僕だって指揮部長!

第一話 びっくり仰天!

presented by ピンポン様


 サードインパクトが起こってからどのくらい経ったかな。

 あれが起こってから誰もいなくなっちゃったし、生き物も全くいないもんね。

 周りを見渡しても既に見飽きた赤い世界が続くだけだし、ちょっと前まで誰かいないかなっていう淡い希望を持って探し回ってたけど、どこまで行っても何にも無かったからもう諦めたんだ。

 唯一僕の他にいた人、アスカだって僕を拒絶したらすぐに紅い海に還っちゃったし。おばけでも宇宙人でもいいから来ないかな? 一人だと暇なんだよね。

 そして僕は今では日課となっている紅い海の中へと入っていった。

 ここで独りぼっちになった頃に何もすること無いから、泳ぎの練習でもしようと思って紅い海の中に入っていったんだ。恥ずかしいことに僕は泳げないからね。そしたら案の定、やっぱり溺れたんだ。その時は一人になっても死ぬのが怖くて必死にもがいたけど、何故か呼吸ができて助かったんだ。不思議に思っていたら割れるように頭が痛くなって、僕じゃない誰か別の人の意識が流れ込んできて怖くなってすぐ海の中から上がったんだ。

 それ以来怖くて紅い海には入らないようにしてたんだけど、勇気を出して入ってみたんだ。だって、ここに来て初めての変化だったからね。

 すると、やっぱり頭が痛くなって、知らない人の記憶とでもいうのかな? とにかく、そんなようなモノが僕の中に流れ込んできたんだ。

 初めの内は訳も分からずその記憶を見ていたんだけど、どんどんと記憶が違う人のモノに変わっていって、僕にも余裕が出てきたのか移り変わる他の人の人生を楽しく見るようになっていったんだ。

 不思議と眠気と空腹は気にならず、飽きることなく他人を共有していたんだ。

 でも、いつのことだったかな? 父さんの記憶が頭に入ってきて、僕のその楽しい時間が終わりを告げたんだ。

 父さんの頭の中には僕のことなんか一切考えて無くて、ただ母さんに会うために僕をエヴァに乗せたことが分かった時には愕然としたよ。やっぱり僕はいらない子供なんだって。最後に謝ったのだって、母さんの幻影が見えて父親らしいところを母さんに見せたかっただけなんて、もう呆れるしかないよね。

 それからは、他のネルフの人たちの考えも知りたくて一心不乱に紅い海に浸かってたんだ。でも僕が望んだ人の事を知るのは凄い希で、大抵は全くの赤の他人だったよ。それはそれで楽しかったからいいんだけどね。

 僕がどのくらいそれを見てたか分かんないんだけど、おおよその身近にいた人の事は知れたんだ。アスカ、ミサトさん、リツコさん、加持さん、副司令、オペレーターの人たち、トウジ、ケンスケ、委員長とかね?

 それを見た僕は唖然としたよ。誰一人として僕の事を想ってくれてた人はいなかったんだ。

 僕は良い友達で頼れるお姉さん的なことを思っていたアスカは、僕を憎悪の対象でしか見てなかったよ。エヴァで一番になりたいけど、僕がいるせいでトップに立てない。僕みたいに情けないヤツに負けたのがプライドに傷ついたんだって。

 ミサトさんは僕の事を本当の家族のように想ってくれてたと思っていたのに、ただ僕をエヴァのパイロットとしかみて無かったんだ。一緒に暮らそうと言ってくれたのだって、その方が僕を手な付けやすいからだって? ひどいよね。あと、僕のことを心配してくれたのだって、自分の復讐の駒が減るから必死だったみたいだし。ミサトさんには幻滅だよ。

 リツコさんなんてまるで僕のことなんか眼中になかったよ。愛してる碇ゲンドウの息子でしかなかったんだ。それに綾波のことをなんて思ってたと思う? モルモットだよ!? モルモット! 僕はその時ほど怒りを感じたことは無かったね。たとえ綾波が人じゃなくても、綾波は綾波なのにさ。

 怪しいと思っていた加持さんはやっぱり怪しいことをしていて、ミサトさんのことなんかどうでも良かったみたい。単なる性欲処理としか見ていなかったんだ。真実を知るためなら恋人だろうと、友達だろうと平気で売ってたんだ。最低だよ。

 よく分からなかった副司令は母さんのことしか考えてなかったよ。まあ、この人とはあまり接点は無かったから思うところも少ないんだけど、綾波の命を弄んでいたのは許せないね。全く、ネルフのトップは人の命をなんだと思ってるんだ。

 オペレーターの人達からしたら僕は単なる一パイロット。僕が死のうが生きようがどうでも良かったんだ。でも、僕もこの人達の事は気にしてなかったからおあいこ様かな?

 トウジは妹の事を許してくれたと思ったのに、ずっと根に持っていて僕が使徒戦で死ねばいいなんて思ってたなんて知った時はショックで開いた口が塞がらなかったよ。参号機が乗っ取られて左足切断した時は本気で僕を殺そうとしてたらしいね。すぐに疎開して離ればなれになったから出来なかったようだけど。

 ケンスケはエヴァに乗れる僕のことを妬んでたのは理解できるけど、エヴァに乗ることがどういうことか全く分かって無くて、英雄願望だけだったのには呆れたね。

 委員長はトウジのことが好きだったんだなんて初めて知ったよ。それで僕がトウジの足を奪ったから僕の事を憎んでいたんだ。

 こんな感じで身近な人の事は知ることが出来たんだけど、どうしても綾波と母さん、それにカヲル君の事は知ることが出来なかったんだ。

 それでも諦めずに紅い海に浸かっていたらやっとカヲル君の記憶が頭に入ってきたんだ。

 いや、それは正しくなくて、カヲル君本人が僕の頭の中にいたんだ。

「やあ、シンジ君。元気かい?」

 カヲル君はこの状況をものともせずいつもの調子で話し掛けてきた。

「カ、カヲル君!? 生きてたの!?」

 その時の僕はとにかくテンパッてたんだ。

「僕はシンジ君の中でずっと生きてたよ。と言っても、シンジ君が僕を見つけてくれるまで話も出来なかったけどね」

 そう言っていつもの穏やかな笑みを浮かべていた。

「ど、どういうこと!? 僕の中で生きてたって」

「サードインパクトの時に僕があまりにシンジ君を求めていたから、僕の力と共に君の中に入ってしまっていたんだよ」

「全然意味が分からないけど……」

 僕はカヲル君と話すことが出来てとにかく興奮してたんだけど、彼の気持ち悪い一言でちょっと落ち着きを取り戻した。

「説明は省くけど、インパクトの寄り代となったシンジ君に僕が吸収されたって言えばいいのかな」

 よく分からなかったけど、こうしてカヲル君と会えたことがとても嬉しかったんだ。

「君が何を言ってるか分からないけど、とにかくこうしてカヲル君に会えて嬉しいよ」

 たぶん、その時の僕は満面の笑みだったと思うんだ。

「ふふ、君は本当に好意に値するね」

 カヲル君も嬉しそうに笑っていた。

「……それで、さっきのはどういうこと? カヲル君の力が僕の中に入ってしまったって」

 カヲル君のセリフを聞かなかったことにした。だって、カヲル君の目がとても怖かったんだ。

「おや? とっくに気が付いてると思ったけどね」

「? どういうこと?」

 カヲル君は意外そうな顔をしている。

「君はあの時からどのくらい時間が経ってると思う?」

「あの時ってサードインパクトからだよね? う〜ん、一年か二年とかかな?」

 どんな意味があるのか分からない彼の質問に適当に答える。ここでは太陽も昇らないし、夜にもならないから時間の感覚が無いんだ。

「最低でも千年は経ってるよ」

「え、ええ〜〜〜!?」

 呆れながら言う彼の言葉にびっくりして、今まで生きてきた中で一番の大声で叫んだと思う。

「シンジ君は今やアダムと同義なんだよ」

「アダムと同義? よく分かんないよ……」

 さっきの事実が僕の頭の中を巡っていて、カヲル君の言葉にも空返事だったんだ。

「つまり、インパクトの時に僕の中のアダムがシンジ君に移ってシンジ君は人でありながらアダムでもあるって事かな?」

 僕はバカみたいな顔で唖然と聞いていたんだと思う。

「だからシンジ君は死なないし、歳を取ることもない。それにATフィールドだって使える」

 カヲル君の話を聞いて、何だか僕は僕じゃない気がして怖くなった。

「……僕はもう人じゃないの?」

 僕は何とか声を絞り出したけど、とても小さな声だった。

「人だよ。ただしアダムでもある」

 カヲル君は真っ直ぐに僕を見ていた。

「それでも、シンジ君はシンジ君さ。君が綾波レイを一人の女の子として見ているように」

 僕が黙って俯いていたらカヲル君は優しい声で言葉を繋げてきた。その彼の言葉を聞いて僕は気が付いたんだ。綾波もカヲル君も僕と何一つ変わらないって事に。

 僕はゆっくりと顔を上げた。

「……そうだね。ありがとう、カヲル君」

 そして僕とカヲル君は微笑みあった。

「でもどうして僕の綾波への気持ちを知っているの?」

 誰にも言ったこと無いのになあと思いながら訊いたんだ。

「ふふ、僕はシンジ君と共にいたって言ったよね? だから君の事は何でも知ってるのさ」

 前髪を手で掻き分けながら僕に教えてくれた。でも、僕の事を何でも知ってるって事は……

 人に知られたくない恥ずかしい事を知られてると思った僕は顔を真っ赤にして考え込んだ。

「そういうことでシンジ君が知ってて僕が知らないって事は無いのさ」

 恥ずかしがってる僕のことなどお構いなしに、カヲル君は何やら嬉しそうにしている。

「そ、それでどうして今まで出てきてくれなかったの?」

 僕は話を変えたくて気になっていたことを訊いたんだ。

「この紅い海、LCLから僕の記憶を探し当てるまではシンジ君と接触できなかったのさ。何故だかは僕にも分からないけどね」

「LCL!? これってLCLなの!?」

「そうだよ。生命のスープとでもいうモノ。リリンの還るべきモノ。それがLCLだよ」

「よく分かんないや……」

 カヲル君の言いたいことはいつもよく分からない。結局なんなのか分からず思考の海をさまよっていたけど、カヲル君が凄い真剣な顔で僕を呼んだのを切っ掛けに考えを中断した。

「シンジ君……」

「なに?」

「僕はそろそろ消えなければいけない」

「な、なに言ってんのさ!? どうして!?」

 カヲル君の突然の言葉に取り乱した。

「僕にはあまり力は残っていなかったんだ。そして、こうしてシンジ君の頭の中に現われるのに力を使ったからもう殆ど無いのさ。だから僕はこれ以上自分を保っていることは出来ないんだ」

「そんな……せっかく会えたのに……僕にくれた力が必要なら返すから僕を一人にしないで!」

「それは出来ない。アダムを受け入れるにはもう僕の魂は小さすぎるんだ……シンジ君、君にまた会えて本当に嬉しかった」

「カヲル君!」

「ありがとう」

 カヲル君はもうすぐ消えてしまうというのに嬉しそうに微笑んでいたんだ。

 僕は泣くことしか出来ず徐々に透けていくカヲル君の姿を見ていることしかできなかった。

「これは僕からのプレゼント……さようなら」

「待って! カヲル君!」

 僕の叫びも空しくカヲル君は笑いながら消えていった。

 やっと出会えたたった一人の友達が消えてしまったことに、僕はただ泣くことしかできなかった。だけど何かが僕の頭の中に入ってきた。

 それはカヲル君が最後に言っていたプレゼントだった。

 カヲル君が使徒だった時に持っていた知識と経験。それが僕の中に入ってきたのだ。それはアダムの記憶。遙か昔に生まれたこの星の残骸。

 僕はアダムとリリスの全てを理解するに至った。リリスとなった綾波がこの星と一つになっていることも分かった。

 カヲル君が消えた後、僕はもっともっとこの地球のことを知ろう、僕自身の事を知ろうと思いそれからも紅い海に入り続けた。

 カヲル君が言ってたようにATフィールドも張れた。最初はびっくりしたけど、エヴァに乗ってる時と同じような感覚で楽に使えた。色々と便利でATフィールドの翼を作ったりして空だって飛べたんだ。慣れてくるとこの体が楽しくなってきたんだ。

 あれからどのくらい経ったかな、僕はこの星のことをほぼ全てにおいて理解するまでになっていた。母さんは初号機と共に地球を飛び出していったからLCLには溶けなかったんだね。綾波も地球と一つになってるから溶けてないし。

 僕は昔の事を考えながら浸かっていた紅い海から出て砂浜に寝ころんだ。

 色々なことがあったから僕も精神的に強くなったけど、やっぱり一人でいると人恋しくなる時がある。それでもネルフの人には会いたくないけどね。

 過去に戻れたら、なんてたまに思うけど戻ったら戻ったでいろんな人を殺しちゃいそうだよね。ゼーレのおじいちゃん達はまず間違いなく殺しちゃうね。あとはミサトさんとか? 父さんを目の前にしたらどうなるんだろう?

 なんて事を考えていたら、この赤い世界になってから感じたことのない眠気を感じたんだ。甘美な眠りに誘われて次第に瞼が閉じていく。

「おやすみなさい……」

 そして僕は深い眠りについたのだった。










 何だかうるさいな〜、人がせっかく気持ちよく寝てたのに。

 僕はまだ寝たり無かったが周りに響く轟音のせいで目を覚ました。少し考えれば分かることだけど、僕しかいないあの世界でうるさい音などするはずもないのだが、この時の僕は寝ぼけてて正常に頭が回転していなかったのだ。

 目をこすり空を見てみると何故か青く、遙か上空には光り輝く太陽が待機していた。

「…………え?」

 僕は何がどうなっているのか分からなかった。

 ついさっきまでは赤い世界にいたよね? じゃあここは?

「う〜ん……」

 唸ってみたけど何も浮かんでこなかった。

 とにかく現状を確認しないとね? ここはどこだろう。僕はキョロキョロしながら辺りを見ていたんだけど、どうにも見覚えがある場所なんだ。

 あちらこちらでは地上すれすれを戦闘機が飛び回り、海の方から来る巨大な生物に攻撃を食らわしているんだ。

 まさかね? まさか過去に来たなんて事無いよね? 何故なら僕は何もしてないからだ。たまにする過去に行けたら、という妄想をしてただけなんだ。それなのに……

 僕は宇宙人の精神攻撃か!? などと疑い、何か無いかと周りを捜索し始めた。

 ちょっと歩いたところにボーッと立っている少年の後ろ姿を見つけた。

 その少年はどことなく僕に似ていて、見覚えのあるスポーツバッグを地面に置いていた。暫く電柱の影から観察していたんだけど、彼が困ったようにキョロキョロと首を動かしだしたんだ。その時見えた横顔を見て、僕はありえないよなどと思っていた。

 彼の事を調べるべく僕は彼の元に歩いていった。足音で気づいたのか彼が僕の方を向いた。

 見つめ合う僕ら。

 彼は僕と全く同じ身長で、同じ色と長さの髪、同じ顔、服装も一緒だった。彼も唖然としていたようで放心している。

 とりあえず何か言っとかなきゃいけない気がして僕は叫んだ。

「「うっそ〜!!」」

 あ、彼も叫んだみたい。






To be continued...

(2007.06.02 初版)
(2007.06.23 改訂一版)


(あとがき)

 どうも、ピンポンです。『使徒が嫌い、でもエヴァは好き』がまだ完結していないんですが、ちょっとアイディアが浮かんだんで書いてみました。ここのシンジ君は楽天主義者です。そんなわけで軽いノリで話が進んでいけばな〜と思っております。それでは、よろしくお願いします。

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