第一章
presented by 流浪人様
「アレって、まさかサキエル?」
駅前でボーっとしていたシンジは、第三新東京へと侵攻する謎の巨大怪物を見て呟いた。サキエルと呼ばれた怪物は、攻撃して来るUNの戦闘機を退けながら歩き進む。
シンジは聖書を読みながら、その光景をアホの子のように見ていた。
――変だな〜。サキエルって、確か生命の樹を守る擬似天使だったような……こんな所で何やってんだ?――
ぺラッとページを捲りながら、シンジはサキエルを見上げる。確か、サキエルや他何名かの天使は、生命の樹を守るよう、神が創った擬似天使だったと彼は記憶していた。だから、人間界に現れるなど普通はあり得ない筈だった。
聖書を閉じると、携帯電話を取り出し、電話をかけた。すると、電話の向こうから事務的な男性の声が返って来た。
《はい、こちら神界事務局です》
「ど〜も、シンジで〜す」
《あ、シンジ様。どうしたんです? 人間界から電話されるなんて……》
「ちょっと気になる事があってさ〜。ラジエルに繋いでくんない?」
《ええ、分かりました。少しお待ちください》
すると、電話の向こうから残酷な天使のテ○ゼが流れ、少しすると気だるそうな青年の声が出た。
《ふぁい、もしもし〜……》
「ああ、ラジエル。ちょっと良いかい?」
《んだよ? 俺様、ずっとウリエルやラファエルと麻雀やってたんで眠いんだよ》
ラジエルと呼ばれた電話の主は、大きく欠伸をしながら言って来たのでシンジは苦笑した。
「すぐに終わるよ。何かさ〜、人間界でサキエルが暴れてるんだけど、どうなってんの?」
《あ?》
「天使で一番、頭の良い君なら分かると思うんだけど……」
《ちょいと待て! 何でサキエルが人間界にいるんだよ!?》
いきなり打って変わって驚きの声を上げるラジエル。その怒声にシンジは思わず電話を耳から離してしまう。
「知らないよ。そんなの……」
《ん〜……人間、いやリリンが何かしたのかね〜》
リリン、という言葉を聞いて、シンジはピクッと眉を吊り上げた。
「リリンって確か……リリスが作った人間の事でしょ?」
《おう、そうだ。神のクソヤローが、泥遊びで作ったアダムの妻にしようとした失敗作だな》
それで、その後、『神様のアホー』とか言って、人間界に降りて、人間……即ちリリンを作ったと聞かされた。元人間であるあるシンジは、自分達が、そんな理由で出来たのかと思い、少し悲しくなったりもした。
《リリスの奴ぁ、見かけによらずナイーブだったからな〜》
「そんなのどうでも良いからさ……どうなってんの?」
《さぁ? 本人に聞いてみりゃどうだ》
「ちょっと〜……アンタ、“セファー・ラジエル”とか言うので、何でも分かるんじゃないの?」
《ああ、アレな。悪い、昔、アダムが神のヤローが大事に育ててた知恵の実食って、エデンを追い出されちゃった時、余りにも憐れだったんで渡しちゃった》
「をい……」
天使でさえ、ラジエル以外、読む事が出来ない聖なる書物をアッサリと他人に渡すラジエルに、シンジは表情を引き攣らせた。
《と、いう訳で俺は知らん。眠いから、寝るわ。あでゅ〜》
「あぁ! ちょっと待て!」
が、電話は既に切られてしまった。シンジは舌打ちし、溜息を零す。
――ったく……しょうがない。こうなりゃサキエルに直接……ん?――
その時、ドクンとシンジの胸の鼓動が高鳴った。まるで、何かが自分の体に入って来るような感覚に襲われる。シンジは目を閉じて、神経を集中させると、手を振った。
「誰だ?」
ブァッ!!
すると、彼の体から別の体が飛び出した。シンジは「は?」と目が点になった。自分の体から飛び出したのは、銀色の髪に赤い瞳、そして中学の制服を着た少女だった。
「あ、あれ? どうなってるの?」
少女は驚いた顔でシンジを見て、指差した。
「何でボクが目の前に……っていうか、何か足下がスースーするような……いぃ!? な、何でボク、女の子に!? 綾波、どうなってるの!?」
「落ち着けい」
ズビシッ!!
シンジは少女の頭にチョップをかます。少女は「あぅ!」と、声を上げて涙目でシンジを見上げた。
「君は誰?」
「い、碇 シンジです」
少女――碇 シンジ(♀)は名乗ると、シンジ(♂)が怪訝そうな表情を浮かべた。
「気のせいか、それって僕の名前だったと思うけど?」
「は、はい……あの、何で無事なんです?」
「無事って何が?」
「だ、だって綾波が、過去のボクと一つの体に魂を上書きするって……」
何だか聞き捨てならない事を言われ、シンジ(♂)は問い詰める。
「とりあえず順を追って説明して貰おうか?」
何でかシンジ(♂)には言いようの無い威圧感があり、シンジ(♀)はビクッと身を竦ませてコクコクと頷いた。そして、彼女は語る。自分は未来から来た碇 シンジであると。
シンジ(♂)と同じように、父からの手紙で呼び出され、エヴァンゲリオンという人型兵器に乗せられて、あの使徒という存在と戦わされた事。
綾波 レイ、惣竜・アスカ・ラングレー、鈴原 トウジ、渚 カヲルと自分以外にもパイロットがいた事。
そして、度重なる不幸で、不安定だった心につけ込まれ、サードインパクトを引き起こし、アスカという少女と自分以外を遺して全てがLCLという生命のスープの海に帰って行ってしまった。
悔いた彼女は、やり直したいと願った。そこへ、魂だけの存在となったレイという少女の魂と融合し、彼女の知る知識を得て、過去へと逆行したという事。
そこまでの話を聞いて、シンジはガクッと肩を落とした。
「あ〜……時たまいるんだよね。時間と空間を飛び越えて来る人間が」
「え? ど、どういう事?」
「良いかい? 人間界っていうのは、幾つもあるんだ。俗に言う平行世界ってヤツだ」
そう言って、シンジは地面に石ころで小さな○の列を描いた。
「そして人間界の上には、天国と地獄がある」
更に、その○を線で結んで行き、線が交わった所に大きい○を二つ描き、その中に“天国”、“地獄”と書く。
「んでもって、その上に更にあるのが神界と魔界って訳さ」
最後に、その二つの○の上に、より大きな○を二つ描き、中に“神界”、“魔界”と書く。シンジは、他にも霊界や魔界や精霊界というのもあるが、説明が面倒なので省いた。
「で、基本的に人間界っていうのは、一つ一つが別の歴史の流れを辿って、干渉し合わない世界なんだけど、時たま君みたいに時間と空間を跳び越えて来る人間がいるんだよ。で、君が女になったのは……きっと、その綾波っていう子の魂の力が強過ぎたんだね」
シンジ(♀)の話では、綾波 レイという少女はリリスだそうだ。まぁ、神が作った失敗作と言うが、時間と空間を越えるぐらいの力を持っていても、おかしくはないだろう。
「はぁ……それじゃあ、ボクのいた世界って言うのは……」
「君の言うサードインパクトとやらで滅んじゃったままだね」
ハッキリと言われて、シンジ(♀)は項垂れた。折角、やり直そうと思って、時を越えて来たと思ったら、女になってた挙句、別の時間軸を辿る世界だったなんて、信じられなかった。
「そういえば……君は何でそんな事を知ってるの? この時のボクって、そんなのは知らない筈……」
「あぁ、それは……」
カッ!!
その時、眩しい閃光が光り、次の瞬間、巨大な爆発が周囲を飲み込んで行った。
「ふぅ……間一髪だったわね」
彼女――葛城 ミサトはシンジを迎えに行く筈の女性だった。だが、ついさっきまで酔って寝ており、部下に電話で起こして貰って慌てて車に乗り込んだものの、UN機が引き返して行くのを見て、N2爆雷を使うのを予想して、慌てて車を引き返して避難したのだ。
丘の上から見つめると、焼け焦げたはいるが、未だに健在な憎き使徒と、廃墟と化した街の姿だった。
「うわ〜……こりゃ生きてないわね。ゴメンね、サードチルドレン。でも、貴方を迎えに行ってたら私もN2で死んでたかもしれないの。きっと此処で私が生きてるのも運命なのね……安心して。貴方の仇はきっと討って上げるわ」
何やら勝手に自己完結し、ミサトは車に乗り込むと凄まじい勢いで走り去って行った。
「どうだね! 我々の切り札は!!」
一人の国連将校が、まだ映像の回復していないスクリーンを見て叫ぶ。此処は、対使徒の為に作られた国連直属の“特務機関ネルフ”、第一発令所。そこの司令塔には、眼鏡に顎鬚に、如何にも悪人面な男が手を組んで静かに座っており、その横では初老の男性が佇んでいる。
「これだけの爆発だ! ケリがつかないわけがない!」
「残念だが,君達の出番はなかったようだな!!」
と、髭面の男と初老の男性の上に座る三人の将校が、これ見よがしに言うが、その時、オペレーターの一人が叫んだ。
「爆心地にエネルギー反応っ!」
その言葉に将校達は顔を青ざめさせる。
「馬鹿な!」
「街を一つ犠牲にしたんだぞっ………!」
「モニター回復。映像、出ます!」
「パターン青!確認しました! 使徒未だに健在です!!」
次々に繰り出されて来る報告と、健在な使徒の姿。将校達は愕然となった。
「そんな……我々の切り札が……」
「化け物め……」
呆然としている将校達を他所に、髭面の男と初老の男性が会話する。
「自己修復中か」
「ああ、そうでなければ単独兵器として役に立たんよ」
攻撃を再開するUN機だったが、使徒の新たに生まれた仮面――のようもの――から放たれる光線で呆気なく落とされた。
「ほう、大したものだ。機能増幅もしているようだな」
「おまけに知恵もついたようだ」
遠回しに『お前らの所為だな』と言わんばかりの台詞に将校達は言い返せず、悔しそうに唇を噛み締めた。
「確かに我々の戦力では敵生体に対し、効果がないようだ」
「だが、君達なら勝てるというのかね?」
その言葉に髭面の男――ネルフ総司令、碇 ゲンドウは唇を吊り上げ、眼鏡を押し上げて言った。
「ご心配なく、その為のネルフです」
将校達は「フン」と歯痒い態度を隠そうともせず、その場から退散して行った。
「どうするのだ、碇?」
初老の男性――ネルフ副司令の冬月 コウゾウが尋ねると、ゲンドウはサラッと答える。
「初号機を使う」
「だが、パイロットがいないぞ」
「問題ない、もうすぐ予備が………」
Prrrrr!!
その時、オペレーター席の電話が鳴った。取ったのは作戦部の日向 マコト二尉だ。
「はい……あ、葛城さん。どうですか? N2を使ってましたけど、大丈夫でしたか? ………へ? サードチルドレンが爆発に巻き込まれて死亡? 間に合わなかった?」
…………え?
その言葉に発令所の者全てが唖然となってしまう。鉄面皮で通っているゲンドウも一瞬、口をポカンと開いてしまう。
「どうするのだ、碇?」
先程と全く同じ質問。ゲンドウは、しばらく間を置いて答える。
「至急、赤木博士に初号機のパーソナルパターンをレイのものに書き直させろ」
「レイを使うのか? まだ動ける状態ではないぞ?」
「死んでいる訳ではない」
「そうか」
冬月はそれ以上、何も言わず、ゲンドウに言われたようにする為、その場を後にする。ゲンドウはギリッと歯を強く噛み締めた。
――シンジめ……全く使えん奴だ――
実の息子が死んだと聞かされたのに、ゲンドウの心は、役立たずの息子へ苛立っていた。(超身勝手)
「危なかったね〜」
一方、爆心地ではシンジ(♂)とシンジ(♀)が無傷で立っていた。シンジ(♀)はポカンと口を開いて、シンジ(♂)を見る。何故なら、シンジ(♂)の背中には、青く輝く二枚の翼を持ち、ATフィールドとは違うバリアーを発生させていた。
「き、君は……」
「君は知識はあるようだけど、力は無いみたいだね。ま、当然か……リリンの体じゃ、リリスの力は受け入れるのは無理か」
唖然としているシンジ(♀)に向かって呟くと、シンジ(♂)は翼を消した。
「僕はね……天使なのさ。人間界の時間で言うと十年ぐらい前から、神界で修行してたんだ」
「え? な、何で……」
「ま、その辺は、おいおい説明するとして………まぁ、僕は君の知らないリリスの事を知ってるんだよね〜」
「え?」
「たとえば、アダムって言うのは神様が粘土遊びして作ってたら、出来たとかね」
「………マジ?」
「うん。確か地球の南極の方だったような……」
シンジ(♀)は何だか聞いてはいけない事を聞いたような気がした。そこで、ふとある疑問が浮かんで来た。
「あれ? でも、神界って一つで、人間界は沢山あるんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、何でアダムが沢山あるの?」
シンジ(♂)の話だと、アダムは一体しかいない。なのに、少なくとも自分の世界と、この世界、アダムは二つあるという事になる。シンジ(♂)はニコッと微笑み、人差し指を立てて答えた。
「ああ、それはね。世界の相互作用っていうのかな……基本的に人間界ってのは、神様が気まぐれで作っちゃうんだけどね……その流れは大差が無いんだよ」
「? どういう事?」
「たとえばホームページあるじゃない? アレで、TOPページから、読みたい小説があったとする。で、道が分かれるのは小説を選ぶ時……謂わば、そこが分岐点な訳よ。そこに辿り着くまでの流れは一緒なんだ。だから、最初は、ビッグバンから始まるのは、どの人間界も同じって事さ。だから、サードインパクトどころか、セカンドインパクトが起こらない世界もあれば、サードインパクトがギリギリ回避された世界もある。つまり、君が限りなく君の世界に近い世界に来れたのは運が良かったって事さ」
そう言ってハッハッハと笑うシンジ(♂)に、シンジ(♀)は、どう答えたものかと思う。シンジ(♂)の言う通りなら、人間界とは幾つあるのだろうか?
その中には、自分そのものが存在していない世界だってあるのかもしれない。いや、あるのだろう。そして、地球や太陽系も存在していない人間界、いや、それは人間界とは呼べない。世界があるのだろう。
余りのスケールのでかさに、シンジ(♀)は頭を押さえた。
「さて、と。これからどうするんだい?」
「えっと……ミサトさんが迎えに来るのが遅いからネルフへ行こうかと……」
「もう遅いんじゃない?」
「え?」
そう言ってシンジ(♂)が指差した先には、サキエルと対峙するエヴァ初号機があった。
To be continued...
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