後日談 U
presented by 紫雲様
冬木市―
使徒再襲来の事件から、早2ヶ月。サーヴァントと使徒の戦闘による被害から、冬木市は目覚ましい復興を遂げていた。
特に被害が大きかったのは新都である。こちらは高層マンションの建築ラッシュが始まり、非常に賑やかである。
そんな新都の外れにある森の中に、通称『幽霊屋敷』と呼ばれる洋館があった。
この建物は魔術協会の管理下にある洋館で、100年ほど前には『エーデルフェルトの双子館』と呼ばれていた。そして過日の事件の際には、バゼットが隠れ家として利用していた館でもある。
そこへ、新しい住人が姿を見せるようになっていた。
「前に来た時思ったけど、掃除すれば十分に良い建物よね!」
「・・・大きいわね、この建物」
館の前にいるのは、アスカとレイである。使徒再襲来事件以降、衛宮邸で寝起きしていた彼女達だったが、ある事情により、この館へ引っ越す事になったのである。
「2人とも、手伝ってよ!荷物、多いんだから!」
「シンジ君、僕が手伝ってあげよう。もし疲れたのであれば、そのまま」
「そのまま何をするつもりだああああ!」
メキョッと音を立てて、カヲルの顔面にアスカの膝がめり込む。100点満点をつけるしかないほどに、見事な真空飛び膝蹴りであった。
鼻血を吹きながら空中を回転したカヲルは、緑の絨毯の中へと倒れ込む。
助けに行きたいシンジだが、両手に荷物を持っていて、駆け寄る事も出来ずオロオロする事しかできなかった。
「ふふ、僕はこのくらいで負けはしない!障害があればあるほど、僕のシンジ君への想いは燃え上がるのさ!」
「だから止めろと言ってるでしょうが!」
「はいはい、仲が良いのは分かったから、そこらへんにしなさい。早く片付けないと、夜になっちゃうわよ?」
カヲルに馬乗りして首を絞めていたアスカが、背後からかけられた言葉に従ってカヲルから素直に離れる。
「シンジはカヲル君と重くて大きいのをお願いね。レイちゃんは割れ物を運んでもらえるかしら?赤いガムテープで止めてあるのを、台所まで持っていってね。アスカちゃんは私を手伝ってちょうだい」
「分かったよ、母さん」
愛息子の言葉に、碇ユイはニッコリ笑うと、早速指揮を取り始めた。
私物が少なかった事もあり、引っ越しは5人の想像以上に早く終わった。
休憩を兼ねて、ユイが早速お湯を沸かして紅茶を入れる。
「とりあえず、片づけは終わりね。これで生活に困る事は無いわ」
「そうですね、ユイさん」
「あらあら、ユイさんじゃなくてお母さんで良いわよ。私は貴女達の保護者でもあるんだから」
実のところ、ユイは身の置き所が無かったのである。ゲンドウはリツコと再婚していて、妻として戻る事は出来ない。略奪愛を考えなかった訳ではないが、それはすぐに却下した。
ゲンドウのシンジへの対応の不手際が原因で熱が冷めていた事もそうだが、彼女はリツコの事も可愛かったのである。考えてみれば、NERVがまだゲヒルンと呼ばれていた頃、ユイは20代半ば、リツコは高校生。ユイにしてみれば、リツコは妹のような存在だったからである。
ましてやリツコはゲンドウの子供を産んでいる。幸せを享受しているリツコを悲しませるような事はしたくないという思いがあった。
だからと言って、碇の実家に帰る事は出来なかった。セカンド・インパクトにより、ユイの家族は全滅しており、身寄りが無かったのである。
そこで思いついたのが、シンジとの同居であった。
シンジは冬木市で新しい生活を築いていて、第3新東京市へ戻るつもりは無かった。シンジが独り暮らしできるだけの能力を持っているのは分かっていたが、実の両親であるゲンドウやユイにしてみれば、不安が残るのは否めない。
そこへ使徒再襲来事件以降、アスカとレイ、カヲルの3人が衛宮邸に転がり込んだのである。いくら衛宮邸が広くても、キャパシティの限界が見え始めていた。
そこでユイは、シンジとの同居を決めると同時に、アスカ・レイ・カヲルの保護者役を引き受けたのである。これはNERVにとっても有難い話であり、護衛的な理由から、ユイが定期的な連絡を入れる事を条件に、スンナリと認められた。
だが同居人は、彼らだけではなかった。
「よう!終わっちまったか、遅れて済まねえな」
食堂に姿を見せたのは、今もアスカと契約続行中のランサーである。
アンリマユ撃退後、アスカはバゼットへ令呪の譲渡を打診した事がある。バゼットがランサーの召喚者であるのも理由の1つだが、バゼットとランサーが、良い雰囲気な所を何度も見かけたからでもあった。
にも拘らず、令呪は未だにアスカの元にある。
これはバゼットに『主従ではなく対等の関係でいたいから』と言われた為である。そこでシンジやレイと相談した結果、2人が正式にくっついたら、令呪をプレゼント代わりに譲渡しようという案に落ち着いていた。
「ランサー、バゼットさんの手伝い、終わったみたいだね」
「ああ、魔獣退治でフランスまで行ってきたぜ。こいつは土産な、みんなで食べてくれ」
「魔獣かあ、どんなのだったの?」
「合成獣 だよ。どっかの馬鹿が制御できずに、自分を餌にされちまってたのさ」
今回の依頼の最中に起きた、色々なハプニングを話のネタに、和気藹々とした時間が流れていく。
そんな時にシンジが『アッ!』と声を上げた。
「そういえば、夏休みに入ったら士郎が一緒に海水浴に行かないか?って言ってたんだ。士郎達は全員参加するそうなんだけど、みんなはどう?」
「へえ、海水浴か、良いわね。よし、シンジ!来週、水着買いに行くから付き合いなさいよ!」
「あ、私も」
「勿論、僕もさ。シンジ君に見立てて貰えるなんて、なんて幸せなんだろう!」
「止めんか、このナルシスホモ!」
ギャアギャアと騒ぐ子供達。ユイは苦笑しながら子供達のやり取りをニコニコと眺め、ランサーはヤレヤレと肩を竦める。
「シンジ、行先は決まってるのかしら?」
「いや、まだだよ」
「だったら、母さんに行先決めさせてくれないかしら?知り合いが宿を経営している所があってね、良い所なのよ」
妙に乗り気なユイの言葉に、シンジは疑う事無く素直に頷いた。
「へえ、そうなんだ。分かった、訊いてみるよ」
海水浴当日―
暗い内に出発した一行は、ユイが手配したバスに乗って移動していた。参加者は衛宮邸と碇邸の住人全てに加え、キャスター・宗一郎・カレン・子ギル・大河・一成・綾子に陸上部3人娘という大所帯である。
最初は大型バスだったのが、何故か行先は空港。一行の額に汗が浮かぶ。
「か、母さん?何で空港なの?」
「それは勿論、飛行機に乗る為よ」
確かに正論である。飛行機に乗る為に空港に来る。これほど正しい答えは、どこを探しても見つからないだろう。
「シンジ、ひょっとして交通代とか心配してるの?」
「う、うん、まあそんなとこかな?」
「大丈夫よ。代金は寝てる間に貯まってた特許料から出しているから」
ニッコリ笑って応えるユイに、シンジは笑うより他は無かった。
ちなみにユイは、表向きは15年に渡って難病が原因で、NERV内部で人工冬眠の処置を受けていた、と周囲には説明されている。そのおかげで本来なら40代にも関わらず、未だに20代の若さである事に、疑問を持つ者はいない。
「さ、行くわよ。貯め込んだ分、パーっと使わないとね!」
金属探知機のゲートをくぐるユイ。そんな母の背中を眺めるシンジに、アスカが声をかけた。
「ママが一番楽しんでるわよね?」
「そ、そうだね」
その後、乗り込んだ飛行機がチャーター機であった事に気付き、再び騒然となるが、一番驚愕したのは、ユイの台詞であった。
『私の両親はテロリスト対策とか言って、家族旅行とかの時は丸ごと飛行機を借りていたんだけど、それが当たり前なのよね?』
碇ユイ。セカンド・インパクト前は日本でも有数の資産家の、箱入り一人娘であった。
沖縄―
飛行機から降り立った一行は、早くも愕然としていた。
シンジを含め、士郎達全員は誰も沖縄まで来るとは思わなかったのである。
そのまま空港に用意されていたバスに乗ると、そのまま宿泊先である巨大な旅館へと案内された。
旅館の女将はユイを見るなり『碇の御嬢様、お久しぶりです。生まれたばかりだったお坊ちゃんと一緒に遊びに来られた時と、全く変わっておりませんね』と世間話を始め出す。その内、シンジが引き合いに出され、更に話が弾む。やがて挨拶が終わると、奥から従業員が10人以上出てきて、手荷物を預かり部屋へと案内を始めた。
一行が案内された部屋は、20人収容可能な大部屋である。ちなみに男女に各1室。普通の旅館ではありえない光景に呆然とする一同。そこへ相変わらずハイテンションなユイが近寄ってくる。
「はい、みんなこれを使ってね」
差し出されたのは麦わら帽子と日焼け止めクリームである。
「沖縄の日差しを甘く見ちゃ駄目よ?紫外線は本土の4倍あるんだから。ちゃんと対策しておかないと、明日から動けなくなるからね」
「そうなの?」
「そうよ。特に女の子は気をつけないとね。イリヤちゃん、泳ぐ前に塗ってあげるからこちらにおいで」
ユイはイリヤと手を繋いで女性部屋へと姿を消していく。
「・・・とりあえず、僕達も準備して海、行こうか?もう何があっても驚かないよ」
シンジの呟きに、全員が一斉に首を縦に振った。
海水浴場はガランとしていた。一応、人影はチラホラと見える。しかし、その数はあまりにも少なかった。
「マ、ママ?ちょっと良いですか?」
「アスカちゃん、敬語なんて使わないで。貴女は私の娘なのよ?」
「う、うん。ここって旅館のプライベートビーチなのよね?」
「そうよ。向こうの岬から、あっちの崖の辺りまでがそうね。岬まで行けば釣りもできるわよ?」
唖然とする一同。今回の海水浴にどれだけお金が費やされているのか、計算するのも恐ろしいほどである。何より一番衝撃を受けたのはシンジであった。
まさか実の母が、ここまで金銭感覚が狂っているとは思わなかったのである。
「箱入り娘なんだな、シンジの母さん」
「・・・京都の旧家だとは聞いてたけど、まさかここまでとは予想しなかった・・・」
まともな金銭感覚どころか、倹約家の実の息子が額を押さえて溜息を吐く。シンジの倹約家な一面は、若い頃は苦労していた父・ゲンドウの血なのかもしれない。
「とりあえず、遊ぼうか。元を取らないと勿体ないし」
パラソルを立て、手荷物を置き始める。そこへ声が掛けられた。
「惣流!惣流やないか!」
「ホントだ、惣流じゃないか!」
「アスカ!久しぶり!」
「ええーっ!ヒカリじゃない!それに2馬鹿コンビまで!」
声をかけてきたのは、水着姿のトウジ・ケンスケ・ヒカリである。彼女達はユイの御誘いを受けて沖縄まで来ていたのである。
久しぶりの対面に、喜びあう一同。そこでヒカリが気付いた。
「あ、綾波さん!私よ、洞木よ!」
全く変わっていないレイに気付いたヒカリが駆け寄る。
「久しぶりね、洞木さん。3年ぶり」
「良かった、私、綾波さんが死んじゃったと思ってたんだよ?生きててくれて、本当に良かった」
泣きじゃくるヒカリを持て余し、助けを求めるレイ。彼女は当然の如く、一番頼りにできる者に声をかけた。
「碇君、どうしたらいいの?」
その言葉に、ヒカリは勿論、トウジとケンスケが視線を向けた。そこに立っていたのは、一行の中で一番大きく成長した少年である。
「まさか・・・碇君なの!?」
「センセ?ホンマにセンセかい!」
「シンジ!シンジじゃないか!」
3年ぶりに再会したシンジの姿に、3人は驚くばかりである。かつては一番頼りなく、気の弱かった少年。それがここまで変貌していたとは、3人にとっても予想外であった。
「久しぶりだね、洞木さん、トウジ、ケンスケ」
級友との再会に沸き立つ少年達。やがて落ち着いた所で、士郎達他のメンバーの紹介へと移った。
「・・・なんや、えらい美人さんばかりやな」
「すーずーはーらー!」
「ゆ、許してくれ!ちょっと見惚れてまっただけや!イテテテテテ!」
脇腹を抓られ、絶叫するトウジ。だがトウジが見惚れたのも仕方ないかもしれなかった。
何せ全員揃って水着姿なのである。
まずビキニを着ているメンバーは、アスカと凛が赤。ルヴィアと綾子が青。桜が紫。ライダーが黒。大河が虎縞。鐘が白と破壊力を秘めていた。
ワンピースを着ているメンバーは、セイバーとイリヤが白。由紀香とレイが青。カレンとキャスターが黒。楓が赤で、こちらもまた破壊力があった。
そしてバゼットだけが競泳水着だったが、スタイルが良いので破壊力という意味ではビキニ組に匹敵している。
だがトウジ達の視線は、約3名の男性陣によって凍りついた。
「うむ。やはり動きやすいな」
「然り。宗一郎殿もそう思われるか」
「ああ、これが日本の文化という奴なんだね?」
宗一郎・コジロウ・カヲルの、純白褌トリオであった。
「言峰。確か昼食はバーベキューと言っていたな?」
「あ、そうです」
「よし、では食材を調達してこよう。素潜りは久しぶりだが、なんとかなるだろう」
「お待ちください、宗一郎様!宗一郎様が行かれる所なら、どこまでもついていきます!」
鍛え抜かれた肉体を惜しげもなく晒しながら、宗一郎とコジロウは士郎がコッソリ投影した銛と網を手に歩いていく。そして宗一郎の3歩後ろを、黒ワンピースのキャスターが静かに追いかける。
「素潜りか、面白そうだな。おい、俺も一枚かませろ!誰が一番大物採るか競争しようぜ!」
「面白い、ランサー、その挑戦、受けてたとうぞ!」
「よっしゃ!バゼット、行くぞ!」
「ラ、ランサー!?」
愛槍ゲイボルグを右手に、左手でバゼットを引きずるように走っていくランサー。
どう考えても海水浴場に相応しい会話では無い。だが異変はこれだけに止まらなかった。
「贋作者 !今こそ勝負の時!覚悟はいいか!」
「ふ、道具の質が実力では無い事を証明してやろう。勝負の場所はあの岬、どちらが大物を釣ったかだ!」
いつのまにか大人化していたギルガメッシュとアーチャーは、完全な釣り人姿に身を固めていた。
「我が家の駄犬が世間に迷惑をかけないように、監視してきます」
釣竿とクーラーボックスを手に、岬へ立ち去る2人の後をカレンが追いかける。
「ところでシンジ君。シンジ君はこれからどうする気なんだい?」
「一応、お昼の準備をするつもりなんだけど」
「なるほど、それでは僕も手伝おう。それが終わったら2人きりで」
褌姿のカヲルが、頬をシンジの胸板にペタッとくっつけて、シンジを上目使いに見上げる。突然、目の前で展開を始めたBL劇場に、『イヤーンな感じ!』と唱和するトウジとケンスケ。ヒカリも全身を細かく震わせて、音波兵器の準備に入る。
しかし、ヒカリの音波兵器が発動される事は無かった。
「止めろと言ってるでしょうが!このナルシスホモ!」
「ホモは嫌いホモは嫌いホモは嫌いホモは嫌いホモは嫌いホモは嫌いホモは嫌い」
レイが鳩尾に拳を突き込めば、アスカがアッパーで顎を捉える。見事ノックダウンしたカヲルを尻目に、アスカとレイはどこからかスコップを持ってきて、砂浜に穴を掘り始めた。
「レイ、目を覚ますまで1分30秒よ」
「分かってるわ、アスカ。62秒で終わらせましょう」
重機のように凄まじい勢いで、穴が掘られていく。とは言え、似たような光景を何度も見てきた士郎達は『ああ、またか』と言った感じで全く慌てる気配がない。
苦笑いするしかないシンジに、言葉も無かったトウジが近寄った。
「センセの周りは賑やかやなあ・・・」
「トウジ、変わってほしい?」
「止めとくわ」
その日の夜、女性部屋―
昼間は騒ぎ過ぎて疲れ切った一同は、グッスリと眠っていた筈だった。イリヤや由紀香のように体力の少ないメンバーや、夕食の時にお酒を飲みすぎたメンバーはぐっすり眠っている。
しかし、中には目が冴えてしまったメンバーも数多くいた。
とりあえず名前を挙げると、アスカ・レイ・ヒカリ・凛・ルヴィア・セイバー・桜・鐘・楓・綾子・ライダーといったメンバーである。
彼女達はお互いの学校生活等をお喋りしながら、楽しい一時を過ごしていたのだが、そんな時だった。
「あら?あれはシェロとコトミネですわね。どこへ行くのかしら?」
たまたま外を眺めていたルヴィアが、夜道を歩いていた2人に気付いたのである。2人とも行く先は違うようで、シンジは海の方へ、士郎は少し離れた所にあるコンビニへ向かうように見えた。
その時、鐘が何気なく呟いた。
「そういえば、結局の所、あの2人は誰が本命なのだ?」
ピシッと固まる空気。
「それは勿論、私よ!」
「いいえ、シェロはきっと私の事が!」
「シロウは私を見てくれています!」
「先輩は私が一番ですよ!」
士郎を巡って4対の視線が火花を散らす。更に
「シンジはアタシの為に全てを犠牲にしてくれたんだもの。きっとアタシよ!」
「駄目。碇君は私との絆を大切にしてくれている」
シンジを巡って赤と青の少女も火花を散らす。
「なるほど、なるほど。そういう事か。つまり、あの2人は誰が好きなのか、はっきりさせていないという事なのだな?」
「確かになあ。衛宮に関しちゃ、遠坂とルヴィアさんが一歩リードしてるのは間違いないが」
「む。それはどういう意味ですか?綾子」
「部長!私にも教えてください!」
綾子の言葉に、食いつくセイバーと桜。心当たりに気付いた凛とルヴィアが、咄嗟に立ち上がる。
「ああ、セイバーさんは知らなかったか。あの」
「綾子!」
「それ以上は駄目です!」
凛とルヴィアが綾子に飛びかかって押し潰す。まるでカエルの鳴き声のような呻き声とともに、綾子は沈黙した。
だが情報発信源は綾子だけではなかった。
「鐘、楓。もし私を友と思ってくれているのであれば、教えて戴けますよね」
「ライダー、勿論、教えてくれるわよね」
全身から黒いオーラを放ちながら、あくまでも友好的態度で迫る2人の少女に、3人は聖杯戦争中に凛とルヴィアが士郎と同じ布団で寝ていた事を素直に白状した。
「「ふふふふふ・・・」」
セイバーと桜の口から不気味な笑い声が漏れていく。同時に2人の視線が、凛とルヴィアを鋭く射抜く。
「「お、落ち着いて!」」
「「これが落ち着いていられますか!」」
凛とルヴィアに襲いかかるセイバーと桜。怒りのボルテージが高いせいか、セイバー・桜組が優勢である。
「何?あの3人、既にそういう関係だった訳?」
「ええ、そうです。まあ必要に駆られて、という側面もあったのですがね」
アスカの問いかけに、ライダーが困ったように応える。確かに士郎が無限の剣製を使う為には必要な行為だったので、ライダーの言葉にも一理あった。
そこへ襖の開く音が聞こえてきた。何事かと視線を向けると、そこには携帯電話を手にしたヒカリの姿があった。
「ヒカリ、どうしたの?」
「ちょ、ちょっとね」
コソコソと廊下へ出ていくヒカリ。その姿にピンと来たのは恋愛探偵の異名をとる少女であった。
「アスカ嬢。つかぬ事を訊くが、先ほどの洞木嬢には恋人はいるのかな?」
「え?一応、馬鹿ジャージが、って言っても分かんないか。シンジと仲が良かった、関西弁話してたのがいたでしょ?アイツと付き合ってるわよ」
「なるほどな。では邪魔せぬ方が良いだろうな。折角2人きりになれるチャンスなのだから」
さすがにそこまで言われれば、アスカもピンとくる。
「やっぱり・・・そういう事?」
「だろうな。どこかで待ち合わせしているのだろう」
「だよなあ。そういえば、お前達はどうなんだ?」
楓のストレートな質問に、思わず顔を見合わせるアスカとレイ。ユイが同居しているとは言え、一つ屋根の下である。おまけに2人ともシンジへの気持ちを自覚しているのだから、逆にシンジが自分達をどう考えているのか?という事が気にならない訳が無い。
「・・・言われてみれば、シンジから答えを貰ってないわね・・・」
「・・・同感・・・」
「それって、ひょっとしたら、ひょっとするんじゃないのか?」
ニヤッと笑う楓。
「言峰の奴、渚の事、満更でもなさそうだもんな。意外と、渚が本命だったりしてな」
「はは、何言ってんのよ!」
「おや、2人とも、あれを見ろ」
鐘に言われるがまま、窓の外へ視線を向ける。そこには旅館から出ようとするカヲルの姿があった。
「あれは、言峰を追いかけるつもりなんじゃないか?」
アスカとレイのこめかみに、ビキッと音を立てて血管が浮かび上がる。
「「あと、よろしく!」」
全く同時に、部屋を飛び出るアスカとレイ。その慌てぶりに、楓がお腹を押さえて笑い転げる。
そこへ、再び襖が開く音。鐘が視線を向けると、今度はライダーであった。
「私も出てきます。それでは」
静かに閉まる襖。だがライダーの言葉は、士郎を巡る4人の少女を冷静にさせる物があった。
4人は立ち上がると、まるで競い合うかのようにドタドタと全力で部屋から飛び出ていく。
「何と言うか、面白いな、アイツら」
「蒔の字、笑うのは構わないが、客観的かつ公平に判断すれば、こういう機会に女同士で駄弁っている方が、寒く見えると思うのだが?」
「ぐ・・・それを言ったら鐘っちだって!」
言葉に詰まる楓の前で、鐘がスッと立ち上がる。
「すまぬが、私も約束があるのでな。これで失礼させて貰う」
静かに部屋から出ていく鐘。静かに閉められた襖を、楓は言葉もなく見送った後、隣にいた綾子に向けた。
「同士綾子。お前は私を裏切ったりしないよな?」
「・・・少なくとも蒔寺よりは早く相手を見つけたいな」
「・・・夜の海かあ、静かだなあ」
寄せては返す波の音。いつまでも耳に残りそうな音が、今はとても心地よかった。
サード・インパクトの時、世界は同じ音に包まれていた。違うのは世界を支配する色だけである。
「・・・いや、違うか。あの時はアスカと綾波しかいなかった。でも今は違う」
あの当時、シンジは絶望の底にいた。いつかアスカの為に自らの命を絶つ。ただそれだけを目的に生きてきた。
だがその経験がなければ、今、この場にはいなかった筈である。
冬木の地で出会った、多くの友と新しい生活。
養父・綺礼を手にかけるという行為を自らの意思で行った。それはシンジの心に、今も罪の意識として刻みこまれている。
確かに綺礼の仕出かした事は、許されない事である。だからと言って、シンジは自分がした事を割りきれずにいた。
誰もが納得する大義名分はあった。実際、大聖杯に至る道で綺礼に遭遇した時、綺礼を何とかしなければ、冬木市の歴史は終わっていたはずである。それほどに、聖杯の呪いは貯まっていたのだから。
綺礼は危険だから、という理由でシンジは綺礼を蘇生させなかった。実際、綺礼の危険性については、あの場にいた者達全てが納得している。だがシンジは初めて会った時以来、綺礼から多大な恩義を受けてきた。そしてその恩義は、結局返せずじまいなのである。
「・・・分かってはいるんだ。僕の判断は間違いないって事は」
そう、シンジの判断は間違いなく正しい。だがそれはそれとして、綺礼を殺めたという行為その物を、自分に都合よく忘れてしまうのは間違いだとも思っていた。
「・・・僕は全てを抱えて生きていかなければいけない。それを忘れてしまったら、僕は堕ちてしまう」
今のシンジにとって、言峰綺礼という存在は、自身の監視役のような意味を持ちつつあった。
シンジの持つ世界を上書きする力 は消えて無くなった訳ではない。シンジがその気になれば、今、この瞬間にでも世界は書き換えられてしまう可能性を秘めている。
それだけではない。
NERV地下に封印されたエヴァンゲリオン初号機をシンジが駆れば、世界中を探しても対抗できる存在はいない。
主従の契約を交わしているアヴェンジャー・カヲルに主として『世界を滅ぼせ』と命じれば、カヲルは使徒としての力を思う存分に発揮して世界を崩壊させるだろう。
何より、シンジは使徒である。その命は人間という枠を超越している。コアを破壊されない限り死ぬ事は無いし、老化とも無縁の存在である。こんな存在が堕ちれば、世界は間違いなく地獄へと変わり果ててしまう。
だからこそ、言峰綺礼という存在がシンジにとって必要だった。
自分の罪を正面から見据えていく為に。
「・・・もう少しいろんな事、話してみたかったな・・・」
ゴム草履を脱ぐと、シンジは海に踏み入った。波が足首までかかり、ヒンヤリとした冷たさを伝えてくる。
「シンジ!」
後ろから聞こえてきた声に、シンジは振り向いた。そこにいたのは赤と青の少女達。
「どうしたの?暑くて眠れないの?」
少年の言葉に、少女達は静かに歩み寄る。
「シンジ、教えてほしい事があるの」
「僕で答えられる事かな?」
「あのさ!・・・シンジは・・・アタシとレイ・・・どっちが・・・」
口籠るアスカ。すでに顔は耳まで真っ赤。シンジを正面から見るのも恥ずかしくて、顔を俯けてしまっている。
「・・・アスカ?」
「だ、だから!アタシとレイ!・・・その・・・どっちが!」
「碇君は私とアスカ、どちらが好きなの?」
アスカの言いたい事を、アッサリと口にするレイ。月光に照らされた顔は、いつも通り無表情に見える。だがほんの少しだけ、その頬が桃色に染まっていた。
「・・・僕が、アスカとレイ、どっちを好きなのか?」
「そう。教えてほしいの、碇君」
「そそそそ、そうよ!そういう事なのよ!二股なんて認めないわよ!」
呆然とするシンジ。目の前では少女達が必死になっている。
シンジは目を瞑り、真剣に考えた後、素直に想いを告げた。
「アスカ、ごめん」
「・・・そうよね、やっぱりアタシは・・・」
「アスカ、僕を見て」
恐る恐る顔を上げるアスカ。その視線が捉えたシンジは、彼にしては珍しく、悪戯小僧のような笑顔だった。
「僕はね、アスカの『二股なんて認めないわよ』って言う言葉に対して『ごめん』と言ったんだ」
「・・・は?」
「・・・碇君?」
この言葉にはアスカもレイも虚を突かれていた。
「アスカ、悪いけど僕はアスカもレイも好きなんだ。どちらが好きなのか、なんて決められない。両方とも好きなんだよ、僕は」
「シンジ!アンタね、自分が何を言ってるのか分かってる訳!?」
「うん。分かってるよ。でもね、言わせて貰うよ」
怒りで顔を赤く染めたアスカを右手で、シンジの言葉を待っているレイを左手で抱き寄せる。
「僕は2人とも幸せにする。2人にも僕を幸せにしてほしい。それが僕の本音だ。二股と言われても構わない。アスカとレイと僕、3人が幸せな結末を僕は望む。法律や常識なんて関係ない!」
いつになく強い態度のシンジに、アスカもレイも言葉がでてこない。
「2人とも僕が守る。だから2人も僕を支えてほしい。僕が人としての心を失って、欲望に負けないように支えてほしい。どちらか1人じゃ駄目なんだ。どうしても受け入れがたいというのなら、理由を作ってあげてもいいよ」
「・・・何?」
「2人が僕を受け入れてくれないなら、僕はルシファーになる」
「・・・シンジ、アンタ本気?」
唖然とするアスカ。レイもアスカと似たり寄ったりである。
「本気だよ。世界を守る為に、僕の花嫁になってよ。悲劇のヒロインぽくって良いと思わない?」
「・・・良いわ。私はそれで良い」
「レイ!?」
レイの決断に驚いたのはアスカだった。
「だって私達がお嫁さんにならないと、世界は滅びちゃうのよ?アスカ、それは分かってるの?」
「ちょ、ちょっと!?」
「アスカ、碇君は自分の気持ちを素直に伝えてくれたわ。その上で碇君は、これ以上ないほどの理由もつけて解決策を用意してくれた。だから私は受け入れる。それで、アスカはどうするの?1人だけ、仲間外れになるの?」
レイに見つめられたアスカは、シンジに視線を移す。
「・・・アタシがお嫁さんにならないと、シンジは世界を滅ぼしちゃうんだよね?」
「そうだよ」
即答するシンジ。そんなシンジの頬に、アスカは手を伸ばし―
「イテテテテテ!アスカ!抓らないで、痛いって!」
「五月蠅い!この女たらしが!シンジ!絶対に幸せにしなさいよ!約束だからね!」
「分かってるって!絶対に2人とも幸せにするよ!」
「・・・フン。初めて会った頃はオドオドしていたくせに、いつのまにこんな度胸身につけちゃったのよ!生意気よ、シンジのくせに!」
天上に輝く月が、静かに3人を見守っていた。
同時刻、海岸を見下ろす崖の上―
「ふむ。収まるべき所へ収まったか、それにしても、シンジ君も随分と思い切った決断をしたな」
そこにいたのはカヲルであった。
「決断できずに有耶無耶にしてしまうのは確かにマズイ。でも責任を取る覚悟があるのなら、それは正解だ。シンジ君。僕は君のサーヴァントではなく、君の友達として、君の決断を祝福するよ」
踵を返すカヲル。旅館へ帰ろうと、道を歩いていたカヲルだったが、ふと何かを思いついたように手をポンと叩いた。
「・・・僕もあの中に入れて貰おう!だが男の体では、僕が良くてもシンジ君達が拒否するかもしれないな・・・そうだな、帰ったらユイさんに相談してみるとしよう」
妙案を思いついたとばかりに、カヲルは上機嫌で帰り道を急いだ。
後日、カヲルから性転換の手術について相談を受けたユイは、頭を抱えたそうである。
翌朝―
「・・・何か、寝不足な人が多いねえ」
朝食を摂りながら、シンジは呟いていた。目の前には眠そうにしているメンバーが多数いるのである。
シンジは知らなかったが、寝不足なメンバーは、全て夜間外出した者達であった。
「ホントね。アンタら大丈夫なの?」
「・・・うあ?・・・ああ・・・」
アスカの問いかけに、凛から返事になっていない呻き声が返ってくる。
だが一際顕著なのが士郎であった。彼はお箸と茶碗を手にしたまま、ウツラウツラと船を漕いでいるのだから。
彼らが徹夜で何をしていたのかは不明である。
「・・・そういえば、惣流。昨日の件はどうなったんだ?」
「昨日?」
「ほら、綾波と一緒に、言峰を追いかけて行っただろう?」
楓の言葉に『ああ』と思い出すアスカ。
「あの件は解決したわよ」
「そうなのか!?で、どうなった?」
「アタシ達は3人一緒。そういう事で落ち着いたわ」
楓と綾子がシンジに視線を向ける。
「「言峰?」」
「ああ、本当の事だよ。いざとなったら責任は僕が取る。それで納得してもらったから」
「このムッツリスケベが!」
楓の糾弾を、シンジは笑って受け流す。綾子もシンジを挟むように座っているアスカとレイが納得して受け入れているのであれば、五月蠅い事は言わなくて良いだろうと結論づけた。
「母さん、そういう事だから」
「まあ、貴方達が納得しているのなら、私は受け入れるわ。でもね、必ず幸せにしてあげなさいよ。貴方には、その責任があるんだから」
「うん。分かってるよ」
ユイも息子が本気なのを理解すると、それ以上は口に出さなかった。もっともユイにしてみれば、レイもアスカも可愛くて仕方ない。かつての経緯はともかく、今は実の娘も同然なのである。その娘達が息子の傍にいてくれるのであれば、これ以上の幸せは無かった。
「まあ僕の事より、問題は士郎だよ」
シンジの視線が士郎に向かう。士郎の両隣には凛とルヴィア。そして向かい合うようにセイバーと桜が座っているのだが、全員、寝不足状態である。
「・・・4人とも、っていうのは冗談のつもりだったんだけどなあ・・・」
シンジは苦笑いしながら、親友の未来に幸福がある事を願った。
Fin...
(2011.08.06 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
遂に暁の堕天使、全て終了致しました。ここまで呼んで下さった方々、本当にありがとうございます。
今回の結末に関してですが、前作までとは違い二股エンディングですw今までの2作についてはアスカが恋人、レイが妹という立ち位置をイメージしたエンディングでしたが、今回はその辺りをガラッと変えてみました。その代わり、カヲルの乱入の可能性もある訳ですがw
あと書き続けて思ったのですが、攻撃能力の無いキャラと言うのは書いてて難しいと思いました。何せ敵が出てきてもやる事が無いw戦闘中にやる事が無い=存在感が希薄になる、居ても居なくても関係ないという事ですからねえ・・・おかげでシンジをどうやって活躍させるか、本当に悩みました。
話は変わって次回作についてです。
作品としてはAEOEのクロス作品になります。本当は逆行オリジナルにしようと思っていたんですが、どうしても書きたくなってしまい、クロス作品となりました。
ただし型月作品ではありません。さすがに3作書くと私も食傷気味なので、少し時間を置きたいと言うのが本音です。
クロス元のヒントは@講談社作品A作品の知名度が高いB超常的な力が存在している、と言った所です。詳細は次回の更新に合わせて、予告編と世界設定を告知。連載は9月半ば頃の開始で考えています。
それでは、暁の堕天使を最後までお読み下さり、ありがとうございました。
また次回作を、宜しくお願い致します。
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