【パンドラの箱】

神代の時代、神々があらゆる災厄を封じ込めたと言われる一つの箱
しかし一人の女性、パンドラが好奇心から開けてしまった事によりこの世界は再び災厄に見舞われることになった。
嘆き悲しんだパンドラが箱の中からの声に箱を開けるとそこにあったのは希望、かくして人類には希望が残ったと言う美談…

しかしこれは誤った認識である。
なぜならば希望もまた災厄なのだ。
希望はたやすく人間に夢を見せて不確かな道を進ませ…踏み外したもの達を簡単に見限る。

この話しの本当の意味はパンドラは希望の後にやってくる最悪の災厄を外に出さなかったと言う話…
それは未来…前兆予兆などで未来を知ってしまうという災厄…
未来を知ることで絶望する事を防いだために人は希望に迷いながらも生きていくことができるようになったという物語……


……そしてこれは……少年と死神の物語






天使と死神と福音と

封印指定書
忘却の章 〔無神〕
T

presented by 睦月様







鋼鉄の巨人が疾駆し、銃弾の発射音が連続して響く。
それは正しく戦闘の旋律・・・

「なんなんだこいつは!!」

シンジは思わず叫んだ。
今、シンジ達は戦闘の真っ最中だった。

『こいつ!攻撃がまったく効かないわよ!!』

アスカからの通信が入る。
かなりいらついているようだ。
その気持ちはシンジも分かる。

シンジ達の目の前には人型の使徒がいた。
いきなり町の中心に現れたために慌てて出撃したが戦闘開始からこっちの攻撃がまったく効かない。
ダメージが通らないのだ。

ガガガガガガガ!!

レイの零号機が横でパレットライフルを乱射する。
弾丸はレイの能力で強化されているためにポジトロンライフルくらいの貫通力があるはずだがこれも効いていないらしい。
ATフィールドは中和しているはずだが遠距離からの攻撃ではダメージが通らないようだ。
こうなったら・・・

「…接近戦をしよう」
『シンジ君危険よ』

シンジの決断に発令所から待ったの通信が入る。

「わかってはいます。下手に接近するのは危険ですがこのままじゃどうにもなりませんよ。」

今の状況は使徒が目立った攻撃をしてこないからこそ膠着状態が成立している。
もし下手に接近戦を挑んで使徒が強力な攻撃方法を持っていれば危険だ。
接近戦をするにしても出来れば使徒の攻撃方法を丸裸にした状態で挑みたいところだがこのままでは埒があかない。

『シンジ、あたしが行く』

アスカの弐号機からの通信がはいった。
しかしシンジの答えはNOだ。

「いや、ぼくが行く」
『なんでよ!!』
「このなかで接近戦をして一番強いのは多分ぼくだ」

モニターに映るアスカの顔が歪む
認めたくは無いがブギーポップはもちろんシンジも格闘の分野では三人のなかでトップだ。
能力がわからないからこそ最大戦力を叩きこむのは戦略として正しい。

『シンジ!!』

初号機の横にスタンディングモードになったガンヘットが横付けした。
ミサトから見ても惚れ惚れするようなドリフトで停止する。
…キャタピラでのドリフトで地面のコンクリートが盛大にめくれているが…

モニターにはムサシが映っている。

『無理はすんな』
「他に方法が無いんだよ」
『その意気やよ〜し!!』

通信にケイタが割り込んできた・・・また何かとりついているらしい。

『シンジ!!骨は拾ってやら〜な、遠慮無く死んで来い!!』
『ケイタは黙ってやがれ!!』
「…え〜、一応有難う」

励ましているんだと思いたい。
シンジの苦笑と共に初号機は浅く腰を沈める。

『全火力発射!!』

ムサシの気合の声と共にガンヘットからすべての火力が発射された。
ミサイルが、砲撃が使徒に迫る。

ズドドドドドドドドドドド

『こっちも行くわよ!!』

発令所のミサトも号令をかけた。
それに合わせて周囲の兵装ビルから援護射撃が来た。
かなりの数の砲撃が一直線に使徒に向かう。

「マヤさん、使徒の位置を!!」
『了解!!』

初号機のモニターに3Dで使徒の位置が表示される。
爆煙がはれる前に初号機が走った。

すばやく右手でプログナイフを抜く

(シンジ君?)
(とりあえず様子を見ます。)

初号機はナイフを投げつけた。
使徒はATフィールドを展開して受け止める。
その間に使徒の側面に廻りこんだ初号機が這うような格好から足払いをかけた。

ガン!!

足を払われた使徒がもんどりうって仰向けに倒れた。

『もらった!!』
「?アスカ?」

通信機からの声に反応して上を見ると弐号機がソニックグレイブを構えて飛んでいた。
一気に勝負を決めるつもりらしい。
隙を見逃さない戦闘センスはさすがというしかないが・・・

「せっかちな…」
(シンジ君、使徒が何か変だ)
「え?」

使徒を見るとその胸の部分がわずかに発光し始めている。
理屈でも理論でもなく経験と直感が訴えてくる…なにかやばい

あわてて上を見るとソニックグレイブを振り下ろそうとしている弐号機…使徒の攻撃がどんなものかは分からないが空中でよけられるわけが無い。

「くっ間に合うか・・・」

シンジは初号機を飛ばして弐号機に体当たりする。

『え?シンジ?』

ガシン!!

『きゃああああああ』

弐号機が跳ね飛ばされた瞬間…それが来た。
今まで弐号機がいた場所には入れ替わるような形で初号機がいる。

使徒から放たれた強烈な光が初号機に当たって初号機が跳ね飛ばされた。

「ぐう!!」

ガガガガガガガガガ

衝撃にシンジがうめく。
反動で飛ばされた初号機は受身を取ることもできず、地面に叩く付けられ、コンクリートを削りながら初号機は止まった。

『シンジ君!!』
『シンジ!!』

アスカとレイの声が聞こえる。
シンジは頭を振って初号機の状態を確認する。
機体の状況、シンジ自身の状態・・・とくに問題は無いらしい。

『こいつ!!』

ムサシが残っていた火力で使徒を牽制する。

ズン!!

その一撃で使徒がたじろいだ。
さっきまではまったく聞かなかった攻撃が使徒にダメージを与えたのだ。

『効いた?アスカ、レイ、今は使徒殲滅を優先して、シンジ君はどう?』
「大丈夫みたいです。」

ミサトからの通信にとりあえず問題は無いと答えるとシンジは初号機を立ちあがらせた。
戦闘続行だ。

『使徒はアスカとレイにまかせてシンジ君は下がって!!』
「いえ、ぼくも・・・」
『でもさっきまともに使徒の攻撃を食らっていたじゃない』
「初号機は損傷は無いみたいです。このままいけます」
『……無理だとおもったら下がってね…』
「わかってます。アスカとレイの足手まといにはなりません」

シンジは初号機を操って弐号機と零号機に並ぶ。

『ごめんシンジ…』
『大丈夫なのシンジ君?』

アスカとレイから通信が入る。
二人ともシンジを心配していた。

「だいじょうぶ、それより一気にたたみかけよう」
『わかったわ』
『了解』

シンジを中心としたエヴァ3機は波状攻撃を仕掛ける。

ガン!!
  ズバ!!
    ドン!!


理由は分からないがさっきまではまったく届かなかった攻撃が通る。
疑問はあるが今は使徒殲滅が優先だ。
理屈や理由は後でリツコ辺りが説明してくれるだろう。

程なくダメージを受けた使徒の体が光り出した

「はなれろ!!」

シンジの号令で全員が使徒から距離を取る。
次の瞬間、モニターが焼け付けをおこすほどの光が使徒から発せられた。

「くっ!!」

たまらず目をつぶるシンジ達が次に見たとき、そこには使徒の姿は無かった。

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「またイレギュラーか…」
「…情報の修正が必要だな…」

司令室でゲンドウと冬月が今後の事を話していた。
問題は今回現れた使徒だ・・・この出現は彼らのシナリオには無い。

「情報だけではないだろう?すでに死海文書に無い使徒が現れたのはこれで二回目だ。」
「……何がシナリオを狂わせたのだ…」
「知らんよ」

そう言いながら冬月は一番のイレギュラーは何か見当がついている。
使徒の出現はともかくシナリオが狂った理由は……シンジだ。
あの少年が自分たちの予想とかけ離れた存在として自分達の前に現れた事ですでにシナリオは修正不可能だったように思う。

(いまさらだがな…)

冬月はふと自分たちが予想したような育ち方をしていたらどんな人物になっていただろうかと益体もない事をおもった。

(気弱なシンジ君か・・・見てみたくもあるな・・・)

彼の愚にもつかない思いはある意味達成される事になる。

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病院のベットでシンジは目を開けた。
昨日の使徒戦で使徒の攻撃をまともに受けてしまったシンジは精密検査もかねて一日入院する事になったのだ。
その黒い視線が見たものは・・・

「……知らない天井だ。」
(目がさめたかい?シンジ君?)
「え?」

シンジはベットから跳ね起きて周りを見まわす。
どうやら声の主を探しているようだ。

「どこにいるんですか?」
(…シンジ君?)

シンジはブギーポップに答えない。
困惑した表情で室内を見まわすばかりだ。

(…まさかシンジ君…)

ブギーポップが何か言う前に病室のドアが開いた。

「シンジ君、目がさめたようね」
「大丈夫シンジ君?」

入ってきたのはミサトとリツコだった。
シンジの無事な姿に安堵している。

「早速だけれど体の調子はどう?」
「ちょっとリツコ、朝一でそんな事聞くとビックリするでしょ?」
「ミサト、本来パイロットの体調管理は上司のあなたの仕事でしょ?」
「う、ごみん…」

2人のやり取りをシンジはいぶかしげな顔で見ている。
それに気づいたミサトが話し掛けた。

「シンちゃん、どうかしたの?」
「あの〜一つ聞きたいんですけれど…」
「なにかしら?」

シンジの様子がおかしいのに気づいたミサトとリツコがシンジと向き合う。
気分でも悪いのかと心配しているようだ。
シンジは昨日の使徒戦で唯一使徒の攻撃をまともに食らっている。
どんな影響があるか分からない。

「…あなた達は誰です?」
「「え?」」
「そしてここはどこなんですか?」
「「はい?」」

2人はあっけにとられた顔でお互いを見る。
いろいろとシンジの話しを聞いていくうちに二人の顔はどんどん青くなっていった。
信じられない・・・と言うか信じたくない。

「…うそでしょ…」
「まさか本当なの?」

一時間後、シンジのカルテに新しい一文が書き込まれる事になる

……記憶喪失……

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ドドドドドドド!!

「廊下を走らないで下さい!!」

看護師の注意が飛ぶが聞くやつは一人もいなかった。
中学生の男女数人は疾風のごとく走り抜ける。
その勢いをとめられるものはいない。

「どういう事よ記憶喪失なんて!!」
「知らないわよ!!」
「シンジ君…」

先頭はアスカ、マナ、レイの三人

「シンジ…やっぱり一人で突っ込ませるんじゃなかった…」
「ムサシ、今はシンジ君に会うのが先決だよ」
「…そうだな…」

少し遅れてついてくるのはムサシとケイタだった。
二人とも苦虫を噛んだような顔をしている。

やがて目当ての病室とそこに下がっている「碇 シンジ」のネームを見つけて扉に手をかけると耐久力テストとしか思えない勢いで開く。

「「「シンジ(君)!!」」」

病室に突っ込んだ三人が見たのはベットで上半身を起こしているシンジだった。
いきなり部屋に突入してきた三人に目を丸くしている。

「「シンジ(君)!!」」

三人に少し遅れてムサシとケイタも病室に入ってきた。
五人の視線がシンジに集まる。

「「「「「「……」」」」」」

微妙な沈黙が来た。
お互いなんと言って声をかければいいかわからないのだ。

「あの…?」

しばらく迷ったが・・・シンジが皆に向かって口を開く
皆がいつものように名前を呼んで笑いかけてくるのを期待したが・・・

「どちらさまですか?」

その言葉に皆の顔が一瞬で落胆の表情になる。

それを見たシンジはあせった。
この状況からこの人たちは自分の知り合いに違いあるまい。
しかし今の自分には初対面の人物ばかりだ。
どうフォローしていいかわからない。

「…お前達、ここは病院だぞ?通夜じゃあるまいに、そんな顔をするもんじゃない」

そういって開けっぱなしの扉から病室に入ってきたのはマユミを連れた凪だった。
その視線がシンジを捕らえたが・・・シンジはびくっとみをすくませる。
怯えさせてしまったらしい。

「……」
「あ、あの…なんでしょうか…」
「…やっぱりだめか…」

凪もこれで少しは期待していたのだ。
シンジが自分たちに会う事で記憶を取り戻すきっかけになりはしないかと…

「…すまん、俺は霧間 凪、お前の学校の保健医だ。」
「保健の先生?どうしてここに?」
「ん?それはまあ、お隣さんだからな」
「お隣さん?」
「ああ、ここにいる全員はお前と同じマンションに住んでるんだ。まあ、今のお前に言っても覚えてないんだろうが…」
「すいません…」

シンジは頭を下げてうつむいてしまった。
いつものシンジと違って覇気のようなものがない。
まるで小動物だ。

「いやすまん、お前を責めてるわけじゃないんだ。」

凪は子供たち一人一人の紹介をはじめた。
記憶の無いシンジにとっては全員が初対面だという事の配慮だ。

「最後にこの子が山岸マユミ、」
「こんにちは」
「こ、こんにちは」

シンジとマユミが挨拶をする。
そのときメガネごしに2人の視線が交差した。

「な、なに?」

じっと自分を見つめるマユミの視線にシンジの顔が赤くなる。
しかし反対にマユミの顔は青くなった。

「ど、どうしたの?」
「…すまんシンジ、病院の消毒の匂いによってるようだ。外の空気を吸わせてくる。」

そう言うと凪はマユミの体を支えながら部屋を出て行く
シンジ以外の全員を見まわして視線でついてくるように促した。

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「…どうだった?」

病院の外まで行くとマユミをベンチに座らせて凪が質問した。
ほかの全員も輪になってマユミの言葉を待つ。

マユミはじっと自分の足元を見ていた。
答えられないと言うより困惑しているようだ。

「…なかったんです。」
「なかった?なにが?」
「…シンジ君の記憶が無いんです。」

マユミの言葉に全員が苦い顔になる。

「…しかしシンジは記憶喪失なんだ。記憶が無くて当然だろう?」
「そうじゃありません!」

マユミの叫びに皆が目を丸くする。
いつものマユミからは想像出来ないほどうろたえていた。

それに気がついたマユミがはっとして自分の口を押さえる。

「……すいません」
「いや、いい…それよりどういう事なんだ?」
「私の能力は“記憶”を読みます。本人が忘れてしまったような事でも…でもシンジ君にはその記憶自体が無いんです」

その言葉に状況がかなりまずい事を皆が理解した。
シンジは記憶を忘れているわけじゃない。
パソコンのハードディスクを持ち去られたように・・・文字通りの意味で記憶がないのだ。

「使徒のあの光…」

ムサシが苦渋の表情で吐き捨てた。
一体どんな方法でシンジの記憶を文字通り奪ったのか分からないが他に考えられることは無い。
凪がムサシの言葉にうなづく。

「多分間違いはあるまい」
「私のせいだ…」

アスカがつぶやくようにいった。

「私の身代わりでシンジが…」
「惣流、お前のせいだけではない。誰であれシンジは救おうとしたはずだ」
「でも!!」

凪は黙ってアスカの肩に手を置いてうなずいた。
アスカが徐々に平静に戻っていく。

「…シンジは大丈夫だ」
「…はい」

うつむくアスカを慰める凪にマナが話し掛けた。

「でもどうするんですか?」
「…あてはある。」

そういうと凪はシンジの病室に戻るために足を向けた。
凪としては多少癪ではあるがこの状況で頼りに出来るのは一人だけだ。

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「ど、どうかしたんですか?」

シンジは病院の屋上に来ていた。
いきなり戻ってきた凪たちに連れ出されたのだ。

「おい、出て来い」

凪がそう言うとシンジは怯えた顔になる。
しかしそんなシンジに凪はお構いなしだ。

次の瞬間・・・シンジの顔に左右非対称の笑みが浮かぶ。

「…あまりシンジ君を脅かさないでくれるか?」

口調が自動的なものに変化する。
ブギーポップが出てきたのだ。

「お前は無事だったのか?」
「…あの時、体の主導権を握っていたのはシンジ君だった。それが原因だろうね。」
「シンジはお前の事を覚えていたのか?」
「いや、忘れているよ。と言うより僕達に関する記憶を持っていかれたって感じかな?」

伊達にシンジと体を共有していないようだ。
今のシンジの状態を一番分かっているのはブギーポップだろう。

「わかってるじゃないか、それで今シンジはどうしてる?」
「僕が事情を説明して今は協力してもらってる。」
「…お前の事も忘れてるんだろう?よく協力してるんだな…」
「…協力と言うより…怯えられてるんだ。」
「なるほどな…」

凪は納得した。
自分がなぜここにいるかわからない。
自分の名前を呼ぶ人間が誰かわからない。
自分の中にいるブギーポップがわからない。
これだけわからない事だらけでよく発狂しないものだと逆に感心してしまう。

「・・・とにかく様子を見るしかない」

ブギーポップの言葉に皆が頷く
結局はそれしか手はないのだ。

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「ここがお前の家だ」
「・・・ここがですか?」
「ああ、そうだ。」
「お、お邪魔します。」

シンジはおどおどしながら玄関を上がる。
そんなシンジに凪がため息をついた。

「・・・シンジ、ここはお前の家なんだぞ?」
「そ、そうですよね、じ、じゃあただいま・・・かな?」

凪が退院したシンジをシンジの家に連れて帰った。
そもそも体が健康なのでこれ以上病院で出来る事はない。

だとしたらすこしでも早く日常に復帰して記憶の回復に努めたほうが良いというのが医師の判断だ。
それは間違いじゃないだろう。
日常にちょっとしたことがきっかけで記憶が戻ることはありえる・・・普通なら・・・

部屋に入ったシンジが自分の家を不思議そうに見回した。
記憶がないためにすべてが新鮮だ。

「ここに一人で住んでいたんですか?」
「・・・一応な・・・どうかしたのか?」
「いえ、預けられていたところでも一人暮らしみたいなもんでしたから・・・」

シンジは苦笑する。
シンジは一人だった。
預けられた家でも・・・そしてここでも・・・そう思っているのだろう。
シンジの事情を知っている凪が沈痛な表情になる。

「あのなシンジ?」
「霧間さん?」
「ん?なんだ?」
「ぼくはどういう人間だったんですか?」

凪は唐突に自分の事を聞いてきたシンジに面食らうが考えてみれば記憶喪失の人間が一番知りたいのはそれだろう。

「・・・あいつに聞いていないのか?」
「一応聞いてはいるんですがとても信じられなくて・・・」
「・・・仕方ないか・・・」

実際シンジがしてきたことは常識を地平のかなたに吹き飛ばすようなことだ。
信じるほうが普通じゃない。

「ぼくがエヴァってのに乗って怪物と戦っていて・・・ぼくの中にいるブギーポップって人と世界の敵?ですか?そんなのと戦っていたなんて信じられません」
「・・・事実だ。」

凪は目の前でおどおどしているシンジを見てため息をついた。
ブギーポップとの記憶がないということは逆に言えばこれが本来のシンジという事だ。
彼にとってブギーポップとの出会いはまさに人生を変えるほどのものだったという証明だろう。

「霧間先生」
「ん?なんだ?」
「聞きたいことがあるんですが」
「・・・自分の事だな?いいぞ、俺の知ってることなら何でも答えてやろう」
「はい、あの・・・ぼくは父さんとの縁を切ったって本当ですか?」

いきなりの直球な質問に凪は顔には出さないが心のなかで動揺していた。
この町にきてからの記憶がないことを考えれば仕方のないことだが
最初の質問にそれを持ってくるあたりこのシンジは父親に希望を持っているのだろう。

シンジ達の関係は話を聞いただけであるが凪にはそれは無理だとしか思えない。

「・・・そうだ」
「・・・そうですか」

そう言ってうつむくシンジを凪は気の毒そうな目で見る。
いつものシンジは絶対こんな姿を見せはしないが本心はどうだったのだろう?
自分達はシンジの強さにその内心を見抜けてなかったということはないだろうか?

「霧間先生?」
「え?あっすまん、なんだ?」
「他にも聞きたいことがあるんですが・・・」
「いいぞ、遠慮するな。お前にとっては重要な事だ。」
「はい、あの・・・ぼくが縁を切ったときに父さんから10億ふんだくったって本当ですか?」

凪は苦笑するしかない。
親から10億なんて大金をふんだくったのはシンジくらいのものだろう。

「本当だ」
「じ、じゃあ・・・ぼくが女の子達を独占していたってのは本当なんですか?」
「・・・ちょっとまて、あいつが言ったのか?」
「いえ、なんと言うか・・・」

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綾波レイの場合

「シンジ君がどういう人だったか?・・・私の大事な人・・・」
「ぼ、ぼくが?」
「そう、あなたは私が守る・・・」
「あ、ありがとう・・・」

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霧島マナの場合

「シンジ君がどういう人だったか?そんなこと聞くなんてやぼでしょ」
「ど、どうして?」
「わ・た・しシンジ君のこと気になってたんだから・・・ってきゃあ!!言っちゃった!!」
「・・・・・・」

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山岸マユミの場合

「シンジ君のことですか?そうですね、私にとって運命的な事でした。」
「う、運命?」
「はい!!初めてでした。あんなに興奮したのは・・・」
「初めて?興奮?ぼくは何やったんだ!!」

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惣流・アスカ・ラングレーの場合

「シンジがどういう人だったか?あんたばか?自分の事他人に聞いてどうすんの?」
「それが分からないんだよ」
「ああ〜もう、そんな自信なさげな顔しないでよ・・・調子狂うわ!!・・・なんでこんな奴に・・・」
「え?なに?」
「なんでもないわよ!!」
「でもさっき・・・」
「男が小さい事気にすんな!!」

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ムサシの場合

「シンジの事?そうだな…一言で言うとうらやましいやつかな」
「うらやましい?」
「そうだ、なんせ彼女候補が何人もいやがるのに全然一人にしぼらねんだ。」
「そ、それは…」
「あんなかわいい子達ばかりいるのに何が不満なんだシンジ!!」
「そ、そんなのわかんないよ!!」

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ケイタの場合

「シンジ君の事?そうだな…完璧超人?」
「な、なにさそれ?」
「あんなになんでもできるなんて…神様って不公平だとおもわないかい?」
「な、何で血走った目で近づいてくるのさ!!」
「べつに〜ちょっとドライブに付き合わないか〜い?」
「な、なぜ?」
「一緒に神の領域に殴りこみかけよう!!」

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「…あいつら」

凪は頭を抱えた。
握ったこぶしが危険に震える。

「ど、どうかしたんでしょうか?」
「…いや、何でも無い。とにかくあいつらに一言っとかんとな…拳で語っておく。」
「そ、そうですか…」

なぜか妙に凄みのある笑いを浮かべた凪にシンジが一歩引いた。

夕食時

「霧間先生、なんですかこれは?」
「なにって夕食だろ?今日は綾波と山岸が腕を振るったようだな」

シンジの家の食卓には焼いた秋刀魚を中心として冷奴、味噌汁、ほうれん草のおひたしなど和食なメニューが並んでる。
しかしシンジが驚いたのはそこじゃない

「ぼくは一人暮しだったはずじゃないですか?」
「その通りだ。ここにいる皆は他の部屋から食事時になるとお前の部屋に集まって食事をするのが普通なんだ。」

シンジの視線の先にはアスカやマナなどいつものメンバーが食卓にそろっている。
十人近い人数がいつも自分と食事していると聞けばそれは驚くだろう。

「シンちゃん、何かおもいだした?」

ミサトが心配そうに聞いてきた。
シンジの記憶がないのを気にしているのだろう。
作戦部長である彼女はシンジの今の状態に関しても責任を感じていた。

「…いえ、すいません」
「そう…無理はしないでゆっくりいきましょ。きっと記憶は戻るわ」

ミサトの言葉に他の皆がなんともいえない顔をする。
シンジの記憶喪失の原因は使徒にあるのはミサトも見当がついている。

しかしその先を彼女は知らない。
シンジの記憶はショックなどで無くしたわけで無く
マユミにいわせると“記憶が無い”…つまり使徒にもって行かれたのだ。
普通の方法で記憶がもどることはあるまい・・・

「さあ、食事にしよう」

凪の一言で皆が料理に箸をつける

ピンポーン

「あれ?だれかしら?」

アスカがチャイムに立ちあがって玄関に行く

「だれ?」

アスカが扉を開けるとそこにいたのはリツコだった。

「こんばんは、シンジ君の様子はどう?」
「リツコ?シンジの様子を見に来たの?」
「あたしだけじゃないわよ」

リツコが体をずらすとそこにいたのは…

「今晩は葛城さん」
「こんちゃ〜っす」
「こんばんは」
「よう葛城」

日向、青葉、マヤ、加持の4人だった。
皆シンジを心配してかけつけたのだ。

5人が加わってシンジの家の夕食はさらににぎやかな物になったがシンジはどこか浮かない顔だ。

「ふう…」

夕食後・・・シンジはベランダで涼んでいた。
部屋の中からは皆の笑い声が聞こえる。

「つかれたか?」
「え?あ…霧間先生…」

いつの間にか現れた凪はだまってシンジの隣に並ぶ

「人が多いのは苦手か?」
「いえ…はい…本当にぼくはこんなにたくさんの人と一緒に生活していたんですか?」
「そうだ」

凪ははっきりと答える。
それだけは間違いがない・・・シンジの周りにはいつも誰かがいた。

「俺から見てもお前はすごいやつだ。…面とむかっていうのは照れるがな…」
「そんな…」
「信じられないか…まあいい、それよりシンジ?」
「は、はい?」

凪は真剣な、それでいて優しげな顔でシンジを覗き込む。
それを見たシンジの顔が思わず赤くなった。

「記憶が無くて不安なのは知っている。っと言っても俺は記憶喪失になった事は無いがな…」
「はあ…」
「それでもこれだけはわかってくれ、俺達はおまえの味方だ。」
「ぼくの…」
「そうだ。そしておまえはここにいる皆を守った…だからこそ彼らはここにいることが出来るんだ。」
「ほんとうにぼくが…」

シンジにはその言葉を信じる事が出来ない
自分にそんな事ができるということが信じられないのだ。

そんなシンジを見て凪は苦笑した。

「事実だよ…そろそろ戻ろう、冷えて風邪をひくといけない…」

凪はそう言うと部屋の中に戻っていった。

残ったシンジはうつむく。
そのまましばらくなにかを考え込んだ後、シンジは顔を上げて部屋に戻り皆の輪に加わった。

しかし…やはりその笑いはぎこちない…
そこにあったのはシンジの知らない「碇シンジの日常」だったから・・・






To be continued...


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