁ、儂らも帰るか?」
「――――そうね」
トウジのその言葉を切っ掛けにして、残りの6人(?)も虚数空間の中の会議室から退席して行き、会議室の中には誰もいなくなった。
そして――――――――
「よぉ、なかなか元気そうだな?」
「っ!?」
元・レイが生活していた部屋の中、簡素なベッドの上で全身の激痛に苦悶してのたうちまわる六文儀の耳に、冷淡な口調の青年の声が聞こえてきた。
「き……、貴様ぁ〜〜っ!!!!」
可能な範囲でなんとか声のした方へと首を動かし、その青年――シンジ――の姿を視認した瞬間、六文儀は勢いよくベッドから起き上がり、シンジに向かって飛び掛かる。
だが――――
ガ……ッ、ゴ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ンッ!!!!!!!!
シンジに触れたと思った次の瞬間、六文儀の体はシンジの身体を突き抜けて、コンクリートが剥き出し状態になっている壁へと勢いよく突っ込んだ。
それにより鼻骨と前歯の何本かが折れて、六文儀は盛大に床に血を撒き散らす。
「言っておくが、この姿は精巧に作り上げたホログラムだ。生身で会いに来て貰えるほど、お前などに信頼があると思っていたのか?」
「ぅ……、ぐぐぐ…………!!!!」
血が溢れ出る鼻と口を押えながら、六文儀が忌々し気に、シンジの姿を睨み付ける。
「お前などの対策のために、態々大金を掛けて作り上げたのだ。嬉しいだろ?」
そんな六文儀の視線など意にも介さず、シンジは逆に侮蔑の眼差しを返した。
それを受けて、六文儀はぎりりっと、残った奥歯を強く噛み締める。
「俺にいったい、何の用だっ!!」
触れることも出来ないシンジに対し、六文儀が屈辱に打ち震えながら怒号をあげた。
「何の用とは随分と、ご挨拶だな。折角お前の今後の処遇について、話をしに来てやったというのに……」
そんな六文儀の様子など意にも介さず、シンジが淡々と言葉を続ける。
「取り敢えず、最初の使徒は殲滅された。その枕の下にあるのは、その分の報酬だ」
その言葉を受けて、六文儀は跳ねるような動作でベッドの上の枕のしたに手を突っ込み――――
「――――何だっ? これはっ!?」
枕の下から一枚の封筒を見つけ出し、その中身を見て六文儀は大声で叫んだ。
封筒の中にあったのは、一万円札が1枚、ただそれだけ。
「いったい、どういうつもりだっ!?」
「使徒殲滅の報酬だと言っただろう? その部屋の水道・光熱費はNERVが支払っているうえ、備え付けの冷蔵庫の中に必要なビタミン剤は揃っているのだ。お前が以前にこの部屋で生活していた者に行っていたことから鑑みれば、それでも破格の待遇だろうが?」
敢えてレイの名前は出さず、シンジは嘗て自分の父親を騙った変態外道鬼畜色眼鏡好色糞爺にそう吐き捨てる。
「――ふざけるなっ!!」
「こちらは至って、大真面目だが?」
怒号をあげる六文儀に対し、あくまでも冷淡にシンジはそう言い切った。
「貴様に対する報酬は、使徒1体殲滅につき1万円。それ以外の訓練等に関しては義務教育の一環ということで一切、報酬の類等は無い」
「そんな条件、俺が承諾すると思っているのかっ!!」
「では、どうするつもりだ? 保護者も無く、年齢的にも未成年と見做される貴様が、この先いったいどうやって生活をしていくと言うのだ?」
貴様にはこちらの条件を呑む以外の道は無いのだと、シンジは冷淡にただ事実を突き付ける。
ちなみに、六文儀が前史で自宅や隠れ家に溜め込んでいた財産は、シンジによって建物ごと回収されて一文も無くなっていた。
いや、現状の六文儀は、無一文よりもさらに質が悪い。
何しろスイス銀行等の幾多の口座はそれ自体はすべて残っているが、その口座金額はすべて、とんでもない額のマイナスとなっているのだから。
そう、此奴に残っているものは、シンジの父親の立場を騙り、本来シンジのものとなる碇家の財産を私的に使用し着服した分の借金、ただそれのみ。
「自分の立場を正確に、理解することは出来たか?」
あくまでも自分を小馬鹿にするシンジの姿に、六文儀はさらに強く奥歯を噛み締めた。
それにより奥歯が割れ、六文儀の口の端からさらに、血が床へと滴り落ちる。
「早速だが、明日から訓練への参加、および2週間後からは第壱中学校への通学も行ってもらう。一応言っておくが、貴様に拒否権などは無い!!」
一方的にそう言うと、シンジのホログラムがスーッと消えていった。
「う……っ、がぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
その後、六文儀だけが残された閑散とした部屋の中に、屈辱に悶える絶叫と、其処彼処に辺り構わず当たり散らすような音だけが暫く、ただ虚しく響き渡った。
To be continued...
(2016.05.22 初版)
(「あとがき」という名の「本編補足」)
というわけで、アスカとユイとレイ(時折シンジ)の同居生活が確定しました。
後に来日する2番目の適格者との同居も確定し、六文儀は因果応報、自業自得で、今後は何も無い部屋での一人暮らしを強要され続けることになります。
余談ですが、本作では同じ魂を持つ者ということで、マナとレイが姉妹、カヲルとシンジが兄弟のような関係―― 一応、マナとカヲルの方が先に産まれているため ――となっていたりもします。
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