Rel. 1.0(HTML) : 11/4/2005 A.S.G. (Project-N) 原案 : 斎藤 和哉 文章 : 茂州 一宇 |
──── 死
通常の生物にいずれ訪れるもの
避けられないもの
──── 別離
憎んでなければ、少しは悲しいもの
親しければ、心乱す程悲しいもの
──── 永久の別れ
永遠の別離
もうお互いを認識出来ない
とても淋しい事
──── 永劫の孤独
辛く淋しい事
人間なら耐えられない事
人間の心を有したヒトへの永遠の罰
原罪を償えなかった永久 (とわ) の刑
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アスカがこの世を去った……。
48歳だった。
『遂に、独りになっちゃったか……』
僕は阿蘇山の火口の側で、彼女の亡骸を抱きかかえていた。
火口からは、地球という星自体は死んでいない事を主張するかの様に白い煙がゆらゆらと上 (のぼ) っている。
『子供が欲しいって言ってたっけ……』
彼女が時々呟いていた言葉。
『叶わない事だって、アスカも気付いてたみたいだけど……』
彼女と、放浪しながら暮した三十四年弱。その大半は、夫婦生活と言っても良かった。
彼女は真剣に子供が欲しかった様だが、悲しい事に僕は人間ではなかった。遺伝子上は非常に近い種ではあるので、科学的には受胎可能な範囲だとは思うものの、他の要因も絡んでいるが故に、それは望めない事だった。
彼女の種族保存本能が働いた事は否定出来ないが、二人だけと言うのは淋しい事だから…。
ただ、ガフの部屋が空 (から) な今となっては、例え受胎しても死産で悲しむだけの事。
僕は、その事を敢て彼女には話さなかった。いたずらに彼女を悲しませても無意味だから。そして、そう言う気遣いの必要な世界を望んだのは僕自身だから…。
辺りを見渡すと、遠くまで広がる土の色だけの不毛な大地と、紅い霧で霞んだ紅い海が見える。この地上に、唯一のヒトとなってしまった事を嫌でも実感させられる。
(僕は、人間じゃないから……。それでも一緒にいてくれて有難う……)
彼女が息絶える時までずっと我慢していた涙が頬を伝って、穏やかな表情を浮べる彼女の骸に落ちた。
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放浪の旅の途中での急激な身体の変調。
それは、もう命の火が燃尽きる寸前だという知らせだった。
『私……、火山の火口を見ながら……死にたい……』
彼女の希望は、意外なもの。何故火口なのか、僕は一瞬耳を疑ってしまった。
『な、何を……。アスカ……、あの紅い海に行けば死ななくて済むんだ……』
『嫌……。だって、あそこに混じるのが嫌だから、私、戻って来たのよ?』
僕は彼女にある意味酷な事を口走ってしまった。それは逢えなくても側にいて欲しいと言う僕の我儘が言わせた言葉。
彼女は否定する時に、悲しそうに微笑んでいた。きっと、僕が何を考えていたのかがある程度分ったからだろう。三十四年近くも一緒にいたのだから、ある程度なら相手の考えている事も予測出来る様になっていた。それは嬉しい事でも、悲しい事でもある……。
『でも……』
『いいの。私、一生、ずっと貴方の側にいられたんだもの……』
彼女は苦しそうな息遣いのまま微笑む。
(有難う……。でも……、でも……)
理性と感情の間で揺れる心。僕は、人間の心を失ってしまう事は無く生きてこられた。その事で一番感謝しなければならないのは彼女の存在。彼女がいたからこそ、僕は人間の心を失わずに済んだのだと思うから…。
『アスカ……』
『だからね……、火山の火口が見たいの……』
何故、火口なのか、僕には分らなかった。そう言えば、彼女は、ドイツを中心に欧州 (ヨーロッパ) を回っている時も、火山の火口へ行きたがった。理由を訊いても、「何となく」としか答えてくれなかったけれど、彼女にとっては、火山の火口に何かを感じていた様に思える。
『どうして……?』
『浅間山の事……覚えてる……?』
浅間山……。何故、浅間山?
『私が、貴方に初めて感謝した、大切な……記憶……。だから、その思い出を……思い出しながら……逝きたいの』
『…………』
それで、ようやく僕は彼女の考えていた事を理解出来た。火口に、あの時の事を重ねていたんだ。あの使徒と闘った時の事を。
僕は忘れかけていた事。いや、忘れる事は出来なくなってしまったが故に、心の奥にしまい込んでしまっていた事。女性は男性とは比較にならないほどに、印象に残った事を覚えている傾向が強い。彼女にとって、あの時の事も忘れられない事になっていたのが、当時の事を思い出してみると少し恥ずかしかった。
彼女は二人きりになったあの日から、使徒戦の事やネルフの事を語るのを嫌っていた。きっと、封印したかった記憶なのだろう。
だが、その封印したい記憶の中でも、僕との記憶は大事にしていた事に嬉しいものを感じる。
『本当は、浅間山に行きたいけれど、もう……、そんなに長くはないわ……。身体が持たない……。浅間山に行くのは……無理ね……』
『…………分ったよ。……ここから一番近いのは、阿蘇山だけど、そこでいい?』
いくら AT フィールドの壁で彼女を守って飛ぶとは言え、高速で飛ぶと、それなりに身体に負担は掛ってしまう。力学に逆らった行為を行っているのだから、それ相応の問題は有るのだ。特に音速を超えて飛ぶと、その無茶な速度故の問題が生じてしまう。
『えぇ……、お願い……』
こうして僕は、いつも以上に丁寧に彼女を AT フィールドで包込み、余り速度を上げない様に慎重に阿蘇山へと向った。
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阿蘇山に着いたのは、陽が傾き掛けた頃だった。
『ねえ、貴方……。私を許してくれる?』
『何故、許さなきゃいけないの? アスカは僕に許しを請う様な事は何もしてないのに』
僕は、彼女が何故そんな事を言うのかと考える。
分らない……。
あの日から、僕が彼女に迷惑を掛続けた事しか思い出せなかった。彼女が僕に何をしたと言うのだろうか。
『私、貴方を、一人残してしまうわ』
『何を言ってるんだよ……。僕みたいな人間でない者と……、ずっと一緒にいてくれただけで……、十分だよ……』
『良かった……。でも、貴方は一人になってしまうのね……』
『…………』
そう、僕は独りになってしまう。だが、それはいずれ来る日だと分っていたから、覚悟はしていた。
でも、独りになりたい訳ではないのだから、改めて言われると辛い。
『最期に……接吻 (くちづけ) をして……』
彼女が望むままに接吻 (くちづけ) すると、間もなくアスカは穏やかな表情で、もう醒めぬ昏睡に陥った。それ程の時を置かず、息絶えるだろう。
暗くなってきた空に、星が見え始めていた……。
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腕の中で彼女の体温が失われて行くのを感じながら、僕は夜空を見上げていた。
『帰ろうか……、アスカ……』
僕はそう語り掛けると、背に四対の翼を広げると、彼女を丁寧に抱きかかえ、第三新東京市へと向った。
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──── 第三新東京市
郊外の丘の上。瓦礫の山になってしまったけれど、僕達が暮した街を一望出来る処。
そこに穴を掘って、丁寧にアスカを葬った。バクテリアもいないこの世界。このまま放っておくと、彼女の遺体は干物の様に乾いてしまう。酸素は有るから、表面が酸化して肌がくすみ崩れてしまう。それは、見たくなかった……。
そして、その上に、彼女の名前を刻んだ墓標を置いた。
墓標には、彼女の希望通り“碇 アスカ IKARI Asuka (2001-2050)”と記した……。
彼女の遺言通りの埋葬だった。
彼女はドイツではなく、第三新東京市を選んだのだ。
“何故”って訊いても、彼女は教えてくれなかった。
(最後の印象的な一年を過した場所だからかな……)
それに答えてくれる人は、もういなくなってしまったけれど……。
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アスカ……、あの頃はよく喧嘩したね。
本当に詰らない意地の張合いと、心のすれ違いだったけれど…。
でも、あの日を境に、君は僕に依存してしまった。
喧嘩はしなかったけれど、お互いに、いつも悲しかったね。
仲良く暮せたからこそ、淋しさを紛らわせる事が出来なかったね。
ドイツに渡ってからは、君の過した街や思い出を教えてくれたね。
僕の過した街も知りたいからって、三鷹にも行ったっけ。
でも僕には、三鷹には思い出と言える程のものは無くて君を悲しませてしまった。
三十四年弱の日々は、それなりに長い時間だったと思う。
年を重ねる毎に淋しくなって行く食卓が悲しかったね。
年を重ねる毎に離れて行く外見年齢も悲しかったね。
二人でいられる事が嬉しくも、そして淋しくもあったね……。
僕は、人間じゃなかったから、耐えられたんだ。
でも、君は人間のままだった。きっと、耐え難い程に淋しかったんだろうね。
淋しさで君の魂が時折慟哭していたのを僕は知っていたよ……。
でも、僕に出来る事は、ただ君の側に寄添って共に生きる事だけだった。
君は本当に幸せだったの?
こんな世界だから幸せの閾値を低くしていたんじゃないのかな?
お互いに深く迄は分り合えない世界を望んだ結末はこうなったけれど、本当に良かったの?
僕は……、あの日からこの日が来るのを覚悟していたんだ。
出来るだけ先になって欲しいと、自分勝手な望みで君の身体を必要以上に気遣ったんだ。
それは本当に君のためだったんだろうか?
もう……、分らないけれど……。
もし、君の幸せを僕が奪っていたとしたら……、それは僕が永久 (とわ) に背負って生きて行くよ。
それが僕に科せられた罰だろうから。
僕は、この地上に独り生き続けなければならない罪深い者だから…。
あの世と言える場所は、君一人だけの世界……。
君はその淋しさに耐えられるだろうか?
僕はそれだけが気掛りだ……。
.. §06. B u βen...
それからの僕の生活は単調だった。
何もする事が無いから……。
世界中を回っても見たけれど、そんなものは十年もしない内に飽きてしまった。
何処に行っても、誰もいなくて淋しいだけだから。
旅をしていたのは、アスカがいたから……。
いつしか僕は、彼女の墓標の側で一日中、思案するだけの日々を送る様になっていた。
(僕は、何故死ねないんだろうね……)
そんなのは分り切った事だった。歳を取る事の無い、力の実を持った身体が死ねる訳が無いのだ。
(分り切った事でも、答が返ってこないってのは淋しい事だね)
覚悟はしていた事。けれど、想像と現実は別のもの。
誰もいなくて独りきりと言うのは、心に大きな穴が開いた様な空虚感を覚えさせた。
(これだけ淋しくなっても、僕の心は壊れる事も出来ないんだね……)
一応、ある意味補完された心は壊れる事が無かった。
(誰もいない世界にただ一匹の化物か……)
ただ、化物しか存在しない処では、その化物が標準とも言える。
苦笑せざるを得ない現実。それが今在る現実。
(そして、これが僕の贖罪……。終りの無い贖罪……)
この世界を作り上げた僕に課せられたもの。永遠の流刑地。
その星の名は地球 (Earth) ……。
Ende...
(著者より哀を込めて)和哉です。
ようやく完結しました。最終話、短いなぁ……。とは言え、書くべき事も無くて……。
最初の方の話の後書 (らしきもの) で書いた様に、この話は、プロローグがベースになっているため、この後に続く話が有るには有るのですが、それをどうするかは未定です。その話が有るからこそ、シンジとアスカしかいない話にもかかわらず、LAS ではないのですね。実はこの続きの本編になるべき話は LRS なのですから…… (ぉぃぉぃ)。
まだ、次に何を書くか決めてない上に、Project-N の小説を置いてあるサーバが許容限度を超えて不安定なので、引越し準備の関係もあって、どうなるか未定です。それでは、また会う日がありましたら……。
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茂州です。今回は、短いので、執筆や校正が楽でした。では。
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