滅茶苦茶な物語、無茶苦茶で滅茶苦茶、総じて理不尽、何時もの如くの話かもしれないが、何時もの如く理不尽を招き寄せる物語、奇妙に奇抜、奇天烈な物語、趣向を凝らし、趣味を出し、主義主張は無価値な物語。

誰もが己の意志で動き、誰もが誰かの意志を汲んで動く、支離滅裂で背反合一、爆砕離散一点集中、粗筋なんてない、プロットなんて一行もない、台本なんて頭の片隅にすらない、白紙も白紙、真っ白も真っ白、真っ黒も真っ黒、真っ赤も真っ赤、漂白済み、染色済み。

何もない、これからに対しての筋書きなんて誰も知らない、世界が定めているはずなのに誰も知らない、誰もが知らずに踊っている、戯れている、あるものは己の運命は己で打ち立てるものだと毅然として言い放ち、あるものは運命は定められているから破壊しようと企む、またあるものはその世界の物語を、己を含めて観察する、嘲笑する。

でも、その誰もが誰かの物語の主人公になる可能性はある、逃れられないほどに。

それが例え、世界を傍観していると自負する狐であろうとだ、どんなに詭弁を弄そうと、どんなに誤魔化そうと易々と逃げ出せるようなものでも、見逃してくれるようなやさしい類のものでもない、世界の登場人物というもの、何を嘯こうと絡み付いてくるものだ。

そして、自分が自分自身の物語の主人公になどにはなれはしない、誰もが幻想はするが自分の物語の主人公は自分である筈がない、誰もが注目する人物が物語の主人公なのだから、己の物語の主人公は自分自身が最も注目する誰かである筈、自分以外の誰かを主人公と定めて己の物語は流転する、己が主人公になることはない、己を中心に据えることなど幻想だ、その点で言えば十三人に傅かれる、まぁ、数人だろうが心酔される狐、早々部外者でいられるはずもない、此度は登場人物としての参戦だろうけど。

そして誰かの主人公、その主人公は一人ではない、いや人間ですらないかもしれない、いやそもそも一人に絞り込む必要も、人間に限定する必要すらないのだろうが。

例えば、恋人、ひと時は己の価値観の全てになり得るかも知れない存在、ひと時だけは己の眺める舞台のタイトルロールになれるかもしれない存在、互いに互いが主人公になりあえるかもしれない関係、互いの物語でお互いが主人公、互いが主役。

例えば、スポーツ、その競技を主軸に備えてその物語を彩る一部になる選手、彼らが主人公なのではなく、彼らの周りの空間が主人公、少なくとも彼ら自身にとっては、選手は誰かの主人公になりうる存在だろうから、己ではなく、誰かのではあるが。

だから人間は誰かに期待する、誰かを羨望する、誰かを嫉妬する、己の物語の主人公に対して、手前勝手に自分勝手に、望むがままに、望まないままに。だが故に誰もが誰も誰かと無関係でいられると言う保証はない、誰かが勝手に誰かを主人公に据えると言うことは、据えられた誰かは据えた誰かに己の意思に関わらず影響を与えてしまう、だから誰もが皆、世界と言う物語の中で何かしらの役割を仰せつかってしまうのだろう、定められてしまうのだろう、自分とは関係のない誰か、それとも関係のある誰かによって。

世界に、物語に、運命に、押し付けられた役割に、望もうと望むまいと、嫌おうと憎もうと、役割からは逃げられない、自分が誰とも何とも関係していないと思い込んでいる誰かだろうと、何処かで誰かを主人公に、何かを自分の主人公にしてしまっている時点で何かに影響を与えてしまっているのかもしれないから、そして、それはもう誰にも何にも影響しないと言うのとは異なっている、何かに関わってしまっている、関わってしまえばそれまで、影響は影響を生み些細なことが連鎖の縛を作り上げる、それが因果の形成。

その影響は馬鹿に出来ない、自覚があろうと、なかろうと、集団的無意識、意志無き方向性、言い様は色々とあるのだろうけど、世界に無関係であろうとすることなど出来ない。

運命、必然、因果、因縁、物語、何とでもいえるだろうが物語が存在する、存在する。

運命は存在する、必然は必ず起こる、因果は成り立つ、因縁はある、物語は織り成される、蔑もうと奉ろうとそんなものだ、世界は起こりえる前に全てが決まっている、起こりえる前に決まっている、登場人物は起こりえることを知らぬままに体験するだけだ。

「それが本当に必要な、為さねばならないことならば本人にどんな意思があったところでそんなことは関係ない。今日やらなければ明日やるだけの話しだし、明日やらなければ、他の誰かがそれをやる。起こるべきことは、たとえ起こらなかったところで、それは起こったのと同じことだ。逆に言えば、起こらなかった未知の可能性など――もしもの平行世界など、そんなものは希望としても絶望としても一編たりとも存在しない」

まぁ、これは世界を斜めから見る狐の言葉だ、戯言と同じくして流してもらって一向に構わない、だが、起こらなかったもしも、起こったかもしれないもしも、どちらも同一。

違う可能性など、そんなものは存在しない、希望と絶望と願望と諦念の果てにすら存在しない、起こらなかったことは起こらなかった、起こったことは起こった、当たり前の話だ、物語は起こりえる前に決まっている、起こった後ならなお更に他の可能性の検証など。

ありえない。

Ifの考えなど愚かに過ぎる、考察にすら値しない、過ぎ去った可能性に考えを巡らす等愚かもいい所だ、所詮取り返しのつかない、所詮は終わったことなのだから。

ならば、せめてこれからのifに頭を巡らすほうが遥かに建設的、遥かに前向き、楽観主義にて現実主義、物事を見据えようとする気概と評していいだろう。

では、これからの物語、これからは以前よりは一風変わらせていただこう、この度の語り部は、どうしようもなく己を最低だと、欠陥品だと、存在するべきではないと思っていた男に務めてもらおう、自殺することすら選択せず、それでいて自分の存在を許せない、自分には何の価値も一編たりとも存在しない、それでいて無自覚に誰かに影響を与え続ける、そんな男に語り部を任せよう、ここからの物語、これからの物語、この度は彼に任せよう。

一言一句が戯言で、他人を騙し自分を騙す、何処から何処まで嘘なのか、そんな戯言遣い。

もう既に彼はそんな無力で愚かで馬鹿な自分を傍観者と規定しようとしていた戯言遣いではないのかもしれないけれど、それはそれ、これはこれ、本質は早々には変わらない。











殺人鬼と天才と魔術師と

第六話 戯言遣いVS狐面の男 開幕

presented by sara様











戯言と狐、この二者の戦いを、正面切った闘争などはあり得ないが、彼の男が出張るならば迎え撃つは戯言遣い、それは確定事項に等しい当たり前の事実。

どちらも、互いに敵と認識する、片方は守る為、片方は望みの為、どちらも一筋縄ではいかない曲者同士、競り合い騙し合い化かし合い、そんな戦いを演じてもらおう。

そろそろ中盤に足がかかったのだから、面子も揃い、役者も揃い舞台も仮組みではあるが立てられた、そろそろ本気で物語に関わろう、取り組もう。

豪華絢爛、節操なし、異種異様の悪食三昧、統率なく、制約なく、揃いも揃った馬鹿どもを主人公として、これからだ、全員総じて、狂って壊れて病んでいる、敵も味方もひっくるめて、誰かの主人公足り得る、誰かを主人公としている、そしてそんな枠に捕らわれない、自意識過剰にて特徴過剰、普遍離脱にて悪逆正道、奇天烈面子。

戯言遣い、西東天、零崎人識、零崎双識、零崎神識、零崎舞織、零崎軋識、闇口崩子、闇口濡衣、匂宮理澄、匂宮出夢、石凪萌太、天吹音祢禰、伊吹マヤ、澪標深空、澪標海、時宮時刻、奇野頼知、蒼崎橙子、両儀式、荒耶宗蓮、黒桐鮮花、黒桐幹也、哀川潤、想影真心、終野イズミ、園山赤音、石丸小唄、薬師寺涼子、病院坂黒猫、櫃内様刻、櫃内夜月、右下るれろ、古槍頭巾、宴九段、一里塚木の実、絵本園木、赤木リツコ、三好心視、春日井春日、木賀峰約、玖渚友、浅野みいこ、鈴無音々、隼荒唐丸、七々見奈波、千賀ひかり、葵井巫女子、貴宮むいみ、紫木一姫、萩原子荻、西条玉藻、碇ユイ、綾波レイ、キール・ローレンツ、計五十と五名。





裏のかき合い、騙し合い、人に堂々と誇れるものではないけど、終ぞそれらで人に負けたことなど早々ない、それぐらいの自信は僕にだってある、自信を持つところを間違っているような気がしないでもないが僕に出来ることや出来たことなどそんなもの。

人を騙し、欺き、陥れ、自分すらその枠内に放り込み、場をかき乱して翻弄する。

その僕が堂々と正面きって、騙され、嵌められ、翻弄された、そのときのことは正直言って思い出したくもない、あれほどの敗北を喫したのは思い出したくもない、騙し、嵌め、翻弄する僕が、自分のテリトリーで負けたなど、思い出したい事である筈がない。

萩原子荻、姫ちゃんと籍を同じくする澄百合学園、別名首吊り高校、“策師”。

この娘も、いやこの子も哀川さんと同じ、敵にすると厄介極まりないが味方にすると頼もしい、味方にする時などあるとも思っていなかったけれど、現在味方として存在する。

関わりにくいタイプとでも言うのか、相性で言えば悪くはないと想う、嫌いになれないと言うかどう言うか、言葉にすると難しく、感じとしては簡単、そんな少女、もとい美少女、今、対峙している、足首まであるロングストレートの黒髪で大人びた顔立ちの、思わず見蕩れて、いや見蕩れてしまった少女と、赤色と通じるところのある魅惑的な少女。

そして僕とも通じているであろう少女、首吊り高校主席、大将にはなりきれなかったが敗北も勝利も全てに通じる一手と考えられるのは、九十九敗して一勝をもぎ取ろうとする考え方は共感できる、どれだけ無様であろうと最後には彼女は華麗に己の策に嵌める。

僕の見苦しい悪足掻きの戯言、同じにしては同じにするほどの僕の戯言に価値などないが目指す方向性が似通っていないとは僕も思えない、確かに通じている。

「同じ屋根の下にいても早々会うものではないですね。戯言遣いさん。私は貴方に興味があり探し回っていたと言うのに。今日の今日まで捕まらなかった。策師の私から逃げようなどと時間の問題も甚だしい。それでも今日このときまで逃げ回ったことには評価の意を示しましょう。策師の私から二週間も逃げ回ったのです。流石は戯言遣いさんと言ったところでしょうかね。まぁ、私も二週間の長き長期戦になるとは思ってもいませんでしたが」

子荻ちゃんは不機嫌そうだった、冷静、冷徹が売りの筈なんだけど、見るからに苛々しているのが判る、冷静な子が怒ると怖い、冷たい感じが怖い、穏やかにいこう、子荻ちゃん。

「これだけ広い家だと二週間やそこら会わないこともあるだろう、子荻ちゃん。僕は逃げ回ってなんかいないよ、まるで僕が子荻ちゃんを嫌っているようじゃないか」

不機嫌そうな子荻ちゃんに僕は苦笑を持って返す、その言葉に子荻ちゃんは眉をピクリと動かし、「嫌って」の辺りで一番動揺していたのは何故だろう。

僕の言葉に対して子荻ちゃん更に不機嫌となったのかとうとうと言葉を紡ぐ。

「十四日前に貴方は私を視界に入れたところで逃げ出しました。十日前に紫木に言伝て私の部屋に来るように言いました。九日前には西条に言付けましたがやはり貴方はそれを無視しました。因みに紫木も西条も伝えたと言っていましたが。七日前は貴方の部屋の前で待ち伏せたら設置したカメラに部屋の前で踵を返す貴方が写っていました、ついでに貴方の部屋の中にいる女医は何なのですか、人の顔を見ていきなり泣き出して貴方の部屋に篭ってしまいましたよ。非常に不愉快で私の心が傷つきましたよ、非常に、これでも美少女だと自負しています、見ず知らずの誰かに泣かれる覚えもありません、大体部屋に女医でも囲っているのですか。そうなのでしたら、私の中の貴方の評価少々ならざる書き換えねばなりません。そして今日まで自分の足を使って貴方を追いかけてみたのですが、追いかける必要もなかったことを失念していたことに気付いた時点で貴方を見つけてしまった。
いや見つけるだけなら十四日もあれば何度もあったのですが。この家、想定外に広く複雑です。慣れない私が慣れている貴方との追いかけっこは少々骨でしたね。それは兎も角として、どうして貴方は私の思惑を外すのです。思惑を外されるのは気分が悪い。私の考えから離れるのは貴方に対する時は常とは言え、やはり気分が悪いものです、策が通じないとは本当に気分が悪い。まぁ、渡井の勝手な言い分ですが」

ぬぅ、確かに逃げ回っていたのは事実なのだけど、そっか、絵本さんに泣かれたのか子荻ちゃん、あの人扱いを少し間違えると大変なことになる、初対面では対処の仕様がないだろうし、でも何故僕が子荻ちゃんに追い立てられるのかが判らない、大体囲ってない。

でも、思惑を外した事で怒られても、それに子荻ちゃん自分で美少女って言うのもどうかと思うよ、自信満々な子だと想っていたけど、やっぱり赤色に似ている、ストーカー寸前の行為を自白しながら開き直って糾弾しているところなんて特に。

それに何か不穏なこと呟きやがった、駄目だ、どうも最近語調が悪い。

「子荻ちゃん。話のついでに聞くけど、何を思いついたんだい。聞き逃しちゃいけない気がするんだけど。何故か僕の世間体を考えるとさ、なんとなくで根拠なんてないんだけど」

「それを聞いてどうしようと。それに、私は策師、己の策を明かすとでもお思いですか」

「子荻ちゃんが策が在ったと言った時点、僕を見つけた時点で、その策はとる必要なんかないだろう。無闇やたらに策を巡らし張り巡らすのは下策も下策。効を奏した策でも同じことさ。それなら教えても構わないんじゃないかなと思って」

「やはり、貴方は判りませんね。逃げていたのも判りませんが、私の考えをなぞる所も判りません。完全になぞられたわけでもないですか。やはり貴方と私は似ているのでしょう。私と共通する人間など早々いるものでもないでしょうから。単純に嬉しく感じますよ」

通じる人がいるということは、と言って子荻ちゃんは微笑んだ。

多少不機嫌が緩んだのかな、それなら喜ばしい、子荻ちゃんに睨まれるのは心地が悪い。

「前に言われたよ。哀川さんの基準で似たもの同士だって。僕に似ているのは終ぞ一人しか浮かばないんだけどね。まぁ、自分じゃ判らないことなのかもしれないけどね」

「そういうものでしょう、貴方は鈍感そうですし。一度は私も騙されかけた、いや今でも騙されているのかもしれないですけれど、それすら貴方は判っていないでしょうし。・・・・その手のことを今語っても詮無きこと、お望みのようですから策を明かしましょう、策といえるほどの策でもないのですが。殿方には有効だと思えます策ですよ。受けも狙えることでしょう」

微妙にいやな気配がする、何か春日井さんやその他諸々と通じる、嫌な何か、特に受け、やっぱりさっきの不穏そうな発言、予想通りに不穏なのかい、子荻ちゃん。

「貴方に厭らしい事をされたと紫木に吹聴します。レイプ当たりがいいですかね」

キッパリハッキリと僕の人権を無視して社会性を破壊することを言い切りやがった。

この世に神も仏もいないと言うけれど、どうやら僕の周り限定にはいるのかもしれない、悪戯好きのロキとか、もしくはそれの転生だとしか思えない誰それ、そうでなければ誰も彼もが僕をこうまで追い詰めようとは動くまい、崖っぷちも崖っぷち、どうしてこういう方向性で皆が皆僕を追い詰めようとするのだろう、二度や三度体験したあたりでいっぱいいっぱい、それが数度と為るとこれは運命や物語でも済まされない誰かの悪意を疑いたくなってくる、人の悪意も極まれば、少々欝にもなってくる。

正直、鴉の濡れ場島、先日からひかりさんに招待を三日おきにされているのだけれど、島のほうからも直々に招待を受けているのだろうけど、次の誘いの時には考慮の余地なく頷いてしまったほうがいいのかもしれない、僕の安息と言うのは日常から、社会から隔絶されでもしないと収まらないのだと疑いたくなる、メイドさんに弥生さん、安息はあるか。

あの占い師がいる島にさえ安息はあるだろう。

あ、微妙な気がする。

「ご存知の通り紫木はあのような娘です。どうなるのやら私の思慮でも、私の策でも読みきれない。確かに不確実不安定な結果しかえられないかもしれませんが。貴方が私から逃げ回る咎と私の前に引き立たせるには十分でしょう。程度の差こそあれ万全です」

万全じゃねぇ、姫ちゃんから変態を見るような目で見られてしまうじゃないか、半泣きで。

勢いあまって警察に通報されたら無実の罪でお縄か、まぁ、まったくの無実、まったくの犯罪を犯してはいないだろうから無実は違うが。

性犯罪者の冤罪など嫌過ぎる。

「僕の社会性はどうなるんだい。みんなに性犯罪者のように見られると思うんだけど」

「知ったことでは在りません、私が知る必要も在りません。むしろ好都合かもしれませんが、何が好都合か詮索は無駄ですよ。この言葉は聞かせることで更なる策を展開する類のものです、策といえる程度のものでもなく、どちらかというと貴方の戯言でしょうが。それに吹聴する前に貴方が私に捕まった、行われなかったことに、失われなかったものに、考察を巡らしても無為なものですよ。既に効を失した策、まぁ、これからの有用もありですが。どうしてこんな簡単な策今まで思い浮かばなかったのでしょうか。徒労を積み重ねたものですし私も未熟です。さっさとこの手を使えばよかった」

簡単な策で僕の世間体は致命的なまでに落ちぶれるのか、みいこさんや鈴無さんにどんな眼で見られるか、いや、それこそ知ったことではないか、たまったもんじゃないが。

それにそんなに残念そうな顔をしないでよ、本当に平気の平左で人を陥れるのを生業にしているとはいえ、それは少しばかり酷いだろう。

言葉を聴いてしみじみ思う、僕の戯言はここまで人を追い詰めるのだろうか、それとも僕がまだまだ甘いのだろうか、策師と戯言遣い、今の所上手は子荻ちゃん。

「さて戯言遣いにして詐欺師さん。私の策は披露しました、何故私から逃げ回っていたのか語ってもらいましょうか。勿論、私の策を聞いた上で言いたくないなどという戯言が通用するなどとは努々思わないことを。後ほど先程の策を講じてもよろしいのですから」

どうやらまだまだ僕が甘い、今現在僕は脅迫されているらしい、脅迫はそれ程覚えがない。

左右に視線を彷徨わせるも誰もいない、いや誰か居たところで、今追い詰められている僕と、追い詰めている子荻ちゃん、青年の僕と少女の子荻ちゃん、誰か居たほうが愉快じゃない展開が待っていそうだ、零崎あたりなら助っ人になるかもしれないが、肝心なところで現われやしない、使えないやつだ、自分が目立つ舞台が整わないと多分僕が殺されようと人を助けるような類ではないとはいえ、使えない、だけど誰か居たところでそこで策を使われたら、僕このマンションから出て行かないといけなくなる。

左右を見渡し僅かな間とはいえ黙り込む僕に子荻ちゃんは追及を緩める積もりも無いのも、その目を見れば、見たくもないけれど判り易過ぎる位に判る、助けて玖渚、助けて真心。

「さぁさぁ、悩む必要はありません。戯言でも嘘でもうわ言でも、お得意のように私を煙に巻いてみるのがいでしょう。私を避けた理由をもって。騙せるものなら騙して見せて下さいよ。お得意の戯言で私を騙せるものなら騙して下さい」

不敵に不遜に傲慢に、子荻ちゃんが僕に向かって言う。

万事休すか、正面きって戯言で煙に巻ける相手だろうか、姫ちゃんじゃあるまいし、みいこさんじゃあるまいし、早々僕の戯言に巻かれる相手でもない、まして疑い全開で此方を見ているんだから、向かい合って会話をしているのだから、難しいなんてもんじゃない。

「もう一つの策とやらを聞かせてくれたら教えて上げる」

どうやら、もう一つ、これは最低限だろうけど、策を用意しているようだ、もう一つの策との交換で話そうとする交換条件、子荻ちゃんがそれに乗る必然はないのだろうけど、苦し紛れの悪足掻き、戯言の介在する余地などないのだから、僅かな一手でも打ってみる。

どちらに転ぶかは完全な運任せと言うのが、僕としては怖いところだけど。

いや、運任せ以前か、結果は殆ど決まったようなもの。

「いいでしょう。私のもう一つの策をご披露いたしましょう。それで貴方は逃げていたことを話す。貴方が言い出したことです。嘘であったら先ほどの策を実行させていただきましょう。春日井さんに、三好さん、紫木に、七々見さん、彼女達に吹聴すれば・・・・・・・もう予想など効きません、被害の範囲などは知りません。貴方のことは調べています、策に嵌める相手のことなど事細かに重々仔細に調べさせていただいています」

くっ、あの魔女に悪女に快楽者、嘘だとわかっていても面白おかしく、愉快に愉悦のままに僕の社会性を壊してくれるだろう、子荻ちゃん面白過ぎる、本当に面白過ぎるよ。

子荻ちゃんを面前としてマンションの幾つもある談話室の一つで僕はじっとりと重苦しい、京都、いやこれは大阪でも同じだろうけど独特の初夏ですらねっとりとした空気に絡められて子荻ちゃんに見つめられている、京都の天候のせいではないのは重々承知だけど、このマンションは一日中快適な気温が保たれているのだから。

これは最早、この問いを僕が出すのが策の一つではなかったのかと疑ってしまう、いや僕ならば、どう相手が述べようとある程度は戯言の範囲で収めてしまう。

もう少し、想定するべきだった、僕ならばどうするか、そういう視点で子荻ちゃんの思考をなぞってみるべきだった、相手の目的が未定とはいえ、何が目的で僕を追い回していたのかすら判らない僕には彼女が何で僕を追及するのか判らないのだとはいえ、もう少し、己の事のように考えてみるべきだった、子荻ちゃんは人を追い詰めるのが生業なのだから。

「それではお話しましょう。もう一つの策、お気付きかもしれませんが、戯言遣いさん、貴方が交換条件であのような問いをすることすら私の策の一つです。幾重にも張り巡らした私の策の一つ、ものの見事に掛かってくれました、それとも判って見事にかかったのか。その判別は貴方と私では騙し合いですから判り様もありませんが。・・・・・・・お話します、戯言遣いさん、追いかけていた理由にもなるのですが、こういうことははっきり言うものなのでしょうが、策など弄さずに。そう考えるのが甘いのかもしれませんが、私には判別する基準が無い。私育った環境が環境なので、これから言う事に耐性がないのですよ、こういうまどろっこしい策しか使えない。策師というのも因果なものですね」

ねぇ、戯言遣いさん、そう話を振られても僕には何のことやら判らないのだけど。

さてさてどうしたものだろう、何のことやら見当もつかないが、空気が先程よりも絡みついてくるのは判る、この感覚は良くない傾向だろう、何も気配が読めると言うわけではないが、人の意識の持つ重圧ぐらいは感じるわけで、どうしたものだろう。

そもそも逃げていた理由も、逃げた理由も話しづらいが大層なものではない、話したいことではないが、どうしても話せないことと言うほどでもない、僕の悪足掻き等跳ね除けられたら話すつもりでいたのだ、これは計算外もいいところだ。

所詮、前に言った言葉が恥ずかしくて逃げていました、いい年の青年がこんな理由で逃げていたら、言い辛いってもんじゃないか、しかも途中で意地になっていたし。

うーん、やっぱり強情になるもんじゃない、人間素直が一番、最初に嘘をつくと最後まで嘘をつかないといけない、果てが無く、終わりを迎える時は碌な事が無い。

今日は完全に策に戯言が敗れたと言うことになるだろう、勝ち負けでもないし、負けたところでどうだというものだろう、でもしてやられた。

「そもそも策と言うものをこの手のことに使うべきではないと私は思うのですが、先ほども言った通りに因果なもので、何をするにも策を練ってしまう。貴方が不必要に戯言を撒き散らすように私は策を氾濫させてしまう、確かに下策、目的の為なら下策もいいところ、無闇やたらに策を打つことは下策としてやりはしませんが、考えるだけはしてしまう。本当に因果なものですよ、本当に。策を練る以前の問題の筈なのですから、愚かでもありますか。ですが、策を練って策を打つのが私の性分。そして私が策を弄するならば正真正銘正々堂々と真っ向から不意を討つ、それが策師の生き様です。先程は正真正銘正々堂々と真っ向から不意を討ちました。だから次も正真正銘正々堂々と真っ向から言いましょう、それしか私はやり方を知らないのですから。貴方を手に入れる策です、貴方を私のものにするための策です、貴方を私だけのものにする為の策戦です、それだけの為の策です。ふふっ、本当に因果な、こんなことを言うために私は策を巡らす、女は男を手に入れるのに策を弄するといいますが、私の策とは違うでしょう、ですが私の策としては相応しい。戯言遣いさん、正々堂々真っ向から不意を討たれたようですね。一応は私の策戦勝ちといったところでしょうか、意味はないですが。不意を討つ意味は無いのですが、やはり策で相手の不意を打つのは気分がいい。どんな気分ですか戯言遣いさん」

年相応、女子高生のように顔を真っ赤にしてそれでも朗々と、淡々と言葉を紡ぐ子荻ちゃんに正直圧倒された、真っ赤な顔で凝視されて気圧される、正しく正真正銘正々堂々と僕は不意を討たれてしまった。

言葉の意味が考えるまでもなく浸透する、この言葉ははぐらかせない、この言葉は騙せない、偽れない、誤魔化せない、欺けない、誤魔化せない、戯言では流せない、相手は萩原子荻、早々騙しが効くはずがなく、いや、僕が、今聴いた言葉自体が策だと考えることも・・・・・・・・・・・・・出来ない、あんな言葉は策ですらない、僕を手に入れるのが目的の策には策は不要だ、僕と言う存在を仔細に調べたと言った子荻ちゃんはそもそも僕にその手の策が通用しないことなど重々承知だろう。

結果など判りきっていただろう、少なくとも過去の僕を現在までつぶさに調べたのなら。

だが、もし、この二週間、捕らえられたのに捕らえない、現在の僕を観察していたら。

萩原子荻、正真正銘の策は、僕を弄する策じゃない、僕を捕らえる策、この欠陥製品、人間としてのまともな心すら逸してしまっている人間失格を手に入れる策。

「何で。僕を、こんな僕を手に入れたいのかな。それこそ君が欲しがるような人間じゃ」

声に動揺が溢れていることが自覚できる、はっきり言葉が震えている、確かに前の、以前子荻ちゃんと相対した僕なら、戯言で流してはぐらかして誤魔化して、他人の好意に敵意を返し、恋愛に泥を被せる、近づく人間には嘘をつく、戯言三昧。

子荻ちゃんが近づいてくる、頬を紅潮させたまま、長い綺麗な髪を揺らして、年相応の表情をして僕に近づいてくる、怖い、やはり他人の好意は怖い、みいこさんなら平気になっていた、玖渚ならば受け入れられた、真心ならば隔意などありはしない、崩子ちゃんに敵意など向けられない、でも子荻ちゃん、まともな会話など過去一日、そんな判らない人間は怖い、裏切られるくらいなら傷つけられるくらいなら、戯言で誤魔化して、突き放して近寄らせないと言うのが、以前の僕だ、以前の僕だが依然僕はまだ怖い。

僕はまだまだ他人がわからない存在が怖くて仕方ない。

子荻ちゃんはもう僕の目の前に立っていた、僕の対面に座っていた子荻ちゃんは手を伸ばせば届くところに立っている、それは彼女にとっての同じことで、唐突に抱き締められた。

「貴方は私が怖いのですか、戯言遣いさん」

的を射られた、的確に言い訳の仕様もなく、僕は打算のない好意がまだ怖い。

「何が怖いのかは判りません。貴方は私ではありません、私も貴方ではありません。でも貴方が欲しいといった言葉は変わりませんし変えません。貴方を手に入れるのならどのような策でも私は執りましょう、その為ならどんな手でも打ちましょう。先程の策とて貴方は大勢に好かれ過ぎている、私が手に入れるには困難なほど、私だけが捕らえるには困難なほど貴方は好かれている。ならば嫌われてしまえばいいと、貴方が誰からも嫌われてしまえばいいと思ったのは嘘ではないのですよ、その後で誰からも少なくとも他人の悪意に晒された貴方なら弄することも出来る。ふふっ、自分で思いついた策ではありますがなんて浅ましい、なんて醜い、なんて臆病な。・・・・・・・・・・貴方は私に似ていると言いました、自分で目的を選べず、私は目的に盲従すると、貴方は目的すら拒絶すると。そして私が高潔で無欲な気高い人間だと。・・・・・・・・・でも、それは以前の貴方でしょう、今の貴方ではない、今の貴方はそんな言葉を吐かないし今の貴方と昔の貴方とは違います。・・・・・・・・・ならばその評価くそ喰らえ。私も今の私となりましょう、よって今と昔の私は違います、目的を自分で取捨選択し、目的を己のものとし、無欲ではなく貪欲に、高潔ではなく浅ましく、気高くは無く当たり前の。そして、あの時の貴方の言葉が戯言だとは重々承知ですが。貴方は私を好みの女の子と言いました。胸が大きいなどという恥辱すら与えました、それすら貴方の戯言でしょうけど、貴方は私を女の子として扱いました。そして先程も私と似ている、それは私も同意見です、貴方と私は非常に良く似ている。同属を愛する、結構でしょう、それがどうしたと言うのです。突然ですか、あのしがない騙し合いの会話でしたけど、私は貴方が好きになりました。時間など関係は無いでしょう。そして、話を聞く限りでは今の貴方は更に好ましい・・・・・・・・・・・・・・・・さぁ、この私の策かもしれない言葉に詐欺師さん、真っ向から正真正銘正々堂々と不意を討って御覧なさい。不意を討たれて差し上げましょう。この戯言遣いと策師の不意打ち合戦、終わるものでもないでしょうが攻守交替といきましょう」

好意はまだ怖いけれど、抱き締められて判ったことがある、今僕はどちらにでも転べるのだ、今この瞬間萩原子荻を突き飛ばし、それとも戯言を遺憾なく発揮してはぐらかしてしまうこと、もう一つは真摯に、真面目に現実に向き合って、現実に向き合ったであろう子荻ちゃんの言葉に相対すること、簡単にて難解なる二択が目の前に用意されている、傷つけるか、向き直るか、僕にとっては究極に近い二者択一選択。

選ぶのは難しいな、難しい、この手の選択、そもそも選択として用意されるものなんかじゃ決してない。

「さぁ、不意を討ってください、戯言遣いさん」

抱きしめられている、触れ合っている子荻ちゃんの体が震えている、当たり前じゃないか、本気なら、女子高生が面と向かっての今の言葉、それも相手は劣悪極まる嘘吐きたる戯言遣い、彼女は本気だ、そんなものは当然のこと明全で当たり前、嘘で言える言葉なんかじゃなかった、身震いがするほど、本気の本気の本音の言葉。

綺麗な髪、そう意識して、触ったら怒るだろうとか何も考えずに、僕は髪を梳いていた。

僕の体を抱き締めている子荻ちゃんの体が震えるのが判る、綺麗な長い髪を梳いていく、風呂嫌いの玖渚の髪と違ってサラサラで手に馴染んで、気持ちがいい、僕は解答も何もしない中途半端な状態で暫くそうやっていた、ただ解答を引き延ばしている、臆病者の愛撫。

人の好意を真正面から正々堂々と受け取ることの出来ない、人を欺くことしかしなかった、愚か者が更に愚を重ねる時間稼ぎ、戯言ここに極まれり、戯言の使えない戯言遣い。

どう不意を討てと言う、何処に不意などがあるという、何も出来ない戯言遣いが狙う不意。

そんなもの在る筈が無い、策師の策に嵌っている、泥沼のように、絡みつくように、トラバサミのように食い込むように、策ですらない策に嵌っている。

不意を討つ、そんなことは・・・・・・・思いつかない訳でもないけど二者択一、今の子荻ちゃんならどんな風にでも不意を討たれてくれるだろう、不意が無いが不意をつける。

無防備過ぎる、隙どころか警戒をもしていない、不意は無いが不意は在る。

「ねぇ、子荻ちゃん。僕はろくでもないろくでなしだよ、人を人とも思えずに、愛情には憎悪を返し好意には敵意を返す、今まで裏切りを繰り返して、人を謀ってきた人間だ。人を傷つけずにはいられない、人を苦しめずにはいられない史上稀に見る、最悪だ。僕以上の最低などついぞみたこともない人類最低、それを当てはめるとしたら僕だろう」

「それは私とて同じことです。仲間を策の一部と考えて、私に忠義を尽くす人間を嵌め、情を利用し、罠を張る、人を謀り、身内の敗北すら策の内として目的を達する。貴方が最悪で最低ならば私は何なのでしょう、戯言遣いさん。差し詰め極悪と言ったところですか」

もう聞くのが辛い、震えている女の子を胸の内にしていられるほど僕は強くない、傍から見れば答えなどは決まっている、もう既に決している、とっくに決まっている。

「僕は本当に駄目な人間だ、愚かな人間だ、君のものになる価値などない人間だ、それでいいなら好きにするといい。戯言かどうかは君が判断してこのしがない戯言遣いを手に入れられるものなら手に入れて、御覧。・・・・・・・僕は子荻ちゃんのことは嫌いじゃないからさ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これも戯言かもしれないけど」

「では私の告白、貴方は策師の策と思わないのですか。今まで全て策かもしれませんよ」

抱きしめられたまま、髪を撫でたままの戯言と策戦、それでいいのだろうかとも思うけど、子荻ちゃんの抱き締める力が強くなった気がする、表情は僅かに見える程度だけど先ほどより真っ赤、そして笑っているのかもしれない、でも震えは収まっている。

「あれが策だというなら子荻ちゃんは稀代の詐欺師だ。戯言遣いの名前をあげよう」

「いりませんよ、私が策師で貴方が戯言遣い。それが調度いいと思います」

体から伝わってくる暖かさ、柔らかさ、手に伝わる気持ちよさ、でも殺されるかもしれない、動転しているから自覚がなかったけど、殺されるかもしれない。

あれで案外みいこさん激情家なのだ、浮気の一つや二つ、確かみいこさんもやらかした事がある筈だから、早々酷い目にあうこともないだろうけど、案外熱い人なのだ、案外情愛が深い人だ、やはりこの手の不義は謹んで置くべきだったろうか。

一応は僕とみいこさん周知の事実で恋愛関係だ、そのことは僕のことを調べたという子荻ちゃんも周知の事実だろうが。

どうも略奪愛でも何でもしてきそうな感じだ。

そして今の姿誰かに見られたら浮気現場というのに弁解は不可能だろう。

「誰か他の女ことを考えていますね。初恋の初心な少女と抱き合っている最中に」

不機嫌そうな声が聞こえた、何で女の子は一瞬で機嫌が変わるのだろう、抱きしめる力も何故か強くなってくるし、胸が、女子高生にしては大きい胸が、ダイレクトに感じられる。

そう言えば、案外短気だったかもしれない、子荻ちゃん。

「まぁいいでしょう。誰のことを考えようと、誰のことを想おうと、私は策師萩原子荻。一度定めた目的には狡知を持って精緻に入り、正真正銘正々堂々と策を弄して貴方を手に入れると言う目的完遂して御覧入れましょう。少々覚悟しておいて欲しいところです。近い未来に貴方は私のもの。逃げられるなど夢の端にも思わぬことですよ」

僕を放した子荻ちゃん、不敵に不遜に黒い笑みを浮かべている、怖いよ。





「さて、それはともかく、逃げ回っていた理由をお聞きしましょうか。戯言遣いさん」

うっ、覚えていた、あんな恥ずかしい、僕の主観だけど、の後なら誤魔化せていると想ったんだけど、と言うか既に僕は忘れ去っていたのに、忘れたかったのに。

成り行き上ここは忘れているのが正しい反応ってもんじゃないだろうか、有耶無耶にしてしまうのが、テンポのいい進みってもんじゃないか、だけど諦めが肝心かもしれない。

「この私にあれ程恥ずかしい、一世一代の言葉を告げることを条件に貴方は話すと言いました。確かに私の策、私の搦め手ではありますが。それと此れとは話は別。お話頂きます。思いを募らせた相手に逃げ回られて少々、少々は私も傷つきました、その理由ぐらいは知りたいところです。これ以上駄々を捏ねられるのなら」

ニヤリと哀川さんのような笑み、やっぱり赤色と通じるものがある、何で僕の周りの女の子は普通の子がいないんだろう、それだとなんかいいね、むいみちゃん普通で落ち着くし。

「また他の女のことを考えていませんでしたか、戯言遣いさん」

ニッコリと微笑まれた、案外嫉妬深い子荻ちゃん。

微笑みのまま携帯電話を取り出して、操作をしている、そして見せ付けるように目の前に。

“今、戯言遣いさんにレイプされそうになっています、哀川さん助けてください”。

「この文章が何故か請負人さんの携帯電話にボタン一つで送れるようです、世の中便利ですね。駆けつけてくる前に私は適当に自分の衣服を破り捨てて貴方の前でストリップをして差し上げましょう。因みに私、涙程度は自由自在です」





吐かされた、しかも笑われた、微妙に頬が染まっていた、可愛かった、疲れた。

何と無くの今の心情だ、だからと言って、不貞寝できる状況でもない、まだ、正面に萩原子荻、僕に好意を示した絶世の美少女が座っていた。

他人の前では眠るのは苦手だが、子荻ちゃん、今は子荻ちゃんの前で眠れるだろうか。

「さて、お話は変わりますが。戯言遣いさん、お話しなければならないことがあります。これは聞くものを選択する、知る者を選択する類、誰彼構わず話していい類の話ではない。私はそう判断してお話します。これからの内容、零崎よりも請負人さんよりも玖渚さんよりもなお、貴方が適任だから、貴方がそう“物語”の主核足りえると私が判断し、お話します。一筋縄ではいきはしない、それこそ戯言遣いと策師の私、共同戦線が必要なほど」

物騒な話だ、僕はともかく子荻ちゃんが自分一人では足りない、敗北すら布石とする、僕の知る限り最も用意周到、赤色に対してさえ付け込む隙はある、不意を討つことなど出来ないわけは無いと言い切った子荻ちゃん、それ程厄介な相手、それ程慎重になる情報。

神理楽ルール、日本のER3に繋がりがあり、檻神の末たる子荻ちゃん、確かに情報と言う点ではそれなりのものを持っている筈だ、そして情報の収集と言う点では、その場その場を誤魔化す戯言遣いたる僕よりも重んじる、そんな彼女が共同戦線。

ティーカップに淹れられた、淹れたのは子荻ちゃん、ハーブティーを飲みながら、子荻ちゃんは僕を見る、先ほどの女子高生の顔ではなく策師の顔、時と場合と事と次第、TPOを弁えて、剣呑なる表情、冗談ではなく真剣一途、和みなど一欠けらもなく。

さてさて、冗談でもないだろう、確かに僕らは戦いに身を落とし、その渦中でいるのは正真正銘の状態だ、だが今までは僕が早々出張る必要もなく、子荻ちゃんは静観を決め込んでいた、追いかけっこに興じるほどに余裕に溢れていた。

つまりは今日捕まったと言うことは、つい最近仕入れたと言う情報と言うわけか、最早是非がない、もしかしたら是非がないほうがついでだったのかもしれないけど。

額から汗が出る、冷や汗だ、子荻ちゃん一人では手に余る、そんな事態になっていたとは、こちらの全戦力、いまだ静観を決め込んでいる面子を見ても楽勝ムードでいけると想っていた、正直油断していた、甘く見ていた、人類最強に蒼いサヴァン、零崎に、魔術師、人外魔境もいいところ、そんな中だから、守ることなら容易いと感じていた。

だけど、これは守ることすら、危険があるということだろうか。

子荻ちゃんと僕が策と戯言を弄さねばならない相手が出張ってきたということだろうか。

こちらに人類最強がいることを承知で、殺し名最悪が名を連ねていることを判りきって策師が判断して、僕らも真剣に参戦しなければならない事態だということか。

哀川潤だけでなく、子荻ちゃんまでもが知を弄さなければ、場合によっては他にも参戦。

それは穏やかな話じゃない、恐らく、子荻ちゃんは堅実なタイプだ、だがそれ程危険を過剰評価するタイプでもない、自分が出張らなければならない事態、そして僕がそれと対抗するのに組するのが適役と判断して、話を持ちかけた、さっきの恋愛話とは遠いけれど、これもなかなか厄介な話だろう、穏やかならざる話だ。

いや、僕の人生穏やかだった試しは早々ないから、これも何時もの事だろうか。

この度の争い、零崎と玖渚が張り切っていたのだけど、こここうなると僕も静観を決め込んでいる訳にもいかない、危険が及ぼうと言うのなら、それが僕に防げると言うのなら。

僕が出張るしかないと言うわけか。

戯言と策、暴力ではなく、言葉や駆け引きそんなものが必要な事態、零崎の強引過ぎるやり方でも、玖渚の力を使ったやり方でもなく、策戦が必要、相手は誰だろう、子荻ちゃん僕を指名しなければ為らないと想う相手など。

黙考を続ける僕を眺めながらお茶を楽しんでいる子荻ちゃん、真剣になってはいるが緊張はしていない、そんな姿を見ると無性に安心できる、そんな姿で安心できる、こう感じるならば相棒としては子荻ちゃん僕に適役なのかもしれない。

口に出していったら大喜びされるかもしれない、口に出さないけど。

「中々剣呑な話じゃないか。僕が出張ると言うことをご指名なのが気に掛かるけれど。のうのうとぼんやりしていたらココも安全ではなさそうになっていると解釈していいのかな。これは過剰な認識じゃあないと思うけど。零崎、闇口、匂宮、石凪、哀川さん。これだけでも早々足る面子だよ。確かに皆が皆守ることなんて考えてもいない面子だけど」

僕が、言葉に出してみる、先ほど、それでも駄目かもしれないと考えたけど、確認しておこう、今ここを真正面から切り崩すことが出来る面子なんて思いも浮かばない。

正直言って、負けることは悪夢でも見ようがない。

それだけの人間がいる、化け物がいる、果てのない連中が蔓延っている、現代を彩る化け物屋敷と言われれば僕は一瞬の躊躇いも遠慮もなく自分の仲間がいるここを指す。

「相手の一人は闇口濡衣です」

頭を殴られた気がした、比喩ではなく本気で、脳髄が掻き回されるような衝撃が頭に響く、その名前は、その名前は、あの男に繋がる名前、いやあの男に繋がらなくても闇口濡衣単体でさえ恐るべき相手、油断や安全など既に一切と保障されていない。

あの暗殺者、誰にも姿を見られることなく、誰の目にも留まることなく、殺人を続ける暗殺兵、存在だけならば正面きって戦いを挑んでくる零崎のほうが取り組みやすい。

「他に時宮時刻、奇野頼知、右下るれろ、天吹音祢禰、澪標深空、澪標海。私の情報網で探り出せたのはこの程度のものでしょうか。都合七名、ですが油断ならない七名です、殺し名に呪い名、暗殺者に、人形師。荘厳と言えるほどの面子です。そしてこの七人、他にもいるのかもしれませんが。率いている男・・・・」

僕は手を翳して子荻ちゃんの言葉を止めた、それ以上は聴きたくない、もう判っている、あえて聞く必要すらない、現実逃避ではなく認識拒否でもなく、あの男の登場を認めて聞きたくない、これから関わるであろうあの男、狐の面を被った人類最悪、本当の意味での最悪、一度は勝利した、痛みわけというのが的確かもしれないが、引いてくれた、確かにまだ決着がついたわけでも、二度と会わないとも、また縁があるかもな、とも言われた。

金輪際関わりも縁も持ちたくは無いと思ってはいたが、どうやらまだ縁が残っていたようだ、覚悟を決めなければ為らないか、覚悟が必要な相手だ。

多少知らない名前もあるが、どれもこれも油断ならないと考えて問題ない。

確かにあの男の相手は僕が適役だ、他の誰にも譲れない、他の誰にも務まらない、それに子荻ちゃん、相棒とするにはこれ以上心強い相手はいないだろう、これ以上頼もしい相手はいないだろう、人類最悪、戦うにしては戦いなど望みの欠片も抱きたくはないが。

そんなことはあの男は構うまい、僕との再戦、戦いの意味があると踏んでやってくるのだ、容赦も遠慮も躊躇いもなく挑んでくるに違いない、油断も何もかもこちらが持っているようでは、あの男のこと、痛みわけどころか、その程度では済まない可能性のほうが遥かに。

高い。

震えが来る、怖い、あの男は怖い、怖い、怖い、怖い、あの最悪は零崎以上、僕にとって零崎は最悪なんかじゃあない、僕にとってはあの人類最悪こそが最悪だ。

人類最強が僕の強さのシンボルならば、あの人類最悪は恐怖のシンボルだ、また向かい合わなければならない、あの最悪と、あの恐怖と、ただでは済まない戦い。

本気になるしかない、僕をどうしようとするのか判らないがあの男が敵になるそれだけで本気になるには十分すぎる、誰かに投げることは出来ない、誰かに投げて逃げを打つことなど、許されない、あの男も許すまい、僕が相手をするしかない。

「この情報は、今、私は参加してはいませんでしたが、貴方方が一度は訪れ敵対を明確にした日本に巣食う、いや世界に根付く癌細胞、国連特務機関ネルフの中よりの情報です。檻神経由の情報、中で不審な動きをする者がいると、中で変わった者がいると、まるで以前からいたかのように堂々と、然も当然であるかのように当たり前に、突然現れた。そして、私は貴方のことを仔細もらさず調べ上げました、私が知る以上に貴方の事を知っているのは玖渚さんくらい。その私がこの情報を入手して貴方に話を持ちかけました。貴方が適任でしょうから。貴方とこの男狐の面を被った男とは何かしらの、そう“因縁”があるのでしょう。故に私の共闘者は貴方しか在り得ない」

「あるよ。確かに僕に因縁がある、いや僕にしかその因縁が成立しない、他にも縁があるのはいるだろうけど、あの男が望んで縁を持とうとするのは僕だろう。そうなるのが因果、そうなるのが当たり前、そうなることが決まり事。そう言った類で僕との縁がある」

認めよう、因縁、因果、運命、必然、物語、それに類する彼是、あの男と僕の間にあるはずの彼是、認めて、殺して解して並べて揃えて晒してやろう。

今度こそ決着をつけよう、今度こそ御仕舞いだ、今度こそケリを、終末を描こう、僕の戯言どこまで通用するかは疑わしいが、一度は退けた戯言三昧、それに加えて、首吊りハイスクール、いや日本でも相当油断ならない策の筆頭と共闘する策戦、今度こそ因果も因縁も運命も必然も物語も揃って殺して解して並べて揃えて晒してやろう。

「子荻ちゃん。物騒な展開になるだろうけど頼りにしているよ。心から」

「私も貴方を頼りにしていますよ。戯言遣いにて詐欺師さん。ですが、私を信頼し、怖がらないようになったようですね。私を内へと受け入れたようですね。これにてこの度の私の策戦完了、全てが私の策の内とは言いませんが。貴方が私を認めるならば策の内。私はこれから貴方の相棒です。末永くよろしくお願いします。出来れば永劫へと貴方が私を望む展開を渇望いたします。渇望するよりは私は私の策で手にいれますが」

子荻ちゃんは、策師と女子高生の顔が混在した顔で僕に微笑みかけた、不覚にも心が揺らめいてしまった、これは覚悟して、二股する覚悟をしなければ為らないな、今まで僕には不要な覚悟だとは思っていたけれど、どうも本気でこの娘、可愛いかもしれない。

うーん、物騒な展開なのに微妙に心トキメク、殺されるスリリングさを持ち合わせてはいるけれど、でもなんだろう期待感とともに浮かび上がるとてつもない不安感、何か致命的に間違えているような、致命的に逸しているような、そんな予感が。





何で僕の周りでは致命的なまでに逸した人間ばかりが集まるのだろう、いやこんなことを思い悩むより、もとより、以前から、僕自身が逸していることを認めてしまい、受け入れてしまえば楽になるのだろうか、いっそのこと狂ってしまえば。

もしかしたらこんなことを真剣に思い悩んでいる時点で狂っているようなものなのかもしれない、狂ってなお理性を保っている、狂いすぎてしまえば楽なものなのに。

だが、楽とか笑っていられるとか言える状況などではない、正真正銘絶体絶命の直前。

戦うことも参戦することも決めたが、それでもこれほど早く襲ってくるだろうか、そもそも狐さん、僕を力技でどうこうしようなどとは思ってはいない筈だと高を括っていた。

暢気に子荻ちゃんと夕食を相棒結成祝いにご馳走しようとしたのが間違いだったか、やっぱり浮気って罪深いのかもしれない、浮気と言えるほどのこともしていないけど早速ろくでもない目に合っていることだし、やはり控えたほうがいいのかも。

それともただ単に僕の運が悪いのだろうか。

「はぁつ、はぁっ、戯言遣いさん。どうしますか。私の戦闘力では到底太刀打ち出来ません。もとより私は策が専門。私の体術程度が知れています。だけど逃げ回ることでは策は成り立ちません。戯言も通用しないでしょう。あれが澪標姉妹、匂宮分家、貴方の言う通りに殉教者というならば、そして貴方の首を取ることが狙いなら。戯言も私の策も通用いたしません。そもそも、こんな事態想定していない」

僕も想定していない、というか予想できない、本当に狐さんの指示で動いているのか、相手を僕に定めているのに、真っ先に僕を消そうとしている、辻褄が合わない、でもこの姉妹確か良く暴走するっけ、殉教者、とりもなおさず狂信者というわけだ。

性質がわりぃ。

狐さん、そういえば部下の手綱なんてとるタイプでもないか、そうなると敵だとでもいって、そのまま敵として突っ込むのを予想せずに放置したのか。

ありそうな話だ、本当に放置プレイを素で行うような、指揮などとは遠く離れている、良くそれで十三階段なんて作ろうと思ったものだ、手綱もとる気が無いのに。

最低限、戦いみたいな行動の統率ぐらい取れ、狐さん。

後ろを追いかけてくる二人の影、左右逆に追いかけてくる二人の少女、法衣姿、闇に混じってしまうような黒い法衣姿、誘導されるように逃げ込んでしまった公園の中では浮く格好だろうが、追い詰められている現在ではそんなことは関係ない。

「子荻ちゃん!!」

追い詰められた、いや追い込まれた、もともとこの場所におびき寄せるかのように誰もいないところに、それでも僕が狙いならば、僕を狙わせてやるしかない、ぼくより強いと言っても子荻ちゃんですら適わない、殺し名の末、それだけで常軌を逸している。

それに、僕も早々体力に自信が無いわけでもないが、僕よりも体を鍛えている子荻ちゃん、彼女の息が上がっているのに、僕の足が不調を訴えていないわけも無い。

いつまでも逃げていても、埒が明かない、悪戯に体力を消費してしまう。

足を停止させて振り返る、僕と子荻ちゃんは息を荒げていると言うのに澪標姉妹は息すら乱していない、いつでも追いつけて、追いつかなかったと言うわけか、いつでも殺せて、殺さなかったと言うわけか−ならば付け込む油断はある、隙は不意は存在する。

そんな考えを巡らし、辛うじて言葉を繰り出す。

「なんで。僕を追い詰める。狐さんの命令か」

問いに、姉妹は同じ内容を順繰りに答える、繰り返し、壊れたステレオのように。

「愚問だ。狐さんの為に動かない筈がない」「愚問だ。狐さんの為に動かない筈がない」

「だが、狐さんの命令ではない」「だが、狐さんの命令ではない」

「邪魔者を始末する。それが当然だ」「邪魔者を始末する。それが当然だ」

「萩原子荻。お前は狐さんの計画に大いに邪魔だ。故に退場してもらう」
「萩原子荻。お前は狐さんの計画に大いに邪魔だ。故に退場してもらう」

「いーちゃん。お前は捨て置く」「いーちゃん。お前は捨て置く」

「口惜しいが、お前は狐さんの獲物だ」「口惜しいがお前は狐さんの獲物だ」

「だが邪魔するならば、容赦はしない」「だが邪魔するならば、容赦はしない」

どういうことだ、僕じゃなくて子荻ちゃん、子荻ちゃんが標的、それも命令じゃない。

つまりはやはり勝手に動いている、十三階段の二人が勝手に動いている、狐さんの命令無し、そして恐らくは、狐さんの為に勝手に動いている、彼女達から見て邪魔者の萩原子荻。

どうするべきか、今の僕たちじゃ逃げられない、基本が違う、末席とはいえ、半人前と呼ばれる程度であれ、殺し名、僕達二人が相手をするには手が余るなんて話じゃない、1人ですら手に余る、僕達は二人ともが戦いを専門にしていない、しかも予期していない。

二人の少女の持つ錫杖が迫る、何時の間にか目の前に、僕の後ろにいる子荻ちゃん目掛けて、僕は咄嗟に右側に飛びついた、寸前でかわされたが、それでも子荻ちゃんには一人が向かっている、一対一だからと言って子荻ちゃんがただで済む筈が。

子荻ちゃんの方から音がしない、振り向くと。

「邪魔をしたな」「邪魔をしたな」

僕を睨みつけて、異口同音に囁かれる言葉、いつの間にか、僕が突き飛ばそうとした相手も僕の前にいる、子荻ちゃんに向かっていたはずの相手すら僕の前にいる。

「邪魔をするならば容赦はしないと言った」「邪魔をするならば容赦はしないと言った」

醜悪に頬を歪めて醜悪に頬を歪めて深空ちゃんは微笑む、澪標ちゃんは微笑む、どちらがどちらだとは判らないけれど、どちらもまったく同じ表情で笑っている、澪標姉妹が笑う。

僕はなんとか、子荻ちゃんの前に立ち塞がる、策を弄する子荻ちゃん、僕を好きだと言っても勝機が見えねば僕を餌として逃げの策を打つだろう、彼女ら相手に僕程度、壁にすらならないだろうけど、逃げる時間が稼げるかもしれない、狙いは僕だ。

「僕はいーちゃんお前が嫌いだ、お前は狐さんを侮辱する。この世から消去りたいほどだ」
「僕はいーちゃんお前が嫌いだ、お前は狐さんを侮辱する。この世から消去りたいほどだ」

それに、どうやら、嫌な風に好かれてしまっているらしい、もしかしたら一撃で殺さない方向で僕と相対してくれるのかも、それならば此方としても望むところだろう。

「邪魔をされたなら殺さなければ為らない」「邪魔をされたなら殺さなければ為らない」

だから殺す、この言葉だけは同時に発せられ、襲い掛かってくる。

絶体絶命だ、この場を切り抜ける手段など、この場を切り抜けるやり方など、僕の手の内には存在しない、直接的暴力、その技術は一般人に毛が生えたようなものだ。

だがやはり標的は僕、いや両方、僕が死ねば次は子荻ちゃん、為らば死ぬ訳にはいかない、時間を稼ぎ、何となるのかどうかは未知数だけど悪あがきをしないよりは。

だが、絶体絶命であることには変わらない、それに子荻ちゃんは僕にしか伝えていないと言った、詰まりは僕たち二人を除いてあの男が動いていることなど知りはしないと言うことだ、標的である僕が死ねば手を引く可能性もあるが、今回僕だけが標的だと思い込むのは早計、まだ他の打算を巡らせているのかもしれない、やはり子荻ちゃんは逃がさないと。

二人の同一の、まったく時間的な差異のない同時攻撃。

避けられない、当たる、目にも留まらないはずの攻撃に対して感で僕は咄嗟に腕を掲げ、後ろに跳んだ、ダンダンッと音が聞こえて、腕に衝撃が走って、後ろに吹き飛ばされ地面に叩きつけられた、その後同じよう音が十四回。

腕と背中が酷く痛む、意識が朦朧とする、それでもさっきの音は銃声のように聞こえたけど、音の発生場所を探すように首だけを動かして探す、正直起き上がれそうにない。

首だけを動かして周囲を観察する。

「このまま大人しく。私が、この私が、私も相棒も易々とやらせるとお思いですか。二流の殺し屋、策を弄する私は正面からの戦いは得手としませんが、出来ないと言うわけでは決してない。油断など、殺し名を冠するならば瑣末の如くするべきではないでしょうに。所詮は二流といったところですか。少なくとも貴方方はこの場に私がいるのに。この場に戯言遣いがいるのに注意を怠りました。倒すまでには至らずとも程度が知れるというもの」

首だけ動かして見た先には、拳銃を両手に下げて無表情に微笑む子荻ちゃん、下げているのはベレッタか、僕が攻撃を受けるのを好機として、攻勢に転じた。

それにしても二兆拳銃、もしかして子荻ちゃん射撃は得意だったりするのだろうか。

あれは映画では良く見るけど、当てるとなる以前、打つだけでも女の子のリストの力では相当に難しいはずだ、それほど大柄ではない子荻ちゃんが撃つには少々無理がある。

故に切り札、攻勢に転じたというのかもしれない。

今まで、逃げていたのも、僕の後ろに隠れるように回り込んだのも、布石、相手を油断させる為の策の一つというわけか、確かに僕もワザとらしく彼女を庇う素振りは見せていたけど、そして彼女が狡知に長けた策師として知られている、その自分の評価模索の内、相手に自分が逃げるだろうと判断させる為の、もしかしたら僕の見えないところで逃げる準備くらいは見せていたのか、更に相手が嵌る様に、嵌る様に。

「やってくれたな」「やってくれたな」

奇襲の一つで倒されるほど殺し名も甘くはないと言った所か、後ろで二人が起き上がる気配、首を回すと、怒りに表情を染めた二人が体の彼方此方を朱に染めて、子荻ちゃんを睨みつけていた、まるで深い泥のような拘泥とした暗い眼。

体の彼方此方に銃弾を掠らせ、数発はその身で受け止めたのだろう、出血は酷い。

「確かに油断していた。このような攻撃を喰らうなど恥もいい所、恥晒しもいい所だ」
「確かに油断していた。このような攻撃を喰らうなど恥もいい所、恥晒しもいい所だ」

「だが、殺されてはいない」「だが、殺されてはいない」

「戦えないわけでもない」「戦えないわけでもない」

「そして恥は拭わなくては為らない」「そして恥は拭わなくては為らない」

「もう油断もない。果断なく殺してくれる」「もう油断もない、果断なく殺してくれる」

そして、二人同時に、怪我などまるで問題ではないと言う動きで僕と子荻ちゃんに同時に、初めて二人の動きが均一から外れて迫り来る、一人ずつ仕留める気か。

再び銃声が響くが、子荻ちゃんが再装填して撃っているのだろうが、当たらない、面白いように当たらない、だが回避の分、血が飛び散って、やはり無傷ではないか。

「無駄だ。その程度の腕で捉えられない」「無駄だ。その程度の腕で捉えられない」

「最早不意打ちで無い以上喰らうものか」「最早不意打ちで無い以上喰らうものか」

「家桜――」「――端敵」「退隠――」「――柴車」「彫板――」「――泥眼」

迫り来る攻撃、眼にも留まらぬとはこのことだ、だが眼は閉じない、結果だけを待ち受ける、結果は来なかった、首を回して見ても子荻ちゃんの方にも結果はきていない。

僕の目の前に、顔面刺青、三日月を重ね合わせたような、狂ったような顔面刺青僕の目の前に、ポケットに手を突っ込んで立っていた。

僕に向かっていた殺し屋は子荻ちゃんと同じ首吊り高校の制服姿、多少奇抜なアレンジが加えられてはいるが、殺し屋の一撃を体躯似合わぬナイフで受け止めている。

子荻ちゃんに向かっていた殺し屋は、麦藁帽子に華奢な体躯、ノースリーブの白シャツに、ぼろぼろだぼだぼのズボン、やっぱりぼろぼろのタオルを首にかけた青年、威容で異様な釘バットを構えて一撃を受け止めている。

でも僕の目の前にいるのは、やはりこの男出待ちをしていたんじゃないのかと疑いたくなるが、と言うか絶対に絶妙のタイミングで出て来ようと思っていたんじゃないか。

「・・・・・・・・・・遅いんだよ。殺人鬼、僕が危険になったら飛んでやってこい」

「悪い悪い、じゃねぇよ。なんで偉そうなんだよ。いつもの如く助けてやったんだ、感謝の句ぐらい百万と述べるもんだと思うぜ。なりたくもないが正しく俺はお前のナイト様だ」

「一週間もどこ行っていた」

「んにゃ。兄貴に頼まれてな。別の兄貴を探してた。自宅持ってるくせに、いねぇから探すのに滅茶苦茶苦労して一週間も掛かった。あのお嬢ちゃんは全然役にたたねぇし」

ふん、玉藻ちゃんと一緒に旅をしてたのか、何か奇妙なコンビだけど得物は揃っているな、中々奇抜なコンビ、誰が選んだんだろう。

「くっ」「くっ」

ナイフに受け止められた殺し屋が、苦しげに呻く、釘バットに止められた殺し屋が苦しげに呻く、満身創痍だ、もう、余裕がないのか、苦しげながら二人が叫ぶ。

「お前たちは―何者だ!!」「お前たちは―何者だ!!」

「あん。奇抜な服装で愉快な状態じゃねぇか。尼さんみたいな格好で男と追い詰めてっし。欠陥製品、知り合いか。駄目だぜ友達は選ばないと落ちぶれる一方だ。もう落ちぶれてたような気もすんけどよ。そこで踏みとどまる努力を忘れたら終わりだぜ」

怒声を受けても人識、まるで意に介さない、僕と向き直ったままだ、他の二人も沈黙のまま拮抗している、いや、澪標姉妹、二人の状況を考えると拮抗させてやっているのか。

「何者だと聞いている。答えろ」「何者だと聞いている。答えろ」

「ああん。ステレオで言ってきやがって。先ず自分の名前を名乗るのが世の習いって学校の先生に習わなかったか。まぁ、俺たち見たいので学校行ってんのって奇特らしいけど」

まるで、意に介さない、その不遜さは見習いたいところだ、見習っても問題か。

「零崎人識。覚えとけよこんなにキュートでかっちょいい殺人鬼他にはいないぜぇ」

「ゆら〜り。ゆら〜り」

「西条。名前ぐらい名乗ってやりなさいな」

答えそうにない玉藻ちゃんに子荻ちゃんが突っ込んでる、案外突っ込みキャラだったの子荻ちゃん、新たな一面だよ、でも子荻ちゃんこの事態驚いていない、幾らなんでも策の枠外、都合のいい展開に過ぎないはずなんだが。

動揺を見せるべきではない場面だと判断したのかな、もう、動揺しても大丈夫だと思うけど、まぁ、冷静さを保ってブラフを打つのも彼女にとっては何時も通り、か。

「何、態々名乗ってるっちゃよ。大体なんで俺様が正義のヒーローみたいな役割、似合うと思ってるっちゃか。似合うってんならお前の目は腐ってるっちゃよ。と、兄ちゃん、俺様は零崎軋識っちゃよ。初めましてっちゃが、何と無く初めましてな気がしないっちゃね」

名前いってるよなぁ、と考えてる間に、拮抗が崩れた、二人して同じように力を込めてその反動で後ろに飛ぶ、押し付けようとした力を反対に使われた形だ、満身創痍の体でよくやるもんだ、二流と謗られていたけど殺し名の末席。

「かはははははー」

愉快そうに笑う人識、その目は深く、深く、深く、深く、深く、深く、深く、深い、どこまでも深く、闇を刻み込んだかのように深い眼、神を使い込んだかのように、罪深い眼、零崎の申し子、零崎人識、殺し合いの場にて笑いが似合う殺人鬼。

「やれやれ、いやいや全く、俺の登場シーンを盛り上げてくれる為に毎度毎度殺されそうになってくれるなんて、有難くって泣けてくるぜ。ちなみにお前は正真正銘の馬鹿だろ」

「早々、出番の少ない脇役を少しでも盛り立ててやらなくちゃってこっちはいちいち大変なんだよ。だからへらへらしてねーでもっと神妙に感謝して欲しいね。ついでに馬鹿はお前だ、馬鹿に馬鹿と言われたくないぞ、馬鹿」

「ま、先週も死にそうって感じじゃ、似たようなものか。ストレスか暴力かの違いしかねーし。女の子絡みってのも変わりない。ほとほと女運ないのな、お前」

「それについちゃ否定はしないけどね。でも女運じゃなくて巡りが悪いと思うぞ。お前と巡っているだけで最悪の運の悪さだ。此れを否定する要素はあるか」

「かはは、違いない。僕もお前と会ったのは最悪の遭遇だ、それを考えるとお前と僕は運が悪いってところでも似たもの同士ってか。やめてくれよ。本当に同一みたいじゃねーか」

「こっちの台詞だ」

因みに、僕、倒れたままで零崎と言い合いをしていたりする、何と無く、多分、ちょっぴり、恐らく、情けない様子だ、横になってたら何と無く敗者の戯言みたいな位置関係。

で、視線を向けると澪標姉妹、先程より体を朱に染めて、此方を睨みつけていた、だが睨みつけるだけだ、睨みつけるだけだ、何もしてこない、何もしてこない、見つめているのは、見つめているのは、一人だけ、一人だけ。

「貴様がここにいるなど情報に無い」「貴様がここにいるなど情報に無い」

零崎が兄貴と言っていた零崎軋識、一人に注目している、見た目田舎の優しそうなお兄さんって感じなんだけど、勿論釘バットはデフォルトで無視するとして。

「シームレスバイアス等相手をするには些か分が悪い。僕は自分の力を知っている」
「シームレスバイアス等相手をするには些か分が悪い。僕は自分の力を知っている」

脱兎のごとく逃げ出した、何の躊躇いも無く逃げ出した、いっそ見事と言ってもいい逃げっぷり、怪我を思わせない俊足で、怪我を感じさせない身軽さで踵を返す。

踵を返すが、早々逃げられる面子でもないだろう、人識はニヤニヤ笑って、いまだにポケットに手を突っ込んでいるし玉藻ちゃんは何を考えているのか判らない感じでユラユラしているけど、此れを思うと此方も指揮って言葉からはかけ離れてるなぁ。

「一度手に入れた優勢、此方が逃がすと思いますか。二流と言え殺し名。この手の行為策にもならぬでしょうが、後々の害のためには今消えてもらいます」

子荻ちゃんが銃を背中目掛けて連射する、容赦も躊躇いも無く逃走する二人を狙っている。

だが、どういう身体能力をしているのか、回避動作を取ってかわす、いつも思うんだが殺し名の連中は本当に弾丸が見えているのだろうか、それは少し化け物染みている。

そして何より、背走しだした瞬間に同じように飛び出したシームレスバイアスと呼ばれた、零崎、殆ど等速で追走するように追っていっている。

いや銃撃の分だけ、こちらが早い。

「あん。兄貴も熱心なこった。直接俺等が狙われたわけでもないってのに。自分が一撃を防いだ時点で抹殺対象かよ。ま、一番殺すのに関しちゃ熱心だったからなぁ」

そんな風に人識が呟いて、未だに辿り着いてはいないようだけど、零崎と分家、恐らくはあの怖がりよう、あの人がいるから真っ先に逃げを打ったとみていい、その当人が追っているのだ、もう此方に危険は無いか、あの二人が殺されるかも知れないけど、僕も以前のように甘くはない、身内が殺されるくらいなら、敵を切り捨てるぐらいは出来るようになっている、殺してくれるのなら狐さんの実働部隊、その二人が今の時点で落ちたと言うことだ。

さて、僕も起き上がらなけりゃいけない所だけど、体の痛み洒落にならない、二人同時に攻撃を食らったのだ、幾ら子荻ちゃんの銃撃で力の入っていない一撃だったとはいえ、腕は砕けているな、こりゃ。

気が緩むと、意識が、曖昧に、まぁ、いいか、もう大丈夫だろう、それに最初から僕ができることなんて早々に無い、意識を手放してもこの場に人識と子荻ちゃんがいるのなら。

問題ないか、そう思って僕の意識は暗転した。





気が付いたらベッドの上だった、気が付いたら病院のベッドの上だった、両手にギプスを嵌められて相変わらず、既に常連客と化している病院のベッドの上で寝ていた。

でも、両手が砕けたと思ったけど本当に砕けたのだろうか、骨折程度だったら直りが早いだろうからいいだろうけど粉砕骨折となると、些か時間がかかるだろう、それに両手となると暫く食事にも着替えにも入浴にも、日常生活の殆どに支障をきたしてしまう。

さて、困ったことになったな、貯金でも崩して介護してくれる人でも雇うか、まぁ、ひかりさんとか介護のほうもできそうだけど女性だ、僕としても世話を焼かせるのは心苦しいし、本当にどうしたものだろう。

このままマンションのほうに戻っても医者のほうには困らないだろうし、いや、確実に歓迎されてしまうかも、絵本さん、怪我している人は見ていられないとは言っていたけれど、あの人はあれで怪我人の治療や病人と接することで自己の必要性を認識している人だから、執念を見せてくれる勢いで治療をしてくれそうだ、腕のほうは死者すら蘇らせる医者絵本園木、腕前に抜かりは無いだろう、任せるのに不安を覚えたりするけど。

退院、許されたらだけど、もしお見舞いに来られたら、やっぱり私は役立たずですとか言って泣きかねない、なんとか早急に退院しないといけないのか。

と、思い悩んでいると、凄まじい勢いで個室のドアが開けられて誰かが入ってくる。

「きゃっほ〜い。るるる〜ん」

らぶみさんだった、相変わらずのハイテンション、絶対入院患者に優しくない白衣の天使。

久し振りの入院だったんだけど、僕の担当看護師ってらぶみさんで決まっているのだろうか、何故か担当に当たる確率に作為的なものを感じてしまう高確率、詰まりは全部が全部何かしらでらぶみさんは僕の担当になってるんだけど、そう考える不幸なのかもしれない、不良看護師形梨らぶみ、原因は不良だからか。

「いーいー、久しぶり。白衣の天使、らぶみさんだ」

「お久し振りです。らぶみさん」

一応挨拶をしてくれたのだから、挨拶を返すのが礼儀と言うものだ。

「朝食だ。食え。いーいーの大好物の病院食」

病院食を突き出された、見た目普通、病院食なのだから当たり前だけど、奇抜な病院食というのも、考えては見たが嫌だ、こんなものは給食と同じで飽きない程度で普通がいい。

味気ないのは確かだけど、それすら慣れてしまっているのだし。

鴉の濡場島、もし足を運ぶことがあるとして、今度帰ってきて入院した時は苦痛かもしれない、あそこは弥生さんがいるから。

因みにメニューはパン、コンソメスープ、ジャム、サラダ、牛乳、ヨーグルト、なんか典型もいいところだ、味気ない病院の味は既に慣れきってしまっているから問題ないけど。

とは言え、両手が塞がっている訳で、両手を最低でも折れているわけで、その為両手がガチガチにギプスで固めているわけで、有態に言えば、まともに一人で食事をとるのが不可能だったりする、考えるまでも無いことだろうけど。

そして、僕の目の前にいるのは看護師さんなわけで、看護師さんのお仕事は入院患者の食事補助、食事介助か、も含まれているはずだ、らぶみさんがする所を想像も出来ないけど。

「どうやって、食べろと」

聞いてみた。

らぶみさんは一瞬、はて、と質問が判らないような顔をして、僕を見て朝食を見て、僕を見て朝食を見て、僕を見て朝食を見て、三度往復して、表情を変えずに。

「犬食い」

職務放棄を清々しいまでの当たり前の表情で言いやがった、この不良看護師。

「食べさして下さいよ。らぶみさん」

「金を寄越せ」

今度は間髪を入れずに言い返しやがった、しかも金銭を要求しますか。

「お仕事でしょうに。僕の手、此れなんですからしようがないでしょう。と言うかまともに働け、不真面目看護師。こっちはちゃんと国民健康保険も入院費も払っている」

「けっ。フラグ立ててもしょうがない奴に傍目ラブラブな展開しょうがないっての」

それが本音か、それでもそんな理由で拒否されたくない、仕事しろ。

「師長さんにチクリますよ。らぶみさん」

一応、脅しをかけてみる、此れは脅迫じゃないとは思うけど、つーか権利の主張。

「いーいー。らぶみさんを脅して五体満足で退院出来ると思ったら大間違いだよ」

荒んだ目で睨まれた、一体何があるっていうんだ、らぶみさんなら笑い飛ばしそうな脅しだと思うんだが、この人、他人の説教ぐらい馬耳東風、糠に釘を地でいってそうなのに。

「らぶみさん」

「なんじゃい」

「愛しています」

「それでらぶみさんに、何をさせようっての、いーいー。いやらしいことはダメ。ついでにいーいーに対してフラグ立っても嬉しくもなんともないよん」

「こちらも心から遠慮します」

「お姉さんにそういうこと言われて、そう返すのは何より失礼だって習わなかったのかしらん。特に大学とかで」

自分から少しは傷つくことを言っておいてそう言いますか、大体らぶみさん、貴女の職務態度じゃどう頑張ってもフラグを立てるのは無理かと。

「習いません。いい加減にして食べさせてくださいよ。お仕事でしょうに」

「いーいーに食べさせても気が滅入るだけで、将来に対するフラグ建設に役立つわけでもあるまいし。だかららぶみさんのお仕事増やさないでくれたら嬉しいなん」

さっきから、何とかつけるのをやめろ、いい年して。

「黙って仕事をしろ」

此れ以後何だかんだと仕事を増やしやがってとか文句を言われながら朝食を食べさしてもらった、恨み言のような言葉を吐かれる理由なぞ微塵も此方には無いと言うのに。

「ちゃんと仕事したら出来るんじゃないですか。らぶみさん」

いい加減言葉が尽きたのか、文句が停止したあたりで言ってみた、大体相手が文句を言っているときは遮ってはいけない、余計長くなる。

「いーいー。あんたがらぶみさんのことをどう思っていたか理解したよん」

凄まれた。

大体食べ終わって、デザートのゼリーを食べさせてもらっている時に、病室、個室の扉が開いた、足音から一人。

「お早う御座います。戯言遣いのお兄ちゃん」

崩子ちゃんだった、そう言えばお見舞いと言えばこの子がいつも来てくれるな、来てくれない白状者も大勢いると言うのにマメな子だ、お見舞い品みたいなのも持っているし。

「お早う、崩子ちゃん」

僕は最後の一口を食べてから、挨拶を返した、妙にニタニタ笑っているらぶみさんが不気味で最後の味は判らなかった、何か下らない事を企んでいそうだ。

それでもらぶみさん、食べた食器を片していく、思い過ごしだったのだろうか。

「それじゃいーいー。ベッドがあるからって、リリカル少女にいやらしいことしようとしたららぶみさんが直々に警察に強姦罪で通報してあげるから。そこんとこ覚悟しとくよーにねー。でもこんなロリっ娘を密室に置いていくなんて。いーいーと一緒においておくだなんてらぶみさんも悪いのかもしれない気がちょっとばかりするけど。どんなことになるやら。で、いーいー、どんなことするおつもり、十八歳未満お断り。んにゃ、ノーマルな人は精神を害する恐れがありますから、お断りですって展開が待っているのかにゃー」

とんでもないことを口走って嵐のように出て行きやがった、嵐を呼ぶ看護師らぶみ。

「崩子ちゃん。あの不良看護師の言うことは一切合財記憶から消去するように。耳が腐る」

「ですが、戯言遣いのお兄ちゃん。私はお兄ちゃんの奴隷です、お兄ちゃんがどうしてもとお望みでしたら。看護師さんの言うような行為も吝かではありません。あまりに変態的な行為に走られると私としては戸惑ってしまいます。此れでも誰とも経験していませんし」

「今の所。お世話になるようなつもりは無いよ」

「ちっ」

・・・・・・・・・・・・・・・・何か舌打ちが聞こえたような。

聞こえなかったことにしよう、いや舌打ちなんて最初から聞こえていなかったような気も。

うん、気にしたら負けだ、何に負けるのか、僕にもまるでわからないけど。

「戯言遣いのお兄ちゃん。椅子を借りて宜しいですか」

崩子ちゃんが備え付けの、見舞い客用の安っぽい椅子を指す。

「どうぞ、どうぞ」

「それでは失礼します」

相変わらず礼儀正しい子だ、やっぱりさっきの舌打ちは気のせいだ、崩子ちゃんが舌打ちなんて、多分するわけが無いじゃないか。

「さて。戯言遣いのお兄ちゃん。今回は大分日数が離れてしまいましたが。お兄ちゃんの自宅である病院にお帰りになられておめでとう御座います」

「一応、病院は自宅じゃないよ。今回はさっさと退院しようかと思っているぐらいだしさ」

「そうですか。それでも偶にお兄ちゃんは家と病院がごっちゃになっていると思ってしまいそうになるので。今回はお早い外出ですね」

ネタを引っ張るね。

「もうその話やめようよ」

「そうですね。此れはお見舞い品です、お兄ちゃんは此れがお好きなようで」

突き出されたお見舞いの品はミスタードーナツだった、中身はフレンチクルーラー、誰に聞いたのか判りそうなものだが、よく聞き出せたものだ。そもそも聞こうだ何て思わないのではないかと思うが。

と、見ている前で崩子ちゃんが箱から一つ取り出して僕の前に突き出してくる。

ちなみに僕はあいも変わらず両腕がまるで使えない状態であるのだが。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「崩子ちゃん、僕に此れをどうしろと。見てたと思うけど僕は朝食を食べたばかりだよ」

「お兄ちゃんは看護師さんからは食べさせてもらっても私の手から食べたくないと仰いますか」

しばらく沈黙が続き「頂きます」と僕が敗北した。





「さて、戯言遣いのお兄ちゃん。この度の怪我、殺し名にやられたそうですね。因みに情報の出所は人識さんより聞きました。それで様子から見てお兄ちゃん、襲われることをある程度受け入れていたと言うのが私の推測です。意外だったのかもしれませんが、襲われる危険性をある程度は理解していたと考えます。私の推測間違いないとみていますが、如何でしょう?」

糾弾の眼だった、不機嫌な眼だった、お怒りになっている眼だった。

「沈黙は肯定と受け取らせて頂きます。まぁ、お兄ちゃんのことです、ある程度お考えがあって単独で行動しようとしたのかもしれませんが。それでも私が蚊帳の外に置かれたという事実に変わりはありません。私達の領分、特にお兄ちゃんの奴隷たる私の職分に関わる点において私がお兄ちゃんから放置されたのには変わりはありません」

もう、巻き込むのが嫌だったと言うのではないでしょう、と付け加えられ更に睨まれた。

こりゃ本気で怒っているな、僕が危険そうなところに行こうとすると必ずっていうほど付いて来るのに、今回は僕が多少なりとも、僕自身がほんの僅かしか、いや僅かにも危険だったとは思っていなかったけど、結果として僕は病院のベッドの上だ。

言い訳は通用しないだろうなぁ、と言うか、相棒結成記念で女の子と外食に行こうとしてその途中で襲われました、本気で殺されるかもしれない、敵ではなく、眼の前の少女に、容赦なく。

「まぁ、御免。危険は無いと思っていたんだけどね。襲われるなんて夢にも思っていなかったんだよ。これなら崩子ちゃんに態々知らせることも無いと思って、心配かけたね」

深く溜息を吐かれてしまった、何か気に障ったのだろうか。

ため息をついて顔を上げた顔には、僅かに目が潤んでほほに涙が、っていつの間に泣いてたの崩子ちゃん。

そこからは言葉の洪水、感情の土石流。

「戯言遣いのお兄ちゃん。何度も何度も言うようですが私はお兄ちゃんの奴隷です。盾にでも剣にでも銃にでも身代わりにでも情婦にでも犬にでも何にでもなるしかない卑しい奴隷です。お兄ちゃんは私を変わり身に使おうと生贄に使おうと見捨てようとお兄ちゃんの自由です。私を捨て去ることすら自由です、道端の塵のように扱うことすら私は恨みも何も感じず受け入れる、そんな浅ましい卑しい奴隷に過ぎません。それでもお兄ちゃんは私が奴隷である前に一人の少女として扱っていました、奴隷になってもなお、優しく一人の少女として扱ってきました。勿論今の扱いに不満はありません、文句を言うつもりもありません、御礼を言いたいほどのことです。元々私がお兄ちゃんの奴隷であるということすら私が押し付けたこと、今の扱いは幸福だとすら思っています。ですが、お兄ちゃんがどのように扱おうと、どのように思おうと、私は闇口であり、闇口である以上奴隷です。お兄ちゃんの命令一つで虐殺も自殺も何もかも、躊躇い無く、機械のようにこなすのが私達闇口。家業を嫌ってはいますが、生まれて十年、闇口として育った以上卑しい闇口であることには変わりない。主を第一と思うのが闇口、叩き込まれた性根と言うのは変わらない、所詮は卑しい身なのです。それでも、お兄ちゃんが傷つけば私はとても傷つきます。お兄ちゃんが死ねば自害するしかないでしょう。そして何より、お兄ちゃんに命じられたことではありませんがお兄ちゃんを守る、それがどうしようもなく甘く、闇口の主に向かないお兄ちゃんに断り無く私が私に課した命令です。此れだけはお兄ちゃんが何を言おうと何を命じようと撤回する積もりも無い。闇口失格の台詞ですが、此れだけは譲れない私が私に課した役割です。ならばどんなことがあろうと私は心配します、はちきれんばかりに心配します。お兄ちゃんが嫌がれば常に張り付くなど出来ません、ですが心配はするのです。そして守れなかった自分が痛いんです、守れなかった無力が情けないのです。お兄ちゃんなら判るでしょう。誰かの代わりに傷つこうとするお兄ちゃんなら判るでしょう。傷つかないでください、他でもない誰かのために。お兄ちゃんが傷つけば誰かが傷つきます。それが嫌なのでしょう、ならば傷つかないで下さい。もう、自分が傷つくことが誰かの傷になることは無いなんて幻想を思っているわけではないのでしょう、お兄ちゃん。一人で戦うのは、一人で背負い込むのは止めてください。お兄ちゃんの重荷は私が背負うのが役割です。それすら苦痛だと言うのなら、せめて共に背負うことぐらいはいいじゃないですか。もう、一人で戦うだなんて考えは、未来永劫金輪際捨て去ってください。――その為ならば、もう一度誓いましょう。闇口として今一度、お兄ちゃんの奴隷として誓いましょう。貴兄が乾きし時には我が血を与え、貴兄が飢えし時には我が肉を与え、貴兄の罪は我が贖い、貴兄の咎は我が償い、貴兄の業は我が背負い、貴兄の疫は我が請負、我が誉れの全てを貴兄に献上し、我が栄えの全てを貴兄に奉納し、防壁として貴兄と共に歩み、貴兄の喜びを共に喜び、貴兄の悲しみを共に悲しみ、斥候として貴兄と共に生き、貴兄の疲弊した折には全身でもってこれを支え、この手は貴兄の手となり得物を取り、この脚は貴兄の脚となり地を駆け、この目は貴兄の目となり敵を捉え、この全力をもって貴兄の情欲を満たし、この全霊をもって貴兄に奉仕し、貴兄の為に名を捨て、貴兄の為に誇りを捨て、貴兄の為に理念を捨て、貴兄を愛し、貴兄を敬い、貴兄以外の何も感じず、貴兄以外の何者にも捕らわれず、貴兄以外の何も欲さず、貴兄の許しなくしては眠ることもなく貴兄の許しなくしては呼吸することも無い、ただ一言、貴兄からの言葉にのみ理由を求める、そんな惨めで情けない、貴兄にとってまるで取るに足りない一介の下賎な奴隷になることを今この度再び誓います。闇口として同じ主に二度誓うのは例外もいいところですよ」

怒涛の勢いで、いや、そこまで言葉が早く繰り出されたわけではないが、口を挟む余地などない、静止することなど出来そうもない、そんな圧力を感じる言葉の波、正直気圧された、そして正直、これほど心配をかけているものだとは思わなかった。

以前は消え行く意識の中で聞いた宣誓の言葉だったけど、はっきり聴くと凄まじいなんてものじゃない、人生そのものをかけて繰り出される、人生そのものの言葉。

崩子ちゃんは相変わらずの表情の変化の少ない冷静な表情だけど、その表情の下ではどんな思いが渦巻いているのかは、僕になど判りようもないが、その感情が凄まじいものであったぐらいは、幾ら僕でもわかる。

本気で心配させたのだ、本気で僕の身を案じたのだ、本気で僕に付いていなかった自分を責めたのだ、これほどになるとは最初から、ほんの僅かの危険を懸念して話だけでも崩子ちゃんにだけは話しておくべきだったか。

殺人経験皆無と言えど闇口本家の末席、闇口崩子、殺戮奇術といえど、殺し名二位の本家クラスならば圧倒することは出来なくとも、守ることぐらいはやってのける。

僕の踏み込めない段階にいる。

「お兄ちゃん。巻き込むことを悪いことだと、罪悪だと思わないでください、悪業だと思わないでください。そんなことよりも一人で背負い、一人で苦しむことこそが裏切りだと、いい加減に認識してください。そして、闇口失格の台詞第二弾ですが、お兄ちゃんにお願いします。以後何かあるのなら最低でも私を巻き込んでください」

約束です、そう言い切られ、押し黙られてしまった、沈黙が部屋を支配する。

もう言うことはありませんとばかりに何も語ろうとしないで座っている、でも病室を出るつもりなんてのは欠片もないのだろう、一度僕が襲われた以上、自分以上の戦闘能力を誇る人が代役に付くまで病室を離れないつもりなのかもしれない。

こりゃ、早々に退院しないとらぶみさんに何を言われることやら。

でも僕は、また一人で何かをしようとしていたのだろうか、子荻ちゃんには相棒となった、これは人にある程度は頼ることになった現われじゃないのだろうか。

それでも、自分の体を案じたかと言われれば、即答出来ない、あの男を敵に回す以上は肉体は兎も角精神のほうは、正直持つか自信がない、それならば僕が判断して頼れると思った人に話して依存するべきだったのだろうか。

例えば、赤色、彼女ならば依存するべき対象としては申し分がない。

例えば、出夢君、力という点でなら双璧をなす、狐さんについても詳しい。

例えば、玖渚、機関の力を使えば全員にそれなりの護衛を苦痛じゃないレベルで張り付かせることも出来ただろう。

そう考えるのならば、僕も抜かりがあったのかもしれない、たいした抜かりじゃない、無視してもいいほどの失策、それでも今の状態を鑑みると、その抜かりが今の体たらく。

わずかな抜かりが、見た目では判らないが崩子ちゃんをここまで動揺させ、ここまで心配させた元凶、誰かに頼らない僕がそもそもの原因というわけか。

だけど、その失策すらも背負うべきではないのかもしれない、崩子ちゃんの言葉なら、その失策すら一緒に背負ってくれるのかもしれない、その失策すらも誰かと分かつ。

そうならば、そうであるならば、僕がこれからすることは一つしかないのかもしれない。

覚悟を決める、昨日の今日で同じことを決意するとは思いもよらなかったけれど、昨日の覚悟ではまだまだ足りなかったようだ、巻き込むという覚悟が。

あの男と退治することに巻き込むという覚悟が足りなかった、これが失策ならば。

巻き込む。

「どうしたのですか。お兄ちゃん」

黙り込んで考えているうちに変な顔でもしていたのだろうか、なんか変な顔で心配されている気がする。

「何もないよ。それゆりも崩子ちゃん、ドーナツもうひとつ食べさせて。後食べ終わったら携帯電話で話させて。そう言えば持っていたっけ、携帯電話」

「一応、友姉様から渡されました。どこのお店でも見かけたことがないやつなのですが。使えるでしょう。でも、ここは病院ですが」

友からか、市販品じゃないとすると友自作の携帯という可能性もある、でも崩子ちゃん性能すべてを使いきれるとは思えないんだけど、友自作なら恐ろしいほどハイスペックだろうし、携帯でギガクラスの容量とか、ノートパソコンクラスはあるかもしれない。

まぁ、使えるなら何でもいいけど、僕の携帯、電地が危ういだろうし。

「個室だから大丈夫。骨折だから精密機械つけているわけでもないし。らぶみさんなら見つかっても問題なし。何か言って来たら。あの不良看護師・・・・・・・仕返ししてやる」

まぁ、規則上は携帯とかの電波を出す機器の使用は禁止されているけど、影響が出るのは半径五メートルにも満たない、間に壁があるならもっと狭い、個室での使用なら、最近の病院注意もしないことのほうが殆どだ、勿論問題がありそうだと注意されるが。





その後の展開はいっそ笑い話として語ったほうがいいのかもしれない、傍目には愉快で当事者としては悲惨、まぁ、喜劇とは常にそんなものだろうけど、笑いの為の悲劇、それが喜劇には盛り込まれていることが多いのだ、聞きかじりだけど。

僕当人が悲惨だったのだから、まぁ、間違いでもないだろう。

単純には強引に退院したのだけど、退院するための強引な手法を使うのに赤色を呼んだ時点で僕も相当判断力が鈍っていたのかもしれない、何故に両手が使えない状態でアクションばりの動きを要求されて病院から逃げださにゃならん。

逃げ出す時にこの病院には二度と入院できんなと正直覚悟を固めた、近いうちに戻ってきそうな気がしないでもないけど、なんとなくらぶみさんとは縁が切れそうな気がしない。

そのことを思うと少しばかりかかなりの具合で不安というか憂鬱だ、でも次らぶみさんが担当というか専属となったら、らぶみさん完全に僕のこと病院から押し付けられていると確認できるかもしれない、そのあたりが唯一の慰めというのも気が重いけど。

それは兎も角、らぶみさんは理解しがたい行動に出てくるし、嬉々として追撃してくるのはいいとしてなんで看護師さんが止めるのにジャンピングニーを放ってくるのだろう。

こっちは両腕に包帯巻いているんだぞ、看護師が患者の怪我を重くしてどうする。

絶対に破天荒なんて言葉はらぶみさんの為にある言葉だ。

良くあれで看護試験突破できたなぁ、確か実習って言うのがあったような気がするんだけど、突破したならどうなっているこの国の国家試験。

と、逃亡劇を詳しく語ると、脚色抜きで、とても一言では語り尽くせない一大スペクタルになるだろう、なりたくてなったわけじゃないし、そもそももう少し、いやかなりソフトに病院から抜け出す手段ぐらいありそうなものだろう、その辺は僕が赤色を呼んだのがそもそもの間違いだろうから、やはり間違いは僕に帰結するのだろう。

いまさら悔いても仕方がない、なるようになれ、もう起こったんだし。





病院から脱出して(あれは退院ではなく脱出の言葉が正しい)マンションに戻って先ずしたことは携帯で事前に連絡を入れていた面子に現在の状況を説明すること。

だが、子荻ちゃんの言う通りこの手の情報、知る者は少ないほうがいい、未確認であるというのは僕が襲われた時点で確認になったが、確認されたのは狐さんが今一度僕に戦いを挑む、今一度僕を敵として扱うということだけだ、確認していない状況をそのまま鵜呑みにするのも拙い、裏を取る必要がある。

僕が襲われたのは暴走と見ていいだろうし、正直狐さんはそれほど正面きって僕達との武力的な衝突は避けるつもりだろう、こちらに暴力でぶつかるなど正気の沙汰じゃあない。

確かに弱い、非力で矮小な僕を筆頭に狩りやすいのもいるにはいるが、それも出来るのは最初の一人か二人、狐さんそんなチマチマしたリスクばかりが高まるような方法は取るはずが無い、それも既に一度は失敗しているような、だ。

子荻ちゃんのような比較的刈り易い、それでいて厄介極まりない相手を簡単に狩れる様な状況では既に無いというのは馬鹿でも判る、まぁ、だからこそ僕も油断して食べに出たりをしたのだけど、襲われることはないとたかを括って、それでも失策には違いない。

僕の油断だ。

裏を取る、本当に狐さんが組織というものの中にいるのか、それを調べる必要はある。

何を企んでいるのか、概要だけでも掴む必要はありすぎるほどにある、前と同じなのか違うのか。

なら話さなければならないのはこの人達だ。

お友達ディア・フレンド。ご健康そうで何より十全ですわ」

「うん。いーたん、何で小唄がここにいる」

あんまり進んで話したくないなぁ、とか思いつつだけど、話さなければなるまいに。

でも気疲れが異常にする、話し終わったら再入院かもしれない、ストレスで、それとも絵本さんの所に直行だろうか、多分僕の部屋にいるんだろうけど。

これで本格的に絵本さん僕の部屋から離れないんじゃないだろうか。

でもストレスが原因だと絵本さん、あまり役に立たないかもしれない、一応は精神科医でもあるらしいのだが、先ずは自分の精神をどうにかしてもらいたいところだ。

小唄さんの皮肉と、小唄さんがいることで不機嫌になっている哀川さん、小唄さんの僕の現状を見た皮肉と、険のある哀川さん、胃が痛くなってくる。

医者って薬の処方は出来たけど調合って出来たかなぁ、まぁ、絵本さん非合法の医者だから関係ないだろう、でも何で非合法の医者なんてやっているんだろう。

案外普通の病院に勤められないからって言うのが一番ありそうな理由なんだけど。

というか多分そうだ、あの人普通の病院の勤務なんて耐えられそうにないし。

子荻ちゃんが淹れたコーヒーが五つテーブルに置かれる、赤色の質問は答えない方向で、どうせ後で話さないといけないんだし、問題の先送り。

先送り、か、永遠に放置しておきたい気分だけど、出来るものなら。

ん、そう言えば、僕は両腕が折れたままだったのだけど、帰ってきて子荻ちゃんにそれなりに心配されたのだけど、つまりは朝食同様に自分自身じゃ、とてもじゃないけど熱いコーヒーなど掴めそうにない、冷たいパック入りの飲料なら何とか掴めない事もないだろうけど腕の稼動範囲が大幅に制限されている今では、熱いコーヒー、手でも滑らしたら今すぐ絵本さんを呼ばなければいけなくなる。

それを考えると僕の着替えや入浴もどうしたものだろうか、頼み込んで誰かに手伝ってもらうしかないだろうが、誰に頼むべきか、人識、却下、いい玩具にされるのがいいところだろう、双識さん、余り本人は得意ではないようなことを言っていたけど案外人の世話は巧い、破天荒な零崎のまとめ役、案外に気苦労が多いのかもしれないが、まぁ、そんな奇抜な人選でなくても荒唐丸さんか、萌太君、黒桐さんあたりが無難というものだろうか。

何と無く、早急に対処しないととんでもないことになりそうだし。

何か袖を引かれているような、崩子ちゃん、何でカップを持っているの、それは、飲ませるとそういうこと、今ここで、性格が悪いのと性悪と子荻ちゃんの前で。

後者の一人も拙い気がするが、前者の二人がいるところでそんなことをすれば、というか既にもうニヤニヤ笑っているような、子荻ちゃんの眉が釣りあがっているような。

もしかして崩子ちゃん、怒っている以上に僕のこと恨んでない。

崩子ちゃんに恨まれたら生きていけない。

お友達ディア・フレンド。なかなかのご趣味のようで十全ですわ。稚児趣味とまではいきませんし。他人の趣味に口を挟むのも十全ではありませんのでお好きになればよろしいですが。早々人の目に触れる場所では慎むのが十全ですわ」

「いーたん。崩子ちゃんにまで手を出したっつーことは一姫あたりとはどうなっている」

無視無視、気にすると精神が摩滅する、それにこんな話題、話題転換のためにも、本題に入ることにしよう、元々がこの話をするために二人揃えると気疲れが二乗になりそうな二人を呼んだのだし。

「潤さんに小唄さん。今回はお話とお願いがありまして」

「私にお願いとお話。貴方に他の見事をされるのも不思議な感じがいたしますけれど。どうやら何かしらが起こっていると判じたほうがよろしいですわね。健康そうな体を見れば一目瞭然ですが。此方に身を寄せれば少しは刺激のある日々が遅れると目論んでおりましたけれど。眺めているだけでそれなりに十全でしたのですけれど、やはり当事者として立たなければちっとも十全ではないと思っていたところですし。先ずはお話とやらを伺いましょう。それとも策師がここにいるということは、彼女からお伺いしたほうがよろしいので?お友達ディア・フレンド

どうやら子荻ちゃんの生業、小唄さん承知の上のようだ、まぁ、有名人みたいだけど。

澄百合学園の萩原子荻って、今まで何をしてきたかは知らないけれど、何をしてきたかは想像が付く、彼女の手際、有名にならないほうが不思議なのかもしれない。

それに小唄さん、僕をからかうのは止めたようだった、両腕の怪我が功を奏したのか、本気で傍観者になることに飽きがきていたのか、たぶん後者だろうけど。

性悪だけど、性格はまだマシだしなぁ、小唄さん。

性格が悪いのは。

「いーたんがあたしに頼みごとってか。それにお話、とうとういーたんあたしも囲おうってか。ふふん、十年早い。いーたん、可愛い可愛い闇口奴隷がべったりなんだからこれ以上欲張っちゃ。あたしがいーたんのお仕置きを誰かに請け負わされちまいそーだ。だから残念だけどいーたんのことは可愛がってやれそーにないな」

性格が悪いのはこっちだ。

冗談でもやめてください、大体なんですかお仕置きの辺りの舌なめずりは、そんな趣味あったんですか、と言うか人類最強のお仕置き、彼女の姿形を知っているからこそ多少の淫靡さをかもし出しているけど、字面の上では恐怖でしかない。

何度かこの人と真面目な展開に直面したこともあるけど、最初から最後まで本気というか真剣さを通せる類の人ではない、どんな時でも、それこそ切羽詰っていないと、余裕というものが溢れ出しているからなのか、遊びのようなものが常にある。

その点でならまだ小唄さんのほうが真面目、表面的な扱いだけなら小唄さんのほうが楽かもしれない、これが最強と最強に続こうとするものの差かもしれない。

口には出さないけれど、口に出したところで認めたりはしないだろうけど、やはり態度のおき方で大物と見えるのは、僕にとっては赤色だ、これは石丸小唄を小物と見たものでも見縊っているものでもなく、僕の主観問題、性質も悪く見えるのは勘弁願いたいが。

性悪で大泥棒で、その実複雑怪奇な石丸小唄と性格が悪く人類最強で、シンプル過ぎる哀川潤、どちらがどちらというわけではないが扱いに関すれば近しい小唄さんのほうが判りやすい、赤色のようなシンプルさは持ち合わせていない人間には帰って複雑、理解が届かない、シンプル過ぎる筈なのに複雑に見えてしまう。

彼女ほどの単純を持たない人間には単純ゆえの複雑しか見えない。

「やめてくださいよ。哀川さん」

「苗字で呼ぶなつってんだろ。本当にあたしに御仕置されたいかい。いーたん。いいぜ、可愛く優しく可愛がってやるよ。とびっきりぬるく愛してやんよ。希望も絶望もなく愛してやんよ。で、痛いのと気持ちいいのどっちがいい、どういう風に愛して欲しい、いーたん。まぁ、いい加減にその呼び方修正に関しちゃあきらめのほうが先に来てる感じだ。お前脅しても何いっても間違って呼びやがるし。絶対ワザとだろ」

最後のほう睨まれてしまった、まぁ、名前関連で言われるのも数え切れないほど慣れもある、この程度でビクついていたら赤色とは付き合えない。

大体話しの本題には入ってもいない。

さてと、この二人を組ませてネルフへ内偵、納得させるのも難しいことだが、この選択吉と出るか凶と出るか、能力的な優秀さは二人とも舌を巻くほど持ち合わせてはいるが、舌を巻くほどの扱いを慎重に期すほど必要なのも特徴が共通だ。

それにこれほどの物騒ごと、この二人以上に適役もいないだろう。

大泥棒たる石丸小唄に、鍵開け声帯模写の達人にて最強の請負人、潜入ということなら、あの男のお膝元と化していても生きて情報の裏をとるぐらいはわけがない。

ただ心配なのは、絶対にこちらの想定以上の動きすることだろう、この二人の働きを僕如きが読みきれないというのが、不安といえば不安、二人揃えばその心配も二乗なのだけど。

小唄さんだけでは闇口濡衣、少々どころではなく手に余るだろうし、哀川さんは単独で任せても支障ないのかもしれないが、狐さん僕がここで最強の持ち札を切ることを想定しているのかもしれない、ならば想定を外れる、想定外の切り札の一つでも早々に切っておくのも策のうち、子荻ちゃんではないけど、鬼札はまだまだ何枚かは手元にある。

小唄さん、軽々しく軽々に使えるカードではないが、その実闇口濡衣、姿を見せない暗殺者と、気付かれずに盗み出す大泥棒、あながち相性が悪いとも思えない。

もし闇口濡衣、対峙することがあろうと、その為の人類最強、小唄さんも身のこなしから弱いというわけではないだろうが、闇口最強、手に余るという判断が正しいものだろう、実力だけならば、相当な次元に行き着いている二人だ。

その二人に情報収集をさせる僕が酔狂なのかもしれないが、情報ほど戦いの趨勢を決めるものもない、相手の打ち手、全てとは言わないがある程度は揃っていないとやりにくい、敵が“不明”であることはやりにくい、曖昧が僕の領分だけど“不明”という曖昧は僕のとく意図するものから外れるのが実情だ、ならば不安材料にしかならない曖昧、早い段階でそぎ落としておく必要がある。

聞いた話では澪標姉妹、零崎の一人、シームレスバイアスの手によって既に亡き者となっているらしい、これでこちらが判っているのは五人。

狐さんが方針を変えていないとするならば使う手足は十三人、補充を入れると考えて残りの八人不明では手の打ちようが違ってくる。

「つまりは、いーたん。あたしが小唄と組んで、あの三下どもが根城にしていた穴倉や、その周辺を調べてこいってことか。くそ親父がいるかもしれないからそれをあたしに調べてこいってんだ。いーたん、中々いい根性するようになったなぁ。とどのつもりあたしにいーたんの調べ屋を請け負えってこった。だが、いーたんの頼み以前に親父が関わっているか。前の遭遇ですらあの親父はあたしに目も暮れやしやがらなかった。つまりは敵はいーたん、あたしはあの親父にしてみれば刺身のツマのようなもの。ふん、確かに調べるような役割が調度いいのかもしれない。あたし一人ではなく小唄をつけるってのもなんとなくだが理解が出来る。何と無くムカつくけどな」

不機嫌そうに呟く赤色、その姿と口調、狐さんに似ていると言ったらどんな目に合わせられるだろう、決して愉快な目ではないことは確かだと思うが。

頭の回転は抜群の人だ、僕の考えていることなどたちどころに見抜かれてしまっているだろう、そしてそれ以上に理解に通じてしまっているかもしれない。

故に請け負ってくれる気にはなっているようだ、そもそもこの一連の騒動という名の大喧嘩、哀川さんも本筋では僕より既に噛んでいる、僕も抜けられない位置に噛んではいたのだろうけど、一度始めた請け負った仕事を放り出すような人じゃない、仕事に対してはそれなりの完遂を見せてくれる人だ、文句を言おうと、何を言おうと、更にもう一つ僕からの要望という形であろうと請け負ってくれるとは思っていた。

利害の関係なく、損得の関係なく、危険や安全の考慮なく、人類最強の請負人、この度の請負仕事、間違いなく請け負ってくれるものだと確信に似た予感は持っていた。

あの男が関わっている時点で、向こうはどうかは知らないが、赤色にとっては関わるには十分すぎる理由になりうる。

その辺りを僕が知った上で持ちかけているのも承知の上だろう、僕の考えている程度のこと見抜けぬ最強ではない、見抜いた上で承知したのだろう。

問題はこちらだ。

相手の裏をかく、予想の上を行く、まるで想定がなされていないジョーカー。

切り札、鬼札、その全てが人類最強を冠する哀川さんのものだけど、今回は小唄さんだ、僕が切り札として鬼札として、そして伏せ札として使うのは小唄さん。

想定も予想も全てが効かない相手ではあるが、こちらの予想ぐらいは遥かに超えてもらわないといけない、そうでもしなければあちらの予想を上回ることなど、出来るものか。

本当の本気で今回は赤色以上に小唄さんだ、元々何かしらを盗むというスキルは最強を超えるものがあるだろう、専門からして大泥棒、盗むことに特化した生業。

はて、この人は、僕の思惑に乗ってくれるのだろうか。

付き合いが短い分だけ僕はこの人のことがわからない、単純すぎて判りやすい、そして請け負うことを生業とする哀川さんはつかみ所があるが。

性悪で付き合いの短い、そしてシンプルさよりは複雑さを持ち合わせる小唄さん、僕の、そして事前に相談した子荻ちゃんの策、乗っかってくれるものだろうか、他人の思惑、他人の思考の上で判った上で踊ってくれるものだろうか。

答えを聞けば判るだろうが。

この人も赤色との共同戦線、赤色を裏切るというような真似はするまい、仲の悪いというか相性が悪いというか、喧嘩友達という二人だけに協調した時は恐ろしいと感じてしまうほど、それも仕事を請け負うことを小唄さんがよしとするかどうかで決まるのだが。

所詮僕は戯言遣い、人を言葉で弄するが実行する力など持ち合わせてはいない。

やれることなど口車に乗せて、踊ってもらうことだ、この場合判って踊るのだろうけど。

お友達ディア・フレンド。この石丸小唄、確かに泥棒を生業としておりますが。このたび盗むのは情報、背負うべきリスクは己の命。まぁ、この程度のリスクいつも通りといわれてしまえば、その程度のことでしょうからちっとも問題でも何でもありません。この私に盗めぬものは何もないと自負しております。それでもお友達ディア・フレンド、この仕事私に何の益もない。この場にいる以上、私も現状が退屈だったので関わりましたが。危険に応じる報酬を頂くのは至極当然。リスクとリターンこれが成立しこそが十全ですわ、一方的に私がリスクを被るのはちっとも十全ではありません、そう本当にちっとも十全ではありません。さぁ、この私を満足させるリターン、示して見せてくださいますか。お友達ディア・フレンド

踊ることは、本当に踊るつもりなのかは明全ではないものの、やはり一筋縄ではいかないか、一筋縄で俳句者とは思ってすらいなかったが。

その手のこと外れてくれるといいのに。

早々都合よくはいかないというものか。

大体都合の悪い展開、僕が襲われた時点で底であるとも限らない、これからどんどん底にはまる可能性だって、当分の確率であるものだ。

それに悪い展開というものでもない、依頼そのものにもごねられる可能性というのもあったのだし、他にも石丸小唄が飽きて既にこの場を辞していた可能性だって少ないながらある。

やはりリスクの高さはかなりのもの。

ならば見合った報酬を支払うのが常というものだろう、といっても僕個人がそれに見合う、石丸小唄が満足するような報酬など持ち合わせてはいないのだろうけど。

さて、金銭なら、この件に首を突っ込みまくっている金銭感覚破綻者がいるから払ってもらうように頼んでもいいのだが、石丸小唄、望んでいるのは金銭だろうか。

違うだろう、僕相手に金銭を要求することはあるまい。

調達が容易な上に、石丸小唄自身が先程“暇つぶし”でここにいると言っている、それに小唄さん、お金などに困っているわけではないだろう、自身の価値の基準として金銭を要求するかもしれないが、それほど素直に物事運ぶだろうか。

相手は性悪、石丸小唄。

僕は小唄さんを見るが、張り付いたような笑みで見返されるだけ。

問うてみるしかないか、こちらで決めることでもないだろうし。

「小唄さん。お望みは何ですか」

正面から、真正面から、報酬は何かと問うてみよう、さて、何がお望みなのやら。

予想が付かないが、とんでもないことかもしれないし、つまらないことかもしれない。

把握などかけらも出来ないし、そもそもその手の悩みを与えるのは始終僕の役割だと思っていたが逆の立場、居心地の悪いものだ。

「そうですわね。しいて欲しいものというものはありませんわ。私欲しいものは自分で手に入れる主義、それならば報酬を問うというのも愚問なのかもしれませんが。やはりこの石丸小唄、ある程度はビジネスに則った仕事のやり取りを常と致します。・・・・・・・・そうですわね、では宿題と致します。貴方の以来見事私完遂させてごらん致しましょう。その際に、それまでに私に対する報酬を考えておいてくださいまし。まぁ、あくまで宿題、期限を越えてなお答えが出ない時にはその時は私が。お友達ディア・フレンド、貴方に報酬を提示しましょう。それでどうでしょう。お友達ディア・フレンド

と、小唄さん、最後に冷めたコーヒーを飲み干しそういった。

しかし、宿題か、なかなかに厄介な宿題になりそうだ。

ハッキリと言えばいいものを、このやり取りが性悪と呼ばれる由縁だろうか。

小唄さんはご機嫌でも不機嫌でもなく僕を見ている、見据えるでもなく、視界に入れているだけでもなく、ある意味赤色以上につかみ所のない。

この人に対してはこちらが絡んでも複雑になるだけだろう。

「じゃあ、小唄さん。その宿題やらしてもらいます」

「そう。それは十全。私楽しみにお待ちさせていただきます」

艶然と微笑まれてしまった、この手の表情、子荻ちゃんや崩子ちゃんには出来ない種類のもの、こちらを上から見下ろすような、こちらを絡めとるような視線。

さて、でも報酬としては何が良いだろう。

それを考えさせるのも意地の悪さ由縁か、それとも遊び心か。




結果としてみれば、案外あっさりと済んだものだと思う。

あっさりしすぎているような気がしないでもないが、まるで僕の指示に従うのに是非が無いとばかりに、確かに赤色は狐さんと戦うのならば僕が主軸となるのは理解を示してくれるかもしれないが、小唄さんまであの程度で済むとは、もう少しの無理難題、ごねられる位は予想していたのだけど、これは帰ってきた時の宿題、いい加減に済ますとただで済むことは無いのかもしれない。

まぁ、実情としては狐さんのことを知っているのはまだ五人、吹聴する必要も無いけど、はてさて後誰の耳に入れておくことが望ましいやら。

それに他にやることが無いわけでもないし、僕も本腰を入れるとなると、耳に入れておかなければならない事実とやらは、もう少しあるのだから。

これからは子荻ちゃんと共同作業となるのかな、子荻ちゃんとの協調戦線、策師と戯言、僕は短期的な翻弄だが、子荻ちゃんはオールレンジ、短期、長期を使い分ける。

やり方、あり方、違いはあるが情報を重んずるのは互いも互いだ、こじ付けにもある程度の裏づけは必要で、策にはそれ以上に重要。

先ずは敵を知るという意味で破壊的な二枚を切ったのだが、それ以外にもすることはある。





それにしても忙しい一日、昨日から子荻ちゃんには告白され、殺されかけ、朝には崩子ちゃんには泣かれ、病院大脱出劇、そして先程は人類の極点二人との会話だ。

密度としては中々のものだと思える。

そして今は子荻ちゃんを引き連れて、崩子ちゃんは何も言うことなく付いてくる、どうやら暫く僕から離れるつもりは微塵も無いようだったが、このマンションの中にいる以上は危険は無いということで離れていてもらった、いてもらっても構わないのかもしれないが、これからのことを考えるとやりにくい、それほど他人に晒したくない面を晒すつもりだ。

崩子ちゃんとしてはそういう理由で遠ざけられるのに不満を感じるかもしれないが、僕も十三歳の少女を前にして晒したくないものと晒したいものはある、子荻ちゃんならいいのかといわれれば、返答には窮するのだろうけど、策を弄する立場ならそうもいってはいられない、ちっぽけな自己満足だろうが、余り見られたくないというものはあるものだ。

正直気が重い、これからは。

この玖渚のマンションで魔窟というかマッドの館と化しつつある研究者という名の天才どもの根城に足を運ぶことも嫌ならば。

先生や春日井さんがいるところは出来るだけは足を運びたくは無い。

その中にいる人物に話すことも気が重い。

そんな気が重い内容を崩子ちゃんに見せたくないというのは僕のちっぽけな自己満足だろう、汚いものなら僕も見慣れているが、もしかしたら闇口を冠する崩子ちゃん、僕以上に黒いものに慣れているのかもしれない。

同様にあんな学園に籍を置いていた子荻ちゃん、闇の深さなら僕を超越していることだろう、そんな彼女にきな臭い、後ろ暗い行動の一つや二つ僕が取ろうと笑い飛ばすものだろう、気になどするはずも無いのかもしれない。

それでも臆病者の僕には晒したくないものは極力晒したくない。

そんな葛藤があるが、そんな気の重さは在るが、それでも今からすることが出来るということは、都合がいいと思える、お膳立てされたようだと思える。

ただの気まぐれから、あの時の状況からしたら本当に出来るかどうかを試した程度の気紛れからだ、それが後々、もう一枚程度のカードとなる可能性を。

これも物語だろうか、こうなるべきようになったというだけだろうか。

ならば流れは僕に傾いているのかもしれない、狐さんではなく物語は僕の有利になるように流れているのだと思える。

あちらに在るはずの鬼札、こちらも手に入れておくべきだろう。

それが手に入れる可能性があるというのなら、その可能性がこちらにあるというのなら。

ならば準備くらいはしておくべきだ、先ずは知識面。

そもそもあれは何なんだ、あんな冗談の塊のようなものそれこそ存在するほうが馬鹿らしい、まるでジャパニメーションの具現化。

もしかしたら玖渚やその辺りなら既に理解を超えてしまっているのかもしれないけれど、そちらに聞くのもいいのかもしれないけれど、当事者に聞いてみるのが一番だろう。

それも飛びっきりの。

さて久々に人を傷つける為だけの軽佻浮薄の戯言遣い、本領発揮といかせてもらおう。





「全く。本当に傑作」

目の前には女性が一人、普通の女性ならば大した事でもないのだが、普通でないから厄介極まりない、僕としては同情の余地はあるが、非難する余地もある。

だが、それを気にしていても始まらない。

相手がどれだけ哀れだろうと、僕がやることは一つだ、それにやはり同情の余地は無い、同情のしようも無い、彼女の悲しみは、現在の悲しみは、伝聞でしか聞いたことは無いけど、伝聞でしか聞いたことしかないのだけど。

どれだけ悲しもうと無意味だ、悲しんだところで、僕らがどれだけ同情を注ごうと変わるものでもない、そもそも彼女の起こした問題でもあり、起こしていない問題でもある。

碇ユイ、エヴァンゲリオン製作者、冗談のような笑い話のようなお人形の製作者にて僕の友人、零崎神識の母親、体を起こしてベッドの上で虚ろな姿を晒している。

息子から絶縁を告げられた日からこうなっているのだが、詳細に対しては詳しくない、いや詳細に詳しい人間がいないというべきだろうか、絶縁された日から虚ろに哀れに愚かに成り下がっているらしいのだから、息子のみは求めるそうだが、とうの息子は面会の必要も無いと是非も無く顔を合わせようとはしない。

見るからに哀れで、見るからに愚か、どうしてどうして僕も自己卑下の激しい根暗な男の中の男だとは思ってはいたが、現在の彼女、そのネガティブシンキングの極地の時の僕より窮まった状態かもしれない。

伝え聞く限りでは先週あたりから、息子さんとの面会、一度限りの面会がかなった辺りからこうなってしまったらしいのだが、ハッキリ言って自業自得だろうが。

昔の自分がこうだったのかと思うと少々、いやかなり吐き気がする、これでも僕は自分が同情を集めようとは思っていなかったぞ、己の過ちはすべて己の過ちだと自負してきたものだ、一瞬でも近似させた事に吐き気が沸く。

赤色が嫌悪の限りをぶちまけたのも判らないものでもない、ハッキリ言って気持ち悪い。

時と場合と事と次第、これが揃っていなければ今すぐにでも踵を返して先生と談笑したほうが幾らかマシだ、僕の恥ずかしい所をかなりの確率で暴露される危険があるが、それでもまだ気分が悪くはならないだろう。

無表情の子荻ちゃんがどう感じているかは知らないが、僕は一分一秒この女を見ていたくはない、関わりあいたくは無い、それでも必要ならば、我慢はしよう、我慢が出来るところまでは。

崩子ちゃんを連れてこなかったのはやはり良かった、ここまでささくれ立った気分のところをあの子には見られたくは無い、僕が見られたくは無い。

病院のようなこの部屋で一人現実を否定するかのように呟く、女に苛立ちを露にしている姿など、崩子ちゃんどころか子荻ちゃんにすら見られたくは無い。

「シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ」

ただひたすら、一つの名詞を呟き続けている、救いようの無い弱さ。

本当に気持ち悪い。

自分が選んだこととはいえ、本当に会話が必要なのだろうか、そもそも僕が傷つける余地が無く傷つききっている、こうまでなると一度正気になってもらわないといけないけれど。

現実を認識させるしかないか。

こうまで厄介な状態になられると、どうするかの選択などそれほど多いものではない。

状態はある程度は事前の情報で知りえていたが、予想の斜め上をいって悪い。

来るまでに考えていたものなど。

役に立ちそうには無いな、まぁ、それなどいつものこと、想定など外れるためにある、それこそが僕の真骨頂、相手の想定を掻き乱す、それが僕の戯言。

さて、今の彼女言葉が通じる相手かどうか。

戯言遣いと吹聴しても言葉が通じなければそもそも意味が無い、言葉が届くことが前提条件、始まりにして起こり。

正規の病院に連れて行けば精神病院の重度患者のところに収容されそうな状態、言葉が通用するか、言葉が通るか、まずはそこからか、気が重く、気持ち悪いというのに。

長丁場になりそうな、そんな嫌な予感が溢れ返っている。

さてどうしたものやら。

本当にどうしたものやら。

まぁ、コミュニケーションの基本は挨拶からだ、挨拶なくして円滑な関係というのは望めないだろう、礼儀礼節、日本人は過剰なぐらいだとは思うが、中々に馬鹿に出来ない。

「初めまして。碇博士」

「シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ」

見事に無視されてしまった、いやこうなるとは思っていたけどね。

会話をすることすら大変だと聞いてはいたのだし。

「どうしよう。子荻ちゃん」

「さて。どうしたものでしょうね」

どうやら同意見みたいだけど、それでは進まない。

まぁ、まだ何もしていないのに疲れているような、疲れることを大量にしているせいだけではないだろう、そんな感覚に囚われて、それでもやることはある、出来ることはある。

そんな風に考えていると隣から子荻ちゃんが口を開く、無表情に無感情に。

「碇博士。息子さんのことでお話しがありますが。よろしいでしょうか」

やはりその切り口か、考えてはいたが、果たして通用するだろうか。

「シンジ、シンジ、シンジ、シンジの事を知っているの!!」

覿面じゃねえか。

覿面に反応するじゃないか、でも会話は通じた。

一瞬で表情が虚ろから迫るものに変わっても、正直正気を保っているとは思えないけれど。

言葉は通じた。

「シンジんことを教えて頂戴。何で、何で、何で、あの子は、あの子は、あの子。私を私、母親なのに。何で、何で、あんな目、あんな冷たい。あの子に何が、何があったの」

これは少々所じゃない、絵本さんでも言葉がまだ通じる、いや比較にすらならない、絵本さんは操作のやり方がある程度は判ってきているが、こちらは未知数だ、まぁ、後のことを考えないならばやりようはあるってもんだが。

後のことがあるからやりようは狭められる。

まずは、現状を認識してもらいますか。

「少し冷静になってください。今の貴方に説明しても通じない。冷静に受け止める準備を作ってください、僕は出来るだけ貴方の答えを出してあげます」





これまでのことは描写するには、語り尽くすには面倒窮まる、母親というものは僕も母親がいるから判るし、子荻ちゃんも母親を慕っていたようだ、でも、それでも、この狂気は理解の範囲外。

元々他人など理解の外のものと思えば楽だけど、落ち着かせて、話を聞かせる体制にいくまでは筆舌しがたい、筆舌もしたくは無い。

まず、落ち着いて話を聞かすだけの状態を作るのに試行錯誤だ。

やはり余り言葉が通じにくい状態であるだけに戯言も策も通じにくい、情報との交換を取引、脅迫材料に何とか落ち着かせたのが現状だ。

脅迫は主義ではないが、致し方ない。こちらも早々時間をかけるほど暇でもなければ、この場所に居たいとも思えない。

でも、絵本さんに治療が回ってきていない理由が判りすぎるくらいに判らされた、この段階、怪我、病気に関しては天才を超越しているだろう絵本さんといえど手に余る。

絵本さんの精神性を考えると主治医など任せられない。

主治医に治療が必要な状態になりそうなど笑い話にもならないだろうし、絵本さんにはあとで僕の腕の傷を見てもらおう、多分僕の部屋で何かしらをして暇をつぶしているだろうし、怪我人が目の前に来たらあの人満面の笑顔で治療してくれることだろう。

暫くは僕の主治医か。

怪我人、少なくて退屈しているかもしれない。

「あの・・・・・・・・・・・シンジのことを。教えてくれるんですね」

落ち着いたら、今度は気弱になってしまった、なんともキャラだちが変な人だ。

「ええ。でもシンジではなく僕が教えるのは零崎神識ですけど。それにこれは教えることを前提とした取引です。教える以上は協力はしてもらう、その類のもの」

「そもそも僕は零崎以前の神識を知らない。知り合ったといってもここ数ヶ月のこと。それ以前なんて伝聞以外では知りませんよ」

この言葉だけで俯いてしまう、名前が変わったことの理由も知らないはずだけど、名前というのは確かにアジア人の中では意味合いが強い。

誇りに思っている人も少なくない、やはり自分達が名づけた名前が変わってしまったことに感じることでもあるのだろうか、わからない感覚、理解をしようとすら思えないけど。

僕の知りたいことのほうは教えてくれるのかもしれないけれど、この人、この状態でも頭が回るのは判っている、欲しい情報を手にするまでは語るまい。

「じゃあ、話しますから。まずは其方から知りたいことを質問してください。正直あんまり人の機微なんてものがわからないんですよ。貴女が知りたいことは貴女が示してくれると助かります」

どういうことが知りたいのかは判らない、もしかしたらもう誰かがある程度は話してくれているのかもしれないし、そんな親切な人は僕の脳裏にはついぞ思い浮かばいけれど。

「シンジは・・・何で・・・・・・・・あんな風に。子供のころと全然違う。それに名前も変わって、何があったんです」

「まず名前から。零崎、この名前は有名過ぎるほど有名、知るよりは知らないでいるほうが幸福といった感じの苗字。でも、名乗るようになってしまったら金輪際、何があっても零崎のまま。つまりは二度と貴女と同じ姓を名乗ることが無いという前提。神識が身をおいている世界では、零崎、その名前を名乗るということは特殊な意味を持っていますから」

さて、受け止めることが出来るだろうか。

普通なら受け止められない、受け止められるなら狂っている、だが既に狂っているのならなんとかなるものだろうか。

僕は言う。

「零崎。つまりは零崎神識、僕は何時零崎になったのかは知る由も在りませんが」

「なる・・・・ですか。その零崎を名乗るじゃなくて。なる」

やはり頭が回る、僕の言葉の言い回しの不自然さを付いてくる、確かに不自然な言い回しなのだ、これでも元は天才といったところか。

「なる。それで間違いない。どういう理屈でそうなるのかは知らないですが。その点は零崎の連中に聞かないと感覚として理解できない、まず零崎は理解が及ばない。まぁ、突然なるらしいですね。零崎に、零崎一賊に。殺人鬼一賊零崎に」

沈黙が漂った、沈黙が支配した。

もう一度僕は言う。

「零崎になるということと殺人鬼になるという意味が等一。神識は殺人鬼ですよ。僕が知っている限りでも飛びっきり、零崎としては何よりの殺人鬼。殺人技能という点なら一族でも中堅といったところでしょうが、零崎としては何より零崎らしい。百人どころか千人以上は殺しています、人間を」

また沈黙だ。

だけど、次の沈黙を打ち破ったのは僕じゃない。

壊れた笑いを上げる彼女。

「殺人鬼・・・・・・・・シンジが、殺人鬼、ハハハッ。そんなこと、あるわけが・・・・・ないで・・・しょ。シンジが殺人鬼、人殺し。・・・・嘘なんてやめて、本当のことを」

「嘘だと思いますか」

「本当であるわけ無い。そんなことある分けがない」

「でも、嘘じゃない。僕はこの会話が取引である以上、嘘は言わない。全部本当のことですよ。そして零崎は零崎同士。殺人鬼同士で仲間を家族を作り上げた。それが零崎」

この答えは僕自身まだ合点がいかないのだけど、何せ最初の零崎の知り合い人識、そんなタイプじゃ全然無いんだもん。

家族なんてアットホームなものに執着するタイプには全然見えない。

「だから零崎になった時点で、貴女は母親でもなんでもない。元より貴女が母親と認められていたのは五歳まで。それ以後は何時頃かは知りませんが家族は零崎だけです。未来永劫変わることなく。神識は何より零崎としての殺人鬼のあり方に固着していると僕は見ていますよ」

故に零崎中零崎らしい。

こう、言うなれば、人識と神識、零崎同士でも背反といった存在かもしれない。

飽くまで零崎の中でのお話だけど。

また、項垂れている、また、否定している、受け入れ難いこととは思うけど。

少々を過ぎて面倒くさい。

僕の代わりにお友達ディア・フレンドがやっていたら、一秒で切れていたかもしれない。

「なった以上は永劫に零崎で。貴女が母親だと思われることは多分一度としてないでしょう。これ以後、絶対に。忠告としては既に死んだものと思うこと、ですか」

これも事実、家族として受け入れるのは零崎のみだ、狂った仲間意識こそが零崎の表れ。

それ以外に家族など欲しようが無い、この人も事実を知り尽くせば息子として受け入れられるものではないだろう。

母親に向かって酷いことを言っているものだとは思うが、一度は捨てた子供だろう、自分が捨てて、相手に捨てられるのは耐えられないってのは我が侭としても酷いものだ。

その手の境遇は、そもそも零崎の過去なんてどうでもいいことなんだけど、最近、関わるようになって玖渚が見つけてきたものを見たものだ。

流し見た程度だったけど、零崎になることにより救われる人間がいるって言うのなら、まさしく彼は零崎になることで、普遍からすべてを捨て去ることで救われたのだろう、零崎は一人残らず足を踏み外し、殺すことしか出来なくなってしまっている化け物。

僕はそうとも、思わないが。

やはり行き着いてしまっているという感は、ある。

もう引き返せないところまで行き着いてしまっている、二度と戻れないところまで、仮初にさえ戻ることなど出来ないところに。

人のことは言えないだろうが、僕だって、綱渡りだ。

僕の人生だって何時そっち側に転ぶか判らない、蜘蛛の糸の上での綱渡り。





「本当に・・・・・・・・・人殺しなの・・・・・・・・・・シンジは」

「ええ」

まるで否定して欲しいような声には簡潔に、やはり僕の物言いも随分酷いものだろう。

温情無く、妥協無く、同情無く。

これほど酷い会話は久し振り、いやこれほど酷い言葉を紡がなければならない状況こそが久し振りとすべきか、どうも狐さんが絡むと僕も手を緩めるなんて発想が消えてしまう。

「なんで・・・・・・・・人殺しなの。・・・」

「生まれた時から。生まれた時から殺人鬼、それが零崎だそうですよ。恐らく貴女の腹から出たその時から決まっていたことだったでしょう。生まれた時から殺人鬼。零崎」

「そう・・・・・・・・」

以外に受け入れる、もう少し現実を否認するものだと思った。

本人の口から言われないと判らないと思っていた。

それでも認めないかもしれないと思っていた。

これでは、少し拍子抜け。

もう少し面倒が、かなり面倒が続くものだと覚悟すらしていたのに。

大体僕は殺人鬼ってところしか説明してないんだが。

その程度で納得するものだろうか。

この後の会話は、まぁ、満足のいくものだったけど。










To be continued...

(あとがき)

前回次は我無垢だとか言いながら、間に無茶クロが二本に此度の殺人鬼、いろいろやっているものですがなかなか予告どおりにはいきません。

今回は前編いーちゃん節ですが、細かいところで全然似てないような気も(汗)。

ご要望の高かった萩原子荻ちゃんは今回から登場でかなりメイン張るキャラにするつもりです、そのためにいーと絡ませたんですし。

次回辺りみいこさんと対決してもらいましょうか。

狐さんがわではいきなり戦力の二人が消え去った感じですが補充メンバーはどうしようか考え中、あの姉妹の退場はあんまり使えないからという個人的なものですが。

単純にシームレスバイアスを無理やり登場させるためといえないことも無いです。

後は戯言知らない方に狐さん、かなりいい加減なタイプだということのネタバレあたりで。

後、よく指摘されることですが、一つの文章が無茶苦茶長くて読みづらいというものですが、今回更に悪化しています、特に台詞ではどこで呼吸しているのだろうと思える口上があったり。

それでは、以後もいーちゃんに愉快な未来がありますように、と。



(恒例の個別リクエストにお応えして、ながちゃん@管理人のコメント)

相変わらずのとんでもない分量に悲鳴(笑)。
いやー、さすがにクロス作品をまったく知らないと、キツイものがあります(しみじみ)。
細部の感想は、他の読者各位にお任せするとして(おい)、今回はいーちゃんの女難(?)の回でした……よね?
さて、後半は碇ユイの話でしたが、彼女がこれからどんな役割を果たすのか、実に楽しみです。
神識との再々会はあるのでしょうかね?
まぁ、何ですね……今回のコメントはかなり短めということで、失礼します(汗)。

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