第六話
第3使徒――ゼーレ十二大老No.12――
presented by 光齎者様
その男、嘗て闇に潜み世界を裏から操っていた強大な権力を持つ秘密組織SEELEの最高幹部十二大老の中でNo.12を冠していた老人は何処とも分からぬ水の中を、ただゆったりと漂いつつ泳ぎ進んでいた。
眼窩に映る水の底には魚一匹、いやプランクトン一匹すら生物が棲息しておらず、壊れて崩落したビル群だけが辛うじて嘗ての面影を残している。
老人は何処とも分からない水の中、何処とも分からない陸の上を真っ直ぐに、自分を呼ぶ“何か”に導かれて只々進み続けた。
そのその呼んでいるものが“何”なのかは分からない。
しかし、自分はその“何か”が呼ぶところに、絶対に向かわなければならない――――――――
と、突如、小高い山と山に挟まれた陸地をゆったりと歩いていると、何やら空を飛ぶ虫けらが数匹、自分の周りに集りはじめた。
よく見れば足下にも、何十匹もの虫けらがまるで自分を取り囲むように、地を這いながら群れ集りはじめている。
暫くの間、その虫けら達は牽制する様に自分の周囲をただ旋廻していただけだったが、突然、その中の空飛ぶ虫けらの一匹が勢いよく、自分に向かって突撃して来た。
その一匹を皮切りに、立て続けに数十匹の虫けらが空から地から次々に、自分に向かって突撃してくる。
(……邪魔だ!!)
老人がそう思った瞬間、老人の全身が明るいオレンジ色の膜に包まれた。
そのまま右掌を、周囲を飛ぶ虫けらの一匹に向けてみる。
すると掌の先から薄紫色に輝く光のパイルが現れ、虫けらの一匹を貫いた。
これはいい――――――――
続けて老人は意識的に全身にオレンジ色の膜を纏い、その状態のまま軽くジャンプしていま刺し落とした虫けらの残骸を踏み潰してみた。
虫けらを踏み潰し切り両足が地面に着いた瞬間、そこから物凄い勢いで衝撃波が発生し、周囲一帯を丸ごと吹き飛ばす。
ふと、老人は足下を転がる虫けらに視線を向けてみた。
その虫けらから這い出てきた人形の様なものを見た次の瞬間、老人はそれが何であるのか把握して激怒する。
(劣等種の黄色い猿如きが、最優良種である自分に楯突いたというのかっ!?)
許せない!! そう思った瞬間、老人の全身にまたオレンジ色の膜が輝き、先程よりも凄まじい勢いの衝撃波がその周囲一帯を吹き飛ばした。
その衝撃波の直撃を受け、空飛ぶ虫けらや地を這う虫けらの中にいた“老人から見れば劣等な下等種の猿”たちが、細切れになって広範囲にばら撒かれていく――――――――
――――そのまま暫く、自分を呼ぶ“何”かに向かって老人が歩を進み続けると、唐突にぽっかりと開けた場所に行き着いた。
(どういうつもりだ?)
老人がその場所に足を踏み入れた瞬間、それまでしつこく自分の周囲に纏わりついていた虫けらどもが一斉に離れ、瞬く間に遠くへと距離を取り始める。
その動向を老人が不思議に思った次の瞬間、踏み出した老人の足下から大爆発が巻き起こった。
眩く白い光が老人の全身を包みこみ、咄嗟に全身に張ったオレンジ色の膜をも突き破って、老人の全身の体表が高熱に包まれる。
(熱いっ! 痛いっ!)
全身の体表が全体的に皮一枚焼けて溶け落ち、自身から流れ出す体液の触れる部分は刺す様に痛み、老人は苦悶の声を上げて一旦動きを停止した。
(だが――――――――)
――――完全に、動けなくなるほどではない。
時間の経過とともに、瞬く間に全身の火傷は修復していき、そればかりか傷ついた箇所が傷つく前より強化されているのが肌で感じられた。
焼けた顔の下にもうひとつの顔が現れるまでに至り、老人は自分が急速に進化していることを自覚する。
(本当に、うるさい虫けらどもめっ!!)
高熱に焼かれ動きを止めたのをこれ幸いと認識したのだろう、また自分の周囲に集り始めた虫けらの一匹を辟易としながら、老人は新たに現れた顔の眼で睨みつけてみた。
その瞬間、睨みつけた眼から薄紫色の光条が伸び、着光した虫けらが爆発炎上して墜落する。
(ほぅ…………)
自らに追加された能力の特性を瞬時に把握し、老人はそのままぐるりと、自分の周囲に群れ集りつつある数多の虫けらを見廻した。
老人を焼いた大爆発により更地と成り果てた広大な空間に、無数の爆発がまるで花火のように幾つも炸裂し、焼けて黒ずんだ鉄屑が降り注ぎ、暫くの間ガシャガシャと渇いた音を立て続ける。
(……あぁ、そうだ………… 早く、早く、向かわなければ…………)
その先に“何”が待っているのか、“何”が自分を呼んでいるのか、それは全く分からない――――
だが、それでも自分は、必ず“其処”に向かわなくてはいけない――――
自らの周囲に、進行を邪魔するものが一切無くなったことを確認し、老人は強化再生された足を動かして自らを呼ぶ“何か”のもとへと進行を再開した。
その老人の周囲で、黒く焼けて地面に落ちた数多の鉄屑が嘘のように、まるで霞の如く影も形も無く消えていくが、ただ一心不乱に前へ、前へと進むことだけを考え続ける老人が、それには気がつくことは無い――――
(ああ…… 此処だ…………)
進行を再開してから暫くの間、老人の進行を妨げるものは無かった。
やがて鉄とコンクリートのビル群が立ち並び、地も一面が分厚い鉄板で覆われた場所へと辿り着き、老人は確信する。
此の下の何処かに、自分をいまもなお呼び続け、此処まで導いて来た“何か”がいる。
(……何だ?)
後はただ、この下を掘り進むだけ…… そう判断し、のっぺりとした仮面のような2つの貌を下に向けた瞬間、老人の足元がぐらぐらと揺れ動いた。
続けて地の底から低いモーター音を伴い、全身を強固な装甲で覆われた1体の巨人が老人の前に姿を現す。
(……っ!?)
額の中心に一本の角が生えた鬼の様な顔のその巨人を見た瞬間、老人は考えるよりも先にその巨人へと掴み掛った。
糸の切れた操り人形の様に前のめりの態勢で地面に倒れ行く巨人の顔に伸ばした左手で鋭く掌底を当て、右手で巨人の左腕を掴み、巨人の頭と左腕を全力でそれぞれ逆方向へと引き伸ばす。
目の前の巨人がいったい何だったか、老人は思い出せなかった。
だが、これだけはわかる。
目の前にいる“これ”は、自分の敵だ。
此奴を滅ぼさなければ、自分の方が滅ぼされる。
「……ぎ……、ぐ……がぁ…………っ!?」
何ひとつとして支えの無いEVA初号機のエントリー・プラグの中、ぷかぷかとLCLの中を漂っていた六文儀は、これ以上無い最悪な状況で目を覚ました。
「ぬぉっ!? ぅぎぎ…………!!??」
目を開けた瞬間、直近で視界に入った第3使徒の顔に六文儀は思わず仰け反り、続いて頸と左腕を襲う激しい激痛に意味を成さない呻き声を洩らす。
ゴキッ!! グシャッ!! ブチブチブチブチブチ…………
「ぐがぁぁぁ!?!?」
使徒により初号機の頸椎が折られ、左腕が握り潰されて引き千切られた瞬間、エントリー・プラグの中で六文儀自身のまだ完全に回復しておらずぐらぐらになっていた頸椎が再び折れ、左腕がひしゃげて千切れ飛んだ。
神経が剥き出しの状態でプラグの中に漂う己の左腕に気を向ける猶予も無く、続け様に使徒の左手に持ち上げられた初号機の顔の右目に、使徒のその掌から出し入れされる薄紫色に光るパイルにより何度も衝撃が加えられ、その度に同じ痛みが六文儀の右側頭葉を何度も襲う。
やがて――――――――
「ぐっ……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」
使徒の放つ光のパイルが初号機の右目を貫き、そのまま初号機を手近にある兵装ビルの一棟へと叩きつけた。
初号機のエントリー・プラグの中で六文儀の右側頭葉にも穴が開き、右頭蓋骨の後ろからその右目が飛び出して、プラグの中を漂い出す。
六文儀は人間が想像し得る痛みを遙かに絶する痛みに耐え兼ね、糞尿まで垂れ漏らしながら再び、エントリー・プラグの中で気絶した。
尚、六文儀の垂れ漏らした糞尿は当然LCLに溶け雑じり、口や鼻の穴を通って六文儀自身の臓腑へとそのまま流れこんでいくが、自分で排出したものなのだから問題は無いであろう――――多分。
(勝った……のか?)
左掌から伸ばした光のパイルに左頭部を貫かれた状態のまま壊れた兵装ビルの中に埋もれて動かなくなった初号機へと視線を向け、老人は外観からは何処にあるとも判別の出来ない小首を傾げ、気を僅かに緩めかけた。
視線の先にいる初号機は何処を見ても満身創痍の状態で、一見したところ最早、這って動くことすらもままならない様に見える。
だが、老人の中で何かが、完全に安心するのはまだ早いと警鐘を鳴らしていた。
いや、寧ろ本番は――――――――
(っ!?)
理由が定かにならない嫌な予感に突き動かされ、老人が僅かに緩んだ緊張の糸を張り直そうとした次の瞬間、初号機の頭部に刺さったままの光のパイルが初号機の右手によって勢い良く手繰り寄せられた。
慌てて態勢を立て直し、老人は手繰り寄せられる勢いそのままにカウンターでの反撃を試みる。
――――が、僅かに反応が遅い。
初号機の右脚が2つの仮面の様な貌のほぼ中央に見事に突き刺さり、老人は青色の体液を周囲に撒き散らしながら後方にある兵装ビル群まで蹴り飛ばされた。
壊れた兵装ビルの瓦礫に埋もれて老人が動かなくなった隙を見逃さず、初号機は近くに落ちていた自身の左腕を右手で拾い上げ、再結合させながら一足飛びに仰向けに倒れた状態の老人へと襲い掛かる。
(く……来るなーーーっ!!)
襲い来る鬼神の如きその姿に怖れを抱き、苦し紛れに貌から光条を放ちながら老人が強烈な拒絶の意思を示した瞬間、老人と初号機の間を隔てる八角形のオレンジ色に煌めく障壁が出現した。
宙を舞い来る初号機の行く手をその障壁「ATフィールド」が阻み、続け様に老人の貌から放たれた光条が初号機に炸裂する。
爆炎と煙に全身が包まれて見えなくなった初号機の方へと視線を向けつつ、老人はATフィールドにより一瞬でも、初号機が宙空で静止すると確信していた。
そして、その瞬間こそ、自分が反撃に転じることが出来る最大の好機であるとも。
だが――――――――
グチャリッ!!
(なっ!? 馬……鹿な…………!?)
老人の予想を遙かに裏切り、ATフィールドが一瞬の抵抗も無くまるで紙の様に容易く破られ、続けて現れた初号機の両膝蹴りが老人の身体の中央にある紅い光球に深々と突き刺さった。
地球の重力任せに膝蹴りの状態のまま初号機は老人を地面へと深く縫い付け、続けて膝蹴りを喰らわせた光球の周囲に突き出した肋骨の様な部分を8本、右手と復元した左手の指で力任せに圧し折り取る。
圧し折り取った老人の肋骨(?)をメリケンサックの様に両手の各五指の間に挟み、初号機は膝蹴りで僅かに罅の入った老人の光球に狙いを定めると、他の部位には目もくれずその光球だけを両拳で只管殴り始める。
(や……止めろーーーっ!!)
初号機に殴られ、その光球「核」に徐々に罅が刻まれていく度に、老人の意識が、精神が、魂が深く昏い闇の底へと徐々に引き擦りこまれ始めた。
自分の魂に直接触れるその底の見えない冷たさに、老人は本能的にその闇の恐ろしさに気付いてしまった。
その闇に完全に呑みこまれてしまえば、老人の魂は輪廻転生の輪からも外れ、無に還って完全消滅してしまう――――――――
(止めろっ! いまならまだ、この不敬を許してやる! この無礼を勘弁もしてやろう!! だから――――)
ガッキーーーンッ!!!!
満身創痍の状態、死の淵に置かれても尚、上から目線の鼻持ちならない高圧的な思考を自分を殴り続ける初号機へと向けていた老人の核が、初号機の両拳による渾身の一撃で激しい音を立てて砕け散った。
(い……嫌だぁーーーーー!!!!)
声にならない絶叫と同時に老人の魂が昏い無の底に引き摺りこまれ、冷たい闇に押し潰されて完全に消滅する――――――――
――――と、初号機がその老人「第3使徒」の核を完全に砕き切った瞬間、残されたその肉体を中心に巨大な十字型の爆発が巻き起こった。
その爆風の直撃を受け、空高く舞い上げられた初号機が背中から兵装ビルの一棟に墜落し、その背骨を圧し折って活動を停止する。
そのエントリー・プラグの中で六文儀の背骨も同様に折れ、その痛みにより一瞬覚醒し、激痛に耐え兼ねてまた気絶したのだが、まぁどうでもいいことである。
こうして、愚か者達の再演する最初の使徒戦の幕は下ろされた。
その闘いに、純粋な勝者と呼べる者はいない――――――――
To be continued...
(2016.05.14 初版)
(「あとがき」という名の「本編補足」)
ちょっとしたネタバラシになりますが、EVA初号機の核に融合し、初号機を実際に動かして第3の使徒を殲滅したのは碇――旧姓:綾波――レイです。
本作の設定では実は、EVAシリーズを動かすのに適格者が乗る必要は全く無く、六文儀はEVA初号機の受けたダメージを100%フィードバックされて生地獄に晒されるためだけに、初号機のエントリー・プラグに放り込まれたことになります。
巨大ロボットの操縦席にレイが居て、それとは別の巨大ロボットの受けたダメージを100%体現する場所に外道髭が乗せられているといった感じで考えれば間違い無いです。
ちなみにレイですが、EVA初号機とは一切感覚を共有してはいない為、どれだけ初号機がボロボロになっても彼女には全く関係なかったりもします。
ついでにいうと、リリスであるレイやマナ、アダムであるシンジやカヲルは自由にEVAシリーズの核に出入り可能であったり、1番目の適格者の碇ユイはシンジとレイの間に生まれたたったひとりの実の娘という位置付けであったりもします。
さて、第3使徒としてまずSEELE十二大老のNo.12が殲滅されたわけですが、SEELEの最高幹部は12人で、使徒の数はアダムとリリスを除くので全部で15体です。
それでは、残りの3枠を埋めるのは、いったい何になるでしょうか?
その答えは、今後ストーリーが進んでいくにつれて徐々に、明らかにしていくということで…………
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