第六章 家族
presented by ミツ様
「ここ…で良いんだよね?」
トウジ・ケンスケと別れたシンジは、メモを頼りに一軒の家の前に立っていた。
第三新東京市を見下ろす小高い丘の上に在るソコは、少し年月を感じさせられるが落ち着いた風情を醸し出している洋館だった。
ここもかつては高級住宅街の一角だったのだが、戦火の悪化と共に疎開する家が急増し、今は住んでいる者は殆どいない。
周りにも灯りの付いた家は数軒だった。
シンジは少し躊躇いながらもチャイムを鳴らす。扉のノブを回すと開いていた為、半開きにして中の様子を窺った。
「…こんにちは……」
「シンジィッ!!」
「うわッ!?」
突然扉が全開に開き、その拍子にシンジはしたたかにおでこを打ち付けた。
痛みに顔を顰めていると、急に抱きついてくる人影が…。
「もう!全然帰ってこないから心配していたのよ。てっきり道にでも迷ったんじゃないかと思って。…それとももしかしたら何か事件に巻き込まれて誘拐でもされちゃったんじゃないかって……。そんなことがあったら警察に通報して…いいえ、警察は当てにならないわね。ここはやっぱり自衛隊を動員して……」
「…あのぅ、そのネタすでに聞きました……」
首に抱きつかれ、柔らかい胸の感触を感じたシンジは、真っ赤になりながらもそう言った。
「あら、つまんない子ね」
ユイがあっさり身体を離す。
何か別のリアクションを期待していたようだが、シンジにとっては心臓に悪いこと甚だしい。
「まあ、シンジもお友達が出来て良かったわ。入学初日だから心配していたけど、これでひと安心ね」
ユイはそう言ってにっこりと笑う。
どうやらシンジがトウジ達と寄り道していた事は了解済みだったらしい。
そこに、玄関口からひょこっと現れた小さな影。
「おかえりぃ、しんちゃん!」
「あれ?れいちゃん!?」
顔を出した幼女の姿を見てシンジは意外な表情を向けた。
蒼みがかった髪に紅いつぶらな瞳。
間違いない。その子は学校で会った少女、れいであった。
「どうして、れいちゃんがここに?」
「えっとね…れいちゃんもここのお家のひとなのよ」
ニパッと嬉しそうに笑う。
世界を一撃で幸せにしそうな笑顔だ。
「えっ、そうなんだ?…でも、苗字が……」
「ま、そこはそれ。いろいろあるのよ」
悪戯っ子のように軽くウインクするユイ。何故か歳の割にそんな子供っぽい仕草が良く似合っている。
「そ、そうなんですか…よろしくね、れいちゃん」
「うん!」
れいはまた幸せそうに笑った。
「もう一人いるわよ。レーーイ!いらっしゃい」
ユイが家の中に呼びかけると、やはりと言うか、二階へ上がる階段の上からもう一人の少女が姿を現す。
隣にちょこんと懐いている小さな女の子と同じ蒼い髪。
名前も同じ…綾波レイ。
「…なんでしょうか?」
学校から帰っても着替えていないのか、制服姿のままレイは答える。
「レイ、今日からウチの新しい家族になるシンジよ。仲良くしてね」
「…命令があればそうします」
レイはそう言って、そのまま廊下を歩いて行ってしまった。
(何か、本格的に嫌われているみたいだな…)
その何者も拒絶する冷たい後姿を見詰めながらシンジは思う。
「気にしないでね、シンジ。あの子はちょっと人見知りが激しいところがあるのよ」
あれが”ちょっと”というレヴェルかどうかという議論はさておいて…まあいい、嫌われたり疎まれたりする事には慣れている……。シンジはそう思い直すことにして、取り敢えずは玄関の扉をくぐった。
「おじゃまします…」
シンジが一礼して一歩中に入ろうとすると、その前をユイが遮った。
「ちょっと待って」
「あの…何ですか?」
「シンジ…ここは今日からあなたの家なのよ」
ユイが何を言いたいのか理解した。
少年は少し照れながらその言葉を口にする。
「た、ただいま…」
それを聞いてユイは満面の笑顔で応える。
「おかえり、シンジ」
「おかえりなさい、しんちゃん」
れいも嬉しそうに微笑んだ。
「さあ、ここがあなたの部屋よ」
シンジにあてがわれた部屋は、グリーンのカーペットが敷き詰められている十畳ほどの部屋だった。そこにソファとベッドが一組ずつと内臓式のタンスが備え付けられており、窓には淡いイエローのカーテンが掛けられていた。
今まで研究所の無機質な部屋で暮らしていたシンジにとっては信じられないほどの待遇だ。
「一応こっちで揃えたけど、足りないものがあったら何でも言ってね。壁紙の模様が気に入らなかったら直に業者に連絡して変えさせるから」
「いえ…十分です。ありがとうございます、ユイさん」
シンジは素直に感謝の言葉を述べたが、それに反してユイの表情が暗い…と言うか、何故か涙目になっている。
「あのぅ……ユイさん?」
シンジが不安になって尋ねると、ユイはよよよっと品を作り泣き崩れるように机に突っ伏した。
「…ううぅ、シンジってば『お母さん』って呼んでくれないのね。……一体どこで育て方を間違えたのかしら…」
とんでもない発言にシンジの目が丸くなる。
「エッ!?い、いえ…そう言う意味で言ったんじゃなくて…って言うか、今日会ったばかりで育てられた覚えなんて無いんですが……」
「やっぱり、子供は大きくなると母親は邪魔になるのねぇ…」
「いや…だから育てられて無いって……」
「うわぁぁぁん!!!反抗期なのねぇ〜〜!!」
「ああもう…何がなんだか……」
本格的に泣き出すユイに途方に暮れるシンジ。
「しんちゃん!おかーさんいじめちゃめーなのよ!」
「ち、違うよ!れいちゃん、誤解だって…」
シンジが慌てて言い訳してると、唐突に後ろから威厳のある声が響く。
「…シンジ、お前には失望した」
「うわッ!??」
驚いて振り返ると、そこには顎鬚と眼鏡の男性…碇ゲンドウの姿があった。
「ビ、ビックリさせないで下さい!…って言うか何時の間に後ろにいたんですかッ!?」
「…フッ、問題ない」
眼鏡を指で上げ、ニヤリと笑うゲンドウ。
問題ない訳無いだろう!…というツッコミを辛うじて喉元で堪えたシンジだったが、次の台詞で完全に沈黙した。
「さあ、さっさと『母さん』と呼べ。でなければ帰れ!」
「……」
ユイが顔を覆った指の間からちらちらこちらを見ている。…よく見ると涙の形跡が無い。
からかわれている!絶対にからかわれている!!
そう思っても口には出せないシンジ。
とりあえずこの騒動は、三時間後、シンジが照れながらも『お母さん』と言うまで続いたという…。
ここは碇家の隣にある惣流家。
アスカと母親のキョウコが共に食事をとっていた。
だが、いつもなら楽しい家族の食卓のはずが、紅い髪の少女の機嫌は甚だ宜しくない。
「まったく…あんな冴えないヤツを子供にするなんて、おじ様もおば様も何考えてるんだかっ!」
憤慨やる方ないといった感じでハンバーグをパクつくアスカ。
だが、機嫌は悪くても食欲だけはあるらしい。300gほどあった合成肉の、既に3分の2ほどは胃袋の中に消化されていた。
「そ〜お?ママは結構可愛いと思うけどなぁ?」
キョウコは、そんな我が子の様子を面白そうに観察している。
普段忙しい彼女にとって、夕食時のひと時は貴重な親子の時間なのだ。
「ゲッ!?ママ、趣味悪すぎぃ〜〜!」
アスカは心底嫌そうな顔を見せる。
「そんな事言って、アスカちゃんだって結構気に入ってるんじゃない?」
「ブゥ〜〜ッ!!ゴホッ!ゴホッ!……なッ、なな何でそうなるのよッ!!?」
突然の母の爆弾発言に、アスカは思わず飲んでいたコンソメスープの中身を全部吹き出してしまった。
「あらあら、汚いわねぇ」
キッチンから雑巾を持ってくるキョウコ。
「そうさせたのはママでしょッ!大体何でアタシがアイツを気に入らなきゃならないのよッ!!」
顔を真っ赤にさせて怒鳴るアスカだが、キョウコは涼しい顔で答えた。
「だって、アスカちゃんが初対面の男の子にああいう態度取るのって初めてじゃない?あなたって誰に似たのか猫被るクセがあるから…」
「み、見てたの…ッ!?」
うろたえた様に肉の塊をフォークから落すアスカ。
「見てなくても、あんな大きな声を出していれば聞こえるわよ。ウチはプレハブ校舎の安普請なんですからね」
しょうがない娘ねぇ…と頬に手をあてて苦笑いを浮かべる母親に、アスカは顔を紅葉の様に染めて睨み付けた。
「……じ、冗談でもそう言う事言うのやめてよね!あんな餓鬼、ゼンッゼン眼中じゃないわ。アタシの理想は加持さんみたいな大人の男性よ!」
「前の学校で臨時講師だったって人?格好良かったんですって?」
「そうよ!加持さんに比べたらあんなヤツ、カボチャよカボチャ!比べる方が失礼ってモンだわ!」
照れ隠しなのか、そう力説するアスカをニコニコ顔で見詰めるキョウコだった。
To be continued...
(あとがき)
こんにちは、ミツです。
すっかりホームドラマが板についた「新世紀幻想」です。
どこでどう間違えたのやら…。
ゲンドウ氏までおかしくなってるし……。
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