魔法戦記リリカルASKA 〜舞い降りた救世者〜
無印編

第一話

presented by マルシン牌様


西暦二〇一六年、時間という概念を失ったとある世界


世界は終わってしまった…。


エヴァンゲリオンを操縦し、世界を救うという大義名分は幻想のモノでそれ故に、今はこの世は全て紅い世界と変貌してしまった。

このような世界になった決定的な要因は大凡、あの不気味な白いエヴァシリーズと呼ばれる悪魔の機体が登場してからだ。
S2機関と呼ばれる無限の動力源を持ったエヴァシリーズに人間の精神力で操る通常のエヴァンゲリオンでは歯が立たないのは道理というもの。
それでも彼女は負け戦であっても正々堂々と戦った。
どんなに過酷なPTSDが彼女にあったとしても、ただ一人この世で愛した彼を思うと今は足掻くしかない。
否、彼女よりも脆弱である『碇シンジ』を奮起させたいと思う一心で、
体力が落ち、痩せ細った身体に鞭打ってエヴァ弐号機でその悪魔の機体を蹂躙していった。


愛の力とはそれは恐ろしいもので、彼女は予想以上に善戦していった。
が、無限の動力源を持つ悪魔の機体は斃されてもその場で即座に復活するのだ。
やがて彼女が疲労困憊となり、エヴァとの精神同調が困難となった時、
悪魔の機体はニヤリと嗤いエヴァ弐号機を逆に蹂躙していったのだ。


そんな中で、漸く脆弱な彼がこの死線へ乗り込んできた。
もっとも既にエヴァ弐号機はその原型さえ留めておらず、
有り体言ってしまえば彼の登場は遅刻どころの話ではなかった…。
だが、弐号機の中で耐え抜いていた彼女は安堵の表情を見せる。

(あのバカシンジ、ようやっと目が覚めたわね…。ったく、私とママをここまでした代償はきっちり払ってもらうわよ)



そんな彼女の思いとは裏腹に、彼はその惨状を目の当たりにして、今まで以上に錯乱状態へ陥ってしまった。
言わずもがなである、弐号機に群がり捕食する悪魔の機体を目にして通常の思考回路など保っていられるはずもないのだ。
まして彼を好いていた最後のシ者曰く『繊細な心』を持つ彼がこの状況を見てマトモでいられるはずがない。
それはこの状況にさせるべく動いていた裏のシナリオとも呼べるモノが実証している。
エヴァを操る彼らはとうの昔よりこの結末になるように踊らされていたのだから…。



そうして、世界は終わるのだ、世界の億万と居る人類と動植物を犠牲として。
ただ此処で奇跡が起きたとするならば、それはたった二人の生存者を残したという事だ。




見渡す限り紅い海。その海に面した白い砂浜に彼女と彼はただ茫然とこの世界を見ていた。
今まで夢を視ていたのだろうかと思えるぐらいの惨劇はしかし、この紅き世界が現実だと物語っている。
彼は泣いた。自身の不甲斐なさと彼女の思いを知って…。そして彼女に謝罪をしたのだ。

「ゴメン…アスカ。助けに行けなかった…。僕がもっとしっかりしていたら…」

そんな彼の謝罪をしっかりと聞いていた彼女が呆れ混じりに返した。

「やっぱり、シンジってバカね。今更謝ったって彼らが戻ってくるなんてありえないわよ。
いい?私たちはゼーレとかいうバカ老人達のシナリオを蹴落としてこの世界に存命しているのよ。私たちは特別な存在。
『人類補完計画』なんて馬鹿げた計画を現状こうなってしまっているけど破綻させたのよ」

彼女はそういって彼が起こした結末を受け入れていた。
彼女もゼーレの願いの根幹にあるモノが真理に近いモノであるとは判っている。
しかし、惣流・アスカや碇シンジらに課せられるべき業ではないという事も判っている。
アスカの言葉でシンジはふとアスカを見ると、どこにも暗い陰を作っている表情ではない。
シンジはこの時初めて惣流・アスカの真の強さに触れたのだ。
前までの彼女は思った以上にデリケートではあった。ただ、それは過去の彼女の事を表す。
今の彼女は心につかえていた、「ある気持ち」を認識するにあたり、自身の殻を破っていったのだ。
彼女が抱いていた気持ちは『碇シンジ』への愛だ。


しかし、彼女は大きな選択を迫られていた。
この奇跡を起こした張本人はある特殊な存在へ昇華されている。
黙ってこの世界でのうのうと暮らすよりももっと有意義に、そして彼女達が本来在るべきであった『世界を救う』という
使命を再び掲げることのできるラストチャンスだという事に気が付いていた。その代償は『彼の命』である。
だが、彼女の腹は決まっている、このラストチャンスに掛けるしかない。
彼女は彼に最初で最期の願いを伝えるのだった。

「シンジ、もしこの世界にならないようにもう一度だけやり直せるとしたらどうする?」

ふと思いついたようにアスカがシンジへ問いかける。
シンジは一瞬、彼女が何を言っているのか理解できていなかった。

「えっと、それって…どういうこと?やり直しって…」

碇シンジらしい歯切れの悪さにアスカは呆れ混じりに返す。

「アンタバカァ?今の私たちは人類を超えた使徒と同義の存在なのよ?
一八使徒リリンが覚醒した状態。ミサトから聞いているでしょ?
それにアンタは依代とされた唯一無二の存在でもあるわ。
第二使徒、第一七使徒の遺志を体内に宿した第一九使徒でもあるの。
そんなイレギュラーが存在するっていう事判っている?」

「それはそうだけど……、まさかやり直しってそういう事?」

シンジは漸くアスカが言った言葉の意味を理解した。
奇跡とも呼べる二人をこの世界から打破できる秘策中の秘策をアスカが思いついていたのである。

「そ、でもね、シンジ。今此処の世界ではフォースインパクトのような強大な力を儀式みたいな形で起こせる事は出来ないの。だから…シンジ、アンタが対価を支払って」

その唐突な願いに愕然とするシンジ。
彼はアスカと共に戻るという選択を見出していた。
だが、アスカが言った通り現状それほど大きな現象を引き起こせることなど不可能に近い。
アスカ自身も十八使徒であるがそれほどの能力は無い。となると選択肢に残るのはシンジのみであった。


シンジはアスカの堂々とした姿に見とれながらも、意思の堅い事に気が付き、彼女の願いを体現させるべく十九使徒シンジの能力がこの紅き世界へ広がっていった。
だが、しかし、その極光は途中で途絶えた。アスカは目の前に居た碇シンジが発動して間もなくLCLとなって溶けていく姿を見てしまったのだ。

「シンジ?・・・・シンジ!!」

碇シンジは十九使徒の能力を不完全のまま使用したことにより身体組織に異常をきたし、LCL即ち、原初の海へ溶けていったのだ。アスカは茫然とそれを観ているしかなかった。

「何で…シンジはレイや渚から力を授けてもらったんじゃないの…。こんなのって無いわよ…」

アスカの瞳は徐々に明るさが無くなって今にもその輝きが無くなりそうであった。


そうして時間という概念を失った紅き世界でただ一人の存在となった惣流・アスカ・ラングレーもまたその時がやってくる。

「私もシンジの所へ漸くいける。過去のやり直し…か。
もし、次のチャンスがあるとしたら今度こそ幸せを掴もう」

この時を以て紅き世界に全生命体が絶えたのだ。
それはサードインパクトから時間の概念が在ったとするならば大凡二十年の月日が流れていた。
そして世界は変わり始まりの命が輪廻する。




次元世界と呼ばれる魔法文化が発達しているとある世界


新暦五十年十二月四日、第一管理世界、ミッドチルダの聖王医療院で生まれた女の子が居た。
後に、『管理世界の救世者』と語り継がれる、近藤・L・アスカの誕生である。



新暦六五年、第九七管理外世界、現地呼称『地球』

極東に位置する日本国、地方都市の海鳴市にある一軒家に住んでいる近藤アスカは春の涼しげな空気と裏腹に夢見の悪い朝を迎えた。

(はぁ〜。今日もまたあの紅い世界の夢か…。
シンジの事もあるし、正直、知識と記憶を引き継いで輪廻転生したって碌なことないじゃない。
いっそこの前世の記憶なんて捨ててしまいたいわよ)

さすがに記憶だけは忘れたいというのは彼女自身偽りざる本音である。
何が悲しくて転生してからもあの悲劇の記憶を持ち続けなければならないか。
幼い頃はこの夢で良く親を心配させていたことが彼女にとって負の遺産として今も心を締め付けていた。
ただし、そのことで自身の殻に閉じこもるということはもうあり得ない。
何せ、彼女は守るべき親友が居るから。

「しかし、朝からこんな辛気くさい表情していたらお節介な義妹に諭されるかな」

アスカが義妹として呼んでいるのは近藤家と親しい間柄である高町家の末っ子である『高町なのは』の事である。
歳の差は五歳違うが、なかなかに話が合う友人の一人。
そしてアスカにとっては自身の殻に閉じこもる事を捨てることができた救い主であり、今は監視せざるを得ない立場にある。
理由はなのはが持つ素質、『魔導師』適正の存在である。

魔導師と呼ばれる、この地球ではごく稀の能力者の存在である。
次元世界と呼ばれる魔法文化が数多く存在している世界がある中で近藤家もその中に含まれる魔導師の家系だ。
そしてアスカが数年前にこの海鳴に来て間もない頃高町家と縁があり、中でも『高町なのは』と仲良くするようになったのだ。
無論彼女の姉や兄とも交流はあって、今は高町家が経営している喫茶店の常連でもある。


アスカの両親は管理世界に居た頃に時空管理局と呼ばれる司法、立法、行政を兼ねた巨大な国家システムの中枢で活躍した軍人で、今は退役している。
まだ子供であるアスカを思いつつも、魔導師としてその優れた素質を知った父が、人材不足の管理局へ非戦闘員での勤務という条件付きでアスカを管理局へ入局させた。
これはアスカも了承している事であり、彼女の願いもあり魔法を扱うために必要なデバイス関連の整備を主に働いている。
そういったある種裏の顔を持つアスカは、前世での激闘があった当時と同じ一四歳となっている。
唯一前世とは違う環境は、青春を謳歌出来ている少女である事。
周りの人たちも心優しく、この世界がとても好きだと感じている。
そんな青春を謳歌していたアスカに転機が訪れる。


朝食を摂って、私立の中学校で一日の大半を過ごす。
帰宅は夕暮れになる頃だ。その帰宅途中、この世界にあってはならない危険な宝玉を一つ見つけてしまったのだ。
それは次元世界で危険物指定されているモノ『ジュエルシード』である。

ジュエルシードとは二十一もある蒼く瞳のような形状と色をした宝玉でシリアルナンバーが振ってあるとされている、一個の魔力源が強大なモノ。
更に厄介なのはその性質。
『如何なる願いも叶える』とされているが、過去の歴史では発動後、全て災厄しか起こしていないとされている代物。
それ故に、危険物指定されているのである。


(何故、この地球にジュエルシードがあるのよ、これは一大事じゃない。
それにしても一四歳か…。偶然にしちゃ不気味よね。
ある意味、私の宿命ってやつかしら。
さてと、封印し終えたら、帰って父さんに報告しないと…)

アスカはそのジュエルシードを簡易の封印魔法で抑えた後、それを持って帰宅したのである。



帰宅後、アスカは父を呼び、ジュエルシードの存在を伝え、一応とばかりに『高町なのは』の魔導資質についても伝えるのだった。
アスカの父は管理局の動きが鈍い事を知っている数少ない軍人の一人であって、即時にこの管理外世界へ出っ張ってくることが不可能と判断。
彼が唯一、数多くの事件等でパートナーとして戦場を駆け巡ったリンディ・ハラオウンと連絡を取ったのだった。



翌日からアスカは探索魔法を使いながらジュエルシードの捜索を開始した。
両親はこの件に関して言えば後方支援のみである。
アスカの父親は現役時代、危険物を取り扱ったのはただ一回のみ。
また母親はアスカと同じくデバイス管理部に属していたこともあり完全な戦力外である。
実際の所、退役して平穏に暮らした結果として、父親は魔導師ランクを主とする能力的にアスカのAA(ダブルエー)より二つランクが低いBランクという状況となっている。
これで積極的に危険物を対処するのは危険極まりない事だ。
何より退役後の管理外世界での能力解放も問題であるという観点で
非戦闘員ながらも魔導師ランクの兼ね合いで危険物の対処が出来ると判断し、入局しているアスカを前線に送ることになったのである。



そんな日常から乖離し始めたアスカが、夕暮れ時に高町なのはと偶然出会ったのは二つ目のジュエルシードを封印し終えた帰り道だった。

「あら、なのはじゃない。今帰り?」

「はい、アスカお姉さん。あれ、その宝石って?」

ふとアスカは手許にある封印して間もないジュエルシードを持ちながら居たのだ。そのアスカを見て、なのはの顔から焦りの色が見え始めていた。
それに気が付いたアスカは悟る。

(まさか、なのはがデバイスでも持ち始めた?でもどうやって?
確かに魔力の制御が今までよりも格段に向上している…。
これはインテリジェンスデバイス特有の制御)

アスカは数多くのデバイスを扱っている事もあってそのデバイスの特性を深く理解している。だから単刀直入になのはに問うた。

「なのは?まさかとは思うけどデバイスなんて持ってないでしょうね?」

案の定、なのはは目を見開いた。
アスカの予測通りの反応で少し苦笑をしてしまったが、アスカの表情が変わる。

「そう、なのはが魔導師に目覚めちゃったか…。
その様子じゃこの宝石の名前とか危険性とか判っているのよね?」

「はい、その宝石はジュエルシードという名前で、なんでも叶うのにそれは災厄しか起こらないといわれているモノですよね?」

なのはは最近得た知識をアスカに伝えた。
そんななのはの様子に納得した様子で、アスカはなのはに告げる。

「殆ど正解ね。じゃ、時空管理局っていう名称は知っているかしら?」

なのははその名称に聞き覚えが無かったようで「判りません」と返しただけだった。

「なるほどね。魔法を扱えるようになった理由をちょっち教えて貰おうかしら?」

なのはが語ったのは喋るフェレットの事であった。
なんでもジュエルシードを偶然発掘した彼は管理局へ通知を出した後、輸送船で事故が発生し、この地球にばら撒かれたのだという。
さらにそのフェレットがジュエルシードを探索して封印しようと試みるも彼の能力では封印が出来ず逆にジュエルシードの暴走体に手痛い負傷を負わされる。
その後、救難信号を『念話』という魔導師間でのテレパシーのような優れもので送っていたのを偶々波長が合った高町なのはへ伝わったのだというのだ。

「ふむふむ、なのははその流れでフェレット君のお手伝いをするようになったのね?OK、で、なのはは幾つジュエルシードを保護できたのかな?」

アスカとしての予測としては時もあまり経っていないため一つ位だと考えていたのだがなのはが言った言葉に少々驚いた。

「えっと昨日、保護したので三個目ですが?」

アスカの予想をいい形で裏切ったのは間違いなかった。
ただ、はっきりと言えることは、なのはが高性能なデバイスを持っている事。
アスカも自前のデバイスは在るがこれは護身用であって正式なモノではないのだ。この蒼き宝玉を封印するのも大変苦慮しているのはそのため。
視た限り、なのはは現状では魔導師ランクA(シングルエー)とアスカより一ランク低い能力である事を鑑みるとその出鱈目さは際立っていた。
高町なのはとその愛機は間違いなく、相性抜群の関係であるとアスカは見抜いていたのだ。






To be continued...
(2012.03.17 初版)
(2012.08.26 改訂一版)


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