福音の錬金術師

第十五章

presented by 流浪人様


「JA? ジャパンアニメーションの略ですか? まぁ日本のアニメってのは世界的に評価されてますけど、葛城さんと一緒にアニメ見るのはちょっと……」

「違うわよ!! つ〜か何で猫まで連れて来てるのよ!?」

 急にネルフに呼び出されたかと思うと、発令所でミサトが一緒にJAを見に行こうとか言い出した。シンジは頭にパラケルススを乗っけたまま面倒そうに肩を竦めた。

「いや〜。どうもパラちゃん、綾波が苦手みたいで……」

 ――ど〜も、あの独特の雰囲気は……――

 まったりと頭の上でくつろぐパラケルススは心の中で呟いた。どうやらシンジと違って、彼はレイの雰囲気が苦手なようだ。その辺、昔のシンジの名残がある。あの心を見透かされそうな瞳で見つめられるのが怖い彼女の雰囲気が。

「で? 何なんですか、JAって? あ、伊吹さん、パラケルススと遊びます?」

「ジェットアーロンの略よ。日重が開発した使徒迎撃兵器よ」

「パラちゃん、おいで〜♪」

 ミサトに代わってリツコがシンジの質問に答え、マヤがパラケルススを抱きかかえる。リツコは独特の雰囲気を醸し出すシンジとマヤに表情を引き攣らせながら額に指を当てる。

「マヤ……その猫、連れて出て行きなさい?」

「あ、は〜い。パラちゃん、大浴場行こ。久し振りに体洗ったげる」

 ――何ぃ!?――

 嬉しそうに言うマヤにパラケルススはギョッとなる。思わずシンジに助けようと、彼の方に目を向けると、非常に生温かい目で見守っていた。

 ――シンジ、てめぇ〜!!!!――

「綺麗にして貰えよ、パラケルスス〜」

 ヒラヒラと手を振って、連れて行かれるパラケルススに向かって言うシンジ。何やら恨めしい目で見ていたが、気にしない。

「………話を続けて良いかしら?」

「駄目です」

「その発表会が旧東京であって、シンジ君も一緒にどうかという話なのよ」

 問答無用で話すリツコにシンジは『駄目って言ったのに……』と、半眼で睨む。日向や青葉など、リツコの怒りの睨みをシンジが受け流す光景にビクビクしながらも感心してたりする。

「何で僕まで?」

「私は仕事があって行けないから………ミサトだけじゃ心配なのよ」

「伊吹さんは?」

「マヤにも仕事を手伝って貰うのよ」

「ふ〜ん……」

 確か此処に来る前、携帯でMAGIをチェックしたが、リツコもマヤも大した予定など入っていなかった。嘘を吐いてまで行かせたい理由があるのだろうか?

 シンジはポケットから扇子を取り出してパタパタと扇ぐ。

「『ビール腹悪女・カツラ〜ギ』?」

 日向が、その扇子にデカデカと書かれている文字を読む。

「ちょっと! ビール腹悪女って何よ!?」

「あ、これってネルフの売店で売って―――」

「何ですってぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

 正に不動明王の如き形相でミサトは発令所から飛び出して行った。

「―――る訳ないのに……」

 ベリベリと扇子の紙を剥がすと『天上天下唯我独尊』という文字が出てきた。どうやら紙を重ねていたようだ。そっちもどうかと思うが……。

 呆れ返っていたリツコ達だったが、ふと扇子の裏に書かれているのを見て表情を引き攣らせた。

「シンジ君………裏に何て書いてあるの?」

「ん?」

 不思議そうな顔をしてぺラッと引っ繰り返す。

『滅殺! 気胃流・呂尾恋津』

「えっと……『めっさつ! きーる・ろーれんつ』……って書いてるのか?」

 青葉が言うと、リツコの顔から血の気が引いたように青くなった。

「はて? こんなの書いてあったかな?」

 頭に指を当てて首を傾げるリツコ。シンジは唸りながら歩くと、今度は背中を見てリツコの表情が変わった。

「シンジ君……その背中は?」

「背中?」

 言われてシンジは制服のシャツを脱いだ。

「何々……『L.O.V.E! ラブリー・ユイ! もうすぐ逢えるぞ! by外道』?」

 ピクッとリツコの額に青筋が浮かぶが、誰も気付かない。

「う〜む……僕に気付かれずにシャツにこんな事をするなんて………ま、まさか、あの噂の三足の草鞋を履いたスパイが日本に!?」

 ――こ、この子………――

 知ってる……絶対に何もかも知ってるとリツコは確信した。こりゃ碇司令が『シンジをJAの爆発に巻き込んで始末しろ』と命令した理由も分かる。(そんな事、考えとったんか)

 しかもミサトは殺さないよう、セレモニー前に呼び出して帰す算段だ。

「けど、あの三足草鞋が何でまた………」

 チラッとリツコを窺いながら言うシンジに彼女は盛大に溜め息を吐いた。

「ちょっとシンジ君! 売店に扇子売ってないじゃない!!」

 するとゼェゼェと息を切らしたミサトが戻って来るなり怒鳴った。

「おや?」

「何で不思議そうな顔すんのよ!?」

「ふふ……」

「だからって何で憐れんでのよ!?」

「いえ……三十路にもなって、そんなビール腹じゃ嫁の貰い手が無くて可哀想だな〜って」

「アタシゃまだ二十九よっ!! 三十路で未婚なのはリツコよっ!!」

 プチ……。

 背後で何かが切れた音がして、ミサトはハッとなった。ギギギと油の切れた玩具のように背後を見ると、リツコが額にかなりの青筋を浮かべて炎を燃やしていた。

「リ、リツコ〜……」

「…………ミサト」

「ひゃ、ひゃい!?」

「私の部屋で一緒にコーヒーでも飲みましょう………ゆっくりと、ね」

「ひょええええええええええ!!!」

 ズリズリと引き摺られて行くミサトを助ける事は誰も出来なかった。

「さ〜て、大人をからかうのはコレぐらいにして一人でJAの発表会に行きましょうかねぇ〜。あ、これ上げますね」

 日向に扇子を渡し、シンジは笑いながら出て行った。

「シンジ君ってさ………」

「素敵に無敵だよな……」

 などと自分達よりも十も年下の少年に尊敬すら覚えるのだった。




 日本重化学工業共同体のJA発表会は水没した旧東京に作られた埋立地で行われた。そこには戦自や政府の上官などが集まって、豪勢な料理の並んだテーブルを囲んでいる。

 一方のシンジのは『ネルフ御一行様』と書かれたプレートと、ビール一本だけという侘びしいテーブルだった。明らかに嫌がらせ満点である。

 が、誰もが何故かネルフのテーブルには子供であるシンジしかいない事に奇異の視線で見ている。ちなみに入れたのはネルフのIDカードを見せたからである。

「あの〜……」

 シンジはビール瓶を持って近くのボーイを呼ぶ。ボーイは最初、ネルフの人間に呼ばれても無視しろという命令を受けていたのだが、子供のシンジに戸惑って、ついつい行ってしまった。

「ジュースに変えてくれません? 流石に未成年者にビールを出す会社も如何なものかと……」

「え? で、ですが……」

「あ、ご安心ください。大人は一人も来てませんから」

「も、申し訳ありません。未成年者の方が来るとは思わなかったのでジュースは……」

「じゃあ、水で……」

「か、畏まりました」

 ボーイはビールを持って帰ると、やがて水の入った容器が持って来られた。だが、シンジはそれには手を付けず、始まるまでボーっとしていた。

 やがて舞台上に一人の男性が現れた。

「皆様、本日は多忙の中、ようこそおいで下さいました。私、JA開発責任者の時田と申します」

 時田という男性は挨拶すると、パンフレットに書かれている事をわざわざ話す。シンジはフワ〜と欠伸をしながら、ダラダラと演説を聞いていた。

「以上でJAの説明を終わります。質問がございましたらお願いします」

「は〜い」

 やる気の無さそうな声と共に手を挙げたシンジに皆が注目する。

「君は?」

「あ、エヴァ初号機パイロットの碇 シンジです。ちなみに認めたくありませんけど、司令の息子だったりします」

 その言葉に周囲がザワつき、時田も面食らったような顔になった。

「質問いいですか?」

「あ、ああ。構わないが………ご高名な赤木博士は来ていないのかね?」

「はい。現在、赤木博士は牛の研究中です」

「う、牛?」

「はい。まず牛の胃袋はビール何本いけるのか、そして脳みその大きさは如何程なのかと世の為、人の為、外道との愛の為、日夜、頑張っております。今日から」

 ――今日からかい!!――

 全員が心の中でツッコミを入れた。

「で、質問なんですが………」

「うむ……」

箒はありますか?

「ええ、本機の大きな特徴です。連続百五十日間の作戦行動が………って、箒!?

 てっきり燃料の質問をされるのかと思った時田は全く筋違いの質問に驚愕した。が、此処は大人のプライドで冷静にシンジに聞き返した。

「ほ、箒とは一体?」

「メイドロボに箒は必須じゃないですか?」

「じぇ、JAはメイドロボじゃないよ……」

「そ、そんな!?」

 ガ〜ンと何処からか効果音が響くかのように、シンジはガックリと膝を突いた。

「…………そんなに落ち込む事なのかね?」

「そうでもありませんね」

 ――立ち直り早っ!!――

「まぁ、おふざけはコレぐらいにして……」

 やっぱりフザけてたのかと全員が疲れ切ったように溜め息を吐いた。

「まずJAじゃ使徒には勝てませんね〜」

「どういう事かな?」

「だってATフィールド張れないし」

「それは君もじゃないかな?」

 時田はエヴァはATフィールドを張らず、焔で使徒を撃退したという情報を得ていた。それはATフィールドが使えなくとも使徒を倒せるという証明でもある。それが、彼をより強気にさせていた。

「いや〜、張ろうと思えば張れるんでしょうけど、慣れない事より慣れた事の方が良いんで。ちなみに最も火力のあるN2爆雷でも最初の使徒の体表を少し焦がしただけじゃないですか? 言っときますけど、僕の使う焔はN2よりも強力ですよ。その気になれば山二つ三つぐらい簡単に焼き尽くせます」

 嘘は言っていない。何しろ酸素濃度さえ調節すれば、焔は際限なく強くなるのだ。山ぐらい簡単に焼き尽くせるだろう。

「後ついでに百五十日間も動かしてどうするんです?」

「ご、五分も動けない戦闘兵器よりマシだと思うがね?」

「僕にとっちゃあ使徒なんて蟻同然です。蟻を殺すのに五分もかかります?」

「うぐ……」

 そうまで言い切られ、時田は言葉を失くす。確かにエヴァと使徒の戦いを見る限り、エヴァのあの力は異常だった。ATフィールドごと破壊するあの力があるからこそ使徒に勝てたのだ。

 そして、JAにそれが無いという事も重々承知していた。だが、面子がそれを許さなかった。だから、こんな発表会を設けたのだ。

「ま、エヴァ以外の兵器で使徒を倒せるなら大歓迎ですよ。そうすれば僕も田舎の方に隠居できるんですけどね〜」

 苦笑いを浮かべながら答えるシンジに彼らは何も言い返せなかった。



 仕組まれた事故は途端に起こった。JAの起動を開始した時の事だった。JAは突如、コントロールを失い、暴走し出した。

 しかも体内の自爆装置が作動したのだ。JAは原子力で動いている。それが爆発すれば、ここら一帯が完全に吹き飛んでしまう。

「自爆装置………ねぇ」

 どうやら近日中にセカンドチルドレンが来るので、ネルフは本気で自分を殺すつもりらしいとシンジは肩を竦めた。彼の目前にはJAが迫って来ており、人々は我先にと逃げ出して行く。

「やっぱりこんな事だろうと思った……」

 溜め息を吐きながらシンジは水の入った容器をJAに向かって投げつけた。容器は割れて、JAの一部が水浸しになる。

「き、君! 早く逃げたまえ!」

 その時、時田がシンジの腕を掴んで逃げようとする。

「まぁまぁ、落ち着いて」

「あ! 君!」

 言うや否やシンジはJAに向かって走って行く。そして跳び上がって、両手を合わせると、JAの濡れた部分に触れた。するとJAのボディが段々と氷に覆われて行った。

「な……!?」

 やがて氷付けになったJAを見て、時田は驚愕する。

 シンジは水を使って、JAの周りの温度を急激に冷やした。そうする事によってJAの活動を停止させたのである。

「じゃ、時田さん。後は海に捨てるなり何なりとご自由にどうぞ」

 そう言うと、シンジは軽く会釈し、その場から去って行った。残された時田は氷付けのJAとシンジの姿を呆然と見つめていたのである。




「残念だったね〜。僕を始末できなくて」

 ネルフの総司令執務室では、シンジがゲンドウと冬月と対峙していた。ゲンドウは左腕に義手を付けているが、肘が上手く曲げれない為、右手だけで顔を隠している。

「何の事だ……」

「ふ〜ん、シラを切るつもり? 冬月副司令も僕が生きてて悔しいですか?」

「な、何を馬鹿な事を言うのかね。いや、貴重なパイロットが無事で本当に良かったよ」

 明らかに言いどもっている冬月に冷笑を浮かべ、シンジはゲンドウに向かって言った。

「それにしても残念ですね、司令。もし『門』の向こうを見れたら賢者の石を作れたかもしれないのに」

 ガタンッ!!

 シンジのその言葉にゲンドウは立ち上がった。冬月は突然の事でビックリしている。

「シンジ………やはり、貴様……」

 ニヤッとシンジは笑みを浮かべる。

「やはり今までのは錬金術……」

「さて此処で問題です。僕の腕輪に埋め込まれてる赤い石は何でしょう?」

 ゲンドウの言葉を遮り、シンジは袖を捲り、腕輪を見せた。そして赤く輝く石を見て、ゲンドウはサングラスの奥の目を見開いた。

「シンジ、貴様……」

「老人達を出し抜こうと色々と考えてるみたいですけど……」

 その言葉にゲンドウと冬月は驚きを隠せなかった。やはりシンジはゼーレの事まで知っている。そして、恐らく自分達が何を考えているのかも知っているのだろう。

 そしてゲンドウは自分しか知らない全く別の計画――完全な賢者の石の精製――までも感付かれていると確信した。

「まぁ人様に迷惑のかからないようにやって下さい」

「シンジ君、先程から賢者の石やら錬金術やら何を言ってるのかね?」

「へ? 副司令、知らないんですか?」

 意外そうな顔をするシンジにゲンドウは表情を顰めた。その反応を見て、シンジはゲンドウが賢者の石の精製は秘密だと悟った。

「親子の秘密の会話です。ねぇパパ♪」

 わざとらしく微笑むシンジに、ゲンドウは何も答えられなかった。冬月は何か怪しいと思ったが、ゲンドウに押し黙られてはどうする事も出来ない。

「僕を始末するんだったら、もうちょっと頭働かせなよ。まぁ何処ぞの無能な司令より、そろそろ老人達が何か仕出かしてきそうだから緊張してんですよね〜。
 何しろ、あっちは人生経験豊富ですから」

「な……ま、まさかシンジ君……」

「はい。とっくに基地潰して対立してますよ? そろそろ弐号機も来ますし、動くんじゃないですか? 老人達の本拠地が分かんないから、こっちから攻めようがないんですよね〜」

 あっさりと言い切るシンジにゲンドウと冬月は絶句した。その姿を見て満足したのか、シンジはニコッと微笑むと、手を振って司令室から出て行った。

「………碇よ……お前の息子は何者だ? 本当に彼ならユイ君を目覚めさせれるのか?」

「…………」

 冬月の問いにゲンドウはただただ、沈黙するだけだった。






To be continued...


(ながちゃん@管理人のコメント)

流浪人様より「福音の錬金術師」の第十五章を頂きました。
もーいーくつ寝ーるーとー、鬚の処刑日ぃー♪(笑)
これで恐らくシンジ君と鬚は完全に敵対ですね。
鬚もシンジ君が錬金術師だと知って、今以上に慎重かつ小汚い策略を巡らすことでしょう。
シンジ君の暗殺のために。あるいは彼の賢者の石を奪うために(・・・かな?)。
でも、逆にシンジ君が鬚を殺そうとすると、例のホムクルたちが邪魔しそうですよねぇ〜。
ま、そのために山に篭って修行したんだし、邪魔者は排除するのみです。たとえ善人でも♪(おい)
余談になりますが、ちょっと考察してみました。
シンジ君の持つ賢者の石ですが・・・実際の価値(宿る力)ってどうなんでしょう?
かなり小さいですが、管理人にはゲンドウが作ろうとしているものよりは、何となく強力そうな気がします。
あのサイズでとんでもない威力ですし・・・何より逆行シンジ君の「命」(コア)だし、・・・もしかしたらサード・インパクトでLCLに融けた全生命体の「命」が宿っているのかもしれないし・・・(さすがに深読みしすぎか?)。
ま、これは管理人のつまらない妄想ですので、無視して下さい(汗)。
でも本当のところ、この辺の設定がどうなっているのか、正直、今から非常に気になるところではあります。
う〜ん、色々と惹き込ませますねぇ〜。さすがです。お見事としか言うほかありませんな。
しっかし、パラちゃん、マヤと御入浴ですかぁ〜?(笑)
いーなー、羨ましいなー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マヤが♪(をい!)
最後に―――リツコという女も、結局はただのクソ女だったみたいですねぇ。
いくら鬚の命令とはいえ、黙ってシンジ君の暗殺の片棒を担ぐとは・・・彼女もいずれ断罪ですね♪(おいおい)
いやー、続きが激しく気になりますねぇ〜。
次作を心待ちにしましょう♪
P.S.
ロードよ、出産&育児計画は順調に進んでいますかぁ〜?(爆)
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