福音の錬金術師

第十四章

presented by 流浪人様


 発令所ではモニターに映し出された使徒を背景に、初号機の発進準備が進められていた。ちなみにゲンドウはリツコが医務室に運んだので、この場では冬月が取り仕切っている。

「エヴァ初号機、発進準備。第一ロックボルト、外せ」

「解除確認」

「了解。第二拘束具除去」

「エヴァ初号機、発進準備よし」

 その言葉に頷いたミサトは、モニターのシンジに呼び掛ける。

「シンジ君、準備いいわね」

【ちょっと待ってください】

 また自分の言う事を聞かないシンジに青筋を浮かべつつも、聞き返した。

「何?」

【まさか使徒の真正面に出すとか言うんじゃないでしょうね?】

「は? 当然でしょ?」

 あっけらかんと答えるミサトにシンジはガクッと肩を落とした。

【切り札のエヴァを未知数の敵の真正面から出してどうするんですか?】

「え?」

【あの形状から使徒が遠距離攻撃タイプって考えられませんか? だとすれば、真正面に出すのは危険過ぎます】

「そんなのアンタが考える事じゃないわよ!」

【確かにそうですね。葛城さんはどうしても使徒を真正面から正々堂々と倒したいようです。けど、前にも言いましたが、僕は貴女の復讐に付き合うつもりはありませんので】

 ――復讐?――

 シンジの言葉に発令所の皆が眉を顰め、ミサトは体をビクッと震えさせた。

【今だから言っちゃいますけど、僕が零号機を破壊したのは貴女の復讐の邪魔をする為でもあったんですよ?】

「な!? ど、どういう事よ!?」

【そりゃあ、貴女の下らない復讐心のせいで綾波が無茶な作戦を命令させられたら困るからです】

「そ、そんな事……」

【しないと言い切れますか? 僕を復讐の手駒にしようと、色々とやってきたくせに?】

 そう言われ、ミサトはウッと唸った。

「シンジ君、葛城さんの復讐って何なんだい?」

 誰もが思っていた疑問を日向が口にした。彼自身、ミサトに惹かれているから人一倍知りたいのだろう。

「いかん! シンジ君、喋るな!」

【ぶっちゃけセカンドインパクトで犠牲になった父親の仇討ちです】

 冬月がシンジに向かって叫ぶが、あっさりと言い放った。シンジはニヤッと笑みを浮かべ、冬月を見る。

【セカンドインパクトは使徒が起こしたから復讐に燃えてる。そう、使徒の起こした……ね? 冬月副指令?】

 何故か使徒の起こした、という事を強調するシンジに冬月は表情を引き攣らせた。ひょっとしたらシンジはセカンドインパクトの真相を知っているかもしれない。

 だとすれば、この事がミサトに喋られたりでもすれば、“チルドレンの心を壊す為に創られた性格や心”に異変が生じる。それは自分達やゼーレのシナリオからは大きく外れてしまう。

【復讐したいのは勝手ですが、僕は手駒になるつもりはありませんので、あしからず】

「ち、違うわ! 私は復讐なんかよりも世界の為に……」

【へぇ……】

 シンジは白い目でミサトを見ると、ニヤッと笑みを浮かべ、

【では、こういう状況だったらどうします? 魔王を倒せる剣があります。ですが、貴女の仲間は崖から落ちそうです。剣を取れば崖が崩れる仕組みです。逆に仲間を助ければ剣は壊れます。さぁ、貴女は剣を取って仲間を見捨てるか、仲間を助けて剣を捨てるか……どうします?】

「な、何よ、その訳の分かんない質問は……?」

【簡単に言うと、魔王が使徒、剣がエヴァ、んでもって仲間が僕の状況です。さ、どうします?】

 そう言われてミサトは答えに詰まった。もし此処で剣を取らなかったら復讐を諦めた事になる。そんなの絶対に認めたくなかった。それが口先だけであろうと、人生の半分以上を費やしてきた復讐を諦めるなどと言いたくなかった。

「私……は……」

【何かもう、考えてる時点で不合格です】

 言いよどむミサトにシンジは溜め息を吐いて言い放つ。ミサトは唇を噛み締め、拳を強く握り締めると、日向の席に向かって走り出した。

「か、葛城さん!?」

 驚く日向を無視し、ミサトはエヴァの射出ボタンを押した。

【ちょ……!】

 シンジが何か言いかけたが、初号機は射出された。その時、青葉が叫ぶように報告した。

「目標内部に、高エネルギー反応!」

「なんですって!?」

 驚いたミサトは慌てて青葉の方に振向き確認しようとする。

「円周部を加速! 収束していきます!」

「な、何なの!?」

 そして、使徒から強力な荷粒子砲が放たれた。




 ――嘘ぉ!?――

 目の前に迫り来る荷粒子砲にシンジは目を見開いた。あんなの直撃したら熱いだけではすまない。

【シンジ君、避けて!!】

 言われなくてもシンジは跳び上がろうとしたが、初号機の足にロックがかかっており跳び上がれなかった。

 慌ててシンジは両手を合わせて地面から壁を練成した。無論、エヴァサイズなので壁もビルぐらいの大きさがある。が、やはり壁だけでは強力な荷粒子砲を防げないが、その間に足のロックを破壊して、その場から離脱した。

【シンジ君、戻って!!】

「んな暇あるかい!」

【良いから!! あたしが戻って来いって言ったら……】

「貴女のせいで死にそうな目に遭ったんでしょうが!! 良いから、役立たずは黙って見てろ!!!」

 通信の向こうでミサトが何やら騒いでいたが、回線を切ると、再び使徒が荷粒子砲を撃って来るのが見えた。

 ――あれを防ぐのは無理か……――

 即座に荷粒子砲の威力を判断し、アビリカルケーブル切ってを避ける。

「喰らえ!!」

 そして指を擦り合わせて焔を放つが、ATフィールドによって阻まれる。

「防ぐか……なら!」

 ――電源が切れるのが先か、ATフィールドが破れるのが先か勝負!――

 シンジは相手に荷粒子砲を使わせない勢いで焔を連発する。残り時間が減ると同時に使徒のクリスタルにヒビが入り始めた。

 それを見て、シンジは空いた方の手で、近くの兵装ビルを使徒に向かって殴り飛ばした。兵装ビルは針状に変化し、焔と共にヒビに直撃する。そして使徒が爆発した。

「ふぃ〜……何で僕がこんな苦労をせにゃならんのだ……」

 そもそもミサトが余計な真似をしたからこんな目に遭ったのだ。もっと遠くに出してくれれば、こんな苦労しなかったのだが……ちょっと挑発し過ぎたかと、シンジは少し後悔した。




「何でアタシの命令を聞かないのよ!?」

「やかましい、ボケ!!!」

 回収されたシンジをケージで待ち構えていたミサトは早速、自分のミスなど棚に上げまくってシンジに怒鳴りつけた。

 流石のシンジも寛大にはなれず、怒鳴り返す。

「ボ、ボケですって!?」

「こっちとら死にかけたんですよ!?」

「アタシの命令に従わないからよ!?」

「貴女の命令に従ってたら死んでます」

「この……っ!」

 ミサトはズケズケと言うシンジに向かって拳を振り下ろすが、シンジは軽く彼女の拳を叩くと足払いをかけ、地面に頭から叩きつけた。

「ぐぇっ!」

「はぁ……」

 ――この人なら石の材料にされても良いかも……――

 頭の上で星を回しているミサトを見ながら、シンジは思った。ハァと溜め息を吐きつつ、シンジは帰ろうとすると、リツコがただならぬ様子で入って来た。

「シンジ君……」

「おや? 赤木博士、何です?」

「訊きたい事があるんだけど……」

「答えてやる義理はありませんよ?」

「良いから答えなさい!」

 珍しく感情を露にして叫ぶリツコに整備班の人間は目をパチクリさせる。が、シンジはニヤッと笑みを浮かべると、わざとらしく両肩を竦めた。

「何です?」

「碇司令の傷口……刃物で切断されたのではなく、引き千切られたものなの。一体、何をしたの?」

「引き千切られた? それは間違いですよ、赤木博士」

 シンジの言葉にリツコは眉を顰めた。

「持って行かれたんですよ」

「持って……行かれた……?」

「赤木博士も気を付けて下さい。悪どい事ばかりしてたら………内臓でも持って行かれかねませんよ?」

「持って行かれるって……何処に?」

「まぁ……地獄の門とでも……!?」

 そう言うと、シンジはハッとなって目を見開いた。

 ――まさか………――

「シンジ君?」

 急に何かを考え込むシンジを訝しげに思いながらもリツコが声をかけると、彼はニコッと微笑んで背を向けた。

「すいません、赤木博士。ちょっと野暮用が出来たので失礼しますね。あ、碇司令にオダイジニとお伝えください」

 皮肉ったように言って、シンジはその場から立ち去って行った。




 翌日。

「はぁ〜………」

「ん? 何やセンセ、更年期障害か?」

「いや、流石にソレは……」

 溜め息を吐いて机に突っ伏すシンジはトウジのボケに苦笑いを浮かべた。

「あれ? 相田君、今日も来てないの?」

 ふとケンスケの席を見ると、今日も空席であった。

「よっぽど顔合わしたない奴がおるんやろ」

 そう答えてトウジはロードの方を見ると、彼は料理の本を読んでいた。そんな彼に、ふとプリスが話しかけてくる。

「ロード、ちょっと良いですか?」

「ん……」

 頷くと、二人はソソクサと教室から出て行った。シンジは怪訝そうな顔で二人を見ていた。

「碇君……」

「ん?」

 その時、レイに呼ばれ振り向いた。

「携帯……」

「およ?」

 レイにポケットを指され、携帯を取り出すとバイブが振動していた。取り出すと、MAGIからの連絡だった。

「一体、何…………は?」

 画面を見て、シンジはピシッと固まった。トウジとレイは、それを見て互いに首を傾げるのだった。




「あ〜、そんなに緊張しなくてもよろしい」

 発令所にて、ビシッとスーツを着こなした初老の男性は敬礼するネルフスタッフを手で制した。

「グ、グラスト事務総長が直々に何の……」

「いや何、碇司令が怪我をしたと聞いてね。見舞いに来たのだが、面会謝絶だったのだ。と、いう訳でほい、見舞いのメロンだ。彼に渡しておいてくれたまえ」

「はぁ……」

 言ってリツコは差し出されたメロンを受け取る。男性――グラスト=ジルバーク――はキョロキョロとネルフのスタッフを見回す。

「いや〜、こうして見るとネルフのスタッフは若いのが揃っとるな〜。私の周りはお堅い連中ばかりだから鬱陶しいのだよ」

 わっはっは、と笑うグラストに発令所の者達は唖然となる。そりゃそうだ。国連事務総長が目の前にいて、緊張しない筈が無い。しかも何の護衛もつけず、お忍びでやって来たのだから当然だ。

「時に噂のエヴァンゲリオンのパイロットに会ってみたいのだが?」

「残念ですが、エヴァのパイロットは、今学校に………」

「僕なら此処にいますよ」

『!!?』

 突如、扉の方から声がして一同はそっちを見た。そこにはシンジが笑みを浮かべて立っていた。

「初めまして、グラスト事務総長閣下。エヴァ初号機のパイロット……碇 シンジです」

「ほう、君が……」

 グラストは差し出されたシンジの手を握り返そうとするが、シンジはニヤッと笑って袖口からナイフを取り出した。

「事務総長!?」

 ナイフをヒュッとグラストの喉元へ突きつけるシンジ。思わず冬月が声を上げるが、グラスとはいつの間にか銃を引き抜いて、シンジの額に当てた。

 シンジとグラスト互いにナイフと銃を突きつけ、硬直する。シンジはフッと笑うと、ナイフを引いた。

「護衛もつけずに来るだけはありますね〜」

 そう言ってシンジはナイフの刃先を押した。すると刃が引っ込んだ。どうやら玩具のナイフだったようだ。

「ふっふっふ。中々、刺激的な挨拶だったよ」

 言ってグラストも引鉄を引くと、銃口から水が飛び出た。

「ちょ、ちょっとアンタ! 何考えてんのよ!?」

 硬直していた一同で真っ先に復活したミサトが声を荒げた。

「いや……ちょびっと世界のトップってどんな人か知りたくて」

「だからってナイフを突き付けることないでしょうが!!」

「まぁ落ち着いてください、葛城さん。ちょっとしたお遊びですよ」

「わっはっは! その通りだよ、葛城一尉。若いもんはこれぐらい活発でなくちゃいかん!」

 バンバンとシンジの肩を叩いて笑うグラストに一同はもはや呆然とするしかないのだった。




 第三新東京国際空港。

 グラストは変装用にサングラスをかけてアメリカ行きの飛行機の時計を見ていた。

「やれやれ……いきなり日本に来るとはどういう事です?」

 その時、背後から声をかけられてグラストが振り向いた。そこにはロードとプリスが並んで立っていた。

「何……電子機器の連絡はなるだけ避けた方が良いと思ってな」

「そうですか?」

「MAGIは碇 シンジが支配しているのだ。彼に我々の情報が漏れるのは困るだろう?」

「ま、そうですけど……」

 苦笑するプリスに対し、ロードはジッとグラストを睨み付ける。

「それで……わざわざ見舞いなんて白々しい嘘を装って、何の用だ?」

 その言葉にグラストはサングラスの奥の瞳を細め、呟くように答えた。

「尻尾を掴んだ……」

「へぇ……」

「私の周りは、ほぼ全員がゼーレ派の者だ。現に私にも何回か老人達の催促があった」

「ま、世界のトップを引き込めれば大きな利益ですからね〜」

 肩を竦めるプリスにロードは『ふん』と下らなそうに吐き捨てた。

グラストは無言でポケットから一枚の紙を取り出した。

「奴らの本拠地はドイツではない………イスラエルの死海だ。これに詳細が書いてある」

 その言葉にピクッと二人は反応し、ロードは紙を受け取った。

「後はお前の言葉一つで攻め込もう」

 そう言われてロードは静かに目を閉じた。プリスはそんな彼を横目でチラッと見ると、グラストに尋ねた。

「ですが軍は動かせるんですか? 先程も言いましたが、貴方の周りはゼーレ派なのでしょう?」

「何……何も知らない下の人間に真実を話して攻め込むさ」

「なるほど……」

すると、グラストはそろそろ飛行機が離陸すると言って、ゲートに向かうと、二人とすれ違い様に呟いた。

「ロードよ、お前が何を考えてるのか分からぬが、我々の目的を見誤るなよ」

 そしてグラストはゲートの向こうへと消えて行った。二人は彼の背中を見送り、見えなくなるとプリスはロードに尋ねた。

「メイアーってさ〜……歳を取るホムンクルスだけあって、頭の中まで年寄りくさくないですか?」

「ふん……」

「かく言う僕らは二百年近く生きてるわけですが……うぅ……あのメイアーが弟なんかと思うと非常に居た堪れない気持ちに」

「言うな」

 ロードも僅かに顔を青くして、表情を引き攣らせている。

「で? その老人達の本拠地どうするんです?」

「……………」

 その質問にロードは何も答えなかった。






To be continued...


(ながちゃん@管理人のコメント)

流浪人様より「福音の錬金術師」の第十四章を頂きました。
第五使徒戦・・・やはりというかミサトの有害ぶりが目立ちましたね。
シンジ君の忠告を無視して初号機を使徒の眼前に射出するわ、ロックボルトを解除しないで「避けて〜」とか能天気に叫ぶわ、使徒を倒したら倒したで「命令違反だ」と言って因縁をつけてくるわ、果ては逆ギレして殴ろうとするわ・・・もう救いようのないアホですな。
はぁ・・・もうウンザリです。はやく殺してください(おい)。
さて、新しいホムクルも一体登場しました。今回はなんかゲストっぽいですが。
ゼーレの本拠地も判明したことだし、これから急展開となるのでしょうか?
でも、グラスト(メイアー)の言から、ホムクルたちは肝心なところでシンジ君に心を許してはいないようですね。
何か重大な隠しごとをしているようだし・・・。
賢者の石のこと、ネルフ(ゲンドウ)のこと───いろいろと邪推は働きますが、ネタバレになりそうなので、これ以上の話は、ここでは控えておきます(汗)。
でも結局、彼らホムクルたちは、シンジ君とは相容れない存在なのでしょうか?
今後の展開が気になりますね。
さあ、次作を心待ちにしましょう♪
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