新たな世界で

第十一話

presented by 紫雲様


翌日、礼拝堂―
 ウェールズは皇太子としての正式な礼装に身を包み、その時が来るのを待っていた。目的はワルドとルイズの結婚式の立会人となる為である。
 勿論、他の付添は誰もいない。ウェールズ達が忙しいのも理由だが、ルイズはこれから結婚式を挙げる事自体を知らないし、ワルドはウェールズ以外には伝えていない為、キュルケ達もその事を知らないからである。
 やがて姿を現すルイズとワルド。寝起きな上に、死に急ぐウェールズ達―ウェールズ達の選択を、彼女はまだ知らない―の事で頭が一杯なルイズは、ワルドの結婚式という言葉についていけずに呆然とするばかりであった。
 「ワルド様?どうしてこのような時に結婚式を?トリステインに戻ってからでも良いではありませんか」
 「いや、今だからこそ、さ。アルビオン皇太子ウェールズ殿下の祝福だからこそ、意味があるんだよ」
 常とは違う新婦用の白いマントと花冠を身に着けたルイズは、やはり納得出来ないのか足取りは重い。それをワルドは緊張の為と受け取り、気持ちを解すように笑いかける。
 ルイズの内心は混乱の極地にあった。久しぶりに会った婚約者の突飛も無い行動もそうだが、彼女の傍に付き従う使い魔―才人の存在があったからである。
 ウェールズを翻意させる事が出来なかったルイズは、その心の内を才人に打ち明けていた。才人もまた現代日本の子供らしく、誇りの為に殉じるという行動を理解出来ず、ルイズに正直に打ち明けていたのである。
 だからと言う訳でもないだろうが、自らと同じ悩みを抱える才人に対して、ルイズは自分との心の距離が縮まった事を感じていた。それは才人の方も同様であり、結果として2人は良い雰囲気になっていたのである。
 それ故に、ルイズは自分のワルドに対する気持ちが『愛』と呼ばれる物なのかどうかを冷静に判断する時間を欲していたのである。
 ただ才人は朝起きた時にはデルフリンガーとともに姿を消していた。別に失踪したという訳では無い。シンジに頼み事をされたので手伝ってくる、という書置きがあった為、彼女も心配だけはしていなかった。
 ただ不安があったのは事実である。もっとも持ち前の強気もあり『こういう時に傍にいない使い魔には後で御仕置よ!』と不安を誤魔化してはいたのだが。
 「・・・ヴァリエール嬢、どうしたのかね?」
 ルイズの不安を見抜いたかのように声をかけるウェールズ。ワルドもルイズの様子に懸念を覚えたのか、顔を覗き込むようにする。
 「ルイズ。何も不安はない。初めての事だから緊張しているだけさ」
 「・・・申し訳ございません。皇太子殿下、この度の婚姻の儀は辞退させて下さい」
 「ルイズ!?」
 思ってもみなかった言葉に、驚愕するワルド。
 「ごめんなさい、ワルド。私、貴方とは結婚できない!」
 「何故だ!ルイズ、何故なんだ!」
 「憧れだったのよ。幼かった私にとって、貴方は理想的な男性だったわ。今だって、貴方は素晴らしい男性だと思っている。でも、それは憧れでしかなかったと思う。愛しているかと問われれば、自信をもって断言出来ないのよ!」
 ルイズの主張に、言葉も無いワルド。立会人のウェールズも、突然の成り行きに困惑しつつも式を中断するしかないと判断せざるをえない。
 「・・・ヴァリエール嬢。君の言いたい事は分かった。子爵殿、花嫁殿がそう言われる以上、式を強引に進める事は出来ない。君には不愉快かもしれんが、今回の件は」
 「ルイズ!僕には君が必要なんだ!世界を手に入れる為、君が必要なんだよ!」
 「ワルド?」
 豹変し始めたワルドに恐怖を感じたルイズがジリジリと後ずさる。
 「ルイズ、君に言った事があったな?君は始祖ブリミルにも劣らぬ優秀なメイジに成長するだろう、と。君は自分の才能に気付いていないだけだ!世界を手に入れる為、僕には君が必要なんだ!」
 「子爵殿、止めたまえ。君はフラれたのだ。ここは潔く」
 「黙っておれ!」
 仲裁に入ろうとしたウェールズを突き飛ばすワルド。その両目は激情のあまり、毛細血管が肥大化し、真っ赤に充血していた。
 「ルイズ!君の才能が必要なんだ!何で分かってくれないんだ!」
 「嫌よ!ワルド、今ので分かったわ。貴方は私を愛している訳じゃ無い!貴方は私の才能を気にかけているだけよ!こんな侮辱なんて無いわ!」
 「・・・どうしてもダメなのかい?・・・そうか、ならば目的の1つは諦めよう」
 スッと後ろへ下がるワルド。そんなワルドを怒りの眼差しでルイズが睨みつける。
 「僕には今回の旅で果たすべき目的が3つあった。その1つは君を手に入れる事。その為に色々努力するつもりではいたが、結果としてそれは出来なかった。だからこそ、君を手に入れる事が出来なくても、それは仕方ない事なのだろう。だが残り2つは決して譲る事は出来ない」
 「ワルド?」
 「目的2つ目はアンリエッタからの手紙の入手。そう、君のポケットに入っている、その恋文だよ」
 ワルドの言葉にルイズがハッと気づく。同時に、ウェールズもまた答えに気付き―
 「ガフッ!」
 一瞬早く繰り出されるワルドの杖。青白い光を纏った杖による刺突は、ウェールズの命を奪うのに十分な威力を秘めていた。
 「3つ目はお前の命だよ。ウェールズ殿下」
 「貴方、レコンキスタだったのね!」
 「そうだ!国境を越えた真なる貴族の集まり!聖地奪還を至上とする、真の貴族!それこそがレコンキスタ!僕はその栄えある一員だ!」
 婚約者の素性に、ギリギリと歯軋りするルイズ。だが崩れ落ちたウェールズの事が気にかかり、どうしてもそちらへ視線が向きかけ―
 ガシャンと言うガラスの割れる音。同時に杖を取り落すワルド。その左手からは、真紅の血が滴り落ちていた。
 「い、今のは!?」
 「ルイズ!」
 礼拝堂へ駆け込んでくる才人。その手には抜身のデルフリンガーが握られている。続いて両手に短銃を手にしたシンジとアスカ、杖を手にしたキュルケ、無手のカヲルとキョウコが乗り込んできた。
 「終わりだよ、ワルド子爵。話は全て聞かせて頂きました」
 「貴様、アルトワの小倅か!良くも邪魔をしてくれたな!」
 「それはこちらの台詞です。左手を使えない今の貴方が、僕達の包囲網から逃げ出せると思っているのですか?」
 その言葉に、ワルドの顔に僅かだが冷静さが戻る。戦力比は1対6。どう考えても分が悪い。その上―
 「チイッ!」
 歴戦の猛者特有の直感に身を任せて飛び退るワルド。その直後、石畳の床に何かがぶつかり、甲高い音を立てる。
 「射程100メイルの長射程銃が貴方に狙いをつけている。逃げられるとは思わないで下さい」
 「生意気な小僧が!風のスクウェアメイジが最強と言われる所以を見せてくれる!」
 隠し持っていた予備の短杖を右手で振るうワルド。するとワルドの背後から複数のワルドが姿を見せる。
 その術に、ハッと気づいたのはキュルケであった。
 「気を付けて!あれは風の偏在!意思持つ本物の分身よ!」
 「そうだ。死ねえ!」
 一斉に襲い掛かるワルドの分身。どれが本物なのか、その区別をつける事は出来ない。シンジ達も対抗する為に、それぞれの攻撃手段をもって迎撃に入る。
 4丁の短銃から放たれる弾丸を、2体のワルドは体捌きで潜り抜けながら接近戦を挑もうとする。振り下ろされる錆びついた剣身の一撃を、1体のワルドが杖で受け流しながらライントニング・クラウドの詠唱にはいる。最後尾でフレイムボールの詠唱に取り掛かる少女に襲い掛かろうとした1体のワルドは、その間に立ちはだかった妙齢の女性を瞬時に殺そうと雷を纏った杖を突出し―何の前触れも無く出現した赤い障壁に一撃を遮られて足を止めてしまう。その真横では、やはりキュルケへ襲い掛かろうとしていたワルドを、カヲルが足止めするべく赤い障壁を張って間に立ち塞がっていた。
 一見すると膠着しているように見える戦線。だが事実は違う。
 ワルドは遠距離からの狙撃と、キュルケによる魔法攻撃を封じる為に、敢えて乱戦を意図していた。それは単純に考えれば正解である。誰だって味方を撃ちたくはないのだから。
 だが彼は知らなかった。かつて綾波レイと呼ばれた少女の狙撃の技量の高さを。
 室内に飛び込んできた鉛玉の一撃は、シンジに襲い掛かろうとしていた分身ワルドの頭部に直撃。一瞬にして頭部を失った分身体は、物も言わずに風に溶けるかのように姿を消してしまう。
 姿を見せない狙撃手の技量に、ゾッとした恐怖を感じるワルド。分身体ならともかく、万が一本体が狙撃されては、文字通り命が無い事を理解したからである。
 同時に、同じタイミングで才人と戦っていた分身体ワルドがライトニング・クラウドを完成させる。
 「ライトニング・クラウド!」
 「う、おおおおおおお!」
 咄嗟の反射神経で、雷と自分の間にデルフリンガーを滑り込ませる才人。『相棒!?』と叫び声をあげるデルフリンガーであったが、放たれた青白い雷は錆びた剣身に全て吸い込まれてしまう。
 「思い出した!俺は昔、お前に握られていたぜ!でも忘れてた。何せ6000年も前の話だからな!」
 「寝言言ってんじゃねえ!」
 「いけねえいけねえ、俺もこんな恰好してる場合じゃねえや!」
 光出すデルフリンガー。その光が収まった後には、輝きを取り戻した銀の刀身が姿を現していた。
 「これが俺の本当の姿だ!相棒、安心しな!ちゃちな魔法を俺が全部吸いこんでやるよ!ガンダールブの左腕デルフリンガー様がな!」
 「なるほど。だが所詮は骨董品に過ぎん。これならばどうかな?」
 直後、分身体ワルドの杖を中心に空気が渦を巻き始める。ウェールズを襲ったエア・ニードルの魔法による刺突。回転する空気の渦が、無数の鋭利な切っ先へと変じる。
 「杖自体が魔法の中心だ!その剣で吸い込む事は出来ぬ!」
 才人目がけて刺突を次々に放つワルド。才人もデルフリンガーで刺突を払うが、杖の纏う真空の刃によって肉体が切り刻まれていく。
 必死になって攻撃を切り払う才人。そこへ、別の分身体ワルドの声が響いた。
 「ライトニング・クラウド!」
 叫んだのはキョウコに足止めされていた分身体ワルドである。キョウコは元・研究者。戦闘等、欠片ほどにも心得は無い。例えエヴァとしての力を秘めていたとしても。
 故に、キョウコには攻撃という選択肢は無い。エヴァとしての姿を現し、アスカを適格者として受け入れない限り。
 だからキョウコと対峙していた分身体ワルドは、一番冷静に戦場を把握出来たのである。そして一番重要な事を把握するとライトニング・クラウドを詠唱し、それを振り向きざまに才人の足元へ叩き付け、意図的に爆発を生じさせたのであった。
 デルフリンガーの力もあり、青白い蛇の群れはデルフリンガーへ吸い込まれていく、だが土埃によって生じた視界を塞ぐカーテンまでは、対抗しようがない。
 この事態には、さすがのレイも狙撃を止めざるを得なかった。このような状態で銃弾を叩きこめば、誰に当たるか分かった物ではない。
 やがて徐々に収まる土埃。視界が戻った礼拝堂であったが、その時すでにワルドの姿は綺麗に消え去っていた。

 戦いが収まった礼拝堂。そこは沈黙に支配されていた。
 物言わぬウェールズ。その姿に、ルイズの全身が細かく震え出す。
 「殿下、殿下!申し訳、申し訳ございません!」
 「ルイズ・・・」
 泣きじゃくるルイズを慰める才人。キュルケも軽口で揶揄する事も出来ずに、痛ましげに2人を見つめる。
 そんな時だった。
 「イタタタタ。本気で息を吸い込めなかったぞ」
 「殿下!?」
 ムックリ起き上がってきたウェールズに、絶叫するルイズ。才人やキュルケも、唖然として声も無い。
 「ウィル。調子は?」
 「たいした事は無い。例え致死級の刺突であっても、魔法による破壊力を無力化されてしまっては意味は無い。それでも、多少は肉を抉られたがな」
 そう言いながら、服を捲ってみせるウィル。そこには、不格好な『紙』の肌着が、無残な切り口を見せ、ゆっくりと朱に染まっていた。
 「エドワード殿に感謝だな。固定化の魔法をかけた紙の防具の重ね着。まさか杖の先端に鉄を仕込まれていたとは思わなかったが、心臓には傷ひとつ無いようだ」
 「固定化は魔法に対して無類の強さを発揮するからね。『錬金』をかけられたら話は別だけど」
 「何、賭けに勝ったのはこちらだ、何も問題は無い。多少抉られたが、これは名誉の負傷だな」
 アスカの異能による治療を受け、あっという間に傷が癒される。2本の足で立ち上がったウェールズには微塵も死の気配は感じられない。
 「さて、皆も聞きたい事はあるだろうが、今は脱出したまえ。私もやる事があるからな。いずれどこかで会い見えよう。アルビオンを取り戻した暁には、必ず君達に報いる事も約束する」
 「殿下!?」
 「シンジに叱られてな、もう少し生き恥を晒すつもりだ。だがトリステインに向かうつもりはない。ヴァリエール嬢、アンリエッタに伝えてくれ。ウェールズはアルビオン王国次期国王、いやアルビオン王国の現国王としての責務を果たす為に生き続ける、とな」
 踵を返すウェールズ。そして礼拝堂の片隅の石畳を外すと、ポッカリと穴が姿を見せた。
 「シンジ。ギーシュ殿にも感謝していると伝えておいてくれ。昨夜の内に作ってくれた脱出路。これのおかげで、私は希望を捨てずに済んだ、とな」
 「分かってる、ちゃんと伝えておくよ」
 「ああ、ではまた会おう」
 穴の中へ姿を消すウェールズ。穴の中から聞こえてくる足音が小さくなった所で、シンジが振り向いた。
 「ルイズ、この穴を爆発で消滅させて。追手がかからないようにする為に」
 「う、うん。でも、後でちゃんと説明して貰うわよ!」
 「はいはい。時間が無いから手早くね」
 ルイズの爆発が起こり、崩れた土砂や砕かれた石畳が穴を埋めていく。こうなってしまっては、掘り返すのも一苦労である。
 「才人、カヲル君、手伝って。予備の石畳を敷いて、脱出路を隠すんだ」
 「ああ」
 3人がかりで奥に用意されていた石畳を敷く。これでパッと見ただけでは、脱出路の有無は判別できなくなってしまった。
 「じゃ、僕達も逃げようか。先王陛下が自身を囮に時間を稼いでくれている間にね」
 「シンジ、まさか!」
 「陛下はウィルに未来を託したんだよ。詳しい事は船で説明するから」

ジェームズside―
 「のう、パリー。ウェールズ達は脱出出来ただろうか?」
 「今となっては信じる事しか出来ませぬ。殿下、いや陛下の身に、ブリミルの加護が有る事を祈るばかりでございます」
 時間稼ぎとアルビオン王家消滅というハッタリを信じ込ませる為に、ジェームズは最後の玉砕攻撃を行おうとしていた。殉じるのは、全てを失ってしまった老兵達だけである。
 「ウェールズの友人、確かシンジと言ったな。あの少年には感謝してもしきれぬわ」
 「それについてなのですが、実はかの少年から手紙を預かってございます。船が出撃したら、読む様に、と」
 恭しく差し出された手紙に目を通していくジェームズ。そして手紙を読み終える頃には、誰憚ることなく大声で笑いだしていた。
 「ど、どうなされたのですか!?」
 「パリー、特別に許す。読んでみるが良い」
 下賜された手紙を受け取り、目を通していくパリー。その内容には唖然となるばかりであった。
 「やってくれたわ!あの少年は!」
 「まさか大公殿下がご存命とは・・・」
 「最早、思い残すことは無い。ウェールズは生き残り、弟夫婦も娘と幸せに暮らしているのだ。ならば、華々しく散るとしようぞ!パリー、全軍に通達!レコンキスタを名乗る者どもに、最後の一撃を仕掛ける!未来ある若者達の幸せの為、我らは礎として眠りに就くのだ!」

シンジside―
 トリステインへの帰還は、シンジ達の予想以上に簡単な物であった。レコンキスタ側の飛行船操縦の技術レベルは、アルビオン正規軍の指導を受けたシンジ達の船の操縦者ほど高くはなかったからである。
 結果として、視界が限りなく0に近い雲海の中を飛び、シンジ達はレコンキスタの警戒網を掻い潜る事に成功していた。
 その途中、ルイズによるシンジ達への激しい追及が行われた事は言うまでもない。
 「ワルドが怪しいと思っていたなら、どうして話さなかったのよ」
 「ルイズだもん。正面から追及しちゃうでしょ?」
 「ウェールズ様の固定化をかけた防具。どうして黙っていたのよ」
 「ルイズだもん。バラされて心臓以外を狙われたら終わりでしょ?」
 「・・・才人を呼び出したのは何故?」
 「ルイズちゃんが才人を取られて拗ねる所を見てみた」
 振り下ろされる杖を白刃取りの要領でハシッと受け止めるシンジ。とは言え、シンジは椅子に座っていた分、姿勢が不安定な為に少々不利である。
 「死ね!今すぐ死ね!」
 「いやあ、ルイズちゃん照れ隠し?可愛いなあ、もう」
 「死に晒せえ!」
 零距離からの爆発魔法に取り掛かろうとするルイズ。流石にヤバいと判断した才人が割って入り、背後から羽交い絞めにする。
 「落ち着け、ルイズ!頼むから落ち着いてくれ!船が沈んだらシャレにならねえ!」
 「モガモガモガアアアアア!」
 「へえ、そんな事で系統魔法って発動邪魔できるんだ。次から口の中に突っ込める様な物用意しとこうかな」
 口に指を突っ込まれて発音出来ないルイズの姿に、感心したように頷くシンジ。そんなシンジの態度に、ますます激昂するルイズと、肩越しに『頼むからからかわないでくれ!』と叫ぶ才人。
 そんな光景に周囲から笑いが漏れる中、船に乗って以来沈黙し続けていたキュルケが口を開いた。
 「ルイズ。悪いけど、静かにして頂戴。ちょっと確認したい事があるのよ」
 「モガア!?」
 「・・・ごめんなさい。ダーリン、悪いけどそのままルイズを羽交い絞めにしておいてくれないかしら?」
 コクコクと頷く才人から目を離したキュルケは、少し離れた所にいたアスカに近寄った。アスカもキュルケの接近に気付いて『どうしたのよ?』と問いかける。
 「ねえ、アスカ。不躾で悪いのだけれど、その眼帯を外して貰えないかしら?」
 「・・・良いわよ。これで満足かしら?」
 露わになった真っ白の眼球。その醜いと言える目に、一瞬言葉を失う一同。だがキュルケは違っていた。
 その場で崩れ落ちる様に、アスカへ抱きつく。
 「まさか、とは思っていたわ。でも、そんな筈が無かった。だって、幼かった私を救ってくれたお姉ちゃんとお兄ちゃんが、そのままな訳が無いから」
 「・・・そう、気づいてしまったのね?」
 「今なら分かる。先住魔法による不老の呪い。それに冒されていたから、貴女達は7年前のままだったのね」
 微かに肩を震わせるキュルケ。その口から漏れ出る嗚咽に、ルイズ達は下手に口を挟む事も出来ずに立ち尽くすばかりである。
 「ありがとう、お姉ちゃん、お兄ちゃん。あの頃、男の子に醜いと苛められていた私は3人のおかげで救われました。あの時、もし会えなかったら私はきっと・・・ずっと、ずっとお礼を言いたかった・・・」
 「ねえ、キュルケ。貴女は綺麗に成長したわ。アタシとレイの見立て通りにね」
 「・・・うん、ありがとう」
 恩人との再会に、感情のままに涙を流すキュルケ。姉御肌で恋愛を好む、そして意外に世話好きでありルイズの天敵と言うのがキュルケという少女に対する一般的な評価である。
 だが、本当にそれだけだったのか?
 アスカに縋りつき、レイに頭を撫でられながら、身も蓋も無く泣きじゃくるキュルケに、ルイズ達は自分達がキュルケという少女の一面しか見ていなかった事を痛感させられていた。

トリステイン王宮―
 ルイズ達がアンリエッタに報告をしていた頃、シンジ達はマザリーニ枢機卿の下へ顔を出していた。
 「・・・そうか、まさか子爵がレコンキスタに与していたとはな」
 「トリステイン内部にどれだけレコンキスタが浸透しているか。それを考えると頭が痛くなりますね」
 「とは言え、放置して良い問題では無い。それについては私の方で調査を行おう」
 新たな問題こそ発生してしまったが、それでもレコンキスタの裏をかき、アルビオン存続を成し遂げた結果には満足しているマザリーニである。
 「他の報告内容についても調査は行っておこう。また何かあったら手伝って貰う事になるだろうが、それまでは普段通りにしていて貰いたい」
 「分かりました。それでは失礼します」
 立ち去るシンジ達。その足音が消えてなお、マザリーニは報告書から片時も目を離そうとはしなかった。

レコンキスタside―
 瓦礫の山となったニューカッスル。その礼拝堂があった辺りを、羽根帽子を着けた貴族ワルドが何かを探す様に歩いていた。
 「無い・・・奴ら、皇太子を埋葬したのか?それとも先王の玉砕攻撃に遺体を乗せていたのか?感情的にあり得なくはないだろうが」
 「ワルド子爵。我が親愛なるウェールズ皇太子の御遺体は見つかったかね?」
 「閣下、申し訳ございません。未だ遺体は発見できておりません。多少の血痕が見つかったばかりにございます」
 瓦礫の山を乗り越えて姿を見せた主―クロムウェルに頭を下げるワルド。その左手は、レイの狙撃により上手く動かなくなっていた。
 治療にあたった水メイジの診断によれば『運悪く神経を傷つけられている』という事であった為、左手に関してはほとんど期待していないワルドである。
 「ふむ、無いよりはマシか。我が虚無の力をもってすれば、例え血痕からであろうとも蘇らせる事は可能であるが、出来れば腕の1つも残っていて欲しい所だな」
 「恐れながら閣下。私に案がございます」
 聞き覚えの無い声に、ワルドが視線を向ける。そこにはアカデミーの研究者と思しき、白衣を纏った金髪の女性が立っていた。
 「うむ。意見を述べる事を許そう」
 「ありがとうございます。閣下、私の用いる極東の秘術を用いれば、血痕からであろうともウェールズ皇太子を呼び戻す事は可能でございます。お許し頂ければ、1月後には皇太子を呼び戻してご覧にいれます」
 「ほう?極東にも余と同じ死者を蘇らす秘術があるとは。実に興味深い!良い良い、早速取り掛かるが良い。楽しみにしておるぞ!」
 「ありがたき幸せ。必ずや、ご期待に応えてみせます」
 上機嫌で踵を返すクロムウェル。その後ろ姿を眺めながら、白衣の女性はチラッとワルドに目を向けた。
 「ワルド子爵。その左手、元通りに治したくはありませんか?」
 「出来るのか?」
 「時間は頂きますが。そうですね、半月も頂ければ十分かと」
 想像以上の答えに、驚きで言葉も無いワルドである。
 「本当か!嘘ではあるまいな!」
 「ただし触媒として血液を頂きますが?」
 「その程度なら構わん!すぐにでも頼む!今のままでは閣下の理想に殉じる事も出来んのだ!」
 「分かりました。ではすぐに取り掛かります。御手をお出しください」
 ワルドの右腕にアルコールで消毒を施し、白衣のポケットから取り出した注射器を刺す白衣の女性。その筒の中に十分な血液が溜まった事を確認すると、手慣れた手つきで注射器を抜き取り、必要な処置を行う。
 「それとワルド子爵。そちらの石板を持ってきては頂けませんか?私、研究室に籠りきりの体ですので」
 「それぐらいはお安い御用です。何より女性に重たい物を持たせるなど、貴族がして良い事ではありませんからな」
 錬金の魔法で血痕の付着した石畳の周辺を砂にするワルド。すると石畳はあっけなくワルドの手に納まった。
 「では参りましょうか。ミス」
 「リツコ、とお呼びください」
 「分かりました。では、ミス・リツコ。参りましょうか」
 リツコと呼ばれた白衣の女性は、泣き黒子の顔に笑みを浮かべると、ワルドとともにその場を後にした。



To be continued...
(2014.04.07 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回でアルビオン編は終了となります。アルビオン編どころか作品自体が一時停止なのに、伏線張っちゃうのはどうかと思いましたが、落ち着いたら再開する為、この点については多めに見てやってください。
 来月より新作を開始しますが、モチベーションはかなり上向きです。リアルで私が紫雲名義で活動している事を知っている知人がいるのですが、その人曰く『お前馬鹿だろ。どうして新作の書き溜めが、そんなにあるんだよ!』と言われましたw手直しとか、矛盾点とか、追加分とか山ほどあるのですが、エピローグと言うかラスボス直前まで書き上げていたら『馬鹿』呼ばわりされるのも仕方ないですよねwと言う訳で、次回作は必ず書き上げますので、どうか勘弁して下さい。
 それでは、また宜しくお願い致します。



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