第十六章
presented by 流浪人様
「エヴァ弐号機、セカンドチルドレン………か」
太平洋を進む国連艦隊。それをヘリから見下ろしながらシンジは呟いた。
「あらん? シンジ君、新しい仲間に会うのが楽しみなの? むふふ〜、可愛い女の子だからしょうがないかな〜?」
その隣でミサトがシンジをからかうように言うと、彼は冷めた目でミサトを見返すと鼻で笑った。
「朝早くに電話して来て弐号機のパイロットを迎えに行くなんて言ってきたんです。それぐらいの価値のある人じゃないと葛城さんをコンクリ詰めにして太平洋に沈めてやろうかと思案してたんですよ」
わざとらしく欠伸をして言うシンジにミサトはサーッと背筋が冷たくなるのを感じた。
その頃、第三新東京市では………。
「むぅ……何でこんなにも視線を感じるのだ?」
西○屋にて、ロードはハルカとベビー用品などを買いに来ていた。ちなみにハルカはネルフに見つかるとマズイので、眼鏡と帽子を着用している。微妙にお腹も膨らみ始めていた。
――同情と侮蔑がいっぺんに感じる……――
「多分、私達をふしだらと思う人と、若いのに大変だな〜って思う人が分かれてるんだね」
一方のハルカはガラガラなどを手に取りながら同じ視線を感じていたのだろうが、大して気に留めていないようだ。
二人はある程度の用品を買うと、寄り道せずに真っ直ぐ帰路に着いた。下手に寄り道して学校の連中などに出くわしたら厄介である。
「ねぇロード君……」
その帰り道、ハルカが唐突にロードに話しかけた。
「何だ?」
「本当に産んでも良いのかな?」
そう言うと彼女は自分の膨らみかけている腹部に触れた。ロードは溜め息を吐くと、気だるそうに答えた。
「生憎と俺は道徳云々を説くほど高尚な人間――ホムンクルスだが――じゃない。だが、折角の命を産まれる前から消し去る非道でもない。別に遺伝子提供者が誰であろうが、生まれてきた奴はそいつ自身だ。産まれる過程よりも、どのような人間に育てるかの方が重要だとは思うがな。お前は、子供をお前を孕ませた奴みたいに育てるような酷い女なのか?」
「ち、違うわよ!」
「なら良いだろう。その子は、お前を孕ませたあの男が殺した以上に人々を救えるかもしれない」
――現にシンジもそうだしな……――
ロードはフッと笑みを浮かべると、ハルカは顔を俯かせて黙った。そして、チラッとそんな彼女を見てロードは空を仰ぐ。
――約束の時が来れば俺達は………偽善だな。コミヤにこんな事を言っても結局は彼女を傷付けてしまう事になるのに……――
自嘲的な笑みを浮かべ、ロードはこれから先の事を考えるのだった。
「は〜い、今日のお昼は石狩鍋ですよ〜」
碇低ではレナが鍋をテーブルに運んで来た。
「石狩鍋?」
初めて聞く名称にレイは首を傾げる。
「北海道の名物ですよ」
たまたま遊びに来ていたプリスは――ちなみにロードの家から出てから何処に住んでるのかは不明である――説明すると、サッと箸を構えた。準備万端なようだ。
「ほ、ほらリンネ……あ、熱いから気を付けろよ。あ! お、俺が取ってやるよ!」
「………ありがとう」
ちゃっかり碇低に居座っているライハートは顔を真っ赤にしながらリンネの器に具を入れる。リンネは僅かに微笑むとライハートは更に顔を赤くした。
「若いわね〜」
「あら? ルイ様も若いですよ」
「でも精神的にどうしても……ね」
「でもシンジ様も未だに『お母さん』と言ってくれませんから若いと思って良いんじゃないですか?」
フォローしたつもりなのだろう。だがレナのその言葉が胸に突き刺さり、ルイは『う〜!』と涙を流した。
「シンジィ〜……」
泣きながらも鍋を食べる口は止めないルイ。
――子離れ出来ない親って困りますね〜――
シンジも色々と大変だと同情しざるを得ないレナであった。
「zzz……」
ちなみにパラケルススは日向でノンビリと眠っていた。
シンジ達を乗せたヘリは太平洋艦隊旗艦、空母オーヴァー・ザ・レインボーの甲板に着陸した。
そして、ミサトが降りると甲高い声が降りかかってくる。
「Hello! ミサト、元気してた?」
朱金色の髪を腰まで伸ばし、レモンイエローのワンピースを靡かせる少女こそエヴァ弐号機のパイロット、セカンドチルドレンの【惣流・アスカ・ラングレー】である。
「まっねぇ〜。あなたも背が伸びたんじゃない?」
「そっ! 他の所もちゃぁ〜んと女らしくなってるわよ?」
それを示そうというのか胸を張るアスカだが、続いて降りて来たシンジを見て目を見開いた。
「あああああああああああああああ!!!!!!!!」
「おや、惣流さん。お久し振り〜♪」
驚愕して大声を上げるアスカに対し、シンジはニッコリと笑って手を振った。
「な、何で神楽が此処にいるのよ!?」
「え? シンジ君、アスカと知り合いなの?」
「知り合いも何もドイツの大学で一緒だったんですよ〜。あ、ちなみに惣流さん。神楽 シンジっていうのは偽名で、本名は碇 シンジ。エヴァ初号機のパイロットやってま〜す」
『えええええええええええええ!!!?』
ミサトとアスカの絶叫が艦全体に木霊するのだった。
「おやおや、ボーイスカウトのお姉さんが引率に来たのかと思っていたが……それはどうやらこちらの勘違いだったようだな」
ブリッジにて、やって来たミサトを艦長は嫌味充分に言った。一方、ミサトは作り笑いを浮かべて対応する。
「ご理解頂けて幸いですわ、艦長。この度はエヴァ弐号機の輸送援助、ありがとうございます。こちらが非常用電源ソケットの仕様書です」
「ふんっ。大体、この海の上であの人形を動かす要請なんぞ聞いちゃおらん!」
慇懃無礼な台詞と共に差し出された書類を受取り一瞥するが、鼻息を荒くしてミサトを睨む。
「万が一の事態に対する備え……と理解して頂けますか?」
「その万が一に備えて、我々太平洋艦隊が護衛しておる。いつから国連軍は宅配屋に転職したのかな?」
艦長はわざとらしく自分の傍らに控えている副長に話し掛ける。
「某組織が結成された後だと記憶しておりますが?」
「玩具一つ運ぶのに大層な護衛だよ。太平洋艦隊勢揃いだからな」
「エヴァの重要度を考えると足りないぐらいですが……ではこの書類にサインを」
「まだだっ」
頑なな艦長に、ミサトの顔が一瞬、引き攣った。
「エヴァ弐号機及び同操縦者は、ドイツのNERV第三支部より国連海軍が預かっている。君等の勝手は許さん」
「では、いつ引き渡しを?」
「新横須賀に陸揚げしてからだ。海の上は我々の管轄。黙って従って貰おう」
「分かりました。ただし、有事の際は我々ネルフの指揮権が最優先である事をお忘れなく」
「はい、艦長」
すると突然、シンジが挙手した。艦長は帽子で隠れた目でシンジを見る。
「何かね、少年?」
チョイチョイ。
シンジが指でこっちへ寄ってと示し、艦長は訝しげに思いながらもシンジに顔を寄せた。そしてシンジは扇子を取り出し、自分の口と艦長の耳を隠した。
「あの葛城さんって物凄く無能なんです。だから指揮権なんて渡した日にゃ艦隊が全滅っすよ、旦那」
「そうなのかね?」
「はい。何しろ切り札であるエヴァを敵の真正面に出しちゃうような人ですから……もう生傷が絶えなくて」
そう言ってチラッと服の下に隠れている傷跡を見せる。ちなみにこの傷跡、此処に来る前に自分でつけたものである。怪我など錬金術であっという間に治療できるので、これだけの演出の為にわざわざ付けたのだ。
だが、艦長を信じ込ませるには充分だった。
「苦労してるのだね」
「はい。と、いう訳で万一の事態になった場合、多分、葛城さんは『後ろからの衝撃で気絶する』と思うので指揮権は艦長にあると予測されます」
そう言ってシンジはギュッと拳を握った。艦長はそれを見て豪快に笑った。
「わはははは!! 中々、面白い話だったよ、少年!」
バンバンとシンジの肩を叩く艦長にミサトやアスカは何を話したのか少し気になった。
「よっ! 何やら賑やかだな?」
そこへブリッジに新たな人物が現れた。その人物を見てアスカの表情がパァッと輝く。
「加持センパ〜イ♪」
「!!?」
アスカは喜んで甘えた声を上げるが、ミサトは驚愕を顔に貼り付けたまま固まる。シンジは彼を見て、シュタッと手を挙げる。
「ど〜も、加持さん。三千年ぶり(大嘘)ですね」
「おや? 神楽君じゃないか? 何で此処に?」
彼――【加持 リョウジ】はアスカの護衛である。故にシンジとも面識があった。
「加持君、君をブリッジに招待した覚えはないぞ」
「それは失礼」
艦長の叱責を受け流し、加持は再びシンジの方を見た。彼はただただ微笑を浮かべていた。
「何でアンタが此処にいんのよ!」
小さな艦内エレベーターの中で、ミサトが加持に食って掛かる。
「アスカの随伴でね。ドイツから出張さ」
「迂闊だわ。十分考えられる事態だったのに」
苦渋を噛み締めるミサトに対し、アスカは加持の腕に抱きついている。シンジはシンジで特に興味無さそうにしていた。
やがて四人は目的の階で降り、食堂にやって来た。
「しかし驚いたな……神楽君が碇司令の息子だったとは」
真っ先に加持が話を切り出すと、シンジは両肩を竦めた。
「嫌な関係ですけどね」
「けど大学っていつ行ってたの?」
「ん〜……伊吹さんの所から出て行ってすぐですから……九歳?」
九歳で大学って何なんだとミサトは突っ込みたかったが、『シンジなら』っていう理由で何故か納得できた。
「でも何で偽名を使って大学なんかに?」
ミサトが当然の疑問を口にすると、シンジは、しれっと答えた。
「そりゃ公に碇 シンジなんて名乗ってたらネルフに見つかっちゃいますから。葛城さん、お分かりだと思いますが、僕はあの司令が大っっっっっっっっっっっっっっっ嫌いですので、あしからず」
かなり溜め込んである辺り、どれだけゲンドウを毛嫌いしているか分かり、ミサトは表情を引き攣らせた。
「じゃ、じゃあ何でドイツの大学に行ってたの?」
「ああ、それは………」
シンジは一瞬、チラッと加持の方を見る。
「お達者倶楽部の老人達の集会所を探す為です」
「ぶっ!!」
その発言に加持は飲んでいたコーヒーを吐き出した。
「ちょっと汚いわね〜」
「す、すまん……」
ミサトに謝りながらも加持はシンジの方を見る。シンジはニヤッと笑みを浮かべ、加持の肩に手を置いた。
「加持さん、草鞋って三足も持ってたら無駄じゃありませんか? 一足だけ持ってりゃ充分だと僕は思いますね〜」
「そ、そうかい? 予備ってのも色々と……」
「ついでに言うなら僕は猫に鈴をつけるのはどうかと思います」
「い、いやいや。猫に鈴は可愛いぞ」
「ほっほ〜う?」
加持は表情には出さないが、背中は冷や汗でダラダラだった。だが、シンジは更に追い討ちをかける。
「ちなみに加持さんはお達者倶楽部の集会所は何処かご存知で?」
「い、いや。俺もそこまで歳じゃないよ……」
「そうですか………じゃあ、ウチの馬鹿親父へのお土産を見せて貰えませんか?」
「そ、それは……!」
流石の加持もそこまで言われて驚きを隠せなかった。思わずこの場から逃げ出したかったが、シンジの無言のプレッシャーには凄まじいものがあり、出来ない。
「ちょっと神楽! いい加減、加持さんから離れなさいよ!」
が、そこへアスカが割って入って来てシンジを加持から離した。
「あのね惣流さん。神楽は偽名だってば。大体、大学の時もそうだったけど何で僕に突っ掛かってくるのさ?」
「う……そ、それはアンタが気に食わないからよ!」
「んな勝手な……ひょっとして成績が上だった事を僻んでるの?」
「違うわよ!!」
「じゃあ何なのさ?」
「〜〜〜っ! もう良い!!」
バンとテーブルを叩くと、アスカは食堂から出て行った。
「何なんだ?」
勝手に癇癪を起こすアスカに首を傾げつつ、シンジは加持の方に向き直った。
「さぁ加持さん。お土産を見せてください。そうですね〜……報酬としては加持さんが欲しがってたものを差し上げますよ」
そう言って邪気の感じられない微笑を浮かべるシンジに加持は頬に冷や汗を垂らした。
「散らかってるのは我慢してくれよ」
「元から整理整頓されてるとは思ってませんよ」
加持の私室に招かれたシンジは乱雑している彼の私物の中から、頑丈なアタッシュケースを取り出した。それに土産が入っている事までお見通しだったので加持はもはや呆れるしかない。
「加持さん、鍵プリーズ」
「ほら」
ポケットからアタッシュケースの鍵を受け取り、開くと中には硬化ベークライトで封印された胎児サイズの生物がいた。
「最初の人間……アダムですか」
「そうだ」
「あの〜、加持さん分かってるんですか? これを運ぶって事は人類滅亡の片棒を担ぐって事なんですよ?」
「何?」
「ほれ」
驚く加持を尻目にシンジは一枚のフロッピーディスクを投げ渡した。ディスクには『これがネルフとゼーレの全て! マル秘! 人類補完プロジェクトの真実! 生きる為に死ねますか?』などと驚くようで肩の力が抜ける題名が書かれていた。
しかも隅の方にプリティーなエンジェルが描かれてたりする。
「シ、シンジ君これは……」
「人類補完プロジェクトって語呂悪いですよね〜」
「そ、そうじゃなくて……」
「ああ、約束の報酬です。セカンドインパクトの真実やらゼーレの画策してる事やらのデータが入ってますよ」
あっさりと言うと、シンジはアタッシュケースからアダムを取り出した。そして両手を合わせて触れると、硬化ベークライトにヒビが入り、アダムごと粉々に砕け散った。
「な!?」
「えいっ!」
そしてビクンビクンと痙攣するアダムの肉片にあったコアを踏み潰した。
「シ、シンジ君、何て事を……」
「あ〜、大丈夫ですって。加持さんに迷惑はかけませんから」
そう言うとシンジは携帯を取り出して何処かへと電話をかける。数回のコール音の後に通話が始まる。
【………シンジか】
「ど〜も、ダディ。調子はどうだい?」
【………切るぞ】
「アダム壊したから」
【………そうか………って何ぃ!?】
「ふ、僕が知らないとでも思ったのかい? アダムは木っ端微塵。コアも粉々にしたよ。これで補完計画は無理。とうとう石を精製するしか道は無くなったね〜」
――そんな事はさせないけど……――
【シ、シンジ、貴様!】
「あ〜っと、ちなみに加持さんに責任は無いからね。僕が勝手に部屋に忍び込んでアダムを破壊したんだから。やれやれ……もうちょっと考えて運び込むんだったね。じゃ、バハハ〜イ♪」
【ま、待てシン……!】
何やら電話の向こうで喚いていたが、シンジは問答無用で切った。そして、唖然としている加持の方にニッコリと向き直った。
「と、いう訳で後は八年前、葛城さんに言えなかった言葉を言おうが、更に変な事に首突っ込んで殺されようがお好きになさって下さい」
「シンジ君……君は一体、何者だ? 一体、何の目的で動いている?」
「目的……ですか? 加持さん、認めたくないですが僕は司令の息子です。嫌なものは躊躇無く排除する性質なんですよ。僕は生憎と世界の為だとか、未来の為に戦うとか、そんな高尚な人間じゃありませんよ。僕は欲ボケジジイ共も大馬鹿無能司令も嫌いだし、傍迷惑だから排除するんです。別に他人の目的を否定するつもりはありません。貴方が真実を追い求めようが、葛城さんが復讐しようが好きにすれば良いと思います。ただ、それに無理やり付き合わされるのは勘弁して欲しいだけです。だから奴等も排除するんです」
「そ、それだけの理由で?」
かなり子供っぽい理由で加持は肩透かしを喰らった気分になった。
「僕なんてまだ可愛い方だと思いますよ? 何しろ爺様共は人類巻き込んでの集団自殺、あの髭魔王なんかは女一人の為に人類巻き込むんだから……全く。やるなら身内だけでやれっての。こっちを巻き込むな」
最後の方は愚痴っぽくなったシンジ。溜め息を吐くと、部屋の扉に手をかけたが、その時、思い出したように言った。
「あ〜、そうそう。惣流さんも来た事ですし、多分、日本に帰ったら僕、ネルフかゼーレから存分に狙われるでしょうね。だから好奇心で僕に近付いたら逆に痛い目に遭いますので、あしからず」
自分の見に危険が降りかかってくると言うのに、アッサリしているシンジに加持はポカンと口を半開きにしたまま固まった。
「かぐ……じゃなくてサード!!」
「あのさ〜、惣流さん。僕、サードチルドレンなんて番号イヤなんですけど?」
廊下を歩いているとシンジは唐突にアスカに呼び止められた。
「ちょっとこっちに来なさい!」
「え〜? 折角、これから釣りでも堪能しようと思ってたのに……」
そう言ってシンジはそこらにあったモップから練成した釣竿を見せる。アスカはガクッと肩を落とし、額を押さえた。
「アンタって昔っからちっとも変わんないわね」
「惣流さんに言われたくないな〜。何しろ、いっつも成績が発表されたら僕に突っ掛かって来るんだもん」
「アンタがアタシの上にいるのが悪いのよ!」
「んな無茶苦茶な……」
シンジは彼女が精神操作を受けているのは知っている。が、此処まで言われると呆れ返るしかなかった。
「で? 一体、何の用なの?」
「アンタにアタシの弐号機を見せてやるのよっ!!」
「あ〜……君を道連れに自殺しようとしたお母さんが造った?」
ゾクッ!
その言葉にアスカは全身が震えた。そして大量の冷や汗を流し、拳を胸の前で握り締める。
「な、何で知って……」
「ネルフにはそれぐらいの情報はあるよ……ん?」
――待てよ〜。弐号機のコアにも惣流さんのお母さんの精神と魂はあるんだよな〜。って事は肉体さえ練成すりゃ後は押し込めれば良い訳だ――
今度は豚肉か牛肉か、あるいは羊肉も良いかもと思案していると未だに震えているアスカの方を見た。彼女は怯え切って視線を泳がせている。
――あちゃ……ちょっと揺さぶってみたけど、こりゃ重症だな〜――
「惣流・キョウコ・ツァペリン……東方の三賢者にして君の母親だけど………嫌い? それとも尊敬してる?」
「な、何よ!? それがアンタに関係あんの!?」
「いや、別に。ただ聞いてみただけ。君がどう答えようが関係ないし」
「………尊敬してるわよ!」
「なるほど……じゃあ、お母さんに会いたい?」
「な、何馬鹿なこと言ってんの……ママはとっくに死んじゃってるのよ……」
アスカはシンジから離れるようにしながら言う。するとシンジはクスッと笑った。
「もし僕の頼みを聞いてくれたらお母さんに会わせてあげる。惣流さんもエヴァ以外の道を見つけれるだろうしさ」
「……………」
そして、その時、艦全体を揺さぶる衝撃が襲った。
【各艦、艦隊距離に注意しつつ回避運動】
「状況報告はどうした!」
【戦艦1沈黙! 目標確認出来ません!】
「くそぅ! 何が起こっているんだ!」
艦隊付近の空間は音波と電磁波が乱れ飛び、未だ状況を掴めないオーヴァー・ザ・レインボーのブリッジは混乱していた。
「ちわ〜、ネルフですがぁ、見えない敵の情報と的確な対処はいかがっすかぁ〜?」
そこに冗談めかしてやってくるミサト。殺気立った場所でそんな事を言えば当然、
「戦闘中だ! 見学者の立ち入りは許可出来ない!」
こう言われるのが当り前である。だが、ミサトは引かない。
「コレは私見ですがぁ、ど〜見ても使徒の攻撃ですねぇ。使徒はネルフのエヴァにしか……んぎゃっ!!」
ドゴッ!!
その時、鈍い音がブリッジに響き渡った。艦長始め全員がそちらを見ると、消火器を持ったアスカが突っ立っていた。ミサトは頭からピューピューと血が噴出している。
【惣流さん、やり過ぎ……】
すると回線の向こうでエヴァのエントリープラグに入っているシンジが苦笑いを浮かべていた。
「うっさいわね! 『アンタがミサトを気絶させろ』って言うからしたんじゃない!」
【そりゃそうだけど……あ、艦長。僕の予測どおり、葛城さんは使徒の攻撃による衝撃で頭を強く打って気絶しましたね?】
「え? あ、あ〜………そ、そう……だな」
【とまぁこれから僕がエヴァを使って使徒を倒しますが、よろしいですか? 何しろ艦長様の許可が無いと使えないので】
その言葉に艦長はしばらく唖然となったが、笑みを浮かべた。
「うむ。許可しよう」
【ご英断、感謝します】
わざとらしくシンジは敬礼すると、目を閉じて集中した。そして四つの目を持つ赤い巨人がオセローから飛び出した。
【サード! アタシの弐号機に傷付けたらタダじゃおかないわよっ!!】
「はいはい」
回線の向こうで喚くアスカに苦笑し、シンジは海中を暴れまわる使徒――ガギエルに目を向けた。この使徒、ハッキリ言って海中を高速移動するだけしか脳の無い奴なので、物足りないったらありゃしない。
まず艦のクレーンを槍の様に練成した。
【ちょ、ちょっとアンタ! 今の何よ!?】
「ん〜……ハンドパワーです」
【ふざけるな!!】
流石に初めて見る錬金術にアスカが色々と言ってくるが、シンジは無視して使徒が下に来るのを見定める。
――こういうのは生身の修行が役に立つな……――
海中を高速移動する使徒を突き刺すには優れた動体視力が必要である。セツナの地獄かと思える修行でシンジの鍛え抜かれた動体視力はアッサリとガギエルを捉えた。
「せいっ!」
そして槍を頭から突き刺し、口の中に存在するコアをも貫いた。
新横須賀の港にはリツコが弐号機を出迎えに来ていた。その際、何故かミサトが病院送りになった事に疑問を抱いたが、それ以上にシンジが弐号機を動かした事実に驚きを隠せなかった。
「艦長、ご苦労様でした」
「いや。私よりも、あの少年を誉めてやってくれ。自分の半分も生きていない子供が我々を手玉に取っていたのだ。そして死者を出す事無く使徒を殲滅したのだから」
そう言って弐号機を見上げる艦長と同じように、リツコも弐号機を見上げた。シンジは到着した途端に弐号機のエントリープラグに閉じ篭っていた。アスカはジッと弐号機から目を離さず、見つめている。
リツコは二人が何をしてるのか気になり眉を顰める。が、少しするとエントリープラグからシンジが出て来た。そして、彼は一人の女性を毛布に包んで抱いていた。
「え?」
「マ、ママ!!」
その女性を見て、リツコは大きく目を見開き、アスカが声を張り上げた。
「シンジ様!」
そして、その時、一台の車がやって来た。車にはレナが乗っており、シンジは飛び降りると抱いていた女性を後ろの席に乗せた。
「惣流さん、乗って!!」
「え? え?」
「お母さんに会いたいんでしょ!?」
その言葉に触発され、アスカは車に乗り込む。
「ま、待ちなさ……!」
リツコがアスカを止めようとしたが、車はあっという間に走り去ってしまった。
「くっ!」
至急、リツコがネルフに連絡しようとしたが、その腕をシンジに掴まれた。そして、シンジはニコッと微笑み、
「さ、戻りましょうか?」
もはやゲンドウの怒りは頂点に達していた。それもこれも目の前の自分の息子に対してだ。
現在、司令室にはシンジとゲンドウしかいない。冬月はゲンドウが言って退出させた。
「アダムは破壊したし、弐号機はコアを補充しないと使い物にならない。踏んだり蹴ったりだね〜」
「…………シンジ」
「言っとくけど初号機も同じようにしろなんて嫌だよ」
「何だと!? 貴様、自分の母親だぞ!!」
デスクを叩いて威圧するゲンドウだが、シンジは鼻で笑った。
「何で大嫌いなアンタの言う事を聞かないといけないのさ? 因果応報、自業自得じゃん?」
「関係ない。ユイを初号機から取り出せ」
「ベ〜。やなこった」
「ならば賢者の石を渡せ」
「これは僕のものだよ?」
「関係ない」
「良くもまぁ、そこまで傍若無人になれるね〜。やるんだったら僕を殺して手に入れてみなよ? アダムも無くなったし、もう貴方には賢者の石を手に入れるしかない。まぁ邪魔するけど」
そう言ってシンジは背を向ける。ゲンドウは息子の背中を睨み付け、唇を噛み締めた。
「後悔するな……」
「させてみなよ」
フッと笑みを浮かべて答えるシンジがゲンドウには自分よりも遥かに巨大に見えた。そして、それが彼にとって余りにも屈辱的であった。
「ママ……」
「ふふ……アスカちゃんは甘えん坊ね……」
碇邸に帰宅したシンジが見たのは、ずっとベッドで上半身を起こした母親に抱きついているアスカだった。
「ちゃんと説明したの?」
「ええ、しましたよ」
シンジの質問にレナはコクッと頷く。かつてアスカを道連れに自殺したキョウコはサルベージを失敗した肉体だけの抜け殻だったのだ。それを説明し、今、目の前にいるキョウコこそがアスカの母親なのである。
「ねぇシンジ……」
親友と親友の娘を微笑ましく思いながらルイはボソッと話しかけた。
「キョウコには何の肉を使ったの?」
「ああ、オーヴァー・ザ・レインボーの食堂から牛肉を拝借したんです」
「ぎゅ……わ、私より高価……」
「そういう問題なんですか?」
何処か論点が違うような気がしたが、これはこれで面白いので良しとする。
「シンジ!」
「ん?」
その時、ようやくキョウコから離れたアスカに名前で呼ばれ、シンジは彼女の方を振り向いた。アスカは僅かに顔を赤くしながら、視線を泳がせ、
「あ、あり……ありがとう……」
かなり恥ずかしそうに礼を言うアスカにシンジはキョトンとなったが、やがて微笑んで、
「どう致しまして、惣流さん」
「ア、アスカで言いわよ!」
「へ?」
「アスカって呼んで良いって言ったの!!」
そう言うとアスカは隣の部屋にダッシュで駆け込んで行った。シンジは目をパチクリさせて、扉を見つめていた。
「へへ。シンジも大変だな」
ライハートが楽しそうな笑みを浮かべながら言うとレイはハッとなってギュッとシンジの腕を掴んで来た。
「あ、綾波?」
「駄目……」
「へ?」
「レイって……呼んで」
「ちょ、ちょっと〜!」
ギュ〜ッと胸を押し付けて来るレイにシンジは助けを求めようと周りを見る。
「シンジ君、アスカをよろしくね」
「シンジ、レイにも構ってあげなさい」
だが、母親ズは助けてくれそうにもなかった。むしろ愉しんでいる。
「くっ! レナさん、ライハート!」
「ライ、もはやネルフは形振り構っていないでしょう。恐らく参号機・四号機を召集してシンジ様を始末しにかかる筈です」
「爺さん共も同じ考えだろうな」
「いきなりシリアスモードに入るなぁぁぁぁぁ!!!!」
真面目な顔をして話すレナとライハートにツッコミを入れるが、更にレイは体を寄せて来る。
「碇君、今日は一緒にお風呂に入るの。それで一緒のベッドで寝るの。それはとても気持ち良い事……」
「ひぃぃぃ!!! パラケルスス〜〜!!」
もはや頼みの綱はパラケルススなのだが、姿が見えなかった。リンネも同様だ。
「さ、碇君……」
「ひょええええ!!」
その後、シンジは何とか『レイ』と呼んで事無きを得たそうな。
その頃、お風呂では……。
「おにぃ、さわがしいね……」
「な〜にやってんだか……」
リンネと一緒にパラケルススは風呂に浸かっていた。何故か頭にタオルを載せている。傍から見たら変な猫に思われる。
ちなみにマヤの時は慌ててたが、リンネはパラケルススにとっても妹みたいなものなので平気なようだ。
「パラケルススも元はおにぃなんでしょ?」
「まぁな〜。親父と違って女の扱いには慣れてねぇな〜」
「でも、パラケルススもレイお姉ちゃんはにがて……」
「ありゃ本能的に苦手なんだ。そんな事より日本人(?)なら、しっかりと肩まで湯に浸かってろ」
「は〜い……」
ブクブクと口を湯船に浸けて泡を噴くリンネ。しばらくノンビリしていたが、パラケルススが口を開いた。
「リンネよ……そろそろシンジも本格的にネルフ・ゼーレと全面戦争だ。使徒、ホムンクルスと問題は色々あるが……俺達も影ながらシンジを助けてやるんだぜ」
「だいじょうぶ……レナお姉ちゃんもライハートも、わるい人じゃない……」
「今の所はな……」
パラケルススはそう答えると、フゥと湯船にダラーンと体を垂らすのだった。
To be continued...
(ながちゃん@管理人のコメント)
流浪人様より「福音の錬金術師」の第十六章を頂きました。
今回、アスカが颯爽と登場・・・かと思ったら、弐号機から母親をサルベージされて、呆気なく陥落・・・(笑)。
結局、ネルフを抜けて、シンジ邸に潜り込みましたか。
しかし、LARS街道まっしぐらですな〜♪レイの嫉妬シーンもグッドでしたよ♪
そして、ゲンドウ―――益々切羽詰ってきましたねぇ〜。言うなれば、窮鼠猫を噛む、の状態でしょうか?
こりゃ、次回から本格的にネルフ・ゼーレと敵対ですね、きっと。
シンジ君、思う存分に暴れまわって下さいね♪
あと、両者の対立の中で、ホムクルたちがどう介入してくるのかも、楽しみです。
まだ第六使徒戦が終わったばかりですが・・・佳境に入ってきましたねぇ〜(そろそろ最終話?)。
すごく続きが気になります。
ハルカ嬢も、丈夫な赤ちゃんを産んで下さいね♪(安定期に入ったようだから、もう流産の心配はないのかな?)
次作を心待ちにしましょう♪
作者(流浪人様)へのご意見、ご感想は、または
まで