さあ、はじめようか・・・






Once Again

第十話 〔其の結果・・・〕

presented by 睦月様







人気のない国道を一台のリムジンが走っていた。
その後部座席には一組の男女が座っている。

「「・・・・・・」」

出発してからお互い一言も口をきいていない。
二人とも思いつめた沈痛な表情で目の下にはくままである。
おそらくこの数日は寝ていないのだろう。

「・・・ユイ?」
「なんですか?ゲンドウさん?」
「私は・・・シンジになんと言えばいい?」
「・・・・・・わかりません」

ユイは夫であるゲンドウの質問に答えられなかった。
自分の中にも無い答をどうして答えられる?

今二人が向かっているのはシンジを預けた人間の住む家・・・シンジを迎えに行くために二人は車に乗っている。
しかしいざ息子に会ったとき・・・なにを言えばいいのか分からなかった。
ゲンドウもユイも・・・

「・・・私は・・・シンジが怖い・・・」
「・・・・・・」

それはユイも初めて聞くゲンドウの弱音だった。

「お前がいなくなってから・・・私には怖い物が無かった。無くした物を取り戻す事だけしか考えていなかったんだ・・・しかし今は怖い・・・」
「シンジがですか?」

ゲンドウは黙って頷いた。
その顔には恐怖がはりついている。
どうやら本当にシンジの事を恐れているようだ。

「そうやって他の誰かから傷つけられるのを恐れて逃げ回っていたんですね・・・シンジが貴方を傷つけると思ったんですか?」
「あの世界で、シンジはシンジなりに私に答えようとしてくれた。しかし私はそんなシンジを振り払ったのだ。」
「私のためにですか?」
「・・・いや、私自身のわがままのためだ。お前がいなくなって・・・私にはまだシンジがいたと言うのに・・・それに見向きもせず・・・傷つける事しか出来なかった。」
「だから怖いんですか?」

ユイの言葉にゲンドウは黙って頷いた。
俯くゲンドウは何時の間にか百も年をとったように見える。
その疲れ果てたような姿を見るユイの瞳に感情は無かった。

「シンジの叱責に・・・私は耐えられないかも知れない・・・自業自得だとは分かっている。それが私の責任だというのも分かっている。・・・しかしそれでも私はシンジが怖い、シンジの憎悪が私に向けられるのが怖いんだ。」
「・・・・・・」

ユイはゲンドウに答えなかった。
ゲンドウはシンジを愛していたのだ。
おそらくはユイと同じくらいに・・・だが、ゲンドウは目の前で無くしてしまったユイへの思いに囚われてしまった。
無くなってしまったものばかりに心を奪われ、残ったものを見る事を忘れてしまった。

灯台下暗し、アダムはゲンドウにこう言った。
『視野を広げろ』
それは正しくゲンドウに必要なことだったのだ。

そして今、ユイを取り戻した事で視野の広くなったゲンドウはシンジに怯えている。
この男は本来臆病で傷つきやすい小心者なのだ・・・自分の息子の憎しみに恐怖するほど・・・威圧的な仮面をかぶる余裕さえ無くしている。

・・・だからと言って免罪符にはならないが・・・

「・・・あなたは親として失格なことをしました。たとえ今のシンジとは違うとしてもです。」
「ああ、許されないことだ。」

ゲンドウもそれは自覚している。
許されるものでは無いと・・・自覚しているからこそ他の人間、それも最愛の妻であるユイの言葉はゲンドウの心を容赦なく抉り、切り刻む。

「ゲンドウさん・・・」

ユイはそっとゲンドウの手をとる。

「そして私も母として失格です・・・記憶を戻したとき、あの子は私を許さないでしょう。」
「ユイ、それは違う。すべては私がやったことだ。お前がシンジに恨まれるいわれはない・・・いや、シンジがお前を恨むことなどあってはならないのだ。」

ゲンドウの言葉にユイはかぶりを振った。
その顔にははかなげな微笑が浮かんでいる。
それは母であり、同時に妻の顔だった。

「私たちは夫婦じゃないですか・・・誓ったでしょ?やめるときも健やかなる時も共にあると・・・忘れたんですか?」
「しかし・・・」
「私の研究があの子に地獄を見せた。その罪は償わなければなりません。共に・・・一緒にあの子に何が出来るのか考えましょう。あの子が許さないというのなら私も・・・」
「ユイ・・・ありがとう」

ゲンドウにはそれ以上の言葉は無かった。
二人を乗せて車は進む。
無くしてしまったピースを取り戻しに・・・

そして、ユイもゲンドウも気づかなかった。
通り過ぎた電柱の上から自分達の乗った車を見下ろす赤い視線を・・・

「結局こうなったか・・・」

白髪が風に揺れる。
ゲンドウとユイの乗った車を見送ったのはアダムだった。

何時ものローブではなくシンジの着ていた夏用の制服姿だ。

・・・その右手は開かれていて何も握っていない。

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数日前・・・

ユイはアダムの指の隙間から見た。
針の先ほどの小さな光を・・・

「シ、シンジ・・・これが?」
「碇シンジはあの世界においてお前も戻すつもりだったのだろう・・・しかしお前の魂は初号機と共に宇宙の果てだった・・・そのために願いはかなわず、かろうじてこれだけの魂の量が残った。さっき見せた碇シンジの記憶は本人のものだよ。」
「こ,これでシンジを・・・」

ユイの手がシンジの魂に伸びようとしたが

「触るな、碇ユイ」

アダムの言葉にユイは体をビクッと振るわせて動きを止めた。

「・・・我が碇シンジの魂を守っているのは伊達では無いぞ、今の碇シンジはかろうじて記憶と本能を維持できている状態だ。我が手を離せば即座に霧散する程度の魂しか残っていない。」

アダムは前の世界からずっとその右手の中でシンジの魂を包んで守っていた。
今にも消え去ってしまいそうなわずかなかけらをその右手に収め続けていたのだ。
慈しむ様に・・・この世界の風に吹き飛ばされないようにじっと右手を握り締めて・・・そうしなければシンジは完全に消えてしまっていただろう。

「それと・・・希望を砕くようで悪いが・・・お前の望みはかなわない。」
「なぜ!!」

ヒステリックに叫ぶユイをアダムは静かに見下ろす。
希望を見出しかけた矢先にそれを否定されたのだ。
思わず感情的になって怒鳴り散らしたとしても仕方がないだろう。

「この程度の魂の量では融合させた時点で今の碇シンジの魂に飲まれ、押し流されてかけらも残さず消え去る。お前たちの知っている碇シンジは戻ってこない。」
「そんな・・・」

ユイはアダムの言葉に絶望と言うものを知った。
その瞳から涙が滂沱のごとく流れ出す。

アダムはそんなユイから目を離すと初号機を見た。
その姿はまるで困難な山に挑む登山家のようだ。

「しかし方法はある・・・」
「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」

疑問の声はユイからだけではなかった。
他の皆も同時にアダムに驚きの視線を向ける。

「・・・この初号機の中に碇シンジの魂を入れる。」
「「「「「「「「「「な!!」」」」」」」」」」

異口同音で驚きの声が上がった。
アダムが無表情で話を続ける。

「そうすれば碇シンジの魂は保存されるだろう。」
「そのために私を初号機からだしたの?」
「ああ、それもあるな・・・」

アダムはあっさり言い切るがユイは気にしない。
今はそれどころじゃないのだ。
息子を救う可能性が目の前にしめされた今、藁にもすがる思いで飛びつくのは母の本能だろう。
今のユイは東方三賢者でも、科学者でも無く、ただ一人の母親だった。

「シンクロとは心のつながり・・・この時代の碇シンジとシンクロさせることで初号機の中の碇シンジの記憶が徐々にこの世界の碇シンジに流れ込むだろう。」
「そ、そうすれば・・・」
「ああ、お前たちの知る碇シンジは復活する・・・だが良いのか?」
「え?」

シンジが戻ってくると聞いて興奮しているユイと対照的にアダムはさめている。
その赤い瞳がここにいるすべての人間を見回した。
問い掛けるように

「さっき見たとおりだ。あのときの碇シンジは感情のままフィールドを展開した。それゆえにどんな思いでお前たちを求めたのか分からない・・・あんな世界に取り残されたものの思いなど想像するしかないな・・・ここにいる誰かを、あるいは殺したいほど憎んでいたとしても不思議ではないとおもうぞ?」

アダムの言う通りだ。
全員でないにしても・・・シンジの憎しみによって戻ってきた人間がいないとも言い切れない。

アダムは言葉を切ると無言になった周囲を見回し、シンジの魂を収めた右手を突き出す。

「どうする?それでも望むか?碇シンジの復活を?」

その声はどこまでも静かで重い声だ。
強制では無い、脅迫でもない、アダムはただ決断を求めていた。
ここにいる全員の答えを求めていた。

「問いには答えを・・・」

その言葉に誰も答えることが出来なかった。
確かにあの世界において自分たちはシンジを残し赤い海に沈んだ。
広い世界に一人ぼっちにされたシンジ・・・もし自分達がシンジの立場ならここにいる全員を恨んでいたかもしれない。
それほどにあの少年の受けた絶望は深い。

「頼む・・・」

誰もが口を開けない空気の中でその声はひときわ大きく響いた。

「碇ゲンドウ・・・」

アダムは心底意外そうな顔でゲンドウを見る。
他の誰が望んでもこの男が真っ先にシンジの復活を望むとは思わなかった。

「正気か?我が思うに碇シンジはお前を・・・」
「私がシンジにしてやれる唯一のことだ・・・もしシンジが私の命を望むなら・・・」
「あなた!!」

ユイが真っ青な顔でゲンドウの言葉をさえぎる。
その言葉の意味はゲンドウがシンジに殺されるということだ。
母として妻として、ユイはシンジとゲンドウを愛している。
その両者が殺し殺されるなどユイにとって悪夢でしかない。

「碇ゲンドウ・・・少なくともこの世界の碇シンジはあの絶望の未来を知らない。お前がころされるというようなこともあるまい?」
「私を恨んでいることなど百も承知だ。」
「ならなぜわざわざ自分を恨んでいるかもしれない息子を呼び戻そうとする?碇ユイはお前の手の中に戻ったのだぞ?」
「・・・まだだ・・・シンジがいない・・・」

ゲンドウの言葉にアダムは肩をすくめた。

「それこそ理解不能だな、この世界にも碇シンジはいる。確かにお前とはなれて寂しい思いをさせたかも知れん、しかし少なくとも殺したいほど恨んではいないだろう?関係の修復は容易だ。」

アダムはそこまで言うと周囲を見回した。
その赤い視線に見つめられた全員が身を固くする。

「これは他の全員にもいえることだ。おまえ達が碇シンジに何をしたのか、それをこの世界の碇シンジは知らない。それは同時に碇シンジに恨み言を言われる事も裁かれる事もないと言うことだ。それなのにわざわざ碇シンジを蘇らせるメリットがおまえ達にあるのか?」
「それではだめだ・・・」

アダムの言葉をさえぎったゲンドウはアダムの目の前に立つ。
身長差があるのでアダムがゲンドウを見上げる形になるがどちらも気にしない。
重要なのはシンジのことだ。

「シンジだけを不幸にして生きていくことは出来ない・・・」
「感傷だ・・・自分の言っている事が全ていまさらだと言うことに気がついているか?妄想が過ぎると笑えんな」
「どうとでも言えばいい・・・私に反論する権利はない。」
「・・・言っておくが碇シンジの魂を初号機に入れることは再びシンジを戦場に送り込むと言う意味だぞ?」

アダムの口調は淡々としていたが冷たい殺気が滲み始めている。
ゲンドウもアダムの言いたい事は分かっていた。

初号機にシンジの魂を取り込ませる。
それが意味するものは再びシンジがチルドレンになるということ

以前は初号機に取り込まれたのがユイだったと言うこともあってシンジのチルドレン入りは必然だったがこれからやる事は明らかに人為的な物だ。
この世界のシンジに必要の無い戦いを強制させ、死地に送り出す身勝手な行為
それでは以前と何も変わらない繰り返しだ。

しかしゲンドウは・・・

「私がシンジを守る。」
「何?」
「私がシンジを守ると言ったのだ。」
「お前は馬鹿か?わが眷属の使徒、そしてゼーレ・・・碇シンジが戦うと言う事になればこの世界そのものが碇シンジをほうっておかない。そのすべてからお前は本当に碇シンジを守れるのか?」
「・・・・・・」
「お前ほどの男が分からないわけがあるまい?あの少年の背負うものはそれほどのものだ。支えきれるわけがなかったのだよ、この世界の未来など・・・その結果があの赤い世界だろう?」

言葉と共にアダムの瞳が鋭くなる。
彼とて本心からゲンドウたちを許したわけじゃないのだ。
たとえどんな理由があっても14歳の子供に世界と言う重荷を背負わせてしまった大人たち・・・それを笑って許せるほどアダムは甘くも優しくもない。

「一人じゃないわよ!!」
「なに?」

見ればアスカが仁王立ちでこっちを見ている。
どうやら何時の間にか復活していたらしい。
いつもの元気で不遜なアスカだ。

「私が全部の使徒を倒せばそれで済むでしょうが!」
「惣流・アスカ・ラングレー・・・お前も碇シンジの復活を望むのか?」
「借りを作ったままじゃ終われないでしょう!」
「借りか・・・碇シンジのことを守りたいからじゃないのか?」
「な、なななな!!!!!」
「何を不思議がる?お前の本心もあの世界で理解しているぞ。」

分かりやすく狼狽するアスカの様子に険しかったアダムの顔がほころぶ。

「ワイからも頼むわ!」
「・・・鈴原トウジ?お前もか?」

アダムが肩をすくめながら呆れた声を出す。
見ればトウジが自分に対して最敬礼をしている。

「ワイはあいつがくるしんどるのを知とって何もできんかった。・・・それだけや無い・・・反対にあいつを追い詰めてしもうた。」

参号機が乗っ取られたとき、トウジは死にこそしなかったものの片足を失った。
それがシンジを追い詰める引き金になったのは間違いが無い。

「と、トウジ・・・」
「鈴原・・・」

ケンスケとヒカリが頭を下げたままのトウジを尊敬のまなざしで見ている。

「だから頼むわ・・・もう一度シンジに謝るチャンスをくれんか?」
「お、俺からも頼むよ」
「私も!!」

トウジの隣に並んだケンスケと光もトウジと同じように頭を下げてきた。
中学生の男女三人に頭を下げられた状態はさすがに居心地が悪い。

アダムはいろいろな感情のこもった深いため息を吐いた。

とりあえずトウジ達三人に頭を上げさせると周囲を見回す。

「子供たちの意見は一致しているらしい・・・さて、それでは大人たちの意見はどうだ?」

その言葉に一歩前に出たのはミサトだった。

「私はシンちゃんに戻ってきてほしい。」
「・・・葛城ミサト・・・また家族ごっこでもやりたいのか?」
「な!!」

アダムの痛烈な言葉にミサトは青ざめて一歩退く。
痛烈すぎる毒をはらんだ言葉だがアダムはそんなことを気にしない。
さらにミサトに追い討ちをかける。

「忘れたか?お前は碇シンジに初号機に乗る事を強制したのだぞ?まさにこの場所でな」

ミサトの脳裏にシンジがはじめて初号機に乗ったときのことがフラッシュバックした。

始めてきた場所で何も分からず、右往左往していたところに追い討ちをかけてシンジを追い詰めたのは他ならないミサトだった。

「勘違いするなよ?碇シンジがお前を恨んでないとは言い切れまい?」

アダムの言葉にミサトの全身が震えた。
人類の滅亡、怪我をしたレイ、他に乗れるものがいないという事実・・・どれだけの免罪符を掲げていたのか・・・今思い出しても反吐が出そうな偽善だ。
確かにゲンドウやリツコもそれに加担したがだからといってそれがどれだけの減刑になるだろうか?

それだけじゃない。
その後もシンジだけじゃなく、アスカやレイを戦場に送り込む指揮をしてきたのだ。
ミサトは自分のあまりの業の深さに崩れ落ちそうになる。

「葛城!」

背後に倒れそうになったミサトを加持が受け止める。

「別にお前だけでは無い・・・たとえば自分の目的のために無責任な事を言って戦いに誘導した男・・・」

加持が肩をビクンと振るわせた。
ゼルエルとの戦いのときだ・・・思い当たる事がある。

「命令にロボットのように従ったオペレーター達・・・」

日向、青葉、マヤの三人が体を固くする。
確かに上司の命令を聞くだけでシンジ達を見ていなかった。

「男に捨てられた腹いせに、八つ当たりで絶望を見せた愚かな女・・・」

リツコの顔が真っ青になる。
レイの体を破壊してそれをシンジに見せつけたことだ。

「己に好奇心を満足させるために悪魔に魂を売った老いぼれ・・・」

冬月の顔に苦汁が滲む。

アダムは反論が無いのを確認した。
反論できるわけが無い。
アダムの言う事は全て正しい。
それは他の誰以上に自分達が分かっていることだ・・・だからこそ否とは言えない真実・・・

子供達はそんな大人達の様子に困惑していた。

「・・・もう一度言おう・・・」

アダムはここにいる全員に向けて言葉を放つ。

「この世界の碇シンジを巻き込むことはどんな言い訳をしてもエゴだ。それを実行した場合・・・記憶をとりもどした碇シンジにうらまれることになるかもしれない。本来なら怖い思いも危険も無縁だったはずだからな・・・」

言いながらアダムの顔に笑みが浮かぶ。
嘲笑とあざけりを内包した嫌な笑みだ。
本能的な恐怖と嫌悪感を刺激されて全員が一歩アダムから退く。

「それを分かっていて碇シンジの復活を望むのか?碇シンジが記憶を取り戻さないほうが皆幸せになれると思わないか?なに、人格すら残っていない碇シンジを見捨てても・・・」

パン!!

乾いた音がケージの隅々まで響いた。
音の発生源はアダムのほほ・・・もう一つの発生源は掲げられた手のひら・・・その手の主を確認したアダムの顔から表情が消える。

「・・・リ・・・いや、綾波レイ・・・」

リリスと言いかけたアダムがあわてて言い直す。

それは赤い瞳を潤ませるレイだった。
アダムを睨む瞳から涙の雫がこぼれる。

「碇君を悪く言わないで」

普段、感情発露の乏しい彼女が他人のほほをひっぱたいて涙を流している。
その光景に誰もが金縛りになったように動けなくなった。
それほどにレイの行動は皆にとって意外だったのだ。

「・・・なんでそんな事を言うの?」
「・・・・・・必要だからだ。」
「必要?」

アダムはレイとの会話を切る。
正面、レイの背後に何時の間にか立っていたゲンドウに視線を移した。

「アダム・・・」

レイに横にどいてもらい、アダムの目の前に来たゲンドウはいきなりひざを折ると身をかがめて土下座する。

「頼む」
「・・・あいにく我には土下座など意味は無いぞ?」
「これが今の私に出来る精一杯の誠意だ。私はお前にすがることしか出来ない・・・頼む、シンジを助けてくれ・・・・」

そういってゲンドウは額が床につくほどに頭を下げた。

「あなた・・・私からもお願いします。」

ユイがゲンドウの横に並んで同じように床に額がつくほどに土下座した。
アダムはその瞳に何の感情も込めずそれを見下ろしている。
ふと気づいて視線をあげれば周囲にいた皆が一様に自分に対して頭を下げていた。

「それがお前たちの選択か?・・・それでいいのか?」

答えはなかった。
ただ黙ってアダムに対して頭を下げている。
この光景が何よりの答えだろう。

「くくくっアハハハハハ!!!」

アダムの口から笑い声が漏れる。
多少は押さえていたようだがすぐに大声になって笑い出した。
全員が何事かとアダムを見るが本人はかなり上機嫌らしくそのまま笑い続けている。
さっきまでの神妙さはかけらもない。

しばらく笑い続けたあと、何とか笑いを納めたアダムは再び皆に向き直る。

「ふふふっ白状しよう。我はもしこの場の誰かが碇シンジの復活に難色を示せば約束を反故にしてその場で碇シンジの魂を開放していただろう。」
「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」

思いもしなかった言葉に全員が唖然とする。
もしここにいる誰かがちょっとでも反対していたらシンジはその時点で消え去っていたことだ。

そんな爆弾発言をしたアダムはいまだに笑いをこらえきれないのか腹を抱えていた。

「碇シンジのやり直しは周囲の人間の協力が不可欠だ。何せ彼だけが未来の記憶を持っていない。しかもこれから徐々に記憶を取り戻していくと言うことは混乱もするだろう。そのときに彼のそばにいる人間が必要だ。事情を知っていてなお彼を支えることが出来る人間がな・・・それが出来なければ彼を傷つけるだけ・・・あの世界に取り残されて傷ついた碇シンジがこれ以上傷つく必要を我は認めない。」

アダムは身を翻すと初号機のコアに近づく。
そのままシンジの魂を握っている右手をコアに突き入れた。
一気にひじまで埋没する。

「合格だ。お前たちにもチャンスをやろう。碇シンジとのやり直しのチャンスをな・・・」

ズルリと言う感じに一気に引き抜かれた右手は開いていた。
その手は開かれていてシンジの魂を握っていない。

同時に初号機の瞳に光がともる。
初号機がシンジの魂を受け入れたのだ。

「渚カヲル?」
「なんだい?」
「お前はどうする?」

アダムと同じ使徒であるカヲルはこれからのことに付き合う必要は無い。
ゼーレに関しても後始末をしてきたのでカヲルがここにいることなど分からないはずだ。
だとすればカヲルはその本当の名前、タブリスが示すとおりに自由だ。

「僕も・・・願わくばシンジ君を支える一本の柱になりたい。」
「それがお前の自由か?」
「そうだね」

カヲルの答えにアダムはただうなづいた。
余計なことは言わない。

「4号機は好きに使え」
「ありがとう、我らが始祖、アダムよ。」
「いや・・・」

不意に、カヲルを見るアダムの顔が優しくなる。
慈しみというべきか・・・その顔は穏やかだった。

「すまないな、このくらいしかしてやれない。」
「気にしなくていいよ・・・父さん。」

カヲルの言葉を聞いたアダムは一瞬その意味を考え、苦笑するとケージを出て行く。
その後姿にミサトが声をかけた。

「ちょっと、どこ行くの?」
「我は傍観者だ。眷属である使徒に手を貸す気もないがリリンに協力する理由も無い。せいぜいお前たちの行く末を見させてもらおう。」

そういってアダムは振り返らずにケージを出て行った。

「ねえ、渚君?」
「なんですか?」

アダムを見送ったカヲルの背中にリツコが言葉をかけた。
しかしカヲルは黙ってアダムの去っていったほうを見ているだけで振り返らない。

「さっきの会話・・・どういうこと?」
「・・・アダムは僕たちの始祖です。リリンだけでなくすべての使徒の父といっていいでしょう。」
「それは・・・」

カヲルの言いたいことに気がついたリツコがなんとも言えない顔になる。

「・・・だからアダムは戦いに加わらないと言ったんですよ。自分の子供たちが殺し合いをする。それがとめられないと分かっているから・・・せめてアダムはどちらにもつかないことを決めた。」
「どこまでも親不幸な話よね・・・」

いつの間にかカヲルだけじゃなく、ケージにいる全員がアダムの去っていった通路を見ていた。

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「不思議なものだな・・・碇シンジ?」

ゲンドウたちの車を見送ったアダムはしみじみとつぶやく。

ケージで問い掛けたあの時、もしあそこにいた誰かがシンジの復活に反対していればアダムはその人間を殺していただろう。
もちろんシンジの魂を開放してだ。

あれだけの覚悟を示したシンジに答えられない人間など生きている価値など無いと思っている。

「あの世界においてお前は間違いなく中心にいた。しかしそれは周りに振り回されるだけの神輿でしかなかった。そしてこの世界でもお前はまた事の中心だ。だが、この世界においては周りのすべてが真実の意味でお前のために動いている。」

アダムは視線を上げた。
赤い色彩しかなかったあの世界と違ってこの世界には青い空がある。

「・・・我には正直まだ命をかけて誰かのために犠牲になるという感情が理解できない。お前が取り戻したかったこの世界にそれほどの価値があるのかどうかもな・・・」

この世界に来たアダムは予言をしていく傍ら人の感情を学んでいた。
人は心で動く・・・そしてその原動力は感情だ。
生命として基本的な生き続けるという本能、それを凌駕する思いとはどんなものか・・・

人は心で分かり合うものだ。
そして心で人を傷つけ、傷つけられる。
心のありようは千差万別で面白いとは思うがそれでもシンジが見せたような命をかける行為をアダムは理解できない。
だからこそ興味深い。

「報酬をもらおう・・・碇シンジ・・・お前たちがこれから我に人と言うものを教えてくれ、人の思いを・・・我はお前たちをいつも見ている。」

アダムは電柱の上に直立不動で立つ。
そのまま両手を広げた。
それはまるで磔にされたキリストのようで・・・

「ん・・・」

不意に吹いた風がアダムの服を揺らす。
しかしアダムはそのままの姿勢で微動だにしない。
むしろ気持ちよさそうに風を感じている。

草木の匂い、陽光の暖かさ、生命達の奏でる音、空気の味・・・
前の世界では血の臭いしかしなかったがこの世界の風はいろいろな物を運んでくる。
風はアダムの服を揺らし、体のすぐそばを通り抜けて背後に抜ける。

「ああ・・・この青い空と風は気持ちいいな・・・あの世界の風より・・・我はこっちのほうが好きだ。」

さあはじめよう・・・ここから・・・Once Again(もう一度)・・・
                   
 
           〜fin〜






(2007.05.26 初版)
(2008.02.03 改訂一版)
(2008.05.10 改訂二版)


(あとがき)

という感じで一応本編完結です。
中途半端な部分もありますがそれはそれでいろいろ想像できていいんじゃないかと思っています。
気が向けば続編など考えてもいいな〜とは思っていますがとりあえずここまでで一応の区切りとしておこうと思っています。
次回はこのお話の外伝です。
本文がシリアスだった分笑いをとりに行きたいと思いますので期待していてください。

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