新世紀エヴァンゲリオン Enemies of Female

第二十二話

presented by Red Destiny様


検査の結果、特に異常が発見されなかったため、シンジは結局目覚めたその日のうちに病院を退院することが認められた。当然ながらそれを聞きつけたレイやアスカが笑顔でやって来て、お約束の一騒動があったのだが、シンジが疲れているからやめてと頼んだところ、二人とも素直に従った。だが、それには当然ながら理由がある。レイがシンジの右腕にしがみつき、アスカがシンジの左腕にしがみつくことが認められたからだ。

「碇くん、元気を出して。」
レイはそう言いながら、シンジの腕に胸を押し付けるようにしてくる。シンジとしてはとっても恥ずかしいのだが、最近では少し慣れてきたため黙っている。マシュマロのように柔らかい感触がとっても心地よいからでもあるが。
「そうよ、シ〜ンジ。元気出しなさいよね〜。」
レイに意識を向けると、アスカもレイに対抗してか胸を押し付けてくる。これまた柔らかくて弾力性に富んだ感触がなんとも言えないほどイイ。確かに顔が真っ赤になるほど恥ずかしい状態なのだが、男として生まれた以上、こういう状況は素直に喜ぶべきなのだろう。
「うん、二人ともありがとう。なんだか元気が出てきたよ。」
実際に元気が出たのは、体のとある一部分だけのような気もするが、そんなことはどうでもいい。今はまさに両手に花−それも飛び切り綺麗な花−の状態なのだから、この状態が少しでも長続きすればいいなとシンジは思う。

だが、この状態を快く思わない者もいる。シンジ達の後ろをムッツリとした顔で歩いているカガリ、苦笑しているマユミ、表面上はニコニコ笑っているが内心あまり面白くはないラクスの飛鳥3姉妹だ。
「ちっ、アスカも冷てえよな。俺もシンジと腕を組んで歩きたいのによお。」
カガリはそう呟きながら、頬を一段と膨らませる。それを、マユミがまあまあと言って宥める。
「シンジさんは退院したばかりですから、あまり周りが騒ぐのは良くないですよ。今はレイさんとアスカさんに任せましょう。」
「ふん、それくらい俺にもわかってるさ。」
いや、分かっていないからムッツリとしているんだが、本人はそのことを認めたくないらしい。カガリはしばらくの間、ムッツリとした顔をしたままだった。



シンジ達が家に帰ると、家のメイド達が出迎えてくれた。
「「「「「シンジ様、レイ様、アスカ様、お帰りなさいませっ!!!!!」」」」」
30人ほどの少女達が、シンジ達に向かって一斉に頭を下げる。住人が増えたことにより、シンジが最初に来た時よりもメイドの数も増えていたので、出迎えの声は更に大きくなっていた。
「うん、ただいま。」
最初の頃は戸惑っていたシンジも、今では落ち着いて応える。
「……ただいま。」
レイは、呟くように小声で言う。
「はーい、たっだいまーっ!」
対するアスカは、陽気に応える。三者三様で、傍から見ると面白い。
続いてラクス、カガリ、マユミが家に入ると、メイド達は同じように出迎える。最後にシホとフレイが入った時も、同様だ。
「シンジ、どうする?お昼ごはんにする?お風呂に入る?それとも、アタシにする?」
まだぼんやりするシンジに、アスカがどうするのか聞いてきた。シンジは試しにアタシと言いたかったが、レイが冷たい眼で睨むので諦めた。少し考えたが、汗を流したいという気分になったため、お風呂にすると答えた。
「まあ、いいですわね。また、みんなで一緒に入りましょう。」
間髪いれずにラクスが言ったため、一人で入りたいなどと言える雰囲気ではなくなった。だが、先日皆と一緒に風呂に入った時に、色々といい思いをしたため、まあいいかとも思っていた。



同時刻。ネルフでは、シンが総司令室に呼び出されていた。タランチュラの情報を聞くためだ。ゲンドウ、冬月、リツコ、ミサトに加えて加持もいる。最初に、ミサトが問いかける。
「ねえ、シン君。あのタランチュラについて、知っていることを教えてくれないかしら?」
ミサトが聞くのは、その方がシンが答えてくれるだろうとの配慮からだ。シンは、苦笑しながら口を開く。
「ミサトさんに聞かれちゃ、しょうがないですね。いいでしょう、僕が知っていることを全て話しましょう。」
シンは、ゆっくりと話し始めた。
・タランチュラは、そもそも飛鳥財団で開発を進めていたレジェンドガンダムという機動兵器だったのだが、飛鳥財団では最近試作機が完成した段階であり、それも設計通りの性能を発揮していない未完成品であること。
・どういう訳かタロンに情報が漏れてしまい、そればかりか先にタロンに完成品を開発されてしてしまったこと。
・レジェンドガンダム以外にも、複数のガンダム開発計画があり、それらの情報も漏れている可能性があること。
・飛鳥財団は、タランチュラについてはクモ型の無人兵器という偽情報を掴まされていたうえに、現物を見るまでは情報漏れに一切気付いていなかったこと。
それらのことを、苦々しい表情でシンは話す。

「現在、情報漏れの原因について全力で調査中ですが、調査はあまり進んでいないですね。我々としては、万全の対策を講じていたはずなんですが、こうも易々と最高機密の情報が漏れるとは、僕としても信じられないですよ。」
シンはそういいながら、苦虫を噛み潰したような顔をする。だが、加持はそんなことはないと否定した。
「いや、そうでもないよ。少なくとも、我々ネルフはその最高機密の存在すら気付いていなかったんだからね。タロンの情報収集能力が凄いのかもしれない。」
加持が言うには、タロンもウルクも謎の多い組織で、碌な情報が得られないのだという。情報収集能力もさることながら、防諜能力もピカイチらしい。だがそこで、ゲンドウから質問が出た。
「飛鳥シン。君たちの開発している兵器は、アレだけではあるまい。他になにがある?」
ゲンドウは、飛鳥財団や対使徒兵器に対する認識を改めたようだ。エヴァンゲリオンとは全く異なるコンセプトで開発された兵器が、実際に使徒を倒したのだ。これからは、他の対使徒兵器を軽視できるはずもない。それに、他に飛鳥財団が開発している対使徒兵器があれば、その情報が他の組織に流れていないという保証も無い。それを確認したいというゲンドウの考えは、ネルフの司令として当然と言える。だが、さりとてシンの方も簡単に組織の最高機密など話せるわけがない。即座に首を横に振る。そこで、ゲンドウはミサトにちらりと視線を向け、ゲンドウの意を受けたミサトが問いかける。
「ごめーん、シン君。他の兵器の情報をちょっち教えてくれると、とっても嬉しいんだけどなあ。」
でへへと笑いながら聞いてくるミサトに、シンは呆れて何も言えない。こんな大事なことをちょっち教えてなんて、ミサトは一体どういう神経をしているのだろうか。
「しょうがないなあ、ミサトさんは。」
だが、そう言ってシンは笑う。なんだかんだ言っても、シンはミサトには甘い。本来ならば、現時点ではまだ話すべきではない、他の計画のことまで話してしまう。

「他に、もう一つだけ開発計画があります。使徒の細胞に別の因子を加えて培養するものです。成功すれば、今のエヴァよりも何割かは強くなるはずです。」
そう言うシンだが、なんとなく自信なさげだ。
「そう言うってことは、まだ成功していないのかしら?どこで躓いているの?」
興味津々のリツコの質問に、シンは頭をかきながら答える。
「それが、コントロールする手段が無くてねえ。」
これには、その場の全員がずっこけそうになる。
「てことは、本体は完成したってことかい?」
加持の突っ込みに、シンは頷く。
「ええ。一度は完成しましたが、コントロール出来ない兵器は危険です。試作体は、既に焼却処分してあります。ただ、コントロール方法さえ確立できれば、1か月もあれば完成できますが。どうです、赤木博士?何か使徒の改造コピーをコントロールするいい方法はないですかね?」
シンは、急にリツコに話を振った。だが、リツコは慌てずにゆっくり答える。
「それが出来ないからこそのエヴァなのよ。エヴァも、本来ならば無人でコントロール出来た方が使い勝手がいいわ。パイロットという足かせが無くなるもの。」
それを聞いて、シンはやっぱり駄目かと言ってうなだれる。
「他には、他の組織に資金援助して、その成果や開発データを頂くことになっているものがあります。日本重工の無人ロボットや、以前お話しした戦自の自走式陽電子砲や陸上軽巡洋艦ですね。あとは、最近はネルフとの共同開発にも本腰を入れてますよ。まあ、ここのみなさんはご存知でしょうけど、エヴァの武器開発が中心ですね。」

その後、幾ばくかの質問があったが、ゲンドウは必要な情報はほぼ得られたと判断し、シンに礼を言って退席してもらう。そして、今度は幹部で今後の方針を確認し合う。
「加持君は、ウルクやタロンからの情報収集に当たってくれ。可能な限り、対使徒兵器の開発データを集めて欲しい。赤木君は、新兵器開発のペースをもっと上げて欲しい。葛城君は、パイロットの意見を聞きながら、赤木君に効果的な武器開発のアドバイスをしてほしい。」
冬月の言葉に、3人が頷く。

その後、ゲンドウと冬月は2人きりになって、善後策を話し合う。
「碇、状況はかなりまずいぞ。止む無く委員会や飛鳥君の協力を得て、それでもやっと次回の指揮権を確保するのがやっとだったよ。この次に使徒殲滅に失敗したら、おそらくその次は無いぞ。」
冬月は、眉間にしわを寄せる。だが、ゲンドウは表情を崩さない。
「大丈夫ですよ。次は、妨害工作になど……。」
ゲンドウの自信ありげな言葉に、空元気だろうと思いつつも冬月はとりあえず一安心するのだった。



夜は、シンジの快気祝いということで、またもや宴会となった。

席順だが、シンジが主役なので真ん中に座り、シンジの左右にはレイとアスカが座る。アスカの前にはカガリが座り、レイの前にはマユミが座り、シンジの前にはラクスが座る。レイの横にはレイ担当副隊長のシホが、アスカの横にはアスカ担当副隊長のフレイが座る。
隣のテーブルには、シンが真ん中に座る。シンの右にミサト、左にマリューが座り、ミサトの横にはジュリ、マリューの横にはアサギが座る。対面には、左からマユラ、ナタル、リツコ、マヤ、ミリアリアが座る。
具体的には、下記の通りである。

 フレイ アスカ シンジ レイ シホ
┌−−−−−−−−−−−−−−−−−−┐
└−−−−−−−−−−−−−−−−−−┘
 ステラ カガリ ラクス マユミ

 ジュリ ミサト シン マリュー アサギ
┌−−−−−−−−−−−−−−−−−−┐
└−−−−−−−−−−−−−−−−−−┘
 マユラ ナタル リツコ マヤ ミリアリア 


「ねえ、シンジ。あーんして。」
アスカは何かとシンジに食べ物を食べさせようとしてくる。
「碇くん、これどうぞ。」
レイもまた、アスカに対抗してか同じことをしてくるので、シンジとしては気が休まらない。どちらか一方だけ食べると、もう一方の機嫌が悪くなるからだ。シンから人の顔色を見るのは直すようにと言われているのだが、シンジの性格なので簡単には直らない。シンであれば、人の顔色など気にせずに好きなものを食べるのがいいというだろうが、今のシンジには難しいようだ。
「う、うん、ありがとう。でも、お腹が空いていないから、いいよ。」
シンジはやんわり断り、別の話題を振ろうとする。だが、なかなか思う通りにはいかない。
「じゃあさ、アタシ達の新婚旅行はどこに行こうか?アタシは、地中海がいいな。」
アスカが、いきなりとんでもない話を振ったので、レイも対抗してくる。
「私は、碇くんと一緒ならどこでもいい。碇くんは、私とどこに行きたいの?」
レイは、少しはにかんだ表情で言う。
「う〜ん、そうだね。まだそういう話は早いかな。」
シンジは、シンから教わった無難な断り文句を言う。
「え〜っ、そんなことないわよ〜。ねえ、シンジ〜。地中海にしましょうよ〜。」
アスカは、シンジの腕に胸をこすりつけるようにしてくる。これがたまらなくイイ。
「碇くん、どこがいいの?教えて?」
レイも同様に、胸を押し付けてくる。これも、とっても気持ちイイ。
「え〜っ、どうしようかなあ。」
シンジは困ったようなフリをしたが、その顔は緩みきっていた。



一方、ミサトやリツコ達は真面目な話をしていた。
「なっ、なんですって?何者かの妨害工作?」
リツコから、初号機敗北の真相を聞いたミサトの顔は青くなった。
「ええ、そうよ。シン君の協力を得て再調査したところ、初号機のエントリープラグのコンピュータにウイルスが仕込んであったのがわかったのよ。おかげで、初号機の動きがおかしかったというわけよ。まんまとしてやられたわ。」
リツコは、顔をしかめる。
「じゃあ、急に動きが鈍くなって使徒にやられたのは、シンちゃんのせいじゃないのね。やったのは、タロンかウルク?」
ミサトは、顔を真っ赤にして怒る。
「いやあ、戦自かもしれませんし、他国かもしれません。こればっかりはわかりませんよ。ただ、内通者がいるのは間違いないですがね。」
シンの言葉に、ミサトは青くなる。
「じゃあ、機密情報がただ漏れっていう可能性があるわけえ?」
ミサトは、げえっと言って頭を抱える。機密の塊であるエントリープラグに妨害工作が仕掛けられるということは、当然ながらエントリープラグのデータが殆ど流出していると考えていいだろう。
「頭を抱えたいのは、こっちよ。作戦部よりも技術部の方が、内通者がいる可能性が高いんだから。」
リツコは、うかない顔をしてため息をつく。
「まあ、ネルフのことですから。内通者の方が多いかもしれませんけどね。」
無責任なシンの言葉に、ミサトが睨む。だが、ミサトの予想に反して、リツコはシンに同調した。
「ネルフは、歴史の浅い寄せ集めの組織だもの。確かに、信用出来る人は少ないわ。経歴が明らかで、絶対に安心出来る人と言ったら、技術部ではマヤ、サツキ、カエデ、アオイ、この4人しかいないもの。」
リツコは、自分の過労の原因が、安心して仕事を任せられる部下が少ないことであることを理解していたので、シンの言うことに共感していた。それに、国連軍であるナタルの優秀な部下をちゃっかり作戦部に借り、急に楽になったミサトを見て、羨ましくなった部分もある。
「どうですか、リツコさん。うちから使えそうな人材を回しましょうか?もっとも、シンジが碇ゲンドウを見限った時点でお別れになりますが、それまでは信用できますよ。」
シンの提案に、ミサトは苦笑するが、リツコは心を動かされる。
「そうねえ、お願いしようかしら。碇司令には、私から話を通しておくわ。」
リツコとしては、優秀な人材は喉から手が出るほど欲しい。マヤと同レベルなら文句なしだが、サツキ達よりも少し劣るレベルの人材でも今は欲しい。それも、タロンやウルクに内通していない人材が。
今後、更なる妨害工作を受けたら、最悪ネルフが解体されるかもしれないので、妨害工作の対策を立てなければならないのだが、今の人員ではとても対応しきれない。したがって早急に増員せざるを得ないのだが、内通者を増やすわけにもいかないので、時間をかけて素行調査をしなければならないが、それでは次の使徒出現に間に合わないかもしれないのだ。そうなると、なりふり構っていられない。
シンが回してくれる人材ならば、エヴァに変な細工をしないという一点においては、かなり信頼できる。万一内通者がいたとしても、シンが責任を取ってくれるだろうから、ネルフが独自に集めるよりは数段マシだろう。シンジがゲンドウを見限るのにはまだ時間がかかるだろうから、それまで力を貸してくれればいい。リツコはそう判断した。
「わかりました。というわけで、マリュー、ミリィ。明日中に人材を見繕ってくれ。」
シンは頷くと、マリュー達に人選をするように言う。どうやら、人選は丸投げするみたいだ。
「わかりました。」
「は、はいっ!」
マリューとミリアリアは、急な命令に嫌な顔一つせずに従う。だが、シンの言葉はそれで終わりではなかった。
「ミリィ、お前が責任者として行くんだ。いいな。」
シンが笑って言うと、ミリアリアは引きつった顔をした。



宴会が終わった頃、シンの家からそう遠くない林の中に動く人影があった。その数は、おおよそ30人。暗視ゴーグルを目に着け、自動小銃を手にした完全武装の兵士達だった。彼らは、月明かりの下で武器弾薬等の確認を行うなどして、これから始まる作戦行動の最終チェックをしていた。そんな中で、他と違う動きがあった。兵士の一人が、一際目つきの鋭い他の兵士の下へと向かったのだ。
「大尉、まだ予定人員が集まっておりません。現時点で、32名であります。」
彼らはここで集結する予定だったらしいが、どうやら予定通りに集結していないようだ。報告を聞いた大尉は、舌打ちする。
「バカな、20名近くが集まっていないだと。偶然では有り得んな。」
大尉と呼ばれた男は、全兵士に警戒を強めるように指示を出す。そして、夜空に浮かぶ月を見て、一人ごちる。
「昨日、チルドレンを襲った傭兵部隊1個小隊は、たった4人の敵に敗北したという。果たして、そんな敵と戦って我々に勝てるだろうか?」
普通に考えれば、大尉の独り言に答える者はいない。だが……。
「無理だわ……。」
かすかに女の声がした。大尉は、とっさに大声で叫ぶ。
「伏せろ!」
大尉は腹ばいになって辺りを見渡したが、敵の気配はない。そして、味方兵士の半分ほどは、命令が伝わらなかったらしく、未だに装備の点検をしていた。大尉が再度命令を下そうとしたその時、突然一人の兵士の頭が爆発した。
「敵襲だーっ!」
「ヒステリック・ボマーだっ!」
誰かの叫び声が聞こえる。兵士達は混乱し、一時的に統制を失う。この、いきなり頭を吹き飛ばすやり口は、傭兵仲間でも結構有名だった。奴が戦場に現れたのは2年ほど前からだが、使い手のことは誰も知らない。ヒスを起こしたように次々と兵士の頭を吹き飛ばすことから、付いたあだ名が『ヒステリック・ボマー』という。
「落ち着けーっ!落ち着くんだーっ!」
大尉は叫ぶが、次々と兵士達の頭が爆発していき、収拾がつかなくなる。誰かが恐怖に駆られて闇雲に自動小銃を撃つと、それが他の兵士にも伝染し、同士討ちしかねない状況になった。既に彼らは、軍隊としての統制は失われていた。
「バカな……。作戦開始前だと言うのに……。」
彼は、飛鳥シンやGOSP隊長にまつわる噂を色々と聞いてはいたが、信じてはいなかった。ジェノサイド・ステラのことも、たかが小娘と侮っていた。つい先ほどまでは。だが、現状は噂が正しいことを物語っている。彼は、噂を信じなかったことを心底後悔したが、既に遅かった。死神は、既に彼の近くに忍び寄っていたからだ。彼は、ちらりと死神の顔を見て驚愕した。戦力外の小娘と思い、作戦終了後にはどうやって嬲ってやろうかと、軽く考えていた少女だったからだ。気を付けるのは、飛鳥シンとジェノサイド・ステラのみと侮っていた彼は、恐怖におののいた。
「お前は、GOSPの副隊長……。そ、そんな……。」
彼の言葉はそこまでだった。次の瞬間、彼の頭は吹き飛んだ。

「どお、そっちは?」
大尉の頭が吹き飛んで、しばらく経った頃。暗闇から、急に声がした。
「うん、全部片付いたわよ。そっちこそ、どうなの?マユラ?」
大尉に死神と恐れられた少女は、暗闇に対して軽く返事をし、質問を返す。
「きっちり2個小隊を片付けたわ。そっちこそどうなのよ、フレイ?」
暗闇から現れた声の主−マユラ−が問いかけると、月明かりの下で、フレイが得意げに死体を指す。マユラが見ると、頭の無い死体が30ほど転がっていた。全て、フレイが狩った獲物だ。
「他の場所で70だから、こっちも合わせてきっちり2個小隊。合わせて1個中隊ね。たった2人でやったにしては、まあまあかしらね。」
フレイは、さも当然という顔をするが、マユラは複雑な顔をする。
「私なんてさあ、親衛隊で3年修行して、国連で3年も実戦を経験したのよ。それが、一昨年やっと親衛隊に入ったフレイと同レベルだなんて、いやになっちゃうわ。あんたのことはちっちゃい頃から知ってるけど、ここまで凄腕になるなんてね、驚きだわよ。」
マユラのグチに、フレイはにやりと笑う。
「まあ、才能って奴かしらね。」
「むうっ、言ったなあ!」
マユラは、フレイの頭を掴んでゲシゲシする。
「いやあっ、やめてよっ!」
そう言いながらも、フレイは笑っている。
シンを巡っては恋敵同士ではあるのだが、フレイとマユラは長い付き合いなので、お互いに気心は通じている。

マユラは10歳の時、人身売買組織に囚われていたところをシンに助けられ、飛鳥財団が運営する全寮制の女子校に入学した。そこで相部屋となったのが、当時6歳だったフレイだ。それ以降、二人は実の姉妹のように仲良くなり、現在に至っている。マユラは16歳で国連軍に入るまで、6年間フレイと一緒に住んでいた。それから3年経つが、二人は頻繁に連絡を取り合い、他人に言えないような悩みを相談し合い、互いに励ましあったりして生きてきたのだ。そんな二人であるから、対使徒兵器−G兵器(ガンダム)−の開発をする時に一緒に組まされたのは、当然の成り行きと言えた。
問題のガンダム情報の漏洩については、未だにどのようにして漏れたのかはわかっていない。だが、信頼し合う二人は、責任を押し付けあったりせずに等しく責任を取り、お互いに協力して対処することにしている。傭兵部隊の襲撃についても、マユラとフレイは機密情報漏洩の失敗を少しでも取り戻そうとして、今回の任務に就いた。それゆえに、敵に対して容赦はなかった。4か所から各々1個小隊で同時にシンの家を襲撃しようとしていた敵を、二人で完膚なまでに殲滅したのだ。



遠くで、フレイとマユラを観察する目があった。タロンという組織のエージェントである、ソネットとシンシアという二人の少女の目だ。
「正直言って驚いたわ。アスカの護衛が、あの『ヒステリック・ボマー』だなんて。おまけに、『シャイニング・ニードル』まで一緒だなんて、悪夢だわ。」
ソネットが血の気の引いた顔で呟くと、シンシアも頷く。
「飛鳥シンの家って、つくづくバケモノ屋敷ね。『デビル・バーサーカー』と『ジェノサイド・ステラ』だけでも1個大隊は必要なのに、『サンダー・ウエーブ』、『シャイニング・ニードル』、『ファントム・サークル』まで揃っているなんてね。しかも、『ヒステリック・ボマー』のおまけ付き。まさかとは思うけど、他にもバケモノがうじゃうじゃいるんじゃないでしょうね?」
シンシアの勘は当たっていた。ミサトとアスカ、マリュー、ラクスに加えて、カガリでさえも一人で1個小隊(約50人)位は殲滅する程度の戦闘能力はあるからだ。ミリアリアは、2個小隊(約100人)シホに至っては1個中隊(約200人)でも殲滅できるほどだ。シンジやメイド達でも、数人の兵士ならば撃退出来る。
ちなみに、格闘能力と戦闘能力が比例しないのは、扱う武器が違うからだ。飛鳥財団謹製の特殊な武器を扱うステラ、アサギ、マユラ、ジュリ、フレイ、シホは、特に戦闘能力が高い。マリュー、ラクス、カガリ、ミリアリアも特殊な武器を使うので、格闘能力や体力の割りに戦闘能力は高い。ミサトとアスカは、自動小銃を両手に持って自由自在に扱えるうえに、身のこなしが早い。銃を扱えないシンジは、せいぜい数人程度の兵士しか相手に出来ない。
このように、飛鳥シンとその部下達、それにミサトやアスカの戦闘能力は、半端な傭兵部隊では相手にならないほどなのだ。だが、そんなことはシンシア達が、知る由も無い。
「GOSPの副隊長クラスって、皆あの子位強いのかしら?」
ソネットの問いかけに、シンシアは恐ろしくて答えることが出来なかった。



飛鳥シンの家を監視しているのは、タロンだけではない。ウルクのエージェントであるキヨコとタツヤも、碇シンジが退院した今日は何か動きがあるだろうと、現場から少し離れた場所で監視していた。
「姉さん、あのフレイって子、どうやって敵を倒しているんだろう?」
タツヤの問いに、キヨコが答えられるはずもない。
「さあてね。戦闘データを分析してもらえば、何か分かるかもね。」
キヨコも、何が起きているのかわからなかった。傭兵部隊の兵士の頭が、次々と破裂していくのだが、その手段は全くわからなかった。死体を回収して分析すればわかるのだろうが、死体は飛鳥財団の傭兵部隊が片付けるであろうから、それも望めない。
「姉さん。フウコ達の情報じゃあ、あの子は単なる弾除けではないかってことだったよね。それなのに、あれは一体何?GOSPって、非力な少年兵の集まりじゃあなかったの?」
タツヤは、どうやらGOSPに潜入させたフウコ達のことが心配なようだ。そもそも、何でこちらのスパイが簡単に潜入できたのか、不思議だった。GOSPの結成は、タロンでさえも事前に察知できなかったというのにだ。侯爵夫人の話によれば、戦自に潜入させたフウコ達が偶然選抜されたというのだが。
「GOSPか。どうやら、只の少年兵の集まりではなさそうね。フウコ達にも気をつけるように言っておかないとね。」
未確認情報だが、セカンドチルドレンはジェノサイド・ステラを2発のキックで倒したという。フレイやシホも、簡単に叩きのめいたらしい。そのセカンドに対し、GOSPの中でも小柄で弱そうな隊員が、互角に渡り合って戦ったという。その情報から想定される最悪のケースを考えると、フウコ達以外のGOSP隊員の多くが、ジェノサイド・ステラと同レベルのバケモノかもしれないのだ。
「フウコ達、生きて帰れるかな?」
タツヤの呟きに、キヨコは答えられなかった。
彼らは、GOSP結成の真の理由を知ることはない。だから、GOSP結成に深い意味があると考えたのだ。真の理由は、あまりにもくだらないことなのだが、それは飛鳥シン以外には知られることはなかった。



To be continued...


(あとがき)

シンジが負けたのは、何者かの妨害工作のせいだったようです。シンジが弱かったせいではなかったわけです。
これからシンジは、使徒以外の攻撃にも晒されることになるようですが、果たしてGOSPはシンジを守りきることができるでしょうか?

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