何かが始まるとき・・・それはいつでも唐突で容赦がない。

自分たちにできることはきっと受け入れることだけなのだろう。

諸君、覚悟は良いかね?






Once Again Re-start

第一話 〔エンカウントは突然に〕

presented by 睦月様







何から伝えればぁ〜いいのかぁ〜♪
    分からないまま時は流れぇ〜れてぇ〜♪

浮かんではぁ〜消えていくぅ〜♪
  ありふれたぁ〜言葉だけぇ〜♪


・・・いきなり目の前にドッペルゲンガーよろしく自分のそっくりさんが現れた時のリリンの内心はそんなもんじゃないだろうかとアダムは思う。
少なくとも思考停止はするようだ。

なぜそんなに断定的なことがいえるのかというと目の前で今まさに呆然としている人物・・・碇シンジがそんな感じだからだ。
見たのは彼、見られたドッペルゲンガーモドキというのはもちろん自分
さっきから口をパクパク魚のように開いたり閉じたりしている碇シンジは見ているだけならちょっと滑稽にみえるが安易に笑えない。
今の自分と髪と目の色意外まったく同じなのだから・・・

(さて・・・なんでこんなことになったのだろうか?)

今自分達がいるのはネルフの司令執務室、そのど真ん中で見詰め合っている自分とシンジ、さらに自分と将棋盤をはさんで向かいにいる冬月・・・こっちも思考停止していて役に立たない。

(お迎えが来れば永久に止まってしまうのだから動ける間は動き続ければいいものを・・・)

なかなかダークサイドな思考をし始めたのはさすがのアダムも混乱しているからだろうか?

そしてシンジの背後で脂汗をだらだら流しているゲンドウとユイの夫婦・・・考えるまでもない。
状況証拠だけで十分に有罪に持ち込めるだろう。

(何考えているんだこいつら・・・)

アダムはシンジと会う気はなかった。
今のアダムの体は未来のシンジのものだ。
一年の差があるとはいえ今のシンジとこれほどそっくりな人物もいまい。
会えば必ず無用の混乱をシンジに与えてしまう。

だからなるだけ会わないようにしようと考えていた。
これはゲンドウやユイも同意している。

(・・・なのにだ。)

何で碇シンジは目の前にいるのだろうか?
ここにアダムがいることはゲンドウたちも知っている・・・というか出会うことがないようにここに居ろと言ったのは他ならぬゲンドウだ。
一瞬、何か考えがあってわざとゲンドウ達がここにシンジを連れてきたのかと思ったが・・・どうも違うらしい。
必死で自分の視線から逃げようとしているゲンドウとユイはどう見ても失敗して気まずいと態度で語っている。

ここが街中なら問答無用で職質を受けているだろう。

「と、父さん・・・母さん・・・この人・・・だれ?」

ど真ん中ストレートな質問をシンジがした。
その答えが聞きたいのはよくわかる・・・わかりはするんだができれば聞いてほしくなかったというのが一同の本音
まあそんなことは100%ありえないこともわかってはいる。
自分がシンジの立場なら真っ先にそれを聞くだろうからだ。

「シ、シンジ・・・」
「ユイ、私から話す。」

説明しようとしたユイをさえぎってゲンドウが前に出た。
困惑しているシンジの前に立つ。

(さて・・・いったいこの状況をどう収めるつもりか・・・お手並みを拝見しようか)

今一どういう状況かわからない(特にシンジがここにいる理由とか)がこんがらがっているのは誰の目から見ても明らかだ。
シンジにアダムのことをどういって納得させるつもりかアダム自身も興味がある。
なんといってもゲンドウはネルフの責任者などという重要なポストを任される人物だ。
中学生一人くらい軽く丸め込めるだろう。

「この子は一歳年上のお前の兄だ!!」
「ちょっと待たんか碇ゲンドウ!!」


思わずアダムの全力の突込みが入った。
しかしゲンドウはそんなことをものともせずに話を続ける。

「名前は碇シン!」
「だから待てというのだ碇ゲンドウ!!そんなことをいきなり言っても・・・」


ふと見ればシンジは放心していた。
やはり話について来れなかったのだろう。
無理もあるまい・・・いきなり生き別れの兄弟出現など昼の連ドラじゃあるまいに現実にそんなものを信じる人間が・・・

「は!と、父さん!!僕に兄さんなんていたの!?そんな!!!」

・・・ここにいた。
しかも放心していたせいでアダムの突込みを華麗にスルーしていたらしい。

そんなシンジの反応を見ていた一同の感想は・・・

((((シンジ(この子)君・・・将来騙されてぼったくりの壷を買わされたりしないだろうか?))))

純粋なことがいいこととは限らない。
少し汚れているくらいが生きていくにはちょうどいいということもあるのだ。

「シンジ・・・シンは見た通りのアルビノ体質だ。昔は体が弱く、長く生きられないといわれていたんだ。そのために長期の療養と治療が必要だった。・・・お前に知らせなかったのは悪かったと思っている。しかし、シンのことで心配をさせたくはなかったしお前はまだ小さかったから兄がいると知れば会いたいと言い出すと思ったのだ。」

よくもまあこんなに即興でぺらぺらしゃべれるものだとその点だけはアダムも感心した。
長年あっちこっちの組織と交渉事を繰り広げてきた結果だろう。

「に、兄さん・・・なの?」

シンジがアダムのことを兄と呼んだ。
思わず引きつった笑みを浮かべたまま背後のゲンドウを見ると・・・今にも土下座せんばかりの勢いで必死に手を合わせてアダムを拝んでいるゲンドウがいた。

(い、碇ゲンドウ!!貴様問題を我に丸投げするつもりか!?)

実際そうなのだろう。
そうとしか見えない。

「に、兄さん?」
「う・・・」

アダムは答えに詰まった。
ゲンドウに対する追及は後でもできる。
とりあえずはこの場を何とか切り抜けなければならない。

数秒間悩んだアダムは・・・

「あ、ああ・・・我、いや・・・私がお前の兄のシンだ。」

悩んだアダムはこの流れに乗ることにした。
いまさらシンジに会ったという事実は消せないし、そのためにはシンジの記憶を消去しなければならない。
アダムにそんな能力はもちろん無いし、そんなことをするくらいならシンジの頭ごと記憶を吹き飛ばすほうが手っ取り早い。

時として川の流れに身を任せるように状況に流されたほうがいいこともある。
長いものに巻かれたほうがいろいろと楽だったりする。
それが処世術というものだったりするのかもしれない。

「そ、そういえばシンジ?ネルフの中は見て回ったのか?」
「え?う、うん半分くらい・・・父さんってすごいんだね、こんな大きな組織の司令をしているなんて、僕ぜんぜん知らなかったんだ。〔人類を守るための大切な仕事〕って聞いてはいたんだけれど・・・」

シンジの背後で赤くなりながら胸を張るという妙なことをしているゲンドウを思いっきりにらみつけたアダムはなるだけ自然に笑えるように努力しながらシンジを見る。

「そうか、なら残り半分も見てくるといい。ここにいる冬月副司令が案内してくれる。」
「わ、私がかね?」
「・・・お願いしますよ。」
「う・・・分かった」

お願いしますといいながら殺人光線が出そうな眼光で冬月をにらむアダムに冬月があわてて従った。
いくら老い先短くとも命は惜しい。

冬月はそそくさとシンジをつれて執務室を出て行った。

「さて、私もシンジの案内を・・・」
「ゲンドウさん、私もお供します。」
「お前達はちょっと待て・・・」
「「あう!!」」

シンジ達に続いてこれまたそそくさと出て行こうとしたゲンドウとユイをアダムの静かな怒声が止めた。

「説明してもらおうか?なぜ碇シンジがここに来る?しかもお前達も一緒に・・・何故だ?」
「そ、それは・・・」

ユイが言いにくそうにゲンドウを見る。
当のゲンドウは鏡を見たガマのごとくだらだら汗をかいていた。

「実は本部内を案内していたときにシンジがすごいすごいって言うもんだから・・・ゲンドウさんが調子に乗っちゃって・・・」
「・・・・・・」

アダムは無言でこめかみを揉んだ。
一言で言うと呆れの境地に到達している。
息子の賞賛に気をよくして肝心なことを忘れるとはこの男・・・実は結構子煩悩なところがあったということだろうか?
似合わないとかキャラじゃないとかいろいろな単語が浮かんでは消えていく。
前回のシンジを突き放していた態度・・・実はあれこそがこいつの仮面だったのだろうか?

気になることはいくらでもある。
だが一番気になることは・・・

「碇ゲンドウ?」
「何だ?」
「いつ我がお前の息子になった?しかもシンジの兄だと?」
「ふ、そのことか」

なんでもないことのように言うゲンドウにアダムは堪忍袋の尾を9割方切った。
だがまだ早いとアダムは自分にブレーキをかける。

さて・・・たとえ二回目の人生だろうと何だろうと人間は早々簡単に自分を変えられない。
年を取った男は特にである。

忘れてはいけない。
ゲンドウは数年ぶりに呼び出した息子への手紙に「来い」の一言だけという不幸の手紙モドキを送りつけ、バルディエル戦後にはシンジに「お前には失望した」発言などとにかく空気が読めない男だ。
だから当然アダムの発散している危険な空気にも気がついていない。
そんなゲンドウの横で必死にユイが空気読めとジェスチャーしているがこれにも気がついていない。

碇ユイ・・・こんなゲンドウを受け入れ、シンジという子供までもうけたつわもの・・・
しかしそんなできた嫁さんの努力もむなしくぼんくら夫ゲンドウは・・・

「その場のノリだ!!」

相当に自信があったのか堂々と言ってのけやがった。
それを聞いたアダムの口元が肉食獣のごとく釣りあがる。
喜悦の笑みだ。

「碇ゲンドウ!!」
「は、はひ!?」
「立て!!」


いきなりの怒声にゲンドウの本能が無意識に反応して直立不動の姿勢をとらせた。

「後ろで手を組め!!」
「Sir、Yes・Sir!!」
「足を肩幅に開け!!」
「Sir、Yes・Sir!!」


アダムの剣幕に押されたゲンドウは素直に従う。
逆らったら怖いから

「歯ぁ食いしばれ!!」
「Sir、Yes・Sir!!ガキ!!」
「逝って来い!!」
「はお!!」


ゲンドウの体が5センチほど浮いた。
別にゲンドウがジャンプしたわけじゃない。
蹴り上げられたのだ・・・アダムに・・・

ゲンドウの股間にはアダムの蹴り足が食い込んでいる。
つまりゲンドウの体が5センチほど浮くくらいの威力の蹴りをもろに急所に食らったことになる。

「無、無理・・・これは歯を食いしばっても無理・・・」

どさっと言う音とともに床に沈んだゲンドウは虫のごとく蠢動している。
この状況の男にできることはほかに何もないのだ。

「ち、ちょっとアダム!!やりすぎよ!!ゲンドウさんが使い物にならなくなったらどうするの!?」
「潰えてしまえこんなアホの血脈!!」
「ゲンドウさんはともかくシンちゃんはアホじゃないわ!!」
「才能は十分あると思うがな!大体今自然な流れでゲンドウのアホを認めたな!?」


ぎゃいぎゃい騒ぐ二人の間で誰に省みられることもなくゲンドウは一人悶えていた。
今の状況も地獄、立ち上がっても地獄の四面楚歌だ。
それならばこのまま床に這いつくばっていたほうがいいと判断したのだろう。

しかしこの混乱のそもそもの原因はゲンドウのせいなので同情するには値しない。

「・・・話を戻そう。」
「・・・そうね」

しばらく言い合ったアダムとユイは休戦協定を結んだ。
さすがに言い合いのボキャブラリーが切れたということもある。

「それで?・・・どこまで話したのだ?」
「う・・・私達がどんな仕事をしているかということと私が生きている理由・・・」

今ユイは本名の碇ユイを名乗ってはいない。
今の名前は綾波ケイ、これはゼーレの目をくらませるために新たに作った戸籍だ。
いきなり東方三賢者のユイが復活したとなればさすがにご老人方も黙ってはいないだろう。
死海文書を解読したユイは彼らの計画にどんな影響を与えるかわからない。
そもそもユイが初号機の中から出てきたことが知れればなぜ初号機が起動しているのかということを追及される。

これはまずい。
今の初号機は以前とは違いシンジだけしか受け入れない
つまりレイでも起動は不可能だ。

さすがに未来のシンジの魂が入っているとは言えない。
そこでユイの存在を別人のものとして扱うことになった。
もちろんこれほどそっくりな人間なのだからいずれはばれることも考えて碇家の遠縁の人間としている。

「・・・つまり肝心のエヴァに乗ってくれということは伝えていないのか?」
「ええ・・・」
「言いにくいというのは理解できるが・・・」

いきなり命を懸けて戦えということだ。
そんな簡単な話ではない。

「しかし話さないというわけにもいくまい?ゼーレへの対面もある。天文学的な金を使って建造したものがいざそのときになって使えませんと言うわけには行かないだろう?我が動かすこともできなくはないがそれでは意味がないぞ?」

ゲンドウやユイたちの願い。
シンジの復活・・・そのためにはシンジに初号機に乗ってもらう必要がある。
アダムが初号機を動かしたのでは意味がない。

「私が伝える。」

不意に会話に割り込んできた声にアダムとユイの視線が集まる。

「碇ゲンドウ・・・床に寝たままで会話をするとは行儀がよくないな、言いたいことがあるなら立って話せ。」
「も、もうちょっと待ってくれ・・・」

まだ床から復活できないでいるその理由はアダムのせいなのだがゲンドウもさすがに我慢する。
何とか真っ青だった顔に血の気が戻ってきたところで腰が引けた格好だがゲンドウは復活してきた。

「シンジの説得は私がする。」
「ふむ、それならそれでかまわんが」
「出来ればシンジの兄のふりもしてやってくれないか?」
「お前の考えなしの行動の尻拭いをしろと?・・・一体何が目的だ?さっきは言葉のノリと言ったが本当は何か思うところがあってのことなんだろう?」

サングラスを直しながらふっと笑う。

「これからシンジは記憶を手に入れることで混乱していくのだろう?そのときのサポートも含めてシンジの護衛を頼みたい。」
「それが狙いか・・・別に我じゃなくてもいいだろう?」
「子供達ではどうしようもないこともある。」

これからシンジに起こることは予想ができない。
記憶を手に入れることによってシンジがどう変化していくか・・・そのケアが子供達だけでできるかどうか?
大人にあって子供にないもの・・・人生経験が必要になる部分が出てくるかもしれない。

その点アダムは外見は中学生でも中身は成熟した存在だ。

「シンジは前の世界でつらい思いをした。記憶が戻ったとき、我々大人を信用しないかもしれない。かといって子供達だけに任せておくのも不安だ。」
「だから我に頼むのか?我ならばいざというときに碇シンジとの橋渡しになるかもしれないと?本当に碇シンジのことしか考えていないな・・・」
「それが私にできる償いだ。」

ただの親ばかだろうという言葉をアダムは飲み込んだ。
親として息子を思う気持ちは理解できなくもないと思う。
だが・・・だからこそ・・・

「・・・忘れたのか?我はお前達の戦いには干渉しないといったはずだ。碇シンジを助けることはそのままお前達リリンに手を貸すことになる。」

自分の子供達が争うこの戦いにアダムは干渉しないことを宣言していた。
それがアダムなりのけじめでもあったから・・・それを知っているはずのゲンドウはニヤリと言う感じに笑った。

「報酬は用意する。」
「報酬だと?」

アダムもゲンドウと同じにやり笑いを浮かべた。
中身が違うといってもそこはやはりシンジの体だ。
こういうところを見ると肉親だというのがよくわかる。

「言ってみろ?貴様のことだから普通に金を用意するような無様なことはすまい?もしそうならば我はお前を買いかぶりすぎていたということになるが?」
「ふっ・・・問題ない。十分満足してもらえるはずだ。」

二人の顔は等しくメフィストのような笑みを浮かべている。
実際似たようなものだ。

そしてゲンドウの用意するといった報酬・・・それを聞いたアダムは案の定考え込むことになった。

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「か、顔!?」

ライトアップされたケージの中央・・・角を持つ紫の鬼の顔を見たシンジが驚きの声をあげる。

「人の造り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン・・・その初号機よ、建造は極秘裏に行われた。我々人類の最後の切り札よ」

説明するのは前回と同じようにリツコだ。
その斜め後ろでミサトがあきれた目を親友に向けている。

「・・・ねえリツコ?」
「何、ミサト?」
「わざわざ再現する必要があるの?」
「第一印象は大事よ。インパクトはないよりあったほうがいいわ」

などといいながら実際はこのシチュエーションが好きなのだという事をミサトはちゃんと見抜いている。

「副司令にはちゃんと謝っときなさいよ。」
「尊い犠牲だったわ。」

施設内を案内して最後にケージにシンジをつれてきた冬月だったが真っ暗なケージの凹凸に躓き、そのまま冷却用のLCLに頭から突っ込んで退場していた。
あわててケージの明かりをつけられ、救出されたが今は医務室に連れて行かれている。

実は真っ暗闇からいきなりライトアップするというのも再現したかったリツコなのでその部分はちょっと不満そうだ。
老人をいたわる気持ちが感じられない。

「こ、これも父の仕事ですか?」
「そうだ!!」

いつの間にかケージの反対側にゲンドウがいた。
その後ろにはユイとアダムがいる。

「シンジ・・・」
「父さん?」
「頼む」
「え?と、父さん!?」

いきなりのことにシンジが面食らった。
あのゲンドウがいきなり目の前で土下座したのだ。

「この初号機は来るべき使徒との決戦にどうしても必要なものなのだがパイロットを選ぶのだ。」
「パイロットを選ぶ?・・・ま、まさか父さん・・・僕を呼んだのは・・・」
「お前の思っているとおりだ。」
「そんな・・・出来るわけないよ・・・こんな聞いたことも見たこともないものを・・・父さんは僕が要らなかったんじゃないの!?」
「・・・・・・」
「勝手すぎるよ!!」

シンジの言葉にゲンドウは何も答えない。
何もかもがシンジの言うとおりだから・・・

そんなゲンドウの後姿を背後から見ていたアダムは・・・

(こいつ・・・死んだら地獄に落ちるな・・・)

前回の世界では自分の欲望のためにシンジを戦場に送り、そしてやり直しのこの世界でもまた戦場に行かせようとしている。
内包する意味は違ってもだ。
実際地獄というものがあるかどうかはアダムも知らないのだが・・・

(しかしまあ問題あるまい。)
「シンジ・・・今までほうっておいた私達がこんなことを言える立場じゃないのはわかっているわ、でもこのことは人類の未来にかかわってくることなの、場合によっては危険になるかもしれない私達のそばにあなたを置いておくことができなかった事情だけはわかってほしい。」

ユイが慣れない嘘をついている。
しかも自分の息子を相手に・・・表情が暗いのを見ればやはりかなり後ろめたいのだろう。
しかしゲンドウの罪を一緒に背負うという覚悟を決めたのも彼女だ。
この程度で逃げるわけにはいかない。

「本当はシンが乗るはずだったんだけど・・・」
「に、兄さんが?」
「「兄さん?」」

事情を知らないミサトとリツコから疑問詞が来たがゲンドウがひと睨みで黙らせる。
ユイの話は続いた。

「体質的に問題があって長時間の搭乗はできないことがわかったの・・・シンが乗るはずだったこの初号機に乗れるのは弟のあなただけなのよ。」

大嘘だ。
本当はシンジよりアダムの方がはるかにうまく初号機を扱える。
しかし初号機に乗るのはシンジでなければならない。

何よりもシンジのために・・・

ゲンドウとユイ・・この二人の結びつきならたとえ地獄に落ちてもその絆が切れることはあるまい。

「に、兄さん?本当なの?」
「ああ・・・」

そしてアダムもシンジに嘘をつく。
己の目的のために・・・

「だがな、シンジ?乗りたくないのなら乗らなくてもいいんだぞ?」
「え?」

それは当初から決めていた取り決め。
もしシンジが戦わないというならそれを強制しないこと・・・

「そのときは私が初号機に乗るだけのことだ。」
「で、でも・・・そうなったら兄さんが?」
「長時間は無理って言うだけのことで乗れないということはない。」

不介入と言っていたアダムとは思えない言葉にミサトとリツコが驚くが再度ゲンドウににらまれて黙る。
今が一番大事なときだ。

「だからこれは絶対しなきゃいけないことじゃない。確かにお前がこれに乗ってちゃんと訓練を受けてくれたなら私が乗るより勝つ確率が上がるかもしれないが、同時に命のやり取りをするということでもある。」
「ぼ、僕は・・・」
「事が事だし悩んでも答えが出るものでもないだろう?実は時間もない。悪いがここで決めてくれ、私たちはお前の決断を尊重する。」

いきなりのことに周囲を見回すシンジだが誰もが不安そうに自分を見ている。

「に、兄さんは怖くないの?」
「怖い?何がだ?」
「し、死ぬのが・・・」

シンジの言葉にアダムは少しだけ考えた。

「・・・シンジ?私の知っている奴に自分以外の人間の為に自分の命を削った奴がいる。」
「い、命を削った?」

シンジとアダム以外が別の意味で緊張した。
誰のことを言っているのか気がついたからだ。

「ああ、その結果そいつはほとんど死にかけるところまで行ったんだが・・・」
「死にかけるなんて・・・」
「私にはいまだ理解できないがお前にはそういう人間がいるか?いないのならこんなものに乗らないほうがいいかもしれないな、理由がない」

その一言でシンジの視線がゲンドウとユイの間を行き来する。
かなり迷ったようだがやがて決心したらしい。

「・・・兄さん・・・僕・・・乗るよ・・・」
「いいのか?」
「うん、僕は父さん達が迎えに来てくれるまでずっと僕は要らない人間だと思っていたんだ。」

シンジの言葉にゲンドウとユイがつらそうな顔になる。
そんな風にシンジが思う原因は自分たちにあるのだから。

「でも父さんたちが迎えに来てくれたことで思ったんだ。こんな僕でも必要としてくれるって・・・父さん達を理解できるかもしれないって・・・だから僕は乗るよ。もっと父さんや母さんや兄さんのことを知りたいから・・・」
「・・・・・・」
「だめかな?」
「・・・いや、いいんじゃないか?」

アダムはふっと笑うとシンジの肩に手を置いた。

「金のために命をかける人間もいる。誰かと一緒にいたいからって言う理由で命をかける奴がいてもいいんじゃないかと思うぞ?」
「そ、そう?」
「ああ、がんばれよ」
「うん」

アダムはシンジの肩に置いていた手を頭に移すと髪がくしゃくしゃになるまで撫でてやった。
こういうことに慣れていないのか恥ずかしいのかシンジはぎこちない笑みを浮かべている。

「シンジ!!」

いきなりアダムを押しのけるようにしてシンジに抱きついたのはユイだ。
すでにぼろぼろ涙をこぼしている。

「ありがとう・・・ごめんね・・・ごめんねシンジ・・・」

ユイはただシンジに謝り続けることしかできなかった。
これからシンジの人生を変えてしまうかもしれないというのに母親の自分の無力・・・ユイはただそれが悲しかった。

「お、大袈裟だよ母さん・・・」

シンジはなぜユイがこんなに謝るのかその本当の理由を知らない。
しかしそれでもユイが苦しんでいたことはわかるのだろう。
子供ながら不器用にユイを慰めている。

「始まったな・・・」
「ああ・・・すべてはここからだ。なにもかもが・・・ここから始まる。」

二人を見つめながらアダムとゲンドウは短い言葉を交し合う。

ふっと笑うとアダムはケージに背を向けた。

「どこに行く?」
「?・・・部屋に帰るのだが?」
「家族は一緒に住むものだろう?」
「・・・なに?」

ゲンドウの言ったことが理解できずにアダムが聞き返す。

「お前はシンジの兄なのだぞ?お前も認めたではないか、家族が一つ屋根の下で暮らさなくてどうする?」
「い、いや・・・それは成り行きで言った事で・・・まさか碇ゲンドウ・・・」
「ふっ・・・その通り」

アダムの目の前で両手を広げた。
髭親父が両手を広げて受け入れ準備万端になろうが見る分には背筋に冷たいものしか走らない。

「・・・何のつもりだ?」
「父さん、パパ、親父、ファーザーどれでもいいぞ!ドンと来い!!」
「ああそうか・・・」

あまりにもふざけたことを言うゲンドウの希望通りアダムはドンと行った。
シンジに見えない位置から体重の乗ったリバーブローを叩き込んだ。

それを見ていたミサトとリツコが小さく悲鳴を上げる。
胴体の部分でくの字になったゲンドウの方は悲鳴も上げられずにマットならぬ床に沈む。

肝臓打ちと呼ばれたりもするその一撃は決まれば相手に地獄の苦しみを与えるのだ。

「ん?どうかしたの兄さん?」
「なんでもないぞ」

なんでもないぞといいながらその足元ではゲンドウがもだえていたりするがそこはさすがというべきか・・・息子の教育によくないものを見せないようにユイがそれとなく体を使ってゲンドウを見えないようにしている。
妻は時として夫に対して薄情なものだがあえてこう言おう・・・ナイスフォローだ。

「なんだかな・・・」

アダムはボソリと呟きながら厄介なことになったという予感を感じていた。
この先どうなるかはアダムにも予想できない。

しかしもはや停滞することも戻ることもないだろう。

始まったのだから・・・この世界に刻まれる最後の神話が・・・






To be continued...

(2008.01.26 初版)
(2008.02.03 改訂一版)
(2008.03.09 改訂二版)


(あとがき)

読者の方からの希望で続編を書きました。
まだ前作を読んでいない人はそっちからどうぞ。
基本的にギャグ6シリアス3で残る1は愛情な分量でいきたいなと思う今日この頃です。

書いててふと思ったんですがマナとマユミはどうしよう?
まあそのときの気分で出すかもしれません。

作者(睦月様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで