福音の錬金術師

第十七章

presented by 流浪人様


「はぁ〜……惣流は男女から人気あるの〜」

 いつもと変わらぬ二年A組の風景。転校してきたアスカは男女問わず、人々を引き寄せていた。

「まぁドイツじゃ年上ばっかりだったしね〜」

「そう言うセンセもドイツの大学出てたっちゅうのは驚いたけどな……」

 転校して来たアスカに親しいシンジに尋ねた所、彼もアスカと同じ大学を卒業し、知り合いだったと騒ぎになった。

「あはは〜……まぁ別に話す必要も無かったしね」

 苦笑し、シンジは隣の席で文庫本を読んでいるレイに目を向ける。

「それに何故か大学在籍中の話をするとレイの機嫌が悪くなるので……」

「ふ……女心っちゅうもんを分かっとらんな〜」

 トウジにだけは言われたくない台詞を言われ、シンジは溜め息をついた。そうこうしている間に始業ベルが鳴り響くのだった。

 

「はい、王手」

「う……」

 その頃、碇低ではルイとキョウコが将棋盤を挟んで対峙していた。盤面キョウコの方が優勢なようだ。

「キョ、キョウコこの手は……」

「待ったは無しよ〜」

「う〜……何か冬月先生より強くない?」

「伊達に東方の三賢者と呼ばれて無いわよ」

 それは余り関係ないような気もするし、それならルイもそうなのだが、余裕ぶるキョウコに彼女は涙を流した。

「で、この式を代入するとだな……」

「ふむふむ……」

 別の場所ではライハートがリンネに勉強を教えている。ライハートも見かけは子供ではあるが、ロード同様、シンジの十倍近く生きているので知識は豊富なのだ。

「平和ですね〜」

「まぁな〜……」

 そんな光景を微笑ましく見ながらレナの膝の上でパラケルススは丸まっている。レナは気持ち良さそうにパラケルススの毛を撫でている。

「あら?」

「ん?」

「あん?」

「…………」

 その時、レナ、パラケルスス、ライハートの顔付きが変わった。リンネもピクッと何かに反応した。ルイとキョウコはジッと盤面で向き合って彼等の変化に気付いていない。

 ライハートはペンを置いてノートを閉じると、玄関の方を睨み付けるとレナとパラケルススも同じ方を見た。

「リンネ、勉強はまた今度な」

「ライ、パラさん」

「来るぞっ!!」

 パラケルススが叫ぶと同時に、玄関が突き破られた。

 


「ん?」

 第壱中学校でもシンジは目を細めた。

「その頃、私はまだ根府川に住んでいましてね〜……」

 教壇では老教師が授業でない授業を進めている。シンジは前のドアの方に視線を向け、隣で何故か『編物大全集』とかいう本を読んでるロードに小声で話しかける。

「ロード……」

「ああ。多いぞ……」

 本から視線を離さずに対応するが、ロードの青い瞳は赤く輝いていた。シンジはギラッと扉に向けて殺気を放った。

 ビクッ!!

 その殺気を敏感に感じ取ったレイとアスカは揃ってシンジの方を見ると、その時、ドアが蹴破られた。

 クラス中が蹴破られたドアに注目すると、廊下から黒いコートに黒の帽子を深く被った集団が入って来た。

「何ですか、貴方達は?」

 突然の来訪者に老教師は集団に近寄る。

「先生、どいて!!!」

 ドガァッ!!

 その時、シンジが叫ぶと同時に机を投げつけた。机はコート集団の一人に直撃し、黒板に体を叩き付けられた。

「い、碇君……何を……むぐっ!?」

 シンジの行動に唖然としていたヒカリが突然、コート集団の一人に口を塞いで掴み上げられた。ヒカリは足をバタバタさせて抵抗するが、掴んでいる手の力が強く抜け出せない。

「委員長!!」

 トウジが立ち上がって突っ込んで行くが、その前にロードが飛び出してヒカリを掴んでいた腕を手刀切り落とし、彼女を受け止めた。

「き、きゃああああああああああ!!!」

 それを見て一人の女生徒の悲鳴を皮切りにクラス中がパニックになって後ろのドアから飛び出して行った。

「ほら」

 ロードはコート集団を睨みながらトウジに気を失っているヒカリを渡す。

「男ならホラキを守ってやれ、鈴原」

「え? あ?」

「行けっ!」

「は、はい!!」

 ロードの気迫に圧され、トウジはヒカリを抱えて教室から脱出した。

「先生は他のクラスを誘導してください」

 一方、老教師を後ろのドアまで避難させたプリスは微笑を崩さずに言った。

「フェ、フェイス君、これは一体……」

「危険な事に首を突っ込まない事が長生きの秘訣です」

 ジャキッ!

「ひっ!?」

 何処からか拳銃を取り出し、プリスは老教師の顎に当てた。老教師は小さく悲鳴を上げると、教室から出て行った。

「ちょ、ちょっとシンジ! 何なのよ、これ!? 何処かのテロ!?」

「碇君……」

 レイとアスカは騒ぎになると同時にシンジの下へと駆け寄っていた。

「アスカ、レイ……」

 二人は普段は見せないシンジの真剣な表情に戸惑いながらも、彼の言葉を一字一句逃さず聴いた。

「エヴァに乗れない君達は、もはや利用価値が無いから別段殺して良いと思われてる存在――レイもアダムを破壊したし――だ。むしろネルフの機密に深く関わってるから口封じと考えてるかもしれない。だから急いで僕の家に逃げろ」

「で、でも……」

「僕なら大丈夫。次の使徒が来る頃には戻ってるから……早くっ!」

 そう言って抵抗しようとするレイとアスカを教室から押し出すと、教室中を鉄の密室に練成し、自分達とコート集団を閉じ込めた。

「ちょ、ちょっとシンジ!!」

「碇君!!」

 レイとアスカは急に鉄に変わった教室に驚きながら廊下から叩く。

「さぁ〜て……」

 シンジはロード、プリスと背中を合わせ、自分達を取り囲む連中を見回した。すると男達はコートの下から獣のような手を現し、口が大きく裂けたりした。

「キメラ?」

「趣味悪いですね〜」

「人間と獣を組み合わせたのか……ゼーレの連中、此処まで造ってたのか」

「これ以上、連中を野放しにするとホムンクルスまでの領域にまで達します」

「俺達の核は賢者の石……つまりホムンクルスを造るだけでも」

 かなりの犠牲が出る。シンジは両手を合わせ、瞳を鋭くした。

「ロード! プリス!」

「やりますか」

「気は進まんが……」

 三人は一斉に飛び散った。シンジはキメラに触れて体を分解させる。血飛沫が飛び散り、シンジの制服が赤く染まる。

「ガァッ!!」

 ブシュゥッ!!

 プリスはキメラに噛み付かれるが、大して変化を見せず、噛み付いたキメラの額に銃口を当てた。

「これがホムンクルスの味です。あの世への土産にどうぞ」

 ニコッと微笑んで胸の前で十字を切ると、キメラの額を何度も撃ち抜いた。

「消えろ」

 赤く瞳を変色させているロードは幾つもキメラを一瞬で切り裂いた。

「ロード! プリス! 焼け死ぬのは我慢してよ!」

「へ?」

「は?」

 その時、シンジが言うや否やスプリンクラーを叩いて水を発生させた。教室中が水浸しになり、ロードとプリスは顔を青くする。

「シ、シンジ君、まさかこの密閉空間で……」

「水素から可燃性ガスを……」

 ニヤッと笑みを浮かべると、シンジは水に手を当てた。そしてポケットからライターを出すと、強力な爆発が起こった。

 シンジは爆発する際に壁を練成して難を逃れていたが、周りには焼け焦げたキメラがただの肉の塊となっている。

「二人とも生きてる〜? まぁ僕としちゃあ死んでてくれた方が楽なんだけど……」

「さ、流石にこれだけじゃまだ死にませんよ……」

 すると焼死体の中からプリスが体を修復して出て来た。コキコキと首を鳴らし、フッと鼻から血を飛ばす。

「あれぐらいの焔、防ぎ切れないでどうする?」

 ふと背後から声をかけると、そこではロードが何事も無かったように突っ立っていた。

「え? 無傷?」

「焔を切った。爆発の衝撃でアバラが幾つか折れただけだ」

 全てのものを切り裂くロードの能力。それが焔であろうが切り裂いた事にシンジも感服するしかない。

「は〜……相変わらず便利な能力ですね」

「お前もテレポーテーションで逃げれば良かっただろうが」

「あ……」

 そう言われ、プリスはハッとした。そして乾いた笑いを浮かべ、頬を掻く。

「とりあえずキメラは倒しましたね……」

「ゼーレの連中も本腰を上げたという事か……」

「ロード、プリス。僕、ちょっと消えるわ」

 頭を掻きながら惨状を見て言うシンジ。余りに唐突な事だが、二人は大して驚いていない。

「前から考えてた対抗策が整ったら姿現すから」

「………勝手にしろ。お前の家にも刺客が来てるかもしれんが……」

「ま、レナやライハートがいれば大丈夫でしょう」

 シンジはコクッと頷くと、窓側の壁に扉を作り、そこから飛び出して行った。

「さて、ロード……僕らはどうします?」

「……………」

 

「…………」

 アスカとレイはシンジの家に向かって走っていた。クラスメート達は突然、爆音が鳴り響いてパニックになったが、全員、避難した。

 そんな折、アスカは何か考えてるのかずっと黙っていた。

「………何を考えてるの?」

「………シンジの事よ」

「碇君が何?」

「あいつ……次の使徒が来る頃に戻って来るって言ってたわよね?」

「ええ。それが何なの?」

「………次の使徒がいつ来るかシンジは知ってるのかしら……」

 そう言われてレイはハッとなった。確かにそんな言葉、使徒がいつ来るか知ってなければ出来ない台詞だ。

「私達、何にも知らないのよね……」

「ええ……碇君の力の事も目的も知らない……けど……私達に沢山のものを与えてくれたわ……」

 普通の人としての生活、家族、今まで欲しくて堪らなかったものをシンジは与えてくれた。それは否定しようの無い事実だ。それで良いと思っていた。だが、二人は新たな感情が芽生えていた。

「………知りたい……」

「そうよね……私だって大学時代の借りを返してないしね……」

「借り?」

「…………こっちの話よ」

 レイはアスカしか知らないシンジとの秘密に少しムッとなった。と、そこへ一台の車が二人の前で止まった。

「アスカちゃん、レイちゃん!」

「ママ!?」

「……ルイさん……」

 車はルイが運転しており、キョウコ、リンネが乗っていた。リンネは服が所々ボロボロになっており、彼女の腕の中ではパラケルススが蹲っている。

「リ、リンネ、どうしたの!?」

「だいじょうぶ・・・かすり傷だから・・・」

「早く乗って!」

 ルイに急かされ、二人は訳が分からないまま車に乗った。

「ママ、何処に行くの!?」

「第三新東京市から離れるわ。しばらく山暮らしだけど我慢できるわね?」

 一体、何処に行くのかアスカとレイは互いの目を見合わせた。

「え? レ、レナとライハートは?」

「2人は……ちょっと、ね」

 少し躊躇うようなキョウコの口調にアスカとレイが詰め寄った。

「ちょっと! どうしたの!? 何で家を出て行くの!? 2人だって……」

「……前々から……きまってた」

「え?」

 ぽつり、とリンネが呟くとアスカとレイは彼女に注目する。

「いえを出て行くって……お兄ぃが前から予測してたから……」

「リンネ……」

「………ある程度の事情なら向こうに着いたらシンジから聞いて頂戴」

 そう言われてはアスカとレイも納得するしかなかった。

 

「あ、あの……」

 ハルカは状況整理に頭が付いて行かなかった。洗濯物を畳んでいたら突然、コートを着た連中達が入って来て、化け物みたいになり彼女を襲おうとした。

「ロードの言う通りだったようだね……こりゃプリスの家もやられてるか……」

 その女性はピッと手についた血を振り払うと呆然としているハルカに向き直った。

「悪かったね。怖い目に遭わせて……」

「あ、貴女は?」

 女性はフッと笑うと、ポケットから煙草を出し、フ〜ッと煙を吐いた。

「私は神楽 セツナ………いや、シオン・テンペランスだ。ロードとは昔からの仲間さ」

「ロード君の?」

「ああ。にしても此処は危険だ。早いトコ、トンズラするよ」

 そう言うと、セツナ――シオンはハルカの手を取った。

「え? で、でも……」

「大丈夫だよ、ロードとは港で落ち合う予定だ」

 笑みを浮かべ、煙草を壁に押し付けるシオンにハルカは唖然となった。

 


 異変はネルフ本部でも起こっていた。マヤと偶然一緒にいたマコトとシゲルはコートを着た変な集団に拉致され、暗い何処かの部屋に連れて来られた。そこには巨大な白い磔にされた何かと、大きな陣があった。

「な、何なんだあんた等!!?」

 シゲルとマコトはマヤを庇うように立ち、コートの男達に銃を向ける。するとコートの男達が左右に分かれ、その間からゲンドウが出てきた。

「!? い、碇司令!? これは、どういう事ですか!?」

「………伊吹二尉……」

「は、はい……」

 マヤはガタガタと涙を流しながら震え、ゲンドウを見上げる。ゲンドウはサングラスを押し上げ、冷徹に言い放った。

「君はシンジと親交が深く、奴と接触している節がある。疑わしき者は消す……日向二尉と青葉二尉にも悪いが伊吹二尉と共に消えて貰う」

『!!?』

 その言葉に三人は大きく目を見開く。するとコートの集団が、服を破いて化け物のような姿になった。

「き、きゃあああああああああ!!!?」

「司令!!」

 マヤの悲鳴と、リツコの叫び声が重なった。見ると入り口の方でリツコが息を切らして、そこに立っていた。

「赤木博士……」

「司令! これは一体、どういうつもりですか!?」

 動揺せずに振り返るゲンドウにリツコは詰め寄ると、彼の前に怪物が立って腕を振るった。

「う……あああああああ!!!」

 するとリツコの両足が切り飛ばされ、彼女は床に倒れる。

「せ、先輩!」

 ゲンドウはゆっくりとリツコの所に歩み寄ると、彼女の髪を掴んで顔を持ち上げた。

「愚かな、赤木博士……何故、此処に来た。何で見なくては良いものを見てしまうのだ?」

「い、碇……司令……」

「まぁ良い。折角だ……貴様達は賢者の石の材料にでもなって貰おう」

――賢者の……石……――

 痛みで表情を歪めるリツコをマヤ達の方に放り投げる。

「あう!」

「せ、先輩!」

『赤木博士!』

 慌てて三人はリツコに駆け寄る。ゲンドウは笑みを浮かべると、手を地面に添えた。

「光栄に思うと良い。賢者の石となって貴様らは永遠に生きれるのだから……」

 すると陣が赤く光り始めた。

「アホか!」

 ドゲシッ!!

 だが、その瞬間、シンジが飛び込んで来てゲンドウに回し蹴りを放った。

「ぬぉ!」

 ゲンドウは思いっきり前のめりに倒れ、頭を強く打ち付ける。シンジはそのままマヤ達の前に立って、ゲンドウを睨み付ける。

「シ、シンジ、貴様生きて……」

「ゼーレから支給されたんだろうけど、キメラ如きが僕に敵う訳ないじゃん」

 驚愕するゲンドウを一笑するシンジにマヤが泣き縋ってきた。

「シンジ君………先輩が……先輩がぁ……」

 シンジは足が千切れ飛んでいるリツコを見て、呟いた。

「どうやら今までのツケが回って来たみたいですね……」

「う……そう……ね……無様……よね」

「ええ。凄く無様です。もう救いようありませんね」

 全く慰めようとしないシンジにリツコは逆に気が楽になった。するとリツコはゆっくりと目を閉じた。

「せ、先輩! 先輩!」

「大丈夫です。気を失っただけです……それよりすいません、伊吹さん、日向さん、青葉さん……」

「え?」

 急に謝るシンジにマコトとシゲルは首を捻った。シンジはゆっくりとキメラに向き直ると、静かに両手を合わせる。

「特に伊吹さんは僕と関わった為にこんな目に遭わせてしまった……こりゃ、何としてでも此処から助け出さないといけませんね〜」

 そう言ってシンジは腕輪を刃にしてキメラに向けた。

「どけゲンドウ。僕はこの人達を連れて行く」

「ふん。賢者の石の方から転がり込んで来るとはな……奪う手間が省けたわ」

「やれやれ……どうやらアダムを破壊されて相当形振り構ってられないみたいだね。ま、此処まで追い詰めた僕にも非があるか……」

 呆れて溜め息をつくと、ゲンドウはキメラに襲い掛かるよう指示を飛ばした。シンジはキメラを刃で切り裂くと、空いている方の手で襲い掛かってきたキメラに触れる。

 するとキメラは内側から破壊されたように血飛沫をあげる。マヤ達はヒッと言って後ずさるが、シンジは今度は指を鳴らしてキメラを焔で焼き尽くした。

「ぬ……ぐ……」

「無様だね、ゲンドウ。借り物のキメラ以前に、僕とお前とじゃ錬金術のレベルも何からして違う……ネルフの総司令なんて甘い汁を啜ってたお前が、十年間必死に頑張って来た僕に勝てる訳が無いんだ」

「シンジ……貴様……」

 ゲンドウは息子に見下される屈辱に憎しみを込めてシンジを睨み付ける。その時、最初に切られたキメラが動いた。

「!?」

 シンジも気付くが、そのキメラは彼の右腕に噛み付いてきた。

「ぐ……ああああああああ!!!!」

 ブチブチィッ!!

 筋肉の引き千切れる音がして、シンジは叫んだ。

 ――くっ! 油断した……――

 キメラを蹴り飛ばすと、シンジは腕を押さえて床を転がる片腕を見て舌打ちした。ゲンドウはまさか、こんな事になるとは思っても見ず、愉悦の表情を浮かべた。

「は、はははは………まさか老人達からの借り物だったキメラがこんな所で役に立つとはな!」

 ドガッ!!

 ゲンドウはここぞとばかりに、シンジの鳩尾を蹴った。その行為にシゲルが声を上げた。

「し、司令! 御自分の息子に何を……」

「黙れ。俺の思い通りにならない奴など息子でも道具でも無い……」

「な……」

 その道徳の欠片も無い言葉にシゲルは言葉を詰まらせた。マコトとマヤも空いた口が塞がらない。

 だが、シンジは肩を押さえて静かに笑い声を上げた。

「く、くく………自分の思い通りにならない奴は始末する。そんな考え、初号機の中にいる『あの人』が許すと思うかい?」

 シンジの言葉にゲンドウは眉を吊り上げ、今度は顔を蹴った。シンジは口から血を垂らし、ゲンドウを見上げる。

「あの人も確かに救いようが無い人だけど少なくとも反省するって事を知ってるよ。けど、お前は反省すら知らない……原始人以下だ。そんな奴、高望みするんじゃないよ」

 ゲンドウは額に青筋を浮かべると、再びシンジの顔面を蹴り飛ばした。そして床に倒れたシンジの顔を踏みつける。

「シンジ、貴様! 誰にモノを向かって言ってる!? 俺は“神”に選ばれた人間なのだぞ!!!」

「違うだろ……“ボケた爺さん達”に選ばれただけだ。自分の名前が偶然、ゲンドウ(言動)だったからって勘違いするんじゃないよ。お前は神でもなければ、神にもなれない。僕とレイもシンジ(神児)でもなけりゃレイ(霊)でもない……良いか? 人は何処まで行こうが人なんだ」

「黙れ!!!」

「お前がな」

 カッ!!

 するとシンジが血で床に描いた練成陣から幾つもの針が飛び出し、ゲンドウの足を貫いた。

「ぬぁっ!!」

 床に倒れたゲンドウ。その隙にシンジはマヤ達の下に駆け寄る。

「三人とも、すいません。僕が不甲斐ないばかりに……」

「シ、シンジ君、その腕……」

「ああ、こんなの後でどうとでもなります。それより急ぎましょう……」

 そう言ってシンジは腰を抜かしているマヤを片手で引っ張って起こす。するとマヤはリツコを心配そうに見て、シンジは溜め息をついた。

「赤木博士も助けたいんですか?」

「え……あ……」

 シンジとリツコが普段から険悪なのは知っている。それを考えるとマヤは少し戸惑った。だが、シンジは微笑むと、

「日向さん、すいませんが赤木博士をお願いします。両足が無いから抱っこで」

「あ、ああ……」

 マコトは頷くと、リツコの体を肩に担いだ。そしてシンジ達はターミナルドグマから脱出した。

 


「やれやれ……片手で運転は慣れないんですけどね……」

 ボヤきながらシンジは外に控えていた車を運転した。助手席にはシゲルが、後ろではリツコを抱えたマヤとマコトが乗っている。

「あ、皆さん明日からネルフに戻ります? それでしたら家まで送って差し上げますけど……」

「え? そ、それは……」

 マヤが驚いた声を上げるとシンジは苦笑いを浮かべた。

「特に日向さんは葛城さんが気になるでしょうし……」

「な……何でソレを!?」

 思わずマコトが叫ぶと、シンジ達はガクッと肩を落とした。すると、気を失っていたリツコがゆっくりと目を開けて口を開いた。

「やめときなさい、日向君………『恋は盲目』って言った昔の人は本当に偉大だわ」

「先輩!?」

「あ、気がつきました」

「………ちょっとでも気を緩めると、また気絶しそうだけど……」

「伊吹さ〜ん、後ろの席に救急道具が入ってますから、応急手当だけでもして上げてくださ〜い」

 そう言われ、マヤはもう一つ、後ろの席を探ると救急道具どころかメスやら麻酔やらと普通に手術道具などが置いてあったので表情を引き攣らせた。

 マヤはとりあえず痛み止めを打って包帯を巻いた。

「シンジ君は?」

「僕は結構です」

「でも……」

「注射嫌いなんです!」

「子供かい!!」

 思わずシゲルがツッコミを入れるが、シンジは間違いなく十四歳の子供である。

「しかし赤木博士も上手いですね〜。確かに、日向さん……恋愛ってのは自由ですけど、少し葛城さんと離れて考えてみたらどうです? 少なくとも僕は『恋に盲目』で失敗した女性二人ほど知ってますから」

 そう言ってリツコを見ると、彼女は冷や汗を垂らして視線を逸らした。ちなみにもう一人は言わずともがな、シンジの母親である。

 シンジの言葉にマコトは顔を俯かせて、思考の海に入った。シゲルとマヤも、あんなミサトに惚れて良い様に扱われている彼を不憫に思っていたので、今の二人の言葉は何よりだった。

「それで? 赤木博士は、まだ盲目でいたいですか?」

「…………私をどうする気? 殺すの?」

 『殺す』という言葉にマヤ達は目を見開いた。

「あなたが望むなら、そうしますけど?」

「何故そんな事を言うの? 私は貴方を………殺そうとしたのよ?」

「ハッキリ言って僕からすれば貴女の存在なんて始めから気にしてません。アウトオブ眼中です。貴女が僕をどうしようかと思ってるなんて気にしちゃいません。所詮、貴女は女としても、母親としても、科学者としても赤木 ナオコ博士を超えれない小さい人間なんですから」

「ちょ、ちょっとシンジ君! それは言い過ぎ……」

 マヤが反論しようとしたが、リツコが「良いの」と言って遮った。そして両手で自分の体を抱えると、震えながら言った。

「シンジ君の言う通りよ………私は自分を辱めた相手に恋をして、子供に嫉妬して、そしてMAGIを超えるものを作れない……小さな人間だったのよ……」

「そうですね。そんな貴女だから僕は歯牙にもかけなかった。けど、貴女の可能性には少し意識してましたね」

「可能性?」

「少なくとも死んだ赤木 ナオコ博士と違って未来がありますからね」

「未来………か」

「ちなみに〜……」

 シンジは赤信号で車を停めると、その間にダッシュボードから書類の束を取り出した。

「某ネルフ司令の女性遍歴です」

 書類を見てリツコはピシッと額に青筋を浮かべた。マヤとマコトが横から覗き込むと、同じように固まった。

「ちゅ、中学生を孕ませて殺した……?」

 マコトが呟くと、シゲルは噴出して前に倒れて頭を打ち付けた。

「はふぅ……」

 潔癖症のマヤには刺激が強過ぎたのか、額を押さえて気を失ってしまった。シンジは四人の反応に苦笑いを浮かべるしかない。

 と、しばらく車を走らせているとある人物が視界に入ったので車を停めた。

「ちっす、加持さん」

「え? 加持君?」

「よ、シンジ君……! リッちゃん!? その足は……って、シンジ君も片腕ないし!?」

 そこにいたのは加持で、シンジに軽く挨拶すると、片手で運転してるシンジの姿と、後ろに座るリツコを見て驚愕した。

「いや〜。助けに行くの遅れて油断しちゃいました」

 シンジは特に気にしてない風に言うと、車から降りて加持に一枚のメモを渡した。

「加持さん。すいませんが皆さんを此処へ連れて行ってください」

「構わないが……シンジ君はどうするんだい?」

「僕は色々と忙しいので姿消します。加持さんもゼーレとかからは厄介者扱いで殺されかねませんから早々と逃げてください」

 ゼーレという単語にリツコがしかめっ面をしたのにシンジは苦笑した。

「じゃ、そういう訳で」

「あ! ま、待ってくれシンジ君……葛城は?」

 一応、まだ未練タラタラな加持は気になって尋ねると、シンジはあからさまに嫌そうな顔をした。

「………大丈夫だと思います。あの人、神経が鉄パイプでできてるみたいですから、大丈夫でしょ。むしろ僕がいない方が嬉しいようですし」

 と、あっさりと言い捨てるとシンジは手を上げて去って行った。加持は頭を掻きながら、片腕で去っていくシンジの背中を見ながら、仕方なさそうにシンジが運転してた車に乗り、メモに書かれた場所に向かった。







To be continued...


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