「使徒再来か、あまりに唐突だな」
「十五年前と同じだよ。災いは何の前触れもなく訪れるものだ」
「幸いとも言える。我々の先行投資が無駄にならなかったという点においてはな」
「そいつはまだわからんよ。役に立たなければ無駄と同じだ」
「左様。今や周知の事実となってしまった使徒の処置、情報操作、ネルフの運用はすべて適切かつ迅速に処理してもらわんと困るよ」
「それにしても碇君……何者だ? あの黒い兵器は」
薄暗い部屋。ホログラフ映像の老人達。彼らは人類補完委員会。またの名を“人類巻き込んで集団自殺しちゃおう同好会”の会員である。彼らが集まる時と言えば、決まってネルフ総司令の碇 ゲンドウをいびる時である。
まったくいい歳こいて他にやる事無いのかと思いたいが、無意味に長生きし過ぎた彼らにとって、他人の不幸以外に面白いものは無いのである。
今、彼らの話題は専ら、突如現れた謎の黒い人型兵器についてだった。
「あの戦闘力、エヴァを遥かに上回っているようだ」
「何処の組織のものだ?」
「ゼーレに対する組織の開発したものか?」
その正体は、神界を統べる神の遊び心で作った最強の兵器――ルシフェルなのだが、彼らにそんな事分かる筈もない。やがて議論は“金”、“マネー”、“政治家の好きな食べ物”に変わっていった。
「エヴァの敗退、及び他勢力による使徒の殲滅……やれやれ。次の国連議会を抑えるのは大変だよ」
「それにエヴァと第三新東京市の修繕にかかる費用……国が一つ傾くよ」
とか言いつつ、自分達の懐は全く痛まないので、所詮言うだけである。そして、いびりの対象の我らがゲンドウ氏は、いつものポーズを崩さず……。
「黒い兵器の件に関しては調査中です。何か分かり次第、報告致します」
俗に言う逃げの口上である。こんな事言われたら、爺さん達は待つしかない。
「………君がそう言うのなら任せるが、君本来の仕事を忘れてはいまいな?」
「人類補完計画……これこそが君の急務だ」
「左様……その計画こそが、この絶望的状況下における唯一の希望なのだ。我々のね」
「いずれにせよ、使徒再来における計画スケジュールの遅延は認められん。予算については一考しよう」
「では、後は委員会の仕事だ」
「碇君、ご苦労だったな」
そう言ってホログラムの老人達は消えていく。そして最後にバイザーの老人が言った。
「碇……後戻りはできんぞ」
そうしてその老人も消え、ゲンドウだけが取り残される。
「……分かっている。人類には時間が無いのだ」
第四章
presented by 流浪人様
「まぁ僕は人類が滅びようと神界に戻れば良いんだけど」
「わ、私も魔界に戻れば……」
その頃、シンジ達は喫茶店の掃除をしながら話していた。まぁひょんな所から天使の碇 シンジ、魔族の碇 シンジ(ヒシン)、そして逆行して来た碇 シンジ(キリア・アンカー)の三名。
たまたまサードインパクトの話題になったのだが、今のシンジとヒシンの台詞である。キリアは、ハァと大きく嘆息した。ちなみにシンジのは可愛いウサギのプリントがしてる緑色の、キリアは水色のアヒルさん柄の、そしてヒシンは黒いネコさん柄のエプロンをそれぞれしていた。
『あの〜……ヒシンさん?』
「? 何ですか、ヨマさん?」
ヒシンのお目付け役である黒猫のヨマがらしくない態度で話し掛けて来たので首を傾げる。
『我輩達は何で人間界に来たのか分かってる?』
「はい。サードインパクトを起こす為です」
『うんうん。で、その天使のお前と別次元の未来から来たお前の目的は何だ?』
「はい。サードインパクトを防ぐ事です」
『そうだな。偉いぞ。じゃあ、何でお前はその二人と一緒になって働いてるんだ?』
「はい。住む所が無いので困っていた所、シンジさんの提案で住み込みで働かせて貰っています」
『そうそう。分かってるじゃんか…………そこまで分かってて何をやっとるかああああああああぁぁぁぁ!!!!!!!!?』
「ひゃあ!?」
とても素敵な笑顔から一変し、怒りの形相で怒鳴るヨマに、ヒシンは耳を押さえた。キリアも耳を押さえて表情を歪めるが、シンジは暢気に鼻歌を歌いながらテーブルを拭いている。
『おんどれは誇りある魔族のくせに、人間だけではなく天使と一緒に仲良く暮らして何やっとんじゃい!!』
「で、でも、同じ碇 シンジですし、こういう時は助け合わないと……」
『アホかぁ! そんなんで我々の目的が達成出来るとでも……』
「うっさい」
『ふにゃ!?』
興奮気味のヨマをヒョイッと掴んでシンジが言って来た。
「あんまり五月蝿くすると、魚政さんで買って来たサンマ、食べさせないよ?」
『にゃ! ま、待て! 我輩が悪かった! だからソレだけは勘弁してくれ!』
人間界に来て早数日。既に商店街じゃ顔馴染みになっているシンジは、ヨマの食事(餌)を良く買いに行く魚屋の魚政とは仲が良くなり、良い品をくれたりする。ヨマも割と、その魚を気に入ってたりする。
「じゃ、ヒシンが此処にいても文句言わない?」
『う、うむ……だからサンマくれ』
「晩御飯の時にね」
ニコッと笑い、シンジはヨマから手を離した。
「おぃ〜〜〜〜っす!!!!!」
その時、パリイィィィンと窓を突き破り、ある人物が入って来た。シンジは、キラーンと目を輝かせるとバットを取り出して、入って来た人物の顔面に向かって思いっ切り振りかぶる。
「おぶ!」
ドグシャ、という鈍い音がしてその人物は床に転がる。
「何しにきやがったんです、神様?」
ニコニコと天使の笑顔で、乱入して来た神の頭を踏みつけるシンジ。
「い、いや何……明日、喫茶店オープンらしいからお祝いのケーキを……」
頭を踏まれながらも震える手でケーキの入った箱を上げる神。
「うん、ありがとうございます。じゃあ、窓は弁償して下さいね」
「なぬ!? ま、待てシンジ!! まだ今月は給料が……」
「じゃ、ツケですね。トイチですから早く返さないと大変ですよ?」
「鬼かテメー!!」
「天使です」
「くそっ……マジぃな。惣菜屋のバイトじゃ間に合わねぇ……」
もうワックのバイトは辞めたのかとシンジはジト目で彼を見る。
「そういえば隣町で鉄筋工のバイトを募集してたような……」
「よっしゃあ!!」
シンジが呟くや否や、神はピューッと店から出て行った。正に嵐の如く去って行く神に、キリア、ヒシン、ヨマはポカーンとなる。
「バカだな〜。窓なんて魔法で一発なのに」
パチンと指を鳴らすと、割れた窓の破片が浮かび上がり、元の状態に戻っていった。
『…………神が人間界でバイトとは……世も末だな』
「あ、でも噂じゃ魔王様も人間界でホストやってるって……」
「え? そうなの?」
『身内の恥を晒すんじゃにゃい!!』
「まぁまぁ……おや? どうしたんだい、キリア?」
顔を赤くして――黒いので分かりにくいが――ツッコミを入れるヨマを宥めるシンジは、ふと椅子に座り、膝を抱えて丸くなってるキリアに気付いた。
「いや……何ていうか、人間の上があんなんだと居た堪れないっていうか……」
自分達は一体、何の為に戦い、何処に行きたかったのだろうという哲学的な思考に陥るキリア。すると、ヨマがテーブルに載りポンと彼女の肩に前足を載せて言った。
『まぁ……アレだ。そう気を落とすな。生きてりゃ良い事ぐらいあるさ』
「うぅ……」
敵である筈の黒猫に慰められ、涙を抑えられないキリアだった。ヨマも、彼女の気持ちは良く分かるので、目頭が熱くなった。
「時にシンジさん」
「ん?」
「明日、喫茶店オープンですが、そんな事をすればネルフの方々に貴方の存在を悟られるのではないですか?」
「そうかもね〜。でもまぁ問題ないでしょ」
「そうですか?」
「うん。と、いうよりネルフと接点を持っていた方が、綾波って子に近付けるしね」
「アヤナミ?」
コクッと首を傾げるヒシンに、シンジは人差し指を立てて説明した。
「何でもエヴァのパイロットの一人だそうで、彼女がキリアを未来から過去に送ったらしいよ」
「そうなんですか。では、その子を救うのはキリアさんのご希望なのですか?」
「うん」
それを聞いてヒシンはホワンホワンとある光景を思い浮かべる。キリアと綾波とかいう少女が、薔薇に囲まれたベッドの上で……。
ボンッとヒシンは顔を真っ赤にすると、いきなり人生観を語っているキリアの手を掴んだ。
「キリアさん!!」
「は、はい?」
「神界にも魔界にも同性愛者の方はいらっしゃいますが、貴女はまだお若いんです! ですから立派な男性の方を選んで……」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 一応、ボクは体は女だけど、心まで女になった覚えは無いよ!」
その台詞を裏付けるように、キリアは一切、スカートを穿かない。例え、穿いたとしても下着だけは絶対に男物で通して来たのだ。
「心よりも体です! 私も600年程前に魔界の貴族であるアシュタロス様の側室の一人として過ごしましたが……素敵な方でしたわ」
ポッと頬を染めて恥ずかしそうに語るヒシン。
『うむ。アシュタロス様は、魔王の腹心には及ばないものの魔界でも1,2を争う美貌の持ち主だからな』
もっとも、側室や愛人なども含めたら三千人ぐらいいたので、自然と忘れられる者もいたようだが。
「そして……凄まじいテクでした。あの日の夜は忘れられませんわ」
「ねぇ! この人、本当に碇 シンジなの!?」
もう完璧に女になっちゃってるヒシンに、キリアが涙目でシンジに訴える。何故か鳥肌まで立っている。シンジは優雅に紅茶を啜りながらフッと笑みを浮かべる。
「いや〜、魔界は割とそういう話題が多いからね〜」
「キリアさん、男より女の方が絶対に幸せです! そりゃ、ちょっと痛い思いもしますけど、いつかキリアさんにも素敵な殿方が……」
「勘弁してぇ〜!!!」
『(アホくさ……)』
余りのバカらしさにヨマは嘆息し、店から出て行く。そして、チラッと振り返って顔を上げると“天魔屋”という、骨董屋みたいな喫茶店の看板が目に入った。
『(魔界の濁った空が懐かしいな〜)』
果たして、あの天然お人好し魔族を従え、腹黒最悪天使を打ち負かしてサードインパクトを起こせるのか、非常に不安なヨマであった。人間界の空は突き抜けるほどに青かった。
その頃、神様は……。「お! 兄ちゃん、筋が良いねぇ〜!」
「そ、そうッスか!?」
「どうだい? いっそ此処で働くってのは?」
「マジッスか!? か、考えておきます!」
すっかり鉄筋工に馴染んでしまっているのであった。
To be continued...
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