新たな世界で

第九話

presented by 紫雲様


トリステイン魔法学院―
 サウスゴータから避難してきたマチルダをド・オルニエール村へ送り届けたシンジ達。才人絡みの騒動による謹慎期間も『枢機卿からの特例』と言う形で、賞金稼ぎ兼アルビオン支援の為の隠れ家作り―シンジ達以外は知らされていないのだが―の報酬として、コッソリと授業を受けた事になっていた。
 ただ予想外だったのは、本来ならば才人の決闘での一件のホトボリを冷ます筈だったにも関わらず、それまで以上に生徒達の注目を浴びてしまった事である。
 原因はギーシュ。彼は臨時の収入に精神の箍も緩んでしまったのか、本来の見栄っ張りな性格も災いして、討伐の一件について事細かく自慢したのである。
 この自慢話は良くも悪くも大きな影響を生徒達に及ぼした。
 大半はシンジ達を軽蔑する物。彼らは貴族としての血統に自負を持っているが故に、系統魔法を重視しないシンジ達に対して、反感を抱いたのである。
 逆にシンジ達を評価したのは極少数。火のトライアングルクラスのフレイムボールに匹敵するグレネードランチャー、平均5発しか撃てないマスケット銃の欠点を水魔法の使い手に補わせる発想。シンジから提出された報告書に目を通したオールド・オスマンやコルベール達は、シンジ達に高い評価を与えたのである。余談ではあるが、後にこの一件を息子から聞いたグラモン元帥は、シンジ達を取り込む事に対して更なる情熱を燃やす事になるのだが、それはまた別の話。
 そんな中、新たな騒動の火種がシンジ達に降り注ごうとしていた。

 「テファから手紙?」
 マチルダと別れてから1月後。義妹である少女からの手紙が学院へ届いた。それはシンジ達が学院に入学して以来、初めての出来事であった。
 入学の為とはいえ、離れ離れになる事に対して必死に涙を堪える可愛い妹を思い出し、3人は同時にクスッと笑う。
 「楽しみねえ、どんな事が書いてあるのかしら?」
 目を通していく3人。そこにはティファニアが使い魔召喚の儀式に挑戦した旨が書かれていたのである。
 「そういえば、この前村に戻った時に、使い魔召喚の儀式の事話したわね」
 「大公が儀式を教えたのかな?あの人なら儀式を知っていて当然だけど」
 「テファを慰める為に教えたのかも」
 手紙には儀式の結果に至るまで、事細かに書かれていた。そしてその結果は―
 「「「人間を召喚したあ!?」」」
 3人の驚愕の叫びに、同じ室内にいた使い魔3人組も何事かと目を丸くする。
 「ルイズと言いテファと言い、何でまた人間を」
 「・・・ちょっと様子を見に行かない?次の虚無の日に」
 「賛成」
 可愛い妹の為ならば労力を惜しまない3人は、躊躇う事無く次の休日のスケジュールを決めてしまう。当然、彼らに付き従う3人も着いてくる事になったのだが―

 「何でアンタ達がいんのよ」
 ド・オルニエール村に到着したアスカは、ジト目でシルフィードから降り立った凸凹5人組に冷たい視線を向ける。だが残念な事に、5人の中にその程度で引っ込むような者は存在しない。
 「だって楽しそうじゃない!貴女達の実家って言うのも見てみたいし!」
 「もしかしたら、日本から来た人かもしれねえし」
 キュルケと才人の反応に、プイッと視線を逸らすアスカ。
 「・・・そちらも好奇心?」
 「騎士シャルルに興味がある」
 「使い魔だけを野放しに出来る訳が無いでしょ!」
 如何にもな返答に『そう』と頷くレイ。そんなレイの背後から、シンジが声をかける。その視線は、ルイズとタバサの後ろに控える、黒髪メイドの少女に向けられていた。
 「ところで、君達の後ろのメイドさんは?」
 「あ、申し訳ございません!私、学院でメイドとして働かせて頂いているシエスタと申します!実は学院長から皆様のお世話する様に仰せつかりました!」
 「・・・一応、僕達一通りの事は出来るんだけどな」
 「実はそれが問題になりまして。貴族たる者が下々の者に世話をさせる事も、貴族としての嗜みなのだから、と・・・」
 『うっわあ、あのボケジジイ』と頭を抱えて蹲るシンジ。確かに料理ぐらいならともかく、シンジ達は家事全般を自分達で行っているのである。今回、シエスタが派遣されたのは、その辺りに発端が有りそうであった。
 「ああ、もう。君の立場を考えれば、無理に帰らせる事も出来ないか。ただ融通を利かせてくれると有り難いな。僕達は基本自分の面倒は自分で見れるけど、才人とかはまだ不慣れだから、アイツを優先して貰えないかな?」
 「・・・よ、宜しいのですか!?」
 「その代わりに、僕が言った事は内緒にね?」
 全力でコクコクと頷くシエスタ。そんな彼女に不穏な気配を感じたのか、ルイズの視線が険しくなる。
 漂いだす一触即発の空気。そんな空気を気にする事無く、才人が口を開く。
 「な?だから心配する必要なんて無いって言っただろ?」
 「は、はい!才人さんのお世話、しっかり勤めさせて頂きます!」
 「ちょっと待ちなさいよ!アンタの役目は才人の世話じゃないでしょ!」
 「いえ、先程アルトワ様から才人様のお世話を命じられました!この役目、必ずや遂行してみせます!」
 自分が中心にいる事も気づかずにいる少年を挟んで、火花を散らし出す少女2人。そんな2人をキュルケが面白そうにニヤニヤと眺める。
 「はいはい、そろそろ行くわよ」
先頭を切るアスカの後に続く一行。そして、その計画的に整備されている村内の光景に目を丸くしたのはキュルケであった。
 「うっそお!村の中を水路が走ってるの!?」
 「・・・あれは何?」
 「あっちの大きな建物は染物の工房。隣のは村人用の共同浴場よ」
 たかが田舎村と思い込んでいた子供達は、次々に飛び込んでくる光景に言葉も無い。やがてアスカ達が村の広場へ到着すると、その驚きは頂点に達した。
 「「「「「「お姫様だあああ!」」」」」」
 小さい子供達が、我先にとアスカやレイに飛びついてくる。ハッキリ言ってしまえば、平民にここまで懐かれる貴族など、ハルケギニアには存在しない。にも拘らず、そんなあり得ない光景が目の前で繰り広げられていた。
 「全く、甘えん坊の集まりね」
 「みんな元気そうね。好き嫌いしないで、何でも食べているわよね?」
 レイの問いかけに、一斉に返ってくる『はあい!』という無邪気な声。そんな子供達を見ていた才人が、ポツリと呟く。
 「・・・シンジには懐いてこないんだな?」
 「・・・言わないでよ、気にしてるんだから」
 ガックリ肩を落とすシンジに『笑っちゃ駄目よ』という小さい制止の声が聞こえ、ますます鬱にはいるシンジ。
 やがてシンジ達の帰還が知らされたのか、次々に村人達が姿を見せる。そんな村人達の表情には、貴族に対する畏怖や敬遠の感情は欠片にも見られない。あるのは帰還を喜ぶ素直な感情だけ。
 そんな村人達の姿に、言葉1つ出せない3人の少女達。彼女達は貴族と平民の絶対的な壁と言うべき物を理解している。だからこそ、ド・オルニエール村はあり得ない光景としか映らなかった。
 そこへ遠くから聞こえてくる、微かな呼び声。
 顔を上げたシンジ達。その眼は遠くから駆けてくる少女の姿を捉え―
 「お帰りなさい!お兄様!お姉様!」
 「「「ただいま」」」
 一見すると、シンジ達よりも年上にしか見えない少女―ティファニアは17歳だが、シンジは外見年齢14歳のままである―の登場に、脳内に疑問符を浮かべた一行。だがその疑問は根こそぎ吹き飛んでしまった。
 彼女達の視線は、ある一点に注がれてしまった為である。
 「バ、胸革命(バスト・レヴォリューション)・・・」
 キュルケやシエスタをメロンとするならば、少女はさしずめスイカである。そんな絶対的存在を前に、メロンな2人の少女は額に汗を垂らし、残る2人は殺気を全身に纏わせる。
 そんな空気を吹き飛ばしたのは、ティファニアの肩越しにかけられた声であった。
 「ティファニア様!いきなり走り出してどうしたんですか!?」
 「おーい、ティファニア。オジサンはもう年なんだから、そんな走らないでくれ・・・ってえええええええ!?」
 1人は一行も顔馴染みとなったマチルダ・オブ・サウスゴータ。元々ティファニアと知り合いであった彼女は、ティファニアの傍に居る為にド・オルニエール村に腰を落ち着けたのである。
 だが問題なのはもう1人。そしてその1人の姿に、絶叫するシンジとアスカ。
 「「加持さん!?」」
 「加持一尉、久しぶり」
 そこに立っていたのは、無精髭を生やした20代後半に見える男―かつての兄貴分である加持リョウジその人であった。

 加持との再会を果たした後、加持の素性―シンジ達の兄代わりであり、軍における諜報部門の長を務めていた―という説明に、目を丸くしたのはティファニアやマチルダである。どこから見ても体力不足のオジサンとしか見ていなかった分、衝撃が大きかったらしい。
 それはモード大公達も同様で―もっともシャルルだけは実戦経験の勘が働いたのか、ただの平民ではない、と睨んでいた―あり、加持の実力に驚きを覚える事になるのだが、それはもう少し先の話である。

 「じゃあ、加持さんは」
 「ああ。冬月副司令を助けた後、俺はそれまでの報いを受けた。あの時、俺は彼女の銃撃を受けて事切れた筈だったんだがな」
 アルトワ伯爵邸に場所を移したシンジ達は、加持を含めた4人だけで密談を始めた。目的は加持から彼自身の最後の記憶を訊きだす事。その結果分かった事は、加持が何も知らないという事だったのである。
 「まあどうせ失いかけた命だ。しばらくは、あのお嬢ちゃんのボディガードを務めるのも悪くないと思っていたんだが、まさかシンジ君達に再会できるとはな・・・なあ、あの後、NERVはどうなった?葛城はどうなった?」
 「・・・最悪のシナリオでした。全ての使徒を倒した後、SEELEはNERVを悪役に仕立てて攻め込んできました。ミサトさんは僕を護る為に・・・」
 「そうだったのか・・・やれやれ、死に損なっちまったか」
 そう言いつつ、村の自家製ワインをグイッと呷る加持。そのままポケットに残されていた煙草に火を点け、フーッと紫煙を燻らせる。
 「加持さん。1つだけ、かつての弟分としての我儘を聞いて貰えませんか?」
 「ん?俺に出来る事かい?」
 「はい。僕達の妹であるティファニアを護って欲しいんです。マチルダさんからある程度は聞いているかもしれませんが、かなり国際情勢が危険な事になっていまして」
 説明される裏事情に、加持の顔が徐々に険しくなる。
 「なるほどな。亡国のお姫様だったとは。しかも人間と亜人のハーフとは・・・ん?そういえば、すっかり失念していたが、このハルケギニアって世界は何なんだ?魔法とか、正直理解出来ないんだが。それにシンジ君達も俺の様に喚ばれたのかい?」
 「いえ。僕達は眠りから目覚めただけです。加持さんに分かる様に説明すると、このハルケギニアは西暦11000年のヨーロッパ。僕達は9000年の間、黒い月―NERV本部の中で眠り続けていたんです」
 シンジから説明されていく裏事情に、言葉も無い加持。特にシンジ達が使徒として目覚めているが故に老化していない事を告げられると、彼はガックリと肩を落とした。
 「済まない。俺達大人がだらしなかったばかりに・・・」
 「アタシ達は誰も大人を恨んじゃいないわよ。それにアタシ達もこうして心の底から理解しあえる様になったわ。あの頃には想像すら出来なかったぐらいにね」
 「アスカの言う通りよ。私達は仲良く生きている。それは事実だから」
 少女達の言葉に、顔を綻ばせる加持。そんな加持に、アスカが良い事思いついたとばかりにポンと手を打った。
 「加持さん、情報戦って得意だったわよね?あとは情報から推測する事とか?」
 「そりゃまあ専門だが、いきなり何だ?」
 「ちょっと協力して欲しいのよ」
 現在、シンジ達が各国の小麦・火の秘薬・風石の価格情報を集め続けている事。それは戦火に巻き込まれない事を目的とすると同時に、トリスタニア王国の事実上の宰相であるマザリーニ枢機卿への情報売買でもある事、更にはアルビオンの不穏な情勢も説明する。
 「情報は毎週、伝書鳩でここへ送られてくるわ。情報の管理と推測を行って、それをティファニアを守る為に有効活用して欲しいのよ」
 「それは良い案ね。魔法についてはテファのお父さんや、お爺ちゃんが専門家だから訊ねれば教えてくれるわ。私達からも理由を説明して、口添えはしておくから」
 「まあ、ただ飯喰らいも問題だからな。それぐらいは構わないが」
 合意に至った事で、話は終わりと席を立つ一同。そのまま廊下へ出ると、盗み聞き防止の為に門番代わりに立っていたカヲルが『もう良いのかい?』と声をかけてくる。
 「ありがとう、カヲル君。これから加持さんにも協力して貰う事になったよ」
 「なるほど、それは良い事だね。僕は渚カヲル。仕組まれた子供フィフスチルドレンにして、自由意志を司る17番目の使徒タブリス。今はシンジ君の使い魔として、この世界に存在しているんだ。これから宜しく頼むよ」
 「俺は加持リョウジ、シンジ君達の兄代わりってとこだ。お互いに宜しく頼む。俺の事は好きに呼べば良いが、君の事は何と呼べば良いかな?」
 「カヲルで良いよ、加持さん」
 居間へと降りる一行。そこは異様なほどの人口密集地帯と化していた。キョウコはシャルルに『娘の面倒を看て頂きありがとうございます』『いやいや、こちらも若返った気分です。孫を持つとはこんな感じですかのう』と和気藹々とした会話を繰り広げる。ティファニアはルイズとタバサから注がれる視線に引き気味である。その隣では母であるシャジャルがチビ波を膝の上に乗せながら『貴方、私もう1人子供が欲しくなりましたわ』と口にし、隣に座っていた大公が激しく咳き込んでいた。才人はデルフリンガーと話をし、その真横ではインテリジェンスソードに興味を持ったマチルダが、ジーッとデルフリンガーを凝視している。キュルケはそんな光景を何も言わずに眺めていたが、加持に気付くと値踏みするかの様に上から下まで視線を注いだ。
 「お待たせ。つい話し込んじゃったよ」
 「久しぶりの再会だったんだろ?誰も文句なんて言ったりしねえよ」
 「ありがとう、才人」
 そこへタイミングを見張からったかの様に、カルロとマリー、シエスタが夕食を運んでくる。久しぶりの全員勢揃いに、3人は腕によりをかけた力作を用意していた。

それから1月後―
 加持という望外の協力者を得たシンジ達は、翌日には魔法学院へと舞い戻ってきていた。シンジ達は授業をサボタージュしてもマザリーニのお墨付きがある為問題にはならないが、ルイズ達はそうもいかないからである。
 その間、シンジ達は加持から送られてくる情報に唸り声を上げ続けていた。と言うのも情報を扱う者として、明らかな実力差を見せつけられたからである。将来の推測に足りない情報の追加要求、現在得られている情報から推測出来る情報等、挙げて行けば片手では足りない程である。
 「何て言うか、加持さん敵にならなくて良かったよね」
 「確かに情報足りないよねえ、とは思っていたけど、こういう情報も関係してくるんだ」
 加持の要求してきた情報。それは鉄・酒・塩の物価情報であった。
 『鉄はマスケット銃の作成に必要だ。わざわざお偉い貴族様が、平民兵士の為に魔法を使って銃を作る等する訳が無い。酒は傭兵の動向把握に関係してくる。傭兵は一般的に即物的な快楽を求める。それはいつ命を落とすか分からないからだ。その代表格が酒と女。まずは酒の価格から把握を頼みたい。最後に塩だが、これは兵士が戦うのに必要不可欠だ。例え水や食料が無くても人は精神で戦う事も出来るが、塩分だけは例外だ。塩分が不足すると、人は立ち上がる事すら出来なくなる』
 加持からの要求に、シンジ達は即座に対応を図った。何せ伝書鳩に追加事項を書いて送るだけなので、すぐに対応が可能だったからである。その為、翌週にはすぐに加持から送られてくる報告は、今までよりも高い精度を持つようになったのだが。
 「・・・完全に気付かなかったな。まさかガリアで戦の兆候が感じられるなんて」
 加持から送られてきた情報は、鉄の高騰、食糧・塩・酒の価格の横這いから、ガリア王国が何らかの大規模な兵器開発を行っているのでは?と言う予測であった。
 「確かに言われてみればあり得るわよね。為政者としては有能で、最大の人口を誇るガリア王国を支配してる訳でしょ?当然、生産能力は高い訳だからお金なんて有り余ってるだろうし」
 「それも重要だけど、もっと差し迫った問題が有るわ。アルビオンの方よ。あらゆる物資が高騰、いえ、幾らなんでも高すぎるわ。レコンキスタは本当に支払いが出来るのかしらね?」
 「全くだよ。5万の兵士の糧食と考えれば、幾らなんでも無理があり過ぎる。出世払いにでもしているのかな?」
 解の出ない問いに対して、苛立ちをぶつけるかのように頭を掻き毟るシンジ。アスカやレイもそこまでの苛立ちは見せないが、苦虫を噛み潰したように顔を顰めていた。
 「略奪は?」
 「無いね。半月前にレコンキスタはサウスゴータを落としたけど、略奪は行われなかった事が報告書には書かれている。支店の営業に関しても一切制限無し。寧ろアルビオン北部の都市にも支店を出さないか?と呼びかけられたぐらいだって。レコンキスタの盟主クロムウェルは何を考えているんだ?」
 「・・・この件は加持一尉に任せましょう。彼でダメなら、私達に分かる訳が無いわ。それより、私達もそろそろ出ないと」
 レイの言葉に、1時間目の授業の時間が近づいている事に気付くと、3人は身支度を整えて教室へと向かった。
 1時間目の授業は風に関する授業。担当教師ギトーは優秀な風のスクウェアメイジである物の、その性格的な欠点故にイマイチ人気の無い教師である。
 そしてギトーはシンジ達に対しても軽蔑の眼差しを隠そうともしなかった。それが言葉になって出てこないのは、偏に強力過ぎる使い魔達の存在があるからである。
 いかにスクウェアメイジであろうとも、巨人や終末の天使と戦って勝てると断言出来る程、強くはないのだから。
 そんな授業が中断されたのは、鬘を被ったコルベールが教室へ入って来た時だった。
 
 「あー、疲れたわ」
 部屋に戻るなり、ベッドへダイブするアスカ。その姿に周囲も苦笑はしても、嗜めようとする者はいない。
 何故なら、全員が同じ感想を抱いたからである。
 突如、決定したトリスタニア王女アンリエッタの学院訪問。それに駆り出されたのは仕方ないとしても、出迎えから日没後まで続いた歓迎式典の間、ずっと立ちっぱなしだったおかげで踵が痛くて仕方なかったのである。
 「全く、いきなり来て欲しくないわね。おかげでこちらの予定は狂いまくりよ!」
 「アスカ。そういう事は思うだけにしておいた方が良いわ。どこで聞かれるか、分かった物じゃない」
 「分かってるわよ!・・・ママ、寝酒に付き合ってよ」
 愛娘の我儘に『一杯だけよ?』とワインを差し出すキョウコ。そんな母子の姿に、肩を竦めるレイ。
 そこへドンドンという異様に大きなノックの音が響く。こんな叩き方をするのは、1人だけである。
 「ん?空いてるわよ、勝手に入って来なさいよ!」
 「お邪魔しまーす、と・・・あれ?シンジはいないのか?」
 「シンジだったら、ちょっと所用で席を外してるわよ。それで、こんな時間にどんな用件な訳?」
 「あー・・・ま、良いか。ちょっと相談に乗って欲しいんだ」
 デルフリンガーを背中に括り付けたまま、室内へと入って来る才人。ちなみにシンジ達の部屋は、絨毯や畳を使う事で日本の様に『土足入室厳禁』という、ハルケギニア唯一の建物と化している。
 「うわあ、やっぱり日本人は畳だよなあ・・・この前、ゴザありがとな。アレのおかげでゴロゴロ出来るんだよ」
 「こらこら、アンタ相談に来たんじゃなかったの?」
 「あ、そうだった。実はうちのご主人様が、また暴走するみたいなんだ。どうすりゃ良いと思う?」
 『相棒も大変だよなあ』というデルフリンガーの合いの手に、露骨に溜息を吐いてみせる才人。そんな才人に『何があったのよ』と水を向けるアスカ。
 そんな才人の口から語られたのは、王女アンリエッタの訪問から始まった一連の騒動についてである。
 「・・・王女も王女だけど、ルイズもルイズね。もうちょっと考えなさいよ・・・」
 「俺、思うんだけどよ。そんなにラブレターが問題なのか?だってラブレターなんて簡単に偽造出来ちまうじゃねえか。この世界、筆跡鑑定の技術も無ければ、魔法で超能力の過去視(サイコメトリー)みたいな事も出来ねえんだろ?」
 「アンタの言う通りよ。そもそもゲルマニアの皇帝は、その程度の事を気にする様な男じゃないわ。多少政治的駆け引きに使うぐらいはするでしょうけど、基本的には問題なんかにならないわよ」
 「・・・なあ、ゲルマニアの皇帝の事、知っているみたいだな?」
 そこへチビ波が『どうぞ』と紅茶を差し出す。その可愛らしい行動に才人が『お前みたいな妹がいたら、兄馬鹿になりそうだ』とチビ波の頭を撫でる。
 「そりゃまあ知ってるわよ。今だって年に1回、トリステインの代表として表敬訪問に伺ってるし。特にシンジは皇帝のお気に入りよ?トリステインやめてゲルマニアに来ないか?って誘われたぐらいだから」
 「そ、そうなのか?」
 「そうよ。だからゲルマニアの皇帝の性格を知っている者として断言するわ。王女の行動は無意味なの。だからやるだけ無駄って訳。寧ろアタシは王女の精神面―支配者としての心構えが出来ていない点が問題だと思うのよ」
 どういう事かと聞きかけた才人を遮る様に『ただいま』とシンジとカヲルの声が飛び込んでくる。
 「やあ才人。遊びに来たの?」
 「違うわよ。ちょっと厄介な事になりそうなのよ。実はね」
 アスカから語られた内容に、渋面を作るシンジ。背後に佇むカヲルは肩を竦めて苦笑いするばかりである。
 「王女も王女だけど、マザリーニさんもマザリーニさんだよ。主従の間で信用関係出来てないじゃないか」
 「どうする?このまま放っておくと・・・って問題にはならないか。王女はお嫁に行っちゃう訳だから、今更主従関係直した所で意味無いか」
 「それでも相談はする必要あるよ。仕方ない、もう1度行ってくるよ。マザリーニさんにも、今回の件は良い教訓になるでしょ」
 『マザリーニさん有能だけど、ちょっと1人で頑張り過ぎなんだろうなあ』と呟きながら再び外出するシンジ。向かう先はマザリーニが宿泊中の来客用宿泊室である。
 「ママ、チビ波と一緒に留守番お願い」
 「はいはい。いってらっしゃい」
 キョウコ達に見送られて夜道を移動するシンジ達。10分も歩かない内に、目的の場所へと到着する。
 マザリーニは仕事中なのか、室内に灯りが点いたままであった。
 「兵士さん、先程訪問したアルトワです。枢機卿に緊急の用件で、もう1度お会いしたいのですが、お伝えして頂けないでしょうか?」
 「は!少々お待ち下さい」
 見張りを務める2人の兵士の内、1人が室内へと入り枢機卿に報告する。すると許可はすぐにおり『どうぞお入りください』と兵士がドアを開けた。
 「若君殿。今度は姫君も連れてどうかしたのかね?緊急の用件だと聞いたのだが」
 「はい。実は王女殿下が暴走始めたみたいでして」
 シンジの言い分に首を傾げる枢機卿。だが説明を買って出たアスカの話す内容には言葉も無いのか、最後は相槌すら打てずにガックリ肩を落としてしまっていた。
 「まさかこのような所で弊害が出てしまうとは・・・先王陛下さえご存命であれば、このような事にはならなかっただろうに・・・」
 「どうします?今ならまだ止められますよ?万が一を考えれば、王室とヴァリエール家の間に火種を投げ込む様な物だと思いますが」
 「確かに君の言う通りだ。王女殿下の行動は、ハッキリ言ってしまえば何の国益も齎しはしない。しっかりとした王族としての教育さえ受けておられれば、こんな事にはならなかっただろうに」
 とは言え、放置できる問題では無い為、マザリーニは決済中の書類を脇に除けると熟考すべく目を閉じた。そのまま5分ほどそうしていたが、やがて目を開いた。
 「若君殿。申し訳ないが、王女殿下の企みを支援して貰えぬか?」
 「は!?止めないのですか!?」
 「うむ。今回の件を教訓に、殿下には王族として成長して頂こうと思うのだ。王族としての義務とは何なのか?その為に必要な事は何なのか?その答えを見出して頂く為に、今回の件を推し進めようと思うのだよ。オスマン師には私から説明しておく。すまないが頼まれてくれないだろうか?」
 王女自身には何の感情も無いが、ルイズと才人は仲の良い友人である。その友人が巻き込まれるとあっては、流石に無視する事も出来ない。
 「ついでにアルビオン王家に対して、例の計画についても念押しして頂ければ有り難いのだが」
 「・・・ウィルの事出されたら断れないじゃないですか。分かりました、ちょっと行ってきます」
 「うむ。すまないが頼む。ヴァリエール嬢にどう合流するかは君達の裁量に任せる」

翌朝―
 やっと太陽が東の空に昇りかけた頃、ルイズと才人、ギーシュの3人は魔法衛視隊隊長であるワルドとともに学院から少し離れた街道沿いに立っていた。
 「これからだが、私とルイズはグリフォンに。君達2人は馬に乗って貰いたい。目的地は港町ラ・ロシェール」
 そう言いかけた一行に大きな影が覆いかぶさる。何事かと顔を上げた一行の視界に飛び込んできたのは、一隻の黒い飛行船。ルイズ達には見覚えのある船である。
 その瞬間、顔を背ける才人。原因に気付いたからである。
 「な、何で!?」
 やがて甲板から舞い降りる1頭のグリフォン。そのグリフォンの胸当てに、すぐにグリフォン隊のグリフォンである事に気付くワルド。だがその背に乗っている少年には、全く心当たりが無い。
 「おはよう。才人、ギーシュ。ゼフィに乗って。アルビオン皇太子のいるニューカッスルまでノンストップで行くよ」
 「頼む!ヴェルダンディも!」
 「はいはい。往復してあげるから」
 ヴェルダンディを抱擁しながら、全身で喜びを表すギーシュ。だがワルドは突然現れたシンジと、王都で見かけるようになった漆黒の飛行船に疑念を覚える。
 「君は誰かな?何故、私達の受けた密命を知っている?」
 「まず僕ですがアルトワ伯爵家の次期跡継ぎ、シンジと言います」
 「アルトワ伯爵家?まさか、騎士シャルル様の!」
 「はい、祖父です」
 幼い頃に憧れた―今でも貴族としての理想像として心に秘めているのだが―人物の後継ぎを名乗る少年に、僅かに疑念が揺らぐ。そこへルイズが口を挟んだ。
 「ワルド様。彼は本当に騎士シャルルの孫なんです。先日、アルトワ伯爵邸に遊びに行った事がありましたから、間違いありませんわ」
 「・・・うむ。身元は間違いないようだが・・・」
 「ワルド様。とりあえず飛行船に乗りましょう。この船はアルビオン王都ロンディニウムと、トリステイン王都トリスタニアを結ぶ定期連絡船を務める飛行船です。飛行能力は十分にあると思いますわ」
 ルイズの言葉に『マズイ事になったぞ』と内心で呟くワルド。本来ならばラ・ロシェールに到着までの間に色々とすべき事があったからである。だがこれに乗ってしまったら、そうもいかなくなってしまう。
 「いや、ダメだ。これは密命。すまないが君の気持だけ頂こう」
 「そうはいかないんですよ。こちらも上からルイズ達を支援するように言われてましてね。これ、命令書です」
 シンジの突き出した書面に目を通していくワルドとルイズとギーシュ。やがて責任者の署名欄に目を通すに至り『ゲ』と呻き声を上げた。
 「何でマザリーニ枢機卿が知ってるのよおおおおお!」
 「き、君は枢機卿閣下の配下なのかね?」
 「主従じゃなくて取引相手とか、古い言い方するなら食客と言った所ですね。詳しい事は上で説明しますよ。どうせ朝御飯も食べずに出て来たんでしょう?作りたてを用意してありますから」
 最早逃げ場はない。こうなった以上、計画の大幅変更は仕方ないにしても、枢機卿がどこまで探索の手を伸ばしているのか?それを心配しながら、ワルドはルイズを連れて甲板へグリフォンを飛ばした。

魔法学院院長室―
 「王女殿下。ご不安なのは分かりますが、次からはどうかご相談下さい。今回の一件、下手を打てばヴァリエール家が謀反を起こしかねない大惨事を招く可能性があったのですから」
 朝早くから、枢機卿に連れられて院長室へ顔を出したアンリエッタは、流石にシュンと項垂れてしまっていた。それは自分のやった事の意味を理解したからである。もっともマザリーニが強く言わないのも、彼自身が王女との間に信頼関係を築こうとしてこなかった事が原因の1つであると判断しているからであった。
 「ですが、枢機卿。そう考えるなら、どうしてルイズを止めなかったのですか?」
 「色々と理由がございます。1つは今回の件を契機として、王女殿下には王族として必要な事を学んで頂きたい。そう考えたからです。ヴァリエール嬢やグラモン卿のご子息については、保険をかけてございますので」
 「なるほど。その為に彼らを同行させた、という訳じゃな?枢機卿殿」
 顎鬚を撫でながら納得した様に頷くオスマンに、マザリーニが『ええ』と返す。
 「それにアルビオンには、1度は彼らを向かわせる必要がありました。レコンキスタ、奴らに対する切り札を用意する為に」



To be continued...
(2014.02.01 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回ティファニアの使い魔が登場しました。と言う訳でEVA世界から加持リョウジが召喚されましたw彼にはシンジのバックアップ役として、裏方メインとして動いて頂く予定です。
 それと話は変わりますが、アルビオン編が終わったら一端、拙作を停止しようと思います。理由なんですが

 『ネタが浮かばない』

からです。本当に申し訳ないんですが、アルビオン編より先の展開が思い浮かばない。
 ですので、気分転換を兼ねて他の作品でも書いてみようかと思いました。
 これについては、次回の後書きでハッキリお知らせさせて頂きます。
 次回ですが、アルビオン攻防戦前編です。
 アルビオンに到着したシンジ達。そんな彼らの前に現れたのは、所属不明の海賊船。その海賊船で、シンジ達は懐かしい顔と再会する事に。
 そんな感じの話になります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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