新世紀エヴァンゲリオン Enemies of Female

第二十一話 知らない天井

presented by Red Destiny様


長い間眠り続けていたシンジであったが、何の前触れも無く突然目を覚まし、はっとして身を起こす。背中に寝汗をかいたらしく、寝間着が背中に張りついてとっても気持ちが悪い。まるで、悪夢を見た後の目覚めのようだ。周りを見渡すと、無機質で装飾の無い室内にいることが分かる。大きな窓からは、明るい陽射しが射し込んでいる。自分はどこで寝ているのかと疑問に思って振り返って見ると、病院にありがちなパイプベッドの上にいるらしいことがわかる。どうやらここは、以前赤木博士から聞いたことのある、ネルフ関係の病院らしいとシンジは思いついた。次に、自分の体に何か異常が無いかどうか体中を見たり、手足を軽く動かしてみたりしたのだが、どうやら特に不都合は無いらしい。体の一部が欠けている訳でも無いし、動かない所や痛むか所がある訳でも無い。五体満足で健康と言える状態のようだ。自分の居場所が分かり、体の無事を確認したためか、シンジは少し安心してゆっくりと仰向けになり、天井を見て呟く。
「知らない天井だ……。」
その時既に、使徒との戦いから1日近い時間が経っていた。



使徒に倒されたはずのシンジが、何で死なずに怪我もしていないのか。それは、昨日シンジとレイが倒された後、タロンの対使徒兵器『タランチュラ』がタイミング良く現れて、見事使徒を殲滅したからなのだ。
タランチュラの背中に付いている円盤には、8つの砲身らしき突起物があったのだが、最初にそれらから一斉にビーム砲が発射される。その攻撃を使徒は難なくATフィールドで防いだのだが、次の瞬間にはその砲身がタランチュラから離れて飛び出し、独立して自由自在に飛行を始めたのだ。
そして、明らかに戸惑いを見せる使徒に対して、タランチュラはパレットガンと同じ位巨大な銃を向けて、ビームを数発撃ち込んだ。だが、これも使徒はATフィールドで易々と防ぐ。
その隙に、さきほどの移動砲身は使徒の下に潜り込み、一斉にビーム砲を発射した。ビーム砲は、使徒のお腹で鈍い光を放っていた紅い玉−使徒のコア−に命中し、粉々にしてしまう。それと同時に、使徒はゆっくりと地に伏して動かなくなり、パターン青の反応も消える。
こうして、戦闘開始から僅か10分ほどで、タランチュラは使徒を殲滅。それから直ぐにシンジは救出されたのだが、体に異常がないかどうか検査を受けた後は、薬で眠らされていたという訳である。



シンジがぼうっとしながら天井を見ていると、廊下からバタバタと騒々しく誰かが走っている音が聞こえてくる。誰だろう、うるさいなあなどとぼんやり思っていると、その音は次第に近寄ってきて、シンジのいる部屋の近くで止まる。次の瞬間、部屋のドアが突然開き、紅茶色の毛をした美少女が笑顔で飛び込んで来た。
「シンジ!良かった、何ともなかったのねっ!!」
アスカは、何の身構えもしていないシンジにしがみつくようにして抱きついてくる。突然のことに驚くシンジだが、片腕に何やら柔らかい感触がして、更に慌ててしまう。恐らくは、アスカの胸が触れているいるだろうことは、鈍感なシンジにも分かる。
「あわわっ!ど、ど、ど、どうしたの、アスカ?」
シンジは、驚きのあまりどもってしまって上手く喋れない。女の子にいきなり抱きしめられるなんて幸運は、今までの人生には無かった事。ましてや、相手は超美少女のアスカである。シンジならずとも、心臓バクバクものだ。その心臓の鼓動が伝わったおかげかどうかは分からないが、アスカは急にシンジから体を離す。
「ご、ごめんね、シンジ。アタシ、シンジが起きたって聞いて嬉しくなっちゃって、つい……。」
アスカはぺろりと舌を出すが、その可愛らしい仕草はシンジのハートをクリティカルヒット。シンジの顔は、トマトのように真っ赤になる。頭からは、湯気が出ているかもしれない。
「そう、僕の事を心配してくれたんだ。ありがとう、アスカ。」
シンジも、お返しにという訳ではないが、邪気の無い笑顔を向ける。すると今度は、アスカの顔が真っ赤になる。シンジの笑顔も、アスカのハートをクリティカルヒットしたようだ。アスカは恥ずかしいのか、シンジから目を逸らして言う。
「ううん、いいのよ。だってアタシ、シンジの恋人だもの。心配してあたり前でしょ。」
恋人かあ……。なんだかとっても良い響きの言葉だなとシンジは思う。レイさんも可愛いとこがあるけど、アスカもこんなに可愛いなんて、実に意外だな。そんな、アスカが聞いたら真っ赤になり角を生やして怒りそうなことを思っていると、急に目の前にアスカの顔があることに気付く。良く見ると、アスカの目はそっと閉じられている。これは、キスしてもいいのかな。そうだ、そうに違いないと結論付けると、シンジは恐る恐るアスカの顔に近付いていく。そして、そっと軽く触れるようなキス。シンジは名残惜しそうに顔を離すが、アスカの目はまだ閉じられたまま。これは、もう2〜3回してもいいのかな。それとももっと長くしても大丈夫なのかな。そうだ、そうに違いないと思い、シンジは両手をアスカの背中に回して首を少し傾け、今度はさっきよりも落ち着いてアスカにキスをする。今度は、キスをすると同時にアスカをぎゅっと抱きしめる。すると、アスカもシンジの背中に手を回して抱きしめてきた。時間にすると1〜2分だろうか、二人が抱き合ってキスをしていたのは。長いようで短い至福の時が過ぎると、二人はゆっくりと体を離した。ところが、アスカの目はまだ閉じられている。今度は舌を入れてみようかなとシンジが思ったその時、再びドアが開いた。

「よおっ、シンジ!元気かっ?」
シンが来た。
まずい!そう思ったシンジは、バネが弾けるようにしてアスカから体を離した。一方、アスカの反応はもっと早く、シンの視線がアスカを捉えた頃には、既にベッド脇の椅子に座っていた。そして、まるで何事も無かったかのようにシンに声をかける。
「あら、シン。早かったじゃない。アタシも、たった今来たところよ。」
全く動揺せずに、平気で口から嘘が出てくるアスカに、シンジは女の子のしたたかさを思い知る。だが、シンジもアスカに負けず劣らず、平気で嘘が口から出てしまう。
「そうなんですよ。今、他の人達はどうしたのって聞いてたところなんです。」
だが、シンは意味深な笑みを浮かべる。
「悪いな、二人とも。良い雰囲気のところを邪魔しちまって。俺も、本当はもっと遅く来るつもりだったんだけどな。こいつらが……。」
シンの言葉の途中で、シンの陰からレイが現れる。
「碇くん、大丈夫?」
レイは、今にも泣きそうな顔をする。ぐはっ!レイの儚げで可愛らしい表情は、シンジのハートにまたもやクリティカルヒット。だが、客はこれだけではなかった。レイの後ろからは、シンの妹であるラクス、カガリ、マユミの3人が顔を出した。
「まあ、お元気になりましたの?良かったですわね。」
ラクスは微笑みながら言う。
「いやあ、シンジが無事で良かった。うん、良かった。」
カガリはそう言って、大声で笑う。
「無事で何よりですね、碇君。」
マユミは、にっこりと笑う。
そこで、再びシンが口を開く。
「悪いな、キスの邪魔をして。実は、監視カメラの映像を全部見てたんだ。」
ケータイを見ながらあはははっと笑うシンの前に、さっとラクスとカガリが割って入り、シンジを気遣うように声をかけてきた。すると、次の瞬間いきなり大きな音がしたので目を向けると、シンが床に倒れ伏していた。
「大丈夫ですわ。シンは昨日は徹夜でしたので、シンジさんが無事だと知って安心したおかげで、緊張の糸が切れて眠っただけですの。何も心配はいりませんわ。」
ラクスがにっこり笑ってそう言うので、シンジはそうなのかと思い安心する。シンジもまさか、アスカの必殺右ラリアットがシンの首に炸裂したなどとは気付かない。無論、ラクスとカガリが間に入って、シンジからは見えないようにしたからである。哀れシンは、レイとマユミによって部屋の隅に運ばれ、しばらく目を覚ますことはなかった。



アスカやレイ達は、結局1時間ほど賑やかに喋りまくった後、病室を出て行った。30分ほどで目を覚ましたシンも一緒である。彼女達に元気をもらったような気がしたシンジは、アスカやレイ達が帰った後もにっこりしていた。ところがその時、またもやドアが開いた。どうしたのかと思って見ると、そこにはレイが立っていた。
「あれ、レイさん。どうしたの?」
シンジが驚いて声をかけると、レイは俯いて言う。
「忘れ物。」
あれ、何か持ってきたっけ?シンジが首を傾げると、レイはシンジの方に一直線に向かって来る。そうして、シンジの顔をじっと見る。
「あの、どうしたの?」
シンジが声をかけると、レイは目を瞑る。
「私は、碇くんに元気を出して欲しい。それには、キスが一番と聞いたわ。だから、キスして。」
口を尖らすレイを見て、シンジは思わず吹き出しそうになるが、懸命に堪える。
「分かったよ。ありがとう、レイさん。」
シンジは、首を傾げてレイに顔を近づける。そして、唇が触れるようなキス。
「んっ!」
ところがその時、異変が起こった。レイの両手がシンジの頭の後ろに回ったかと思うと、レイの舌がシンジの口の中に侵入してきたのだ。シンジは驚いて目を開くが、レイの目は閉じられたまま。数秒間シンジは逡巡していたが、意を決して今度はシンジの舌がレイの口内に侵入させる。こうして、シンジはいわゆるディープキスを経験する。

レイが出て行った後、シンジは思わず唇に手を触れる。
「レイさんの唇、柔らかかったな。アスカもそうだったけど、二人とも本当に柔らかい唇だったな……。」
シンジの頬は緩み、思わず笑みがこぼれる。そしてしばらくキスの余韻に浸っていたが、突然ほっぺたをつねる。
「いててて……。やっぱり夢じゃないんだ。」
どうやら、今のは夢だったのではと疑ったらしい。今まで、女の子とはあまり縁のなかったシンジらしい発想である。この時既に、シンジの頭の中からは使徒のことは綺麗さっぱり消えていた。
おい、それでいいのかシンジ?そうツッコミを入れる者は、残念ながらいなかった。



シンジがキスの余韻に浸っている時、それどころではない人もいた。ネルフの幹部連中だ。司令室ではゲンドウと冬月に加えて、リツコとミサトが額を寄せ合って善後策を議論していた。
以前、タロンとウルクがネルフと同等の特務権限を主張した時、仮にどちらかの組織の対使徒兵器が使徒を倒した場合は、その段階でネルフと同等の特務権限を与えることを検討することになったのだが、それが現実になってしまった。
既にタロンは国連安全保障理事会の臨時開催を主張し、特務権限の獲得を目指して多数派工作を展開しているという情報が入っている。もしもタロンにも特務権限が与えられると、ネルフとしてはやりにくいことこの上ないのだ。
「碇司令、私はタランチュラの接収を要望します。」
ミサトは、タランチュラをタロンから取り上げたいと主張する。やはり、ミサトとしてはタランチュラは魅力的な兵器に思えるようだ。
これに対して、リツコは強硬に反対する。タランチュラのことが良くわからない以上、ネルフで運用できるかどうか怪しいというのである。仮にタランチュラを駆使して使徒に負けた場合、ネルフに次はないだろうというのがリツコの考えだ。タロンの運用により10分足らずで使徒を倒した実績があるにもかかわらず、ネルフが運用してそれ以上の成果を挙げられなかったら、すなわちネルフの無能をさらけ出すようなもの。負けでもしたら、最悪ネルフ自体が不要とされて解体論が出てもおかしくないのだ。
だが、もし負けたらという前提がミサトには面白くない。売り言葉に買い言葉というのか、次第にミサトとリツコは議論というよりは、ののしりあいになりそうな雰囲気になる。
「まあまあ、二人とも落ち着かんかね。もうすぐ加持君が来る。もしかしたら、何か有益な情報を持ってくるかもしれんよ。」
見かねて冬月が間に入る。
「加持がですか?期待できそうにありませんね。」
ミサトは切って捨てたが、リツコは違った。もしやという期待があったのだ。

「遅れてスミマセン!」
そこにタイミングよく加持が入ってきた。
「どうかね、何かわかったかね?」
冬月が期待に満ちた声で聞くが、加持は首を横に振った。タランチュラに関する情報は、殆ど得られなかったと言う。それを聞いた冬月は、落胆の表情を隠さない。そして、深いため息をつく。
「ふん、やっぱりね。」
突き放すようなミサトの言葉に、加持は冷たいなあと言って苦笑い。
「だがな、葛城。良いネタを仕入れたんだ。」
タランチュラが現れた時に飛鳥シンが顔色を変えたこと。
タランチュラを見て『バカな……。あり得ない……。なんで、こんなところにレジェンドが……。』と言ったこと。
そのことから、シンがタランチュラについて何らかの情報を持っていると推察できること。
加持は、それらのことをかいつまんで話す。
「そうなると、シン君に話を聞かないといけないわね。ミサト、またシン君を呼んで頂戴。」
リツコの頼みに、ミサトは露骨に嫌な顔をする。だが、最終的にはゲンドウの命令によって、シンを呼び出すことになった。



その頃シンは、ネルフと家の中間あたりに確保しているマンションの一室に、親衛隊のメンバーを集めていた。アサギ、マユラ、ジュリ、ミリアリア、ステラ、フレイ、シホの7人である。シンは、なぜか目を吊り上げて怒っている。
「おい、これはどういうことなんだ?」
シンの怒りの目は、マユラとフレイに向けられている。だが、二人とも何も答えない。涙を流して俯いているだけ。
「泣いてちゃわからないだろう?お前ら、俺をそんなに怒らせたいのかよ?」
シンの口調は荒くなるが、それでもマユラとフレイは答えない。シンが怒って拳を握り締め、二人に制裁を加えようとするが、そこにマリューがやってきた。
「シン、あなたの思ったとおりだったわ。あれは、やっぱりレジェンドだわ。」
シンはマリューの報告に顔をしかめる。
「そうか、やはりな。俺たちの最高機密が情報が、こうまで漏れていたとはな。担当者の責任重大だな、マユラにフレイ。」
底冷えのするようなシンの怒りの声を聞き、マユラとフレイは体を震わせる。どんな罰が待っているのか、考えるだけでも恐ろしいのだ。シンは、プライベートなことでは女の子に優しいが、仕事のことになると人が変わったように厳しくなる。例え可愛い女の子だろうと、シンの取り巻きの女の子だろうと、必要な時には鉄拳制裁や厳しい罰を与えるのだ。みんな、以前ミリアリアが手痛いミスを喫してシンに腕をへし折られたことを知っている。それだけに、今回はどんな罰が与えられるのかと戦々恐々なのだ。それを察したマリューが、すかさず口を開く。
「すみません、今回の件は私のミスです。なんなりと処罰を与えてください。」
マリューは回転式の拳銃を取り出し、シンに何発弾丸を込めるのかと聞く。要は、ロシアンルーレットをしようと言うのだ。顔色も変えず6発でもいいですよと言うマリューに、シンの方が音を上げる。
「わかってるさ、マリュー。二人を庇いたいんだろう。いいだろう、マリューの覚悟に免じて今回は大目に見よう。二人とも当分の間、減給だ。加えてボーナスカット。その他の報奨も当分お預け。それでいいよな、マリュー。」
冗談でもやってみろと言えば、マリューは本当にやるとわかっているので、シンは自分が折れることにした。今、計画遂行の要であるマリューを失うわけにはいかないし、それでなくとも付き合いの長い−10年もの長い付き合いである−マリューに対しては、結構甘かったりするシンである。
「はい、ありがとうございます。」
シンの温情に、マリューは満足そうに頷く。マリューの方も結果はわかっていたのだが、今回はシンジが絡んでいたので、あまり自信がなかったりする。
「だがな、どうして機密情報が漏れたのか、出来る限り解明しろよ。」
シンの言葉に、マリュー以下全員が頷いた。



ここで、なんでマユラとフレイが怒られるのかを説明しよう。シンは、飛鳥財団において同時並行で幾つか対使徒兵器の開発を進めており、そのうちG兵器と呼ばれる兵器開発の責任者がマユラとフレイだからなのだ。
今回情報漏れを起こしたのは、G兵器のうちレジェンドガンダムと呼ばれるもの。全高20メートルほどの人型機動兵器で、本来は宇宙戦用兵器であり、ビーム銃に加えて移動砲台のようなもので敵を攻撃する。
これ以外にも、ジュリとシホでXXという秘密兵器を開発中であり、アサギとミリアリアも対使徒兵器開発を進めている。この3組は、情報漏れを防ぐためにお互いに情報の交換をしないほど情報管理は徹底していたはずなのだが、タロンには通じなかったようだ。情報漏れの責任は、担当者の責任でもある。
一方で、マリューは諜報や防諜を担当しており、情報漏れや情報漏れに今まで気づかなかった責任は自分にあると言うことらしい。飛鳥財団の諜報部は、タランチュラは蜘蛛の形を模した機動兵器であるとの偽情報をつかまされており、タランチュラについての情報を全くと言っていいほど得られなかった。これも大失態である。
また、G兵器のうち他の兵器の情報や、他の対使徒兵器の情報が漏れているかもしれないので、しばらくは情報管理について一層徹底する必要があるだろう。これ以上の情報漏れがあったら、洒落にならない。ゼーレのウナゲリオンを倒すどころか、タロンとウルクにさえ負けてしまう可能性が出てくるのだ。

シンは、天井を見上げて呟いた。
「なんでこうなっちゃうんだよ……。トホホホホ……。」
ゲンドウをおちょくって、ミサトやリツコをからかいつつ、可愛い女の子を周りに侍らせて、楽して使徒戦を戦っていこうという目算は既に崩れつつある。未来を知り、神にも近しい力を持つ戦士のはずなのだが、いったいどこでどう間違えたのか……。
だが、シンはまだ知らない。ウルクにXXの情報が漏れていることを。



To be continued...


作者(Red Destiny様)へのご意見、ご感想は、メール まで