『どうやらサキエルはやられたようだな』

 第三新東京市を一望できる丘の上にて、一人の少女と一匹の黒猫がいた。少女は、長い黒髪に赤い瞳、そして黒いメイド服を着ていた。驚くべき事に、黒猫は人間の言葉を話していた。

『う〜む……どうやら一足遅かったようだ。しょうがない、行くぞ』

「はい!」

 黒猫の言葉に少女は力強く頷いた。







神の児は天使

第三章

presented by 流浪人様 







「それで? これからどうするの?」

「ん〜……そうだね〜……あ、お姉さ〜ん! バニラアイスとイチゴパフェ追加してくださ〜い♪」

 第三使徒襲来後、シンジとキリアは喫茶店に入って、これからの事について話し合っていた。もっとも、話し合うと言っても、キリアが問題を投げかけるだけでシンジは久し振りの人間界の味(パフェやジュース)などを満喫している。

「あのね!!」

「まぁまぁ」

 バンとテーブルを叩いて声を荒げるキリアに対し、シンジはパクッと美味しそうにチョコレートケーキを食べる。

「ま、君のお陰で神様の言ってた人間の画策してる下らない事が何なのか分かったし、焦る必要も無いよ」

「それなんだけどさ……」

「ん?」

「神様は、一人だけなんでしょ? だったら、何でボクの世界のサードインパクトは阻止してくれなかったの?」

 その質問に、シンジはスプーンを咥えたまま目をパチクリとさせた。彼女の言い方は、神様が自分達の世界を見捨てたというようなものだ。シンジの話通りなら、サードインパクトの起こらない世界が幾つもあれば、逆に起こる世界も幾つもあるという事だ。

 この世界も起こる流れの一つなのだろうが、こうしてイレギュラーであるシンジが来ている事によって、阻止する方向に傾きかけている。なら、何で自分の世界では、そうしてくれなかったのか、キリアには納得のいかない話だった。

 シンジは彼女の真剣な表情に、フッと笑みを浮かべ、運ばれて来たイチゴパフェに乗っているサクランボをスプーンで掬った。

「サードインパクトってのは、神族の予想を超えた事でね………神に近付こうとした人間が、まさか一個惑星の生命全てを滅ぼすなんて予想出来なかったみたいなんだよ。いや、人間って大したもんだねぇ〜」

「…………」

「で、僕が此処に来たのは、この世界の僕が天使だから。つまりサードインパクトを阻止できる力を持っているからだよ。無限に広がる世界で、“碇 シンジ”って存在が天使になったのは、この世界だけみたいだね」

 そう説明し終えると、シンジはサクランボを食べる。キリアは、神とは人間を救うものだと思っていたが、そうでないような印象を受け、渋面を浮かべた。シンジは彼女のそんな表情に気づいたのか、クスッと苦笑いを浮かべた。

「神様って自分達を救ってくれない冷酷な奴って思ってるでしょ?」

「え? あ、そ、それは……」

「そうじゃないんだ。そりゃ神様は、悪戯ばかりしてミカエルやメタトロンに苦労をかけさせて、しょっちゅう人間界に降りて遊び歩いて、セクハラばかりする最低野郎だけど……」

「あ、あの、そんな事言ったら、それこそ天罰が下るんじゃ……」

 サラッと神様の悪口を言い並べるシンジに、キリアが表情を引き攣らせて忠告するが、彼は続けた。

「でも、神族って、ずっと昔から魔族と戦っててね……魔族を牽制しなきゃいけないから、人間界に目を向けられないんだ」

「魔族……」

 そう言われるとキリアは何も言い返せなかった。神と魔が敵同士だというのは、色んな物語で語られている事だ。しかも、自分には考えられない程の長い時間をだ。互いに牽制し合っているから、人間界に目を向けられない。それは、その通りなのだろう。

「まぁ最近は、神と魔のトップが仲良く人間界に逃げてゲーセン行ったりしてるみたいで、様子が変わって来てるみたいだけどね〜」

 ズルッ!

 オレンジジュースを飲みながらそう言ったシンジの台詞に、キリアは思わずテーブルに突っ伏してしまった。

「お陰で神界と魔界の幹部連中は苦労してるみたいだよ〜。いずれ、合同で慰安旅行でも行こうかと計画してるみたいだし」

「もう良いです……」

 これ以上聞かされると、神云々とかで死ぬ思いをして来た事が非常に馬鹿らしくなってしまうので、耳を塞いで言った。

「さて、これからの事だけど……とりあえず君はどうしたいの?」

 ようやく本題に入ったシンジ。キリアも顔を上げると、真剣な顔になって答えた。

「うん、とりあえず綾波を救いたいんだ。約束だったし」

「約束?」

「ボクの世界でね……知識を得て過去へ渡る代わりに、綾波が普通の人間として生活させて欲しいってお願いして来たんだ」

 まぁ結果的に別の世界の過去に来て、おまけに性別まで入れ替わってしまったのだが……。

「なるほど……」

「君の力で綾波を人間に出来ないの?」

「ん〜……天使って基本的には色んな役職があるからね〜。僕の場合は、完璧に戦闘専門だから、魂を扱ったりっていうのは無理なんだよね」

 それを聞いて、キリアは残念そうな顔になる。天使だったら、レイの魂をどうにかして人間に出来ると思ったが、期待が外れてしまった。と、そこで心事はふと、ある疑問が浮かんだので質問した。

「そういえば、キミは何で天使になったの?」

「ん? ああ、それはね……」

 そろそろ説明しようと思っていたシンジは、いつの間にか注文してたコーヒーを一口飲んで説明した。

 

 あれは小学生の時……僕は妻殺しの男の息子って事で苛められ、叔父夫婦とかいう他人には厄介者扱いされて、まともな生活を送っていなかった。

 学校へ行けば、男子からは暴力、女子からは言葉で、教師陣は見て見ぬ振り……と、子供心に大きな傷を負っていた。そんなある日、学校帰りに町を歩いていると……。

「アンケートお願いしま〜す♪」

 いきなり変な用紙を渡された。僕は、その頃、何事にも無関心だったから適当に『はい』に○をした。が、その後、良く用紙を見ると物凄い事が書いてあったんだ。

【貴方は神界で天使となって修行しますか? はい/いいえ】

「はい、1名様ごあんな〜い♪」

「え?」

 

「まさか、アレが神様で、いきなり魂抜かれるとは思っても見なかった……ん? どうしたん?」

 テーブルに突っ伏し、「うぷぷぷ……」と震えているキリアを不思議そうに見るシンジ。何かもう、ゼーレとか目指すものを間違えちゃってるような気がしてならない。もはや何で神様がアンケート配ってとツッコむ気力も失せてしまった。

 シンジは何事も無かったかのようにコーヒーを啜る。

「ま、その綾波って子を救う時は、僕が他の天使に連絡したげるよ……さて、そろそろ行こうか」

 そこで話を一旦区切ると、シンジは空になったコーヒーカップを置いた。

「え? 行くって何処に?」

「まずは住む所だね〜」

 

 

「あの……此処?」

「うん」

 シンジとキリアがやって来たのは、ボロボロになった喫茶店だった。ガラスは罅割れ、あちこちボロボロになっている。どうやら、この間の騒ぎで持ち主は疎開したようだ。中に入ってみると、予想通りテーブルやらカーテンやら、引っ繰り返っていた。

「うわ〜……こりゃ掃除するの大変……」

「魔法で一発♪」

 パチンとシンジが指を鳴らすと、光の粒子が飛び散り、ボロボロだった店の内装があっという間に普通の喫茶店状態になった。キリアは、呆然となって店の中を見渡す。

 そんな彼女を他所に、シンジはメニュー表をジッと見つめていた。

「ねぇキリア……このメニュー表の料理できる?」

「え? そ、そりゃあ喫茶店ぐらいの料理だったら………って、店開くの!?」

 ボク達、中学生だよ、とツッコミを入れるキリアに対し、シンジはドコ吹く風で答えた。

「ノープロブレム! 役所行って適当な戸籍作っちゃえば良いのさ」

「良いのさって……天使が偽造なんかして良いの?」

「時と場合による」

「ワ〜スゴイ」

 もはや棒読みでしか台詞が言えないキリア。もはや彼女の頭の中に天使が正義の使者などという概念は綺麗サッパリ無くなっているであろう。

 カランカラン。

 その時、店の扉が開かれ、ある少女と黒猫が入って来た。

「あ、すいません。まだ準備中なんですよ」

「え? そ、そうだったんですか……どうも、申し訳……え?」

「ん?」

 不意にシンジと少女は目が合って、互いを見詰め合う。すると、少女の肩に乗っかっている黒猫が大声を張り上げた。

『あ〜!!!! 貴様、天使か!?』

「そういうそっちは魔族?」

「(猫が喋った……)」

「わぁ、天使さんなんですか?」

 三人と一匹が、それぞれの反応を示す。そして、シンジはフゥと溜息を吐いて、少女を見つめる。

「君も碇 シンジでしょ?」

「え!?」

「はい、そうです。でも今は魔界名でヒシンという名前です」

 少女――ヒシンはニコッと笑って、頭を深々と下げた。その名前を聞いて、シンジはピィンと閃いた。

「なるほど。ヒシン(非神)……つまり神に非ずか。まぁ、魔界でシンジ(神児)は名乗りにくいわな〜」

「ちょ、ちょっと待ってよ!!」

 すると、話を置いてけぼりにされていたキリアが声を上げた。ヒシンは、キリアを見てコクッと首を傾げる。

「あら? あなたも碇 シンジなんですか?」

「え? あ、う、うん。成り行き上、キリアって名乗ってるけど……ちょっと、どういう事か説明してよ!」

 シンジに説明を求めるキリア。シンジは「う〜ん……」と唸ると、キリアでも分かるように説明し出した。

「ほら、説明したでしょ? 人間界は沢山存在してるんだから、僕みたいに神界で天使となった碇 シンジもいれば、彼女みたいに魔界で悪魔になる碇 シンジもいるんだよ」

「でも何で女の子なのさ?」

 自分みたいにレイと下手に融合して女になってしまったのならまだしも、ヒシンのような普通に男だったのに、女の子になってしまうなど考えれない。

「ああ、それは魔王様の趣味です」

「魔王? 趣味?」

「はい。魔王様、“男はムサくてイヤ”とおっしゃって、私が魔界に行くと、いきなり性別を女に変えてしまわれて……」

「いや〜、魔王らしいね〜」

 余りにも非常識かつ伝説の存在をぶち壊してくれるシンジとヒシンの会話に、キリアはゲンナリとなってしまう。

「で? 何しに魔族が地上に?」

「はい。サードインパクトを起こす為です」

「ぶっ!!」

 ニコォッと最上級の笑顔で言いのけるヒシンに、キリアが噴き出す。とても女の子がするような仕種じゃない。シンジも、唖然となっている。

「あのさ……それ、自分の世界でやってくれない?」

「いや、この世界じゃなけりゃうやっても良いの!?」

「はぁ……ですが、私の世界、セカンドインパクトも起こらなかったまったく普通の平凡な世界でしたので……」

『あのヒゲ親父が、日曜の朝から“喝!”って、球界のご意見番と一緒に言ってんだぞ』

 黒猫が呆れ果てた様に、そんな世界でサードインパクトなんか起こせるかと愚痴る。

「(父さん……)」

 出来る事なら、自分がその世界に生まれたかったと本気で思うキリア。

「だからって何も僕の世界に来なくても……」

「はぁ……すいません」

『い〜や、ヒシン! これは逆にチャンスだ! 天使のいる世界でサードインパクトを起こせば、お前の株も上がるぞ!!』

 黒猫は笑みを浮かべて言うと、ピクッと笑顔のシンジだったが、青筋を浮かべた。

「今日の晩御飯の材料は猫にしようかな〜?」

『フニャ!? ふ、ふざけるな! 我輩を誰だと思ってる!?』

「知るか」

『我輩は何と、魔王の腹心……』

「!? 魔王の腹心だって!?」

 シンジは初めて驚愕の表情を浮かべる。

「どうぞ」

「あ、すいません」

 いつの間にかキリアは、ヒシンにお茶を差し出し、ヒシンの方も席に座って寛いでいた。キリアの場合、殆ど現実逃避なのかもしれない。しかし、元碇 シンジ同士が女になってお茶してるのは何とも不気味な光景である。

「魔王の腹心って何?」

「その名の通り、魔王様に次ぐ五人の高位魔族の方々です。“冥死皇ベルゼバブ”、“獄炎の暴獣ベリアル”、“海竜王リヴァイアサン”、“氷血の魔天アステマ”、“妖艶将メフィストフェレス”(敬称略)です。あ、ちなみにこの人(?)達なら指一本で人間界滅ぼせますよ」

「じゃ、じゃあ、あの猫が……」

 キリアは恐る恐るシンジと睨み合っている黒猫を見る。それほど強力な魔族なら、猫に姿を変えるぐらい訳ないだろう。黒猫は不敵な笑みを浮かべ、言い放った。

『そう。我輩は魔王の腹心最強のベルゼバブ様の隣に住んでいた所の飼い猫のヨマ様だ』

「…………で?」

『な、何だその冷めた反応は!? ベルゼバブ様のお住まいと言えば魔界の超高級住宅地だぞ!? 田園調布などメじゃないんだぞ!』

 フギャ〜フギャ〜と毛を逆立てる黒猫――ヨマを、シンジは白けた視線を向ける。

「言っとくけど、僕は力ならケルビムクラスはあるから、君なんか相手にもならんよ?」

『にゃ……にゃんだと〜!?』

 ピシャアアアァァァンと背景に雷が落ちるぐらい驚くヨマ。

「ケルビム?」

「天使の階級で言えば上から二番目の位です。凄いんですね、シンジさん。私なんかと偉い違いです」

 ポンと胸の前で両手を叩いて微笑むヒシン。

「…………あのさ、自分も碇 シンジだって分かってる?」

「え? ああ……最初は女でイヤでしたけど、二百年ぐらい女やってると違和感とか感じませんよ」

 ノホホンと答えるヒシンに、キリアは何だか目の前のいる女の子が、別の世界の自分と思うと微妙な気持ちになった。キリアの場合、未だに自分が女だという自覚は無い。が、トイレとかに行くと、否が応でも女だと思わされてしまうのだ。

「ふぅ……一瞬ビビって損した。小腹も空いたし、ワック(ワクドナルドだよ)でも食べに行こうか」

「そうだね」

「はい」

『ちょっと待てぇ〜い!! ヒシン! お前、天使と飯食いに行くとは、どういう了見……』

 ポイ!

 文句を言おうとしたヨマに向かってシンジは生魚を投げ付ける。

『うにゃ!?』

 するとヨマは目を輝かせて魚に飛びついて嬉しそうに食べ始めた。その隙にシンジ達は店から出て行った。

 


「(う〜ん……変な光景)」

 キリアは街中を歩きながら、前を歩く二人を見てそう思った。全員が碇 シンジであり、また天使、魔族、人間という異色の組み合わせだった。しかも仲良さそうに話している。

「で、ヘイムダルの奴、徹夜でアースガルドの見張りやってて風邪引いちゃってさ〜。ロキと一緒に、お見舞いに行った時に、エジプトのミイラ病室に飾ってやったんだ」

「まぁ、ヘイムダルさんも大変ですね。大変と言えば、以前、冥界の方でヘル様とハデス様が、サードインパクトで亡くなられた方の魂を押し付け合いされてましたわ」

「(…………とりあえず内容にはツッコまない事にしよう)」

 するだけ無駄と悟るキリアは、ハァと溜息を零した。

 やがて三人はワックに着き、中に入る。中では、黒髪の長身の二十代後半ぐらいの青年が挨拶して来た。

「いらっしゃいませ〜」

 ズシャアアアアアアア!!!!!

 思わずシンジがズッコけてしまった。

「シ、シンジさん!?」

「ど、どうしたの!?」

 いきなりズッコけたシンジに、ヒシンとキリアが驚く。シンジは、ぶつけた鼻を押さえながら、青年を震える手で指差す。

「本日はこちらでお召し上がりでしょうか〜?」

「アンタ、こんな所で何やっとんねん!?」

 すると青年は銀色の目をパチクリとさせてシンジを見る。

「おお、シンジじゃねぇか。見りゃ分かるだろ? バイトよ、バイト」

「神様が人間界でバイトなんかすな〜!!!!!!!」

「「ええぇ〜〜〜〜〜〜〜!!!?」」

 シンジの怒鳴り声にキリアとヒシンも驚愕する。他の客は何事かと思って彼らに視線を送ると、男性――神はシ〜ッと、鼻の前で指を立てた。

「バカ! 俺が神ってのはオフレコだろ!」

「何でバイトなんかしてるんですか!?」

「そりゃお前、汗水垂らして稼いだ金ってのは嬉しいもんだべ」

「…………その意見には賛成ですけど……」

 頭を押さえ、表情を引き攣らせるシンジ。やがて、大きく息を吐くと、クルッとキリアとヒシンの方に向き直った。

「一応、紹介するよ。この人が神様で、一応、全知全能の存在です」

「よっろしくぅ〜♪」

「「………………」」

 ウインクしてグッと親指を立てる神をボ〜ッと見つめるシンジとヒシン。

「ちょっと神野さん! 早く注文聞いて! 後ろでお客さん並んでるわよ!」

「あ! はい、すいません! おい、早く注文言え」

「…………ラッキーセット三つ。テイクアウトで」

「はい、お会計の方が420円になりま〜す」

 ガクッと肩を落とすシンジ。後ろで見ていたキリアは、何ていうか、こんなのを目指している父親やゼーレが酷く憐れに思えたりした。







To be continued...


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