第七章 決闘
presented by ミツ様
プレハブ校舎・A組
今日から授業と本格的な訓練が始まった。
午前中は戦術理論や一般教養を学び、午後からは体力強化の為の訓練が待っていた。
「…と言ったように重要なのは兵器ではなく、その使い方…つまり戦術なのです。拳には拳の、剣には剣の、銃には銃の使い方があります。本者の戦士は目に映る全ての物を武器にして自在に扱います。千の戦場で千の戦い方で千の勝利を収めなさい、それが貴方達を強くする一番の近道です…」
戦術理論を担当する惣流キョウコは滑らかな口調で話し掛ける。
「それでは次に貴方達の乗る戦車兵『エヴァンゲリオン』について少し説明しましょう」
そう言ってホワイトボードに文字を書き込み始めた。
≪エヴァンゲリオン≫
人類初の人型戦車。
身長9mの巨人であり、第六世代のシンクロシステムにより起動する。
レーダー・コックピット以外の殆どが生体部品で作成されており、ロボットというよりは人造人間といった呼称が正しい。
強化セラミックで造られた6tの骨を筋力20tで動かす。単純移動の推力比は1:33…あらゆる種類の武器を使って高度な三次元戦闘を行うことが出来る。さらに任務に応じて装甲から武器・装機類まで一切換える。人型戦車の優位点を極限まで突き詰めた機体である。
整備性が非情に悪く、また故障が多いために完動する機体が非常に少なく『整備士泣かせ』と言われているが性能は絶大で対使徒戦の決戦兵器として実戦に投入された。
「…走る速度は車以下、体の大きさでは戦車以上、使える武器の大きさは重量比でいかなる車両にも劣る。これがあなた達の乗る最強の兵器の威力です」
「そ、それって弱いんちゃうか…」
トウジが思わず口にする。それはそうだろう、今の説明を聞いて最強の兵器といわれても釈然としないものがある。
「いいえ、違うわ」
キョウコは軽く笑って言った。
「言ったはずです、強いのは性能ではなく戦術なのです。…例えば私たち人間はチンパンジーより握力がなく、ライオンのように牙もなく、ヒョウよりも遅い。しかし、地上で一番繁栄してきたのは彼等ではありません。私たち人間です。それは何故だと思いますか?……シンジ君?」
まあ『性格が一番悪いから』といったような意地の悪い意見もありますけど……などと軽口を叩きながら教室を見渡したキョウコがシンジの席で目を止め、ニコリと笑ってそのまま彼を指名した。
「あっ、ハイ。……え〜と、武器が使えるからでしょうか?」
突然さされてビックリしたシンジは、自信無さげに答える。
「う〜ん、半分正解ね。…それはね、武器を使うことも含む数々の戦術を人間が使えるから人は強いんです。たとえば、もしシンジ君が素手で野生のライオンと戦うことになったとしたら、あなたはどうする?」
「逃げます」
今度はシンジは即座に答えた。
「ただ逃げるだけ?」
「それは……」
口篭る少年に、女教師は悪戯をとがめる母親の表情で話しかける。
「たとえ素手でも策を用いて敵を沼地に引きずり込み、岩場に誘い出し、奇襲し、トラップを仕掛けたとしたら、相手が百獣の王ライオンでも使徒でも勝つことが出来るわ」
それが人間の強さなのだ、とキョウコは言った。
そしてそれは戦場においてもまったく同じ事である。エヴァが強いのは原型である人間のように他の兵器を圧倒する多種多彩な戦術を使うことが出来る…だから強いのだ、とも語った。
「…ようは知恵…使い方次第、という事ですか?」
「ええそうよ、シンジ君はのみ込みが早いわね。優秀な子は先生大好きよ。……あら、もう時間ね、それじゃ今日はここまで」
授業は終ったが、アスカが鋭い視線でコチラを睨んでいる事にシンジは気付かなかった。
プレハブ校舎・屋上
「ちょっとアンタ、話があるわ!」
昼休み…屋上でトウジ達と昼食を摂っていたシンジにアスカが突然話しかけてきた。
腕を組み、仁王立ちしているその姿はさながら憤怒の形相をした鬼の姿にも見える。
「…な、なに?」
卵焼きを頬張っていたシンジが恐る恐るアスカを見返す。こちらは怯えた小動物を連想させた。
「ナンや惣流。ま〜たシンジにイチャモンつけに来たんかいな?」
呆れ顔のトウジを鼻で一蹴するアスカ。
「フンッ!ウッサイわねぇ、バカジャージ!アンタなんかに用は無いのよ!」
「ナンやとぉ〜〜!この高飛車オンナ!」
顔を真っ赤にしてトウジが立ち上がった。
「うるさい、エセ関西弁!」
「ワシの関西弁をバカにする気きゃッ!!」
「わぁぁ〜〜!待った、待った!」
いきなり胸倉を掴みかからんばかりの二人を慌てて止めるシンジとケンスケ。
「ちょっと!ドコ触ってんのよ、スケベ!」
「ち、違う!誤解だよ…」
強い口調でアスカに睨まれ、シンジは真っ赤になった。
「トウジ、落ち着けって!」
「離せ、ケンスケ!今日こそはこのオナゴにパチキかましたるッ。いや、かまさなアカンのやッ!」
暴れ回る二人をようやく引き離したものの、何故かシンジとケンスケの顔に引っ掻き傷があったりと、ダメージはコチラの方が大きい。
「いい!何回も言わせないで、アンタなんかに用は無いの。アタシはこのバカシンジに用があるのよ!」
ビシィッ!という擬音が聞こえそうなくらいの勢いで指をさすアスカ。
ものすごく嫌な予感を覚えながらもシンジは聞き返した。
「な、なんだい?一体……」
「アンタの実力を見せて貰いたいのよ」
紅髪の少女の表情には不敵な笑みが浮かんでいた。
プレハブ校舎・校庭裏
「シンジ、アンタに決闘を申し込むわ!」
「け、決闘と言われても……」
アスカは両手に持った木刀の一本をシンジに向かって差し出した。
少女は身体中に闘気を漲らせ、蒼い瞳は真っ向から正面を見据えている。
「……わかったよ」
彼女の決意の大きさを感じ、避けられないと悟ったシンジは木刀を受け取った。
校舎の裏庭で二人が向かい合う。だがシンジは内心困り果てている。
(…受けちゃったけど、一体何でこうなったんだろう……)
相手は気が強いといっても女の子である。そして棒切れといっても当たれば痛いし、打ち所がわるけでば怪我では済まないだろう。
シンジが思案に暮れていると、アスカが激しい気合いを発し打ち込んできた。
慌ててそれを受けるシンジ。
ガシッ!
アスカの一撃は予想を上回るほど威力があり、木刀を持った手にジーンと痺れがはいる。
「てりゃああああッ!!」
更に二撃、三撃と、息をもつかぬ連続攻撃。シンジは辛うじて受け続けるのみだった。
アスカの剣の腕前は天才的だった。打ち込む一撃一撃が的確に相手の急所を狙ってくる。
シンジは良く持っているといって良いだろう。
だが気迫漲る者と迷いのある者との覚悟の違いか、その攻防も長くは続かなかった。アスカの気合いの篭もった上段の打ち込みが見事にシンジの額を捉えたのだ。
眼の前に星が跳ぶ。呆然と駆け寄るクラスメイト達の姿が映ったのを最後に、シンジの意識は失われた。
プレハブ校舎・保健室
次にシンジが目覚めたのは保健室の簡易ベッドの上で、時刻が夕方に差しかかり陽が黄金色に彩られる頃だった。
枕もとで水音があがり、濡れた布が額にのせられる。
薄目を開けて様子を見ると、それは保険医の赤木ナオコだった。
ひんやりとした感触が気持ち良く、シンジはこのまま眠ったふりを続けようと思ったとき、クスクスと悪戯っぽい笑い声が浴びせられる。
「…フフ、いい加減に狸寝入りは止めなさい、碇シンジ君?」
どうやらナオコは呼吸の乱れでシンジが意識を取り戻したことを悟ったようだ。
バツが悪そうに身を起こすシンジ。
「あっ…えっと、その……たった今目覚めたんです、本当です」
「まあ、そう言う事にしておいてあげるわ」
ナオコは薄く笑ってカルテを取り出した。
「頭に打撲を受けて脳震盪を起こしたみたいね。一応脳波検査は行ったけど、異常は見られないわ。多少コブは残るかもしれないけど許しておあげなさい。本人も反省しているみたいだし…」
「えっ?」
ナオコが扉の方向を指差した。
見ると、その扉の隙間からアスカが気まずげな表情でコチラを覗いており、シンジの視線に気付いて慌てて顔を隠したのだ。
「ぷっ……」
シンジは可笑しくなって思わず吹き出す。
「なっ、なに笑ってんのよッ!!」
その態度が癇に障ったのか、羞恥に頬を赤く染めたアスカが保健室に入ってきた。
「い、いや……ゴメン…」
シンジは思わず謝る。
「だから!何でアンタが謝るのよ!悪いのは怪我をさせたアタシの方でしょう!?」
そう言いながらもとても偉そうな態度である。
「あっ、うん。ゴメ……いや、その…惣流…さん……」
また反射的に謝ろうとするシンジに、はぁ〜と、大きく溜め息を吐いたアスカは、ベッドの傍らに置いてある丸椅子に腰をかけた。
「ったく、何でこんな情けないヤツを、ユイおば様は息子にしたんだか……」
「か、母さんと知り合いなの?」
驚くシンジ。
「そうよ。アタシのところのママと、アンタのママ…、それとナオコおば様は昔からの友人なのよ」
「へぇ〜」
シンジは何故か感心した口調で白衣の保険医を見やる。
ナオコはその視線を感じてニコリと笑った。
「それはそうと、大体何でアンタ打ち返してこなかったのよ。これじゃまるでアタシが弱い者イジメしたみたいじゃない!!」
ビシッ!とシンジを指差すアスカ。行儀が悪いと普段からキョウコに注意されている癖だが、中々直るものではなかった。
シンジはその言葉に悲しげな表情を浮かべて俯いた。
「…嫌なんだ。人を傷つけるのも、傷つくのも……」
その呟きは、小さいながらもとてつもなく重く部屋に響いた。
アスカは理由も無く胸の鼓動が高鳴るのを感じる。
(な、なに!?コイツ……)
女の子顔した少年の見せた寂しげな横顔。無論そんなことを意識したわけではないが、一瞬ドキリとしたことは事実だった。
しかし、アスカはすぐに持ち前の気の強さを見せつけ声を張り上げる。
「ア、アンタ馬鹿ぁ〜〜!?傷つくのが嫌なら兵隊なんて辞めなさい!」
そう言って憤然と立ち上がり、荒々しく扉を開けて出て行く。
「そ、惣流さん!?」
シンジが戸惑った声をあげると、再び扉が開かれ、アスカは恐ろしい形相で彼を睨んだ。
「それとッ!アタシのことは『アスカ』と呼びなさい!アンタに苗字で呼ばれると気持ち悪くて仕方ないわッ!」
えっ?だって気安く名前で呼ぶなって……」
「ほんとイチイチ細かいヤツねぇ〜!アタシがそう決めたんだからそれで良いのよッ!」
最後に「馬鹿!」と言い残し今度こそ本当に出て行くアスカ。
残されたのは呆然とした様子のシンジと、何故か面白げな笑みを浮かべているナオコの二人だけだった。
「フフ、あの娘もかなり屈折しているわねぇ……」
開けっ放しの扉に視線を向けながら、楽しそうに笑うナオコ。
「はぁ……」
「シンジ君も大変ねぇ、ああいう娘に目を掛けられちゃうと…?」
「……は、ははは………」
ナオコの激励ともいえない言葉を聞きながら、シンジは溜め息を吐いて保健室を出て行った。
To be continued...
(あとがき)
こんにちは、ミツです。
久しぶりの「新世紀幻想」の更新す。今回のシンジ君はアスカ嬢とナオコさんとの絡みとなりました。
進行遅いのは相変らずですが、寛大な心でお付き合いください。
ではでは。
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