それは刃のように切り刻む・・・心を・・・






Once Again

第九話 〔其の最後の予言の聞き手は〕

presented by 睦月様







ネルフ司令室・・・それはゲンドウ専用の執務室だ。
天井と床にセフィトロの木が書かれていると言う奇抜極まりないセンスの部屋にかつてないほどの来客があった。

部屋の主のゲンドウに始まり冬月、リツコ、のネルフ幹部にレイ、オペレーターのマコト、シゲル、マヤ、ドイツから駆けつけたミサト、加持、アスカの三人に加えてトウジ、ケンスケ、ヒカリまでいる。

今部屋の中にいる人数は13人・・・少し縁起でもない数だが全員がそれどころではない。

「「「「「「「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」」」」」」

部屋を支配しているのは大人数のにぎやかさではない。
むしろそれの対極に位置するものだ。
全員がこの部屋に集まってから、誰一人口を開かずに小一時間ほどが過ぎていた。

部屋は13人入っていてもまだ余裕があるほどだが、その空間の隙間すら眼に見えない異様な空気が支配している。

誰もが迂闊に動けなかった。
下手に動くと何かとんでもないことが起こる気がする。
薄暗い部屋の闇に漂うのは疑念、困惑、狼狽、不振・・・息苦しささえ覚える重圧は全員の肩に等しく圧し掛かり、金縛りのように動きすら封じているようだ。

全員がお互いの目を合わせてはそらすということを繰り返していた・・・まるで自分の中にあるものを口に出して言葉にすれば災厄が現実のものとなるかのように

「・・・確認をしよう。」

誰もが迂闊に動けない状態の中で発された声は予想外に響き
思わず全員が同じ方向を見る。
声の主はゲンドウだ。

「まずひとつ・・・我々はそろって未来の記憶・・・と言っていいのか・・・使徒との戦いの記憶がある。」

答えは無言の首肯・・・ゲンドウの言葉が正しいからこそここにいる全員が集まった。

「次に、我々は自分が死んだ、おそらくは死んだであろう瞬間の記憶がある。」

答えはやはり首肯、何人かは頷きながらも震えていた。
おそらく自分が死んだ瞬間を思い出したのかもしれない。
死ぬ瞬間を覚えているなど恐怖以外の何者でもないだろう。

「・・・最後に、我々は皆・・・シンジの姿をした何者かに接触してからその記憶を持って目覚めた。」

やはり全員の首肯・・・しかし同じように全員の顔には困惑の色があった。
それこそが全員をここに集めた理由であり、最も重要な問題だ。
というよりその点が解決すれば他の問題も氷解する気さえする。

しかし、同時にここにいる誰にもその問題に答えられる者はいない。

疑問の答えどころか疑問そのものの姿すらおぼろげだ。

「碇・・・あれは本当にシンジ君じゃないのか?」
「・・・違う・・・姿はシンジでもあれは別の何かだ。」

ゲンドウの断定は新たな困惑を呼ぶ。
父であるゲンドウが違うといった。

それは記憶を得た全員が思っていたこと
記憶の中の碇シンジと予言者と名乗った碇シンジは根本的に何かが違う。
見た目が違うとかそういうレベルじゃない。

外見はシンジであっても中身は別の何かだ。

「・・・司令」

リツコが一歩前に出る

「先ほどシンジ君を監視している諜報員に連絡を取りました。」
「結果は?」
「彼のアリバイは完璧です。監視は彼がずっと預けられている家にいたのを確認しています。そして・・・」

リツコは手に持っている書類から一枚の写真を取り出してゲンドウの机の上におく。
他の全員も集まってきて写真を覗き込んだ。

「最新のものです。」

それはシンジだった。
しかしその瞳の色と髪の色は黒い。
写真に写っているのは全員が知る碇シンジそのもの、少なくとも予言者と名乗ったあの碇シンジではない。

「・・・どういうことなのリツコ?」
「ミサト・・・わからないわ、でも私たちの前に現れたあの子はシンジ君じゃないことだけは確かよ。」

これで完全に断言された。・・・予言者はシンジではない。
では誰かといえば答えは出ない。
外見は髪と瞳の色を除けば間違いなくシンジだ。

なぜシンジと同じ姿をしているのか?
答えの出ない問いに対してとれる行動は限られている。
悩むか困惑するかだ。

「あの〜ミサトはん?」
「なに、トウジ君?」
「つまりあれはシンジの偽もんちゅうことでいいんでっしゃろか?」
「え?・・・う〜ん」

答えとしては間違っていない。
むしろ及第点だろう・・・というよりそれが基本だ。
だが同時に偽者だとしてあの予言者と名乗った碇シンジはいったい自分たちになにをしたのか?
なぜ未来の記憶を自分たちに与えたのか?

「・・・でも彼は碇シンジ君と何かしらの関係があるはずよ。」
「リツコ?根拠は?」
「彼、私に言ったのよ・・・自分はシンジ君との約束のためにここに来たって・・・」
「シンちゃんとの約束?なにそれ?」
「分からないわ、そもそも碇シンジ君にあんな怪しげな人物が接触した事実はないの・・・いったいどこでどんな約束をしたのかしら?」

会話が止まったやはり話が進まない。

「・・・もう一つ言えることがある。」

困惑した空気をゲンドウの一言が切り裂いた。

「・・・あれは使徒だ。」

ゲンドウの断定に別の緊張が室内を走りぬける。

「・・・私はATフィールドを使うところを見た。それは青葉二尉も同じだ。」

ゲンドウの言葉に青葉が頷く。
この二人は実際目に見えるレベルでのフィールドの展開を見ているのだ。
一人ならともかく二人同時に見間違う可能性は無い。

青葉に関しては実際フィールドで壁に押し付けられたのだ。

「確かに、俺のときも拒絶の意思がどうとか言っていましたし、本部やドイツ支部に難なく入り込めたのはそのあたりが原因ですか?」

補足説明のように加持が付け加える。
いろいろ不可思議なこともそれなら納得できる。

「加持、ちょっと待ってよ・・・でもあの子は人間の姿をしていたし・・・」
「ミサト・・・」

ミサトの言葉をさえぎったリツコが黙ってある人物を視線だけで示す。
それを見たミサトだけでなく全員が息を呑んだ。

リツコの視線の先にいたのは・・・綾波レイ
レイが人間ではないことはここにいる全員が知っている。
実際目の前に人間の姿をした使徒がいるのだ。

その赤い瞳は確かに予言者のものと同じ・・・

特にサードインパクトでアンチATフィールドはレイの姿で発動した。
ここにいる半分以上は彼女の姿をしたアンチATフィールドでLCLになったのだ。
その記憶を思い出した全員がレイから距離をとる。

その中心であるレイはいつもどおりの無表情だがわずかに寂しそうだ。

「・・・・・・あれはレイのせいではない。」
「・・・司令?」
「すまなかったな・・・レイ」

予想外の言葉にレイがその赤い目を丸くする。
しかしそれはレイだけではない。
ゲンドウを知る全員が同じように目を丸くしている。
それも仕方が無い、今までのゲンドウ・・・特にシンジに対して行ってきたことなどを考えればそんないたわりの言葉がこの男の口から出るなどとは・・・

しかしそんな狼狽も視線も気にせず、ゲンドウはトレードマークのサングラスをはずして全員を見回す。

「サードインパクトは我々が起こしたことだ。レイはそれに無理やり協力させられただけであって何の罪も無い。」
「碇!!」

いきなりしゃべり始めたゲンドウに冬月が驚くがゲンドウは手を上げて冬月の反論を封じる。
数秒間冬月はゲンドウを睨んだ後、大きなため息をついた。

「・・・いいのか?」
「冬月先生・・・・・・ここにいる全員が私達のやったことを知っています。隠しても益などありません。むしろこの状況を収集するためには全員の持っている記憶を照らし合わせる必要があるでしょう。」
「わかった。では補完計画の事も話すのだな?」
「もちろんです。」

ゲンドウはすべてを話し始めた。
セカンドインパクトの真実とネルフがやってきたこと、その中においてチルドレン、特にレイの置かれた状況の特異性など何一つ隠さず語った。
それは意図したものでなかったとしても予言者の語った予言の内容を裏付けることになる。

執務室の空気が困惑や不審を孕んだものだったのは今更だがいつも不遜な態度をとっていたゲンドウにこんな態度をとられてはどうしていいのか分からない。
しかも話す内容が内容だ。
自分達の信じてきたものを根底から覆す真実・・・予言者が言った通り真実は毒にもなる。
パニックを起こして爆発しなかったのは事前に予言者によって予備知識を与えられていたからに他ならない。

「・・・これが真実だ。私を裁きたいというなら好きにすればいい。法的な裁判を受けろというなら甘んじて受けよう。しかし願わくば今我々に何が起こったのかを明らかにしてからにしてほしい。」

そういってゲンドウは全員に対して頭を下げた。
隣にいる冬月も同様だ。
頭を下げられて他の皆は面食らっている。

なんとも気まずい空気が室内に充満していて息苦しい。

「あ、あの?」

おずおずといった感じで声を出したのはマヤだ。
手を上げているところを見ればなにか言いたいことがあるらしい。
そんなマヤに皆がほっとした視線を向ける。
おそらくマヤもこの空気を変えたいと思ってのことだろう。

見え見えの心遣いだがそれが素直にありがたい。
いろいろとあって心にゆとりが無くなっていたところだ。

「マヤちゃん、どうかしたの?」

これ幸いとマヤの意図に乗ることにしたのは日向だ。
出来るだけにこやかな顔でマヤに話しかける。

「やっぱりサードインパクトが関係しているんでしょうか?」

マヤの疑問に対する応えは無言
誰も答えを知らない。

ゲンドウがレイを振り返った。

「・・・レイ?」
「はい」
「何か分からないか?」
「・・・・・・」
「あの時・・・シンジの一番近くにいたのはお前だ。」

ゲンドウの言葉にレイは考え込んだ。
サードインパクトはレイとシンジを中心に据えて行われた。
ゲンドウの言うとおり、儀式のときに一番近くにいたのはレイだ。

「・・・あの赤い海の中で・・・シンジ君に会いました。」

全員が息を呑んだ。

「・・・シンジは何をしたんだ?」
「シンジ君はすべてを元に戻すことを望みました。たとえお互いが傷つけあうことになったとしても・・・みんなのいる世界を望んだんです。」
「どうなったのだ?」

結果から見ればシンジの願いどおり世界が再生されたとは思えない。
この世界はあの使徒との戦いより前の世界だ。
もしシンジの望みどおりに世界が再生されたとすればサードインパクトまでの記憶が無いのはおかしい、あのときの記憶を持つのはここにいるメンバーだけ
しかもこの記憶は予言者にもたらされたものだ。

「・・・・・・わかりません、最後に見たシンジ君は赤い海のほとりでセカンドチルドレンと並んで寝ていました。」

レイの言葉に今度はアスカに視線が集まった。
アスカの顔色が青ざめている。

「・・・惣流君?」
「はい・・・私、たぶんシンジに会いました。でも・・・」
「どうかしたのかね?」
「私が最後に見たシンジは・・・私の首を絞めていたんです。」

全員の口から驚きの声が漏れた。
アスカは体を小刻みに震わせている。
おそらくそのときのことを思い出したのだろう。

「気がついたら・・・赤い海のほとりで・・・シンジは私を見下ろしていて・・・でもその瞳には私は写ってなくて・・・」
「アスカ・・・もういいわ・・・」
「シンジが泣き出して・・・でも私・・・よく分からないけど気分が悪くて・・・「気持ち悪い」って言って・・・それ以上は・・・」
「もういいって言ってんでしょう!?」

アスカの言葉をミサトがさえぎった。
かけるようにアスカに近づくとその震える体を抱きしめる
その腕の中でアスカの振るえをとめるように強く引き寄せた。

「・・・きっとシンちゃんもパニックになっていたのよ・・・大丈夫・・・」

ミサトは自分で言っていて反吐が出そうだった。

シンジがなぜそんなことをしたのか?
わざわざ考える必要は無い。

数々の戦いを経てシンジの精神が壊れかけていたのは誰もが知っている・・・知っていながら誰もシンジを救うことが出来なかったのだ。

サードインパクトのヨリシロにされたシンジがどんな精神状態だったのかなど想像することしか出来ない。
大人たちはあらためて自分たちの業の深さに身震いした。

子供たちをとことんまで追いつめておきながら何の責任も取らずすべてをあの少年に丸投げした。
同じ子供でもレイとアスカはまだましだろう。
アスカの記憶の中にシンジがいて、その記憶が途中で途切れているということはシンジはたった一人でサードインパクト後の世界に取り残されたことになる。
たった14歳の少年一人が背負うにはあまりにも重い。

「これはいよいよ・・・あのシンジ君そっくりの予言者と名乗った少年に話しを聞かなければならないな・・・」

冬月のボソッとした呟きは全員の総意だった。
今までのことから予言者はシンジの事も知っているに違いない。
間違いなく事の中心はシンジだ。

しかしシンジがどういうポジションにいるかは皆目見当がつかない・・・それこそ予言者本人をここに連れてくるぐらいしか解決の方法がない・・・のだが、どうしようもなく予言者は神出鬼没だ。
どこにいるか予想も出来ない。

堂堂巡りの膠着状態・・・しかしそれは意外な人物が発令所に訪れたことで終わりを迎える。

「ちょっといいかい?」

全員の視線が執務室に入ってきた14人目の来訪者に向けられた。
ロックのかかっていた扉を簡単に開けて入ってきたのは夏用の制服を着た少年
その髪は銀髪で瞳は赤い。

「あ!あんたフィフス!?」

一番最初に反応したのはミサトだった。
見間違えるわけが無い。
そのアルカイックスマイルもすべて記憶の通りだ。

紛れも無く最後の使徒であった渚カヲル・・・タブリス・・・

「何であんたがここにいるのよ!」
「同じだよ、君らとね・・・そして君らをつれてくるように言われて呼びに来た。」
「呼びに来た!?誰に!!」
「君達が今一番会いたい人に・・・」

それだけで十分だった。
全員の脳裏に浮かんだのは同じ顔・・・シンジであってシンジでない予言者と名乗った何者か・・・

「別に君らをどうこうしようって気はない。僕はただ君らをつれてくるように言われたメッセンジャーボーイだ」
「・・・どこにいる?」

ゲンドウが席を立ってカヲルの前に進み出る。

「司令、危険では」
「・・・・・・下がりたまえ」
「・・・はい」

ミサトを制したゲンドウは他のみんなの横を通り過ぎてカヲルの前に立つ。
身長差があるためにゲンドウがカヲルを見下ろす形だ。

「どこだ?」
「案内するよ。」

カヲルは背後を振り返ると答を待たずにさっさと歩き出した。
全員があわててその後を追う。

本部通路を歩くカヲルの後に続く皆の顔は困惑していた。
どう判断すればいいかわからないと言った感じだ。

それも仕方ないだろう。
彼らの記憶ではカヲルは最後の使徒として現れた。
果たして今目の前で自分たちを案内している彼は自分たちにとってどういう存在なのだろうか?

「・・・フィフス」
「なんだい?司令殿?」
「お前はどこまで知っている?」

全員がゲンドウに質問に緊張したが先頭を歩くカヲルだけは変わらない。
相変わらずアルカイックスマイルを浮かべている。

「大体のことは教えてもらったよ。」
「・・・あれはシンジなのか?」
「難しいところだね・・・シンジ君と言えるし・・・違うとも言える。」
「どういうことだ?」
「それは直接聞けばいい、僕も詳しいことは知らないんだ。彼は最後の予言ですべてを教えてくれるといっていたけれど・・・」

カヲルの説明に他の皆がお互い顔を見合わせる。
シンジに関わった人間のほとんどはここにそろっていた。
だとすればこの上だれに予言を告げようというのだろうか?

やがて一行がたどり着いたのはエヴァのケージだった。
その中心には紫の巨人、初号機が拘束台に拘束されている。
そしてそれを正面から見上げる人影・・・黒いローブを着た小柄な人物・・・しかし今回はフードが外れていてその白髪が見える。

「連れてきたよ。」

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アダムはじっと目の前のものから視線を外さない。

それは紫の巨大な顔・・・エヴァンゲリオン初号機
アダムがたっている場所は初号機の鳩尾の高さに設けられた整備用のタラップの上だ。
自然と初号機の顔を見上げる形になる。

「・・・・・・」

ケージには他に誰もいない。
誰何されるのを嫌がったアダムがフィールドの力を使って人払いしていた。
カヲルを使いに出してから結構な時間が経ったが、アダムは誰に見咎められることも無くその間ずっと同じ姿勢で初号機を見ている。

その視線にどんな思いがこめられているのかを知る者はいない。
怒りか哀れみか・・・それを知るのもまたアダムだけだ。

「連れてきたよ。」

その言葉にやっとアダムは視線を初号機から移す。
真横の通路のほうに向けた瞳に写ったのはカヲルに先導されてケージにやってきたゲンドウ達だ。
アダムを見て驚いた顔をしている。

「・・・しばらくだな、皆記憶は戻ったか?」
「シンちゃん・・・じゃないの?」

ミサトが呆然と呟く。
それを聞いたアダムが苦笑した。
どうやら記憶の引継ぎは問題無かったらしい。

「・・・改めて自己紹介をしよう我の真名はアダム・・・お前たちが第一使徒と呼ぶ存在・・・」
「何ですって!!」

その一言でミサトは思い出した
『片時も忘れられない時と場所・・・その中に我がいる。』

忘れられない場所・・・南極
忘れられない時・・・セカンドインパクト

その中にいる人物・・・光の巨人・・・アダム

「う、うそよ・・・」
「ドイツでは悪かったな、葛城ミサト・・・我も少々大人気なかった。お前の父とお前は違うと分かっていたのだが・・・な」
「え?あ、こ、こちらこそ、ごめんなさい」

いきなりの低姿勢にミサトが面食らった。
それはミサトだけでは無い。

自分達に予言をした時の不遜な態度とは別人のような穏やかな対応だ

「・・・でも本当にアダムなの?」
「ああ、我はアダムだ。」
「で、でも・・・私の記憶じゃあなたは光の巨人で・・・なんでシンジ君そっくりなのよ?」
「それにも理由がある。」

アダムは視線をそらして初号機を見る。
その瞳は厳しい・・・何かを決意した瞳だ。
その横顔の真剣さに誰も口を挟めない。

「・・・説明してもらおう。」

沈黙の空間をゲンドウの声が切り裂く。
アダムの前に立つゲンドウの視線とアダムの視線が真っ向からぶつかった。

「お前はなにが目的なのだ?なぜ我々に記憶を?」
「それが碇シンジの意思だからだ。」
「シンジの?どういうことだ?」
「我は約束したのだ・・・やり直しを・・・」
「やり直し?」

アダムはゲンドウに答えず初号機を見る。
じっとその鬼のような顔を見ながら

「これが最後の予言だ・・・」

その呟きと共に前に出る。

「おい?」
「ちょっと待っていろ・・・」

ローブから出した左手にフィールドの力が宿る。

気合と共に一筋の閃光が走った。
誰かが反応することも声を出すことも出来ないような一瞬の出来事・・・気がつけば初号機の胸部装甲に一筋の線が走っている。
ゆっくりと・・・装甲がずれて下に落下していく。

その下から現れたのは初号機のコアだ。

「な、なにをする!?」
「・・・・・・」

ゲンドウの興奮した様子にもアダムは無言・・・無表情でコアに近づき、抜き手にした左手を問答無用でコアに突き刺した。
一息に肩の部分までがコアに入り込む。

「「「「「「「「「「な!!!」」」」」」」」」」

さすがに全員の口から驚愕の声が漏れる。
しかしそんな周囲を無視してアダムは突き入れた抜き手で何かを探す。
指先に何かが触れたのを感じたアダムは五指を開いて掴んだ。
そのまま無造作に左手をコアから抜く。

ズルリと・・・引き抜かれた左手が掴んだものが外に出てきた。
それは白い何か・・・腕、肩、頭の順に徐々にコアから抜け出してくる。
最初にその正体に気がついたのはゲンドウだった。

「ユイ!!」
「なんだと!?」

ゲンドウの叫びに冬月が驚く。
しかしゲンドウはそんなことに構っていられる余裕など無い。
アダムに片腕を掴まれているユイは意識が無いらしく、ぐったりと脱力している。

「ユイ!!」

ゲンドウは慌てて駆けよる。
アダムを押し退けるようにユイの体を抱き寄せたゲンドウはユイの体に生のぬくもりを感じ・・・その瞳から大粒の涙がこぼれだした。

「ユイ・・・」
「言っただろう?碇ゲンドウ、お前は碇ユイに再会する・・・生身でな・・・」

ゲンドウはアダムの言葉に答えない。
ただ黙って何度も頷いた・・・それはゲンドウと言う人間を知る者達には想像も出来ない光景だっただろう。

あのゲンドウが・・・顔をくしゃくしゃにゆがめて子供のように泣きはらし、一人の女性を胸に抱いて何度も頷いている。

「いいの?」

その光景をじっと見ていたリツコは横からかかってきた声に無言で応えた。
この声の主はミサトだ。
彼女は”前回”自分とゲンドウの仲を知っている。

「いいのよ」
「そう・・・」

リツコはふっと笑った。
それはとても自然に・・・なぜ自分がそんな風に笑えるのか・・・なぜゲンドウを恨む気になれないのか良く分からないが・・・

「・・・・・・」

アダムは自分の着ているローブを脱いで意識の戻っていないユイにかける。

「う・・・ん」

ゲンドウの腕の中でユイが身じろぎした。
どうやら目覚めたらしい。

「ユイ!!」

ゲンドウの呼びかけにゆっくりとユイのまぶたが開く。
寝起きのようにしばらく焦点を結ばなかったユイの視線がゲンドウを見た。
しばらく誰か分からなかったようだが徐々に理性の光がその瞳に宿る。

「・・・あなた?」
「そうだ!」
「あら?でもいつおひげなんて生やされたのかしら?シンジはどこ?」
「あ、ああ・・・」

ゲンドウはユイの問いかけに応えられなかった。
一言で説明できるものではない・・・いろいろと話さなければならないことがありすぎる。

「・・・悪いが」

不意に振ってきた声にゲンドウとユイの視線が同じ人物を見上げた。
いつの間にかアダムが二人を見下ろしている。
その顔は無表情で何を考えるかうかがい知れない。

「碇ユイ・・・お前に予言を伝える・・・」
「予言?どういうこと?あなたはだれ?」
「我の名はアダム・・・使徒だ。」
「え?」

ユイがぽかんとした顔になる。
目の前の少年のいったことが理解できなかったのだろう。
それも仕方の無い。

「使徒って・・・」
「いったとおりだ。我は人間ではない。」
「人間じゃないって・・・予言ってなに?」
「お前の息子・・・碇シンジについて我の知っている事を話すだけのことだ。」
「待ってくれ・・・」

二人の間にゲンドウが割り込んできた。

「せめてもう少し時間を・・・ユイは初号機の中から戻ってきたばかりだ・・・それは今話さなければならないことか?」
「・・・・・・この後、やらなければならないことがある。そのために碇ユイは真実を知る必要があるのだ。」
「どうしてもか?」
「どの道遅いか早いかの差でしかない。」

確かにアダムの言う通りだ。
知らずに済ます事など出来ないし・・・済ませてはいけないことだ。
それはゲンドウにだって分かっていることだが病み上がりに近いユイにシンジの事を伝えたときのショックを心配している。

「それに・・・碇シンジがどうなったのか知りたいのだろう?」

アダムは無感動にそれだけを言い切った。
その一言に聞いていた全員が息を呑む。

シンジがどうなったか・・・それはここにいる全員がもっとも気になっていることだ。

理解できなかったのはユイだけだが自分の息子に何かあったらしいということは分かる。

自分の息子であるシンジの名前が出てきた事で一番気になっているのは彼女だろうが安易に質問するには周囲の空気が普通じゃない。

しかもその中心にはなぜか自分がいるらしい。
下手に質問するよりこのままの流れに乗ったほうがいいとユイは判断して成り行きを見守った。

「わかった。しかしそれは私にやらせてくれ」
「・・・・・・なんだと?」
「私がユイに全てを話すと言ったんだ。」

ゲンドウの言葉にアダムは意表をつかれた・・・それが意味するものは自分の罪を自分でユイに告白すると言うことだ。
いくらユイのためとはいえゲンドウのしたことは許されることでは無い。
特にシンジに対しては親としても人としても道に外れた事をしてきた。
それを自分から最愛の妻に告白するなどと・・・アダムが怪訝な顔になったとしても仕方ないだろう。

「・・・できるのか?」
「ユイに嘘はつかない。もし納得が出来なければどうにでもしてくれていい。」
「分かった」

アダムはうなずくと二人から距離をとる。
他の皆も一緒だ。
ここからはゲンドウにとっては10年振りの、ユイにとってはおそらくいつもの夫婦の時間だ。
たとえそれが残酷な現実を教えるための時間だとしても第三者が介入していいものではない。

それを見たゲンドウが皆に向かって頭を下げる。
ゲンドウの隣にいるユイは全くわけが分からず状況が進んでいくので混乱していた。
どうやら夫であるゲンドウが説明をしてくれるようだが・・・その不安そうな表情を見るに、楽しい話では無いだろうとの予感を感じているようだ。

二人から距離を取るとその心使いにゲンドウが頭を下げた。
しばらくして頭を上げたゲンドウはユイと向き会う。

ゲンドウとユイは何年ぶりかに向きあって話し始めた。
他の皆は離れた場所でそれを見ている。
会話の内容は聞き取れないがユイの顔色が変化していくのが遠目にも分かった。
どうやら本当に何もかも隠さずに打ち明けているらしい。

「不器用な奴め・・・」

冬月がぼそりと呟いた。

しばらく話した後、みんなの所に戻ってきた二人の顔色は青い・・・アダムはユイの前に立った。

「碇ユイ・・・ゲンドウから未来の話は聞いたな?」
「はい・・・シンジは・・・あの子はどうなったんですか?」

ユイはアダムにすがるようにして聞いた。
ゲンドウにも聞いてもその答えは得られなかった。
言いたくないのではなくここにいる全員がその答を持っていないと聞かされたユイはアダムにシンジがどうなったかの答を求めたのだ。

「・・・覚悟はあるか?」
「やっぱり・・・あの子は覚悟が必要なほどひどい事に・・・」

どうなったかはわからないが話しに聞いただけでシンジがつらい目にあったことは容易に想像できる。
しかし、聞かないわけには行かない。
シンジの母親はユイだけなのだから・・・

「お願いします。」
「つらいぞ」
「それでも私は・・・母親失格なのは分かっていますが・・・あの子の母でいたいんです。お願いします。」
「・・・碇ゲンドウ・・・そして他の皆も知りたいのか?」

答は無かった。
全員が無言で首肯する。
アダムはそんな皆を見回して宣言した。

「ならば言葉は不要・・・真実を見ればいい・・・碇シンジがどうなったのか・・・その真実を・・・」

ユイの・・・そしてこの場にいる全員の呼吸が止まった。
いよいよすべての真実が明かされる。

アダムの背後に翼が広がる。
オレンジ色の4枚の翼・・・その翼から純白の光が発せられた。
アラエルと同じ精神に影響を与える光だ。

その光の中でユイは見た。
シンジが体験したサードインパクト・・・その全容を・・・それは14歳の少年が背負うにはあまりにも重過ぎた。

大人であるユイでさえ恐怖しか感じない。
まだ14歳のシンジが抗えるはずも無く。
流されるままに・・・そして全ては一つとなった。

残された赤い世界・・・その浜辺に座り込むシンジ・・・

ユイは自分のあやまちを恥じた。
これは自分の研究がもたらした世界だ。
この世界には希望など残っていない

そしてシンジはその世界に一人残された。
生きていれば天国になる・・・なんと傲慢な言葉だろう?
生きているからこそシンジは地獄にいる。

無気力な瞳で虚ろに壊れた世界を見つめるシンジ・・・自分はこんな世界を息子に残したかったわけじゃない。

そしてその世界に変化が起こる。
シンジの目の前に現れたオレンジ色のヒトガタ・・・

『我はお前達が言うところのアダムだ。』

シンジは皆に会いたいと・・・そのために自分の命を削ると言って赤い海に入る
ユイは止めたかった。
これ以上シンジが犠牲になることはないと叫びたかった。
しかし声は届かない・・・これは過去であり未来の出来事・・・どちらにしても終わってしまったことだ。

シンジの体がオレンジ色に輝き・・・そこですべてが暗転した。

「あ・・・あああ・・・」

気がつけばユイは座り込んで泣いていた。
それは赤子のように・・・その周囲ではゲンドウが・・・他の皆が青ざめた顔で座り込み泣き、振るえ、忘我している。
さっきの光はユイだけでなく同じものを皆に見せていたようだ。

「碇シンジはその魂を削り、お前たちの魂を戻した・・・これが真実・・・」
「そんな・・・なんであの子が・・・私があんな計画を立てさえしなければ・・・」
「後の祭りだな・・・」

アダムの言葉にユイはうなだれる。
反論する言葉を誰も持っていない。

ただ一つ・・・間違いの無い絶対の真実のみが残る・・・世界が終わり、そして一人の少年が死んだ・・・ただそれだけだ。

「う・・・ごめんねシンちゃん・・・」
「すまなかった・・・シンジ・・・」

ゲンドウとユイはそろって泣いた。
自分たちは息子になんと言う運命を背負わせてしまったのだろうか・・・それなのに今自分たちはここにいる。
あの息子を犠牲にしてまでのうのうと生きている。

「・・・我は抜け殻となった碇シンジの肉体をもらいうけ、虚数空間の4号機を見つけ出し、フォースインパクトを起こしてここに戻ってきた。碇シンジの願い・・・もう一度皆とやり直すと言う約束をかなえに・・・」

誰も答えない。
喪失感が全員の心を支配している。

あの世界で・・・純粋で誰よりもがんばっていたのはシンジだった。
必死に戦い、怖い思いをしながらもがんばって・・・本当に生きる資格があったのは自分達ではなく彼だった。
なのに彼だけがここにいない。
あの少年だけがいないのだ。

アダムはうつむいている一同を見回す。

「・・・碇ユイ?」
「はい?」
「・・・碇シンジは生きている。」
「え?」

その一言で全員の視線が再びアダムに集まる。
全員の視線を受け止めたアダムは肩をすくめた。

「何を驚いている?当然だろう?やり直しを望んだのは碇シンジだ。彼なくして何のためのやり直しだ?」

葛城ミサト
加持リョウジ
惣流・アスカ・ラングレー
鈴原トウジ
相田ケンスケ
洞木ヒカリ
伊吹マヤ
日向マコト
青葉シゲル
赤木リツコ
冬月コウゾウ
碇ゲンドウ
綾波レイ
渚カヲル

「そしてこれが最後の魂・・・碇シンジだ。」

アダムはそっと握った右手を差し出す。
まるでひびの入った小さな卵を守るように両手で包み込む。
その指の隙間からユイは見た。

手のひらに守られるように浮かぶ小さな・・・・・・針の先のような本当に小さな光を・・・






To be continued...

(2007.05.26 初版)
(2008.02.03 改訂一版)
(2008.05.10 改訂二版)


次回予告

それは必要な事・・・

「結局こうなったか・・・」

避けられない選択・・・

「どうする?それでも望むか?碇シンジの復活を?」

願い・・・

「ああ・・・この青い空と風は気持ちいいな・・・あの世界の風より・・・我はこっちのほうが好きだ。」

次回、Once Again 第十話 〔其の結果・・・〕

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