カーテンの隙間から差し込む木漏れ日に照らされ、徐々に暖かくないっている部屋にドアが開く音が響いた。

 ドアから出できた少年がカーテンを勢いよく開く。

「……眩しい」

 目を細め、行儀悪く口に歯ブラシを加えながら呟くと、眠たそうにふらふらと歩いて、少年は洗面所へと戻った。

 暫くすると、騒がしかった洗面所から音が聞こえなくなり、少年が数通の手紙を手に戻ってきた。

 手紙を机に置いたとき、時計の時刻が少年の目にはいる。眠たそうだった目が見開き、見る見るうちに顔が蒼く変わり出した。

 周りが散らばっていくのも気にせず慌てて着替えると、駆け出すように少年は家を出て行った。









 太陽が燦々と照らす中、年相応とは決して言えない童顔に必死な表情を浮かべ、清潔そうな黒く短い髪を振り乱し少年は走っていた。

 彼の脳裏に次々と浮かんでくるのは、時間に遅れた自分を怒る幼なじみの少女の様子。そして、怒る少女とうなだれる自分の図に苦笑している 少女の両親という、なんとも情けない光景だ。

 その、男としてどうかと思われる将来図を覆すため、少年は顔を真っ赤にして走っていた。

 少年は普段とはくらべものにならないスピードで駆けている。彼の通う中学の陸上部顧問かキャプテンが今の少年を見たら、即座に スカウトすることは間違いないぐらいだ。

 自己記録を大幅に更新していることなどつゆ知らず、少年はひた走る。曲がり角で背中にしょってるリュックをばたつかせながらも、 スピードを落とさず曲がりきった。

 と、彼の目に目的地が見えてきた。

 目的の家に付いた瞬間、腕時計に目をやる。すると少年の顔に、安堵の色がみるみるうちに広まっていく。

 どうにか間に合ったらしく、入り口で全力疾走で激しく乱れた呼吸を整えると、インターホンを鳴らした。

 呼び出し音が鳴るやいなや、待ちかねていたようにドアが勢いよく開くと、茶色の髪をショートカットにした快活そうな少女が元気よく 出てきた。

「時間ギリギリだね、シンジ。さっ、入って、お父さん達待ってるから」

 笑顔を浮かべながら、早く早くと急かすように足をパタつかせ、まだ少し呼吸が乱れている少年――碇シンジを急かす。

「わっ、ちょっと待ってよ、マナ」

 足取り軽やかに先を進む少女――霧島マナの微笑ましい様子に、シンジは柔らかく微笑み後をついて行く。

 リビングに入ったマナの後に続きシンジもリビングに入ると、マナの両親が軽く挨拶をしてきた。

「すいません、お待たせしました」

 申し訳なさそうにシンジが頭を下げると、

「いや、私達は良いんだがね。シンジ君が来ないとマナの機嫌が悪くてな」

 ラフな格好をしたマナの父――霧島タツマが「困ったもんだ」と、椅子に座りながらシンジに笑いかけた。

 そんな両親の暴露話に、マナは真っ赤な顔で反論を試みようとする。

「全くね。もう少しマナには落ち着いて貰いたいわ」

 だが、見た目が実年齢と一致していない、ご近所ではマナのお姉さんのようだと評判の美人の母――霧島ナツキの一声で、言うタイミングを 逃してしまった。

 両親の絶妙な連係攻撃により、更に顔を赤くするマナにシンジが苦笑していると、台所からナツキが麦茶を持ってきた。

 暑い中、全力で走っていたシンジにとってこれほど有り難いものはなく、

「ありがとうございます」

 丁寧にお礼をすると、おいしそうに飲み干した。

 シンジの様子に目を細めていたナツキだが、その視線を鋭いものに変え、マナを射抜く。その目は「あなたが気が付かなくてどうするの!?」 と、ポイントを上げるチャンスを逃した娘を叱咤していた。

 そんな母の訴えに気が付いたマナは、シンジにお変わりがいるかどうか内心の焦りを微塵も見せずに尋ねた。

 嬉しそうにシンジが「お願い」と微笑むと、マナは顔を少し赤らめつつ台所へお変わりを入れに向かった。

 娘の楽しそうな様子に父親のサガか「シンジ君と仲が良いのは良いのだが」などとタツマは葛藤しながら、

「そろそろ時間だ、行くとするか」

 娘を取られんとする父親の本能のおもむくがままに邪魔をした。

 夫の心情を正確に把握しているナツキは、責めるような視線をタツマに向けた。

 そんな遣り取りがされているとは思いもしないシンジとマナは、元気に返事をすると先に歩くタツマの後を追いかける。

 責めるような妻の視線と、邪魔をしただなんて思ってもいない子供達の純粋な目に、タツマは心をしくしくと痛ませながら 乗り込んだ車を動かし始めた。






魔鏡

第壱話

presented by 剣牙虎様







 雲一つ無い空、蒼い海、白い砂浜、とお約束の3点セットが綺麗に揃った景色に満足しながら、シンジはパラソルの下で 寝転がっていた。その視線の先には沖縄の美しい海で元気に泳ぐマナの姿が映っている。

 年に数回行われる霧島家の家族旅行に参加するようになって7年、そのたびに思っていることだが、

「……何であんなに元気なんだろう?」

 沖縄に来てすでに3日目に入ったというのに初日と変わらぬ……いや、それ以上に元気なマナ。

 マナやその両親の特訓によりどうにか人並みには泳げるようになったとはいえ、未だ泳ぐことへの苦手意識は無くなっては いないのだ。

 そう言う理由で、マナに誘われたのに一緒に泳いでいなかったりする。

 まぁ、この後スキューバダイビングの予定が入っている、ということもシンジの頭にあったのも確かだったのだが。

「シンジ君、マナも成長したと思わない?」

 ホケーっと寝転がりながら、マナを眺めていたシンジの頭上から聞こえてきた声。それは、シンジの顔をのぞき込むようにして立っている ナツキによるものだった。

「……は、はぁ。昔に比べたら……」

 どうにも微妙な質問に、答えに窮するシンジ。そんなシンジの様子をナツキは楽しげに眺め、

「そうでしょ。あの子ったら大きくなったのが嬉しかったらしくて、水着を買って今回の旅行を本当に楽しみにしていたのよ」

 ニコニコと笑みを浮かべながら邪気無く話す。

「……はぁ」

 だが返答に困るのは変わらず、曖昧に返事をするしかない。

「あの子も自分に自信が出てきたらしくて、ちょっと心配なのよねぇ」

 ナツキの言うことにシンジは内心首を傾げてしまう「マナは昔から自分に自信を持っていたと思うんだけど」と。

 そんなシンジの心の内を悟ったのか、

「マナが最近つけた自信って言うのは、女の子としての自信よ。あの子、男の子みたいだったでしょ」

 そう説明されると「確かに中学に入ってぐらいから少し変わってきたかな?」と思わず肯いた。

 シンジが肯くと、瞬間ナツキの口元が歪み、目が獲物を捕捉した狩人のように細く鋭くなった。

「マナの水着、前より自分をアピールするようなものに変わっていると思わない?
 自信をつけたからだと思うんだけど……少し浮かれてるように見えるの。
 あんな時、変な男に声を掛けられたらと思うと……」

 ナツキの表情が変わった瞬間を見ていなかったシンジは、その言葉が耳に入ると嫌な想像が脳裏に浮かんだ。

 溌剌なマナに目をつけた男が声を掛ける。
 浮かれているマナは楽しそうに話すと、男の後をついてどこかに行ってしまった。
 次の日、泣いて帰って来きた、マナ。

 妙にリアルに頭に浮かんでくる妄想で顔を真っ青にしたシンジは、だらだらと冷や汗を掻きながら、

「ちょっとマナと遊んでくるんで、荷物お願いします」

 一時の間も惜しいとでも言うように、早口でナツキに後のことを頼むとマナの元に駆けていった。

「はいはい。いってらっしゃーい」

 会心の笑みを浮かべながら手を振り、シンジを見送るナツキ。

 一連の会話を聞いてしまったタツマは、妻の策略に見事に嵌っているシンジの将来を思うと涙を流さずには いられなかった。









 日も暮れ、ホテルに戻ったシンジ達は日中の疲れが残る体をベッドに投げ出していた。

 体の力が抜けきり、短パンTシャツ姿でぐでっと寝ころびTVを見ていたマナが驚きの声をあげた。

「えぇ!!!」

 何事かとシンジは読んでいた本から目を離し、マナに目を向ける。

「どうしたのさ、マナ?」

「どうしたのって。TV見てみなよ、シンジ」

 シンジと同じくマナに目を向けていた霧島夫妻も、マナに言われたとおりにTVを見た。

 そこには、第三新東京市周辺に特別非常事態宣言が発令されているとのテロップが流れていた。

「…………地震などの災害ではないようだが」

「お、おじさん、もしかして……」

「いや、シンジ君の思ってる戦争の様な事態などではないはずだ。周辺各国も徐々に復興しているとはいえ、戦争などしているような 余裕はないはずだしな」

 心配そうに尋ねるシンジに、タツマは安心させるように微笑む。その落ち着いた様子にシンジ達は安堵の吐息を漏らした。

「とはいえ、いったい何なんでしょうね?」

「さあな……余程のことなら特番にでも変わるのが普通なんだが……」

 小首を傾げるナツキを横目に、タツマは普通でないTVの対応にきな臭いモノを感じていた。

「それ、どういう事なのお父さん」

 言葉を濁す父にマナは不安そうに尋ねた。

「あ、あぁ、普通は大規模事態が起きれば特番に変わるんだが、今回は普通にテロップが流れているだけだろ。
 だから、特別非常事態宣言と言ってもそれ程のことではないだろうと思ってな」

 子供達に入らぬ不安を与えることはないと判断したタツマは、思考の結果にたどり着いた”何か隠さなければならない程の事態”という ある意味最悪の想定を胸の内にしまい込んだ。

「そうですよね」

 シンジはよく見なければわからない程度だが、微妙に引きつった笑顔でタツマの意見に賛成する。

 そのシンジの言葉に、マナは安心したように表情を崩した。

 自分の意を酌んだシンジの行動に気付いたタツマは、自分の演技力のなさに幾分情けないモノを感じながらも、シンジに対し、初めて あった頃とは比べものにならない程随分と立派になったものだと、感慨深げにならざるを得なかった。

 なにせタツマにとってのシンジは、いつもマナの後ろにひっつき一人で居る時は泣いている、という印象がどうしてもぬぐえないの だから。

 虐められているのをマナに助けられていてばかりいたシンジが、そのマナのために自分と同じように不安を隠し対応をしている。

 心では「少年から男になったのだな、シンジ君」などと同じ男として共感しつつも「父親としてはやっぱり邪魔しちゃる」なんて思って いたりした。









 パシンッ!

 木の駒が将棋盤に打ち付けられた軽快な音が霧島家の居間に響き渡った。

 将棋盤を前にタツマは難しい顔で唸る。どうも戦況が思わしくないようで、ナツキがお茶を横に置いていったのにもまるで 気がついていない。

 頭を幾度も傾げ「うー」だの「あー」だの「これはダメ、いやしかしここは犠牲にしてでも……」などと盤から目を離さずブツブツ 言い続けている。

「おじさん、投了ですか?」

 そんなタツマに声を掛けたのはシンジ。

 いつもの霧島家で夕食を取った後での一局なのだが、ここ最近シンジの腕がタツマの腕を上回ってきたらしく恒例となっているタツマの 長考。

 今回も初めのうちは、シンジもつらつらと余韻も薄れてきた沖縄旅行のことを思い返したりなどして時間を潰していたのだが、 結構な時間が経ってくるとさすがに待つのにも飽きてしまい、タツマにどうするか促したのだ。

 そんなシンジの言葉に眉がピクリと動いた後、タツマは固まってしまったように動かない。心の中では結構な葛藤が行われているの だろうと、シンジは再びタツマが話し出すのを待ち始めた。

「…………シンジ君」

 さすがに先程の時間は取らず、タツマはおずおずと切り出した。

「なんです?」

「…………まった。というのはダメかな?」

 娘と同い年の少年の顔色を窺うようなタツマ。その様はどうにも情けないものだ。

「おじさん4回目ですよ? 初めに3回って決めたじゃないですか」

「そう言わずに頼むよ、な! この最中、シンジ君にあげるからさ」

 食後のおやつに用意された最中と引き替えにタツマは頼み込む。そんな自分の姿がどんなものか、当然の如くタツマは気付いてや いない。

 今、彼は娘からは多量の軽蔑と若干の哀れみの視線を向けられ、妻からは呆れたようにため息をつかれていた。

「はぁ、わかりました。今回だけですよ」

 何とも情けないタツマの状況に、シンジは心でほろりと涙を流す。

「おぉ! ありがとう、シンジ君! ささ、約束の最中だ持っていきたまえ」

 威厳もへったくれもないタツマの喜びように、ホントに涙が出そうなシンジだった。









「う〜ん、やっぱ泊まってけば良かったかなぁ」

 あの後、タツマとの一局はシンジの勝利となっていた。その勝敗もいつもならばもう少し早くついていたのだが、タツマの泣きの せいで長引き、自宅に帰る時間が大幅に遅れてしまっていた。

 時計の短針も頂点に近づく程となっており、さすがに今年で14歳のシンジを帰らせるのはどうかと思ったナツキが泊まるようシンジに 勧めたのだが、其処は思春期真っ直中のシンジである。
 自宅も近いし大丈夫だと、心配するナツキと残念そうなマナを頑張って説得し、帰宅の権利を得たのだ。

 しかし、よくよく考えてみると、どうせ朝はマナとの早朝ランニングが有るのだし、その後には霧島家で朝食、そしてマナと一緒に 登校と、霧島家に泊まった方が全然楽になるなのは自明の理。

 そんな訳で、一時の恥ずかしさに負け、帰宅することに決めたことにちょっと後悔していた。

 今から戻れば泊まらせてくれるかも……、なんて情けないことを考えているうちに、随分前から睡眠以外の用途が少なくなって る我が家である、叔父宅の庭に造られたプレハブ小屋が見えてきた。

「……? こんな時間になんだ? あの車」

 叔父の家の前に止まっている怪しげな大きく黒い車。叔父夫婦の知り合いに、あんな車を使ってそうなのがいるかどうか考えて みるが、

「……………………わかるわけないか。週一回どっちかに会えばいい方だし」

 付き合いの薄さを思い出し、諦めた。

 車を横目に見つつ、庭にあるプレハブ小屋に行くべく門を開く。

 その時叔父宅に明かりがついているのが目に入り「そういえば今週はまだどっちの顔も見てないな」などとふと思う。

 本当に同じ敷地に住んでいるのかと考えながら、シンジはカギを使いドアを開けた。

「……?」

 カギが閉まっていないことに訝しく思いながらドアを開けると、消したはずの明かりがついていた。

 おまけに、自宅にいるはずの叔父夫婦が、怪しげな黒い服を着た男達と座っている。

 予想だにしていない事態に、霧島夫妻に怒られてから習慣になっているはずの帰宅の言葉がでなかった。

「こちらに来なさい、シンジ」

 中年の男の発した言葉を切っ掛けに、シンジは波立っていた心を落ち着かせた。

「……はい、先生」

 叔父である中年の男の言葉に従い、シンジは足を進める。しかし、黒服の怪しさがどうしても気になってしまう。

 どうしても堅気に見えない黒服のせいで「もしかして、父さん借金でも作って逃げたのか?」そんなイヤな考えが頭に 浮かんでしまう。

「シンジ、こちらの方々はお前の父親の関係者だそうだ」

 叔父の言葉に、先程の妄想に真実味が増していく。

「碇シンジ君だね?」

「……………………はい」

 一瞬「違う」とでも言おうかと思うが、マナ達のことを思い出した。

 あっち関係の人間は、親兄弟親戚縁者だけにとどまらず、ちょっとした友達や関係者にも手を伸ばすと、よく言われている。もし、それが 本当ならば、霧島家には確実に迷惑を掛けてしまう。

 そう考えると、今の状況下で自分に逃げ場はないと認識せざるを得なかった。

「私達は君の父親、碇ゲンドウ氏の部下だ」

 捨てられて以来全くと言う程会っていない父親の部下が、なんのようなのだかがまるで解らない。黒服の言葉に、粘り着くような 重苦しい不安を感じる。

「シンジ、この封筒に見覚えはあるな」

 叔父が取り出したのは、一枚の封筒だった。

 ハッキリいって見覚えがまるでない。

 黒服と叔父達の真剣な様子にシンジも真剣に思い出そうとするが、

「……………………」

 何も思い出しはしなかった。

「これはお前が旅行に行く前に送られてきていたものだ」

「…………あぁ、そういえば」

 叔父のその言葉で、シンジもどうにか霧島家の家族旅行へ行く前に見かけたのを思い出した。……ような気がした。

「その封筒は碇ゲンドウ氏が君に当てて送ったものだ」

 ――聞くな。

 ――逃げろ。

 特に勘が鋭い方ではないが、この不安から来るだろう頭に響く声の言うことは正しいと思う。だが、それでも、逃げる訳には いかない。

 タツマに、ナツキに、なによりマナに迷惑を掛けることはできない。できるはずがない。

「彼は君に第三新東京市へと来るよう、その封筒の中にしたためている。
 私達は君が其処に書かれた日に来なかったため、急遽迎えに来たのだよ」

 表情一つ変えず黒服が話す内容に、シンジは先程から感じている不安がどんどん増していくのがわかる。

 幼い頃、叔父夫婦に捨てるようにして預け、そこでは厄介者扱いされて育った。そんな育児の放棄をしたはずの父親が、急に部下を 使ってまで自分を呼び寄せようとしている。

 行ったところで、間違いなくろくでもないことにしかならないだろう。まぁ、父親の事なんてほとんど覚えがないので断定こそ できないが。

「そうですか。しかし、僕は父と会うつもりはありません。ご足労をおかけして、申し訳ありません」

 そう慇懃に言うが、黒服に動揺した様子がないのが見て取れ、多分強引にでも連れて行くのだろうと予想出来た。

「シンジ君、君の将来にも関わることと聞いている。ここは大人しく来て貰えないかな?」

 黒服の態度こそ変わらないものの、視線が幾分鋭くなっていた。

 この結果をある程度予想していたためか「案の定ってヤツかな?」そんな感想が浮かぶ程度にはシンジは冷静だった。

 どう答えたものかと、シンジは辺りを観察してみる。

 黒服連中は時を刻むごとにこちらにプレッシャーを掛けてくる。

 叔父夫婦は、

「シンジ! 我が侭を言うんじゃない! 忙しい合間を縫ってお前と会おうという親心がわからんのか!!」

 激昂していた。

 四面楚歌だと、シンジは改めて思い知った。そして、もうどうにもならないことも。

「わかりました。行きます。準備もあるので出発は明日で良いですか?」

 叔父に追い出され、無理矢理黒服連れて行かれるよりはと、シンジは承諾の意を表す。

 せめてもの意地を示すかのように、その態度は毅然としていた。

「だめだ、時間が余り無いのでな。準備が終わり次第出発する」

 シンジの態度に、叔父夫婦とは違い鼻白んだ様子もなく、黒服は冷然と告げる。目的が達成されたからか、先程まであった最低限の 礼節をも脱ぎ捨て。

「わかりました」

 シンジは感情を捨てたような冷たい声で返答しると、淡々と準備を進める。

 そして、その準備も終わりを迎えようとした時、シンジに黒服から声がかかった。

「なにをしている」

「友達に電話しようとしているのですが」

 マナと霧島夫妻に、おそらく数日間にわたり出かけることになると連絡を入れようとしていたのだが。

「先程も言ったが時間がないのだ。連絡ならば碇ゲンドウ氏と会った後にしろ」

 連絡を取ることすら許されない、その事実にシンジの不安が否応なく増していく。

 同時に、これから先どうなるかわからないが、マナ達には迷惑を掛けないようにしないといけないと、改めて決心した。

 そう思いを固めると、今電話できなかったのは逆に良かったのだと気付く。

「早くしろ、シンジ! 客を待たせるような育て方をした覚えはないぞ!」

 思考が先行し、動きが鈍っていたシンジに叔父の怒声が飛んだ。

 その叔父の怒声に「一ヶ月以上挨拶以外に言葉を交わしたことのないアンタに育てられた覚えなんか無い!」と、シンジは反射的に 言い返しそうになる。

 だが、これ以上厄介なことになるのはご免なのも確かで、眉を歪めながらも怒りを抑えた。

「……終わりましたが」

「そうか、ついてこい」

 黒服の後をシンジはついて行く。

 シンジは玄関をぬけ、扉を閉める。

 そして、表に出るまでにシンジへ掛けられた言葉は何も無かった。






To be continued...


(あとがき)

 ども、始めまして。剣牙虎と言います。よろしくです。

 さてさて、どんなもんでしたでしょう”魔鏡”は。

 題名は”魔鏡”ですが、別に魔法の鏡なんか出てきやしません。gooとかで国語検索すれば解ると思いますが、簡単に言えば 表から見えるのだけじゃないよ〜ん、て感じで受け取って貰えればいいかと。

 ぶっちゃけると、題名良いの思いつかないんですよね〜、だから壱話の題、つけなかったんだし。

 ちなみに、魔鏡ってのは結構気に入ってるけど、どんな話の題名にでもつけられるような題名のストックから持ってきたんで、 もっと良いの思いついたら副題にでもつけるかも。

 そういうわけで(どういうわけだ?)まだまだ未熟ッスが、次も読んでくだはい。

 ではでは。



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