天使と死神と福音と

封印指定書
忘却の章 〔無神〕
U

presented by 睦月様


いつもの学校風景・・・時刻は昼休み。
校舎の屋上に数人が輪になって昼食を食べている。
いうまでもなくいつものメンバーだ。

「しっかしセンセも大変やな〜」

トウジが明るい声でシンジに話しかける。

今日シンジが学校に出てきたときに担任からシンジが記憶喪失だと言われた。
クラスメート、特にトウジ達はそれを聞いてあわてたが身体的には問題ないという説明を聞かされて胸をなでおろした。

本当のことを知っているアスカやレイたちは自分たちの知っていること・・・シンジの記憶が使徒に持ち去られたことをうっかり口にしないように口数が少ない。
そのぶんトウジが勤めて明るく振舞っていた。

「でもそのうち記憶も戻るんでしょう?碇君、あんまり落ち込まないでね、分からないことがあったら何でも聞いて」
「あ、ありがとう」

ヒカリの言葉にシンジはぎこちなくうなづく。

「シンジ〜くらいで〜」
「そうだぞシンジ、お前らしくないじじゃないか」

トウジとケンスケがシンジを励ます。
しかしシンジは曖昧に笑うことしか出来なかった。

自分は励ましてくれるこの二人の名前さえ知らないのだから・・・

「ぼ、ぼく保健室にいかなくっちゃ」
「保健室?なんでや?」
「霧間先生に来るようにいわれてるから・・・」
「そ、そうか・・・」

シンジは立ち上がると屋上を出て行った。
正直な所を言うとシンジは初めて会うはずの自分を知ってる人間に対して人見知りしているのと・・・こんなにたくさんの人に心配してもらえる碇シンジに劣等感を感じてしまうからだ。
碇シンジは自分なのだが記憶がない以上、他人としか思えない。

逃げるように屋上を出て行くシンジに友人たちはどう声をかけていいか分からなかった。
あれではシンジという少年の姿をした別人だ。
今のシンジと昨日までのシンジにどう折り合いをつければいいのか・・・

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「・・・どうだ?」
「お世辞にも良くない・・・」

保健室で白衣を着た凪の前にはシンジが座っている。
しかしその中身はブギーポップだ。

「しかたないだろう、シンジがお前の記憶をなくしているんだから」
「す、すいません」

思わずシンジが出てきた。
瞬間的に二人が入れ替わる。

「シンジ?」
「あ、またやってしまった・・・」

体の主導権はシンジのほうが強い。
シンジがちょっと意識を強めるだけで簡単に主導権が移ってしまう。
それは同時に今のシンジの精神が安定してないという事でもある。

「・・・悪いがもう少しあいつと話がしたいんだが?」
「は、はい・・・すいません・・・・・・またせたね」

口調が途中から自動的なものに戻った。
ブギーポップが出てきたらしい。

「よくあるのか?」
「時々ね」
「・・・シンクロは出来るのか?」
「なんとか、しかし長い時間は無理、シンジ君の精神が持たない」
「前はどうしてたんだよ?」
「シンクロを合わせるためにやはりかなりの時間かかった。」

凪は立ち上がると一息入れるためにコーヒーを二つ入れて片方をブギーポップの前に置く。
しゃべり続けているとのどが渇く。

「能力のほうはどうだ?」
「これも無理だね、シンジ君はあの能力を使いこなすためにもかなりの時間がかかっている。今回の使徒はそんなに待ってはくれないだろう?」
「倒したんじゃなかったのか?」
「まさか、あの程度で倒したりしてないよ。まだ気配を感じるしね」
「なに?知ってるならなんで教えない?」

凪の言葉にブギーポップは肩をすくめた。

「この状態で戦いにいけと?悪いが遠慮させてもらうよ」
「珍しい事を聞いたな・・・世界の敵を倒す以外の考えがお前にあったのか?」
「さすがにこの状態ではシンジ君を守りながらの戦いは難しい・・・す、すいません」

またブギーポップの顔がシンジのそれに変わる。
まるでコマ送りのようにその変化は唐突だ。

「ぼ、ぼくのせいで・・・」
「・・・シンジ、何でもかんでも自分のせいにするな。今回お前は間違いなく被害者だ」
「で、でも・・・」

言いよどむシンジを見ながら凪は興味深いものを見ていると思っていた。
シンジがこんな風におろおろしている姿は間違いなく貴重な光景だろう。

(残念なのは今それどころじゃないってことか・・・)

凪は頭を切り替えた。
今はもっと気になる事がある。

「シンジ、悪いんだが・・・」
「あ、はい・・・なんだい?」
「お前はどう思う?確かに記憶を奪うというのは効果的ではある。」

戦士を戦士でなくすためにはどうしたらいいか?
答えは簡単だ。
戦い方を忘れさせればいい。
剣の握り方さえ忘れてしまえばどんなに強くても戦えない。

「ただ記憶を奪っただけじゃないように思うんだが?」
「僕もそう思うよ」
「だとしたら何が狙いだ?」
「予想は出来る。」
「なんだ?」
「使徒は最初から初号機とシンジ君の記憶を狙っていたのかもしれない」
「確かに一番の脅威ではると思うが・・・」

シンジ、レイ、アスカ、三人の中でもっとも危険なのはやはりシンジだ。
何かの本能で使徒がそれを感じ取って真っ先に狙ったと言うのは考えられる。
ブギーポップはいつものように片方の目を細めた。

「しかしそれだけでもないかもしれないね・・・」
「それはどういう・・・」

その時、シンジの携帯がなった。
ブギーポップが携帯を取り出して見るとそこには非常召集の文字

「どうやら思ったよりむこうが動くのが早かったらしい」
「どうするつもりだ?」
「出来れば今回は綾波さんと惣流さんにがんばってほしいけれど状況しだいだな・・・」

ブギーポップは立ち上がって保健室を出て行く。

「・・・・・・」

凪はそんな後姿をじっと見ていた。
ここから自分に出来る事はない。

「ちぃ!なんであいつらばっかりが背負い込むんだ・・・」

おもわず握った凪のコーヒーカップにヒビが入った。

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「避難誘導は?」
「今完了しました」
「わかったわ」

ミサトは日向の報告を聞くと正面のモニターを覗き込んだ。
”それ”を見たミサトの顔が険しくなる。

「まだ倒しきれていなかったのね…」
「そのようね…」

リツコがミサトに同意する。
モニターには先日の人型の使徒が映っていた。

「でも今までどこに潜伏していたのかしら?」
「…おそらく地下ね」
「地下?でも地下にもセンサー網はあるでしょ?」
「ありはするわ、でも地上に設置するようには行かないの、どうしても穴が出来てしまうのよ」

ミサトはそれを聞くとすばやく頭を切り替えた。
言いたい事はあるが今は使徒をどうするかの方が重要だ。

「今回はレイとアスカで担当してもらうわ、使徒のあのわけわかんない光にだけは注意して!!」
『『了解』』

ミサトの言葉に零号機のなかにいるレイと弐号機の中にいるアスカが答えた。
二人の表情が違う。
その気合の入りようが伺えた。

「ミサト、シンジ君はいいの?」

リツコがミサトに聞いてきた。
シンジは初号機の中にいる。

戦えるとは思えないが可能性は残しておきたい。

「・・・最悪の場合、初号機の中が一番安全なのよ」
「…そうね」

出来ればミサトの言う最悪の事態は回避したいものだ。

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地上に射出された零号機と弐号機は使徒と真正面からにらみ合っていた。
零号機はパレットライフルを、弐号機はソニックグレイブをそれぞれ構えている。

「こいつがシンジの記憶を…』
「…先、行くから」

レイはそう言うとパレットライフルを乱射しながら横のほうに走り出した。

使徒が腕を振り上げて打ち下ろすと液体状のなにかが飛ぶ。

ボン!!
「え?」

とっさに避けた液体が兵装ビルに張りつくと爆発した。

使徒はまず零号機に的を絞ったらしい。
サキエルと同じ3本の鉤爪を持つ手を零号機に向ける。

「なに?」
『レイ、よけなさい!!』

何か嫌なものを感じたミサトからの通信にレイが零号機を伏せさせるとその直上を光が貫いた。

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「か、荷粒子砲?なんであいつが!!」
「…まさか…」
「?…なにかわかったの?」
「まだ確信は無いけれど…」

そう言ってるうちにモニターの中でアスカの弐号機が使徒に迫る。

『こんのぉ!!』

ソニックグレイブを上段から振り下ろす。
その切っ先が使徒に当たる瞬間

「な、なんの冗談!!」

使徒は弐号機の攻撃の当たる瞬間、使徒が二体に分裂したのだ。
まったく同じ使徒が二体になった。

「やっぱり…そう言うことなのね」
「どう言う事なのよ!!」
「おそらくあれはシンジ君の記憶から読み取ったんでしょうね・・・おそらくはシンジ君が脅威だと思った記憶から情報を引き出して自分のものにしているのよ。」
「まさか使徒がシンジ君の記憶を奪ったのはこのためだって言うの?」
「他の理由は考えられないわ…」

リツコの言葉に発令所の空気が重くなる。

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「くう!!こいつ!!」

アスカは目の前でニ体に分かれた使徒をいまいましげに見る。

「こいつがシンジの記憶を持っていったって言うのに…」
『アスカ!!』

横を見ると零号機が並んでいた。
弐号機とまったく同じ体勢をとって

『…いくわ』
「わかった」

2人とも聞き返す事はしない。
この状況で自分たちに出来る事は一つだけだ。
そして同時にそれは自分たちにしか出来ない。

「ミサト!!」
『わかってるわ』
「62秒でけりをつける!!」
『了解!!』

零号機と弐号機のアンビリカルケーブルが外された。
それと共に聴きなれた音楽が流れ始める。

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「す、すごい…」

シンジは初号機のモニターに映る光景に驚いていた。
赤と青の巨人が息の合った動きで使徒に攻撃している。

(ユニゾンか、2人とも鈍ってはいないな)

シンジの頭のなかにブギーポップの声が届く。

(ユニゾンですか?すごいですね)
(彼女達はこの方法で分裂する使徒を倒している)

モニターの中の零号機と弐号機はノリのいいテンポで戦闘を続けている。

使徒は両手から体液を分泌するとそれを操ってやりのような形状を作り固定した。
それを使って弐号機のソニックグレイブを受け止める。

(自分の体液を化学変化させて武器を作り出す。これも君が戦った事のある相手の能力だよ)

シンジとブギーポップが会話している間にもモニターの中の戦闘は続いている
徐々にではあるが使徒が押され始めた。

(2人とも気合が違うね)
(そ、そうなんですか?)
(気合の原因ははっきりしているよ。2人ともわかりやすいな)
(なんなんですか?原因って?)

ブギーポップは苦笑するだけで答えなかった。

彼女達はこの使徒に奪われたシンジの記憶が狙いなのだろう。
記憶を奪われているのならば奪った奴をどうにかすればシンジの記憶は戻るかもしれない。

そう考えれば二人の気合の理由も見当がつく。
二人ともシンジに自分のことを思い出してほしいのだ。

(純情な事だ)
(誰がですか?)

当の本人はそのあたり分かってはいないが・・・
鈍感さというのも罪かもしれない。

ドン!!

使徒が吹っ飛ばされて一体に戻る。

(やった!!これで倒せる!!!)
(・・・妙だな・・・)
(え?)

シンジの喜ぶ声にブギーポップが不審げな声を出す。

(ど、どうしたんですか?)
(僕の予想ではあの使徒は目的のものを手に入れているはずなんだよ。でもまだそれらしいことはしてない)
(も、目的?な、なんなんですか!?もう勝ちは決まっちゃいますよ!?)

その時、モニターの中の使徒の雰囲気が変わった事にブギーポップが気づいた。
どうやら追い詰められて本気になったらしい。
となると次は・・・

(シンジ君、ちょっと悪いが)
(え?あ、はい分かりました。)

ブギーポップはシンジと入れ替わる。

「惣流さん、綾波さん」
『え?シンジ?』
『シンジ君?』
「一旦引いたほうがいい」

モニターの中のアスカとレイが驚いた顔になる。
発令所からミサトの通信が入った。

『ちょっとシンジ君どういうこと?』
「あぶない!!」

ブギーポップの見ているモニターの中ではのっそりと立ち上がった使徒が映っている。
それを見た零号機と弐号機が身構えた瞬間・・・使徒の姿が消えた。

『『え?』』

バシュウ!!
  バシュウ!!

二人が疑問の声を上げるのと同時に零号機の右腕と弐号機の左腕が宙を舞った。

『『え?』』

アスカもレイも何が起こったのかわからなかった。
ただ自分達の機体の片腕が切り飛ばされたのだということは分かる。
噴水のように血が噴出している。

それを認識した瞬間、シンクロからの激痛が襲ってきた。

『きゃあああ!!』
『くうあああ!!』


二機の後ろには兵装ビルに片足で危なげなくバランスをとりながら立つ使徒の姿があった。
まるで”距離をキャンセルした”かのような異常な移動だった。

(やはりそういうことか・・・彼女達には荷が重い・・・)

ブギーポップのつぶやきにシンジは答えることができなかった。

使徒はシンジの記憶にある世界の敵や使徒の能力を再現して見せた。
それはどれも強力な能力だが・・・
しかし・・・同時にこう考える事もできる。

”その強力な世界の敵や使徒を倒してきたのは誰だ?”

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「そ、そんな・・・」

発令所でミサトが呆然とつぶやく

モニターに映る使徒の周りにオレンジ色の色彩があった。
それはATフィールドを圧縮した細いワイヤー・・・使徒を守るかのように周囲に展開されている。

零号機と弐号機の腕を切り飛ばしたあれはシンジの操る初号機が使っていたのとおなじもの・・・
それが示す事は今まで自分達を守っていた力が使徒にコピーされたという事・・・
いままで使徒に向けられていた刃が諸刃になり自分達にも向けられたという事・・・

使徒は最初からシンジの記憶を狙っていた。
アスカでもレイでもなくシンジだ。

・・・確かにシンジの記憶には世界の敵の記憶と今まで戦ってきた使徒の記憶がある。
それはシンジの記憶にある力や能力を自分のものにできるこの使徒にとってはこれ以上無いものだ。

しかしそれ以上に使徒が求めたもの・・・・・・
それは死神の力・・・・・・
そしてシンジの持つ【canceler】の力・・・

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ズガン!!!!
『キャアアアアア!!』

モニターの中で弐号機が派手に吹っ飛ばされた。
地面を二転三転してやっと止まる。

「アスカ!!」
「弐号機損傷率40%を越えています。」

モニターの中では零号機もボロボロになって倒れていた。
後から発進したガンヘットが援護射撃をしているがATフィールドのせいでまともなダメージを与えられない。
使徒に対抗できるエヴァがいなければガンヘットだけで使徒を殲滅するのは無理だ。

「このままじゃ・・・」
「葛城一尉」

いきなり自分の名前を呼ばれて振り返るとゲンドウが見下ろしていた。

「初号機を出せ」
「初号機を?無理です!!」
「他の方法はない」
「・・・・・・」

ミサトは苦渋の表情でしばし考えた後、初号機に回線をつないだ。

「シンジ君?」
『葛城さん?』
「お願いがあるの・・・出撃してくれないかしら?」
『む、無理ですよ!!あんなのと戦うなんてできません!!』
「わかってるわ・・・その上でお願いします。・・・あの子達を助けて・・・」
『そ、そんな・・・』

シンジがおびえた表情をする。
それを見た発令所の職員は改めて確認した。
シンジはまだ中学二年生なのだ。
いきなり命をかけて戦えといわれたらこうやっておびえるのが当たり前、シンジの今までが異常すぎていただけの話なのだ。

「シンジ」
『父さん?』

ゲンドウが通信に割り込んだ。

「お前が戦わなければ世界は滅びる」
『無理だよ、見たことも聞いたこともない物で戦えなんて!!』
「ここに臆病者は必要ない!!」
『・・・・・・子供を戦場に放り込んで上から命令するだけの臆病者のくせに大きな口を叩くじゃないか』

モニターの中のシンジの雰囲気が一変する。
左右非対称の笑みはブギーポップのものだ。

『そもそもあなたは僕に命令する権利はない。人に命をかけさせたかったらせめて頭を下げるくらいの常識は理解してもらいたいもんだね』
「なんだと・・・」
『臆病者と話すことはない、時間の無駄だ。葛城さん?』
「は、はい?」
『ちょっと時間をもらうよ』

そう言ってブギーポップは通信を切った。
なんとも言えない気まずい静寂が発令所に満ちる。

「記憶をなくしていても、やはりシンジ君はシンジ君と言うことか・・・」
「・・・くだらん」
「お前もそろそろ学習したらどうだ?彼が頭ごなしの命令で動くような人間でない事はわかっているだろう?」
「・・・・・・」

冬月の言葉にゲンドウは唇をかみ締めた。

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通信を切った途端にエントリープラグの中に静寂が落ちる。

(・・・さて、どうするんだい?)
(ぼ、ぼくはどうしたらいいんでしょう?)
(とりあえず上の使徒をどうするかじゃないか?)
(む、無理です。あんなわけのわからないものと戦うなんてできません。)

正論だ。
記憶をなくす前のシンジならともかく今のシンジは戦闘の素人どころではない。
取り乱さないだけでもたいしたものだろう。

(そうなると彼女達は死んでしまうね)
(・・・・・・)
(それとも逃げるかい?)
(あ、あなたは何にもしないんですか?)
(僕?僕は言ったとおり君に協力してもらえなければ無力だよ)

シンジは真っ青な顔で黙った。
自分が出なければあの二人が死ぬ
これでは遠回しな脅迫だ。

(なんでぼくなんですか?)
(僕が君の中にいるからだね、これは本当にすまないと思っている。)
(なんで戦うんですか?)
(その答えは6年前にも言ったよ。覚えてないだろうからもう一度言うとそれが僕の役目だからね)
(・・・ぼくはどうしたら・・・)
(僕にはその質問の答えは一つしかない)
(な、何ですか?)
(”甘えるな”だ)

シンジは絶句した。

(自動的な僕が言うのもなんだけれどね、人生はコイントスのように白黒はっきりさせないといけないときが必ずある。シンジ君の場合は今このときだが、でも人間は欲張りだからどちらかに決めても必ずもう一方の道を選んどけばって後悔するもんだよ。それならとりあえず今の自分の気持ちに従うのも一つの手だね)
(自分の心?)
(とりあえず、今このときに自分の素直な心に従って選んだことなら後悔も少なくてすむんじゃないか?たぶん人に言われて動くよりいい、逆恨みしなくてすむし)
(そんな・・・)
(冗談だよ、でも重要な事はいつまでも迷っていられないという事だ。この世には手遅れって言葉がある。)
「ぼくの・・・こころ・・・」

シンジは顔を上げて前を見た。

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レイとアスカは追い詰められていた。
すでに二体とも片腕と片足を失っている。

(まずいですね)

アスカが光沢のなくなった瞳でゆっくり近づいてくる使徒を見た。
すでに歪曲王が出てきている。

(このままでは綾波さんも危ないか・・・)

歪曲王がチラッと横を見ると零号機もかなり損傷を受けている。
レイも自分の能力を使ってはいたが戦闘に対する応用と能力を使った戦闘経験という時点でまだまだ未熟だった。

(こうなったら仕方ありませんね・・・)

歪曲王の能力はとにかく目立つ
オレンジ色の初号機が現れればさすがに言い分けが効かないため今までは堂々と使うわけには行かなかったがここまで追い詰められてしまってはそうも言ってられない。
もっともあの常識外れにどこまで通じるかは疑問ではあるが・・・歪曲王は覚悟を決めた。

ガシャン

「え?」

いきなり聞こえてきた音の方向を見ると初号機が射出されていた。

「シンジ君?・・・ブギーポップですか?」
『アスカ、レイ、一旦引いて!!』

発令所からミサトの通信が入る。

『で、でもシンジ君が・・・』

レイが抗議する。

歪曲王は素早く周囲を確認した。
初号機のほうに気を取られている使徒・・・それを見た歪曲王はボロボロの弐号機に無理させて零号機ごと射出ポイントに倒れこむ。

「今です!!」

発令所でもモニターしていたのだろう。
歪曲王の言葉と共に二機を乗せた地面がしずんでいく。

『待って、シンジ君が!!』

零号機が暴れるが弐号機が必死でそれを押さえ込む
閉じていく天井を見ながら歪曲王がつぶやいた。

「・・・頼みましたよ・・・ブギーポップ・・・」

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シンジは初号機の中で使徒と睨み合っていた。

(これが君の選んだ道かい?)
(よ、よくわかりません・・・でも・・・)

シンジは鳴りそうな歯を食いしばる。
実際・・・自分でもなんでこんな馬鹿なことを選択したのか明確に説明は出来ないのだ。

(でも・・・助けたいと思いました・・・あの子達を・・・)

死ぬのが分かっている人が目の前にいる。
そして自分はそれを助けられる可能性がある。

ならば答えはひとつしかない・・・だからこそシンジは今ここにいる。

(…フッフフフフフ)
(な、なにかおかしいですか?)
(いや、悪かったね。そうじゃないんだ。記憶を無くしていてもやはり君は碇シンジなのだね)
(どういうことですか?)

シンジと入れ替わったブギーポップがあの夜と同じフッと柔らかな微笑を浮かべる。
発令所がシンクロ率が0になったと騒いでいるが無視だ。

(僕と君が出会ったあの夜も君は僕に言ったんだよ”誰かを守れるくらい強くなりたい”っとね)
(ぼくが?)
(そう、そして僕はこう誓った”自動的なこの身ではあるが君が君である限り僕は君を守る”)
(で、でもぼくにそんな価値は・・・)
(やはり同じ事を聞くんだね、その答えも決まっている。”君は僕が守る価値のある人だ”)
(・・・・・・)
(僕を信じてくれるかい?)
(・・・・・・はい・・・お願いします。)

拘束台から解き放たれた初号機は一直線に使徒に向かう。
オリジナルとコピーの死神が激突した。

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発令所は騒然となっていた。

「シンジ君、記憶が戻ってるの!?」

モニターにはオレンジ色のワイヤーで使徒のワイヤーを打ち落としている初号機が映っている。
その姿は幻想的でこの世のものとは思えなかった。
まるで神話か英雄譚のようだ。

『今は余裕が無い、集中が乱れるから話し掛けないでくれ。』
「は、はい」

初号機の中のシンジに言われてミサトはおもわず頷いた。
戦闘は伯仲していて援護の入る余地がない。
無駄口を叩くことで戦いの天秤が傾きかねないようなぎりぎりの瀬戸際な印象を受ける。

「リ、リツコ?」
「なに?」
「あ、あれシンジ君よね?」
「…たぶんね」

モニターに映るシンジはいつもより冷淡とも言える表情をしていた。
見ているだけで背筋に冷たいものが走る感じがする。

(り、凛々しいを通り越して…危なげな雰囲気をまとってるわね…かっこいいけれど…)
(それにしても・・・今のシンジ君の声・・・どこかで聞いた事があるような・・・)
(こ、こんな表情も出来るなんて…やはり只者じゃないな…)
(…問題あるな)

上からミサト、リツコ、冬月、ゲンドウの順番だったりする。

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「正確に僕の動きを真似てくるな…」

ブギーポップは初号機を操りながらそうつぶやいた。
同じ武器だけに間合いをつめる事も難しい。

「しかし膠着状態というわけにも行かない」

自分に使徒のワイヤーが四方から殺到するのを見切って頭上に衝撃波を放つ。

バン!!

頭上に空間が開いた瞬間に初号機が飛んだ。
そのまますり抜けながら使徒の頭上を飛び越えるが使徒の手が自分を指差す。

「そこまで出来るか…」

応じて右手を銃のような形にして使徒に向ける。

ギャリン!!

お互いの中間の部分で衝撃波同士が打ち消しあった。
爆発の衝撃でお互いの距離が開く。

危なげなく地面に降り立つとブギーポップは油断無く使徒を見た。

「ん・・・これは・・・」

次の瞬間、ブギーポップがとっさに初号機を地面に伏せさせる。
その頭上を不可視の衝撃が飛ぶ、使徒の攻撃は初号機の背後の兵装ビルを破壊して初号機にコンクリートの雨を降らせる。

「空間を飛ばしたか、とうとう最強君の力まで使い始めたということかな…」

初号機はコンクリートの塊を跳ね除けると地面を転がりながら使徒から距離を稼ぐ。
距離を置けばいいというものでもないが至近距離でやりあうよりはいい。

(ど…どうですか…)

苦しげなシンジの声が聞こえた。
すでに戦闘をはじめて10分が過ぎている。
シンジはよくしがみついていると言っていい。
本当なら気絶していてもおかしくは無い。
しかし…シンジの頑張りもそろそろ限界だろう。

(…一撃にかけるしかないか…)

ブギーポップのつぶやきに疲労していたシンジは気づかなかった。

ブギーポップが構えると再び使徒の姿が消える。
距離をキャンセルしたのだ。

それを見たブギーポップは初号機を後ろに跳ねさせた。
その勢いのまま右手を後ろに向けて衝撃波をぶっ放す。
まったく後ろを見てはいない。

バン!!

初号機の後ろに移動してきていた使徒がもろに食らって吹っ飛んだ。

「…やったか?」

ブギーポップが後ろを振り向くと大の字に倒れている使徒がいた。
足の部分が人間だと曲がるはずの無い場所から曲がっている。
これで立つ事も出来ないだろう。

(大丈夫かいシンジ君?)
(う…終わったんですか?どうやったんです?)

シンジはかなり疲弊していた。
戦闘中の10分はシンジにかなりの負担になっていたらしい。
ずっとシンクロしていた事を考えれば大した物だ。

(彼は僕達の動きを正確にトレースしていたからね、自分がこの状況でどう動くか予想して衝撃波を放ったらまともに当たったよ。律儀な事だ。)
(す、すごいですね…)
(いくら正確に僕達の動きや能力を真似しても昨日の自分だろ?そんなものに負けるわけには行かないじゃないか?)
(そ、そう言うものなんですか?)
(精神的なもんだよ)

さらっと流してブギーポップは初号機を立ちあがらせる。
しかし言うほど安い事ではない。
かなり当てずっぽうな部分があったし、もしかわされたりしていたらおそらくその時点で終わっていただろう。

(とどめをさす、もうちょっと頑張ってほしい)
(は、はい)

ブギーポップは油断無く身構えた。

その視線の先で使徒が立ちあがる。
片足が折れてるためにうまく立ちあがれないようだが何とか真っ直ぐに立った。

「?…なんだ?」

ブギーポップは使徒が奇妙な事を始めたのを見てさらに警戒を強めた。

使徒は両腕を水平に上げる。
両手を真っ直ぐ一直線に伸ばされたその姿は案山子のようだ。

次の瞬間、拍手を打つようにからだの正面でうち合わせる。

パン!!

『な、なんなの?』

ミサトの疑問が聞こえる。
ブギーポップも同じ心境だった。
少なくとも今まで戦った世界の敵の中にはそんな事をする相手はいなかった。

しかし・・・このわけのわからない行動に反応した人物が一人だけいた。

(シンジ君?)

いきなりシンジに体の主導権を奪われた。

「あ、ああああ…ああああ…」

顔を恐怖に染めている。

シンジの中の何かが訴えていた。
自分はあれを知っている。
無いはずの記憶が自分に呼びかけてくる。

知っている、知っている、知っている、知っている、知っている、知っている…

どこで知った?……わからない…
なぜ知った?……わからない…
あれはなに?……わからない…

…………………でも知っている。

「し、知っている」
(シンジ君?何を知ってるんだい?)
「ぼ、ぼくはあれを知っている」

使徒が両手を離すとそこには光があった。
白く何物をも染め上げるような球状の純白の光…

それを見たシンジの震えが一段と強くなる。

シンジの中でなにかがうるさいほどに訴えかけてくる。


“あれ”の前では強さも硬さも意味を持たない。


“あれ”はいかなる存在も許さない


“あれ”は[       ]なのだから…


使徒はその光を右手で頭上に掲げた。
そのまま初号機にたたきつけるために振り下ろす。

パシュン

次の瞬間、誰にも予想できない事がおこった。
しかし、ただ一人…
シンジだけは驚かなかった。
なぜそれが起こったのか…
シンジはその理由をなんとなく理解していた。

ただ…なぜ“記憶”にもないことを“知っている”のかはやはりわからなかった。






To be continued...

(2007.07.21 初版)
(2007.10.06 改訂一版)


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