正反対の兄弟

エピローグ

presented by 紫雲様


時は少し遡り、EVANGELINE’S RESORT―
 後にサード・インパクトと歴史に記述される12月1日。この日の発表は世界中を震撼させた。
 だがこの翌日、極一部の者達だけがEVANGELINE’S RESORTに集められていた。
 呼び出したのはシンジ。そして呼び出されたのは、養父である詠春、師である千草、そしてこの別荘の主であるエヴァンジェリンの3人であった。
 「シンジ、それで私達に何の用件だ?あの能天気な小娘どもや、ぼーやすら拒むとは、余程の事だろう?」
 「・・・はい。僕の『気』を封じて欲しいんです」
 この場にいる3名は、3名全員がシンジと師弟関係にある。そんな弟子の発言に、3人とも目を丸くした。
 「何でや?訳、言うてみい」
 「・・・まず、これを見て下さい。このデータは、僕が初めて義手を作った際、リツコさんが調査した、僕のデータです。これ自体には問題ありません。ですが次が問題なんです」
 シンジが出した2枚目のデータ。そこに記された数値と結論は、3人から言葉を失わせるだけの物があった。
 「・・・シンジ、これは一体、何の冗談なのですか?」
 「事実です。魔法世界から帰ってきた後、リツコさんから義手を新調したいから、もう1度健康状態を調べたいと言われたんです。その結果なんですよ。それが意味する事を理解したからこそ、僕は義手を新調するのを止めました」
 そこに記された数値。それは赤い色で警告を示す物だった。特に酷いのが、各種内臓の働きを示す値。そして出された結論―
 「このままいけば、僕は2年以内に老衰で死ぬそうです」
 「何故だ!何故、そんな事になった!お前は尋常でない気を内包している!どう考えても、あり得ないだろうが!」
 「エヴァンジェリンの言う通りです。シンジ、全てを教えて下さい」
 師である3人に詰め寄られ、シンジは困ったように言葉を紡いだ。
 「人知を超えた大量の気。それが僕に死をもたらす原因なんですよ。でもまあ、仕方ないですよね。S2機関が、今の僕には無いんですから」
 シンジの答え。それがピンと来ないのか、3人の反応はイマイチ鈍い。
 「気と魔力の違い。それは分かりますよね?」
 「それぐらい当然や。気は術者自身の体内から絞り出す力。その源は術者自身の生命力やな。だが魔力は外界から術者の体内へ力を取り込む力や。故に術者自身の精神力を源としている。そうやろ?」
 「そうです。だからこそ、僕の命が終わるんです。僕は現在、大量の気を持っています。でも、この気をどうやって手に入れたか分かりますか?少なくとも、生まれ持った物ではない事ぐらい、3人には分かる筈です」
 詠春・千草・エヴァンジェリンの3人は、3人とも赤子だった頃のシンジと接触がある。だからこそ、幼かった頃のシンジは、ただの人間であった事は断言できた。
 「この力は、僕が京都の山中で自殺を繰り返した時に、手に入れた物だったんです。使徒という生命体は、常軌を逸した自己再生能力と、それに伴う進化機能、更にはその2つを実現するだけのエネルギー生成機関であるS2機関を持っています。つまり、僕は自殺による死を迎える度に、自己再生機能と進化機能が発動していたんです。その結果、僕は『気』の最大容量が増幅しました。それも1度や2度じゃない。何十回と繰り返したんです。文字通り、塵も積もれば山となる、この言葉通りに」
 「そ、その考え方は確かに理解できる。だが、それがどうして老衰に繋がるんですか」
 「結論から言うと、エネルギーの供給不足です。麻帆良祭までは、どれだけ気を使おうが、S2機関が使った分を補ってくれました。だから僕も無制限に利用できた。でも、使徒でなくなってからは変わりました。S2機関と言う供給源を無くし、でも今まで通りに莫大な気を使い続ける。そんな事を続けていればどうなるか?馬鹿でも分かる事ですよ。もし持って生まれた気であれば、気を生成するだけの強靭な肉体を持っていたんでしょうけどね。ラカンさんの様に」
 3人は、やっとシンジが言いたい事を理解出来た。気を扱う者は、自らの生命力を燃焼させる事で、気を生み出している。その使用量が適量であれば、燃焼させた分の生命力は日々の生活の中でも回復する為、何ら問題は発生しない。
 だがシンジは違う。常軌を逸した気の大量使用が、当然の戦闘方法として確立しているのだから、無理が生じるのは当たり前であった。
 「・・・そうやな。陰陽師が儀式を行う際は、西洋魔術師と同じ様に、外界から力を供給して儀式を行うんは当然や。それは術者だけでは、力が足りへんからや。せやから、陰陽術にも魔力と同じ外界からの力の取り込み方法は伝わっとるし、陰陽術は気の使用効率にも、特に力を入れて修業しとる」
 「師匠の言う通りですよ。でも僕は、命を燃料として削り過ぎてしまったんです。回復速度が追い付かなくなる程に使いすぎてしまったんです。その結果が、その数値。つまり寿命です」
 考えてみれば、シンジの気の使い方は、ある意味乱暴と言える物であった。
 使用効率には、全く目を向けていない。それは、気の最大容量が大きく、効率性を求めるぐらいなら、誰も手が届かない様な最大出力に拘るべきだと判断したからである。
 儀式における外界からの力の供給。これも全く目を向けていない。かつて魔法世界で時間転移儀式の実験を行った際にも、シンジは自分1人の気だけで実験を成し遂げている。それを実現するだけの力を、シンジは持っていたから。
 何より致命傷だったのがS2機関の損失。供給源が無くなってしまえば、新たな供給源が必須となるのは自明の理。その為にシンジの生命力は枯渇に近づき、体は助けを求めるエラー信号として、シンジに過剰睡眠を要求させていたのであった。
 「もう僕は陰陽術を使う事は出来ない。いや、使う事が許されない。もし使ってしまったら、僕の寿命は減る一方なんです。だから僕の陰陽術を封じる必要があります。僕には、まだやらないといけない事があるから」
 シンジの言葉の意味を理解した3人は、断る事等出来る訳がなかった。断れば、待ち受けているのは2年以内のシンジの死だからである。
 「・・・この事は、他に誰が知っているんですか?」
 「リツコさんにミサトさん。あとはポヨさんとヘルマンです。4人とも、秘密は墓場まで持っていく事を約束してくれました。特にヘルマンは、主従の契約の破棄を自分から申し出てくれましたよ。力の供給に関してはポヨさんの支援を受けるから、何も心配はいらない、とね」
 「嬢ちゃん達には言わへんのか?」
 「言える訳がありません。少なくとも、神楽坂さんやアスカには、口が裂けても言えませんよ。もしあの2人が事実を知ってしまったら、立ち直れなくなります」
 アスナはハマノツルギの一撃で、使徒としてのシンジを倒した存在。その結果、シンジからS2機関は失われた。もしアスナが事実を知ったら『自分が攻撃しなければ』と考えるのは、彼女の性格からして当然の流れである。
 アスカは誤解が原因だったとはいえ、シンジの自殺の切っ掛けを作ってしまった存在。それが無ければ、シンジは気に目覚める事もなく、平穏な生活を送れた筈である。
 「お願いします。僕の我が儘の為に、みんなを騙す片棒を担いで下さい」
 「シンジ!そんな真似は止めや!」
 土下座して頭を下げたシンジを、千草が慌てて止めさせようとする。だがシンジはそれを拒んで、ひたすらに頭を下げ続けた。
 「お願いします!僕はみんなを悲しませたくない!みんなが泣く所なんて見たくないんです!詠春さんや師匠、エヴァンジェリンさんに嫌な思いをさせるのは分かっています!でも、僕には他の選択肢が思いつかなかった!」
 「・・・馬鹿や馬鹿やと思うとったが、まさかここまで底抜けの大馬鹿者やったとは思わへんかったで。どちらにしろ、お前の気を封じる事については協力したる。そうせんと、お前が死んでまうんや。断れる訳があらへん」
 「千草君の言う通りです。私は父親なんです。我が子を救う為なのだから、手を貸すのは当然の事です」
 「・・・一応、お前は私の弟子なのだ。少しぐらいなら、力を貸してやらんでもない」
 三者三様の言い分に、シンジは感謝する事しか出来なかった。
 「それで、力を封じるなら少しでも早い方が良いだろう。気を封じる方法に、宛てはあるのか?」
 「封じるだけなら問題はありません。もっとも重い刑罰の1つになりますが、術者としての生命を断つほどに、強力な封印の術式があります。それを使えば、シンジは術者としては再起不能になるでしょうが、今はそれが必要です。エヴァンジェリン、どこか儀式に使えそうな部屋を貸して下さい。千草君、君にも手伝ってもらいますよ?」
 「・・・なら地下の部屋を使うが良い。茶々丸´を1人つけてやる。必要な物があったら、言いつけるんだな」
 「ならすぐに始めるで」
 早速とばかりに踵を返す千草。その後ろに続こうとした詠春が、足を止めた。
 「長?」
 「千草君。シンジと一緒に先に行っていて下さい。儀式の手順は貴女も知っている筈です」
 「・・・それは問題あらへんけど・・・分かりましたわ、先に準備を済ませておきますわ」
 地下室へと向かう2人を見送る詠春。その足音が完全に消えた所で、詠春は大きな溜息を吐いた。
 「・・・エヴァ・・・まさか、わざとですか?」
 「・・・言い訳に聞こえるかもしれんが、私のミスだな。話の内容に気を取られ過ぎた」
 2対の視線が、少し離れた建物の陰へと向けられる。
 「出てきなさい。シンジはもういません」
 その言葉に、おずおずと出てきたのは3-Aの子供達。その顔は、真っ青に変じていた。
 「今の・・・嘘なんでしょ・・・質の悪い冗談なんだよね?」
 「・・・葛城君や赤木博士を巻き込んだ嘘。シンジの質の悪いジョークだったなら、どれだけ嬉しいか、分かりませんね」
 アスナとネギは呆然としたまま、あやかに後ろから抱きしめられている事にも気づかずに、シンジが消えた地下室の入り口を見つめる事しか出来なかった。ハルナとのどか、木乃香と夕映は顔を俯けて肩を震わせ、声を押し殺して泣いていた。超と聡美、五月と美空は無言のまま悔しげに歯軋りしていた。真名と楓、刹那と古は血が出る程に拳を握りしめて突き付けられた現実に怒りを抱いた。円と美沙、桜子の3人は、風香と史伽とともに地面に膝を着いて愕然としていた。裕奈とまき絵、亜子はアキラにしがみ付いて必死に泣き声を押し殺していた。夏美は倒れかけた所を小太郎と千鶴に支えられていた。和美と千雨は『こんな結末なんて有りかよ!』と苦々しげに呟きながら床を蹴って八つ当たりをし、ザジは啜り泣くさよを慰めていた。そしてアスカは自らの行動が発端となっていた事実に耐え切れず、崩れかけた所を茶々丸に咄嗟に支えられていた。
 「・・・シンジの力は私達で封じておきます。当面はそれで何とかなる筈です。ですが根本的な解決には程遠い。それをどうするかは、貴女達も考えるべきでしょう」
 「・・・それってどういう意味?」
 「幾らでも出来る事があるのでは?という事です。例えば、アスカ君や超君は天才だと聞いています。木乃香は治癒魔法と相性が良い上に、莫大な魔力を保持しています。今からでも医師の道を歩んで、シンジの主治医になる事が出来るでしょう。それで解決できるかどうかは分かりません。ですが、何もしないよりはマシでしょう」
 ハッと顔を上げる3人。その目に、ゆっくりと意思が戻っていく。
 「そうね。まだアタシには出来る事があったんだ」
 「アスカさんの言う通りヨ。天才の意地を見せてやるネ!」
 「そうやな。ウチもお兄ちゃんの事、諦めとうない!」
 気力を取り戻した3人。そんな3人から視線を外したエヴァンジェリンが、残りの4人に目を向けた。
 「それだけではない。シンジの護衛も問題だ。あれは命を狙われる確率が高い。となれば、ヘルマンや月詠だけでは戦力不足という事態も考えられる。気による身体強化すら、もう不可能になるのだからな。そうなれば、自然と護衛戦力が必要になるだろう」
 「・・・エヴァンジェリン殿の言う通りでござるな」
 「はい。呆けている暇なんて、もう無いですね」
 「そうだよね。まだ戦いは終わっていないんだから」
 「そうです。だからこそ、私達がしっかりしないと」
 楓、刹那、ハルナ、夕映もまた自分達が出来る事を見つけ、全身に気力を漲らせていく。そこには、絶望に囚われた少女達の姿は存在していなかった。
 そこにいたのは、絶望と言う名の壁を、乗り越える決意を秘めた闘士と言うべき者達。
 「・・・1つ聞いておこう。お前達がシンジを助けたいというのなら、別の方法もある。だがそれは、お前達自身の時間を分け与えるという方法だ」
 「それはどういう意味なのですか?時間を分け与える、とは・・・」
 「早い話が命の譲渡だ。これは禁呪の類でな、他人に自らの命を分け与えるという術式だ。だが問題もある。それは等価交換ではなく、とてつもなく不平等な物なのだ。何せ、分け与える事が出来る命は、削った時間の1/10。おかげでこの術式を開発した屑は、無数の子供を犠牲にして長い寿命を手に入れたが、結局は立派な魔法使いどもに目を付けられて抹殺されたという事だ。話が逸れてしまったが、それを利用させて貰う。だが条件がある」
 エヴァンジェリンが真剣な目つきで、子供達に目を向けた。
 「シンジには絶対に気づかれるな。気づかれたら最後、あの馬鹿は必ず自らの手で、その命を断とうするだろう。分け与える時間も、精々、1人20年―シンジにとっては2年といった所か。お前達自身が早死にしては意味が無いからな。それと言い辛い事だが、この術式は参加出来る者に制限がある。特にぼーやと茶々丸、さよは参加不可能だ」
 「な、何でですか!」
 「あー・・・そのな・・・儀式の核として、男女の契りを交わさねばならんのだ」
 シーンとなる一同。やがて少女達の顔が真っ赤に染め上げられていく。
 「だから、あの馬鹿と一生を添い遂げる覚悟がなければ不可能だ。それも数年以内の死別に耐える覚悟がなければな。とは言え、今すぐにシンジが死ぬという事もあるまい。少なくとも、1日や2日程度は考える時間がある」
 「・・・そんな時間いらないわよ」
 エヴァンジェリンの言葉をまるで遮るかの様に、アスカが前に踏み出す。
 「アイツが生きていない世界なんかに用は無いのよ!アタシの命が必要なら、好きなだけくれてやるわ!」
 「わ、私だってそれぐらいの覚悟はあるわ!私はシンジさんの従者なんだから!」
 「うむ。私も彼の事を諦めたつもりはないネ。エヴァンジェリン、その術式をお願いするヨ」
 アスカに続くかの様に、ハルナと超が力強く踏み出す。
 「及ばずながら拙者も参加するでござるよ」
 「・・・私も参加します。その・・・シンジさんの事は嫌いではないですし・・・」
 「せっちゃん、素直に好きって言えば良いんやで?あ、ウチも参加するな!お兄ちゃんの事、ウチは好きやし」
 「わ、私も参加するです!私もあの人の事が・・・」
 楓・刹那・木乃香・夕映の志願に、エヴァンジェリンが肩を竦めながらも参加を認める。隣にいた詠春は、木乃香と刹那の志願に何か言いたそうにしていたが、その瞳に宿った決意が本物である事を察すると、言いたい言葉を無理矢理押しとどめた。
 「シンジは絶対に助けてみせる!良いわね!」
 アスカの檄に、6人の少女達は応えてみせた。
 
その後―
2017年―裏の火星である魔法世界を橋頭堡に、表の火星のテラ・フォーミングプロジェクトが開始。魔界・魔法世界・旧世界・未来世界の技術の結集により、緑地化が部分的に成功。これによりプロジェクトは、更に緑地化を広げる第2段階へと進む。
2019年―火星の5%が緑地化。これにより、プロジェクトは第3段階に進む。第1次移民政策が開始される。移民人数は3000人。
2023年―火星の40%が緑地化。大気組成も安定し始め、酸素を確保された密閉型居住空間であるコロニーが初めて開放される。また移民人数の小計も2万人に到達。
2025年―火星に置かれていたテラ・フォーミングプロジェクト本部施設に対してテロ事件が発生。同計画最高責任者近衛シンジが唯一の犠牲者として発表される。
2026年―地球国際連合から火星に対してテラ・フォーミングプロジェクトの全権委譲命令が通達される。これを火星側は全面拒絶。武力衝突の気配が漂い始める。
2027年―地球から火星に向けて多国籍軍による武力侵攻が始まる。魔法動力炉を用いた最新型の宙間戦闘機の大部隊は、MAGIⅡを操る千雨・聡美・鈴音らによって事前に侵攻を察知されていた。結果、母艦が衛星軌道ラインに到達する前に火星側が軌道衛星ラインの制宙権を掌握し、宙間戦闘機を無力化させてしまい、侵攻作戦は失敗に終わる。またゲートを利用した陸軍による侵攻作戦は、ラカン達を中心とする少数精鋭部隊の壁を突破出来ずに撤退を余儀なくされる。同時に親火星派閥国家から公式の非難が発表され、反火星派閥国家は火星と親火星派閥国家によって追い込まれていく。
火星侵攻作戦失敗から3ヶ月後、反火星派閥の中心国家へ、汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン初号機―アベルが降り立つ。同時にアベルからテラ・フォーミングプロジェクト本部施設に対して発生したテロ事件が、反火星サイドの国家による陰謀であった事がMAGIⅡの調査による証拠映像とともに流される。同時にテロ事件の犠牲者近衛シンジが死んだフリをしていた事も明らかにされた。これにより反火星陣営では政権崩壊、内乱等が発生し戦争継続が不可能になり、降伏を余儀なくされる。
2028年―火星の65%が緑地化。移民人数の小計は、1億を超える。またこの年、火星と地球を結ぶゲートが、一般に開放される。これにより火星旅行が現実の物となる。
2033年―火星の80%が緑地化し、テラ・フォーミングプロジェクトは一応の終了。更に移民人数が5億を突破。しかし、遂に魔法世界を構成する魔力枯渇に限界が生じる。だがポヨや造物主、墓所の主を中心としたメンバーにより、魔法世界の規模その物を小さくする事で、必要魔力の効率化を図る計画が発動。これにより、未だ移民が終わっていない7億の魔法世界の住人達は、惨事から逃れる事に成功。
2035年―この年、移民計画の終了がネギ・スプリングフィールドの名において発表される。同時に、木星圏への進出という新たなプロジェクトが開始される。
2040年―木星圏への進出開始。

2040年12月1日―
 この日、人類は歴史に新たな1ページを刻もうとしていた。
 木星圏への本格的な人類の進出。その記念すべき第1陣の出発の日だった。
 木星圏への進出は、複数回に分かれて行われる事が決定しており、計画全体の責任者を務めるのが、ネギ・スプリングフィールドである。魔族化している為、その姿は10歳の頃のままだが、それでは威厳が無さすぎるという理由によって幻術を使い30歳前後の姿へと変装している。
 そして周囲に立つのは、彼と歩む事を決めた者達。ガイノイドである絡繰茶々丸。吸血鬼であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。未だ10代の容貌を保ち続ける神楽坂アスナ。そしてネギの伴侶の座を射止めたのどか・スプリングフィールド(旧姓・宮崎)である。
 そして彼らとは別に、蒼銀の髪の美女と白銀の髪の青年が、ネギ達とともに姿を見せていた。
 彼らは、今回は見送る側である。そして見送られる側には、彼らにとって大切な人達が参加していた。
 40歳であるにも関わらず、未だ20代にしか見えない優男―近衛シンジ。そしてその隣には、実父ソックリの長男―遺伝子の悪戯なのか、その両目は青い瞳を持った神鳴流剣士である―近衛リョウジが、伴侶に選んだ女性を傍らに立っていた。
 その女性の名はアリス・スプリングフィールド。今年で18歳になる、ネギとのどかとの間に生まれた長女。容貌は母親似だが、才覚は父親似らしく既に大学を卒業し、西洋魔法も習得している才媛である。
 「そろそろ時間ですね。見送り、ありがとうございます」
 「体には、気を付けて下さいね」
 心優しい義理の母の言葉に、頷くリョウジ。彼にとって、のどかは実の母も同然であった。
 リョウジの母は父の主治医でもあり、その治療で忙しく、中々母親として接する事が出来なかった。そんなリョウジの母親代わりを務めたのが、家族ぐるみで付き合いのあった、ネギの妻のどかである。
 優しく微笑むのどかに、リョウジは溢れる物を押え切れず、実父シンジと妻アリスに苦笑しながら宥められる始末である。
 「そういえばシンジさん。アスカさん達は?」
 「そろそろ来る筈だよ。ほら、言っている傍から」
 シンジの言葉に目を向ける一同。そこには白衣姿に、紅茶色の髪の毛を後ろへ流した女性が、早足で向かってくる所だった。
 「良かった、間に合ったわね!」
 アスカの後ろには、7人の女性が、やはり駆け足で向かってきた。
 「遅刻の原因はアスカかな?」
 「「「「「「「正解」」」」」」」
 「だああああああ!余計な事を言ってんじゃないわよ!」
 アスカの台詞に、周囲はクスクスと笑うばかりである。と言うのも、アスカ達が1人の男と合法的に結婚している事は有名であり、そのおかげかゴシップのネタにされる事が多かったのである。
 ちなみに一番有名なのが、喧嘩っ早いアスカであるのは言うまでもない。踵落としで気絶させられたパパラッチの数は両手では足りず、姉御肌な性格による人気の高さも、司法のお世話になった回数もダントツ1位を誇っている。
 「ネギ君、のどか。こっちの事は任せて。アリスちゃんの事は私達でしっかりサポートするからさ」
 「ハルナの言う通りです。私達にとってもアリスさんは実の娘も同然なのですから」
 「・・・うん。アリスの事お願いね。ゆえゆえ、ハルナ」
 お互いに肩を叩きあいながら、仲睦まじく一時の別れを惜しむ、仲良し3人組。ちなみにシンジとの間に、夕映は娘を3人、ハルナは息子を2人産んでいるが、全員今回のプロジェクトへ参加が決定している。
 「ま、ウチらも一緒に行くからな。何も心配はいらへんで」
 「そやそや。帰ってきたら、一緒にお花見でもしようなあ」
 「ふふ、このちゃんの言う通りです。帰ってきたらみんなでお祝いしましょうね」
 酒宴の約束をしているのは京都出身の3人。千草は息子と娘を1人ずつ、木乃香は息子を3人、刹那は息子と娘の双子をシンジとの間に儲けている。だが彼女達の子供は関西呪術協会や神鳴流剣術宗家の要職に就いている為、今回のプロジェクトにおいては不参加であった。
 「それにしても楽しみでござるな。どんな所でござろうな、木星は」
 「全くネ。私も今から楽しみで仕方ないヨ」
 楓は息子と娘を2人ずつ、鈴音は息子を1人と娘を3人儲けている。彼女達の子供は、やはりプロジェクトへ参加が決定していた。
 「・・・ねえ、シンジ。レイとカヲルはやっぱり?」
 「そりゃあ本部待機だよ。馬に蹴られたくないしね。だから、今度会う時は赤ちゃん抱かせてよね?」
 「「に、兄さん!」」
 「本気なんだけどな。ま、留守の間、ミサトさんやリツコさんと喧嘩しないようにね?家出しても、うちは留守なんだから」
 赤木レイと葛城カヲルは結婚したばかりの上に、レイが妊娠初期の段階にあった。その為、今回は見送り側という決定が為されている。
 「・・・シンちゃん?それってどういう意味かしらねえ?」
 「貴女がいかにズボラなのか?って事よ。いい加減学習するのね」
 不機嫌そうな顔を出したのは、留守番組のNo.2である葛城ミサト。その隣には白衣姿のリツコが立っている。2人とも年齢で言えば55歳になるのだが、40代で通じるだけの若さを保っていた。
 「出たな、妖怪ビア樽!」
 「誰がビア樽だ!」
 ミサトとアスカの掛け合い漫才に、笑いが零れる一同。そんな所へ、木星圏調査船『白き翼』の出発30分前を知らせるアラームが鳴る。
 「それじゃあ、行こうかみんな。ネギ君、留守の間の事は任せたよ?」
 「はい、任せて下さい!」

白き翼船内―
 徐々に遠ざかっていく火星。その姿を船内から、シンジは脳裏に焼き付けるようにジッと見つめていた。
 そんなシンジに、アスカがそっと近寄る。
 「・・・必ず、帰ってこられるわよ、きっとね」
 「そうだね。これで見納めって訳じゃないか」
 窓から視線を離すシンジ。目の前に子供達はおらず、妻となってくれた女性達だけである事を確認する。
 「・・・シンジ?」
 「うん、やっぱり伝えておかないといけないかな、と思ってね」
 襟元を正すシンジ。アスカ達はシンジが何を口にする気なのか、首を傾げるばかりである。
 「ありがとう。僕に命をくれて」
 瞬間、アスカ達の顔が目に見えて強張った。
 「・・・おかしいとは思っていたんだよ。僕がこの年まで生きられる筈がないから。だから調べたんだ。そしたら分かった、と言う訳」
 「どうして?アタシ達、絶対アンタには気づかれない自信があったわよ!」
 「星詠みのおかげで、自分の寿命に変化が起きた事には気付く事が出来たよ。同時にみんなの寿命にも変化が起きていた事もね。だからエヴァンジェリンさんを問い詰めた、って訳。そしたら渋々教えてくれたよ」
 そう口に出すシンジ。だがその表情は、アスカ達が心配するような雰囲気は微塵も感じさせなかった。
 「大丈夫。死んだりはしないから。僕は本当に感謝しているんだよ。みんなと結婚して、お父さんになって思ったんだ。この世に生まれてきて良かった、って。母さん、僕を生んでくれてありがとう、って」
 「シンジ・・・」
 「だからさ、最期の時まで精一杯足掻いてみようと思うんだ。母さんに『幸せだったよ』って言えるように。だからもうしばらくの間、僕に付き合ってくれるよね?」
 その問いかけに、アスカ達は頷きながらシンジへと飛びついた。



Fin...
(2013.03.02 初版)


(あとがき)

 紫雲です。最後までお付き合い下さり、ありがとうございます。
 それにしても1年、あっという間でした。ただ一番私的に驚いたのはエピローグ。プロットだと、もっとダークな流れだったんですよね。何せシンジは34歳で寿命が来て死んじゃうという流れでしたから。まさかシンジが生き残るとは、当初は思ってもいませんでしたw
 まあこれ以上グダグダ書くのも興ざめなので、話を変えさせて頂きます。
 次回作ですが、4月頭にプロット。5月頭から開始予定です。作品は小学館というか週刊少年サンデーの、ある有名作品とのクロスです。
 ただ更新ペースは月1ぐらいに落ちます。と言うのも、仕事が忙しすぎて無理が分かるからw睡眠時間削り過ぎました、もうダメw
 と言う訳で次回作からは作者に優しいペースで開始します。
 それでは、また次回作を宜しくお願い致します。



作者(紫雲様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで