天使と死神と福音と

第玖章 外伝 〔一期一会〕
後編

presented by 睦月様


いつもの実験場・・・
いつものシンクロテスト・・・
いつもの緊張した空気・・・

だが・・・

「・・・ねえ日向君?」
「なんでしょうか?」
「今日のリツコ何かおかしくない?」

ミサトの視線の先には直立不動でデータをチェックするリツコがいた。
しかし彼女を良く知るミサトは目の前の彼女がリツコかどうか疑っている。

「ええ・・・なんと言うか・・・いつもよりほのぼのとした感じが・・・」

そういうと日向はリツコから目をそらした。
これ以上見ていると笑ってしまう。

日向の言う通り今日のリツコはご機嫌だ。
終始笑顔が絶えないし・・・何というかいつもの突っ張った空気がない。
その理由は間違いなく・・・

「そっか・・・それじゃ〜あのポケットにいるのも見間違いじゃないのか・・・」

ミサトは視線を少し下げた。
リツコの白衣のポケットから白いものが顔を出して周りを見回している。
緑の視線がミサトを捉えたが興味がないのかすぐに別な方に視線を向けた。

「・・・猫よね」
「はい・・・」

なぜ?と言う疑問はここにいる皆が抱いている。
コレがほかの人間ならさっさと子猫の事を聞いていただろう。
しかし相手が悪い。

リツコは自他共に認めるネルフトップの一人だ。
しかも彼女はゲンドウの次にとっつきにくい部分がある。
ナチュラルに人を遠ざける雰囲気を発散しているゲンドウほどではないが進んで話しかけるには気が引けるタイプの人間である。
普通ならこういうときに真っ先に聞くだろうマヤはもう既に事情を知っているのか子猫の事を聞くそぶりすらない。

二人以外の職員達は聞きたい衝動を必死で抑えている。

「・・・しゃあないか・・・」

この場でマヤ以外にリツコに突っ込みを入れられそうな人物が立った。
10年近くの付き合いがあるミサトだ。
彼女なら階級的にもリツコに引けをとらないのでうってつけとも言える。

「リツコ?」
「な〜に?ミサト〜♪」

ズザザザ!!っとミサトだけでなくこの場にいる全員がリツコから距離をとった。
それをしなかったのはマヤだけだ。

他の皆は目の前で今まで見たことも無い様ななとろけきった笑顔を見せるリツコがいる。

「な、なに?新手の精神汚染?使徒の攻撃!?日向君!!」
「パ、パターン青は検出されていません!!」
「ミサト・・・貴方達も・・・普通の振りしてパニックになっているわね?」

ミサト達はゆっくりリツコを振り返った。
ここまでされればいつものリツコなら確実に怒るか、そうでなくても不機嫌になるはずだ。
そう思って振り向いたミサト達が見たものは・・・

「「「「「!!!!!」」」」」

・・・強烈だった。
ある意味怒って角でもはやしていたのならまだ良かった。

全員が見たリツコは・・・微笑んでいたのだ。
しかもただの微笑ではない。
たとえるならば母親の・・・いたずらした子供に対して寛容さを見せるあの微笑だ。
言葉にするなら「あら、悪い子ね〜この子は〜♪」ってな感じである。

「ご、ご機嫌ね・・・・」
「ええ、今なら貴女の愚痴にも笑顔で付き合って上げられるし、書類整理も手伝ってあげるわよ。」
「・・・・・・」

なんと言うか・・・まぶしすぎるリツコから視線をそらしたミサトは日向を見る。
視線で「本当に使徒じゃないんでしょうね?」と問いかけるが、日向は壊れた人形のように何度も頭を前後に振る。
どうやら希望は費えたらしい。

「ところでミサト?」
「ひゃい?」
「何変な返事をしているの?」

今日のアンタのほうがよっぽど変だといってやりたかったが我慢した。
なんとなくそんな皮肉さえ受け入れられてしまいそうでやるせなかったから・・・

「・・・その猫は何?」
「あ、気づいたの?♪」

「気づかないでか!!」というここにいる全員の心の声が聞こえなかったのはリツコだけだろう。

「シンジ君が預かってくれって言って連れてきたの、昨日の雨の中で拾ったらしいわ〜♪」
「シンちゃんが?っていうかご機嫌なのはわかったから・・・もう少し大人の会話をしましょう?」
「そう?分かったわ〜♪」
「・・・・・・」

聞いちゃいない・・・いや、聞いてはいるのだが右から左に重要な部分が抜けていっている。
分かったことはやはりこの性格反転の原因は子猫にあるということだ。

「何でそんな子猫を連れてくるのよ?」
「ついてきちゃうのよ〜」

そういうとリツコは子猫をポケットから出して床に下ろす。

「にゃ〜〜?」

子猫はリツコを見上げながら鳴いた。
とことことリツコに擦り寄るとひらめく白衣にじゃれつき始めた。

「にゃう〜」
ズキュウン!!

そのどこまでも愛くるしい仕草と無垢な姿を見ていた全員の心に拳銃の発砲音が響いた。
一発で撃破されたらしい。

「ふふふっ・・・この子、私が着ている白衣をお母さんと思っているのかしら?ほうっておくとどこまでもついてきて離してくれないのよ。」

全員の視線の先で子猫がリツコの白衣をかんで遊び始めればもう何も言えない・・・しかもそんな子猫を母親のような目で見下ろすリツコ・・・こうして汚染は始まった。

---------------------------------------------------------------

「・・・六分儀?」
「なんだ?」

いつもながら暗い司令執務室・・・書類整理をしていたゲンドウに冬月が話しかけた。
いつものように将棋の棋譜を並べているが、この暗い室内では目が悪くなること請け合いだ。
しかもゲンドウはいつものサングラスをかけていて、わざわざ室内でかけている意味が分からない。
本当に書類が見えているのだろうか?

「子猫の話は聞いているか?」
「子猫だと?」

ゲンドウが書類から視線を上げて冬月を見た。

「何の話だ?」
「赤木君がシンジ君から世話を頼まれた子猫らしいのだがな」
「それがどうした?」
「じつはな・・・」

ここ数日で件の子猫はネルフで知らないものはいなくなった。

なぜかというとリツコがどこに行くにも子猫がついてくるからだ。
まるで母猫について歩くがごとく子猫はリツコの後ろをついて回る。
やはりリツコの言うとおり白衣の白さを母猫と勘違いしているのかもしれない。

そのなんとも愛くるしいしぐさに見とれて仕事がおろそかになる職員が増えているのだ。
連れているリツコも悪意があってやっているわけではないし、相手が子猫では文句も言えない。

「・・・問題だな・・・赤木博士の仕事の邪魔になっているのか?」
「いや、そうではない。」

子猫の被害はリツコだけには及んでいない。
子猫を連れている本人なのだからもっとも影響を受けているはずなのだが・・・これには理由がある。

リツコはきわめて理性的な人物だ。
そんな公私混同はしない。
仕事中は自分の執務室でない限り子猫を白衣のポケットに入れている。
こうなるとまだ小さな子猫では這い出すことは出来ないので他の人間の邪魔は出来ない。

子猫が退屈で鳴きそうになるとリツコは片手を猫に甘噛みさせながら反対の手だけで仕事をこなす。
リツコだから出来る荒業だ。
完全に仕事と子猫の相手を両立させている。

「・・・それでは何が問題なのだ?」
「彼女な、子猫と遊ぶ時間を作る為に仕事の処理速度が数倍に跳ね上がっているらしい。」

子猫が来てからリツコの仕事のスピードはすでに神の世界に片足を突っ込んでいた。
普通なら数日かかるプログラムを数時間で仕上げてしまうのだ・・・しかも完璧に・・・
その後リツコは子猫と思う存分戯れると言うわけだ。

しかもいつも固いイメージのリツコが子猫に向けるやさしい表情がいわゆるツンデレ状態になって最近のネルフではリツコの人気が急上昇していて仕事の遅れに拍車をかけていた。

『私の先輩なのに〜』

と言うのは某オペレータの談

「・・・問題ない」
「そうか?」
「?・・・何が言いたいのだ?」
「いや・・・」

冬月はかって大学で教鞭をとっていた人物だ。
それゆえに人というものをゲンドウよりは知っている。

「赤木君の状態は普通じゃない。何らかの反動が来なければいいが・・・」

---------------------------------------------------------------

同時刻、ネルフ社員食堂

ここ数日、赤木リツコはご満悦だった。
理由は目の前にいる子猫にあった。
リツコの目の前で一心不乱に食事をしている姿に笑みがこぼれる。
その姿はとてもほほえましくて周りで見る職員達も温かいものを感じていた・・・・・・・・・・・・・・・・のだが・・・

(ふふふふふふふ・・・母さん、女として、科学者としてならともかく、母親としては貴女には勝てないと思っていたけれど・・・思ったより早く貴女を超えられそうよ。私にはこの子がいるわ)

・・・やはりリツコはリツコのようだ。
思考のベクトルが凡人のものじゃない。

「え・・・っと・・・」

聞き覚えのある声にリツコが顔を上げた。
そこにいたのは案の定シンジだ。

「シンジ君?どうしたの?」
「あ、はい・・・」
「なにかあったの?言い辛そうにしているけれど・・・」
「ええ・・・まあ・・・」

不思議そうな顔をするリツコにシンジは数秒ためらった後、意を決して話し始めた。
それがリツコの至福の時間の終わりだと言うのは分かっていたが・・・

---------------------------------------------------------------

「どうもありがとうございました。」

小学生くらいの少年が頭を下げる。
その足元では二匹の猫が戯れている。
一匹はあの子猫だ。

そしてもう一匹は子猫に良く似た真っ白い毛並みのメス猫・・・明らかに子猫の母猫だろう。
二匹は会えたことがよほど嬉しいのかじゃれあっている。

「こいつ、生まれたばかりなのにいつの間にかどこかに行っちゃって・・・死んじゃったかと思っていたんです。」

年の割りに丁寧な言葉遣いをする少年はそういうとシンジ達に頭を下げた。
瞳に涙があるところを見ると本当に心配していたようだ。

今シンジがいるのは少年の家の玄関、隣にはリツコが立っている。
その顔は無表情で猫達を見ていた。

発端はシンジだ。
下校途中、シンジの目に留まった一枚の張り紙・・・子猫を探していますと言う内容で一緒に印刷されている猫の写真があの子猫のものだったのだ。

「ぼくは何もしていないよ。この子を世話していたのはこの人。」

シンジはそういってリツコを指差す。

「そうなんですか?ありがとうございます。」

少年がリツコに頭を下げた。
リツコのほうはそんな少年と猫達を交互に見ると笑みを浮かべる。
とてもはかなくて可憐な笑みだ。

「いいのよ・・・それよりお願いがあるのだけれど」
「なんですか?」
「時々でいいから・・・この子達を見せてもらいに来てもいいかしら?」
「はい!いつでもどうぞ!!」

少年の返事に笑みを浮かべたままうなずくとリツコは背を向けた。

「ごめんなさい、まだ仕事があって、これから帰らなきゃならないの」

そう言って歩き出すリツコをシンジが追いかける。
少年は二人が見えなくなるまで見送っていた。

「・・・すいません」

リツコに追いついたシンジは隣に並ぶリツコに謝った。

「・・・なんでシンジ君が謝るのかしら?」
「いえ、あの子猫をかわいがっていたのは知っていましたから・・・」

張り紙を見つけたシンジが一番最初に迷ったのはリツコに伝えるかどうかということだ。
リツコの文字通り猫かわいがり振りは知っていた。

シンジが子猫を探している人間がいるということを伝えれば子猫は引き取られてしまうかもしれない。
だが・・・伝えないというのも・・・何よりこの張り紙をほかの人間が見つけないとも限らない。
だからシンジは最後の決断をリツコに委ねた。

「いいのよ、あの子もお母さんのそばがいいだろうし、それにそうしようって言ったのは私だから・・・」

シンジから話を聞いたリツコはしばらく悩んだ後、そう結論を出した。
そこに行き着くまでにどんな思いがあったのかはうかがい知れない。

「・・・そうですか・・・」
「ええ・・・仕事に戻るわね・・・」

そう言ってシンジを残してリツコはネルフに帰っていった。
あの子猫のいない空間に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ここで話が終われば美しかったのかもしれないがそうは問屋が卸さなかった。
なんと言ってもリツコだから・・・・・・・・

数日後

照明を落としたくらい部屋に長方形の光が差し込む。
室内にいるのは一人の女性・・・リツコだ。

部屋の中央でパイプ椅子に座って身じろぎもしない。

「・・・聞かせてもらいましょうか?」

リツコの背後、長方形の光の中から声と共に人影か室内に入ってきた。
赤いジャケットに長い髪を揺らすその姿はミサトだ。

「・・・なんであんな馬鹿なことをしたの?」
「・・・・・・あの子がいなくなったの」
「聞いているわよ。」

子猫が本来の飼い主に引き取られたのはネルフにいる全員が知っている。
そのおかげで無気力になった職員が増えて仕事が滞っているほど・・・あの子猫の影響力がどれほど大きかったのかが知れる。

「だからってアンタね・・・」
「何で通らなかったのかしら?」
「通るわけがないでしょう!?」

バン!!という音が室内に響く。
音源はミサトが床にたたきつけた書類の束だ。
リツコがやれやれという感じに肩をすくめ・・・それがまたミサトの神経を逆なでするがリツコは床に散らばった書類を丁寧に集めた。
書類のトップにはでかでかと・・・

新プラグスーツ製作案

とある。

「説明しなさい!!」
「説明って言ってもね・・・見た通りよ。」
「何で新プラグスーツが猫仕様なのか聞きたいの!!」

書類にあるプラグスーツは・・・猫だった。
インターフェイス・ヘットセットはもちろん猫耳の形をしているし手足はコレでもかというほどファンシーな猫グローブに猫スリッパ・・・もちろん猫尻尾まである。

「ああ!!ったく、何で照明消してんのよ!?」

ほとんど叫ぶような感じでミサトが照明のスイッチをつける。
照明に照らされた室内はリツコの執務室・・・だが、そこはすでに猫屋敷だった。

(解決ビフォー○アフターな感じで)

なんと言うことでしょう〜数日前まで仕事の書類で埋め尽くされた書棚はいまや猫のぬいぐるみの飾り棚に変貌しています。
ぬいぐるみたちも嬉しそうですね、実験書類やスケジュール表を貼り付けていた壁には所狭しと猫の写真・・・皆かわいいですね
仕事一筋で実用一点張りだった机にはさまざまなネコグッズ・・・とても仕事をするスペースはありません。

数日前まで仕事をする場所だったこの部屋のなんと言う変貌振りでしょうか?
部屋の主の心理状態が良く出ています。

(解決ビフォー○アフター終わり)

「だってかわいいじゃない。」
「・・・・・・良くないでしょう?」

リツコに言われてシンジ達がコレを着ている姿を想像したミサトは言いよどんだ。
確かに似合うだろう。
レイやアスカはもちろんのことシンジだってあの女顔だ。
だがそれを認めてしまうといろいろなし崩し的に引き返せないところまで行ってしまいそうで怖い。

「・・・そんなにあの子猫を返したことがショックなの?」
「あなたには分からないでしょうね・・・」

ふっと遠い目をするリツコにミサトは冷や汗が止まらない。
いつの間にか親友は遠く、手の届かない人間になっていたようだ。

「・・・母として勝てる可能性があの子だった。」
「母として?言っていることが良くわかんな心だけど猫が子供ってこと?それってどうよ?」
「・・・・・・」

ミサトの言葉にリツコがうなだれた。
具体的にはミサトの一言で死んだんじゃないかと思うくらい項垂れている・・・どうやら触れてはいけないことだったらしい。

「リ、リツコ?」
「ふふふっ・・・容赦がないわね・・・ミサト・・・分かってはいたけどあえて目をそらしていたことをこうまで抉るとは・・・」
「え?ちょっとリツコ?」
「くくく・・・」

駄目っぽい。
わけの分からない笑い方とかが特に駄目っぽい。
さらにどこを見ているのかすら分からない視線が駄目っぽい。

「あ、あのね・・・リツコ・・・そんなに母親になりたかったら自分で生めばいいかな〜って思うんだけど・・・」
「・・・・・・そうね」
「え?」

すんなり答えが返ってきたことにミサトのほうが面食らう。
見ればリツコはすたすたと自分の横を通って外に出ようとしていたところだった。

「ちょっと待った!」

ミサトがあわててその肩を掴んで止める。

「何?」
「何ってアンタどこに行くつもり?」
「子供っていいわよね〜女として究極の形のひとつだとは思うのよ。」

返ってきた答えにミサトの顔が引きつる。
どうやら時限爆弾のスィッチを押してしまったようだ。

「お、男漁りに行くつもり?」
「あなたと一緒にしてほしくないわね・・・近くに最適な人物がいるのにわざわざ外に男を求める必要なんてないでしょう?」
「・・・かなり気になる事言われた気がするけど後で追求することにするわ、近くにいる?」

ミサトの脳裏に数人の男性職員の顔が思い浮かぶ。

「・・・誰よ?」
「誰だと思う?」
「・・・日向君か青葉君?」
「彼らにはそんな感情は持っていないわ。」
「とすると時田博士とか山岸博士とか?」
「二人とも趣味は合うけれどまだそこまではね、第一山岸博士には娘さんがいるし」

趣味が合うというところを激しく問いただしたかったが藪蛇にしかならないとあきらめた。
その後も発令所のスタッフや保安部など数人の男の名前が上がるがリツコの答えはNOだった。

「ひょっとして副司令とか?」
「あのお年ではね・・・枯れてるんじゃないかしら?」

本人が聞いたらさすがの冬月でも撃沈してしまいそうな言葉だが女二人の間では問題ない。
普通のOLのように上司の悪口を言っているようなものだ。

「じゃあまさか司令とか?」
「・・・・・・・ありえないわね?」
「シンジ君に遠慮して?」
「いえ・・・」

不意にリツコの視線が遠くなる。
何を考えているのかは謎だ。

「・・・どうせなら子供はかわいいほうがいいもの。」
「あ・・・そうね・・・」

リツコの言い分にはミサトも納得だった。
具体的にどうこうと追求しないのが精一杯のフォローだろう。
シンジはおそらく例外中の例外・・・DNAの神秘だ。

「じゃあ誰よ?」
「いるでしょう?最高の人材が・・・」

リツコの笑顔はどこまでも怪しかった。
同時にミサトは理解する。

コノオンナハエガオヲウカベタママデコワレテイル

「・・・誰よ?」
「東方三賢者の一角の血を引いていて今現在まぎれもなくこのネルフの守護者であり人類の守護者、容姿的にも問題ない人物・・・」
「・・・・・・・あんたまさか・・・」

リツコの言う条件に該当する人物は一人しかいない。

「・・・シンちゃんを襲うつもり?」
「人聞きが悪いわね・・・襲ったりしないわよ。」
「そう・・・いくらあんたでも子供に手を出すわけないか・・・」
「ええ・・・そんなことをすれば犯罪だもの・・・やりようはいくらでもあるわ・・・」
「は?」

リツコの言葉に不振なものを感じたミサトが聞き返す。

「方法はあるのよ、人工授精って知っている?」
「リ、リツコ?」

唖然とするミサトの目の前でリツコは白衣からあるものを取り出した。

・・・手術用のビニール手袋・・・

「ちょっと待ちなさい!!アンタそれでシンジ君のピーーーーピーーーーするつもり!?」
「率直ね、もう少し歯に衣を着せなさい。あなたの言っていることは否定しないけれど」
「否定してよ!?」
「大丈夫・・・精液検査の延長よ。」
「んなわけあるか!!」

リツコはうつろに笑う。
なんと言うか・・・夢も希望もなくしたくせにまだ瞳がぎらぎらしているというか・・・そんな感じ。

「大丈夫・・・ちゃんと健康体だって言うのは彼を検査している私が保証するわ。」

ミサトは確認した。
分かりきっていたことだがもう一度確認した。

目の前の親友はもう駄目だ。

何か特定のものを掴むようにわきわきしている指が駄目だ。
まだ妊娠してすらいないのに二人目はどうしようかとか言っている時点で駄目だ。
結論・・・何もかもが駄目だ。

「・・・そう、あんたの言いたいことは分かった。」
「分かってくれたのかしら?」
「ええ・・・あんたをこの部屋から出すわけにはいかない。」

そういうとミサトは扉の前に立ちふさがった。
それを見たリツコの眉がぴくっと跳ね上がる。

「・・・邪魔するつもり?」
「今のアンタは普通じゃない。無理やりにでも病院にいってもらう。」
「スマートじゃないわね・・・それは彼の上司として?それとも家族として?」
「両方」
「二兎を追うものは何も掴めないのよ・・・」

言いながらリツコは浅く腰を落とすと白衣に両手を入れた。

抜き出した左右の手には痴漢撃退用と思われるスタンガン・・・リツコの手が入っているのだろう。
スィッチを入れるとスタンガンの電流がスパークした。
明らかに電圧をいじってある・・・猛獣でも昏倒させそうだ。
殺傷能力はないのだろうか?

「あんた・・・そんなもの・・・」
「主に加持君対策でね・・・一本はマヤに持たせるつもりだったけど・・・」
「あっそ・・・まあそんなことはどうでもいいわ・・・そんな物騒なもの・・・やる気ね?」

加持にフォローを入れないあたり二人の見解は一致しているようだ。
ミサトは黙って懐に手を入れると拳銃を取り出した。

「当然でしょう?大丈夫・・・一瞬で楽に寝れるから・・・」
「永眠って意味じゃないでしょうね・・・」

ミサトは拳銃から弾倉を引き抜くと別の弾倉を取り出してセットする。
暴徒鎮圧用のプラスチックとゴム弾頭の玉だ。
殺傷能力はないが当たればもちろんかなり痛い・・・具体的には死んだほうがましなレベルで・・・

戦いの準備を整えた両者は互いに相手を睨んでいる。

両者の思いは同じ・・・

ならばもはや言葉は不要・・・

己が目的の為・・・

ただ目の前の敵を打ち滅ぼすのみ・・・

ダン!!

踏み出した足は二つ・・・”戦闘”が始まった。

数時間後、実験の詳細をまとめた書類を持ってリツコの執務室を訪れたマヤは床に倒れているミサトとリツコを見つけた。
二人のぼろぼろな様子にパニクったマヤが保安部を呼び出し、救急車を呼ばれる騒ぎとまでなる。

この件はネルフに進入した工作員の仕業ではないかと判断され、当事者である二人も反論しなかった。
本当のことなど言えるわけがない。

これ以後、ネルフの侵入者用の対人設備に多少の予算が回されることになる。

その後・・・正気に戻ったリツコは普通に仕事に戻った。
ただし・・・彼女の執務室には多量のネコグッズが残され、ファンシーなまま(マヤ辺りはお気に入りな様だったが)だったり、週に一度は時間を作って子猫に会いに行く習慣が出来たそうだ。






To be continued...

(2007.07.14 初版)
(2007.07.28 改訂一版)
(2007.10.06 改訂二版)


作者(睦月様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで