暁の堕天使

後日談 T

presented by 紫雲様


穂群原学園3−A
 最上級生である高校3年となったシンジ達。そんな彼らに、問題が降りかかっていた。
 3年である以上、進学であれ就職であれ大きな問題には違いないのだが、それはまだ続いていく問題であって、今すぐ解決を求められている物ではない。
 今のシンジ達が直面している問題。それは―
 「では、学園祭の出し物についてなのだが、意見を言ってもらいたい」
 司会進行役を務めるのは、学級委員長を務める氷室鐘である。
 今までの彼女であれば委員長を務めるつもり等全く無かった。しかし聖杯戦争という体験が彼女の考え方を大きく変えた。
 聖杯戦争は二度と起きない。それは彼女も凛から聞かされて、納得した。あのような大惨事が起きないというのであれば、これ以上に素晴らしい事は無い。
 しかし聖杯戦争は起きずとも、同レベルの災害が起きない保証はどこにもない。
 例えば地震や竜巻と言った天災、テロといった人災、あるいは聖杯を求めてやってきた外来の魔術師が、何らかの問題を起こす可能性が全く無いとは断言できない。
 その点を考慮した鐘は、父・道雪のような政治に関わる道を将来の選択肢として選び取り、今の内からリーダーシップを身につけようと考えたのである。
 それには学級委員長という立場は、現実的な経験の場であった。
 生徒達からいくつもの案が出されていく。
 それら全てを書記を務めるレイが几帳面に黒板に書きあげていく。
 ちなみにレイが書記を務める理由は、彼女に質問しても望んだ答えが返ってこないからである。
 レイの考えは常にシンジが中心であり、何を質問しても『碇君が望む物が良い』と言われるばかりなので、彼女に質問しても時間の無駄と気付いた鐘の判断により、レイは書記としてサポートについていた。
 「現在出ている案だが、幾つか問題のある出し物がある。まず私達が様々な衣装を着て御客と一緒に写真を取るコスプレ写真展だが、これは特定の生徒に注文が集中するのは目に見えている。これでは私達全員が参加するとは言えないし、一部の生徒が異様なまでに忙しくなってしまう。だからこの案は廃案にしたいと思うのだが、みんなの意見を聞かせて貰いたい」
 「確かに、そうだよな。まあ誰に人気が集まるかは言うまでもないけどな」
 冬木の黒豹、10年後の虎2代目と評判高い楓の言葉に、大半の生徒達が頷く。
 「他に意見はあるかな?無いようであれば、これは消させて貰う」
 コスプレ写真館という文字の上に、赤いラインが引かれる。
 「なあ、氷室。今更で何だが、質問があるんだ」
 「衛宮か、何を訊きたいのだ?」
 「会場となる場所だよ。去年までは自分達の教室だったよな?他の場所を使う事は出来ないのか?」
 「ふむ、それは条件次第だな。まず他の場所はクラブが優先的に使う事になる。それでも空いている場所であれば、理由次第で認められるだろう」
 「そうか、なら1つ意見があるんだが、いいかな?」
 士郎の言葉に、鐘が軽く頷く。
 「広い場所が必要になるんだが、俺は和風の喫茶店をやってみたい。欲を言えば野点ができれば最高だな。何とかできないかな?」
 「ほう、ジャパニーズ・ティー・セレモニーですか。面白そうですわね」
 「ティー・セレモニーですか?それはどのような物なのでしょうか?」
 ルヴィアは興味を引かれたのか、面白そうに頷いている。野点を知らないセイバーは、隣に座っているカヲルから野点について説明を受けた。
 「・・・大まかな説明としてはこんなところだよ。分かってもらえたかな?」
 「ええ、理解できました。ありがとうございます、カヲル」
 「いやいや、大したことじゃないよ。でも僕も野点には興味あるかな。実際にやった事はないからね」
 野点という案は、クラス中から賛同の声が多く上がっていた。
 鐘も割と乗り気である。
 「では第1希望は野点。第2希望を和風喫茶にしよう。ただ雨が降ったら野点は難しいので、その場合は和風喫茶へ変更。場所は敷地内の桜がたくさん植えられている所はどうだろうか?葉桜ならば、割と雰囲気も良いと思うのだが」
 「賛成だ。和風喫茶の場合は、この教室でいいだろう。御茶菓子は野点でも和風喫茶でも使える物を用意すれば、材料を無駄にせずに済む。衣装についてだが、これは蒔寺の知り合いで貸衣装屋を営んでいる取引先はいないか?」
 「ああ、それならうちでも対応できるぜ」
 一成の問いかけに、楓が即答する。
 「あとは小道具の調達だが、これは男子の出番だろう。野点は正座が基本だが、それとは別に長椅子も用意しておいた方がいいだろう。長椅子は材料を買ってきて自作。それから野点に付き物の傘だが・・・」
 話はとんとん拍子に進んでいた。

そして野点の許可が下りた、翌日の事―
 冬木随一の品揃えを誇る呉服屋『永鳥庵』に生徒達が集まっていた。
 衣装合わせが訪問の理由なのだが、1つの問題が発生した。致命的な事に御茶の作法を知る者が楓以外に誰もいなかったのである。
 ちなみに、楓が唯一の経験者と言う事に、クラス中が騒然としたのは言うまでもない。
 「それにしても、アタシ、和服って初めてなのよね」
 「私もそうですわ、ミス・アスカ」
 ここに集まっているのは、御茶を振るまう役を務める女子生徒全員と、シンジとカヲルであった。
 何故、男子生徒がいないのかと言うと『ムサイ野郎に御茶を振舞われるより、綺麗どころが振舞った方が客が来る』という綾子の意見が全面的に賛同を勝ち得たからである。
 ただ例外的に、シンジとカヲルだけは対象外だったらしく、この場へと強制連行の憂き目にあっていた。
 「よーし、衣装は数に限度があるから、交代で着てもらうぜ。それが無い連中は、その間に御茶の作法を学んで貰うからな」
 「それは良いんだけど、難しくないの?御茶って」
 「由紀っちは心配しすぎだぜ。あんなの片手間にできるぐらい簡単だからよ」
 禅の教えを取り込んだ御茶を『片手間』扱いするのはどうだろうか?という至極尤もな疑問が脳裏をよぎる。だが賢明な事に、誰もそれを口にしようとはしなかった。
 そんな生徒達の思惑をよそに、楓はテキパキと御茶の基本的な作法だけを教えていく。かなり簡略化しているので、誰もが最低必要な事だけを覚える事が出来た。
 実際にホスト役と御客役に分かれて練習もする。
 結果として満足な出来に終わったのか、楓は『これなら大丈夫だぜ』と太鼓判を押していた。
 そんな所へ、衣装合わせを終えた生徒達が戻ってきて交代となる。
 衣装合わせに入っていくのは凛・ルヴィア・セイバー・アスカ・レイ・鐘・由紀香・綾子に加えてシンジとカヲルであった。
 従業員に案内された先には、すでに女性の従業員が準備万端で待ち受けていた。
 「あら、今度は外国の生徒さんがいるのね」
 腕が鳴るわ、と言わんばかりにやる気に満ち溢れた従業員のおばちゃん達である。
 「あの、僕達は男なんですが、ここで衣装合わせはマズイと思うんですけど」
 「あら、貴方達がお嬢さんが言ってた子ね。貴方達はそこの襖の向こうよ」
 「分かりました。それじゃあ行こうか、カヲル君」
 何の疑いも無く襖の向こうに姿を消すシンジとカヲル。
 2人を待ち受けていたのは、楓の悪戯であるとも知らずに。

 和服初体験の少女達に、おばちゃん達は大張りきりである。
 人形のようなセイバー、豪奢なルヴィア、テレビで見た事のあるアスカに、蒼銀とう珍しい髪の色をしたレイ。特にこの4人に対して、おばちゃん達は妥協というものを許さなかった。
 「服と小物のバランスがイマイチね。ねえ、漆の簪、取ってくれる?」
 「帯の色が少し地味ね。もっと上品なのが良いかしら?」
 「もう少し鮮やかな赤の方が見栄えが良いわね。ちょっと待っててね」
 「派手に攻めるよりも、儚さを演出した方が良いかしら?そうなると白や銀を組み合わせた方が良いかしらねえ・・・」
 完全な玩具状態の4人。他のメンバーは既に着つけは完了し、4人の衣装合わせを見るしかやる事が無く、どこか手持無沙汰である。
 そんな所へ、楓の作法を終わらせた他の生徒達が移動してきた。
 「よう、遠坂。暇そうだな」
 「まあね、玩具になってるのはあの4人だから」
 「そりゃそうだろうな。あの4人は日本人離れした外見だから、おばちゃん達も張りきってるんだよ。もともと和服ってのは、日本人じゃなきゃ合わないんだからな」
 「そうなの?セイバーとか、素人目に見ても似合ってるわよ?」
 確かにセイバーは似合っている。まだ調整中だが、それでも『可愛い』と表現できるだけの華がある。
 「セイバーとレイは例外。あの2人は和服にあった体型だから、純粋に髪の毛や肌の色とのバランスに拘ってるだけなんだ。問題はルヴィアとアスカだな」
 少し敵意の籠った口調に、凛もそれとなく同意する。確かにルヴィアとアスカは、3−Aにおける浜辺の勝利者なのは間違いないからであった。
「和服ってのはな、胸が大きいとバランスが崩れるんだよ。だからワザと胸をサラシで巻いて着たりする人もいるんだ。でも学園祭だから動かなきゃいけないし、胸を潰してたら苦しいだろう?だから、他の方法でバランスを取ろうとしてるんだ」
 「言いたい事は理解できるんだけど、納得できるかどうかは別物ね」
 「遠坂、頼むから店で暴れないでくれよ。親父を怒らせたくないからな」
 そうこう言っている内に、衣装合わせは完了した。
 4人の出来映えに、感嘆のため息が漏れる。
 「なあ、ちょっといいか?この小物、レンタル品じゃないだろ」
 「ああ、その事ですか。実は取引先から試供品として送られてきたサンプルがありましてね、社長と相談して使わせてくれる事になったんですよ」
 「へえ、親父の奴、たまには良い事するじゃん。それで言峰と渚だけど」
 そこでガラッと音を立てて襖が開いた。
 そこにいたのは、紋付き袴姿のカヲルである。
 「どうかな?」
 「結構似合ってんな」
 「ふふ、ありがとう。和装というのも、中々に良い物だね」
 事実、カヲルの和装は高評価であった。女生徒達からも感嘆のため息が零れ出る。
 「ところで、シンジはどうしたの?」
 「シンジ君か、もうすぐ出てくるよ。さすがに190cmの衣装が無かったそうだから」
 「渚の言う通りさ。だから言峰の分に関しては、永鳥庵の試作品を提供してるんだ。うちの職人さんも、言峰の体格に合わせた和装ってのは挑戦したがってな」
 「ふうん、そうなんだ」
 納得するアスカ。そして聞こえてきた足音に、アスカの視線が上を向き、そして凍りついた。
 店内を静寂が支配する。
 「・・・シンジ、アンタ鏡見た?」
 「・・・見たよ。何を言いたいかは分かっているから、あまり責めないでほしい」
 シンジは2年前の学園祭同様に女装姿であった。だが今度は気合いが違う。
 前回は素人による女装だったが、今回は和装の専門家による女装なのである。さらに、とことん派手であった。
 「言峰。君は想い人と別れて、どこかの大奥にでも上がるつもりなのかね?」
 シンジの衣装は、豪華絢爛な衣装であった。はっきり言って、これでどうやって御茶を点てさせるつもりなのか、全く理解できない。
 「僕が訊きたいぐらいだよ。これじゃあ江戸時代の御姫様じゃないか」
 「いやいや、似合ってるぞ?さすが冬木市で一番女装が似合う男と言われるだけの事はあるな。これで下級生の視線はお前に釘付けだ!」
 楓の無責任な言葉に、シンジは大きな溜息を吐く事しかできなかった。

そして学園祭当日―
 天気は快晴。習慣的予報によれば学園祭の期間は全て快晴、降水確率0%という最高の天気の中で、穂群原学園の学園祭は開始された。
 3−Aも在学中最後の学園祭とあって、気合いは十分。全員が一致団結して接客にあたっていた。
 野点という珍しい出し物に、来客者の視線が集まるのも当然である。何よりこのクラスは審美眼的にレベルの高い生徒が多く、そういった意味でも人は集まっていた。
 ちょっとした小休止目的の御客は長椅子で湯呑茶碗と和菓子で一息つくのが目的なので、それほど負担は大きくない。だが野点を楽しみたいという御客が予想外に多く、初日にして計画の変更案が出されたほどである。
 だが何よりも異様なのは、和装姿の生徒と一緒に記念写真を撮りたいと望む御客の多さであった。
 確かにアスカやレイの知名度はずば抜けているし、セイバーやルヴィアも日本では見かけない外見の為に希望者は非常に多い。
 だが、熾烈なトップ争いは別人であった。
 「あの・・・渚先輩をお願いします」
 「ん?僕かい、それじゃあ一緒に撮ろうか」
 そこでサービス精神を発揮したのがカヲルであった。女生徒をいきなり御姫様抱っこした状態で写真を撮るのである。
 これには女の子の方が驚いたが、カヲルの顔を至近で見るなり俯いてしまう。
 「おやおや、カメラをちゃんと見ないと駄目だよ?折角の可愛い顔が台無しじゃないか」
 「ッ!」
 このセリフでトドメを刺された少女達は、今日だけで3桁に到達するのではないか?とまで予想されるほどの勢いである。
 だがカヲルとデッドヒートを繰り広げる相手も負けてはいない。
 「言峰先輩、写真をお願いします」
 「僕?別に良いけど、あまり他人には見せないでね」
 もともとサービス精神の薄いシンジは、カヲルとは対照的に消極的である。女装自体は割り切っているので辛いとは思っていないようだが、それでもシンジと一緒に写真を撮りたいと望む少女達の心中を理解できない彼にしてみれば『何故、僕なの?』と不思議で仕方無いのである。
 確かにシンジは女装が似合うが、それでも眼帯というハンデがある。女装するには背が高すぎるという問題もあるし、まさか自分に人気が集まるとは露ほどにも考えていなかった。
 『ありがとうございます!』と何度も御礼を言いながら頭を下げる後輩に手を振りつつ、シンジは手近の椅子に腰かける。慣れない衣装が重くて、疲れ気味のようであった。
 「シンジ、随分、人気あるわね」
 「ああ、アスカか。御茶、ありがとう」
 湯気の立つ御茶で一息つくシンジ。その前に羊羹の載ったお皿が差しだされる。
 「碇君。疲れた時には甘い物」
 「ありがとう、綾波」
 もともと少食のシンジなので、一度に口の中へ入れる量は少ない。羊羹も齧るのではなく、爪楊枝でサイコロ状に切り分けてから、少しずつ食べる。
 その度に、周りの御客から感嘆のため息が聞こえてきた。
 「・・・何で、こんなにお客さんが来るのかな?僕、男だよ?」
 「それが理解できないのが、シンジがシンジたる所以かしらね?」
 クスッと笑うアスカに、シンジが僅かに顔を赤らめる。
 「それより、アスカ。そろそろ」
 「もうそんな時間?オーケイ、分かったわ。シンジ、少しだけここで待っていて!」
 「分かったよ。この辺りにいるから」
 2人を見送ったシンジは、野点のコーナーへ視線を向けた。
 時間は午後2時。今のホスト役は凛・セイバー・ルヴィアを中心とした少女達である。
 こちらもお客の入りは非常に多い。
 付け焼刃故の悲しさか、動作1つ1つがゆっくりだし、手際も良いとは言えない。だが全員が一生懸命に持て成そうとしている事は理解できるのか、お客の中に不満気な者は1人もいない。
 何か手伝おうと思った矢先、シンジは見覚えのある人影に気がついた。
 「ランサー!来てくれたんだ」
 「・・・話にゃ聞いていたが、マジかよ・・・」
 呻き声をあげたのはランサーである。他に来たのはサーヴァントではライダー・コジロウ・アーチャー・キャスターの4人。マスターではバゼット・宗一郎・桜・カレン・イリヤの5人であった。
 「言峰先輩、綺麗ですね・・・」
 桜の感想に、隣にいたライダーとキャスターは両目を開いて呆気に取られていた。
 「その眼帯!まさか本当に!?」
 「・・・まさか、ここまでとは・・・」
 190を超える長身でありながら、御姫様衣装を難なく着こなしているシンジに、2人は自分の美的感覚に衝撃を受けていた。
 ライダーもキャスターも『可愛い系』に美しさを感じるセンスの持ち主なので、シンジの女装がここまで見られる物だとは全く思っていなかったのである。
 「シンジ、写真撮っても良い?」
 「では私も一緒にお願いします」
 イリヤとカレンは、早速、写真を撮ろうとする。
 了承すると、シンジはカメラを係の生徒に渡して、早速撮影に入る。
 その光景を眺めながら、コジロウが呆れたように呟いた。
 「ランサーよ、そなたの前のマスターは、まさか女子だったのではあるまいな?」
 「馬鹿言うな!男だよ!」
 「・・・いや、アサシンが不思議に思うのも当然だ。私でも、あれがアヴェンジャーのマスターだと聞いていなければ、女だと思った」
 バゼットの相槌に、ガックリと肩を落とすランサーである。
 「ふむ、では私は凛の様子を見てくるとしようか。折角だから、御客として入ってみるか。アサシン、君はどうする?」
 「なるほど、そういえばマスターも御茶を供すると言っていたな。よし、アーチャー。ともに行こうではないか」
 黒シャツ黒ズボンに白髪の長身の男と、陣羽織姿の男の出現に、女性の注目が集まる。黄色い歓声の中、2人は野点コーナーへと立ち去った。
 「そういえば、キャスターさん。セイバーも野点でホスト役やってるんだけど、行ってみたらどうかな?」
 「セイバーが!?」
 「うん。ほら、あそこ」
 シンジの言葉通り、素直に視線を向けるキャスター。その瞬間、キャスターは喜び勇んでセイバーの野点コーナーへと突撃。その後ろを宗一郎がいつもの寡黙な表情のまま、無言で追いかける。
 「みんなはどうする?正座が苦手な人用に、長椅子のコーナーもあるよ?」
 「ああ、それは有難い。では私はそちらをお願いします」
 残ったメンバーは、全員、長椅子に座って御茶で一服する。
 そこで、ふと思い出したようにシンジが口を開いた。
 「そういえば、ギルガメッシュさんは?」
 「先ほどまでは一緒にいたのですが」
 カレンがそう答えた瞬間、背後で轟音が轟いた。
 何事かと視線を向けると、肩を怒らせたセイバーとキャスター、更に少し離れた場所に犬神家の一族状態な英雄王の両足が見えていた。
 「よくわかったよ、カレン」
 「あの駄犬、今夜は調教です」
 苦笑するシンジ。ところがそこへ別の轟音が轟いた。
 「今度は何だ!?」
 そこにはアッパーカットを決めた状態の凛と、それを後ろから羽交い絞めにして凛を止めようとする士郎がいた。そんな2人から少し離れた空中を、アーチャーがスローモーションで飛んでいる。
 「アーチャーさん、遠坂さんを玩具にしすぎたんだね」
 「姉さん、学校で猫を被るのを止めてから、手が出るのが早くなりましたから」
 「サクラ、そういう問題なのですか?」
 アーチャーを心配するあまり、オロオロするライダー。ちなみに現在、アーチャーとライダーは交際中だったりする。
 「シンジ!」
 聞こえてきた声に思わず振り向くシンジ。そこにはアスカとレイを筆頭に、見覚えのある人影が並んでいた。
 ミサト、加持、冬月、リツコである。
 「・・・ひょっとして、シンちゃん?」
 御姫様姿のシンジに、呆気に取られるミサト。他のメンバーも、シンジの美貌に呑まれてしまい、声一つ出せない。
 「ええ、僕ですよ。どうかしたんですか?」
 「どうかしたんですか?って・・・言わなきゃ分かって貰えないのかしら?」
 「ああ、見苦しいですか?」
 ブンブンと激しく首を左右に振るミサト。加持と冬月は苦笑いし、リツコは口元を隠して笑いを隠すのに必死である。
 「いやいや、まさか碇の血統から、これほどの美人が現れるとは思わなかったよ。どうだね、私が婿でも紹介してあげようか?」
 「副司令、冗談でも止めてください。アスカが暴れます」
 「全くだ。リッちゃんの言う通り」
 上司の冗談を笑いながら窘めていたリツコだったが、ふと気づいたようにシンジに近寄る。
 「そういえば、シンジ君は会うの、初めてよね」
 「・・・ひょっとして、リツコさん、子供産んだんですか?」
 「そうよ。貴方とは腹違いの妹になるのよ。ほら、カナエ。お兄ちゃんに挨拶して」
 リツコの胸元にしがみ付いていた、リツコに似た顔立ちの女の子が、顔を上げる。シンジを指差し、一言。
 「お姉ちゃん!」
 ブッと御茶を噴き出すサーヴァント達。こっそり聞き入っていたらしいが、子供の素直な反応が、ツボにハマったらしい。
 「カナエちゃん、僕はお兄ちゃんなんだよ?」
 「ウソ。だって御姫様の格好してるもん!」
 実に素直な子供である。周囲の御客や生徒達も、苦笑するより他は無い。
 「まあ、いいや。リツコさん、抱かせて貰っても良いですか?」
 「ええ、良いわよ」
 カナエは新しくできた『お姉ちゃん』が気に入ったのか、シンジにしっかりとしがみ付く。時折、小さな手を伸ばしては、シンジの頬をペタペタと触っていた。
 「そういえば、父さんは?」
 「ええ、来てるわよ。それにしても大変だったわ、ここまで引っ張り出すのは。『俺には会う資格など無い』の一点張りで意地を張っちゃっててね」
 「ああ、父さんらしいですね」
 「所用で遅れると言っていたけど、来るのは間違いないから、来たら受け入れて貰えないかしら?」
 リツコの言葉に、『勿論ですよ』と返すシンジであった。

 少し時間が経ち、シンジ達が野点の当番を変わった頃、学園内に騒然とした緊張感が立ち込め始めた。
 御客や生徒達がざわめき始め、しきりに3−Aを見始めたのである。
 異様な雰囲気に、写真係を務めていた士郎が、御客の一人に声をかけた。
 「すいません、うちの出し物で何か問題でもありましたか?」
 「いや、君達じゃないよ。実はね、今、正門の所にマスコミが来てるらしくてね」
 「マスコミ!?」
 何でマスコミが来ているのか、その理由を理解できないメンバーは1人もいない。間違いなく、彼らの目的はチルドレンであった。
 「今は先生達が対応してるみたいだけど、時間の問題みたいだ。大きなお世話かもしれないけど、君達の所の3人、避難させた方が良いかもしれないよ?」
 「そうだったんですか、ありがとうございます」
 「いや、そんな必要は無い」
 割って入ったのは冬月である。普段は温厚な老紳士として有名な彼が、珍しく激怒していた。
 「士郎君。君達は今まで通り続けてくれ。ここは我々で何とかする」
 「そうだな、ここは俺達の出番だ」
 「そうね。でもリツコは残って貰った方が」
 「私も行くわよ。カナエはシンジ君の傍から離れないから、少しぐらい大丈夫よ」
 リツコの向けた視線の先。そこには野点をするシンジと、その横に座って『どうぞ』と御茶菓子を出しているカナエの姿があった。微笑ましすぎる光景に、御客達も大喜びである。
 「それでは行くとしますか」
 席を立つ4人。その4人から少し離れて、ランサーとバゼットもあとに続く。
 「坊主、念の為に俺達も行ってくるな」
 「こちらは任せてください」
 「そっか、じゃあ、頼むな」
 士郎の返事に、2人は頷くと人混みの中へと消えた。

穂群原学園正門前―
 「中に入れてくれ!チルドレンがいるんだろ!」
 「関係者でない方は、我が校へ入る許可を出せません。即刻、御引き取り戴きたい」
 正門では教師とマスコミの対峙が続いていた。教師陣は男性教師を中心に10名ほど、マスコミ側は総勢50名は下らない。
 「ファーストやセカンドもそうだが、サードの顔を知りたい人間は大勢いるんだ!少しぐらい良いだろ!」
 「だから駄目だと言っているでしょう!」
 一般来訪者や、材料の買い出しから戻ってきた生徒達が校内に入ろうにも、マスコミの壁が邪魔で入る事が出来なくて迷惑そうに顔を顰めている。
 だからと言って下手に通行を緩めれば、マスコミが雪崩を打って入ってくるのは火を見るより明らか。何より、痺れを切らしたマスコミの中から、壁を乗り越えようとする者達が現れるのも時間の問題。そんな時だった。
 「邪魔だ、どきたまえ」
 マスコミの背後から、異様なほどにドスの効いた声が響く。その迫力に、マスコミ達がまるでモーゼの十戒のように2つに分かれた。
 「何故、マスコミがここにいる。NERVからマスコミは関わらぬよう、4月の会見で要請した筈だが、もう忘れたというのかね?」
 ヤクザ顔負けの強面から放たれた声には、明らかに不愉快極まりない感情が込められていた。その空気を察したのか、マスコミが揃って一歩後ずさる。
 「君達、名刺は持っているだろう。今すぐ渡し給え。後ほど、君達の会社の最高責任者を通じて処分を下して貰うのでな」
 その言葉に、慌てて逃げ出すマスコミ陣。だが離れた所で悲鳴が上がった。
 「申し訳ない。こちらの不手際で御迷惑をおかけしました」
 「い、いえ、別にNERVが問題を起こした訳ではありませんから。こちらこそ、助けて戴いて感謝の言葉もありません」
 「そう言って下さると助かる。今日は1人の父親として訪問させて戴いたのだが、中に入らせて戴きたい」
 そこへ駆けてくる複数の足音。
 「碇!」
 「マスコミは保安部に取り押さえさせた。もう問題は無い」
 「そうか、それなら良いんだ。それより、シンジ君が待っているぞ」
 その言葉に、ゲンドウは頷くと、後ろに近付いてきていた人影を伴って、3−Aの野点コーナーへと向かい出した。

同時刻、植え込みの陰―
 「ランサー、どうして隠れるのですか?」
 「ああ、あの親父と会うのが気まずくてな」
 以前、ゲンドウのシンジに対する対応を理解できなかったランサーは、ゲンドウを激しく責めた事を覚えていた。
 本当ならランサーが隠れる理由はない。堂々と座っていれば良いのである。
しかしどこか気まずい事は否めない。結果として、思わず物陰に隠れてしまったというのが本音であった。
「何があったか知りませんが、会いたくないのですね?」
「まあな」
 「分かりました。では私に付き合って戴けますか?いつまでもここに隠れていても、暇なだけです。一緒にこのお祭りを見て回りませんか?」
 バゼットの言葉に、ランサーは一瞬だけポカンとした。だがすぐに笑顔になる。
 「ああ、それもいいな」

3−A、野点コーナー―
 正門の騒ぎを収めた一行。だが3−Aのコーナーには緊張感が走っていた。
 言うまでもなく、ゲンドウの強面が原因である。
 テレビで見かけた者は大勢いるが、生ゲンドウは初めてという者が大半を占めており、軒並み言葉を無くして後ずさっていた。
 「せ、先生。やはり私は来ない方が良かったのでは?」
 「ええい、覚悟を決めんか!普段は傍若無人な癖に、息子に会う時だけ弱気になるな!」声は叱りつつも、内心で苦笑する冬月。それは同行者達も同じであった。
 「すまないが、シンジ君の野点の順番が空いたら、入れて貰えるかね?」
 「ええ、すぐ」
 「あー!パパだー!」
 元気な声がお店に響く。そこにはカナエを抱いたシンジが立っていた。
 「・・・シンジ、か?」
 「久しぶりだね、父さん。3年ぶりだよ」
 「ああ、見違えたぞ、シンジ」
 いつのまにか自分より視線が高くなった息子に、ゲンドウは言葉も無かった。尤も、シンジの御姫様姿にも原因はあるかもしれないが。
 「シンジ、お前に会わせたい人がいる」
 ゲンドウがスッと一歩譲る。その後ろから出てきた人影に、シンジは目を丸くした。
 レイにとても良く似た顔立ちの女性。年齢的には20代半ばで通じる美貌。
 「先日、サルベージが無事終わってな」
「ひょっとして、母さん!?」
 「・・・大きくなったわね、シンジ」
 そこにいたのはユイであった。
 「母親としては、息子との感動の再会を期待していたんだけど、まさか娘を抱擁する事になるとは思わなかったわ。ゲンドウさんに捨てられたショックで、性転換手術でもしちゃったのかしら?」
 毒の籠ったユイの一言に、ゲンドウが口籠る。
 ゲンドウがユイではなくリツコと新しい人生を選んでいた事は、自業自得と諦めがついた。ユイは初号機と共に永遠を生き続ける事を選択し、今回の事件が無ければ地球へ戻るつもりはなかったからである。だから残されたゲンドウがリツコを新たな伴侶としていた事実は、自分に非があると受け止めていた。
 しかし、シンジの件は別である。
 ユイがいなくなった後、シンジがどんな人生を送ってきたのか、ユイは全てを知っていた。だからこそ、全てをお膳立てしたゲンドウに激怒したのである。
 ちなみにゲンドウの服の下が、包帯とギプスで埋め尽くされている事実を、NERVの上級職員だけが知っている。
 「あまり父さんを苛めないであげてよ、母さん」
 「シンジ、優しい子に育ってくれたのね」
 「・・・シンジ・・・」
 ホロリと涙ぐむユイとゲンドウ。感動的な光景がそこにあった。
NERVメンバーはシンジの過去とゲンドウの行動を知っている。にも拘らず、シンジはゲンドウの事を責める事無く、その罪を問おうとはしなかった。その大人びた対応に、感心した様な笑みが浮かんでいる。
士郎や凛達も、シンジの態度に互いに笑顔を交わし合っていた。シンジは心の傷を乗り越える事が出来たのだ、そう考えたからである。
だから誰も予想しなかった。
 「だって、母さんが苛めすぎたら、僕が苛める余地が無くなっちゃうよ」
 「・・・言われてみればそうよね。直接的な被害者はシンジな訳だし」
 「シンジ!ユイ!」
 カナエ以外の全員が、まるでタイミングを合わせたかのように、同時に大地に突っ伏していた。
 後にこのやり取りを見ていた士郎は、こう語った。
 『シンジの悪魔な所は、父親じゃなくて母親譲りだったんだな』と。



To be continued...
(2011.07.30 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は後日談という名前の番外編第1話として学園祭を舞台としたドタバタコメディを意識して書いてみました。本編がシリアスストーリーだった為、終始、気楽に書く事が出来た分、私自身も楽しんで書きあげる事が出来ました。おかげで仕上がるのが早かったですw
 話は変わって次回です。次回は後日談第2話。同時に暁の堕天使最終話となります。
 ついにここまで辿り着く事が出来ました。後日談なのでお笑い要素を多くしたのですがやはり最終話なのでシリアス要素も入れております・・・まあ、ぶっちゃけシンジは男としてどうするのか?なのですが。
ちなみに大穴は士郎w凛達も絡めて地獄の多角関係完成ですww自分で書いておいてなんですが、これだと救いが無いですね・・・
 それではあと1話、最後までお付き合い下さい。次回も宜しくお願い致します。



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