神の児は天使

序章

presented by 流浪人様


「ふわ……眠い」

 一面花畑の世界。常に温暖な気候。蝶が飛び交い、空は青々としている。空気も澄んでいる、この世界を人々は楽園と呼ぶのだろう。

 その花畑に一人の少年が寝転んでいた。赤い右目と青い左目を持ち、綺麗な銀色の髪をした、十歳ぐらいの少年だった。

「シンジ〜」

「うに?」

 シンジと呼ばれた少年は、ゆっくりと体を起こす。声がした方を向くと、純白の衣装に金髪碧眼の女性で、そして背中には純白の六枚の翼を持っていた。

 そう、此処に人間は住んでいない。神が統べ、天使達の世界である神界と呼ばれる場所だった。神界と天国は違う。一般に天国や極楽と呼ばれる場所は、死んだ人間の魂の行き着く場所であり、神界は更にその上にある。逆に地獄も同様で、その下に魔界がある。

「ガブリエル……何か用?」

「はい、これ」

 ガブリエルと呼ばれた女性は、シンジに一枚の封筒を渡した。封筒には『シンジ江』と無意味に草書体で書かれていた。裏を見ると『偉大な神より』と、これまた草書体で書かれている。

「いりません」

「ダメだよ。一応、神様からの手紙なんだし」

「やだ、読みたくない。だって、どうせ『大相撲が見たいからチケット買って来い』とか『暇だから阿波踊りでもやってくれ』とか、そんな内容に違いなんだ」

「う……」

 体育座りをしてブツブツと呟き出すシンジに、流石のガブリエルも戸惑ってしまう。

「そ、そりゃ、あんなんでも全知全能の神様なんだから、読まなきゃダメだよ。ミカエルとかメタトロンなんて、いっつもアレの所為で胃痛に悩まされてるんだよ」

 胃痛に悩まされる天使って………と、シンジは思いながらも仕方なく封を切った。中からは二枚に折りたたまれた手紙があって、開く。

“ハズレ”

「なめとんのか」

 一枚目にデカデカと『ハズレ』などと書かれており、シンジは額に青筋を浮かべた。余りにも下らないので、込み上げた怒りが何処かへ吹き飛んでしまい、二枚目を読み始めた。

“人間界で何か下らない事をしようとしてる輩がいるんで、ちょっくら見て来てちょ。場合によっては阻止してね。あ、失敗したら人間界が滅びるかもしれないんで、夜露死苦〜♪”

「……………」

「うわ……」

 硬直してしまうシンジの後ろから手紙を覗き込んでいたガブリエルが、つい漏らしてしまった。

「あんの大ボケ神が〜! こんな重大事を何で僕一人に頼むんだよ!?」

「そりゃシンジが元人間だからでしょ?」

「う……」

「で、どうするの? 人間界に行くの?」

 そう問われてシンジは押し黙る。別に人間界がどうなろうが、神界には何の影響も無い。放っておいても良いのかもしれないが、それでは天国や地獄の方も大変だろうし、死んだ魂を判別する霊界は、もっと大変だろうと思い、溜め息を吐いた。

「ちょっと神様に直談判してくる」

「いってらしゃ〜い」

 そう言うと、シンジは背中に二枚の青く輝く光の翼を出現させ、飛んで行った。ガブリエルは、きっと無駄だと思いながら、ゆっくりと待つ事にした。



「あ、帰ってきた」

 花冠を作っていたガブリエルは、意外にも早く帰って来たシンジが力なくフヨフヨと帰って来たのを見て、「どうしたの?」と尋ねた。

「神様……魔王と一緒にラスベガスに行ったって……」

「あの二人って仲良いのか悪いのか微妙よね〜」

「ミカエルさんが連れ戻しに行ったらしいけど返り討ちにあってボロボロだった……性格は置いといて、実力は神様も魔王も世界最強……」

「ミカ〜!!!!」

 言うや否やガブリエルは血相を変えてピューッと飛び去っていった。シンジは頬をポリポリと掻きながら、どうしたものかと呟く。

「けど人間界の何処へ行けば良いんだろ?」

 と、呟くとシンジは手紙に違和感を感じた。そして、ひょっとしてと思い、指先に火を灯して手紙を火の上に持って行く。すると、どんどん文字が浮かび上がって来た。

「………とりあえず実家に帰れ?」

 もはや『何で炙り出し?』とかいうツッコミをスルーして、そういえば実家なんてあったなとか思う。すると、他にも文字が浮かび上がって来た。

「ルシフェルを連れてくのを許可する? ………ルシフェルが必要になる事態なのかな?」

 シンジは一体、人間界で何が起こっているのか……彼には全く予想できなかった。



 厄介払いと言わんばかりに作られたプレハブ小屋。シンジはそこの壁をすり抜けて入って行った。中には、十四歳の姿のシンジが机に向かって勉強をしていた。シンジはスゥッとその体の中に入って行くと、大きく背伸びをした。

「う〜ん……久し振りの肉体だね。どれどれ」

 コキコキと首を鳴らして目を閉じると、シンジの背中に二枚の青く輝く光の翼が発生した。

「うん、やっぱり自分の肉体だから問題は無いね」

 そして、シンジは目を閉じる。神界で修行していた間、シンジは擬似の魂を肉体に宿していた。性格は可も無く不可も無くって感じに設定していたので、神界にいる間の記憶をチェックした。

「うわ……僕って周りから根暗人間って思われてるんだ……」

 こめかみに指を当てながらシンジは呟く。そして、記憶のチェックを終えると、ふと机に手紙らしきものとIDカード、写真が置いてあるのが目に留まった。写真は、何処ぞの風俗で働いてる女が胸の谷間に矢印を書いて『ここに注目!』と、如何にもアホらしい文字が書かれている。

 そして、それ以上に唖然となったのは手紙の方だった。『来い ゲンドウ』。たったコレだけだった。また炙り出しかと思い、指先に炎を灯して確かめるが文字は浮かんで来ない。まだ神様の手紙の方がマシだと思うシンジ。そこで彼はコクッと首を傾げた。

「ゲンドウって誰?」






To be continued...


作者(流浪人様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで