暁の堕天使

エピローグ

presented by 紫雲様


NERV本部―
 本部で最も広い会議室。そこに多くの報道陣が詰めかけていた。
 目的はただ1つ。冬木市で起きた使徒の再来についてである。
 戦闘その物は極めて短時間であった。しかし、冬木市が受けた被害は尋常ではなかった。
 何故か海水によって水没した冬木市。高台に建っている一部の家は被害を受けなかったが、大半の家屋は水没した形跡があり、家電製品等も完全に壊れてしまっていた。
 更に根こそぎ吹き飛んでしまった柳洞寺一帯の山々と、その跡地にできていた巨大クレーター。N2を使った所で、ここまで吹き飛ばす事など不可能である。
 そして使徒の戦闘により、直接破壊された多くの住宅。中には踏み潰されて、文字通りペシャンコになっている物もあった。
 最早、冬木市を廃棄するしかないのでは?という案すら市議会では持ちあがったそうだが、結局は冬木市に愛着を持つ市民が多く、市民総出で復興に乗り出していた。
 そんな矢先に、NERVが事件の真相を報告する記者会見を開くという通知を出したのである。世界中が注目するのも無理は無かった。
 会議室のドアが開く。入ってきたのはゲンドウと冬月。同時に、無数のカメラのフラッシュがたかれる。
 それに動じることなく、席に着くゲンドウ。隣に座った冬月が、司会進行役兼任と言う事で、マイクを手に取った。
 「・・・今日は忙しい所を御来場戴き、まずは感謝の言葉を述べさせて戴きます。本日NERVは、幾つかの報告の為に会見を開かせて戴きました」
 ゴホンと咳払いした後、冬月が言葉を続ける。
 「まずは誰もが知りたがっている、北海道冬木市において起きた、使徒の再襲来事件についての真相から報告させて戴きます。まず、使徒の再襲来は事実でした」
 無数のシャッター音が会議室に響く。その音が収まってきた所で、冬月は再び口を開いた。
 「使徒が再襲来した理由ですが、これはSEELEの残党によるテロでした。彼らは使徒の細胞片を保存しており、それを利用して今回の事件を引き起こしたのです」
 SEELEについては完全な虚偽。まさか真実を伝える訳にもいかなかった為、NERVは偽りの報告を作り上げていた。
 「ですが、残党の数は僅かであり、経済的にも人的資源的にも先詰まっていた為、一か八かという博打的な考えに囚われ行動に移したと思われます。彼らのアジトについても調査は終了しました。使徒の細胞片は残っておらず、構成員も全滅しておりました。二度と同じ事件は起きない事を、NERV首脳部は断言します」
 「それは間違いないのですか?」
 「はい、間違いありません。彼らの再起は決してない事をお約束します」
 シャッター音とともに、至る所からざわめきの声が聞こえる。
 「待って下さい!使徒の再襲来は事実と言われましたが、どうやって撃退したのか教えてください!エヴァンゲリオンは配備されていなかったはずですが?」
 「その件に絡んで、NERVは幾つかの決定の報告をさせて戴く。ここからは司令の碇に委ねます」
 マイクがゲンドウに手渡される。その瞬間、会議室がシーンと静まり返る。
 「まずNERVの最高責任者として、使徒戦役終了後に幾つかの虚偽の情報を流していたことから話をする必要がある。まずは聞いていただきたい」
 虚偽、という言葉に記者達が互いに顔を見合わせる。普段なら遠慮なく質問を飛ばすのだが、ゲンドウの威圧感の前に、口を開く事のできる勇者は存在しなかった。
 「まずチルドレンについて話をさせて貰う。ファーストチルドレン綾波レイ、及び、サードチルドレン碇シンジについてだ。既に御承知の通り、綾波レイはアルミサエル戦において弐号機を救う為に零号機を自爆。本人は戦死として扱われている。だがこれは我々が意図的に流した虚偽の情報である。綾波レイは生存している」
 「どういう事ですか!」
 「彼女が零号機を自爆させたのは事実だ。そして我々は瀕死の重傷を負っていた彼女を回収する事に成功した。しかし、容体はあまりにも悪く、戦場への復帰は絶望的だった。そんな彼女に対し、私は治療とリハビリに専念させる為、相応の処置を行った。しかし、彼女の存在が明るみに出れば、治療の妨げが生じる可能性があった。具体的にはSEELEによる彼女の誘拐の可能性だ。故にNERV司令碇ゲンドウの責任において、綾波レイを戦死扱いとして治療に専念させた。そして治療を終えたのが今年の2月。今回の一件でSEELEの壊滅も確認し、これ以上、彼女の身の危険を脅かす物は無いと判断し、真実の公表に踏み切った」
 一斉にフラッシュがたかれる。しかしゲンドウは、動揺の欠片すら見せずに対応する。
 「次にサードチルドレン碇シンジについてだ。サードチルドレンが4歳の時、交通事故死した私の実子である事は、多くの方が知っているだろう。だが、これも虚偽の情報である」
 「まさか、御子息も生きていたのですか!」
 「その通りだ。これについてはセカンドチルドレンには申し訳ないのだが、彼女の功績と言われている戦果の半分は、サードチルドレンの戦果だった。しかしサードは使徒戦役終了後、英雄として有名になる事を嫌い、この本部から姿を消してしまっていた。言いかえれば家出をしてしまったのだ」
 この発言には記者達も驚いたのか、唖然として言葉もない。有名になるのが嫌だから家出するという発想は、彼らの中には無かったのだから当然かもしれない。
 「だが大々的に探す訳にはいかなかった。もしサード失踪の情報をSEELE残党が入手してしまえば、最悪の事態が予想された。更にもう1つ。使徒戦役からの復興には、強力な旗頭が人類に必要だった。その役割をセカンドチルドレンに担って貰った訳だが、それにはサードの功績を彼女の物にする必要があった。故にサードの生存を知っているSEELEに対しては我々が『サードに極秘任務を与えている』と誤解させる目的で、そして世界中の人間に対してはセカンドを旗頭とする為に『サードは使徒戦役その物に参加していない』という虚偽の情報を流した」
 「それでは、使徒戦役その物が、私達の知りうる情報とは違ってくる、という事になりますが?」
 「その通りだ。サキエル・シャムシエルはサードの単独。ラミエルはファースト・サードの共同。ガギエル・イスラフェル・サンダルフォンはセカンド・サードの共同。マトリエル・サハクイエル・レリエル・バルディエル・ゼルエルは3人の共同。アラエルはファースト・セカンドの共同。アルミサエルはファースト・サードの共同。量産型はセカンド・サードの共同。量産型戦終了後、初号機だけが残っていたが封印され、そこで永遠に眠る筈だった。今回の事件が起きない限りはな。だが使徒は再襲来し、初号機を動かすしかなかった。これが真実だ」
 勿論、真実は違う。しかし、シンジやアスカが望めば、初号機は勝手に動き出してチルドレンの元へ移動します、等と言う事は絶対に言えなかった。口にすれば、チルドレンは『歩く超兵器』扱いされてしまうからである。
 だからこそ、ゲンドウは虚偽の報告をするしかなかった。
 「それでは、セカンドチルドレンの戦果は!」
 「その通りだ。私達が情報操作した結果が、彼女の戦果なのだ。正直、これについては虚偽のままにしておいた方が良いのではとも思ったのだが、セカンドから真実を伝えるように頼まれてしまったのでな」
 「セカンド本人がですか?どうしてですか?真実が広まってしまっては、彼女の名声に傷がつくんですよ?」
 「彼女は自身の名声に拘っていないからだよ。それに伴い、別の報告をさせて貰う」
 ゲンドウは咳払いした後、再び、口を開いた。
 「本日を持って、全てのチルドレンを解雇する。同時にNERV本部は、世界中の人間全てに対して、元チルドレンへの取材の停止を要望する」
 「何故ですか!我々に限らず、世界中の人間が知りたがっている事なんですよ!」
 「答えは簡単だよ。チルドレンがそれを望んでいないからだ。セカンドは人類復興の旗頭として2年余り働いてくれた訳だが、そろそろ旗頭ではなく、1人の子供として人生を謳歌させてやりたい。ファースト・サードについては元々、人と話すのが苦手な性格なのでな、マスコミの前に立つ事自体が苦痛だそうだ。特にサードは軽度の対人恐怖症なので、普通の生活を送るだけで必死なのだよ。それが理由なのだが、問題はあるかね?」
 「それなら、せめて顔写真だけでも公開するとか」
 「できる訳がなかろう。そんな事をすれば、子供達のところに自制の効かない、子供な大人達が殺到するのは目に見えている。もし、それが苦痛でサードが自殺したりしたら、君達は責任を取ってくれるのかね?NERVの科学技術がいかに優れていようとも、死人を蘇らせるような真似はできんのだよ?」
 グッと押し黙る記者達。確かに取材対象として、チルドレン以上のネタは無い。だがそれ以上に自己保身は大切である。
 万が一、チルドレンの死の責任を取る事になどなれば、我が身の破滅だけでは済まない。それぐらいは容易に想像ができた。
 「だが個人の利益の為に、チルドレンを悪用しようとする者はいるだろう。特に顔が売れていないサード辺りならば、あまり騒ぎにならんだろうと考えてな。だが先に言っておく。サードに限らず、チルドレンには護衛を配備している。それは不可能である事を先に断言しておこう」
  
冬木市、穂群原学園―
 新年度最初の行事、始業式の日。校長先生の長い訓示の最中に、欠伸やらお喋りやらという当たり前の光景がチラホラと見られる日であった。
 そして始業式が終わり、全員が気を抜いた所で舞台に上がる人影がいた。
 倫理を担当している葛木宗一郎である。
 「お喋りをやめろ。まだ終わっていないぞ」
 シーンとなる体育館。校長よりも、葛木が注意した方が効率が良い辺り、葛木の教師としての実力が良く分かる。
 もっとも、生徒の方が迫力負けしているだけかもしれないが。
 「本日、3年に5名の編入生が入る事になった。5名とも3年A組への編入を希望していたので、特例と言う事でそれを認める事になった」
 ちなみにA組はシンジや士郎のクラスである。主なメンバーだと凛や一成、綾子や陸上部3人娘に、慎二がいたりする。
 よくもまあここまで関係者が集まった物だが、これは偶然ではない。クラス編成の際、葛木がキャスターに忠告されて気を利かせた結果である。
 「では紹介するので、こちらに来たまえ」
 ステージに上がってきた5名の姿に、大きなどよめきが上がる。
 ちなみに、A組の最後列にいたシンジは逃げ出そうとしていたが、大河によって逃亡は未然に防がれてしまっていた。
(何で邪魔するんですか!)
(サボりは許しません!)
竹刀を肩に担ぐ大河に、小声でシンジが抗議する。しかし教師としての大河から見れば、シンジがサボろうとしている様に見えるのも仕方なかった。
これから起こるであろう最悪の未来図を覚悟するシンジ。それでも必死に逃げ道を探し続ける辺り、往生際が悪いとしか言えなかった。
 シンジがそんな事をする間に、次々に舞台に上がってくる人影。金髪のやや小柄な少女、金髪縦ロールの御嬢様、紅茶色の髪の毛の少女、蒼銀の髪の毛の少女、そして銀髪の少年である。
 「では自己紹介をしたまえ。まずは君からだ」
 「私はアルトリア=セイバー=ペンドラゴンと申します。イギリスから来ました。2月には学校訪問もさせていただきました。どうか宜しくお願いします」
 ペコリと頭を下げるセイバーの姿は、どこか可愛い人形のような愛らしさがあり、至る所から拍手が巻き起こった。
 「どうぞ」
 「ありがとうございます。私はルヴィアゼリッタ=エーデルフェルトと申します。フィンランドから転校してきました。皆様、宜しくお願い致します」
 流暢な日本語に、再び拍手が沸き起こる。もっともセイバーとルヴィア、ともに2名ほど拍手をしていない少女がいるのは御約束である。
 「アタシは惣流=アスカ=ラングレーです。2年前に家出して姿を眩ました彼氏を追って転校してきました」
 おお、とどよめく生徒達。1人だけ体育館の一番後ろで顔を青ざめさせている少年とは、とても対照的である。
 「と言う訳なので、アタシの男には手を出さないようにお願いします。そこの後ろで逃げ出そうとしている馬鹿シンジ!今更逃げんじゃないわよ!」
 隻眼の少年に集まる生徒達の視線。
 先日、NERVで開かれた会見については、誰もがテレビで見ていたのである。当然の如く、彼らは今も家出中のサードチルドレンの事をテレビで知っていた。
 「アスカ!?いつの間に僕がアスカの恋人になったんだよ!交際どころか、告白すらしてないじゃないか!」
 「・・・アタシじゃ不満があるとでも?」
 急に氷点下にまで下がったアスカの発言に、シンジの背筋を冷たい物が滑り落ちていく。
 「アタシはアンタが望むなら、今すぐ抱かれても良いのに!なのに、嫌だと言う訳ね・・・」
 「ア、アスカ?」
 ・・・殺してやる殺してやる殺してやる・・・
 「止めてよアスカ!洒落になってないって!分かったから、止めてよ!」
 強烈極まりない独占欲の塊―というか、ストーカー属性丸出しのアスカに、全校生徒はドン引きである。まあ救世の女神とまで呼ばれた少女が『抱かれても良い』という爆弾発言に加えて、ストーカーな一面を見せたとあっては、言葉を無くすのも仕方ないのかもしれない。
 「惣流君、いつまでもマイクを握っていないで、次の人に渡してもらえるかね?」
 「あ、はい。すみません」
 しかし、世の中にはストーカー等平然と受け流す者もいる。そんな人物の代表格である宗一郎から注意を受けたアスカは、正気に戻るとマイクをレイに手渡した。
 「綾波レイ」
 シーンとなる体育館。後が全く続かない。
 「綾波君。自己紹介はそれだけかね?」
 「・・・碇君は大切な絆・・・」
 ボソッと呟かれた爆弾に、再び集まる視線の嵐。
 当事者のシンジはと言えば、もはや虚ろに笑うしかない。
 「そうだよね、うん、分かっていたよ。綾波ならそう言っちゃうよね、うん」
 魂が抜けかけているのでは?と疑いかねないシンジの姿に、一部の者達から同情的な視線が集まる。しかし大半は嫉妬の視線である。
 「では綾波君。マイクを次の人に渡してくれ」
 無言でマイクを手渡すレイ。しかし、そこにはいるべき筈の影が無かった。
 「・・・いません」
 辺りを見回す生徒達。そこへ響くボーイソプラノの声。
 「シンジ君。再び君に出会えて、僕は嬉しいよ」
 「カ、カヲル君?さっき職員室で別れたばかりだよ?」
 「何を言っているんだい?僕にとっては死によって別かれたかのように辛い時間だったんだよ?それにしても、ガラスのように繊細な心を持つ君と一緒にいられるなんて、なんて幸せなんだろう。ああ、隻眼になった君も、また別の魅力が」
 ズガシャア!という音を立てて吹き飛ぶカヲル。そこに立っていたのは、壇上から助走をつけてドロップキックを放ったアスカである。更に後を追いかけてきたレイが、何故か手慣れた手つきでポケットから取り出したビニール紐でカヲルを縛り上げていく。
 「この変態ナルシスホモ!シンジに触んじゃないわよ!」
 「アスカ、手伝って。近くに川があったわ。運が良いわね、私達」
 「そうね。邪魔者は片づけてきましょうか」
 カヲルの右足をアスカが、左足をレイが掴んでズリズリと引きずっていく。途中、カヲルが『僕とシンジ君の絆は不滅さ』と言っていたが、階段に差し掛かるとその言葉も消えてしまった。
 呆然とする生徒と教師。その中から士郎が姿を見せる。
 「シンジ、NERVってのは変わり者の集まりなのか?」
 「それって遠まわしに、僕も変わり者だと言いたい訳?僕は静かに暮らしたいだけなんだけど」
 「・・・自覚ないのか?十分変わってるぞ」

3年A組教室内、始業式終了直後の休み時間―
 現在、A組には学園内でも指折りの美少女が在籍している。
 一昨年と昨年のミスコン優勝者である凛。
 人形のように愛らしく、白磁のような肌を持つセイバー。
 いかにも上流階級の御嬢様然としたルヴィア。
 最近まで救世の女神とまで呼ばれていたアスカ。
 ミステリアスかつ寡黙なレイ。
 当然の如く、男子生徒の視線は彼女達に集中する。だが―
 「シェロの隣は私です!日本には不慣れである以上、サポート役が私には必要なのですよ!」
 「馬鹿言ってんじゃないわよ!士郎の隣は私に決まってるでしょう!」
 「何を言うのですか!シロウは私のマスターです!私が側にいるのは当然でしょう!」
 士郎の隣に座るのは誰なのか?早くも視線で火花を散らしている3人の姿があった。
 凛は腕まくりして臨戦態勢。セイバーは武器こそ持っていないが、身の軽さを武器にしようと、軽くつま先立ちをしている。そしてルヴィアも制服の袖を引き千切って、戦闘態勢を整えていた。ちなみにルヴィアの制服は、普段のドレス同様、袖は簡単に千切れるように細工が加えられている。だがそれを知った所で、頭を抱えている士郎にとってはどうでもいい事実であった。
 「・・・はあ・・・」
 早くも被っていた猫を脱ぎ捨てた3人に、周囲は微妙な雰囲気である。3人の焦点となっている士郎への嫉妬。これは仕方無い。確かに3人とも甲乙つけがたい美少女だからである。
 しかし、ここまで猫を被っていた事を知ってしまった今、果たして今まで通り、憧れの視線を注ぐべきなのか?という疑問が彼らの心中に生じ始めていた。
 (・・・ああ、何とかして止めないと・・・)
 悲壮な決意とともに立ち上がる士郎。そして天は彼を見捨てていなかった。
 「先輩!お弁当作ってきたんです!お昼に食べてください!」
 確かに天は士郎を見捨てていなかった。なぜなら、まだまだ遊べるからである。
 「さ、桜!?」
 飛び込んできたのは、次期ミスコン優勝対抗馬として高い下馬評のある桜であった。もともと桜の容貌は美少女とよぶに相応しい。スタイルも良く、料理が得意という強力な武器も持っている。
 それでも人気がイマイチだったのは、ひとえに暗い性格にあった。
 ところが聖杯戦争終了後、臓硯の束縛から解放された彼女は、極短期間で明るい性格へと変貌していたのである。
 その事に気付いた男子生徒達から、早くも熱い視線が注がれ始めた彼女なのだが、彼女にとって視線を向ける先は1人しかない。
 「先輩、どうぞ」
 「あ、ありがとな、桜」
 「良いんですよ、先輩の為ですもの。何でしたら私が食べさせてあげますよ」
 ピシッと音を立てて固まる3−A。凛・ルヴィア・セイバーがギギギッと音を立てて視線を移動する。
 「桜、良い度胸ね。士郎に手を出すつもりかしら?」
 「ミス・マトウ。シェロは私の伴侶になるべき殿方なのですよ?」
 「サクラ。貴女は私の敵になるのですか?」
 絶対零度の視線に怯える事もなく、桜は余裕を持って切り返す。
 「女性としての魅力で負けるつもりはありません。それに家庭的な事で私に勝てるんですか?」
 穂群原学園随一の胸を張りながら対抗する桜に、3人の怒りのボルテージが徐々に上がっていく。
 最早、誰にも止められない。
 「・・・始業式当日に色恋沙汰で流血事件発生。明日の三面記事に載ってしまうぞ?」
 「氷室、そんな不吉な事を言わないでくれ」
 「そうだぜ、鐘っち。本当にありそうなんだからさ」
 「ね、ねえ、藤村先生か葛木先生、呼んできた方がいいんじゃないかな?」
 「・・・衛宮。だから早く御祓いに来いと言ったんだ」
 5人は最悪の事態を想定し、賢い事に距離を取っている。遅ればせながら、その事に気付いた級友達も、同じ行動を取ろうとする。
 「そうだ!おい、間桐!せめて妹だけでも止めろよ!一応、兄貴なんだろう!」
 「何で僕がそんな危険な事をしなくちゃいけないんだ!第一、桜は!」
 「・・・お兄様、今、何を仰ろうとしたのか、妹である私に教えて戴けませんか?」
 慎二の背中を滝のように流れ落ちていく冷や汗。ゆっくりと振り返った慎二は、そこに黒地に赤いラインが走ったドレスを身に纏った妹の姿を幻視した。
 「ま、まて、桜。僕は何も言ってないぞ!」
 「ええ、当然です。でも、こんな言葉を知っていますか?死人に口なし、って言うんですけどね・・・」
 「●$☆〒▲g□¥!」
 奇声を上げる慎二の前で、桜はクスクスと笑っている。周囲はドン引き状態で、誰も止める者はいない。
 そんな生徒達の目の前で、桜は兄の襟に手を伸ばすと、教室の外へと引きずり出した。
 「さ、桜!お願いだから止めてくれ!」
 「あらあら、お兄様、どうされたのですか?まるで屠殺場へ行く前の牛や豚みたいですよ♪」
 「嫌だあ!もう僕は嫌だあ!お願いだから助けてくれえええええええええっ!」
 ピシャン!と音を立てて閉まるドア。やがて遠くから断末魔の声が聞こえてきた。
 「桜は離脱したわね」
 「ええ、分かってますとも」
 「勿論です。雌雄を決しましょうか」
 止める者は1人もいない。誰だって命は惜しいのである。唯一止められるのは士郎だけだが、彼も『正義の味方』という夢を叶える前に死ぬのは嫌なので、賢明な事に口を閉ざしていた。
 そんな光景から視線を外すと、教室の別の場所では、また別の光景が展開されていた。
 「シンジの隣は私で決定よね!シンジ!」
 「アスカ、ずるい。碇君の隣は私なの」
 「シンジ君、勿論、隣はこの僕だよね」
 士郎の時とは、また違った意味で近寄りがたい光景が繰り広げられていた。
 士郎の時は『女の戦い』というべき物だったが、こちらはとにかく『甘い』のである。
 アスカが人目を憚ることなく腕を絡ませれば、レイは小さな子供が注意を引くように、服の裾を引っ張ってアピールする。そしてカヲルはシンジの頬に手を伸ばしながら微笑みかけている。
 ちなみにシンジの場合は、女子生徒達から黄色い歓声が起こっていた。原因は、言うまでもなくカヲルの行動である。
 早くも一部の女の子の間では、カヲル・シンジのカップル説が浮上していた。
 「カ、カヲル君。ちょっと顔、近づけすぎじゃないかな?」
 「ん?偶然だよ、偶然。何も恥ずかしがる事は無いさ、それにしてもシンジ君はシャイだね。好意に値するよ」
 キャーッと歓声が沸き起こる。それに気分を良くしたのか、カヲルは更なる行動に乗り出した。
 「おや?シンジ君、唇が切れてるよ?」
 「え?そういえば、朝から痛いなあ、とは思ってたけど」
 「薬を塗ってあげるね」
 顔を近づけるカヲルに、一際大きな歓声が起こる。その瞬間、凄まじい轟音が轟いた。
 ふと気がつくと、カヲルの姿が消えている。
 「全く、このナルシスホモは!」
 「学習しないのね、この人」
 赤と青の少女による同時踵落としの一閃は、最後の使徒を昏倒させるだけの破壊力を秘めていた。
 ピクリとも動かないカヲルを縛り上げると、2人は教室の掃除用具入れの中にカヲルを放り込む。更にベランダへ運び出すと、戸が床に接するように置いた。
 「お待たせ、シンジ!」
 「碇君、お待たせ」
 「う、うん」
 「私ね、お弁当作れるようになったんだからね!だから食べてみて!」
 「私も手伝ったの。食べてくれる?」
 はっきり言って背中が痒くなるほどに甘い。何人かの男子生徒は奇声とともに涙を流してシンジを睨みつける。
 「寺の子よ。どうする?どうやって事態を収める?」
 「俺には無理だ。藤村先生に任せよう」

 結局、大河の公平な裁きにより、士郎とシンジ、凛とルヴィア、アスカとレイ、セイバーとカヲルという組み合わせで落ち着いたが、卒業するまで、彼らだけは隣の人間が変わる事は無かったそうである。



To be continued...
(2011.07.23 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 ついに暁の堕天使hollow編も終わりました。シンジやレイも現世へと復帰。第3新東京市では送る事の出来なかった、平穏な学生生活を過ごす事になりました・・・うん、嘘は言ってないですよねw
 それはともかくとして、今回はサーヴァント組とイリヤに関しては出番がありませんでした。ですが今回だけです。次回の番外編である後日談からは、また復帰しますのでもうしばらくだけお待ち下さい。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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