新世紀エヴァンゲリオン アストレイア

第弐話

presented by 伸様


 NERV医療区画

 第三使徒戦後、シノは各種検査を受けていた。

 シノ自身は、自分の体の中にあるナノマシンからの情報で自分の体に異常が無い事は判っていた。

しかし、リツコが納得する訳ではない。

リツコにしてみれば、自分自身の目で確認しない限り納得出来るものではなかった。

 リツコが検査に張り切るには別の理由もあった。

いや、此方の理由の方がリツコにとってはメインなのかもしれない。

 シノの体には幾種類ものナノマシンが投与されている。

 今の科学では満足なナノマシンを人類が作り出す事は出来ないのだ。

その完全なるナノマシンも保つ者が目の前に居るのだ。

科学者たるリツコの血が騒ぐ。

母子二代のMADの血が燃える。

リツコの脳内の妖精さんが、研究しろと、悶え叫ぶ。

そして、リツコは自分の欲望に素直であった。

 

 

 今もシノは、上半身は裸、ショーツ一枚でMRIでの検査を受けている。

尤も検査はリツコが行っているので、異性の視線を気にする必要もない。

 だからと言って、シノとて年頃の女の子でもある。

同性とは言え、やはり視線は気になって仕方が無い(笑)。

 ましてや学会ではMAD母子で有名な赤木母子の片割れが色々と検査やら何やらでジロジロ(シノ主観)と見ているのだ。

「リツコさん? 何か先程からリツコさんの視線が痛いと言うか、熱いと言うか・・・(汗)」

「シノちゃん、気の所為よ。気にしたら負けよ?」

リツコの視線が泳いでいるのを確認して、シノは溜息を吐く。

 居心地の悪さは、相当なものであった。

 

 

 リツコは、MRIの検査を終えると、シノの肢体をマジマジと見て、溜息を吐いた。

「(ふーっ)でも、シノちゃん。何時見ても、とても真性の両性具有とは思えないプロポーションね」

「嫌ですよ、リツコさん。そんな事を言って」

恥ずかしそうに頬を染めるシノ。そして、何を思うか天井を見上げながら物憂げにポツリと一言。

「知らない天井だ」

 

 

 ノックの後、検査室のドアが開いて、シノ御付の少女達が入ってきた。

 御付の少女たちは、双方とも見た目は10歳位であるが・・・何故にメイド服?

二人に、この質問をすれば、シンクロしながら答えるだろう。

−此れが私達の制服です−

因みに、二人ともシノの御手付きでもある。


 背中まで伸ばした薄桃色の髪をポニーに纏めた少女;楓は、薄緑に統一した矢絣に袴、勿論忘れてならないメイドのシンボルであるバタフレイエプロンをしている。そして足元は編み上げのショートブーツ。

「マスター、ご無事で」

 艶やかな腰まで伸ばしたストレートの黒髪を持つ少女:紅葉は、衿と袖口のターンナップのみ白の黒の膝下丈スカートのワンピース、袖はメイド服御約束のチキンレッグ(笑)。この娘もバタフライエプロンをし、足元は薄手の黒いハイソックスと黒のローファー。

「主様、勝利おめでとうございます」

 其々、自分達の主人であるシノに祝辞を述べる。

 その言葉を聞き、シノはふと気が付いた。

エヴァ初号機で使徒を殲滅し此処へ帰還してから、冬月とリツコ以外の人からお礼を言われていなったな、と。

 元より、ゲンドウやユイから祝辞を言われたいとは1ミクロンも思っていない。

言われたら、シノは顔を顰めるだけであろう。

 勿論、検査室に入る迄、ネルフの職員に誰一人として会わなかった訳ではない。

エヴァを格納したゲージには整備員が大勢居たし、通路にも職員が行き交っていた。

 シノは通路で行き交っていた職員達を、ゲージに居た整備員達を思い出した。

皆、足取りは軽く、口元は緩み、浮かれていた。

 シノは苦笑しながら結論付けた。

−生き残った事が嬉しかったのでしょうね−

 

 

 

 そんなシノの考えも知らず、リツコは少女達を見つめながら、感心した様に呟いた。

「何時も思うけど、とてもA.Iの外部生体端末だとは思えないわね」

 

 

 

 

 

 ネルフ本部司令執務室。

 ゲンドウとユイは、先程呼び出したリツコの報告を聞いていた。

 今迄のシンジの事を聞きたいが、冬月に聞くのは、冬月が説教モードに入ったら大変である。

 今回のシノの召還にしても、月曜日のミーティングで2時間、他の日は毎朝20分の冬月の有り難い説教を喰らっていたのだ。

だから、次善としてリツコから聞き出す事にしたのだ。

「お手もとのレポートを見ていただければ判ると思いますが、碇シンジと碇シノは、遺伝子が99.89%一致します。

 肉体的には同一人物と言えます」

「0.11%の差異はなんだね?」

ゲンドウは静かに尋ねた。

「碇シノに投与されたナノマシンが遺伝子を書き換えたからです」

 

 

 

 

 

 ゲンドウ達はリツコが退室した後、北米に居る知己に連絡を入れた。

 ホログラムで写るのは、ネルフ第一支部支部長の赤木ナオコ。


『貴方達が仕事が忙しいからと、親戚に預けたのが事の始まりなのよ』

「それは、仕方なく」

顔色を変えて反論する愚かな元母親。

「色々と事情があったのだ」

愚かな妻を庇う元父親。

『でも、レイちゃんを引き取ったのは、シンジ君を預けた1ヶ月後でしょう?

 しかも、レイちゃんの治療にかまけて1ヶ月以上も全然連絡を取らない間に、シンジ君は預け先と一緒に居なくなった』

ナオコの顔に浮ぶのは、非難の色と哀れみ。

 因みにナオコは、リツコが高校を卒業するまで手元に置いて育てている。

その所為か、親子仲は非常に良いと言えるだろう。

「シンジが見つかった7歳までに、何が有ったと言うのです?

 ナオコさん」

尚も聞き出そうとする母親失格者のユイ。

『そう。あの子はヒトを止めさせられたのよ。そして、神に成ってしまった。

 その過程でシンジ君の魂は死に、シノちゃんが生まれた』

碇ユイの父親に極秘裏に呼び出された、あの時の出来事を思い出しながら辛そうに話すナオコの姿があった。


「でも、シンジを預けたのは、本当に忙しく『でも、ちゃんとレイちゃんは育てたのでしょう?』

ナオコの断罪は続く。

『しかも、幾ら瀕死のレイちゃんの治療と看病に忙しいからと言って、シンジ君を1ヶ月以上も放っておいて。

 もし、ちゃんと連絡を取っていれば、シンジ君が行方不明になった時の初動捜査は、遅れなかったハズよ』

「でも、本当に忙しくて・・・」

しかし、ユイは言い訳を止めようとしない。

しかも、理由は壊れた蓄音器の様に“忙しくて”の一点張りである。

『電話の一本も出来ない位に?』

 そして、ナオコは口に出してはならない事を内心思う。

 本当は、レイちゃんに投与したリリスの細胞とレイちゃんの元からの人間の細胞との融合状態を観測するのと、研究するので忙しかったのでしょう、と。

科学者の探求心が、我が子可愛さより勝ったのでしょう、と。

「・・・・・・」

 ナオコの言外のセリフが聞こえたのであろうか、

それともナオコの視線が恐くなったのであろうか、

ユイは言葉を紡ぐ事が出来なくなってしまった。


『だから、貴方のお父様の碇シンタロウ氏は、貴方達からシノちゃんの親権を剥奪し、碇家から追放したのよ』

 

 

 

 

 

 ネルフ司令執務室

 司令執務室にリツコと共に入室するシノ。

御付の少女二人は階下でお留守番である。

 シノは、ゲンドウ達を見据えると、玲瓏たる声で交渉開始の宣言をした。

「さて、ビジネスライクにいきましょうか? 六分儀司令、六分儀副司令」

誰にも聞こえない声で、そうでないと裁いてしまいそうで、と付け加える。

 シノを良く知っているリツコがシノの資料を説明する。

「略歴はお手もとの資料で纏めています」

そう述べると、ゲンドウ達を意地の悪い視線で、如何しても見てしまう。

リツコも母親からシノの生い立ちは聞かされていたからだ。

 その略歴にズラリと並ぶ海外有名大学学部名、博士号の数々。そして、軍歴。

ゲンドウやユイだとて、Sino−Ikariの名前を知らない訳では無い。

軍人として、科学者として、彼女は有名人なのだから。

しかし、碇家の者とは理解していたが、まさか自分達の元子供とは思わなかっただけである。

 今にも、何かを言いたそうなユイとゲンドウに目配せをして、冬月が話を進め出した。

「シノ君、久しぶりだね」

「ええ、冬月先生もお元気そうで」

そう冬月とシノは久闊を叙すと、冬月は下手に時間を掛けるよりはと、一気に切り込んだ。

「単刀直入に聞くが、チルドレン就任の件だが・・・」

「ちるどれん?」

知っていながらすっ呆けるシノ。

知っている癖にと、苦笑いする冬月。

「ああ、エヴァ…エヴァンゲリオンのパイロットの事だよ」

苦笑いしながらも、冬月は説明した。

 シノは、さも興味なさそうな顔をして、言い返した。

「今回は緊急避難の意味もあり乗りましたが・・・。

 本来、査察が主務の査察官が機動兵器のパイロットと言うのも」

可笑しな物ですよねぇ? と嘲る様な口調で、肩を竦めて続けた。

それに、と更に続ける。

「六分儀司令ご夫妻ご自慢の御養女であられるファーストチルドレンが、ココにはいらっしゃるじゃないですか」と。

 ゲンドウ、ユイ、冬月は渋い顔にならざるを得ない。

 シノが受けた命令は、査察官であって、パイロットでは無いのだから。

言外に、何故に正規パイロットを乗せない、と言っているのだから。

しかも、正論であった。

「ファーストチルドレンは、現在、起動試験の事故で自宅療養中なんでね」

と冬月が訳を話すが、歯切れが悪い。

 

 

 

 ファーストチルドレンの容態は、今回の使徒迎撃に際して、乗れない程の怪我では無かったのだ。

初号機とのシンクロも実験などでは成功させている。

シンクロ率は起動指数ギリギリではあったが。

しかも、第参使徒侵攻時点で、本部内で待機していたのだ。

 翻ってみれば、シノはあの時までエヴァとシンクロした実績は皆無である。

片やエヴァの起動実績がある正規パイロット、片や起動実績も無い者である。

ましてやゲンドウ達は、シノが軍人でもある等と言う現状は知らなかったのだ。

どうしても、今一緒に生活している娘の方が実子より大事であると、受け取られても仕方の無い状況が多過ぎたからだ。

 

 

 

 シノは軽く肩を竦めると、正面のゲンドウとユイを見やった。

「後で御見舞いにでも・・・」

そして何かを思い出した様にポンッと手を打ち、邪笑を浮べる。

「今回の使徒戦でも、ご自分の足で元気にココに来られて待機されていたとか(クスクス)」

本心を知っていますよ、と言わんばかりに邪笑を浮べるシノ。

「御見舞の必要はありませんね」

と付け加えた。

 何時までも苛めても仕方が無いと思ったのか、シノはチルドレン就任について切り出した。

「まっ、良いでしょう。

 国連に、チルドレン就任についても申請して下さい。

 正式に許可が下りたら、乗るのも吝かではありません」

(此れ以上、嫌味を言っても、ビジネスライクには成りませんし。

 自分でビジネスライクと言いながら、この為体。

 ほんに無様ですね。この二人を見ていると闇の威を押さえる事が難しいですよ)

と内心で思いながら、指揮権等の交渉を始めた。

 

 

 

 曰く、作戦部は、スタッフ部門なのか、ライン部門なのか、渾然一体となってしまっていて、前線の現状と合わない作戦をごり押しするのでは無いか。

 曰く、迎えにも来れない、代理人を立てる知恵も無い人間が士官で、指揮官とは、何ぞや。

 曰く、実戦経験が少な過ぎる指揮官では、咄嗟の判断も覚束ない。

 曰く、エヴァと使徒との戦闘は、対個人、若しくは対班クラスの戦闘と同じであり、後方からボクシングのセコンド気分で、パンチだ蹴りだ進め下がれと、安全な後方から細かい事を指示されても、現場の現状と合わない場合の方が多い。

 曰く、etc.etc.etc.

 この成績で、と言うとシノは司令執務席の上に資料を置いた。

戦略自衛隊とドイツ国防軍の本当の葛城ミサトに対する評価である。

 

 

 

 その結果、

・シノがチルドレンに就任した場合に、シノが前線での指揮統制を行う。

・作戦部を完全なスタッフ部門とし、直接の前線への指揮権は持たない。

・シノの作戦立案への参加。

 此れにはNERV首脳陣とシノとの間で思惑の違いはあった(笑)。

 シノは、基本的には作戦立案は作戦部へ任せるつもりであった。しかし、冬月達は、シノへ任せるつもりであったのだ(笑)。

・発令所からの指揮は、全般情報の提供、支援火力の管制等を行う。

等の話が、葛城ミサト抜きで決められてしまった。

 

 

 

 当の葛城ミサトは、第参使徒戦現場で、後片付けの指揮を執っていた。

自棄エビチュを煽り、団扇で自分を扇ぎながら。

自棄で飲まれる酒の方が可愛そうな気がするのは、筆者だけであろうか?

 これが保安部にバレて、葛城ミサトの減俸が更に増える事になる。

 

 

 

 

 

 そして、最後に、とシノが言うと、一つのディスクを取り出した。

「人類補完計画の中止、ですね。

 当然、ゼーレの方も貴方達の方もです」

と、シノは話を切り出した。

 驚愕に彩られるゲンドウ達。

−人類補完計画−

 此れはネルフにしてもゼーレにしてもトップシークレットであり、他の組織に現時点で知られているとは思っていなかったのだ。

 そんなゲンドウ達を無視して、シノはディスクを司令執務席の端末にセットをすると、ある画像をモニターに映し出した。

 そこには、薄暗い赫い空、そして赫い海、何処までも赫の世界が映し出されていた。

 そして、シノはポツポツと語り出した。

「此れは、私達が外宇宙で見た、ある星の終焉の映像。

 そして、此れが貴方達やゼーレが行おうとしている人類補完計画の結果、と言えるでしょうね」

 顔を歪ませながら、無言でゲンドウ達はモニターの映像を見入る。

「全ての生命は、原初の海・・・生命のスープに溶け込んでしまった世界。

 単細胞生物すら個としては存在しない世界。

 A.T.フィールドを解放してしまった世界。

 全ての思念は、あの赫い海に存在する世界。

 其処は進化も無く、個も無く、生命活動と言える動きも無い世界。

 星が太陽の赤色巨星化で飲み込まれるまで、緩慢な死しかない世界」

 シノはそう言うと、司令執務室の天井を見上げる。そして、ポツリと呟いた。

「やはり、知らない天井だ」

 

 

 

 ユイは、半狂乱になって言い訳をしだした。

「私の計画は、人と人との垣根であるA.T.フィールドを削って、もっと人々が相互理解し易い世界を作るだけなのよ

 私の計画では・・・こんな、こんな事。

 私達の計画では起こら・・・(ひっ)」

 シノの闇の威に触れて、ユイは小さく悲鳴を上げた。

 ゲンドウも背中や腋の下に冷や汗が流れる。

 冬月やリツコは、シノとの付き合いも長いので、そうは威圧されないものの、それでも堪えはする。

 シノは闇を鎮めると、静かに嘲り出した。

「起こらない。

 起こらないですか・・・この星の科学者も同じ事を言っていた様ですよ?

 我々が解析した彼等のコンピューターから、そう云う議事の内容も見つかっていますし」

「でも、貴方の明るい未来の為に」

尚もユイは言い募る。

「明るい未来? 育児放棄して未来も何も無いでしょう?

 それに、この星をこう言う風にした連中も、この星の未来の為に、と書き残していますよ?」

 シノは、詰まらない物でも見る様にユイを見下すと、更に嘲った。

「相互理解? そんな物は他人に施してもらう物では無いですよ?

 自分達が・・・自分が努力して得る物ですよ。

 そんな計画。小さな親切、大きなお世話なだけです」

 シノが闇を鎮めた為に、漸く考える事が出来る様になったゲンドウが決断した。

「全ての人類補完計画は破棄する」

 

 

 

 

 

 翌朝、ある程度の事務手続きが済んでから、シノは発令所に居た。

「それでは、皆さん。自己紹介といきましょうか。

 私は、碇シノ。

 U.N.SPACY:国連航宙軍、昔の名前はSHADOと言った方が良いかしら?

 第一任務部隊(TF1)指揮官。国連軍中将勤務の航宙軍准将です。

 今回、ネルフに特別査察官として、出向してきました」

そして、発令所一同に海軍式の肘を張らない色気ある敬礼をしてみせた。

 下のフロアや中段のメインオペレーターが居るフロアでは、国連軍や戦略自衛隊からの出向者や転職組等の軍隊経験者が、身に付いた性と言うか、威儀を正し其々の出身母体の敬礼を返す。

 碇シノの地球上での噂と経歴を知っている者が、

「闇のお姫様(Princess of darkness)・・・」

と呟いた。

 

 

 

 この儀式に異議を唱える者が一人。

 そう自棄が持続している彼女、葛城ミサトである。

 彼女がUコース(一般大学から軍隊に入った者の事を自衛隊ではそう言う)だからと言うのは、理由にはならないであろう。

幾らNERVに入所して、出向と言う形で戦略自衛隊とドイツ国防軍に所属しただけだったとは言え、彼女は階級社会である軍隊を5年以上も経験しているのだ。

 正式な命令で着任報告をしている将官に対して異議を唱える事など出来る訳が無いのだ。

 因みに彼女の階級は一尉。つまり大尉であり、尉官の最上級ではあるが、シノの階級までは四つ程下である。

更に、シノは国連軍、つまりNERVでは中将待遇である。シノと彼女との間は、六つ程開く事になる。

 軍隊等では、同じ階級でも先任、後任等の序列があり、シノは名簿上、中将のトップ、最先任になる。

葛城ミサトは、一尉としては名簿上、下の上であり、最近の考課の悪さから、そろそろ下の下か二尉に降格しそうな存在であった。

 つまり、国連組織としての序列では、シノの遥か下に位置するのだ。

 尤も、異議を唱えるからこそ葛城ミサトなんだ、とも言えるのであるが(邪笑)。

「どう言う事よ? あんなガキが特別査察官って?

 それにサードチルドレンは、何処に居るのっ」

減俸の連絡も有り荒れている愚かな麦酒牛。

(何で、あたしが減俸なのよっ。

 しょうがないじゃない、寝坊したんだからっ。

 それに、迷ったのも、この建物が悪いのよ。

 それに、見取り図も役に立たないし。誰が作ったのよぉぉぉぉ)

と内心も謂れ無き理由で荒れていた(笑)


 おずおずと眼鏡君、

いや報われない部下、

葛城ミサトの下僕、

葛城ミサトの被害者、

葛城ミサトの被害を拡大する者、

人を見る目が無い、オペレーターの日向二尉がミサトに小声で問い掛ける。

「葛城さん。碇シノ、知らないのですか?」

「あんな、ガキ知るわけ無いでしょうがっ」

無知をさらけ出すミサト。

 TVのニュース番組、新聞やネット配信のニュース位は簡単に目を通しておいた方が自分自身の為だと思うが、自分に関係が無いニュースは絶対にチェックはしないのであろう。

「北アフリカ、東欧、中央アジア、バルカンと、緊急展開した国連軍の中枢に居た、常勝の覆面の女性将官ですよ。

 名前と実績は有名人。しかし、年齢や顔写真等の個人情報は、性別以外不明な人物です。

 後、その戦政両略の手腕から、闇のお姫様(Princess of darkness)なんて二つ名を奉られた人ですよ」

 

 

 

 着任報告も終わり、一同解散となった所で、シノはミサトの方に歩み寄った。

「貴方が迎えに来る予定だった葛城ミサトさんですね?」

「それが、どうした言うのよ?

 あたしが迎えに行ったのは碇シンジ君っ。あんたなんかに関係ないでしょうーが」

「六分儀司令? 六分儀副司令? 冬月副司令?

 この組織では、上官に対する態度をどの様に教えているのですが?

 それに私については、今朝には書類が“必読”で部長クラスには回っているのでしたね?」

 最初のセリフを聞いた所で、日向マコトは変な所で感心してしまった。

(良く、舌噛まないなぁ)

 ミサトの態度とシノの苦言に、思わずたじろいでしまう冬月。

「いや、それは・・・(汗)」

内心では何時ものセリフをミサトへぶつけていた。

(厄介な事を押し付けおって!!)

「冬月副司令。ハッキリ言ってもらっても結構ですよ。

 彼女が只の客寄せパンダでしかないと」

 シノのこの言葉に、発令所に残っていた人間は、上はゲンドウ、ユイから下は作戦部の下っ端まで、声には出さないが納得している。

 しかし、皆の期待を裏切らず一人納得しない女。その名は、葛城ミサト(邪笑)。

「な、な、な、なんですってぇぇぇぇぇぇ」

結局、スタンピートする牛になってしまった。

「そうでしょ? 上等兵勤務の大尉さん?」

そのスタンピートの勢いも柳に風、暖簾に腕押し、糠に釘である。シノは、涼しげな顔で更に煽るのであった。

(殴ってこないかなぁ(ワクワク)。

 殴ってきたら正当防衛で九割殺し位にしてあげるんだけど♪

 やっぱ、赤い布を目の前でヒラヒラさせないと駄目かなぁ。

 せめて、撫でる位でも良いんだけど(クスクスクス))

 結構、内心は物騒な事を考えているシノであった。

 

 

 

 ミサトの剣呑な雰囲気を悟った日向マコトは階下に居た(逃げ送れた)作戦部部員も呼んで、一斉にミサトを押さえにかかった。

「殿中、じゃなかった。発令所で御座る! 発令所で・・・(ふぎゃ)」

 ミサトを羽交い絞めに押さえ込もうとした日向マコトがミサトの裏拳を一発顔面に受ける。

腰にしがみ付いた一人は、振りほどかれ、膝蹴りが腹に打ち込まれる。

ソロリソロリと逃げようとした今年入所したばかりの新人君が、投げ飛ばされた日向マコトの下敷きになる。

 如何も作戦部は、トップを除いて実技は下手な様である(冷笑)。

 結局は数に勝る日向マコトを含む作戦部一同が葛城ミサトを取り押さえて、事無きを得たのであった。

しかし、この段階で日向マコトを含む発令所に残っていた作戦部残党は全て医務室へ退場となってしまった。

 シノは内心、舌打ちしながら澄ました顔で、ミサトへ事務連絡を伝えていく。

「それでは、葛城一尉。

 朝回った書類は読んでいない様なので、昨日、決まった事を話しておきますね。

 司令達と話し合って、前線の指揮統制は私に権限があります。

 発令所では、エヴァへの外部状況等の各種情報の提供。

 及び、兵装ビルからの援護等の後方支援的な管制を行って貰う事になります。

 作戦部は、完全なスタッフ部門となります。

 前線に対する直接の指揮権はなくなります」

 しかしと言うか、やはりと言うか、この牛は納得しなかった。

「な、何ですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

シノの冷静な声を、牛の絶叫が掻き消した。

 

 

 

 葛城ミサト、シノへの暴言等により上官反抗で内務規定により減俸3ヶ月。

更に、第参使徒の後片付け現場での飲酒がバレて、内務規定により減俸3ヶ月が保安部より言い渡された。

更に更に、発令所での騒ぎにより、ユイから減俸3ヶ月が追加され、都合減俸9ヶ月。

 因みに、ネルフ本部で減俸と単純に言われる場合、10%の減俸である。

 昨日の3ヶ月と合わせると、二日で1年の減俸と言う記録を作ったのであった。

この記録誰にも破られない(と言うか、破りたくない)だろう。

 

 

 

 

 

 蒼銀の少女が喜色顕わに、今にもスキップでもしそうな雰囲気でネルフ本部正面ゲートを入っていく。

「シンちゃん、シンちゃん(はーと)」

 家からの道すがら、念仏の様にこの言葉を呟いていく。傍から見ると、危ない少女と見えるかもしれない(笑)。

 愚か者達に、夢を見させられてきた蒼銀の少女。

蒼銀の少女が引き取られてから、六分儀ユイの口癖は、シンジのお嫁さんよ、であった。

しかし、行方不明の息子のお嫁さんも無いものだろう。

 この洗脳教育とも言える行為の結果、蒼銀の少女:綾波レイの心の中で碇シンジは、白馬の王子様さながらに美化されていた。

今もレイの頭の中では、満開の薔薇の中で待つレイに手を差し伸べる白馬の王子様の図が爆発しているのだ。

 此れが白馬童子であれば、大変だ、で済んだのだろうか?

 

 

 

 碇シノと綾波レイのファーストコンタクトは、最悪と言って良かった。

どちらにとって、そして誰にとって、最悪であったかは定かではない。

 レイは、サードチルドレンだと名乗った闇のお姫様を見た時、何かの冗談だと思った。

レイにとって、サードチルドレンとは、彼女にとっての白馬の王子様である少年のハズだったからだ。

「へっ? シンちゃん?」

この様な間抜けな言葉がシノに帰ってきても、可笑しな事は無いであろう。

 

 

 

 シノは、レイの言葉を闇の威圧でもって否定する。

「私はシンジでは無いわ。

 貴方が綾波レイね。貴方個人を怨んではいないけど、貴方の存在は殺したい程怨んでいるわ」

レイの首に手をかけ、徐々に絞め上げながら呪詛の言葉を紡ぐシノ。

「く、く・・・な、何で・・・」

あくまでの玲瓏で冷静な声が響く。

「その質問は、首を絞めている事? それとも怨んでいる事?」

 

 更にシノの呪詛の言葉は続く。

「貴方に向けられるゲンドウやユイの笑顔の映像を見せられて、シンジの心は壊れていきましたよ」

 今まで、お父さんとお母さんが助けてくれると、心の支えにしていたのにですよ」


「そう、実の子供が攫われているのに、心配するでも無く、他人の、しかも同じ年齢の子供に、本当の笑顔を向ける。

 実の子供に取っては、裏切り行為ですよね。

 万死に値するでしょうね」


「その時、シンジは『要らない子供なんだ』と思ったんですよ」


「金ぴかの額縁付きで、貴方と言う実例を見せられたのですから。

 しかも、攫われて、訳の判らない場所に閉じ込められているのですよ。

 周りに味方は居ない。

 幼い心が持つ訳が無いですよね」


「それは、それは・・・自分の位置を奪った、貴方を怨みましたよ。妬みましたよ。呪いましたよ」

 

 

 

 もう首に手を掛けているだけで、絞める事はしていないが、シノの呪詛は続く。

レイは抵抗する意思も砕け散り、ただ呪詛を我が身に沁み込ませて行くだけ。


「一緒に居た子供が、実験の度に、死んでいくのですよ。

 それを見ながら、次は自分かと怯える。

 貴方に、その気持ちが判りますか?

 実験動物扱いと言うのが、判りますか?

 今される注射や、今飲んだ薬で死ぬかもしれないと言う気持ちが判りますが?」

 

 

 

 シノは完全にレイから手を離した。

レイには、闇の威圧感に抗する術は無い。シノの足元に踞り、朦朧と地面の一点を見るだけ。

しかし、シノの呪詛は未だ終わらない。

 レイに禍したのは、レイが同年齢の子供より遥かに聡い事だった。

シノが言っている事を理解する事が出来てしまったのだ。

だから、レイには耳を窒ぐ気持ちも起こらなかった。

 自分が今迄、如何に事実を知らなかったか。そして、知ろうとしなかったか。

そして自分が白馬の王子様と思わされてきた少年にとって、閑古鳥の様な存在であった事に打ちのめされていた。

 因みに、閑古鳥とは郭公の事である。郭公は自分で巣を作らず、ホオジロや鵙などの巣に産卵する。

羽化した郭公の雛は、その巣のホオジロや鵙の卵や雛を追い落とし、巣の持ち主の親に一人養われようとする。

 自分の意思で閑古鳥と同じ存在になった訳では無い。それはレイにも理解できる。

しかし、自分の意思で無いからこそ、レイは自分が惨めで仕方が無かった。

 

 

 

「貴方、綾波レイやゲンドウ、ユイを怨み、妬み、嫉み、呪いながら、シンジの魂は死んでいきました」


「第弐使徒リリスの細胞を投与されても、優しい両親が居て、今まで楽しかったでしょう?」


「私なんか、女でもあり、男でもある、化け物ですよ」


「ねぇ、蝶よ花よと愛情一杯に育てられて、満足だったでしょう?」


「私は、ヴァージンと童貞を失ったの6歳の時ですよ。レイプと逆レイプでしたね」


「満足? 満足でしょう? 満足ですよねぇ?

 実の子供を殺させて、可愛がってもらったのですから?」


 紡ぎ出される呪詛の言葉。

 緩慢に壊されていく、蒼銀の少女の心。

 

 

 

 

 

 ネルフ司令執務室

 シノはお付二人を連れて入るや否や、一方的にゲンドウとユイに宣言をした。

 シノの背後では、ダレスバックを持った紅葉がバックの中から書類を出す。

この宣言はシノ個人だけと言うより、碇シンジを殺された碇家の総意と言えるものであった。

「貴方達から、綾波レイの保護者の権利を取り上げます。

 以後は、私の父でもある碇シンタロウに移ります」

「「何(で)?」」

突然のシノの宣言に、驚愕するゲンドウとユイ。

「別に裁判で争っても良いですよ?

 勝てます? 実の子供を棄てた分際で。

 それに、碇家に逆らって、日本の法廷で勝てるとお思いで?六分儀さん」


 三権分立だ何だと言い、司法権の不可侵を誇っても、人間のする事である。

先進各国を動かす事すら出来る権力の前には、何ほどの事も無い。

それ程に、シンタロウとシノが総帥の時代の碇は権勢を誇った。


 或る意味、この宣言は理不尽であった。

 しかし、父親とも言うべき存在を失ったシノも、孫を失ったシンタロウも、この道を停まる気もなかった。


復讐が無駄だ、醜いと言うなら言え。嘲笑うなら冷笑え。

第三者の立場で言えば、何とでも言える。

当事者の自分達は、当事者としての行動を取るだけだ。

 シノに取ってもシンタロウに取っても、開き直りなんて可愛い位に確固たる意思を持った行動であった。


 そして、ゲンドウとユイは愛情の対象を奪われるだけであった。

 

 

 

 

 

「これで、綾波レイを調教出来ますね(ククククク)

 ヒトから人形にしてあげますよ、綾波レイ(クククククク)

 一生、私から離れられない人形にしてあげます(ククククククククク)」

その顔に浮ぶのは、涼やかな邪笑であった。






To be continued...


(Postscript)

 シノ嬢、Princess of darknessの本領発揮。ダークの女王一直線ですね(苦笑)。
相当にダーク路線に走りつつあるのですが、ダークはこの話を含めると全二十数話中、後数話ですかね。

 この話でのネルフ本部は非常に真面な組織運営をしています(笑)。
 だから、ミサトはドイツから赴任後、非常に(ミサトにとって)辛い生活を送っています。
 ゲンドウやユイも世間一般では真面なのですが、作中にも出てくる様にある一点で万人に譏られこそすれ、誉められない事をしてしまっています。
 此れが鈕の掛け違いの第一歩だったと言えるかもしれません。
 ゲンドウに手緩いと言う方もいらっしゃると思いますが、肉体的に攻めるだけが攻めじゃないのです(邪笑)。

 思えば、この話は劇場版ナデシコ公開直後の1998年9月から書いた物です(あー、古い)。
 多分、ナノマシン投入でTSしてしまうとか言う設定は、SSとしては最初期の物かもしれません。
TSさせる考えの発端は、ナノマシンで遺伝子を書き換える事が出来るなら、染色体も書き換え可能でないかい? でした(苦笑)。
尤も、会社でゲーム企画やシナリオの練習用で書いていた物なので、ネット等で公開はされませんでしたが。
 当時、勤めていたゲーム会社は最大手の一つで、社是的にダークな設定のゲームが厳禁だったので、ゲーム企画の連中は私を含めて、練習用は反動でダークに走る事が多かった事を思い出します(苦笑)。
当時、皆で良く言ってましたねぇ。「一部の人間を除いて、人生は苦労しかないんだよ」。
 因みに、レイを苛めるシノのモノローグとも言えるシーンですが、全て実話が元です。
 何人かの少年少女の話を纏めた物なのですが、当時ハーレムやホーソーで孤児やストリートチルドレンの保護や世話のボランティアをやっていた、友人でもあった若夫婦から聞いた話と、其処に集まっていた少年少女から直接聞いた話が元になっています。
 この若夫婦も911のテロで例のビルに居て犠牲者に名を連ねましたし、時の流れは早いと感じざるを得ないですよ。


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