天使と死神と福音と

封印指定書
忘却の章 〔無神〕
V

presented by 睦月様


モニターの異常か目が悪いのかそうでなければ妄想を見ているのか・・・

端的に事実を言えば使徒の腕が消えた。
もっと正確に言うなら右腕、光の玉を持っていた手が肩口までそっくり無くなっている。

『な、何が起こったの?』

ミサトからの通信が入る。
かなり驚いているようだがしかし・・・それに答えられる人物はいない。

(・・・いや、一人はいるか・・・)

シンジの目を通して外を見ていたブギーポップがつぶやく。
彼が言った一人というのは考えるまでもなくシンジだ。
なぜかシンジは使徒のあの能力に反応した。
それどころか”あれ”が何かも判っていたような節がある。

(シンジ君?)
「…はい…?」
(君はあれが何か知っていたのかい?)
「……いいえ」

なにかシンジの様子がおかしい。
ブギーポップの質問に生返事で返してくる。
ボーっとしていて意識が半分くらい飛んでるような感じだ

シンジは初号機を使徒に向けて歩かせる。
その歩みはふらふらして頼りなさげだ。
普通の状態じゃないのが外から見ても分かる。

(・・・・・・君はあれが何か知ってるように見えたんだが?)
「・・・多分知っている…」
(どうして?)
「・・・・・・わからない」

ブギーポップの言葉に答えるがなにやら条件反射のようだ。
シンジの視線は使徒を見ているが焦点が合っていない。

「あいつは・・・力の制御を間違った…。」
(そのせいで片腕を失ったと?)
「……」

初号機の接近に気づいたのか使徒が立ち上がる。

一瞬、視界が歪んだ。
フォルテッシモの空間を操る能力で空間の刃を放ったのだ。

「・・・邪魔だ」

初号機は左手を前に差し出した。
その手が白い光を帯びる
次の瞬間、その手に触れた空間の刃が霧散した。

明らかに異常なことが起きている。

使徒はあわてて残った左手で掴みかかって来た。

キュア

しかし次の瞬間、使徒の左手が宙を舞っていた。
使徒の目の前には初号機が右手を空に掲げている。
なぜかその手は白く光っていた。

誰も気づかなかったが左腕は切られたわけではない。
飛ばされた左腕を持ってきても傷口に合う事はない
両者をつなぐ肘の部分がどこにもないのだ
振り上げた初号機の腕が通った部分がそっくりなくなっている。

「・・・この”能力”はね・・・こう使うんだよ」

初号機が使徒がやったのと同じように拍手を打つ。
ただし初号機の両腕は使徒のときと違い、白く光っていた。

開いた手と手の間にあったのはやはり白い光・・・
使徒が使ったものより幾分光が強いように見える。

「・・・サヨウナラ、”君のことはぼくが覚えておこう”」

初号機は白い光の玉を使徒に叩きつける。

その瞬間、使徒が光に包まれた。
使徒の巨体を包むように光は大きくなっていき、その光の中に使徒を完全に取り込んだ。

取り込まれた光の中で徐々に使徒の姿が薄れていく・・・
体が光の粒子になりながら消えて行ってるのだ。

やがて光の玉はまるで消化するように使徒を消滅させた。

・・・・・・・後に残るものは何も無く
・・・・・・・・・・・・・・使徒はこの世界から消えた。

---------------------------------------------------------------

「…ん」

窓からの朝日にシンジは目覚めた
いつもと変わらない朝…

「あれ?昨日制服のまま寝ちゃったのか…」

シンジは自分の体を見ながらつぶやいた。
今のシンジは制服姿でベットにうつぶせに大の字になって寝ている。

「…シャワー浴びよ…」

寝ぼけ眼で浴室に行き、シャワーを浴びると眠っていた頭がはっきりする。
思いつくのはひどく庶民的なこと・・・

「今日の朝食はどうしようかな…」
(シンジ君?)
「ブギーさん?なんですか?」

どうやら記憶は戻っているようだ。

(昨日の使徒の事だけれど?)
「昨日?昨日使徒が来たんですか?」

シンジは本気で驚いている。
からかっているわけでもなんでもない。
心底意外そうな表情で嘘を言っていないことが分かる。

(いや、すまない…なんでもないんだ)
「そ、そうなんですか?」

ブギーポップは適当にはぐらかした。
やがてシンジの家にいつものメンバーがそろう。

いつもの朝食…

いつもの笑い声…

いつもの顔ぶれ…

(…なんなんだ…)

シンジにも気づかれないようにブギーポップは心でつぶやく
誰も昨日のことに触れない。
とくにレイとアスカは昨日の使徒にかなり追い詰められていたのにまるで昨日のことがなかったかのような自然ぶりだ。

使徒戦後、初号機を降りたシンジはかなり疲弊していた。
ミサト達はシンジの行動やあの光のことを聞きたがったがシンジはこたえることもできないほど疲れていたので明日にでもくわしい事を聞くという事で昨日は開放された。
その後、ミサトに送られて夢遊病者のごとく部屋に戻り、ベットに倒れたところから今朝に至る。

しかし昨日シンジに質問しようとしていたミサトですらシンジを問い詰めない。

ブギーポップだけがこの状況に違和感を感じている。

(集団で記憶を操作した?…というよりまるで使徒がこなかったかのような・・・)

意味がわからない
だが…もし理由があるとすればそれは一つしかないだろう。
昨日のシンジの使った白い光・・・おそらくあれが原因のはずだ。

その疑問はシンジ達が学校に行く時に“形”で現れたことで確信に変わった。

---------------------------------------------------------------

(…これは…)

さすがにブギーポップでも絶句した。
目の前にはいつもの町並みがある…戦闘の形跡はまったくない…

昨日あれだけ激しい戦闘をしたのにその痕跡すら見当たらない。

ブギーポップの記憶では昨日シンジが作り出した光に使徒が飲み込まれてから戦闘は終了した。
そのとき町にはかなりの被害が出ていたはずだ。

それなのに目の前には無傷の町がある。

(どうかしたんですか?)
(……いや、なんでもない…)


一晩で町が復興した?・・・ありえない話だ。

(僕が夢を見たと思うのが一番楽なんだが…それはないな…)

昨日の感覚がはっきりと思い出せる。
これが夢だったというならこの世に夢と現実の境がわからなくなってしまうだろう。
だとしたら原因はやはり・・・

ブギーポップはシンジの周りに誰もいないときを狙って話しかけた。

(シンジ君?)
(はい?)
(ちょっと君の能力を使ってみてくれないか?)
(【canceler】をですか?)
(・・・”君の能力”を見せてほしい)

シンジはいぶかしげな顔をしたが周りに人がいないことを確認すると適当に距離をキャンセルした。
瞬間的にシンジの体が移動する。

(・・・やはり【canceler】か・・・)
(どうかしたんですか?)
(いや、なんでもないよ)
(そうですか?)

昨日使徒が使ってシンジが使ったあの白い光は間違いなくシンジの持つ本来の能力だろう。
野生の獣は自分の牙や爪の使い方を誰かに教わったりしない。
記憶をなくしているシンジが使えるとしたらシンジの持つ本来の力しかありえない。

(シンジ君・・・君の能力とは一体・・・)

ブギーポップにも見当がつかない。

シンジが自分の能力を使えた理由・・・
記憶を奪われたことによってシンジの能力を包んでいるからが弱くなっていたのかもしれない。
エンブリオがいったように精神的な殻だとしたらその可能性は十分にある。

だとしたらシンジの能力を開放させる鍵はやはり記憶の中にあるのかもしれない。
マユミにも読み解く事のできない記憶の暗闇に・・・

---------------------------------------------------------------

禁断の箱が一瞬だけ開いて・・・閉じた。
果たしてその中にあるのはいかなる力か・・・・・・

その答えは少年も死神も知らない

ただ・・・すでに箱の鍵ははずされた…

その中身は少年に何をもたらすのか…
それすら今だ少年は知らない…

しかし、封印された少年の記憶が戻る時…
禁断の箱も開放され…力は少年に宿るだろう…

それは遠くない未来…
記憶の痛みにもがきながら少年がつかむのは輝ける未来か…地獄の過去か…

少年が作り出す未来・・・
その答えの鍵もまた少年の中に…


これは少年と死神の物語






To be continued...


作者(睦月様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで