帰るべき場所があるということは幸せに繋がるらしい。






Once Again Re-start

最終話 〔帰還・・・あるべき場所への・・・〕

presented by 睦月様







「地球一周ぶりだな、シンジ?」

墓標のように朽ちたビルが乱立する荒野で二体の巨人が対峙している。
対峙している姿は鏡のようだった。
二人とも同じ鋼鉄の装甲を身にまとい、その額に一本の角を持つ鬼・・・エヴァンゲリオン初号機と4号機(改)

違いはそれぞれのカラーだけだ。
初号機の紫と4号機の銀。
逆に言えばそれ以外に違いはまったくない。

「・・・なんでこんなところにいるのさ?」

初号機のシンジから返事が来た。

「ここにいたほうがいろいろ都合が良いからだ。お前にとってもな」
「都合?」
「遠慮なく暴れられるだろう?だってお前・・・」

シンの顔が喜悦に歪む。

「我を殺したいのだろうからな?」

瞬間に空気の質が変わった。
一触即発の気配で満たされた空間の中、二機の距離は数百メートル・・・エヴァのサイズならほとんど至近だ。
一足飛びで殺傷圏内に入れる。
両者とも無手ではあるが、その膂力はすさまじい。
その肉体が最高の武器になりうる。

「・・・自分の事を私って言わなくなったんだね?」
「つくろう必要はもうないからな、ここには男子中学生のシンとしてではなくアダムとしてきた。」
「ふーん、本気なんだ?なんで僕が君を殺したいって思うの?」
「我とこの4号機があればインパクトを起こせるからだ。」

実際、アダムはそうやって時間を逆行してここに来た。
ただし、この場合はゼーレの予定していたインパクトとは似ても似つかないものだ。
量産機も、ダミープラグも、ロンギヌスの槍すらないそれはただの力の暴走でしかない。
それを制御したアダムはさすがというしかないが、結局そこまでが限界だ。
あの赤い世界を作り出すことは出来ない。

「しかし、それはそれだ。赤い世界を作り出すことが出来なくても、そのまま暴走させればセカンドインパクトを再現することが出来る。」

時空を逆行させるほどのエネルギー
そんなものでセカンドインパクトを再現すれば今度こそこの世界の人類は滅ぶ。

人間だけではない。
他の動植物も絶滅か大きく数を減らすことは免れないだろう。
そして、個体数を減らした種も程なく滅ぶ、結局は同じことだ。
すべての生き物が死に絶えるわけではないという程度の救いしかない。

「お前・・・一人になるのが怖いんだろう?だから二度と一人にならないためにインパクトを起こしそうなものを根だやしにしている。」
「そうだよ!!悪いか!?」
UROOOOO!!!


シンジの感情に引きずられて初号機が吼えた。

「あんたには分からないんだ!!あの世界でたった一人取り残される孤独を!!」
「・・・・・・」
「皆僕を置いて行ったんだ!!僕はただ誰かにそばにいてほしかっただけなのに!!それだけで良かったのに!!なんで僕を置いていくんだ!!」
RUOOOO!!!!


シンジと初号機の叫びをアダムは黙って聞いていた。

「・・・だからみんな僕が壊すんだ。僕を一人にするもの全部・・・」

シンジの声のトーンが下がった。
逆にそれが不気味だ。
発散されない思いのほうが怖い。

「・・・一人になるのがいやだから・・・だからインパクトを起こせるものすべてを破壊してまわったのか?」
「そうだよ。もういやなんだ!!僕はただ皆と一緒にいて、笑っていたかった!!ただそれだけなんだ!!それが悪いのか!!?」
「いや・・・」

アダムの4号機が頭を左右に振る。

「我は多分お前の気持ちが分かる。」
「・・・嘘だよ・・・分かるわけないよ。・・・だって君は使徒じゃないか・・・」
「この世界に来るまでの我だったなら分からないかもしれないがな・・・少しばかり大事なものが出来た。」

それは自分の子供達の使徒・・・
それはこの世界で知り合ったリリン達・・・

彼らと過ごした、この一年ほどの時間の密度は濃かった・・・マジで・・・色々な意味で・・・

「だから、お前に殺されるわけには行かんな」
「・・・あの世界では消滅するって簡単に言っていたのに・・・生と死は等価値じゃなかったの?」
「死ぬことはいつでも出来るさ、だがそれまでは生というものを楽しんでもいいだろう?」

向かい合う二人の鬼が腰を落とした。
飛び掛る予備動作だ。

「一つ聞くが・・・本当にやるつもりか?」
「・・・ごめん、でも僕はもう・・・」
GUOOOO!!!!

叫びと共に初号機が飛び掛ってきた。
すでに、暴走状態なのだろう。
その速さは尋常ではない。

4号機の斜め上から飛びかかってくる様子は虎の狩を思わせる。
まさしく必殺だ。

「・・・ふ」
ズガ!!
「へぶら!!」

今まさに4号機を組み伏せようとした初号機が反対方向に飛んだ。
地面を派手に削って転がっていく様子はどこぞの漫画のようだ。
見れば4号機が前蹴りを放った体勢で止まっている。

「え、えう?なんで!?」

やっと起き上がってきた初号機からワケがわからないという感じのシンジの声が聞こえた。
おそらく今のシンジはかなり間抜けな顔をしているだろう。

「何でも何もないだろう?我はデクノボウではないぞ?」

4号機の顔が邪悪に見えるのは気のせいだろうか?
いや、今の4号機の頭は初号機の流用品だから十分凶悪なんだが、それとはちがう意味で。
初号機の後頭部にでっかい冷や汗が見える気がする。

「動きの遅い他の使徒やダミープラグならともかく、我が黙ってされるがままになるわけなかろう?」
「で、でも・・・」
「確かに暴走状態はスピードもパワーも上がるが、本能のままにしか動けないから力押しになりやすい。」

人間の格闘術とは侮れない。
長い時間をかけて人間は自分の体を武器にする方法を思案してきた。
その結果、さまざまな格闘技が作り出されたのだ。

本能のままに戦うほうが強いのならば格闘技などは編み出されなかっただろう。
そして、こういうものは主に”人間相手”というのが前提になっている。
だから当然、”人間と同じ”姿のエヴァンゲリオンにも応用が利くわけで・・・

「本当は量産機を相手にするために学んでいたのだがな・・・お前が破壊したせいで披露のチャンスがないかと思っていた。」

アダムがしょっちゅう格闘技雑誌を読んでいた理由が分かった。
そしてそれをお仕置きという名目で使徒っ子相手に”実践”していた理由も・・・そんなことを考えていたら4号機が指の骨をボキボキ鳴らしながら近づいてきている。

「え?・・・え?」
「知っているか?」
「な、何を?」
「エヴァンゲリオンが基本的に同じものな以上、チルドレンの差が戦力の決定的な差になるのだ。」

・・・何かどこかで聞いたような話だ。

「名づけてガイバー理論!!」
「強殖装甲!!!」


このサイズなら巨人殖装(ギガンティック)XDといえる・・・かなり古いネタだがついてくるシンジも負けてない。

「さて、まじめにやろうか?2Pカラーだからってなめるなよ。」
「ツーピーって何?」

殺る気まんまんの4号機を見ながらシンジが思い出したのは48の殺人技を諜報部の猛者相手に練習するアダムの姿。ちなみに、その後の52の関節技の被害者は愚かにも女子更衣室に忍び込もうとしていたケンスケ、マト、ガルの三人だったりする。

「で、でも・・・」
「あん?」
「僕は負けない!負けられないんだ!!」

初号機がバックに炎を背負って立ち上がった。
やる気だ・・・そのやる気は買うがそんなやけっぱちな台詞をはいている人間は大抵返り討ちでぼこぼこにされると相場が決まっている。
現実とは非情だ。

「あんたがいるから戦いが終わらないんだ!!」

さらに、主人公の癖にぼこぼこにされた、運命に乗る少年のようなことまで言い出したら終わりも近い。

「いい度胸だ。」

そしてそれを迎え撃つ自他共に認める待ったな死で遠慮な死(誤字にあらず)を地で行く最初の人類・・・4号機に向かっていく初号機の姿は誰が見てもドンキホーテに見えただろう。




・・・・・・・・お見苦しいのでしばらくお持ちください。




「う、うう・・・」

シンジは体育座りをして泣いていた。
目の前には海がある。
ザザーン・ザザーンと波音が聞こえてきたら、やたらとデジャブーを感じる光景だ。

シンジの背後を見上げれば初号機がいた。
一体全体どんな神がかり的なことをしてそうなったのかは知らないが、エジプトの壁画よろしくビルに埋まっている。
しかも全身満遍なくぼろぼろだ。
特に額の角が折られていてかなり格好が悪い。
どんな風に格好が悪いか知りたい人はおもちゃ屋さんでプラモデルを買ってきて角をへし折ってみよう。
もちろん費用は自腹で。それを見れば、やはり初号機は角だというのが分かるはずだ。

ちなみに、そのすぐそばには4号機が記念写真でも撮るつもりなのか両手でピースサインをして仁王立ちしている。
果てしなくむかつく格好だ。
そしてこの状況のすべてをプロデュースした犯人はいつの間にかシンジの横で、スポーツドリンク片手にいい仕事したといわんばかりに、これまたいい汗をぬぐっている。

「こうしているとはじめて話したときのことを思い出すな」
「あの時は海が真っ赤だったけどね・・・」

前回、二人の目の前の海は赤かった。
絶望の赤・・・しかし今目のまえにある海はどうだろうか?
地平線まで続くオーシャンブルー、空に大きく広がる入道雲、その青は数多の生命を生み出し、そして今もなおその懐に命を抱く紺碧・・・ここにあるのは絶望じゃない。
この海には希望がある。

「大体一人になりたくないなどと、どこぞのぼろアパートを管理する未亡人みたいなことを言いおって、お前はアレか?結婚相手に先立たれたら犬にその相手の名前をつけるタイプか?」
「うう・・・」

シンジが真っ赤になってうつむいた。
自分でもどれだけ恥ずかしいことを口走ったのか自覚したのだろう。
確かにあんな台詞は正気ならば恥ずかしくて口に出来ない。

「それに・・・シンジ?」
「な、何?」
「お前なんで死ぬつもりだった?」

アダムの言葉でシンジの体が大きく震えた。

「口でなんと言おうとも体は正直だな」
「・・・なんか卑猥だね?」
「問いただすまでもない。」
「・・・・・・」

なんとなく会話が切れた。
二人はそのまま黙って海を見続ける。
波間に反射する太陽の光が宝石のようだ。

「なんで気がついたの?」
「支部を襲ったときの記録と、さっきの戦闘・・・お前まったく防御しようとしなかっただろう?」

シンジだって伊達にエヴァにのってはいない。
それなりの格闘訓練も受けている。
なのにさっきのアダムとの戦いでは防御しないどころか、むしろそれを自分が食らうことを望むようにがむしゃらに突っ込んできた。
自殺願望があるとしか思えない。

「・・・だって、僕は使徒だ。」
「何?」
「A・T・フィールドだって張れるし・・・だから皆・・・きっと僕より先に死んでいく・・・それなら一緒じゃないか・・・」

使徒はみな悠久の時を越えてきた。
それにシンジも加わったことになる・・・のだが・・・

「く、くはは!!」

いきなりアダムが笑い出した。
それを見たシンジがぽかんとなる。

「お前そんなことを気にしていたのか?やはりバカだな」
「な!!なんでそんなこと言われなきゃならないのさ!?結局みんな僕を残して死んでいくんだ!!」
「そんなの分からんぞ、案外お前のほうが早く逝くかもしれん、老衰でな」
「・・・え?」

アダムの言った意味が分からなかった。
シンジとアダムにはなにか決定的な差が存在する。

「シンジ、今のお前は確かに我らと同じ魂の大きさを持っているし、生身でも心の壁を作り出すことは可能だろう。でも、それはなんでだ?何故そんなことになった?」
「え?」

言われてみればシンジも何故自分が使徒の力を使えるようになったのか分からなかった。
使えるようになったときには錯乱していたし、自覚してからはなんとなく使っていた。

だが・・・何故自分はそんなことが出来るようになった?

「お前、初号機の中のシンジに会っただろう?」
「・・・うん」

レリエルに飲み込まれたとき、確かにシンジは出会った。
初号機の中にあった前回のシンジの魂・・・だが、アレはほとんどかけらだったはずだ。
だからこそ皆シンジを初号機に乗せて、徐々に記憶を取り戻させる方法をとった。

「確か・・・やっとここまで大きくなったとか・・・」
「我にも予想外だったのだが・・・どういえば分かりやすいか・・・シンジ、サキエルのことは分かるか?サキのことだ。」
「う、うん」
「アレはどう見ても子供だろう?肉体が魂に引かれてあの姿になった。我々は使徒だからな、リリンの魂と根本的な差が存在する。だから魂のない綾波レイの体に入ると魂の形に応じて体のフィールドを無意識に自分に合うように作り変えてしまうのだ。」

そろそろシンジが付いてこれなくなって来たようだ。
頭から煙が出始めている。

「お前の場合は逆だ。この世界にもって来たお前(前の世界のシンジ)の魂は本当にかけらだった。」

手のひらに隠れてしまうほどの小さな、そしてかすかな光しか放てなくなっていたシンジの魂

「それが初号機という我々使徒の細胞を使った巨人の中に入ることによって、徐々に体にふさわしいものになっていった。そして、おそらくそのためのエネルギー源はリリスの命の実だ。」

初号機には最初からS2機関があった。
無限のエネルギーをもたらすスーパーソレノイドシステム、それだけのエネルギーがあるのなら人一人分の命をまかなうことなど簡単だ。

「それによって魂をエネルギーで補い、コミュニケーションを取れるようになった魂はお前に干渉したのだろう?」
「・・・・・・」
「まあそれでも人格の大半が消滅していたのだ。ろくなことが出来たとは思えないが・・・」

シンジは黙ったまま頷いた。
初号機の中で出会った自分はすべての記憶を自分に残した。
そして使徒としての力と・・・シンジの願いを託しはしたがそれだけだ。

「それがどうだって言うんだよ!?」
「だーかーら、魂に肉体が引かれたように、肉体に魂も引かれることがあるということだ。そしてこの体はリリンであるお前のものだったし、クローン綾波レイの体もリリンのそれだ。つまり・・・」

アダムはいったん言葉を切った。

「我々はこの体に入ってから、どんどん力をなくしていっている。」
「え?」
「魂が今度は肉体に引かれているのだ。リリンとしての肉体にな・・・もう我には認識阻害のフィールドを展開する力はない。」

人間の体に使徒の魂は大きすぎる。
使徒の魂が肉体にあわせてきているのはいわば防衛本能かもしれない。

「いずれは心の壁をまったく張れなくなくなるだろう。」
「それってもしかして・・・」
「そう、我々の魂はリリン化している。」

アダムはなんでもないように言いきったが、シンジは絶句した。

「そ、それじゃ・・・」
「お前もいずれは使徒としての力をなくし、リリンとなる。」
「本当に!?」
「当たり前だ。大体、命の実を持たないお前がそう長く生きられるわけがないだろう?せいぜい何十年か生きて年を食って死んでいくだけだ。他のリリンと大差がない。」

シンジは言われたことが分からないようだ。
いや、信じられないといったところか?
アダムはそんなシンジに苦笑するとその手を掴んだ。

「な、何?」
「行くぞ」
「どこに?」
「お前の帰るべき場所だ。」

その一言でシンジの体が硬直した。
さっきまでと別の意味で驚いて硬直している。

「え?ち、ちょっと待った!!」
「待たん、散々待ったのだ。あの連中がお前をな・・・どうせそのつもりだったのだろう?」
「ち、ちが・・・」
「初号機の中の魂のかけらもそれを望んでいたのではないか?」

何度目かの硬直をするシンジを見れば答えなど聞く必要もない。
そんなシンジの手を引くアダムは苦笑していた。

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ネルフ本部発令所、ネルフがゲンドウの一言で解体されたからといっても施設までなくなるわけではない。
広い発令所の中心に十数人の人間が一人の少年を前にして動けずにいた。
そして少年のほうも・・・目の前にいる皆に、何を言えばいいのか分からないで戸惑っている。

いや・・・あるいは逃げ出したいのかもしれない。

もちろんシンジとゲンドウ達だ。

「「「「「あ、あの・・・」」」」」

数人が同時にしゃべりかけ、かち合った気まずさで口を閉ざす。
そんなことを繰り返していた。
これなら初めてのお見合い同士のほうがよほど会話があるだろう。

そしてまた沈黙することを繰り返している。

「・・・シンジ?」

沈黙を破ったのはゲンドウだった。
ユイを連れてみんなの前に出る。

思わずシンジは一歩後ず去った。
今のシンジにとってもっとも苦手な二人だ。

シンジの前に立ったゲンドウはサングラスを取ってシンジと向き合う。

「・・・シンジ?」
「何さ?」
「・・・・・・すまなかった。」
「・・・今更だね・・・」
「ああ、その通りだ。」

二人とも黙ったために再び沈黙が降りた。
近くにいるユイも口を挟めない。
これは二人だけの問題だ。
親子だろうが夫婦だろうが口を挟んでいいものではない。

「シンジ・・・」
「何・・・ってうわああ!!」

いきなりゲンドウがシンジに抱きついた。
シンジだけでなくそれを見た全員が驚く。

「よく帰ってきてくれた。ありがとう・・・ありがとう・・・」
「父さん・・・離してよ・・・」

気がつけば、シンジの頬を熱いものが濡らしていた。
ゲンドウの涙だ。
徐々にシンジの抵抗が弱くなってゲンドウのされるがままになった。

気がつけばユイも他の皆も泣いている。

「・・・許してくれとはいえない。もし私がお前の立場なら絶対にゆるさんだろうと思う。」
「・・・・・・もう良いよ。」
「そういうわけにはいかん」
「もういいって言っているじゃないか・・・」
「シンジ・・・」

ゲンドウの手の中から抜け出したシンジはゲンドウの前に立つ。

「僕は・・・この世界での記憶も持っている。父さんが・・・あの世界では見せてくれなかった父親の姿を見せようとしてくれていたことも知っている。」
「・・・私は何もかも至らない親だ。」
「それでも、うれしかった。父さんがいて・・・母さんがいて・・・綾波がいて・・・アスカがいて・・・ミサトさんもリツコさんもトウジもケンスケも委員長も日向さんも青葉さんもマヤさんも加持さんも・・・みんながいて何一つ失われていない世界・・・」

シンジがあの世界で夢見たものがここにはある。

「もう一度、やり直してくれるのか?あんなひどいことをした私と?」
「それが僕の願いだから・・・」

ずっとそれを願っていた。
魂のかけらになってなお・・・あの赤い世界のシンジの、最も強い願いはシンジの中に受け継がれていたのだ。

皆と一緒に・・・笑って、泣いて、怒って・・・たったそれだけでシンジは満たされていた。

「シンジ!!」

こらえきれなくなったユイを皮切りに皆がシンジに殺到していく。
その中心でシンジはもみくちゃにされていたが・・・シンジは楽しそうに笑っていた。
これがシンジの願いなのだから

「うれしそうですね、シンジ君・・・」
「ああ・・・」

隣のアルの言葉にアダムは苦笑した。
二人は発令所の一段高い場所から見下ろしていた。
その背後では他の使徒っ子が滂沱の涙を流している。

「ええ話や」

マトの言葉に皆が頷く。
それを見たアダムは苦笑した。
涙もろい子供達だ。

「・・・お前たちにも悪いことをしたな、我の勝手でリリンにしてしまった。」
「気にするな兄貴」

ハジメの言葉に他の皆も笑って頷いた。

「サキはこの体が好き〜お絵かきできるもん」
「私も、リリンの体っていろいろ便利だし、おしゃれできるし」
「・・・こっちのほうがいい、昔は大きすぎた。」
「そうっす。この体でも海で泳げるッス、だから文句なしッス」
「この姿のほうが皆さんに歌を聞いてもらえますから」
「今なら、子供達を抱きしめて上げられますから、前の体ではちょっと・・・」
「リリンのほうがええに決まっとんやん、いろいろな突込みができるし、楽しいこと盛りだくさんや!!」
「僕もこの体がいい〜」
「前のだとゲームのリモコン持てないし〜」
「ナオコさん、そんなに気を落とさないでください。きっといいことありますよ。」
「ルディもこの体がいいと思うデス!!」
「お、俺もそう思うんだな」
「私も、父さんの選択は間違っていなかったと思いますよ。」
「第三新東京市の今日の運勢は・・・」

アダムはみんなの答えに笑った。

というかリエはまたナオコとチャネリングしているらしい。
地縛っている霊にどんないいことがあるのだろうか?

ゼルはこわごわと下の皆を見ている。
たぶんアスカを警戒しているのだろう。
どこぞのおにぎりを求めて放浪する天才画家のような口調になっている。
まだ怖いらしい。

ルミはまた電波を受信している。
都市の運勢とは一体なんだろう?
かなり気になる。

そんな子供達を見ながらアダムはふと思った。
こいつらのためなら命を賭けられるかもしれない・・・純粋に・・・何の見返りもなく。
アダムは命をかけたシンジの思いが分かったような気がした。

本当はただ大事だから、会いたかったから、それ以上の理由はいらないのかも知れない。

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一年後・・・

「・・・であるからして、君達は今日この学び舎を巣立っていきますが・・・」

第一中学の校庭に生徒達が整列していた。
卒業式だ。

夏だけの季節になったこの国では年中学生服は夏服なのだが、身分証を作るときや行事の際は詰襟とブレザーが基本である。
だから、ガクランとブレザーを着た男女が校庭に並んでいる。

ちなみに今日の天気は快晴で、太陽は直射日光を使ってギンギラギンにまったくさりげなくない自己主張をしている。

「・・・これからの君達には輝ける未来が・・・」

今現在、太陽の光をそのはげ頭に反射して光り輝いている校長の話は無駄に長い。

本当なら体育館でやるはずだったのをこの校長が「卒業生の皆には青空が似合う」とかどうとか自分理論を立ち上げて、校庭での卒業式となった。
ちなみに今日の最高気温は38度・・・そんな中、完全装備で校庭に立ち続ける卒業生と在校生・・・どこの苦行僧だ?

人生で輝く前に太陽の輝きで未来の輝きが消されそうだ。
熱中症や熱射病を甘く見てはいけない。
そしてようやく、一時間に上るありがたーいお言葉が終わって校長は退席し、合唱になった。
この時点で生徒達のいらいらは最高潮である。

そして伝説へ


あおーげばーとーとーしー♪
 わがーしのーハゲー♪

おしーえのときーにもかがーやくーハゲー♪
  (まぶしくて黒板が見えません!!)

おもーえばーいとーとしーこのーとしーつきー♪
  (昔はふさふさだったのに、アムロ・・・時が見えるわ)

いーまーこーそーわーかーれーめー
  (さようならカツラ)

いーざーさーらーばー♪
  (さようならアデ○ンス)


「てめえらぶっ殺すぞ!!」
「校長!!相手は生徒ですよ!?」
「もう卒業したんだから知るか!!」


もちろん生徒達は逃げ出した。
この歌は第一中学の隠れた伝統になって長く(一部の)教師陣をおびえさせることになる。

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第一中学の廊下

「にいーさん」

聞き覚えのある声にアダムからシンに名前を戻した少年が振り返った。
その手には卒業証書の入った筒を持っている。
そして自分の目の前に走ってきたシンジも同じ物を持っていた。

「一体どこに行っていたのさ?卒業式にも出ないで」
「あんな中身のない話、付き合っていられるか、アルビノ体質を理由にサボったに決まっているだろう?」
「そのまんまだよね、とんでもないことになっていたよ?」
「ほう、それは少し興味あるな、なにがあった?」

シンとシンジは連れ立って歩き出した。
双子のようにそっくりで決定的に違う二人が並んで歩く姿はなかなかシュールだ。

「結局、ゲンドウ達は来れなかったな」
「うん、しかたないよ。いそがしいもん」

あの戦いの後、ネルフ本部やゲンドウたちの罪は問われなかった。
本来ならばサードインパクトを画策した組織の一員ということで第一級犯罪者の烙印を押されるところだが(それに他の職員を巻き込まないためにネルフ解散を宣言した)・・・そうならなかった。
正確には出来なかったというほうが正しい。

ゲンドウ達の罪を問わなかったのは各国の意向だ。

理由はゼーレにある。
彼らは裏から世界を操作し、各国の首脳や軍部にも信奉者がいた。
その洗い出しにゲンドウ達が協力した司法取引ともう一つ、実はこっちのほうがメインだ。

先進国だけでなく、再建途上の国からも金をかき集めて対使徒組織を作ったのに、その実情はサードインパクトを画策していたなどとばれたら・・・暴動程度ですめばかわいいものだ。
悪くすれば第三次世界大戦の火蓋が切って落とされる。
たとえセカンドインパクトからの復興途中だとしても、こういうのモノは理屈ではない。

それを防ぐ名目で、一部を除いて使徒はネルフが滞りなく殲滅したことになっている。
大人の取捨選択だがそれも必要だろう。

ネルフはいま、国連の公開組織となってWHO(世界保健機関)などに協力して復興国の支援や孤児達のための孤児院などの活動をしている。
すべてがゲンドウの意向だ。

活動資金としてあらゆる方面に手を伸ばしていた事業から(観光やゲーム企業の会社を立ち上げていたのは解散したネルフ職員の再就職のためだった。)援助を受け取っている。
人類のために・・・これがゲンドウなりのけじめなのだろう。
その傍らにはいつものように冬月とユイがいる。

「・・・ねえ兄さん?」
「なんだ?」
「・・・・・・ずっと聞きたかったことがあるんだ。」
「改まって何が聞きたい?」

気がつけばシンジは立ち止まっていた。
その顔は真剣だ。

「・・・場所を変えようか?」

屋上に移動したシンとシンジがお互いを見て向き合っている。

「兄さん、一年前に言ったよね?僕の魂はリリン化しているって」
「そうだ、お前も、もうほとんどフィールド張れないだろ?」

シンジは頷いた。
かなり集中してもかすかなものしか作れない。

「そして最終的には僕の魂は人間のそれと同じになって、人として死んでいくって・・・」
「ああ、確かにそう言ったな」
「でもそれって兄さんも同じじゃないの?つまり・・・」

つばを飲み込む音が大きく聞こえた気がするのはシンジの気のせいだろうか?

「兄さん達も人間と同じように年をとって死んでいくって事じゃ・・・ってなんでそこで”なんてこいつはバカなんだ”みたいな目で僕を見るの?」
「いや・・・お前それに気がつくのに一年もかかったのか?」
「え?い、いや・・・本当はもっと前に・・・でも言い出せなくて・・・」
「本当に?」
「・・・ごめん、つい最近気がつきました。」

シンにウソは通じないらしい。

「そんなことは分かっていたことだ。ついでに言うが我の子供達のことはお前のせいではない。我がやったことだからな、もともと殲滅されて消滅する運命だったのだ。この人生はおまけみたいなものだよ。他の皆も納得している。」
「でも・・・死んじゃうんだよ?なんでそんな・・・」
「すぐ死ぬようなことを言うな、少なくとも数十年は先の話だ。」

言っていることは間違いじゃないが、悠久の時を越えてきたものにとっては瞬きほどの時間だろう。

「シンジ・・・老人達は世界を生贄にしてでもほしがったが、永遠というものは耳触りはいいが実際はそれほどいいものじゃない。」

それは終わりがないということ。
時の流れに取り残されたものはこの世のすべてが意味を持たない。
石木でさえ自分より先に朽ちていく。

人類が滅んでもなお・・・存在し続けなければならない。
そこに何を見出せというのだろうか?

「お前にはその意味が分かるだろう?」
「・・・・・・」

実際、世界に取り残されたシンジにはその意味することが”実感”できる。
人は群れで生きるものだ。
一人ではその孤独に耐えられない。

「そして我々も・・・」

最初から使徒だったアダムたちならば話が違うのだろうが・・・もう無理だろう。
あまりにも人の中に埋もれて生きることに慣れてしまった。
アダムにしても昔の自分には戻れないだろう。

「だから・・・多分これが一番いい結果なんだ。」

実際のところ、何が最もいいことなのかは分からない。
でもシンはこの世界に満足している。
結局それがだけが真実でいいのかもしれない。

「だから、いまさらエヴァを使ってもとに戻ろうとは思わんよ。」

エヴァンゲリオン初号機、3号機、4号機はネルフ地下、セントラルドグマに安置されている。
当初はS2機関の争奪戦になるかもと思われたが、逆だった。
どこの国も引き取りたがらず、日本政府に押し付けたのだ。

なんと言っても、アダムのS2機関の暴走が世界を一度滅ぼしかけたのだ。
そんな人類の終焉を招きかねない、実際アメリカの第二支部の被害は知れているわけだし、そんな物騒な代物などごめんこうむるということだった。

下手をすれば自分達のいる場所がサードインパクトの中心地だ。
セカンドインパクトの中心地である南極はいまだに赤い海と塩の柱が乱立している。
自分の国がそれと同じになるというのはぞっとしなかったのだろう。

そんな経緯で三機はこの世界でもっとも精通しているだろうネルフに管理が任された。
ちなみに残りの二機、零号機と弐号機はすでに存在しない。
弐号機はキョウコを中から出した後、零号機と一緒に解体されている。
使徒の来なくなったこの世界にエヴァはもう必要ない。

・・・もし、アダムたちが望むのならエヴァという体と命の実を取り戻すことが出来るだろうが

「我は子供達が幸せならそれでいいしな」

使徒たちはすでにこの世界に順応して生きている。

この世界のアダムであるハジメはネルフに協力してWHOに参加している。

サキは小学校に編入した。
友達も出来たらしい。

シエルは高校に入ってハイスクールライフを満喫している。
なにやらアイドルみたいな扱いらしい。

ライはハジメと一緒にWHOに参加して、支援物資の配送を手伝っている。
・・・乗り物用が治らなくて現地にいけないから。

ガルは高校一年生、水泳部に所属してこれがやたらと早いらしい。
・・・ある意味当然だ・・・魚なのだから・・・

ラフェルは時々街中でストリートライブみたいに歌っている。
テレビからも誘われているらしいがいまいちその気はないらしい。

サンは保育士の免許を取った。・・・らしいといえばそのまんまだ。
セカンドインパクトによって孤児になった子供達の世話をしている。

マトは・・・なぜかというか・・・当然というか・・・芸人になった。
日々お笑いというものにを追求している。
この世界に笑いを!!がお題目らしい。

ハクは当然幼稚園に入った。
結構なじんでいるらしい。

ロウはネルフのゲーム部門で活躍している。
時々リツコと頭脳戦ゲームをしているらしい。

リエはサキと同じ小学校だ。
時々、普通の人に見えない何かを見ているようだが、他の人には簡単に言わないように言い含めてある。

ルディも同じ小学校、外国から来たという設定だ。
ちなみに、サキとリエとは親戚ということになっている。
この三人が同じ学校にいるとかなり目立つ事この上ない。

ゼルは何とかトラウマを克服して、今では工事現場で力仕事をしている。
やはり力の使徒は伊達ではないらしい。
皆に頼りにされているそうだ。

アルはもともと頭が良かったので塾の講師だ。
何でも未来の人材を育てることが重要らしい。

ルミは相変わらず、時々電波を受信して皆を驚かせているが、今では個性として受け入れられているそうな・・・いいのだろうか?

他にも案の定、加持とミサトが結婚したり、日向が結婚式で泣いたり、また友人に先を越されたリツコが沈んだり、そんなリツコをマヤが慰めたり・・・相変わらず青葉はロンゲの癖に影が薄かったりしたがそんなものだ。

「それにこの世界も・・・」
「くおるあ!!シンジ、こんなところにいたのね!!」

いきなり屋上の扉を蹴破って来たのはアスカだ。
一年たとうが、何にも変わっていない。
その後ろにはレイとカヲル、トウジにケンスケにヒカリまでいる。

「この後卒業おめでとうパーティーがあるんだからぐずぐずすんじゃないわよ!!」
「行きましょう。碇君」
「パーティーはいいねー、お祝いの祭典って事さ」
「今日は食うでー!!」
「トウジ、もう少し色気のあること言わないと委員長に見捨てられるぞ?」
「相田君!何よそれは!?」

相変わらず騒がしい面子だ。
これが若さというものだろうか?

「ほら、さっさと行くわよ!!」
「あ、ちょっとアスカ、引っ張らないでよ!!」

アスカに手を引かれてシンジが連れて行かれるのもいつものことだ。
何も変わらない・・・でも何かが変わっていくのだろう。
人間の人生とは短い。

その短い時間の中で人間というものは何かを残し伝えていく。
それが群体としての人類の特性なのだろう。

果たして自分にも出来るだろうか?
自分に残されたこの短い・・・本当にわずかな時間の中で・・・「それも面白い」とつぶやいた言葉はシン以外には聞こえなかった。

「何してんのよ!あんたも来なさい!!」
「はいはい」

思考の海に沈んでいたのがアスカの怒鳴り声で引き戻された。
どうやら一瞬すら立ち止まることを許してはくれないらしい。

ふと見上げた空の青さに苦笑したシンはみんなの後を追いかけて歩き出す。
歩き出した子供達の背中をこの世界の風が優しくなでた。










Fin...

(2008.08.02 初版)
(2008.08.09 改訂一版)


(あとがき)

という感じでOnce Again Re-start完結しました。
一週間置いたことで一気に最終話まで書き上げることが出来ました。
ハリポタも読破しましたのでもうこのまま死んでもいいかなーってくらいオーバーに満足しています。

毎回のことですが、なんというか達成感と消失感が一気に来ますね、やはりこういうものは書いている間が一番楽しいのだなと思います。
誤字の修正に協力してくれた人や感想をくれた人には感謝感激ですね。

しかし、完成度でいえばやはり天使と死神と福音との方が上かなーと個人的には思っていたりします。
本当ならもっと使徒の子供たちのことを突き詰めて魅力的にしてやりたかったのですが、それをやると物語のテンポが悪くなる気がしたので割とどたばたした感じが否めません。
Once Again というものは大体にして天使と死神と福音との対として考えていたものですが、Once Again Re-startまで書くつもりは本当はなかったんですよ。
だから、つじつま合わせに困りましたね、特に4号機とカヲルどうしよう?って感じです。
Once Again を完結させたときに、割と投げっぱなしなところがあったんですね〜、後困ったのは擬人化した使徒の性格・・・10人以上のオリキャラの設定はさすがに困りました。
困ったらギャグで力押ししたり(オイ)

今年の1月26日に最初の投稿をしてから、大体半年がかりで書き上げました。
予定ではもう半月くらい早く、本格的に暑くなる前にけりをつけたかったのですが、何事も予定通りいかないなー
最後の数話は書いていて汗出てきました。

とりあえず完結したし、後は他の作家さんの更新を心待ちにしながらすごそうと思います。
この作品で少しでも笑っていただけたのならうれしいです。


(ながちゃん@管理人よりのコメント)

完結おめでとうございます。そしてお疲れ様でした。
前作の続編ということでしたが、打って変わってのギャグ路線(笑)、腹を抱えて笑わせてもらいました。
終始ギャグかと思いきや後半シリアス気味に、しかしまたギャグ復帰、でもまたちょっとシリアスへ、でもでも最後はやはりギャグで〆……結局はギャグな話でした。
シンジ君を幸せにしたいという周囲と、前の記憶を思い出し精神的に危うくなっていくシンジ君、この両者の構図が見所でした(…欲を言えばもう一波乱あって欲しかった)。
しかし大団円を迎え、シンジ君の孤独な心が補完されてよかったです。
あと、ゲンドウの親バカぶりが素敵でした。使徒っ娘(♂は端から除外)もグー。
次回作も期待しています。

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