新たな世界で

第十話

presented by 紫雲様


飛行船内―
 「それでいつものメンバー大集合って訳ね?」
 呆れた様に肩を竦めるアスカの前で、わざとらしく手を振るのはキュルケである。その隣には親友タバサが杖を手にボーっと立っていた。
 ちなみに2人を飛行船に連れ込んだシルフィードは、甲板でヴェルダンディやチビ波、キョウコやカヲルとともに使い魔同士親睦を深める為にコミュニケーションの真っ最中である。
 「だって貴女達と一緒だと退屈しないじゃない!この前の鬼退治も楽しかったし!」
 「鬼退治?あーミス・・・」
 「キュルケで結構ですわよ?お髭の素敵なおじ様。鬼退治というのはオーク鬼やトロル鬼退治をした時の事。1人足りないけど、このメンバーで1日1件ずつ鬼退治を熟したんですわ」
 「そ、それは中々に濃密な経験だったろうね」
 紅茶を嗜みながら、背筋に冷や汗を流すワルド。よくもまあ魔法学院の生徒が鬼退治を成功させたものだと、感心よりも呆れの方が強かったりする。
 「凄かったわ。囮を追いかけてきた鬼達を落とし穴で寄せ付けずに、遠距離から一方的に攻撃。こっちは無傷、向こうは全滅。それを10回も繰り返したんですもの」
 「確かに有効だったのは認めるわよ。でも、何と言うか卑怯な気がするのよね」
 「・・・それは生き残ったからこそ言える事。仮に殺されていれば、そんな事を思う事も出来ないわ」
 どこか納得できない婚約者の姿に、やはり箱入り娘だなと苦笑するワルド。戦場を往来して命の遣り取りをしていれば、ルイズの言い分など愚者の戯言としか受け取れない。
 「はいはい、ちょっとテーブル空けてね」
 そう言いながら入室してきたシンジは、テーブルにドンと皿を置いた。上に乗っているのは、果物を散りばめた手製のホールケーキである。
 「砂糖少な目な分、果物たくさん使ってるから食べてみてよ」
 「・・・ひょっとして、貴方が?」
 「そうよ。こいつ、女のアタシ達より料理上手なのよ」
 受け取ったナイフでホールケーキを等分していくアスカ。だが少女達は、アスカの行動よりも料理を自作するシンジに注意を向けていた。
 「シ、シンジ!?貴方貴族なのに料理してるの!?」
 「別に貴族が料理しちゃいけないなんて法はないでしょ。村に帰れば、野菜作ったり家畜の世話したりもしてるし。やってみると楽しいよ?」
 「貴方、何でもアリね。ナイフを使えて銃を使えて飛行船の経営者やってて、更には裁縫に料理も出来る。挙句の果てに先住魔法の使い手なんだから」
 最後の一言にゴフッと咽るワルド。さすがにそれだけは聞き逃す事が出来なかったらしい。
 「き、君はエルフなのか!?」
 「違いますって。母が東方(ロバ・アル・カイリエ)の出身なだけです。その縁で向こうの魔法を習得していまして。外見だって、黒髪黒目。ここらでは見かけない容貌でしょう?」
 「む、言われてみればハルケギニアでは見かけない容貌だな」
 そこへコンコンとノックの音。入室の許可を待たずして入ってきたのは加持―アルビオンへ向かうと聞いたテファが『お兄様達を助けて下さい』と送り出した結果である。ただし、いつものYシャツ・スラックスの上にエプロンを着ているが。
 「さて、お姫様方に男の手料理を食べ比べて頂こうか」
 「加持さん、厨房に籠ってると思ったら、シンジと競ってたワケ?」
 「そうとも!俺のデザートを食べて腰を抜かすなよ?」
 そう言いつつ加持が出してきたのは、フルーツの大粒の角切りを乗せたクッキーである。数種類が用意されている事に気づき、少女達から『おおー』と感嘆の声が漏れる。
 「加持さん料理出来たんだ。いつ覚えた訳?」
 「・・・それを訊くな」
 部屋の隅でズーンと蹲る加持の姿に、ポンと手を打ったのはアスカである。どうやら、すぐに理由に気がついたらしい。
 「ご、ごめんね、加持さん」
 「・・・葛城に惚れた時から、こうなる事は分かっていたさ・・・俺だって惚れた女の手作り弁当とか食べたかったんだが、あいつはなあ・・・」
 状況を理解出来ない少女達に、シンジが『加持さんの婚約者って、壊滅的な料理の腕前なんだよ』と伝えると、全員が憐みの眼差しを加持に向けた。
 「・・・失礼。そちらの御仁は君と同じ東方(ロバ・アル・カイリエ)の出身なのかね?」
 「ええ、そうです。僕達にとっての兄代わりみたいな人です。一応、父の部下に当たるんですが、色々あって今はこちらに」
 「ふむ・・・」
 加持の立ち振る舞いに『軍人か』と当たりをつけるワルド。少なくとも油断は禁物と内心でチェックを入れる。
 シンジと同じ東方の出身ならば、先住魔法を使えてもおかしくはない、と警戒しながら。
 「ところでシンジ君。上にいるキョウコさんを呼びにいかないか?」
 「そうですね。だったら呼んできて頂けますか?僕は作業員の方の差し入れを渡してきますから」
 「OKOK。じゃあ行こうか」
 2人揃って廊下へ出る。途中、つけられていない事を確認した上で加持がソッとシンジに耳打ちする。
 「あの羽根つき帽子の男には用心するんだ。あの男、俺が良く知るタイプにソックリだ」
 「・・・しばらくは泳がせた方が良いでしょうか?」
 「そうだな。あの手のタイプは決定的な瞬間までは行動に出たりはしない。しばらくは様子を伺った方が良いだろう」
 そう切り返すと、2人はそれぞれの目的を果たす為に移動を再開した。

 移動は至極順調に進んでいた。本来ならば港町まで馬を全力で飛ばして1日、更にアルビオンが最接近するのを待つのに2日。計3日はかかる計算である。
 しかしながら、シンジ達がオーナーを務める飛行船は前提条件が違う。港町まで空の旅を半日、更にアルビオンとの距離に関係なく上空目指して飛び立つのである。
 これは定期飛行網を開通した頃からの最大のセールスポイントであった。飛行網が完成するまでは、アルビオンと接近する、各地の港町から月に1回しか船が出ていなかったからである。
 だがシンジ達はアルビオンが決まったルートでしか飛行していない事を理解すると『何日ならこの辺りを周回している』というアルビオン行程表と言うべき物を作成し、週に1回は飛行船を飛ばせるようにしてしまったのであった。
 当然、乗務員には非常に高い技量を求める事になる。そもそも、毎回目的地であるアルビオンの存在する場所が違うのだから、操船の負担は大きくなる。最悪、雲海の中にアルビオンが漂っている事すら有り得るのだから。
 この問題を解決する為にシンジ達が採った手段は、ハルケギニア最高峰とまで呼ばれるアルビオン空軍からベテランを招いて操船のコツを伝授して貰う事であった。これには後見人であるウェールズの存在が非常に大きかった事は言うまでもない。
 問題なのは乗務員。彼らは元は軍勤務の兵士。それも飛行船を操って数十年という大ベテランである。言うまでも無く操船についてはプライドの塊と言っても良い者達だが、アルビオンから来た教官の講習については誰も文句を言ったりはしなかった。
 『確かに俺達にだって船乗りとしての誇りやメンツはある。だがアルビオンの船乗りの腕前が、俺達よりも上なのは事実だ。だったら、頭を下げるぐらいの事はしなけりゃなんねえ。俺達の腕に、客の命がかかっているんだからな』
 艦長を務める元・軍人の言葉に、シンジ達が感心したのは言うまでもない。その上で、シンジ達は彼らに操船について完全に全権を委譲したのである。
 『プライドよりも自分の責任を重視する貴方達であれば、僕達も安心して命を預ける事が出来ますから』
 この言葉に、彼らが奮起したのは言うまでもない。
 そんな彼らの操船の下、アルビオンの予想地点まであともう少しという地点まで来た時だった。

艦橋―
 「不審船?まさかレコンキスタ?」
 「不明です。しかしながら、奴らの砲門が向けられている以上、下手に動く訳には参りません」
 「・・・ですね。何か要求は受けていますか?」
 「今の所は停船命令だけです」
 「・・・仕方ないですね。向こうの出方を見ましょう。ですが隙を見せた時には」
 黙って頷く艦長。伊達に元・軍人の経歴を持ち、更には2年も定期飛行船の艦長をやってはいない。ただ問題なのは相手の所属である。相手が国旗を掲げていない以上、どこの所属なのか判別など出来はしない。
 「先方に停船命令受諾を通信して下さい」
 「了解」
 それを受け取ったのか、ゆっくり近づいてくる所属船。この緊急事態に気付いたのか、同乗者達が艦橋に顔を出し始めた。
 「タバサさん。最悪の時にはシルフィードで脱出をお願いします。艦長、最悪の事態を想定して、彼女にアルビオンのいる筈のエリアを教えておいて下さい。キュルケさん、ルイズさん、才人はタバサさんと一緒に脱出を。他のメンバーで連中の船に切込みを仕掛けましょう」
 「面白いじゃない、腕が鳴るわね」
 パキパキと指の骨を鳴らすアスカ。隣ではレイが無言のまま銃を取り出し、弾丸を装填し始める。
 「所属不明船、接舷を試みています」
 「今はまだ我慢だ。乗り込んでくるのは下っ端。相手の隙を見つけたら乗り込むぞ。野郎ども、総員第1種警戒態勢に移行!」
 愛用の武器を準備する乗組員達。その一糸乱れない行動と落ち着いた様子に、今更ながらに彼らが軍人である事に気付く才人達。
 ただ、彼らの努力は実る事は無かった。
 『聞こえるか!お前達の所属はトリステイン王国アルトワ伯爵家か!』
 突如聞こえてきた呼びかけに、目を丸くするシンジ達。明らかに魔法の仕業である。
 「これは、風の魔法か!どうやら風に声を乗せて届けているようだな」
 「・・・同じ真似が出来ますか?それならYesと返して下さい、僕の名前で」
 「分かった・・・こちらはトリステイン王国アルトワ伯爵家後継ぎシンジ・アルトワ。貴君はどこの所属か名乗られたし!」
 杖を振い、魔法を発動させながら呼びかけるワルド。そこへ返ってきた声は、空賊とは思えぬほどに親愛に満ちた呼びかけだった。
 『やはりシンジなんだな!僕だ、ウィルだよ!』
 「ウィ、ウィル!?ちょ、どういう事だ!?どうしてウィルが!」
 「若様!切込みは一端解除し、第2種警戒態勢への移行を致しますか?」
 「そ、そうだね。警戒態勢を第2種へ移行!艦長、僕は甲板へ出て来る!」
 「了解しました、お気をつけて」
 甲板へと走り出すシンジ。その後にアスカとレイ、更に遅れて才人達が続く。
 強風吹きすさぶ甲板。そこに茶色の縮れ毛の、巨体の男が立っていた。その周りには護衛らしい風体の男が数人立っている。
 だが彼らはシンジを見つけると、武器では無く大袈裟に手を振って敵意が無い事を示してきた。
 「本当にウィルなのか!?」
 「そうさ!久しぶりだな、シンジ!」
 「けど、その恰好は一体何なのさ!」
 「はっはあ!似合うか?今は立派な空賊の親分って所だ!」
 冗談めかしたウィルの言葉に、周囲の護衛達が肩を竦めてみせる。
 「と、とりあえず中へ入ろう!外は寒いよ!」
 「ああ、そうさせて貰う。お前達は船で待機だ。良いな?」
 ウィルの指示に従い、船へと戻る護衛達。そんな護衛を見送ると、ウィルはシンジの背中をバンバン叩きながら歩き出した。
 「お!アスカ殿にレイ殿もいらっしゃったのか!久しぶりだな!」
 「久しぶりね、悪ガキウィル?」
 「最後に会ったのは1年前だったかしら?元気そうで何よりね」
 見慣れない典型的な『賊』を前に親しく会話を始め出したシンジ達を前に、才人達はどうして良いか分からず、困惑するばかり。それに気付いたのか、ウィルがズイッと近づく。
 「初めまして、と言った所か。シンジの友人でウィルと言う。宜しくな」
 「シンジの友達?」
 「そうだ。もうかれこれ7年という所か。私が16の時からの付き合いだからな。それにしても、お前達は変わらないな」
 「まあね。それより奥へ行こう。紅茶ぐらいは出せるから」
 「それは有り難い。紅茶なんて、しばらく飲んでいないからな」
 食堂へと場所を移動するシンジ。そしてカヲルの淹れた紅茶で一服した後、お互いに自己紹介しあったのだが―
 「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官。アルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダーだ。短い間になるだろうが、宜しく頼む」
 鬘を外した美丈夫の自己紹介に、絶叫が上がる。
 「ちょ、アスカ!貴女皇太子殿下に悪ガキって!?」
 「落ち着きたまえ。私にとって3人は、身分の垣根を忘れることが出来る友人なのだ」
 「そうよねえ、色んな悪さしたもんねえ」
 「全くだ。後にも先にも城砦を爆破した挙句に、お姫様を掻っ攫ったのは、アルビオンの歴史を紐解いても私と君達だけだろうな」
 当事者にとってはティファニアの事と気付く事が出来るが、周りにとってはそうもいかない。
 「あああああ、アンタ何してんのよおおおおお!」
 「・・・てへ」
 「可愛らしく舌を出すなあああああ!」
 ルイズがシンジの首を掴んでガクガク揺さ振るが、シンジは平然とした物である。
 「大丈夫だって、ちょっとバレかけたけど、何とかなったんだから」
 「バレかけるなああああ!」
 「落ち着けルイズ落ち着け!王子様に笑われてるぞ!」
 ルイズを後ろから羽交い絞めする才人。するとルイズも状況を理解したのか、顔を赤らめながらコホンと咳払いする。
 「ところで、君達は何故アルビオンに?シンジ達がいて、レコンキスタに賛同しているとも思えないが」
 「はい、私はアルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダー殿下へ、トリステイン王国王女アンリエッタ殿下からの手紙を持ってまいりました。こちらが私の身の証になります」
 そう言いつつ、アンリエッタから預かった水のルビーを見せる。それに気付いたウェールズもまた、自分が嵌めていた風のルビーを近づけた。
 互いに干渉し、虹を作りだす2つの指輪。
 「確かに本物だ。それで手紙を見せて貰えるかな?」
 「はい、こちらに」
 手紙をゆっくり読んでいくウェールズ。やがて溜息を吐きながら、ウェールズはボソリと呟いた。
 「結婚してしまうのか、我が従妹殿は・・・了解した。姫の望みとあらば、その願いを叶えない訳にはいかない。だが手紙はニューカッスルに置いてある。済まないが、城までご足労願いたい」

 視界ゼロの雲海を、地形図と測量と魔法の灯りだけを頼りに突破したイーグル号は、後ろにシンジ達の船を引き連れてニューカッスル城に設置されていた秘密の港へと辿り着く。
 帰り着いたウェールズ達を出迎えたのは、パリーという名の老メイジである。
 「殿下、戦果は?」
 「残念ながら獲物は無し、だ。だが、全くの0と言う訳でもない。客人を連れて来たのでな」
 「客人ですと?この様な時にどなたが」
 タラップを降りてきた人影に、パリーが目を丸くする。それは彼も何度か対面した事のある子供達だったからである。
 「お久しぶりです。パリー様。シンジ・アルトワです」
 「久しぶりね、パリーお爺ちゃん。アスカよ、覚えてる?」
 「1年振りです。レイです」
 「これはこれは、まさか貴方達だったとは。まさかもう1度、こうして会えるとは思いもしませんでしたぞ?」
 懐かしい顔触れに、険しかったパリーの顔が綻ぶ。死を覚悟した老メイジにとって、何よりも心が落ち着いた瞬間であった。
 「しかし、3人とも変わりませんな。まだ呪いは解かれていないのですか」
 「ええ、まあ」
 「そうですか。いずれ貴方達がその呪いを解かれる日が来れば良いのですが」
 『呪い』という不吉極まりない単語に、周囲の視線が集まる。
 (・・・ルイズ、呪いって何だ?系統魔法に呪いなんてあんのかよ?)
 (知らないわ。系統魔法に呪いなんて物があるなんて、私聞いた事も無い)
 「系統魔法じゃないよ。先住魔法による不老の呪いさ」
 ビクウッと身を竦ませるルイズと才人。周囲も2人の囁きに耳を澄ませていた為、やはり驚きで体を強張らせていた。
 「両親の政争に巻き込まれてしまってね。ハルケギニアでいう所の先住魔法による呪いをかけられているんだ。効果は死ぬまで年を取らない事。僕達、何才だと思う?」
 「・・・17か18って所か?」
 「残念外れ。精神年齢で言うなら26歳だよ。僕達3人ともね」
 一瞬の静寂。次の瞬間『エーッ!?』という驚愕の叫びが上がった。
 「ううう、嘘でしょ!?貴方が26!?エレオノール姉様と1つ違いじゃない!」
 「ああ、確かルイズのお姉さんだっけ。そういえば、君のお父さん。お姉さんを僕と結婚させようと目論んだみたいだね。グラモン元帥が茶飲み話に話してくれたよ」
 「「何いいいいいい!?」」
 あ然とするルイズとギーシュ。
 「もっとも断念したみたいだけどね。もし強行されたら、アスカとレイ連れてゲルマニアかアルビオンに亡命してたけど」
 「それは残念だな。ヴァリエール嬢、お父君に伝えてくれ。何でもっとゴリ押ししてくれなかったのか、と」
 「全くですな。きっとアルビオン王家が滅んだのは、ヴァリエール嬢のお父君がゴリ押ししてくれなかった為でしょうな。彼が亡命してくれていれば、きっとアルビオン王家は健在だった筈」
 茶化すウェールズに悪乗りするパリー。玩具にされたルイズは本気で反論する事も出来ず―笑いで返せる程、彼女は場馴れしていない―にオロオロするばかりである。
 「冗談だから落ち着きなよ。それはそうと陛下のお加減は?」
 「病死は無いな。明日、私とともに栄光ある敗北を成し遂げるのだから」
 ウェールズを先頭にゾロゾロと続く一行。やがて城の一番高い天守の一角に用意されたウェールズの居室へと辿り着く。
 室内は装飾一つ無い質素な造りの部屋。その中で唯一、煌びやかな色彩を放つ宝石箱を開く。
 中に入っていたのはボロボロに擦り切れた手紙。それへ愛おしそうに口づけた後、今生の別れとばかりに最初から目を通す。
 そして読み終えると、丁寧に封を閉じてルイズへと差し出した。
 「これが手紙だ。確かに返却したよ」
 「ありがとうございます・・・失礼ながら、殿下。先程栄光ある敗北と仰っておられましたが、王軍に勝ち目はないのですか?」
 「ないな。こちらは300。向こうは5万。万に一つの可能性もありえない。アンリエッタには申し訳ないが、今の私に出来る事は勇敢な死に様を奴らに見せつけてやる事だけだ」
 事、ここに至っても死への恐怖を微塵も見せないウェールズに、ルイズが深々と頭を下げる。
 「殿下、失礼をお許しください。トリステインに亡命なされませ。アンリエッタ殿下もそれをお望みの筈です!」
 「ルイズ、それ以上は」
 「構わないよ、子爵殿。ヴァリエール嬢にはキチンと理由を説明すべきだろう」
 止めに入ったワルドを制するように、コホンと咳払いするウェールズ。
 「レコンキスタが、私の亡命先を嗅ぎ付けたらどんな行動を採ると思うかね?亡命を受け入れた国には、決して良い未来は待ち受けていないだろう。ましてトリステイン王国は軍事的には強い国とは言えぬからな。我が国の二の舞になるだけだ」
 「そ、それなら・・・そうだ!シンジ、貴方の力を貸して!貴方の使い魔なら!」
 「済まないが、僕は力を貸すつもりは無い。僕の力はシンジ君を守る為だけに振るわれる物だ。僕が僕自身に課したそのルールを違えるつもりは無いんだ」
 終末の天使と陰で呼ばれているカヲルに最後の希望を託したルイズだったが、それもカヲル本人の言葉によって断念させられる。もしシンジが頼めばカヲルは前言を翻したであろうが、シンジにはシンジの思惑があり、敢えてカヲルに考えを曲げさせようとは考えなかった。
 「・・・ヴァリエール嬢。君が気に病む事は無い。だから元気を出したまえ。丁度、これから最後の晩餐会が開かれるのだ。君達も参加すると良い。会場への案内はパリーがしてくれる。頼んだぞ」
 一礼して命令を承ったパリーが、ルイズ達を連れて部屋を後にする。だがワルドだけは『すぐに追いかけます』とだけ告げてその場に残った。
 「殿下、1つお願いしたい儀があるのですが」
 「私に出来る事かな?まずは伺おう」

シンジside―
 ルイズや才人達が晩餐会を終え、亡国王族の最期という厳しい現実に直面した後。シンジ達は自らに割り当てられた寝室を後にして、アルビオン国王ジェームズ一世に面会を希望していた。
 「陛下、このような深夜にも関わらず、御面会を許して下さりありがとうございます」
 「何、どうせ明日までの命だ。今更徹夜程度で寿命が縮んだ所で、痛くも痒くもない」
 ベッドに半身を起こした状態で、小さく笑うジェームズ。その傍にはウェールズとエドワード、パリーが姿を見せていた。
 「陛下。アルビオン王国の火を絶やさない為に、ウェールズ殿下、いや僕達3人の友人ウィルを明日の特攻から外して頂きたいのです」
 「シンジ!君は何を言っているんだ!」
 「非公式の場とは言え、敢えてウィルと言わせて貰うよ。甘ったれんな、クソガキ。でかくなったのは図体だけか!」
 いきなりの無礼際まりない言動に、目を丸くする一同。アルビオン建国以来、皇太子をクソガキ呼ばわりしたのは、後にも先にも今回が初めてだったのは間違いない。
 「良いか。君は死ねば楽になれるだろう。だが、残された者達をどうするつもりだ?君を信じて着いて来た避難民達にバラ色の未来が待ち受けているとでも思っているのか?国を無くした責任が自らにあると思うなら、その責任を採る為に最後まで足掻くべきだろうが!彼らが君を信じて良かった、そう思える様に!」
 「だ、だが!私の亡命を受け入れてしまっては、トリステインは、アンリエッタは!」
 「だったら、第3の選択肢をくれてやる。元々、君がそういう奴なのは知っていたからな。学校休んでまで準備しておいた甲斐があったよ」
 ゴソゴソと懐から一冊のノートを取り出す。それをウィルにポンと投げた。
 「アルビオン国内に用意しておいた、ゲリラ戦用の拠点10ヶ所の地図だ。詳しい場所はエドワードさんが知っている。物資についてもね」
 「・・・黙っていて申し訳ありません。アルトワ殿に秘密裡に協力を要請され、行動しておりました。各拠点には兵士50名が1月は暮らせるだけの食料と、火の秘薬・水の秘薬・活動資金が幾らか蓄えてございます」
 「シンジ!君は!」
 「やってみなよ。政戦両略において優位に立っているレコンキスタ。その盤面を引っくり返すには、他に方法は無い。5年前にモード大公を弑してしまった時からね」
 ピクンと反応するジェームズ。大公の生存を知るウェールズやエドワードも、シンジが何を言い出そうとしているのか分からず、困惑するばかりである。
 「前々からおかしいとは思っていたんだ。モード大公の抱えていた秘密。それが陛下にバレたからこそ、大公は死ぬ事になった。だがおかしいとは思わないか?大公の秘密をバラした者は、何が目的で陛下に真実を告げた?そんな事をするぐらいなら『エルフの愛妾という秘密をバラされたくなければ、便宜を図れ』とでも脅迫する方がよっぽど現実的だろ?陛下、貴方に秘密を告げた人物は、今どこでどうしていますか?」
 「・・・それについては余も知らんのだ。余にそれを告げた者―妙齢の金髪の女性だったが―その後で姿を見せなくなってしまったのでな。あの頃は頭に血が上ってしまい、そこまで冷静に考える事が出来なくなっておったのだ」
 「やっぱりそうでしたか。そいつの目的は陛下と大公を仲違いさせ、アルビオン王家に亀裂を走らせる事だったのでしょうね。それを為しえたのは、少なくとも現在のアルビオン王党派でないのは間違いありません」
 「・・・レコンキスタ、か?」
 「可能性は非常に高いかと」
 大きな溜息を吐き、ガックリと肩を落とすジェームズ。今更ながらに、己自身が良い様に踊らされた事に気付いたからである。
 「ただし、先程も申し上げた様に逆転の目はあります。恐らくは奴らの目的はアルビオン王家を絶やす事。ならば、奴らの望みが叶った、そう錯覚させれば良いのです。亡国最後の王と皇太子が、王家の意地を見せつける為に玉砕戦法を採ってきた。そんな状況は奴らにとって最高の絵図面でしょうね」
 「それで、ウェールズを特攻から外せ、と言うのだな」
 「はい。レコンキスタが何故、王家を滅ぼそうとするのか?聖地奪還を行わない王家は支配する資格が無い、という奴らの大義名分。奴らを操る黒幕が、本気でそんな事を信じているとは思えません。ならば王家の血統を早々に絶やすのは、時期尚早と言わざるを得ません。死ぬのは何時でも出来ます。ならば今は舞台袖から様子を伺うべきです」
 納得したように頷くジェームズ。その眼は無言ではあっても、何よりも雄弁に、ウェールズに対して語りかけていた。
 「・・・分かりました。しかしながら父上、奴らの目を眩ます方法を考えねばなりません」
 「それは余の務めだ。パリー、明日の玉砕計画を至急変更するのだ。道連れは老兵だけで良い。何、船を一隻動かすだけならどうとでもなる。あとは船に火の秘薬を満載させておけ。奴らの目を欺き、華々しく散ってやるぞ」
 「陛下、準備については全てお任せ下さい。レコンキスタ、いや奴らの後ろにいる者達に吠え面をかかせてやりましょう」
 ウェールズを落ち延びさせる為、捨石となる覚悟を決め直したジェームズとパリーが、互いを見ながらニヤリと笑う。
 「ウェールズ、アルビオンの民達を守るのだ。エドワード、ウェールズの補佐を頼んだぞ。そしてアルトワ殿、我が息子の友人として力になってくれて、親として感謝する。今後も、息子の友として息子を支えて貰いたい」
 「「「御意」」」
 「さて、少々夜更かししすぎたかの。済まぬが、そろそろ休ませて貰うとする。パリー、最後の仕事、抜かりなく頼むぞ?」

 ジェームズの寝室を辞したシンジは、パリーに1通の封を施された手紙を渡すと、ウェールズやエドワードとともに廊下を歩いていた。
 「ところでエドワードさん。以前、アニエスさんを通して頼んだ件についてですが」
 「あの件ですか。調査は済ませてあります。サウスゴータ陥落前より、我が家の家来を平民として穀物商へ潜らせておいた甲斐がありました。奴らは異常だ、シンジ殿。レコンキスタは異様なほどの高値で穀物に限らず、様々な嗜好品も大量に購入していたそうです」
 「やはりゲルマニアでの噂は事実でしたか。レコンキスタの盟主クロムウェル、一体何を考えているのか」
 3人の足が止まる。その3対の視線は、中天に輝く双月を捉えた。
 「脱出については、僕の方で手筈を整えています。時が来たらいつでも脱出出来る様に準備だけはしておいて下さい」
 「それなんだがシンジ。脱出は少し遅らせて貰えないか?実はワルド子爵から頼まれ事を受けてしまってな」
 ウェールズの口から齎された『結婚式』に、驚きで目を見開くシンジ。
 「ど、どうした?」
 「ウィル、それからエドワードさん。大至急、ウィルの部屋へ行きましょう。1つ、保険を掛ける必要が出てきました。無駄になれば良いですが、念には念を入れましょう」



To be continued...
(2014.03.01 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回はアルビオン編前編です。登場人物達の思惑が交差する中、シンジ達の精神年齢暴露wそりゃあ驚くのは当然ですよねえ。外見年齢14歳でストップしたままだしw
 話は変わって次回です。
 次回はアルビオン編後編。ウィルの立会の下、行われる結婚式。そこで起きた凶行によって、暗殺者の手にかかるウェールズ。
 そこへ飛び込んでくるシンジ達を前に、総力戦が始まる事に。
 そんな感じの話になります。
 それと、次回の11話で一端中断の話ですが、やはり中断とさせて頂きます。
 4月に11話のアルビオン編後編と、5月から投稿する新作の基本設定を。
 5月から新作を投稿する予定です。
 モチベーションが上がるまで、申し訳ないですが、こちらについてはストップさせて下さい。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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