リターン・オブ・エンジェルズ

第陸話・裏 少年の過ち、少年の救い そして道化の降臨

presented by クマ様


第一中学 2−A 休み時間

「ギューン、ダダダダダッ」

気の抜けた声で模型を操り、不機嫌そうな顔で遊んでいるのは相田 ケンスケ。

彼が不機嫌そうなのには訳がある。

彼はつい昨日まで国連軍に拘束されていた。
スパイ容疑の主犯であり、 ネルフ職員保安諜報部員 の息子であること、また防諜課員である保護者と連絡が付かなかったことなどから、釈放されなかったのだった。

一緒に拘束された少女達は、ケンスケに唆されただけだった事もあり、また保護者ともすぐに連絡が付いたため、速い者はその日の内に、遅くとも翌日の夕方には釈放されていた。

これには保護者が一般職員だったというのも大きくかかわっている。

そんな訳で、今日久しぶりに登校してみれば、クラス全員の目が冷たい。

下手をするとクラス全員が逮捕・拘束されかねなかったんだからしょうがないが、だからと言ってこれは無いだろうというのがケンスケの思いだった。

さらに、拘置される原因になったシンジ(ケンスケ主観)に文句を言おうにも、肝心のシンジがいない。 おそらくは国連軍絡みだろうと、明日以降に持ち越すことにした。

そんなケンスケに、声を掛ける者ひとり。

「久しぶりやなぁ、ケンスケ。 暫くこんうちに、ちいとばかり減ったなあ」

「トウジか。 疎開だよ、疎開。 みんな転校しちゃったよ、街中であれだけ派手な戦闘やられちゃあな」

「よろこんどるんのはおのれだけやろな。ナマのドンパチ見られるよってに」

不機嫌そうな二人の会話、そこに一人の少女が割り込んだ。 トウジに恋心を持つ少女、委員長・洞木 ヒカリだった。

「鈴原、どうして今まで休んでたの?」

「妹の奴がな、こないだので行方不明になってんのや・・・・・・そんで、いつ帰ってきてもええように、家でまっとったんや」

「鈴原・・・・・・」

この言葉に、周りの視線は一斉に同情的になる。

「まったく、国連軍はなにやっとんのや、ほんまに! 味方巻き込んでどないすんねん!」

急に熱くなるトウジ。 それを見て、ケンスケの顔に精気が戻り、その目が妖しく光った。

「それなんだけどさ、トウジ。 あそこにいるあの女、こないだ転校してきたんだ。
化け物退治の騎士団の団員って自分で言ってたし、きっとあいつがMHで化け物と戦ったに違いないぞ!」

「なんやと! ほんまか、それは!!」

「ちょっと、相田君!」

ケンスケの言葉に更に熱くなるトウジ。
ヒカリはケンスケをたしなめるが、トウジを宥めないのがまずかった。 そのままマユミのところへ行ってしまう。




「おい! われがこないだの化けモン倒したっちゅうんはほんまか!!」

親しくなった女生徒と話をしていたマユミは、いきなり怒鳴りつけてきたジャージ姿の少年に面食らっていた。

困惑気味に首を傾げた彼女は、しばし考え込む。

このクラスにこんな暑苦しい方がいましたでしょうか? 少なくとも転校以来お目にかかってはおりませんね。

それを無視されていると感じたのだろう、怒りの表情が、厳しくなる。

「われ! なにシカトこいとんじゃ! さっさと答えんかい!!」

マユミは、友人達の呆然かつ心配そうな表情を見て、嬉しさと罪悪感を感じながらトウジと向き直った。

「はい、あの時は出られるのが私だけでしたので、私がA・トールで使徒を倒しましたが、それがどうかしましたか?」

この言葉に、背後で盗み聞きするケンスケは、「おお〜、ミラージュはA・トールを使うのか〜!」などと言っているが、トウジはそれを無視して言い放った。

「われがへぼやさかいに妹が行方不明になるんや!  女子おなご やったんをありがた思えや、男やったら殴り倒しとんで!! 次からはよぉ足元見て戦えや!」

そう言って立ち去ろうとするトウジ。
マユミはあまりに無茶苦茶なことに呆然としている。

そんな時、トウジは何かに躓き、こけかけた。

「のわっ!」

何とかこけずにすんだトウジ。

そんなトウジに声がかかる。

「ほう、戦闘中に足元を見よとわめく輩は、普通に歩く程度でも足元を見ぬのか? それで喧嘩の時には足元を注視して戦えると?」

「ムリムリ、現実ってモンを理解してないから出たセリフだよ。
でなきゃわかるはずだぜ? 自分の言ったことが、ダイナマイト大量に抱えて燃え盛っている炎の中に飛び込むようなもんだって。
ん? なんだ、どうした? 俺ら相手じゃ言い返せねえか?」

振り返ったトウジを、無表情に、冷ややかに見据えるリュウとカズヤ。 カズヤなどは自殺するようなものと言い切っている。

トウジはカズヤの言った通り、何も言い返さない。 歯軋りをしているだけだ。

何か言い返したところで、この二人は理屈、屁理屈共にトウジでは足元にも及ばない。 拳に訴えても勝てないのもわかっている。

カズヤは見た目通り、かなり鍛えている。 その一撃は重く、又体格に似合わず俊敏なため、一度やりあった時は翻弄された上で負けている。
リュウのほうは細く弱そうにも見えるが、本当に弱いかどうかは分からない。 散々殴り、蹴ったのだがまるで効いたように見えなかった。 最後には自分の息が上がってしまったのだが平気な顔をしていたし、へたり込んだ自分に哀れむような視線を向けて、悠々と立ち去っていった。

何も言い返せずにただ睨むだけのトウジに、助け舟とも言えそうな声が掛けられた。

「あの、妹さんはどのあたりで行方不明になられたかわかりますか?それとお名前を教えていただけますか?」

「妹ん名前はナツミじゃ! 家の近くの、商店街のシェルター行くときにおらんようになったんや!」

この言葉に、また考え込むマユミ。

トウジがまたまくし立てようとした時、リュウが割り込んだ。

「それは避難勧告が出たすぐであろう? それでなぜ、山岸の責任になる?」

「避難勧告が出てかなり経ってから、化けモンと戦自が市の中心地で戦闘、その後でN2が爆発してからかなりたってからMHが出た。 中心地から結構離れた商店街のほうじゃ、戦闘は無かったはずだぜ?」

「なんやと!?」

リュウに続くカズヤの言葉に驚くトウジ。

彼は明らかにそのことを考えていなかった。
戦闘が終わってからずっと、妹が行方不明になった理由を探していた。 
戦闘のせいで妹は行方不明になった、戦闘はMHと使徒が行った、使徒は倒されてもういない、使徒とか言う化け物を倒したのは国連軍のMH、なら悪いのはMHを動かした騎士。 それがトウジの出した結論だった。

さらに、

「あの日、僕とカズヤは市街に出ていて、シェルターが満員で入れなかった。 近場のシェルターは軒並み満員御礼であった故に山まで歩いて逃げたぞ?
山にはかなりの者達が避難してきていた。 大半が遠方より来た者であり、シェルターの位置が分からぬ者や満員で入れなかった者達であった。
汝の自宅から山までは比較的近かろう? そちらに逃げたとは考えぬのか?」

「うぐっ」

「しまった、その手があったか!」

山に避難したという人は、実はトウジも知っていた。 ただ、小学生の妹が・・・・・・と言う思い込みで考えていなかっただけだ。

もはやぐうの音しか出ないトウジ。
ケンスケは山に逃げると言う手を思いつかなかった自分の不手際(?)を嘆いている。

そこへ追い討ちがかかった。

「妹さんはナツミさん、ですか?
確か国連軍のほうで保護した方の中にいらしたような・・・・・・小学生ですね?」

「なんやと! 軍隊にさらわれとったんか!!」

悪いのは国連軍、と言う考えに染まっている以上、とっさに出てしまっても仕方の無い反応かもしれない。
だがマユミは幼少の頃から騎士として軍にいる。 そして犯罪者扱いされたのは、彼女が慣れ親しんだAP騎士団の一支隊・スクリティ隊を母体とした方面軍。 つい、言葉にトゲが出る。

ついでに言うとこのとき、自分が信奉する軍隊を犯罪者扱いされたケンスケが、トウジを汚物でも見るかのごとき視線でにらんでいた。

「保護した方は、スクリティ隊の方で怪我の手当てとメンタルケアの後、警察に届け出てありますがどうしてご存じないのでしょう? 警察に捜索願を提出していないのですか?
それに、小さなお子さんは憲兵隊員が付き添って自宅にも何度か訪れたと聞いています。 ですがいつ行っても誰もいなかった方の中に、鈴原 ナツミという名前があったかと。
警察や地元の方に窺っていませんか?」

なっ! な、何度か人が、来とった、様な・・・・・・あれ、ナツミやったんか」

トウジは小さく呟く。

「聞くともなしに聞いていましたが、妹さんを御自宅で待っていましたとか。 本当に待っておられたのですか?
私にはそれを口実に学校をサボっておられたようにしか聞こえませんが」

いつもはおとなしい言動のマユミの、かなり厳しい言葉に、彼女の友人たちは目を見張る。

そんなマユミに、トウジは反論できない。

彼はあの日、妹と商店街に行っていた。 避難勧告が出たとき、はぐれてしまった妹を、他のシェルターに非難しているだろうと安心しきっており、家に帰って暫くしても帰ってこない上に、近所のおばさん連中の井戸端会議で犠牲者が多数と聞いて、勝手に犠牲になったと決め付けて、探さなかったことに対する自己嫌悪で落ち込んでいたのだった。

そしてその上で、責任回避の悪者探しに没頭していた。

今日登校してきたのも、仕事がひと段落して、今朝がた久々に自宅に帰ってこれた父に、「わりゃ、なに考えとんじゃあ! さっさとポリに届けださんか、こんダボがぁっ! ワシが今から出しにくさかい、われはガッコいかんか、ボケェッ!」と怒鳴られ怒突かれ、不承不承登校してきたのだから。
更に彼は、サボっていた気不味さから、ブラブラとほっつき歩いてから来たため、かなり遅刻している。

ちなみに彼の父はハルキと言い、整備部の一尉で初号機課課長、博士号を持つ学者なのだが、高校時代は族の頭を張っていたというとんでもない御仁でもある。
技術系士官の階級が高いNERVにおいて博士号を持ちながら階級が低いのは、その口の悪さと喧嘩っ早い性格ゆえだろう。

「妹さんは、私の知る国連軍の上級将校が引き取って面倒を見ると仰っておりました。 妹さんのほうも立ち直って、喜んでおられたとか。
見たところそのほうが幸せそうですね」

マユミはそう言って、友人たちのほうに向き直る。
トウジはうなだれながら自分の席に帰っていった。

「マユミ、さっきの本当?」

「ええ、国連軍大将が面倒を見てくださるとか。
警察も、昨日までは定期的に自宅を窺ってくださったんですが、昨日の報告では不在、おそらく御家族は絶望だろうとの事でした。
ナツミさんも落ち込んでおられたらしいのですが、御神閣下の下で明るさを取り戻し始めたと聞きました。 いっそこのままのほうがお幸せではないでしょうか?」

このとき、マユミははっきりと思い出していた。
ナツミは比較的あっさりと自分の力を認識し、自分の身に起きたことも、ディラックの海を利用した、ジャンヌ・ダルクを始めとした使徒たちのメンタルケアで立ち直り、今は『御神 ミユキ』として江田島学園に通いだしている。

「ところで皆さん、そろそろ席に着いたほうがよろしいのでは? 先生が困っておられますよ?」

マユミが指さしたほう、そこには、教室に入ったはいいが深刻そうな話に割って入れずにいた教師が、困ったような表情で佇んでいた。

しかしその時、警報が鳴り響いた。




マユミは警報が鳴ると同時に走り出していた。

ガラスを割って一気に校庭に飛び降り、スカートがまくれ上がるのも気にせずに、すさまじい勢いで走る。 まるで飛ぶがごとく。

彼女は一心に市外を目指していた。

かなり距離はあるが仕方が無い、エアフォートが第三に入れなかったからだ。

これは市議会の要請による。

NERVの影響下にある市議会は、騎士団や国連軍はおろか、NERV以外の国連関係組織が市内に入るのを嫌っていた。
多数を占めるNERV派の議員は、NERVが他組織の掣肘を受けるのを嫌ったが故に。 少数の反NERV派の議員は、これ以上国連に市政を掻き回されないために。

マユミは今、少なくない額を投資して制服を戦闘服と兼用にしたことを喜んでいた。
もし敵が強ければ、下手をすると半裸をさらす事になる。 普通の制服の繊維では、戦闘行動に耐えられない。

エアフォートが見えてきたとき、バルンガから通信が入った。

『(ピッ) マユミ、聞こえるか?! 今どこにいる?』

「司令! エアフォート見えました!」

『よしっ! 第二ハッチから入れ! おめえのA・トールコブラはいつでも出れる!
ベクター、ゲンチャ、ESSQは?』

『すんません、検閲終わったばっかで、サスペンションロックすら解いてねえっす!』

『チッ! てえこった、すまねえがまた一騎で頼む!』

「了解!」

答えると同時に、第二ハッチへ飛び込むマユミ。

そこには既にエンジンに火が入り、発進準備が整った彼女の愛騎・A・トールBS、そのマーキングからコブラの愛称で呼ばれる騎体が、彼女の搭乗を待っていた。

マユミはチラリとA・トールの胸元を見上げる。
それによってコクピットハッチが開いているのを確認すると、躊躇わずに目の前の柱に飛び掛り、柱を足場に蹴り上がって行った。

コクピットに納まったマユミは、すぐさま状況を確認する。

「コンコード! 外部情報を!」

『はいっ!
現在自衛隊及び戦略自衛隊有志による攻撃を継続中、ATフィールド未検出との報告が上がっています。
反撃をしておりませんので攻撃手段は不明。
敵性体の映像、モニターに映します』

「・・・・・・烏賊、ですか? いえ、烏賊というよりもなにか、恥ずかしい形、ですね。
コア、はどこでしょうか?
攻撃手段が分からないとなると、迂闊に近づけませんね。 威力偵察のできる機材が欲しいところですね」

何を想像したのか、頬を染めながら呟くマユミ。

戦自が有志なのは、NERV寄りの政府が何も命令してこない為、極東方面軍の要請で、展開していた部隊が勝手に攻撃に参加していたのだった。
この行為自体は問題にはできない、国連と各国が結んだ条約に明記されているのだから。 まあ軋轢くらいは残るだろうが。

とりあえず遠距離から様子見、とするしかなく、出撃前のチェックに余念の無いマユミ。 

そんな時、緊迫した悲鳴が入った。

『! 山腹のNERVミサイル発射台よりミサイル! 直撃コース!!』

『マスター! 外!!』

『ハッチ閉じろっ! 急げっ!!』

上からバルンガのファティマ・スパリチューダ、コンコード、バルンガ、だった。

ドオーーン! ドドドドドッ!

「なッ! 攻撃?! ッ!!今のは子爆弾クラスター?!」

慌てて全周囲モニターに視線を向けるマユミ。

彼女の目に飛び込んだのは、開きかけのハッチから飛び込む爆炎と爆煙、そして飛び込んで炸裂する子爆弾。
この子爆弾の爆発で、本体の爆発の被害が少なかったところにいた整備兵が多数死傷したのも、彼女は目にしてしまった、その動体視力ゆえに。

「い、いったい、なぜ? ご、誤射、ですか? ですよ、ね? コンコード? 答えて、答えてください!

マユミも戦争が綺麗事ばかりでないことは十分承知している。 実際に暗殺の現場を見たり、立ち会ったりもしているし、民間人を殺してしまったこともある。
しかし今まで比較的綺麗な戦場にしか出たことのなかったマユミは、味方による、明らかに狙った攻撃で味方が死ぬ、という現状に錯乱しかけていた。

『マスター、落ち着いてください!
現状報告! メインハッチ開口途中で損傷停止!
ハンガー内死傷者多数!
 ハッチが大きかった分、圧力が逃げたのが幸いしました、爆圧による被害はそれほどではないようです。 ですが子爆弾による死傷者が・・・・・・。
敵性体、いまだゆっくりと移動中です!』

「・・・・・・わかりました」

危険な兆候を感じたコンコードの一喝と現状報告に、何とか平静を取り戻すマユミ。

彼女は周りを見回すと、悲しげな表情をみせ、指示を出した。

「バルンガ司令、下に降りて負傷者の救助に当ります。
コンコード、メディカルキットを持って降りてください」

『マスター?! 使徒はどうするおつもりですか?』

「このまま出れば、死傷者を踏み潰して通ることになります。 そんなことは・・・・・・できません」

『・・・・・・』

その言葉に、周りを見回して絶句するコンコード。

ハンガー内の床面には、いたるところに死傷者がいる。 MHの巨大な足では踏まずに歩くことなど不可能だった。

『すまねえ、マユミ。 負傷者の救助の指揮を頼む。
今の攻撃、NERVのエグゾセ改ってえのは分かっている。 元からこっちを狙っていたのも、発射直後にスパリチューダが演算して分かっている。
クラスター弾頭なんて、使徒にゃあ効きゃしねえもん打ちやがって、落とし前はきっちりとってやるぜ!
使徒は気にすんな、葛城准将がこっちに向かってくれている。 到着までは、繋ぎでNERV、もしエヴァとやらがやられた後は、近くに演習に来ていた御所警備トリオ騎士団が受けてくれた。
なかなか壮観だぜ、マユミ? なんたってエンゲージが二騎揃うんだ』

「・・・・・・そうですね・・・・・・」

マユミは無理に笑ってバルンガに答えると、負傷者の救助に向かった。






暫く前、学校

避難命令にぞろぞろとシェルターに吸い込まれていく生徒達の中、リュウとカズヤは小声で話していた。

「なあリュウ、使徒、もっぺん見てみたくねえか?」

「見てみたい、が、危険であろう? 命を掛けるほどのことはあるまい?」

そう言って、二人は近くのケンスケをちらりと見やる。

その後姿は、二人の会話に聞き耳を立てていた。

「そりゃおいとくとして、仮に見るとしたら周りがどうなるかな?」

「シェルターに入る前に逃げ出せば、点呼の際に先生方が気付き、外へ探しに出かねん。 そうなれば先生方も死ぬかも知れんな、われらは殺人犯か」

「逆に点呼の後だと、タイミング次第では爆風がこの中で荒れ狂うってか? 強度的には大丈夫なはずだけど、間が悪けりゃ避難している連中巻き込んで集団自殺みてえなもんだな」

二人の言葉に、ケンスケの動きが硬くなったのが分かる。
どうやら抜け出すことを考えていたようだ。

二人はシェルターの入り口で立ち止まると、更に小声で話し始めた。

「これでケンスケは大丈夫、であるか?」

「おそらくは。
けどリュウよ、どう抜け出す? 俺らがやってもおんなじこったぜ」

「・・・・・・」

むづかしい表情で黙り込むリュウ。

カズヤが怪訝そうな顔で同じようにたたずんでいると、背後から声がかかった。

「おや、こんなところでどうしました? 早く避難しませんと、ドアが閉めれませんよ?」

声を掛けてきたのは、彼らのクラスの担任だった。

担任を見た瞬間、カズヤは一瞬苦そうな顔をする。

この教諭、ボケているように見えて時折鋭い光を、視線の奥に閃かせることがあるからだ。

そんなカズヤを無視して、リュウは何かを決意したような顔で担任に向き直り、一言吼えた。

「戦を、見聞しとうございます!」

カズヤはその言葉に驚き、目を見開いてリュウを見る。

担任も、カズヤを無視するがごとくリュウに視線を向けている。 鋭い視線を隠そうともせずに。

しばらく二人は視線を交わしていたが、不意に担任が視線を柔和なものに戻した。 そして、

「やはり血が騒ぎますか。 点呼の際に洞木君には私のほうから伝えておきましょう。
二人とも、無茶はいけませんよ?」

そう言って悠然と立ち去る担任教諭。

それを呆然と見送ったカズヤは、たまらずリュウに問いただした。

「リュウ! こりゃいったい、どういうこった?!
俺にもわかるように説明しろ!!」

それに対してリュウは、苦渋に満ちた表情で答えた。

「・・・・・・血が騒いで止まらぬ、そういうことである」

「だからそれじゃわかんないって、うわっ?!」

リュウはいきなりカズヤを抱かえあげると、すさまじい勢いで走り出した。

そんな二人を、通路の影から見送る教諭。

「ふむ、殿下もまだまだ未熟ですからねえ、儂も出た方がよいかのう。
後の対応、任せますよ」

「了解しました!」

「は〜、面倒事には首突っ込みたくねっぺよ」

「なっ! 御役目に何という事を!! 不謹慎ですよ!」

足音と共に立ち去る二人の男女に柔和な笑いを浮かべながら、老教諭もシェルターを後にした。




シェルター内、待機室

クラスの点呼を取っていたヒカリは、リュウとカズヤがいないことに気付き、慌てていた。

先日ようやく帰ってきた父・ランドウから、死者がかなりの数に上ったこと、シェルターの外にいた者のほとんどが避難命令を無視した者だった事などを聞いていたから。

最もランドウも、避難しなかった者の大半が、主にアメリカやヨーロッパの、国連反主流派が派遣した諜報員であった事は黙っていたが。

ヒカリは担任を探していた。
認知症がはじまっているように見えるが、ここぞというときには頼れるはず、だと思っている。 でなければ、副担任の羽黒先生も、扱いづらいと悪評の高い教育実習生の足柄先生も、あれほど相談はしないだろう、と。

そんなヒカリが待機室から出ようとしていると、足柄先生が声を掛けてきた。

「あ〜、ヒカリちゃん? 島風と時田、いないっしょ?
あの二人、担任の先生が連れてったから、気にすることねっぺよ?」

「本当ですか?!」

「あ、信用してねっぺな〜、先生信じないとは悪い子だっぴゃ」

「足柄先生、信用されたければ言葉遣いくらい正すべきです!」

「ニオたん相変わらず堅いっぺ」

「あなたが軽すぎるのでしょう!」

「お〜お〜、ニオたんそんなじゃ、小皺がふえるっぺよ〜」

「足柄先生!」

かる〜く言い放った、どう見ても日本人の血が入っているようには見えない自称ハーフのイアン・足柄先生に、こちらも日本人に見えないニオ・羽黒先生が答え、いつものパターンであるからかう足柄、怒れる羽黒の図式が出来上がっている。 二人とも日系人とは言っているが、どう見ても白人だった。

それを見て、安堵のため息を漏らしながら部屋に戻るヒカリ。
そんなヒカリに、一人の少女が声を掛けてきた。

「ヒカリ、あの二人、どうだった? やっぱり避難してなかったの?」

「大丈夫よ、ショウコ。 先生が連れていったって」

ヒカリに話しかけてきたのは大淀 ショウコ。 2−Aの一人情報部の異名を持つ、ケンスケ並みの情報通だった。

「ん〜、あの先生、なんか隠してるわよ?二人で探りにいかない?」

「馬鹿言ってないで、座りなさい」

そう言って苦笑するヒカリ。

彼女もまた鋭いところがあって、担任が只者ではないという認識を持つひとりだった。

ヒカリとショウコはそのまま他のクラスメイトのところにいき、おしゃべりを始める。 が、そんな二人の会話で、余計なスイッチが入った男がいた。

トウジだった。

「何やあの二人、どっか行ってもうたんか?
ん? あいつら前んとき外におったんやったな。 ちゅうことは今度も外か? おう、そうに違いないわ!
外におれば国連のアホ共も見張れる、あいつらも無事やったんや、遠くで見とればええ。
けんど、どうやって出る?
ん〜、そや! ケンスケやったら開けれる筈や!!」

そう結論付けると、ケンスケのところに近づいていき、

「ケンスケ! 外出るで!」




ケンスケはドカリと座り込むと、携帯端末を見ながら一人呟いた。

「は〜、報道管制か〜。 こんなビッグイベント、見せてくれてもいいだろうに。
みたいな〜、でもあいつらの言ったとおりだし、ここで外に出るわけには行かないもんな〜。
後でパパのID使って、データ見るだけで満足するか」

そうぼやいて天井を見上げる。

彼はこのシェルターの構造を知っている。
父のIDで得た情報で、このシェルターが避難を最優先した構造であり、逃げ遅れには強い構造だと理解していた。
しかし、それと同時に余計なことも知ってしまっていた。

このシェルターを建設した会社が、以前構造計算書を偽造した設計士と懇意にしていたこと、その設計士がこの設計にもかかわっていたことを。

そして、リュウとカズヤの二人が、忘れかけていたこのことを思い出させてしまったのだった。

このシェルターの危険性、そして抜け出すことの危険性と犯罪性を自覚してしまった彼は、完全に抜け出すことを考えていなかった。

そんな時だった、トウジが声を掛けてきたのは。

「ケンスケ! 外出るで!」

「・・・・・・はぁ?
トウジ、おまえなに言ってんだ?」

わけが分からず、問いかけるケンスケ。

トウジはそんなことは気にもせず、首根っこをつかむとヒカリに声を掛けた。

「イインチョ! ワイら便所や!」

「もう! 先に済ませておきなさいよ!」

赤くなりながら返事を返すヒカリ。

それを見もせずに走り去る二人に、どこと無く落胆の表情のヒカリ。

周りの友人達はヒカリを励ますように声を掛けた。

「ヒカリ、あんな鈍感ジャージ馬鹿、捨てなさいよ」

「そうそう、男はやっぱり、見た目とお金、後は地位よ!」

「それはちょっと、現実的過ぎない?」

「うっさい! ヒカリ、碇君なんかどう? 国連軍の御偉方、将来性もバッチリよ!」

「あ、ずるーい! あたしも狙ってるのにー!」

「でも、彼女いるっぽいよ?」

「・・・・・・みんな、ありがと」

そんな中、ショウコだけが違った。

「あ・や・し・い(キラーン)」




トイレに入ったトウジは、ケンスケを説得、いや脅し始めていた。

「ケンスケ、外出るで、ドアのロック開けいや!」

「ちょっと待てよ、そんな危ない真似、出来るわけないだろ!」

「なに言うてんのや! 島風と時田は外でたんやぞ、危ないわけあらへんわ!」

「あの二人が?」

二人の会話で外に出ることを断念したケンスケは、トウジのこの言葉に怪訝そうな表情になる。

そんなケンスケに、トウジは足柄がヒカリに話したことを、自分の想像を交えて話した。

「う〜ん、確かに状況としては出て行ったかもしれないけど、羽黒先生や足柄先生が何であいつらをかばうんだ? ありえないと思うぞ?」

そう言って二人の会話をトウジに話すケンスケ。 冷静な判断を期待したのだが、熱くなったトウジには通用しない。

「なんやとわれっ! ワイの推理にケチ付けるんかいっ!」

「い、いやそんなわけじゃ」

憤怒の形相で迫ってくるトウジに恐れをなすケンスケ。

「ええからさっさと開けんかい!」

「わ、わかったよ」




シェルター入り口・外

「・・・・・・なんで、あっさりとロックが解除できたんだ?」

ケンスケは呆然としていた。

確かに彼はロック解除のパスワードを知っていた。 そして解除して外に出ることが如何に危険かも理解していた。
それゆえに、彼は最初間違えたパスワードを入力したのだった。

パスワードを間違えて入力すれば警報が鳴り響く。 そうすれば、自分も捕まるが外には出なくてすむ、筈だった。

しかし二度、三度と誤入力を繰り返しても警報は鳴らず、警備員も駆け付けてこない。 更に言うと、自分たちは監視カメラにばっちり映っている、はずだ。
まごついていると、次第にトウジのプレッシャーが強くなってきて、恐ろしさからつい開けてしまったのだった。

そんな状態のケンスケを、トウジは引き摺るようにして走り出した。

「よっしゃっ! ケンスケ、さっさといくで!!」

「うわっ! 待てよトウジ、ドアを閉めないと!!」

「なに言うてんのやっ! そないなことしたら戻れんようになるやろ!」

抵抗するケンスケを引き摺りながら走るトウジ。

しかしケンスケも、シェルターの構造と危険性を知っているからこそ、ドアを開けっ放しにはできない。

「ここのシェルターは、逃げ遅れた人のために外からは開けれるようになってるんだ! それに開けっ放しで近くで爆発でも起きてみろよ! 中で被害が出たら僕らのせいだぞ!」

その言葉に立ち止まるトウジ。

暫く考えた後、彼は渋々頷いた。

「・・・・・・しゃあないな。 ほな閉めてこい。
わいは神社のほういっとるで!」

そう言って走り出す。

「付き合ってられっかよっ!」

ケンスケは、シェルターの中に戻るつもりで駆け出した。 その背後で、何者かがトウジに当て身を入れているのに気付きもせずに。

シェルターの中に入ると、ケンスケはドアを閉めようとする。

すると奥の方から人の息遣いが聞こえてきた。

「やっと警備員のご登場か。
遅かったですねって、大淀?! 何でここに?!」

「あったり〜、やっぱりここにいた〜。 ケンちゃんこそ、なにやってんの〜?」

ケンスケが振り返った先にいたのは、額の汗を拭いている大淀 ショウコだった。

ケンスケは焦っていた。
彼女の勘は鋭い。 下手な言い訳をすればあっさりと看破され、下手をすると自分が主導したことにされる。 実際に最初の頃は、トウジを唆して外へ出ようと考えていたから。

だからケンスケは、包み隠さず本当のことを話した。

「・・・・・・トウジに連れてこられて、ロックを解除させられたんだ。
そりゃあ俺だって外に出たいとは思ってたよ? けど、下手に外に出ると、先生が探しに来て犠牲になりかねないって島風や時田が話しててさ、それ聞いて出る気失くしてたんだ。
それをトウジが無理やり・・・・・・ とりあえず、俺だけシェルターに戻ってきたんだ。 馬鹿には付き合いきれないから、さ」

「ん〜、言ってることはまともだね。
けどあの鈴原が、ね。 リュウちゃんとカズちゃんに、かなり追い詰められちゃった、かな? ヤバそ〜な表情してたもんね〜」

腕組みしながら頷くショウコ。

「ま、真相の究明は待機室でみんなと一緒にって事で、戻ろっか!」

「げっ! 勘弁してくれよ〜」

いやそうな顔で、しかし楽しげにも見えるケンスケ。

二人はドアを閉め、待機室に向かってあ歩き出す。

「口止め料は、何をくれるのかな?」

「え、え〜と、デジカメでどうだ!?」

「お〜、E○S 7sくれるの!?」

「だ〜〜っ! コンパクト!」

「え〜、ならいいや、持ってるから。 でーハチマルと二台体制にしたかったのにさ。
ん〜と、それじゃあケンちゃんには体で払ってもらおうかな?」

(か、体? 体で払うって事は、あ〜んなことや、こ〜んなことをするのか?! もしかして、一気に大人の階段を上がるのか?!)

そう考え、にやけながら小鼻を膨らませるケンスケ。 しかし現実は甘くない。

「あたしネット新聞やってるのよね〜。 ケンちゃんそれの記者兼カメラマンやってね!」

「あ、あはは、そういう意味ね」

は〜、とため息をつき、肩を落とすケンスケ。 そこへショウコが追い討ちを掛ける。

「け〜んちゃん、す・け・べ♪」

猫笑いをしながら声を掛けるショウコに、赤くなりながら顔を背けるケンスケ。

そんな話をしながら歩く二人は、ようやく待機室前にたどり着いた。

ケンスケがドアを開けようとすると、内側から開き、ヒカリが現れる。

「ショウコ、相田君! よかった、どこにもいなかったから心配してたのよ」

そう言って胸をなでおろすヒカリ。

しかしショウコは、その安堵を叩き壊すセリフを、ヒカリにぶつけた。

「安心するのは早いと思うよ? ケンちゃんの話だと、鈴原が一人で外に出たらしいから」

「ええっ?」

「ちょっと待てよ、相田じゃなくって鈴原? なんかの間違いじゃないのか?」

「それこそちょっと待てよ、俺だったら納得できるのか?!」

「あったりめ〜だろ、トウジが出てったのだって、おめーが唆したんじゃねえのか?」

「そのつもりだったけど、止めたんだよ!
誰かいなくなって先生が探しに外に出て、死にでもしたら俺のせいじゃないか。 それを分かって外に出るほど腐ってないよ!」

「ほんと(か)〜?」

疑惑の視線に反論しようとしたとき、

ドオーーンッ!!

轟音・振動と共に明かりが消える。

「・・・・・・どっか、近くで、戦闘が始まったんだ・・・・・・」

不安げな気配が漂う中、ケンスケの呟きのみが響いた。

次第にざわつきだす生徒達。
そこへ更に、追い討ちを掛けた。

「! 空調が動いてない!!
機械室が潰れたか? 人命に直に関わってこないからって、手ぇ抜いていいところじゃないってのに!」

「おい、ケンスケ! それってヤバくないか?!」

「・・・・・・激ヤバ。 室温上がって、酸素が減って、湿度も上がる。 長引けばただじゃすまない。
けど大丈夫! 非常通路があるから、そっから出られる!」

室内に安堵の声が聞こえる中、ショウコだけが青い顔のままだった。
彼女はこのシェルターの構造を知っていた。 その通路は一部のNERV施設内を通ることを。 そして管理するNERVが、機密主義の塊であることも。

思わずぼそりと、呟く。

「・・・・・・機密に関わるからって、通してくれないかも・・・・・・」

ケンスケはそんなショウコの肩に手を置き、

「大丈夫、きっと大丈夫だ。 連中だってそこまで馬鹿じゃないはずだよ」

そんなケンスケを、驚いたように見やるショウコ。

「ちょっといいかも」

ケンスケの春は、近いのかもしれない。





暫し前、外

道中合羽に組み笠という時代錯誤な男が、常識外れなスピードで疾走していた。 その合羽には、天秤の紋章が黒く刺繍されている。

彼は、シンジ言うところの『ザ・ジコチューズ』脱走事件を防ぐために駆っていたのだった。

男は呟く。

「いかん、いかんぞ、遅刻した!
ラーメンを喰ろうておって遅刻などと知れでもしたら、パルテノにお仕置きされる、リツコ殿に実験される〜!
あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、鞭は嫌だ、蝋燭は嫌だ、パルテノ、た、頼む、亀甲縛りで逆さ吊りはやめてくれ〜〜!!」

突如として立ち止まり、転がり始める男。
どうやらなにかトラウマがあるらしい。

「い、いかん、こんなことをしておる場合ではなかったわ。 戦闘の邪魔だけはなんとしてでも防げと、パルテノに言われておるのであった。
邪魔さえさせねば、言い繕うこともできようて。 うむ、急ごうぞ」

暫く転がって遊んでいた男は、そう呟くと跳ねるように飛び起き、走り出そうとした。

しかしその時、彼の視界を人影らしきものがよぎった。

常識的に考えて、彼の動体視力からして、『らしきもの』『よぎる』などと言うことはありえない。 そんなことができるのは、相手が超級レベルの身体能力を持つ騎士くらいだった。

本来の彼なら即座に気付き、無視を決め込んだろう。 シンジはそんなに甘くない、厄介ごとの種は減らせるなら減らすが、無理と判断したら切り捨て、踏み潰す覚悟と冷徹さを持っている。
しかし彼は今、正常とは言いがたい精神状態にあり、ジコチューズかもしれん、違っても邪魔はさせられん! と考えてしまった。

そして彼は、あろうことか殺気やる満々でそちらへ駆け出そうとする。

そしてそんなことを許すことのできない人物がいた。

「ぬっ?!」

何かが光った! そう見た瞬間に、彼は飛び退いていた。

「むおっ! なんと?!」

その彼を追うように伸びてくる白刃に、彼は驚愕の声を上げる。

大きく飛び退き空を切らせながら、彼は自身の太刀を抜いた。
そして一瞬で踏みとどまり、次の瞬間一足飛びに詰め寄ると相手の胴を横薙ぎに払おうとする。

しかし敵も彼に不意打ちを掛けれるほどの手練てだれ、紙一重で避け切ったその手で、太刀を握る彼の右腕を落としに来た。

が、その手を読んでいた彼は体を入れることで腕の動きを封じ、かつ弾き飛ばす。

そのとき彼は初めて、相手が老齢の騎士であることに気付いた。

その後も無言のうちに斬激の応酬が続く。
が、さすがは達人同士というべきか、一合もすることもなく太刀に空を切らせ、自らの一撃を入れようとする。

そしてそんな中、初号機が投げ飛ばされるが、二人はその爆風を、流れに逆らわないことで凌いだ。

しかしこのことが、二人を間合いのはるか外に押し流し、牽制しあう隙を作る。

暫しにらみ合う二人。

徐々に気が高まり、双方が動こうとしたその時、空気が変わった。

戦場独特の気配が、急速に薄らいでゆく。
目をやれば、肩で息でもしていそうな体勢のエンゲージSR1と、ミンチにされたシャムシエルが横たわっている。

「ふむ、終わったか」

彼はそう呟くと、太刀を納めた。

見ると、老騎士も太刀を納め、立ち去ろうとしている。

それに対し、彼は興味本位で声を掛けた。

「待たれよ、御名を御聞かせ願いたし。
我が名は北辰なり」

この名乗りに対し、老騎士は答えた。

「ほう、『幻影十二星騎』の一騎か。 我が名は疋棟斎ヒートサイ亞毘焔アビエン) 疋棟斎」

そう答えると、老騎士・疋棟斎は立ち去っていく。

その名乗りに、彼・北辰は愕然となって呟いた。

古の血脈ノイエ・シルチス)騎士団の、強天位騎士、疋棟斎殿〜?!
ちょっと待てぃ! なぜに我は無傷で立っておる?! あれだけ取り乱しておれば、よくて大怪我であろうに!!」

そう、相手はそれだけの実力がある。 加えて彼・北辰は、世界管理機構の規定内の能力しか出せない。 その気でまともにやり合って、初めて互角だろう。

しばらく立ち尽くす北辰。 しかしもうひとつの現実が彼を襲う。

「!! ぬわぁ〜〜! ジコチューズを、すっかり忘れておった〜〜〜!!
いかん、いかんいかんいかん! お仕置きが、実験ぐわぁ〜〜!!」

くわっと目を見開き、次いで頭を抱え、またも転げまわる北辰。 見ていて笑える光景だが、彼にしたら切実な問題なのだろう。

そうやってゴロゴロと転げまわっている北辰を見下ろしている、黒衣の男が男がいた。 そのマントの胸には、黒百合の紋章が。
彼は呆れ返った声で問いかける。

「そんなところで転げまわって、何をやっている?北辰」

その声にガバッと反応した彼は、目にも留まらぬ速さで男の足にすがりつき、

「ふ、復讐人よ〜っ! やって、やってしもうた〜〜! どうすればよいのだ〜〜!お仕置きは嫌、お仕置きは嫌、実験はもっと嫌〜〜〜!!」

「だ〜!、鬱陶しい、やめんか馬鹿もん!!」

言葉通りに、すがりついてくる男を鬱陶しそうに蹴り離す。

「天河よ、汝は我に、お仕置きを受けよと言うのか?! 実験体にされよと?! あきとのいけずぅ〜!」

いきなりハンカチを取り出しかみ締める北辰。 気色悪い。

「キショい真似をするな!
ほら、土産だ」

そう言って、肩に担いでいた少年をどさりと落とす。

「ぬお〜〜! ジコチューズではないか〜っ! これでお仕置きから、実験から逃れられる〜〜!!って片割れはどうした?! これでは片手落ちではないか〜〜!」

「(は〜っ)もう一人は、自分でシェルターに戻っていった。
再度出てくることもなかったし、戦闘も終わったからな、もう放置しておいてもいいだろう」

「そうか、そうであったか〜! これで我も安泰だ!」

そう言って感慨にふける北辰。 しかし黒尽くめの男・アキトは内心こう思っていた。

「(ゆるせ、北辰! パルテノ殿に言われたんだ、『ヤイコラアキト! テメエアノバカカバッテネエダロウナ! モシフカシコキャァガッタラ、テメエノケツノアナアタイノウデデフィストファックダ!!』って。 だからラーメン食いに行ったまま戻ってこないと言ってしまったんだ。
そういうわけで、冥福は祈ってやる、骨も拾ってやる、だから心置きなく逝ってくれ!!)」

北辰、哀れ。 合掌!




NERV地下、ドグマ内隠し部屋

そこには数人の男女が、貴金属や現金・宝石類を、部屋の中央に立てられたドアの中に放り込んでいた。

どうやらドアの向うは、この部屋とは違うらしい。

「ふう、だいぶ放り込んだが、まだまだあるのう。 モラードよ、いったいどれだけ貯めこんだ?」

「・・・・・・私が溜め込んだ時より、かなり多いですね、軽く三倍はあります。 金額にすると、どれだけになるのやら・・・・・・
それよりも議長、もうお年なんですから、札束を少しずつにして、後は私と、エストやビルトにまかせてください」

「年寄り扱いするでない! 第一いまの儂はルミラン・クロスビンじゃ、間違うな!!
・・・・・・まあよかろう、エスト嬢ちゃん、ビルト嬢ちゃん、よろしく頼むぞい!って、エスト嬢ちゃん、どうしたんかの?」

冷や汗をかきながら何かを眺めるファティマ・エストに、不審げな声を掛ける議長こと自称ルミラン・クロスビン。

「クロスビン先生、父様、こんなものが置いてありました(汗)」

そう言って拾い上げた紅い球体を、他の三人に見せる。

「「「「・・・・・・」」」」

冷や汗をかく四人の目の前にある球体、そこには『さきえるのこあ』と書かれていた。





おまけ

プラーン、プラーン。

「・・・・・・俺はなぜ、ぶらさがっている?・・・・・・」

「(ハム、ハム、ハム(♪)」

「・・・・・・(汗)」

某所に隠されたHMドーリーの一室では、そのドーリーと収容されているMHの持ち主である天河 アキトが、簀巻きにされて天井から吊り下げられていた。 ぶら下がっているわけではないのだが、彼も混乱しているようだ。

そしてそれを、巨大なアンマンをほおばりながら眺める少女ラピス・ラズリと、冷や汗をかきながら眺める彼のファティマ。

とりあえず彼は、降ろしてもらうことにしたようだ、ラピスに声を掛ける。

「あの〜、ラピスさん? 降ろしていただけますでしょうか?」

ピクッ!
ジーーッ
クルッ、タタタタタッ

「(ハム、ハム、ハム)」

「ら、ラピス?! き、京、いったいどうなっている?! それと、降ろしてくれ!」

声を掛けられたラピスは、暫くアンマンを睨んだ後、くるりと後ろを向いて部屋の端に逃げ、そこでまたアンマンをほおばりだした。
アキトはそれに驚いたわけだが、これに続く京の言葉に、絶望と言う追い討ちを掛けられることとなる。

「えっと、ですねマスター、まずパルテノ姉様からの伝言です。 『ヤイコラアキト、コリャアタイヲダマソウトシヤァガッタバツダ! スマキテイドデスンダンダカラカンシャシヤァガレ!』
それと、ラピス様はアンマンで買収されたようです(汗)。
あと、パルテノ姉様から、『オロシニクルマデツリサゲトケ!』と言われておりますので、しばらくこのままお待ちください」

「・・・・・・わかった・・・・・・」

結局彼は、北辰のお仕置きに満足したパルテノがアキトのことを思い出してやってくるまで正味半日、吊るされたままだった。





更におまけ

「ま、まて、パルテノ。 その荒縄は何だ? 鞭は何だ? 蝋燭は何なんだ〜〜!」

「ウッセエ!テメエバレテネエトデモオモッテンノカ?! 『腹が減った、新横浜まで行って来る。 『三十分以内に完食すれば一万円進呈』とか言うラーメンを喰ろうて来るわ』 トカイッテデカケテ、チコクシタノハシッテンダヨッ!
オシオキ・ダ〜〜!」

「ぎぃやぁ〜〜〜!!」






To be continued...


あとがきいいわけ?) 

持病が増え、通院のため+医者からネットを控えるように言われたため、遅れに遅れました。 この場をお借りして、謝罪いたします。 申し訳ありませんでした。
中間管理職なんかだいっきらいだ。

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