第五話
特務機関NERV、外道の出撃?
presented by 光齎者様
《時は再びA.D.2015年 第2新東京市から、第3新東京市のジオフロントへと至る山沿いの車道》
「もしも〜し! ヒカリ? 聞こえてる〜〜?」
「ピー…… アスカ? ガー…… どうしたの、何かあった?」
「あ〜、や〜っと繋がった。さっきから何回も掛けてたのに繋がらなかったのよ? 何かあった? は、こっちのセリフよ〜!!」
ルノーを自動運転に切り替え、右手で「NERV技術部長:鈴原――旧姓:洞木――ヒカリ」へと繋がったスマホをその整った右耳に当てながら、「NERV作戦部長:惣流・A・アスカ・ツェッペリン」は軽い嘆息を洩らした。
彼女の背後ではビクンッ! ビクンッ! と、ひとつの大きな頭陀袋が絶え間無く痙攣している。
「貴女、気がつかなかったの? ついさっきその付近でN2地雷が爆発して、暫く電波障害が発生していたのよ?」
「周囲にATフィールドを展開した状態でそっちに向かって爆走している最中なもんで、んなもん全然気がつかなかったわよ」
「……急いでくれるのは有難いんだけど、途中で人身事故を起こしたりしないでよ?」
「こんなところ、とぼとぼ歩いている奴なんていないわよ」
心配性だが、どこか的の外れた親友の言葉に、アスカは生返事をしながら思わず僅かに苦笑を洩らした。
「そんなの、分からないわよ? 危険は何時、何処に潜んでいるとも限らないんだから」
「はいはい、わかったわよ。十二分に、周囲には注意を払うって」
リクライニングシートを軽く後ろに倒し、全身を後ろに反らして軽く伸びをした状態で彼女は軽く左手を上下に振る。
「まったく、返事だけは良いんだから…… それで、態々連絡を入れてくるなんて、何か問題でもあったの?」
「あぁ、そうそう。例の“モノ”は無事回収したんだけどさ〜、頭陀袋に詰めて運ばなきゃいけない状態なんで、カートレインの降り口の方に2、3人ほど男手を回しといてくれない? あっ、あと直通のカートレインの準備も、よろしく!」
「あぁ、そういうことね。分かったわ。ムサシ君とケイタ君を連れて、わたしも降り口の方で待っているわ」
「ダンケ! じゃ〜ヒカリ、あとでね!!」
上機嫌でスマホの通話終了ボタンを押し、彼女はそのままそのスマホをぽんっと助手席へと放り投げた。
1台の青いルノーは1人と1つの“モノ”を乗せたまま、一路ジオフロントへと向かっていく――――
<<日本国際連合直属非公開組織特務機関NERV、その一室>>
「そろそろだね……」
「あぁ、もうそないな時間か……」
NERV総司令の碇シンジがパチンッ! と右手の指を鳴らすと同時に、部屋から一切の明かりと人影が消え、周囲が静寂に包まれた。
時を同じくして、ジオフロントに向かっている巨大生物の周囲から戦車や戦闘機、自走砲台等が幻の如く薄れ消え、その周囲が閑散とした静寂の帳に包まれる。
「……もう、いいんか?」
既に後ろへと振り返る様子も無く、“本当の”司令所へと歩を進め始めたシンジの後姿に、トウジは怪訝の色を濃く宿す視線を向けた。
「此処から先は戦略自衛隊とUNからNERVに戦場の指揮権が移るだけだから、もう世界の記憶の再演に何の意味も無いしね」
「……そっか…………」
自身に向けられる怪訝な視線等意にも留めず、もうそれ以上は興味は無い! と淡々と言い切るシンジの後ろ姿に軽く肩を竦め、やや遅れてトウジも歩を進め始める。
「過去の自身の過ちに、愚者達は裁かれる……か」
その呟きに答えを返す者は、誰もいない――――
<<ジオフロントNERV本部直通カートレイン降り口>>
「あ〜ヒカリ〜! 出迎えてくれて、有難う!!」
「ちょっ、アスカ!? 苦しいし、恥ずかしいじゃない!!」
ルノーの運転席から降車し、姿を確認するやまっしぐらに自分に抱きついて来たアスカに、ヒカリは思わず目を白黒させた。
抱き合う美女2人の様子を彼女達から一歩程後ろに退がったところからまともに目にしてしまった青年2人が、思わず顔を赤らめてさっと回れ右をする。
「あ〜ゴメン! ゴメン! 結構久しぶりだったから、つい……」
「つい……じゃないわよ、まったく……それで? 例の“モノ”は?」
「あ〜、そこよ」
口では謝罪の言葉を言いながらも、まったく悪びれる様子も無い彼女に苦笑を噛み殺しながらのその問いに、アスカは一度ヒカリから離れ、左手の親指をくいっとルノーの後部座席へと向けた。
「そこ……? ってこれ、生きてるの?」
「取り敢えず動いてるし、シンジも「どれだけぞんざいに扱ってもどうせ死なないから一向に構わない」って言ってたから、大丈夫なんじゃない?」
「そう……」
指差す方向を覗き込み、未だビクンッ! ビクンッ! と不気味に痙攣を繰り返す頭陀袋を目にして思わず掛けた問いにアスカに軽く返され、ヒカリは首を傾げつつも何となく納得する。
あのシンジがそう言ったというのだから、確実に本当に大丈夫なのだろう――――と。
「ストラスバーグ二尉、浅利二尉、この頭陀袋を運び出して、中身をケージに準備してあるE01のエントリー・プラグに放り込んでおいてくれないかしら? 多少、手荒に扱っても構わないから」
『は、はいっ! かしこまりました、鈴原博士!!』
唐突にヒカリに声を掛けられ、まだ赤みの残る顔を彼女達から隠すように逸らしつつカートレイン上のルノー後部座席のドアを開き、2人の青年――ムサシとケイタ――は慌てて中の頭陀袋を引き摺り出した。
その際、慌てるあまりガンッ! ゴンッ! と頭陀袋がルノーの車体やカートレイン上にかなりの勢いでぶつけられ、その度に袋の中からがっ!? ごっ!? とかいうくぐもった音が聞こえるが、その場の誰も気にしない。
「……一応、中身が生きてることは確認が出来たわね」
「……ええ、そうみたいね」
泡食った様子で駆け足で運んでいるためか何回も落としているらしく、2人の足音が完全に聞こえなくなるまでにガンッ! ゴンッ! という音とともに、がっ!? ごっ!? というくぐもった音が何度も彼女達のもとまで響いてくる。
「じゃ〜わたしたちも、発令所へ向かいましょうか?」
「E01のケージでは無くて、いいのよね?」
「パイロットじゃない貴女が行って、どうするのよ?」
ムサシとケイタの足音が完全に聞こえなくなったのを確認し、アスカとヒカリも軽口の会話を交わしながらジオフロントの通路内を発令所に向かって歩き出す――――
《第3東京市のジオフロント内、特務機関NERVセントラルドクマ第二層「司令・発令室」へ直通のエレベーター内》
「それで? ヒカリが迎えに来てくれたってことは、E01の準備はもう済んでいるわけ?」
「ええ、レイさんの方も準備万端の状態だし、あとはパイロットを乗せて、“貴女”がトレス・サージ・システムとE01のシステムをリンクさせればいつでも発進可能よ」
「乗せる? 放り込むって、さっきは言っていなかった?」
「まぁ、それでも間違いでは無いでしょ?」
絶えず第一種戦闘配置を告げる館内放送に取り立て慌てる様子も無く、緊張感の欠片も感じられない問い掛けに、淡々とした機械的な答えが返された。
「ところで、ムサシ君とケイタ君にケージまで運んで貰っているさっきの“アレ”、いったいどんな状態だったの? 袋詰めにされてたから、中身は見えなかったけど?」
「いや、それがわたしが発見した時には下敷きで、血塗れの状態で気絶しててさ〜……」
スマホ越しであったとはいえつい先程、人身事故を杞憂していた相手に「実は自分が車の下敷きにしました」と言うわけにもいかず、アスカはもごもごと曖昧に言葉を濁す。
「引き摺り出すときに腕と脚が1本ずつもげたけど、それも回収して纏めて袋の中に詰めておいたから……」
「っ!? 何でそれを、真っ先に言わないの!?」
「えっ!?」
……今頃は、再結合をしている真っ最中なんじゃない? そう言葉尻が終わるのを待たずして、ぎょっとした様相で突如、ヒカリは両手でアスカの両腕を強く掴んだ。
「ミーミル! いますぐ発令室に、通信を繋げなさい!!」
「ど、どうしたのよ、いきなり!? っていうか、わたしをミーミルの名で呼ばないでって……」
「そんなことはいいから! はやく!!」
「わっ、分かったわよ……」
必死の様子で急かすヒカリに気圧されて、アスカは上着のポケットからスマホを取り出すと「トレス・サージ」システムを媒介して発令所へと回線を繋げ、そのままそのスマホをヒカリの手に渡す。
「ナツミちゃん! 聞こえる?」
「お義姉さん!?」
その声に名指しされ、同組織副司令の実妹にして技術開発部技術局一課所属「鈴原ナツミ」二尉は思わず作業を行う手を止め、ぐるりと周囲を軽く見渡す。
「わたしの声が聞こえていたら、E01を映しているモニターのバーチャル・モニターへの切り替えをお願い!! あとストラスバーグ二尉と浅利二尉! その中身を放りこむ際は遠隔操作機械義手を使用のうえ、必ずバーチャル・ゴーグルを装着するように!!」
自分達の名字も階級付で名指しされ、セントラルドグマ第三層のケージへと移動途中のムサシとケイタは思わず顔を見合わせ、手に持った頭陀袋を床に落とした。
ゴンッ! と鈍い音ともに、ぐぇ……っ!? と蛙が潰されたような音が、落ちた頭陀袋の中から発生する。
「いったい、何だって言うのよ!?」
一息にNERV本部内全域に繋げた通信回線で一方的に指令を出し、スマホを自分に返すヒカリの姿に柳眉を顰めて、アスカは訳が分からないと大袈裟な仕種で首を傾げた。
「気がついていないの? 貴女はNERVの所員全員に、大きなトラウマを与えるかもしれないところだったのよ?」
本当に意味が分かっていない様子のアスカに諭すように、ヒカリは優しく言葉を返す。
「トラウマって、そんな、大袈裟なことを……」
「貴女自身が実際に戦場を経験していたから、感覚が麻痺しているのね?」
「だから、何を……」
「肉眼であれモニター越しであれ、半ば千切れかけた“仮にも人型の生物”の腕や脚の映像なんか目にしたら、人間の精神に悪影響が無いわけが無いでしょう?」
「あっ……」
そこまで言われて漸く、アスカも事の重大さに気がついて思わず左手を口許に当てた。
「ましてやムサシ君とケイタ君に至っては、手袋越しでも“そんなもの”の触感を体感でもしようものなら、下手したら発狂もしかねないわよ?」
実戦の経験者であり、それ故にそういったことに対する価値観の基準がそもそも違う彼女に追い打ちをかけるのも可哀想か? という考えがちらりと脳裏を横切るが、今後の為にも敢えて心を鬼にして、彼女は親友へと言葉を続ける。
「誰も彼もが貴女と同じように、心が強いわけでは無いの。相手のことも考えて、行動するようにしなくちゃ……」
「……わかったわよ…………」
辛辣ながらも自身を思い遣ってくれている親友の言葉に、不貞腐れたような態度を取りつつも、アスカは肯定の意を返した。
意地っ張りでも基本的には聡明な彼女なら、これでもう大丈夫だろう。そういう判断を下し、ヒカリもそれ以上の追撃の手は止めることにする。
それからは暫く、どちらからも相手に喋り掛けず、されど決してその間に重たい険悪な雰囲気を漂わせない状態の2人を乗せて、一台のエレベーターはただ静かにセントラルドグマを降りていく――――
《第3東京市のジオフロント内、特務機関NERVセントラルドクマ第三層「Eシリーズ格納ゲージ」内》
『せー……のっ!!』
先程の本部内全域放送によるヒカリの指示通りに顔にバーチャル・ゴーグルをつけ、2人の青年は遠隔操作機械義手を操作して固く結ばれた頭陀袋の口を鋭利なナイフで斬り裂いて、掛け声と同時にその袋の中身をエントリー・プラグに放りこんだ。
袋の口を斬り裂いた際に勢いがあまり、袋の中身のものも一緒に斬り裂いて盛大な血飛沫が機械義手に噴き掛かるが、バーチャル・ゴーグル越しの視界にはマネキンから普通の水が出ているようにしか映らないため、青年達は何も気にしない。
「がっ……!? ひゅっ…………」
縦置きに設置されたエントリー・プラグ内を垂直に、頭から真っ逆様に墜落し、六文儀ゲンドウはゴキンッ! という嫌な音を立てて首の骨を折り、血混じりの泡を口から噴き出した。
その凶悪な髭面の眼は完全に白目を剥いており、気絶状態のためだらんと弛緩したその右腕と右脚はまだ完全に結合が完了しておらず、神経と骨と肉と靭帯と間接が半ば剥き出しの状態になっている。
「よしっ! 取り敢えず、一仕事完了だな!!」
「うん、そうだね! それじゃあ僕達も、発令所に急いで戻ろう!!」
そんな肉眼で直視すればトラウマ確実の惨状もバーチャル・ゴーグル越しの視界にはマネキンが逆様になっているようにしか映らず、2人の青年達は額に浮かんだ汗を軽く拭うと、そのままケージを後にした。
エントリー・プラグの底にはゲンドウから噴き出した血が大きな血溜まりを作っていくが、バーチャル越しには水溜まりにしか見えないため、青年達も発令所のモニターでそれを確認している作業スタッフも、誰ひとりとしてそれを気にも留めない――――
「目標は現在、どうなっています?」
「E01機のパイロットの設置、完了してる?」
ストラスバーグ二尉と浅利二尉がケージを後にするのとほぼ時を同じくして、喧騒に包まれるセントラルドグマの発令所内に青年と女性の声が響き渡った。
程無くして司令所に入って来た碇司令と鈴原副司令と碇司令によく似た面影の女の子、および発令所に入って来た惣流作戦部長と鈴原技術部長へと発令所内の全職員が身体を向き直り、背筋を伸ばした直立の姿勢で右手を挙げて敬礼する。
「目標は?」
「目標は現在、このジオフロントに向かって真っ直ぐに進行中、E01機のパイロットは先程エントリー・プラグへの搭乗を確認いたしました! お兄ちゃん……じゃなくて、副司令!!」
「……ってことらしいよ? お兄ちゃん?」
「貴女、この状況でお兄ちゃんは無いでしょう、お兄ちゃんは……」
上方にある司令所からの副司令による再度の問い掛けに敬語で対応しつつ、実兄の呼び方をつい間違えてしまったナツミの言葉に、誰よりも先に司令と作戦部長が反応を示した。
「(馬鹿っ……!!)」
次の瞬間、それまで緊迫していた空気に弱冠の緩みが入り、どこからかクスクスと忍び笑いのような音まで混じり始めた発令所内の状態に、ヒカリがそのナツミにのみ聞こえる程度の小声で思わず彼女を叱咤する。
「……まぁ、いいわ。それよりストラスバーグ二尉と、浅利二尉の2人は?」
「ふっ……2人とも現在こちらに向かって移動中、間も無く到着されるものと思われ……」
「ストラスバーグ二尉、入ります!」
「同じく浅利二尉、入ります!」
「……そう」
義姉に軽く叱咤され、身を縮めながら答える鈴原二尉の言葉と、それを遮り発令所に入って来た2人の青年の言葉を受け、アスカはさっと身を翻すと発令所内の自らの所定の位置についた。
宙空を流れるようにしなやかに彼女の右手がその視線の高さまで掲げられた次の瞬間、それまで何も無かったその右掌の先の空間に小さく青白い光を放つ長方形の薄い画面が現出し、彼女の金色の髪とシアンの瞳がノイズ混じりの光を湛え、一層明るい煌きを放ち始める。
「<SAGE-MIMIR ACCESS, SAGE-ORACLE SAGE-HAL LINKS,TRES-SAGE-SYSTEM STARTING!!>」
機械的な発音に変わったアスカの声が淡々と感情無く命令を出した次の瞬間、技術部所定位置のモニター上に ORACLE-OK HAL-OK という文字が浮かび上がり、続けて MIMR, ORACLE, HAL の文字が正三角の形を成し、その上に TRES-SAGE と書かれた画面へと切り替わった。
「トレス・サージ・システム、コードネームE01「エヴァンゲリオン初号機」システム、リンクスタート!」
「は、はいっ!!」
いつの間にか自分の所定の位置についていたヒカリからの発令に、汚名返上とばかりにナツミが一番に反応を返した。
と、その声にアスカのその神秘的な姿に思わず目を奪われていた他の技術部員達も次々に、いま自分達が為すべきことを思い出して各々が作業の再開をし始め、そのどさくさに紛れてムサシとケイタの2人も自分の所定の位置へと移動する。
「E01プラグ、エヴァンゲリオン初号機にエントリー! LCL注水開始!!」
その声とほぼ同時に、発令所前方に設置された巨大なバーチャル・モニター内ではエントリー・プラグがエヴァンゲリオン初号機の脊髄へとインサートされ、続けてモニター画面がバーチャル映像の状態のまま、LCLで満たされていくエントリー・プラグ内へと切り替わった。
そのモニター内に映された映像の中で、逆様になってひしゃげた状態のマネキンが、本来であれば足元にあたる位置から迫り上がってきた透明な水の中に徐々に沈みこまれていく――――
「ぐぶっ!? がばっ!? ごぼぼっ……!?」
エントリー・プラグ内がLCLで完全に満たされて間も無く、全身に纏わりつく冷たい感触と全身が浮遊しているような違和感を感じ、六文儀ゲンドウは漸くぼんやりと意識を覚醒させた。
暫くの間はぼーっと朦朧とし続けていたが、突如襲ってきた首間接、右腕間接、右脚間接の激痛に意識を無理矢理引き戻され、やがて自分が狭い密室で水責め状態になっていることに気づき慌ててジタバタともがき始める。
「慌てるな! それはLCLだ、分かるだろう? それで肺を満たせば、酸素はLCLが自動的に取りこむ!!」
(なっ!? この声は!?)
と、突如、自分の記憶のものよりも弱冠大人っぽさを増した聞き覚えのある声が、ゲンドウの耳に聞こえてきた。
「おまっ……、がぼっ!? ごぼぼ……っ!!」
LCLに浸かっている全身が使っている状態なのに声が聞こえてきた方向に声を返そうとし、ゲンドウは大量のLCLを飲みこんでまた無様にじたばたと溺れてもがき苦しむ。
一回首の骨を折ったことで自らが吐き出した血の味と、肺を満たすLCLの血の味がゲンドウの味覚を容赦無く刺激し、抑え難い程の嘔吐感が強くゲンドウを苛ませる。
「エヴァンゲリオン初号機とサード・パイロットのフィードバック率100%、いつでも発進可能です!」
発令所内に響き渡ったその声を聞き、ゲンドウは漸く、自身がエヴァンゲリオン初号機のエントリー・プラグの中に“浮かんでいる”ことに気がついた。
そのエントリー・プラグ内をざっと見回してみるが、体を固定するために使用出来そうなものは悪意を持って意図的に何も用意されていないため当然見つからず、ゲンドウはただぷかぷかとエントリー・プラグ内を浮かび続けることしか出来ない。
「何のつもりだ!!」
仕方無くエントリー・プラグ内をぷかぷかと間抜けに漂いながら、LCLで肺を満たし言葉を喋れる状態になったゲンドウは、目の前のモニターに映し出された青年に、あらん限りの声量で怒号を飛ばした。
「何のつもりとは、何のことだ?」
「実の父親の俺に向かって、その口調と態度は何だ! 一刻も早く、俺をここから出せ!!」
「はぁ!? それは何の世迷い言だ? お前などが、わたしの父親であるわけが無いだろうが!!」
その一連のやりとりに、現在のモニターに映っている姿はマネキンだが、一応参考資料として六文儀ゲンドウの顔を認識していたNERVの全職員の心の声が、『まったくだ!!』と一致する。
「世迷い言を言っているのは、お前の方ではないか! お前は俺と妻の碇ユイの間に生まれた、俺達の子どもだろうが!!」
「……と勝手な妄想を言っているが、ユイ、君の意見はどうだい?」
「……わたしはこんな凶悪な人相の髭面になんて、体を許したくは無いわ。もし無理矢理迫ってきたら、襲われる前に自分で舌を噛み切って死んだ方がまだマシよ」
「だ、そうだぞ? そもそもうちの娘のユイが、お前のような凶悪面の外道と結婚しようと考えるわけも無いだろうが! 馬鹿も休み休み言え!!」
「なぁっ…………!?」
傍らに立つ実の娘、1番目の適格者「碇ユイ」を庇う様に自分の後ろに退げてゲンドウの視線から隠し、シンジは呆れた声を出しながらゲンドウに対する侮蔑の感情をまったく隠そうともせず露骨に顕にした。
自分の言うことを絶対に聞く存在だと妄信していたシンジに完全に見下され、自分に無償の愛を注いでくれる存在だと妄信していた妻の姿をした少女に完全に拒絶されて、怒りの感情よりも先に現状の把握を精神が拒絶し、ゲンドウは完全に放心した状態になる。
因みに余談ではあるが、シンジとユイは血も遺伝子も繋がっているが、シンジとゲンドウの間には本当に、血も遺伝子もまったく、1ミクロンたりとも繋がりは無い。
「妄言はもう、そのくらいでいいな? 惣流作戦部長!!」
「了解! コードネームE01、エヴァンゲリオン初号機、発進!!」
その号令とともに、リニアレーンに乗せられたEVA初号機がリニアレーンにより、物凄い速度でジオフロントの第三層から地上へと打ち上げられた。
「がっ!? ぐっ!? ごっ!? げっ!? ぎっ!?」
まったく固定されていない状態でプラグ内に浮かんでいるだけの状態なので当然、ゲンドウはエントリー・プラグ内部の至る所に何度も高速で叩きつけられ、その度に苦悶の声を洩らし続ける。
尚、発令所内のモニターにはプラグ内の至る所にぶつかるマネキンの姿とともにゲンドウの苦悶の声も流れるが、全職員が顔写真を手渡される際に、碇シンジ総司令直々にその腐れ外道な思考回路についてもひと通り伝えられていたため、そいつに同情するものは誰ひとりとしていなかった。
To be continued...
(2016.05.07 初版)
(「あとがき」という名の「本編補足」)
アスカのファーストネームが惣流の時点で気づかれた方も多いと思いますが、本作には完全に新劇場版の設定は含ませません。
トウジの妹の名前をサクラでは無く、ゲーム版設定のナツミの方を起用したのはそのためです。
また、そのナツミやムサシやケイタがNERVの職員である点からも察せられる通り、本作では原作で中学生程度であったキャラと大人であったキャラの立場がほぼほぼ入れ替わっていると考えてください。
ここから先は、前回のあとがきに含めると長くなりそうだったので割愛した、ORACLEについての設定補足――――
ORACLEがその名前を得る事によって超高次元ATフィールドを感知可能なまでに一気に昇華したのは、その名前付けられるという行為によって不安定だった存在が、一個の安定した存在へと確立をしたからです。
本作の設定ではこのORACLEに限らず、万物はそれそのものを顕す真の名を得ることにより始めて、一個の存在として確立し安定した力を得ることが出来るのだ。ということになっています。
ちなみに、その存在を主体にして別個にストーリーを組み立てられる保証も無いのに超高次元ATフィールドを身に纏って転生した元・使徒達に態々別の名前を付けたのは、それが理由だったりします。
作者(光齎者様)へのご意見、ご感想は、または
まで