覚えてること・・・

忘れていること・・・

でもきっとどこかに残っていて・・・






Once Again

第八話 〔其れは遠き過去の思いの残滓〕

presented by 睦月様







ネルフ本部は混乱の真っ只中にある。
しかしそんな喧騒もここまでは届かない。

第三新東京市の外縁にあるマンモス団地。
この町を建設するときに多くの技術者や施工業者が住居としていた場所だ。
しかし今はその必要もなくほとんどの部屋が無人・・・住人は一人だけ・・・

天上に月が昇る深夜・・・ただ一人の住人のいる部屋の前に来訪者がいた。

黒いローブを着た小柄な人影・・・予言者だ。

「・・・・・・」

予言者は部屋の外にかけられている表札をじっと見る。
書かれているのは綾波の文字・・・ここは綾波レイの住む家の前だ。

窓を見るが部屋の電気は消されていて物音ひとつしない。
おそらくは寝ているのだろう。
時計は持っていないが月の位置から判断して日付が変わっているころだ。
起きているほうが珍しい。

「・・・・・・」

予言者はさっきからじっと何かを考え込んでいる。
その格好のまま動かずに結構な時間が経っていた。
彼には珍しく迷っているようだ。

しかしこれを避けて通れないのもまた彼は分かっている。
しばらく悩んだ後、意を決してドアノブに手をかけた。
無用心にも鍵はかかっていない。

あっさり開いたドアの中に予言者は躊躇しながらも身を滑り込ませる。

鉄の扉を抜けた先は、真っ暗で静まり返っていた。
しかし予言者は気にせず、暗い室内静かに先に進む。

程なく畳数畳分の広さの部屋に出た。
打ちっぱなしのコンクリート・・・
埃の積もった床・・・
その部屋には主の個性ともいえるものがまったくなかった。

普通に考えれば人が住んでいるのかどうかすら怪しいが・・・彼女はちゃんとそこにいた

唯一生活感を感じさせるパイプベットの上では毛布に包まって蒼銀の髪の少女がすやすやと眠っている。
綾波レイだ

「リリス・・・」

予言者はゆっくりと近づいていく。
その足取りには迷いがあった。
期待と・・・戸惑いを含んだ足取り

「ん・・・」

どうやら眠りが浅かったらしい
レイが人の気配を感じて目を覚ましてしまった。

その赤い瞳が室内にいる予言者を捕らえる。

「・・・貴方誰?」

レイの言葉に予言者は息を呑んだ。
しかしそれも一瞬、すぐに動揺を消すとフードをずらした。

その下から真紅の目と白髪の少年の顔が現れる。

「リリス・・・我が分かるか?」
「リリス?・・・わからない・・・貴方だれ?」
「そうか・・・」

レイの答えに予言者はうなずいた・・・これは予想できたことだ。
その上でここに来た・・・すべては予定調和だ。

分かっていたのだから・・・心が乱れることはない・・・はずだ。

「・・・どうかしたの?」
「え?」
「あなた・・・泣いているわ・・・」

予言者はレイの一言ではっとして自分の顔を左手で触る。
その指先に温かいものを感じた。
涙のしずくに指が触れたのだ。

「悲しいの?」
「悲しい・・・か、そうか・・・これが悲しいか・・・未練だな・・・」

今なら少しだけゲンドウの気持ちも理解できる・・・予言者はそうつぶやくとベッドに寝ているレイに近づいた。
応じるようにレイもベッドの上に半身を起こす。
その拍子に毛布がずり落ちてブラジャーを着けたレイの胸が見えるがレイも予言者も気にしない。
ただお互いの顔だけを見ている。

ギシ!

ベッドに近づいた予言者はレイのそばに腰を下ろした。

「リリス・・・いや、綾波レイなんだな・・・我の名は予言者だ。」
「予言者?」

レイはその一言に首をかしげている。
それを見た予言者は優しく微笑む。

「そう、我は予言をして回っている。・・・約束のために・・・後三人・・・」
「私に予言をしに来たの?」
「ああ・・・」

予言者はうなずくとレイの顔を正面から見た。
予言者の赤い瞳がレイを映し出し、レイの赤い瞳が予言者を映し出す。
その赤い瞳を見たレイは目が離せなくなった。

「あなた・・・誰?」
「・・・今は予言者だ。それだけだよ。」
「私と同じ感じがする。」
「そうだろうな・・・」

予言者は苦笑してレイの頭をなでた。
いきなりのことにレイが驚くが抵抗はしない。
しばらく無言で予言者はレイの頭をなで、レイは予言者に頭をなでられていた。

「貴方は誰?・・・何か懐かしい感じがする。」
「・・・告げよう。綾波レイ?お前は絆がほしいか?」
「絆?・・・他のものとのつながり・・・」

予言者の問いかけにレイは少し考え込む。

「・・・ほしいわ。」
「何故だ?」
「私には他に何もないもの・・・」

その言葉に感情は感じられない。
おそらくは意味を知ってはいてもそれが実際どういうものなのかは理解していないのだろう。
辞書を引けば出てくるような答えだ。

予言者は・・・ただうなづいて続ける。

「いずれ・・・お前を求めるものが・・・必要とするものが現れる。」
「え?」
「そして、お前はすべてを捨てて・・・その人間の元に向かうだろう。」

レイは予言者の言葉に首をひねっている。
自分がそんな風に誰かのために動くなど想像も出来ないのだろう。

今のレイには分からなくても仕方がない。

「それは誰?」
「知りたいか?」
「ええ・・・」

予言者はローブの中から左手を出した。
すでに光球が浮かんでいる。

「これを受け入れればその人間のことを知ることが出来る。」
「・・・本当に?」
「ああ・・・」
「どうやるの?」

予言者はレイをベッドに寝かせるとその鳩尾に光球をかざした。
ゆっくりとレイにむかって落ちていく。

「目覚めたとき、すべてが始まるだろう。」
「うっく!!」

鳩尾に光球が入ったとたんレイが身をよじった。
言い表せない感覚がレイの全身を突き抜ける。

「怖がるな・・・」

予言者は優しくささやいてレイの頭をなでてやる。
まるで父親がそうするように慈愛に満ちた表情で・・・

予言者の言葉を聞いたレイはうなずくと抵抗をやめた。
全身を駆け巡る感覚に身を任せると急速に意識が沈んでいく。
程なくレイの意識は闇に沈んだ。

「・・・もはやリリスではないのだな・・・綾波レイ・・・」

その言葉にどんな感情が込められているのか知ることは出来ない。
レイが意識を失ったのを確認した予言者はレイの体に毛布をかけてやる。

「・・・あの時、碇シンジの元に駆けつけたお前を碇シンジは恐れて拒絶した・・・しかし、今度は拒絶したりしないだろう・・・碇シンジはお前の真実を知りながらあの海から呼び戻した。拒絶した人間を命をかけて引き戻すなどどんなにおろかな人間でもやらない。お前は碇シンジが求めたからこそここにいるんだ。それが絆といえないのならばこの世界に救いなどあるまいよ。」

眠りに落ちているレイにそんな言葉は届くはずがない。
しかしアダムの声はどこまでも優しい。

「・・・そうだろう?碇シンジ?」

予言者はそういうと自分の右手を見た。
握られた右手をしばらく見ていたが最後にレイの安らかな寝顔を見ると立ち上がって部屋を出て行く。

「またな・・・綾波レイ・・・そしてさよならだ。遠き日に妻であった女(ひと)・・・・・・」

予言者は振り返らずに部屋をあとにした。
扉が閉まる音と共に部屋の中を闇が支配する。

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36時間後・・・
日本から離れた場所に名も無き島があった。

地図にさえ載っていないその島にはなぜか立派な研究施設と軍隊並みのセキュリティがある。
それは研究施設。
限られた人間しか知らないこの研究所の出資者はゼーレという。

来るべき運命の日に向けて老人達がある目的のために建造した施設だ。

ちなみに、この研究所で何を研究しているかはもちろん、この場所に研究所が存在することはゲンドウたちでさえ知らない。
それひとつをとってもネルフとゼーレの関係が良く分かるというものだ。
所詮は狸の化かしあい。

そして今、島のすべては喧騒の真っ只中にあった。
研究所が轟音に支配される。
破砕音が連続して響き渡り、地震のような揺れが周囲の地面ごと施設を揺らしていた。

断続的に襲ってくる振動は明らかに自然のものではない。
何者かの意思を感じさせる。

「何が起こっている!!」

銃を構えた警備員が施設内から出てきた。
上司らしい男が叫ぶように部下に説明を求めて周囲を見回す。

「襲撃です!!」
「数は!?」
「それが一機・・・しかし」

GRRRRWAAAAAA

部下らしい男の報告を吼声がさえぎる。
報告を聞くまでも無く、二人の瞳は襲撃者を見つけた。
それは隠れようとはしているわけではなく、しかも隠れる必要などなかったのだから見つけるのはたやすい。
最も、隠れようとしても隠れきれるわけが無いのだが・・・

二人が同じ方向を向くと銀色の巨人の姿が見えた。

瓦礫の中で身を起こす数十メートルの体躯、獣のように口を開け、周囲を威嚇するその様は悪魔にも見えるだろう。

巨体を被う一万二千枚の特殊装甲はN2すらも耐え切るほどの防御力をほこる。
その前に通常武器はまったく効果がない。
二人が手に持つ銃など癇癪玉以下だ。

巨人は唖然とした二人に目もくれず施設の破壊を続けている。
その一撃ごとが破壊となり、その動きこそが破壊となる。

「なんなんだあれは・・・」

この施設の警備を任された彼らは不幸だったのだろう。
その巨人の名前すら知らずに蹂躙されていく・・・銀の巨人、エヴァンゲリオン4号機一体に・・・

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ズン!!!!

まるで地震のような震動が断続的に響いてくる。
明らかに自然のものではないそれに施設内のあっちこっちで悲鳴と怒声が飛び交っていた。
しかし相手は対使徒用に自分達の上位組織が作った切り札だ。

”まっとう”な相手用の装備しか持たないのでは歯が立たない。
4号機を止めるためにはN2クラスの火力が必要だ。

もっとも、あったとしても文字通り足止めにしかなるまいが

「・・・・・・こっちか・・・」

そんな喧騒の中を予言者は自然体で歩いていた。
自分の感覚を頼りに施設内を歩いていく姿は周囲の騒然さを見れば明らかに場違いだ。

すでにローブのフードは外れていてその独特の容貌が外に出ている。
白髪に赤い瞳、中学生の容姿・・・碇シンジの顔
しかし、かなり目立つはずの彼を周りにいる人間は誰も誰何しない。

しかしそれも仕方ないことだろう。
今の彼はフィールドを調整して自分の認識を拒絶しているために誰も気づかないし気づけないのだ。
もっとも、今外で暴れている4号機の対応でそれどころではないだろうから見咎めても対応できたかは疑問だ。

「・・・ここだな」

やがて予言者はひとつの扉の前にたどり着いた。
重厚そうな巨大な扉を見上げる。

カードキーはもちろん指紋照合、角膜照合の機械が取り付けられ、明らかにセキュリティーレベルが他の部屋と違う。
厚みに関しては核シェルターよりも分厚そうだ。


ピー・ガッツ

しかしそんな最新式の機器も予言者の一睨みの前には勝てない。
次々とロックがはずれ、重い扉が開いていく。
人一人分の隙間が開いた時点で予言者は室内に体を滑り込ませた。

中にはいると同時に一斉に予言者に向かって赤い視線が殺到する。

「やはりここか・・・」

そこに意思の光はなく、ただ目の前に現れたものに反射的に反応したと言う感じだ。

巨大な水槽の中から予言者を見返してくる彼ら・・・オレンジ色の液体の中に漂う全裸の少年達・・・以前の世界で渚カヲル、あるいはタブリスと呼ばれた存在・・・その群れ
渚カヲルのクローンたちだ。

「ダミープラグを使ったのだから当然だな・・・」

予言者はその一言で興味をなくしたのか周囲を見回す。
彼にとっては嫌悪でもなんでもなくただそれだけの意味しかない。

予言者は肉体などに大した意味も執着も持っては無い。
実際、予言者の体も貰いうけたものだ
体が複数あれば便利だなと思っている程度だ。

「魂が宿った個体はどれだ?」

水槽の中のカヲルには該当する物がないのを予言者は見ぬいている。
わざわざ予言者自らここに足を運んだのはそれを見つけるためだ。
こればっかりは予言者で無ければ見分けがつかない。

その瞳が一体だけ、他の渚カヲルとは別の円筒形の水槽に入れられた渚カヲルを見つける。
他の個体とは違い目を閉じて眠るように水槽に浮かんでいた。

「やはり・・・まだ魂が幼い・・・これなら事前に知識を与える必要もないな・・・」

予言者はローブから左手を抜き出す。

その手のひらに浮いた光球をカヲルの体に向けてほうる。
空中を泳ぐように光球はカヲルの元に向かって飛んで行った。
ガラスの水槽を透過した光球は正確にカヲルの鳩尾に当たり、その体の中に吸い込まれていく。

「っく!!」

変化は劇的だった。
いきなりカヲルの瞳が開かれて赤い瞳が見開かれる。

目覚めたばかりで焦点が合わないのかゆっくり周囲を見回したカヲルの視線が目の前にいる予言者の姿を捉えた。

『君は・・・』
「目覚めたか?我が眷属タブリス・・・しかしこの顔にすぐに気がつかないとは碇シンジがなくぞ?」
『シンジ君・・・いや、ちがう・・・この感じは・・・』

カヲルの言葉に予言者が面白そうに笑う。
どうやらカヲルは予言者の正体が分かるらしい。
使徒であるカヲルが予言者の正体を見破るのは当然と言えば当然だが、いままでそれを看破出来た者はいなかった。

「気づいたか?なかなか違いの分かるやつがいなくてな」
『アダムなのか!?でも何でシンジ君の姿をしている!?』
「必要だったからさ」

アダムはにやりと笑うと手のひらにフィールドをまとわせ一閃した。
その軌道に沿って水槽に剃刀でつけたような線が走る。
そこを基点として水槽にひびが走った。

刃のようなフィールドに切り裂かれた水槽が破裂し、カヲルが外に吐き出される。

「う・・げほごほ!!」

カヲルは咳き込みながらも立ち上がり、アダムの目の前に立つ。
その顔には困惑が浮かんでいる。

「なんで・・・僕はドグマでシンジ君に・・・」
「その碇シンジが望んだのだ。」
「シンジ君が?」

要領を得ないために首をかしげるカヲルにアダムは自分の着ていたローブを脱いで渡した。
全裸のままでは話しもしづらい。
カヲルはそれを不思議そうな顔をしながらも受け取ると羽織った。

「さて・・・タブリスと呼ぶべきか?それとも渚カヲルと呼ぶべきか?」
「出来ればカヲルと読んでほしいね、その姿でタブリスと呼ばれるのは・・・なんと言うか、いい気がしない。」

どうやら調子が戻ってきたらしい。
混乱から復活したカヲルの顔にいつものアルカイックスマイルが浮かぶ。

「言っておくが我はお前とひとつになる気はないぞ?」
「それは・・・かまわないが教えてくれ、何故君がシンジ君の姿をしている?」
「この体を譲り受けたからさ」
「譲り受けた?どうして?シンジ君に何があったんだい?」
「質問が多いな・・・」

アダムはカヲルの言葉に肩をすくめた。
聞きたい事は分かるがいちいち説明するのも面倒だ。

「その答えは最後の予言のときにな」
「予言?どういうことだい?」
「今我は予言者と名乗っている、これから第三新東京市に戻って最後の予言を行う。その場にてすべての真実を明かそう。碇シンジについてもな」
「つまり疑問の答えを知りたければついて来いって事かい?」
「自由意志をつかさどるお前としては不満か?道すがら基本的なことは話してやるぞ?」

カヲルはアダムの言葉に考え込んだ。
どうやらアダムはこの場で疑問の答えを言うつもりはないようだ。
だとすればついていくしかない。

「わかった。」
「了承した。さて・・・それでは・・・」

アダムはカヲルの予備の体に向き直る。
その手に再びフィールドをまとわせると巨大な水槽を切り裂いた。
切り裂かれた部分を中心に水槽に亀裂が入り、崩壊する。

LCLと共に無数の渚カヲルが吐き出されて床に転がった。

「・・・何のつもりだい?」
「今お前がいなくなってしまうとこの先の歴史にどんな変化が起こるかわからん、お前はアルミサエルが殲滅されるまで目覚めなかったはずだしな、予備が置いてあるのはここだけじゃあるまい?これだけしておけばお前一人いなくなったとしても調べるすべはない。連中はアルミサエルが殲滅されれば残ったからだのどれかに宿った魂が目覚めると勝手に勘違いしてくれる。」
「これからの歴史?・・・よくわからないが・・・しかし、こんなことでごまかせるのかい?」
「今、外で4号機が暴れている。このあたりも一緒に破壊されれば検証のしようもない」

アダムはあっさりと言い切ると部屋の出口に向けて歩き出した。
カヲルもあわててそれについていく。

「今頃は第三新東京市に参加者が集まり、舞台も整っているはずだ。主役が遅れるわけには行くまいよ・・・」

アダムはニヤリと笑って右手を見た。
ずっと握っているその右手を・・・







To be continued...

(2007.05.19 初版)
(2008.02.03 改訂一版)
(2008.05.03 改訂二版)


次回予告

始まりは一人の少年の願い・・・

「・・・改めて自己紹介をしよう我の真名はアダム・・・お前たちが第一使徒と呼ぶ存在・・・」

やり直したいと言う思い・・・

「言っただろう?碇ゲンドウ、お前は碇ユイに再会する・・・生身でな・・・」

そして今・・・最後の予言がつむがれる。

「・・・碇シンジは生きている。」

次回、Once Again 第九話 〔其の最後の予言の聞き手は〕

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