今日もシンジは台所で腕を振るう。
第三新東京に来てから料理の腕がめきめき上達していた。
世界の敵を狩るためにきたことを考えるとなんとなく疑問を感じなくもないが皆が喜ぶし、ま〜いいかとも思う。

「シンジ〜」
「ん?」

マナの声に食堂を覗くと皆がテレビを見ていた。
内容はニュース番組

『・・・■○県×△町において大量の死者を出した通り魔事件は発生から一年近く過ぎるもいまだに凶器すら見つからない状態で・・・』

ニュースでは数ヶ月前に話題になった通り魔殺人事件のニュースが流れていた。
いまだ犯人は捕まっていないとアナウンサーが語っている。
さらに、テレビの中のアナウンサーは被害者とその殺害方法の説明に入った。

「これってシンジがいた町じゃない?」
「え?そうなんですか?」

アスカの言葉にマユミが驚く。
シンジはニュースのテロップをだまって見つめた。

そこに流れているのは被害者達の名前・・・数は28・・・

「そうだよ」
「よかったねシンジ君、通り魔に会う前にこっちこれてさ。」

ケイタに適当に応えながらもシンジの視線はテレビから離れない。
何か思いつめたような顔だ。
それに気がついたムサシが話しかけた。

「どうかしたのか?」
「ちょっとね・・・」

どうやら誰かの名前を探しているようだ。

やがてシンジは被害者リストの中にある名前を見つけた。
同時にシンジの顔から表情が消える。

「・・・もう殺人鬼は現れないよ」

シンジはそういうと背を向けて台所に戻った。

「え?なんでよシンジ?」

アスカがシンジの背中に問いかける。
シンジは応える様に出来た料理を持って台所から出てきた。

「その殺人鬼を殺したのがぼくとブギーさんだから・・・・」
「「「「「「え!!!」」」」」」

全員が驚きの声を上げる。

「な、ならなんで教えてあげないのよ!!」
「そうよ、あのあたりに住んでる人たち皆不安でしょ?」

アスカとマナの声にもシンジは無言・・・
シンジの袖を誰かが引いた。

「レイ?」
「・・・・・・何かあるの?」
「・・・・・・」

シンジは苦笑した。
レイに隠し事は出来ないらしい。
妙なところで鋭い子だ。

「まあね・・・」
「・・・教えて」
「人に話すことじゃないよ・・・」

シンジがそう言って前を見ると全員がすでに聞く体勢に入っている。
それを見たシンジが呆れたため息をついた。
どうやら逃がすつもりはないらしい。

「・・・なに?」
「面白そうだから」
「・・・・・・・あのね・・・」
「言いなさいよ、あんたの武勇伝聞いたげるわよ〜」

陽気に聞いてくるアスカにシンジは肩をすくめた。

「人に話すことじゃないし、まして素面で話すのはちょっときつい。」

そういうや否やアスカが家を出て行った。
戻ってきた時には手に缶ビールを一本・・・明らかにシンジ用だろうそれをシンジの目の前に突き出す。

「とことん聞くつもりか?」
「当然」

アスカの性格から引き下がる可能性は皆無だろう。
シンジはため息をつくとアスカから缶ビールを受け取る。

「それは話すってことよね?」
「仕方ないな・・・」

シンジは苦笑すると缶を開けて一口飲んで話し始めた。

「・・・これは罪のお話だよ。」






天使と死神と福音と Outside memory

序章 〔無垢なるがゆえの罪〕
前編

presented by 睦月様







人の住む町には死角がある。
路地裏、下水道、家と家の隙間・・・人と人の間にさえ死角は存在する。
あるいはそこだけが別世界のように・・・・・・たとえそこで何があろうと・・・それを知ることができるものはいない。

時は深夜・・・
夜より黒い漆黒が路地裏に降り立つ

「遅かったか・・・」

住宅街の死角・・・
とあるマンションの路地裏に”それ”はあった。
その姿は人の形をしているがすでに人ではなくなっている。
投げ出された四肢・・・熱を失った体・・・開かれてはいるが何もうつしていない瞳・・・ピクリとも動かない心臓・・・地面に広がるシミは血だ。
黒く広がってその中心にあるものが”死体"と言う元人間であると主張している。

「・・・ブギーさん?」
(なんだい?)
「これって本当に”世界の敵”がやったんですか?」
(多分ね)

シンジは死体を見下ろした。
仰向けに倒れた男の意思の篭らない瞳はガラス玉のようだ。

男は何処かの会社の社員らしくスーツを着た40代位の男で温和そうな顔立ちをしている。
その顔は理解できないものを見たと言う感じで固まっていた。

男の死因は明らかだ。
その胸の部分に刺し傷・・・そこからあふれてきた血の量を考えればこれが致命傷なのは間違いない。

一見すれば通り魔かやくざの抗争に巻き込まれた一般人にしか見えない。

「・・・あまりにも人間くさい殺し方ですね」

”世界の敵”とはこの世界の理から外れてしまった者達だ。
その能力は不可思議、非科学的を地で行く。
むしろこんな"人間らしい殺し方”は逆に珍しい。

(その分安易で確実だ。)
「殺すことを楽しんでるんですか?」
(違うな・・・これはむしろ・・・殺すことにためらいが感じられない。正確に心臓を一突きされている。)
「殺すことをなんとも思っていないか・・・精神異常者ですか?」
(いや・・・というより・・・)

シンジの顔がブギーポップの自動的なものへと変わる。

「まるで殺すということの意味を理解してないような・・・」

その言葉を聞いたのはすでに事切れた男だけだった。

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翌日、シンジは自分の通っている中学校の図書館に来ていた。
机に座って広げているのは今日の新聞・・・昨日の男の記事が載っている。

『深夜の凶行またしても!!』
『犯人いまだ見つからず!!』
『4人目の死者、路地裏で見つかる!!』
『凶器は刃渡り10センチ、幅3センチほどの短刀状の刃物と見られるがいまだ見つからず!!警察の捜査の進展なし!!』

一面から三面まで全部がこういった記事で埋まっている。
さまざまな憶測が飛び交っているようだが犯人に繋がる情報がまったく無いという事では一致していた。

「・・・・・・」

シンジは黙って新聞をとじる。
横目で見るとすぐ横の机に昨日以前の新聞が積み上がっていた。
ここ数日は同じニュースが紙面を飾っている。

内容としては深夜帰宅中の一般人が何者かに刺殺された。
殺され方はみな同じ、鋭い刃物で心臓か頭を一突き。
この点から警察は連続殺人と断定、捜査を開始した。
犯人が刃物を使っている以上その刃物がどこかにあるはず、それさえ見つければ事件は終わる・・・はずだった。

結論から言って、最初の犯行から数日経つが、犯人はもちろん凶器の特定もできてはいない。
しかも被害者たちにはまったく共通点がなかった。
ただひとつ、その帰宅が遅くなって深夜だということだ。

このことから警察は無差別殺人と断定、子供が含まれていないのが不幸中の幸いだがこれは単に被害者が襲われた時間が小さな子供の出歩く時間じゃなかったため事件に巻き込まれなかっただけだろうというのが大方の見方・・・シンジも同意見だ。

警察は深夜の出歩きを禁止したがこの町にも何千人という人口がある。
いろいろな事情があって遅くなった帰宅で運悪く・・・あるいは相手にとっては必然に・・・昨日のような哀れな男が一人出来上がるというわけだ。

連続して起こる通り魔殺人・・・

明日は我が身かと仕事や学校から帰宅時間が早くなったり、極端な話ではこの町から引っ越していく者達までいる。
・・・皆命は惜しいのだろう・・・むりも無い。

今・・・この町は姿の見えぬ殺人鬼におびえていた。

「・・・・・・今回の敵は質がわるいな」

殺人鬼の正体を理解しているシンジはため息をついた。
ブギーポップが出てきている以上これは警察の手におえる事件じゃない。
”世界の危機”を呼び込む”世界の敵”の仕業なのだ。

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再び月が空を飾る時間、すでに町は真っ暗で開いている店はない
この町は特別夜が早いというわけじゃないがここのところの通り魔殺人のせいで遅くまで店を開けるのは禁止された。
もっとも言われなくても店は閉めただろうが・・・そのせいでこの時間は町の明かりはまったくない。
明かりをつけていたら誘蛾灯のように殺人犯を呼び込んでしまうと恐れている。

無人の町・・・そして無人のビルの屋上に人影があった。
黒いマントをつけて筒のような帽子をかぶった小柄な人影・・・シンジだ。

頭上を見上げれば満天の星空、町の明かりがないことで星の輝きがはっきり見える・・・殺人犯のおかげで星がきれいに見えるとは皮肉なものだ。

「世界の敵がどこにいるかわかりませんか?」
(無理のようだ。まったく気配を感じない、向こうから目の前にきてくれないと無理だろうね)
「そうですか・・・そんなに気配を消すのがうまいんですか?」
(というよりもともと隠密性が高いのかもしれないね、殺した死体からはちゃんと気配の残り香がしていたから皆無というわけじゃないだろうが・・・今回の世界の敵はまず見つけるところからはじめないといけない。)
「早くしないとまた被害者が・・・」
(・・・遅かったか・・・)

いきなりブギーポップの言葉が緊張をはらむ。

「え?どういうことですか?」
(血の匂いがする・・・近い)

シンジは一瞬の躊躇も無く屋上から飛び出した。
地面を蹴り、手摺を乗り越えて空中に飛び降りる。
瞬間的にブギーポップと入れ替わったシンジの右手からワイヤーがとんだ。
ビルの突起に絡み付いて落下速度を殺す。

「・・・この血の匂いの量・・・死んだか・・・」

ブギーポップは町の中を縦横無尽に走る。
やがて最後の角を曲がったところにあったのは女の死体だった。

それを見た瞬間、シンジが出てきて不快そうににらむ。

「額を・・・一撃か・・・」

女性の額には刃物のあとがあり、そこから流れ出る血がこの血の匂いの原因のようだ。
正確に眉間の中心を突かれている。

「・・・女性まで・・・見境なしか・・・」
(シンジくん?)
「はい?」
(血の匂いは続いている・・・)
「・・・おいかけましょう」

シンジはすでに事切れている女性の瞳を閉じさせるか迷ったがそのままにして走り出す。
結局それは生きている自分の自己満足にしかならないと思ったからだ。
今は殺した相手を追うほうが供養になる気がした。

ブギーポップに言われたとおり走るシンジはやがて住宅街にたどり着く。

「・・・どこですか?」
(すまない、ここまでのようだ。相当に匂いが薄れてしまっている。)

シンジは舌打ちしてあたりを見回す。
ここは住宅街だ。
周りは家だらけでどこに入ったか見当もつかない。

「この近くには間違いないんですよね?」
(ああ、ここまでは間違いなく匂いが続いていたからね)
「必ず見つけてやる」

シンジは唇をかみながら誓った。

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翌日、シンジは制服姿で同じ住宅街を訪れた。
学校はさぼり
一応は風邪と連絡を入れてある。

シンジは預けられている叔父の家の庭に造られたプレハブに住んでいた。
一見いじめにも見えるがこういう時はそれがありがたい。
もともと叔父達の家族にそのあたりを期待してはいないのだからよほど好都合だ。

「・・・ちょっと暑すぎる。」

シンジはぼやいて日陰になっている壁に寄りかかる。
少し暑さに疲れた。
セカンドインパクトで四季を無くし、夏だけとなったこの国の日差しは一年通じて暑い。

「もうすこしヒントがほしいな・・・」

誰に言うでもなくシンジがぼやいた。
そもそも敵の姿どころか能力さえいまだ漠然としているのだ。
ブギーポップにもわからないんではどうやって世界の敵かどうかを判別するというのか・・・

しかも昼間とはいえ住宅地に人気は少ない
その理由は簡単で、今は昼間、太陽が最も高く上がって憎しみがこもってそうな陽射しを地面に向けている。
こんな中をわざわざ歩き回ろうとする物好きはいない。
外出するなら普通は夕方か朝の涼しい時間を狙うだろう。

今外を歩いているのは目的を持ったシンジくらいのものだ。

「・・・やっぱり受身になるしかないんでしょうか?」
(問題はなぜ被害者が夜中にしか出ないかって所だね、理由はわからないが世界の敵は夜しか動かない。)
「それはそうですけれど・・・でも夜を待っても今のままじゃ被害者を出すだけだし・・・」

シンジは昨日の被害者の死に顔を思い出した。
何が起こったのかわからずに死んだという感じの死に顔
苦しんだ様子がないのがせめてもの救いか・・・

「・・・もうこれ以上は・・・」
(わかってるよ、もう少し探ってみよう。ひょっとしたら気配を感じるかも知れない。)
「ありがとうございます。」

シンジはよりかかっていた壁から立ち上がった。

「ねえおにいちゃん、誰と話してるの?」
「っつ!!」

いきなり話しかけられた声にシンジはその場を飛びのく
見るとさっきまで寄りかかっていた壁のすぐ隣に門がある。
鉄柵状の門で頑丈そうなつくりだ。
その鉄柵の先に男の子がいる。
おそらく5歳くらいだろう、すこし金髪がかった髪と鳶色の目・・・ハーフかもしれない。

(ま、まったく気づきませんでした・・・)
(僕もだよ。なんで気づかなかったかな?)

シンジ達が戸惑っていると男の子がにっこり笑って口を開く

「お兄ちゃんお名前は?」
「え?・・・碇シンジ・・・」
「シンジお兄ちゃん?僕はね・・・」

男の子は何が楽しいのか初対面のシンジをニコニコ笑いながら見ている。
その無邪気さとにつられてシンジも笑い返す。

「僕は睦月・ステイン・アレイスターっていいます。」

男の子はそういうとシンジにお辞儀した。

「え・ああ、よろしくね」

あんまり礼儀正しいのでシンジは少しうろたえてしまった。
今日びこれほど礼儀正しい子供も珍しい。

「ステイ〜ン」
「あ、おとうさんだ」

ステインは振り向くと声の主の下に走っていく。
そこにいたのはおそらく中年くらいの年の男
髪の色や目の色は黒で日本人のそれだが顔立ちにステインと共通点があるから間違いなく父親だろう。
長袖のシャツとジーンズというラフな服装でなかなかのの美丈夫だ。

「おや、あれはどちらさんだい?」
「シンジお兄ちゃんだよ」
「シンジくん?」

男は門の外にいるシンジに向かって近づいてきた。

「はじめまして、ステインの父の睦月 ユタカです。」
「え?ああ、ご丁寧に・・・碇シンジです。」

初対面の相手にいきなり頭を下げた挨拶をされてシンジは思わず恐縮してしまった。
ステインの礼儀正しさは間違いなく父親譲りだろう。

・・・これがシンジと睦月親子の出会いだった。

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数日後・・・

「くそ!!」

黒いマントに身を包んだシンジが苛立ちを隠しもしないで悔しがる。
シンジの目の前には一人の男が倒れていた。

警察の制服が赤く染まっている。
今夜の被害者だ。

不定期に発生する殺人に警察は総出で深夜のパトロールを開始した。
もちろん住人達で深夜に出歩くバカはいなくなったが、しかし・・・死者はなくならなかった。
今度はパトロールの警察官が殺されたのだ。
しかもこれだけの殺人を犯していながら痕跡がまったく残っていない。

「・・・一体誰なんだ・・・」

シンジは悔しげに防げなかった殺人を見下ろしていた。

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シンジはここ数日住宅街に通っていた。
なんと言っても世界の敵に繋がる手がかりはここにしかない。
シンジもさすがに何日も学校を休むわけにも行かず、朝や夕方に地道にこの場所を回っていたのだが成果はない。
いまだ世界の敵の正体は不明だ。

「ねえシンジお兄ちゃん?」
「え?」

名前を呼ばれたシンジが声の主を見るとステインだった。
いつものように柵状の門の向こうから手を振っている。

睦月親子の家もこの住宅街にある、当然睦月親子の家の前も通る事になりステインとは顔見知りになっていた。
シンジは門を開けて家の中に入るとステインの頭をなでてやる。

「今日も一人で遊んでいるのかい?」
「うん」

ステインはシンジの言葉に笑って答える。
シンジもしばらくは気づかなかったのだがステインはこの門から外には出ないように言われているらしい。
幼稚園にも通っていない。

ステインの父のユタカに聞くと、ステインがいじめられないかと心配しているらしいのだ。
日本に住んでいる国民の大半は日本人だ。
外国人も住んではいるがその数は少数で9割は黒髪黒目の黄色人種・・・
しかも多少閉鎖的な部分がある。
特にユタカは生粋の日本人だからハーフのステインがこの日本という社会からのけ者にされることを心配していた。
実際いじめられた経験のあるシンジには他人事とは思えない。

もちろん一生と言うわけでなく、ある程度子供たちに分別と言うものが芽生えてから学校に通わせると言うのがユタカの意見だ。

「ステインの母親は亡くなっていてね・・・私はあの子が心配なんだよ・・・」

最後にそう付け足したユタカの顔が忘れられない。
これが父親かとシンジは感動したものだ。

門の外に出ないことにしても5歳児を外に出すのが怖いと言う理由からだ。
まあ5歳児では仕方がない。
一人で出歩かせるのは確かに危険だろう。
当然と言えば当然な理由だ。

「ニャ〜」
「ん?」

泣き声にシンジが見ると子猫が家のほうからこっちに走ってくる。
ステインの足元まで来ると足にほお擦りを始めた。

「可愛いね・・・どうしたの?」
「迷い込んできたんだよ」

ステインは足元の猫を抱き上げてシンジに見せる。

(外国人の血が入っていると何をしても絵になるな)

猫を抱いたステインはポートレートになって売ってそうなほどに絵になっている。
日本人だとこうはいかない。

「ねえステイン?」
「なに?」
「家から出ないと退屈じゃない?いつもはどうやって遊んでるの?」
「え?いつもは・・・」

ステインはポケットから何かを取り出す。

「これ」

それはナイフだった
果物ナイフくらいの大きさだが重心の位置が微妙に違う。
投げナイフ用のナイフなのだろう。

「へ〜でも危なくないかい?」
「危ない?」
「だって怪我するだろ?」
「大丈夫だよ」

ステインはにこやかな笑顔でシンジに笑いかける。
怖いとか危ないとかかけらも思っていないらしい。

「急所に当たらなければ死なないよ」
「・・・・・・え?」

シンジは思いもかけない言葉に一瞬呆ける。
何か今不穏当な言葉を聞いたような・・・

「シンジ兄ちゃん見てて」

そんなシンジにお構い無しにステインは手近な木に向かってナイフを投げる。
それは木のど真ん中に刺さった。

木に刺さったナイフを回収したステインは続けて何回も投げるがすべてが同じところに刺さる。
かなり正確でほぼ同じところに刺さる・・・とても5歳児のナイフ投げとは思えない。

「・・・うまいね」
「でしょ?」

シンジは得意になっているステインの背中をみながらさっきのステインの言葉を考えていた。
急所に当たらなければ死なない・・・どういう意味だろうか?

「・・・・・・」

そしてそんなシンジの背中を家の中からユタカがじっと見ていた。

---------------------------------------------------------------

ビルの屋上に黒ずくめの影がある。
ここ数日繰り返されている光景だ。

「・・・・・・」

シンジはビルの屋上から夜の街を見下ろしていた。
宵の口と言うのにすでに町は無人でゴーストタウンのような有様だ。
しかしそれも無理の無い事で殺人鬼のいるこの町の夜に出歩くなど自殺志願者しかいないだろう。

(・・・どうかしたのかい?)
(・・・・・・いえ)

それは嘘だ。
シンジは昼間のステインの言葉がずっと気になっていた。

急所・・・そこに大きな怪我をすれば致命傷になる場所・・・

殺人鬼は必ず額と心臓を狙っている。
両方とも人間の急所だ。

(・・・偶然かな・・・)

シンジは明日、ステインに確かめようと心に決めた。
そしてシンジの願いもあってかその夜は静かにふけていった。

---------------------------------------------------------------

シンジはいつものように住宅街を見回ると睦月邸に向かった。
程なく見慣れた柵状の門が見える。

「いるかな」

シンジが覗くとやはりステインはいた。
いつものように庭で一人で遊んでいる。

「ステイン?」
「あ、シンジ兄ちゃん」

シンジに気がついたステインがこっちに歩いてくる。
いつものようにニコニコ笑っているステインの姿に思わずシンジの顔がほころんだ。

「今日も一人?」
「うん、一人だよ」
「あれ?あの子猫は一緒じゃないの?」
「殺したよ」
「・・・・・・え?」

ステインの言葉が理解できなかった。
目の前のステインは少し口を尖らせている。

「な、なんだって?」
「だって僕の事引っかいたんだよあいつ」

そう言って自分の手を見せる。
確かに赤くなっている部分があった。
猫にひっかれたという傷だろう。
しかし血などは出てなく、せいぜい蚯蚓腫れといったところだ。

「ステイン?・・・どうやって?」
「え?急所にナイフをさしたから死んじゃったよ?」

シンジはステインの言うことが理解できなかった。
何故この子はにこやかに笑って殺したなんていえるのだろう。

(楽しんで・・・いや違う、これはいつものステインの顔・・・)

その時ブギーポップの言葉がシンジの中に蘇った。
「まるで殺すということの意味を理解してないような・・・」
理解してないから殺せる・・・なんと単純な図式だろう・・・

「・・・ステイン・・・子猫はどこに?」
「え?家の裏だよ?」

シンジはステインに言われたとおり家の裏に回った。
そこにはシンジの予想通りのもの・・・額と心臓の位置に刺し傷のある猫の死体・・・

「・・・急所か・・・」
(どうやらあの子が世界の敵ということだね・・・)

猫の周囲には盛り上がった部分がある。
おそらくこれは墓だ。
今までステインが殺めてきた命たちの数と同じだけの墓・・・

「・・・・・・」

シンジは黙って睦月邸を後にした。

---------------------------------------------------------------

夜・・・シンジは日課のようになった黒装束での監視をしていた。
しかし今回はビルの屋上ではない。
シンジは電柱の上から一軒の民家を見下ろしている。

「・・・・・・」

時刻は深夜・・・
その柵状の門が開いて小さな人影が出てきた。

「・・・ステイン」

小さなステインは周りを見回すと外に出て走り出した。
シンジはその後を気づかれないようについていく。

ステインに目的は無いようだ。
ただ外に出れて嬉しいらしい。
かなりはしゃいでいる。
公園や街中でひとしきり遊んだ後、ステインは自分の家に戻っていった。
最後に門が閉じるのを見届けてシンジはその場を離れる。

---------------------------------------------------------------

翌日、シンジの姿が睦月邸の居間にあった。

「やあシンジ君、息子の相手をしてもらってばかりで悪いね」

睦月ユタカはそういうとシンジに椅子を勧めた。
対するシンジの表情が硬い。

「お構いなく・・・」

シンジが会釈をして椅子に座るとユタカも正面の椅子に腰掛けた。
お互い向き合う形だ。

「それで、聞きたいことってのはなんだい?」
「・・・単刀直入に聞きます。ステインは・・・深夜の散歩の趣味がありますね?」

その一言でユタカの動きが止まった。
しかしすぐにその顔に笑みが浮かぶ。

「・・・あの子、また抜け出したのか・・・」
「やはりご存知で?」
「最近は物騒だからね、気をつけるようには言ってあるんだが・・・」

ユタカは苦笑するがシンジは厳しい顔だ。

「・・・さらにお聞きします・・・最近の殺人鬼・・・あれはステインですね?」

シンジの一言にユタカは青ざめた。
どうやら図星らしい・・・出来れば外れてほしかったとシンジは思っていた。
しかしどうやら予想は当たったらしい。
ユタカの表情を見れば分かる。

「やっぱり・・・何故です!!」

シンジは椅子から立ち上がってユタカに詰め寄った。
その右手を握る。

「ぐあ!!」
「え?」

さほど強く握ったわけでもないのにユタカが大声でうめいたので思わずシンジは右手を離してあとずさった。
演技ではないのはうずくまってうめいているユタカを見ればわかる。

「失礼!!」

シンジはユタカの長袖のシャツの袖を破る。

「これは・・・」

服の下のユタカの体は傷だらけだった。
おそらく刃物のようなものだろう。
まだ癒えていない傷が多い。
長袖のシャツはこれを隠すためのものだったのだ。

「ステインが?」

もう誤魔化しきれないと思ったのだろう。
ユタカは黙って頷いた。

「なぜ!!」
「・・・君には話そう・・・」

事の起こりは1年くらい前の話だ。
その時、睦月の一家は日本にいなかった。
アメリカにいたのだ。
その時は家族は二人ではなく三人・・・母親が生きていた。

「幸せだったんだ・・・」

しかし、ステインが4歳のある日
家に強盗が入った。

「・・・強盗は麻薬中毒者でね・・・しかも一人には医学の知識があった。」

強盗は家にいたステインの母親を殺したらしい。
しかもただ殺すわけじゃなくわざと急所を避けてナイフで刺し、苦しむのを見て楽しんだ上でなぶり殺しにしたのだ。

「・・・あの子は母親が死にたくても死ねない一部始終を見せられた・・・しかもそれを犯人に解説されたんだ・・・何故母親が生きていられるのか・・・知らせを受けて駆けつけた時・・・妻は人の姿をしていなかった。」

ユタカは両手で顔を覆って泣き出した。
悲惨な妻の姿を思い出したのだろう。

「ステインのあの能力は何時?」
「・・・そこまで知っているのかい?・・・事件以来ステインは自閉症になったんだ。あれはたしか事件から一ヶ月ほど過ぎたある日だった。ステインがどこからかナイフを持ち出したんだ。もちろん取り上げようとした・・・妻を殺したのと同じ凶器を息子に持たせたくは無かったからね・・・でも私には触ることも出来なかったよ。」
「幻影?」
「・・・そう言えるかも知れない・・・でも確かにステインはそれを持っていた。いまだに話すことは出来ないようだったがそのナイフを持ったあの子の瞳には感情の光があったんだ。・・・・・・次の日、妻を殺した犯人達は獄中で殺された。どうやってかは知らないが額と心臓を刺し貫かれて・・・同時に息子には感情が戻った。」
「・・・・・・」
「その夜あの子を見たものはいない・・・」

おそらくステインがやったのだ。
だとするとステインがどこからか持ち出したナイフが問題だろう。
触ることさえ出来ないナイフでどうやって殺したのか・・・

「睦月さん・・・ステインのナイフは一体・・・」
「あれはそのままでは触ることも出来ない幻だ・・・しかし、ステインはそれを一瞬だけ実体化させることが出来るらしい・・・」
「それで被害者を?」
「あの子自身は手をかけていないだろう・・・あのナイフは投げれば必ず急所に刺さると言っていた・・・」

それで全ての謎が解けた。
ステインはその幻のナイフを使って殺人を犯したのだ。
投げれば急所に刺さると言うならステイン自身の腕力などは関係ない。
幻影だけになんにでももぐりこむ・・・そして一瞬だけ実体化する。

これなら確実に相手を殺せる。
ささった状態で実体化するのだから・・・避けることも防ぐことも出来ない。
しかも拘留されている犯人をそれで殺したとするならかなり距離があっても可能だろう。
あるいは幻影だけに直線距離さえ射程内なら障害物は問題にならないかもしれない。

「・・・ステインがこの家から出ないのは・・・」
「・・・・・・私がそう言った。」
「ではなぜ?」
「反抗期と言うべきか・・・最近は外に出たがっていたからな・・・」
「どうして出してやらなかったんですか?」
「・・・・・・自閉症から回復したステインには大切なものが抜けていた・・・」

睦月の沈痛な表情にシンジは悟る。
今までのステインの行動・・・確かにステインにはある感情がまったく感じられない。

「・・・道徳とか倫理とかですね?」
「そうだ、あの子はそれを自閉症になってる間に何処かになくしてきてしまった・・・気に入らないことをするなら殺せばいいと思っている。」
「・・・・・・被害者はそれで・・・」

おそらくステインはユタカが寝静まる深夜を狙って家を抜け出した。
外の世界で遊ぶために・・・

しかしここで邪魔が入る。
それが被害者だ。

おそらく遅い時間に子供が外に出ているのを注意したに違いない。
しかしステインにとっては自分の遊びを邪魔する者達でしかない。
結果、ステインのナイフに貫かれた。

「・・・最初の被害者の時は半信半疑だった・・・しかし、数を重ねるにつれ・・・」
「ステインの仕業だと気がついた?」

ユタカは黙って首を縦にふる。

「それから毎晩・・・あの子を止めた・・・」
「それでこの傷を・・・致命傷にはなってないみたいですけれど・・・」
「ああ、これでも父親だからね・・・今まで手加減していたんだよ・・・しかし一昨日か・・・」

ユタカはシャツの胸元をはだけさせた。
そこにあるものを見てシンジが息を呑む
ユタカの胸からナイフが生えていた。

「まだ実体じゃない・・・」
「これは・・・ステインが?」

ナイフの角度はしたから突き刺すような位置になっている。
もし、子供が大人を刺そうとすればこの角度になるだろう。


「ステインが自分の手で・・・」

ユタカは黙って頷く
一昨日といえば何も起こらなかったあの静かな夜・・・あれはユタカが命がけで作ったわずかな平穏だったのか・・・

「ス・・・テイ・・・ン?」

世界が震えだす。
シンジはそれが地震ではなく自分の体が小刻みに震えているのだということに気がつくまで数秒間かかった

「ステイン!!」

シンジは振り返って庭を見た。
呼びかけるが返事は無い。
シンジはあることに気がついて青ざめる。

キ〜・キ〜

開いた門の金具がきしむ音がやけに大きく聞こえた。






To be continued...

(2007.08.11 初版)
(2008.02.24 改訂一版)


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