※ 当話はフィクションです。実際の団体、名称、個人の名前とは一切関係はありません。





 深夜のシノ邸。

「あっ、嫌・・・。もう堪忍・・・勘弁して〜」

否定の言葉を並べながらも、甘い声音がシノの寝室から響いてくる。

「止めても良いのですよ?」

その声を受けて、玲瓏たるシノの声が寝室に響く。

「嘘・・・止めないで。お姉様、止めちゃ嫌・・・」

「私は如何するれば良いのです?(クスクスクスクス)」

「もう、お姉様しか居ないの。だから・・・だから・・・」

そして嬌声が寝室を満たした。



 暫くして、シノがシャワーを浴びるために寝室から出てきた。

御付の二人がバスローブやガウン、タオルを持って浴室の前で主人が出てくるのを待っていた。

「(くすくす)マスター。堕ちましたね」

 楓がくすくす笑いながら、シノに問い掛ける。

「そうね。結構、早かったわね」

シャワーを浴びる水の音に混じってシノの声がシャワールームから聞こえてきた。

「でも、快楽での支配は完全なんですかねぇ?」

と疑問を呈する紅葉。

 シャワーの音が止み、髪をアップに纏め頭をタオルで巻いた以外は生まれたままの姿のシノがドアを開けて出てきた。

 タオルをシノに渡すと、シノは濡れた体をタオルで拭き、渡されたバスローブを羽織った。

そして余分な水分をバスローブに吸わせると、ガウンを身に纏う。

「紅葉。今回の場合、支配でなく私に完全に依存させる事ですよ?」

シノはそう訂正すると、言葉を続けた。

「人間の支配で一番良い状態は、支配の鎖が解けそうで解けない。自分で解く事が出来るのに、解こうとしないと言う状態が一番と言われているのです」

 そう言うと、シノは大きな欠伸をした。







新世紀エヴァンゲリオン アストレイア

第参話

presented by 伸様







 スーパーからの買い物帰りのシノ、レイ、楓、紅葉。

手には、各々食料品等が入った、袋を提げている。

 セカンドインパクトによるポールシフトの影響で、常夏の国となった日本では昼間の買い物は、結構重労働である。

第三新東京市は標高も高いので、それなりに凉風も吹くが、それも朝夕だけ。

今、太陽は中天に差し掛かろうとしていた。

 今現在の気温34℃

 シノは京都がホームタウンであり、京都の蒸し暑さに比べれば、旧箱根である第三新東京市は比較的空気が乾いており過ごし易い土地ではあった。

しかし、大阪と並び尤も蒸し暑い土地と比べる方が間違っているのかもしれない。

 

 シノは京都の本宅に居る時でも買い物は自分で済ます。

更に、食料品の買出し等も碇家専属の料理人やメイド等と一緒に率先して行く。

まぁ、シノはとある事情で和洋中の料理の腕は、トップクラスの料理人を凌駕する程である。

勿論、時間が有れば、料理人達に混じって本宅の厨房に入り、料理を作ってもいる。

 シノは、現当主であり、お嬢様でもあるので、本来はメイド等に任せれば良い身分である。

しかし、シノに言わせれば「人間が腐る」の一言で、出来る事は自分で済ますのである。

尤も、TPOは弁えていて、当主として、お嬢様として立ち居振る舞いをしなければならない時は、平気でメイド達を使うのであるが。

 何処かの公私混同当たり前、ずぼらで粗暴の一応ホモサピエンスの雌に見習って欲しいものである。

しかし、爪の垢を煎じても無理ではあろう(冷笑)。

 

 陽炎が立ち、逃げ水が其処此処に見える道路を汗を掻き掻きシノ達は、黙々と歩いて行く。

「クゥ〜・・・」

 シノ達が歩く道路の道端に倒れている黒い物体。

それを目敏く楓が見つけて、近寄って行った。

 その黒い物体は、この地には動物園くらいでしか、お目に掛かれない飛べない鳥類であるペンギンであった。

「マスター? 第三新東京市は、観光の目玉にでもする為にペンギンを放し飼いにしているのですか?」

 楓が或る意味、非常に穿った質問をシノにしてきた。

「(汗)・・・そんな話は、聞いた事が・・・ありませんねぇ」

シノの横に並んでいたレイも、額に汗を滲ませながら首を横に何度も振っていた。

 紅葉がペンギンを抱き起こすと、簡単にペンギンの容態を確認する。

「主様。このペンギン、飼われていた様ですね」

そう言うと、首のペンダントをシノに見せた。

そのペンダントには『ペン2』と書き込まれていた。

「それに、背中に生命維持装置みたいな装置も着けていますし」

紅葉はペンギンを引っくり返すと、背中の装置もシノに見せた。

「可笑しな物ですね? この汚れ具合、如何見ても野良生活をしていたとしか思えませんね」

そう言うと、シノは右手の人差し指を頬につけて、小首を傾げた。

 

 

 

 

 翌日

 ネルフ本部発令所

 シノは、ミサトとリツコを見かけて、ミサトに問い掛けた。

「葛城一尉。葛城一尉は動物を飼っていましたか?」

「ええ。そう言えば、最近見ていないわね」

返事を返しつつも、シノに話しかけられたので、途端に顔が険しくなるミサト。

「(見ていないって・・・(汗))ペンギンですよね?」

シノは、ミサトの返答に軽く眩暈を覚えつつ、更に確認を進めていく。

ミサトの表情は判っていたが、敢えて無視した。

「良く知ってるわねー。それがアンタに何の関係があるって言うのよー」

言葉尻にも険が混じり出す。

もう、頭に血が昇ったのか、相手の地位・階級等記憶の彼方らしい。

「口の訊き方に気を付けなさいと、言われていませんか?」

 どうせ聞かないだろうと思いながら、シノはミサトを嗜めると、口の端を吊り上げる。

−ニヤリ−

 シノは認めないであろうが、遺伝子提供者の遺伝子は脈々とシノの中に息衝いている様だ。

 シノは、ペットについてミサトに確認を取ると、静かな、しかし嘲りが混じった言葉を紡いでいく。

「それより、昨日、帰宅途中で野良化したペンギンを拾いまして」

小出しにして行くというのが、ネチネチ度を示していると言えるだろう。

「だから、何よ(怒)」

堪え性の無いミサトの温度は、沸点に向けて急上昇をしていく。

「そのペンギン、遺伝子操作を受けているみたいで、かなり知能も高く片言で筆談が出来るみたいでして」

シノは、ミサトのその表情を楽しむかの様に、澄ました顔で言い続ける。

「だ・か・ら、何なのよ(怒怒)」

ミサトは、沸点半歩手前であり、顔はもう真っ赤である。

「そのペンギンから、元の飼い主へのメッセージを預かっています。

 ハイ、元の飼い主さん(クス)」

頃は良しと、シノは止めの一撃を繰り出した(笑)。

ぼく かいぬし を かえます。
 さがさない で ください。

           ぺんぺん


 メッセージを覗きこんでいた、リツコ曰く

「ミサト、おめでとう。

 歴史に残るわね。

 ペンギンに三行半を貰った始めての人間って。

 ・・・本当にブ・ザ・マね」

 メッセージを片手に、真っ白にミサトは固まっていた。

 此れはMAGIにもハッキリ記録が残される事になる。

 又、使徒戦役後、ギネスに申請・受理されたので、葛城ミサトは人類の歴史が続く限り、ペットに三行半を貰った人間として無様で単細胞生物にも劣る存在と悪名を残す事になる。

 

 ギネスに載った当初、世界の彼方此方で、こう言われたそうである。

−そんなに粗暴だと、葛城ミサトになっちゃうよ−

 子供を嗜める為に親がそう言うと、当の子供は震え上がったそうだ。

子供達は異口同音に言ったそうである。

「人間、廃(や)めたくない」

 この様な事を三世紀の間、言われる事になる。

 更に、人類が滅びるまで、ミサトという音を持つ名前を命名する者は皆無となる。

流石に、我が子に『人間を廃めた者』の名前をつけるのは躇われるだろう。

 ギネスに載った後は、名前の改名も相次ぎ、簡易裁判所等は対応に苦慮したそうである。

改名理由が『人類を廃めた葛城ミサトと同じ為』と言うのが、改名するに値する理由になるか否かの判断が難しかったからである(笑)。

 しかし、『ミサト』と言う名前の所為で、子供達の間で虐めが相次いだ事や、その虐めが原因で自殺や殺人が発生した事から、改名理由に為り得ると判断される様になった。

 人間を廃めた生物:葛城ミサトに関連した改名騒動は尚も続いた。

今度は地方自治体も改名に動き出したのである。

 つまり、埼○の三郷市、秋○や島○の美郷町、和○山の美里町、群○の箕郷町、長○の三郷村、三○の美里村等が市町村名の改名に乗り出したのだ。

 当初、自治体は住民の改名請求を“何時もの署名運動”くらいと高を縊っていた。

まぁ、自治体の職員も上は長たる市町村長から、下は新卒職員まで『名前最悪!』とは思っていた。

 しかし、個人が改名するならいざ知らず、曲りなりにも自治体が改名するのである。

小は職員の名刺から、大は道路標識等まで、全て名前を書き直さなければならないのだ。

その費用たるや、莫大な物になってしまう。

だから、自治体は『名前が悪い』とは思っていても、改名は躊躇していたのだ。

 しかし、ある自治体で長が住民にリコールされた事で、事態は動き出した。

一自治体であれば、其れ程の動きにはならなかったであろうが、それが二つ三つと続けば、自治体も慌てざるを得ない。

 更に、マスコミが格好のネタとばかりに、その騒ぎを報道し、似非評論家がマスコミ各社のシナリオに沿って騒ぎを大きくする様に“論評”する。

 元々、日ノ本のマスコミなる存在は、無味無感の某国営放送以外はイエロージャーナリズムでしかない。

煽るだけ煽って、後は知らん振りである事は日常茶飯事である。

 この騒動の結果、日ノ本から“ミサト”の音を持つ、地名や自治体は消滅した。

 また、300年程後の立体テレビで打たれた素行不良撲滅キャンペーンのCMで、流行らせたセリフが以下の様なものである。

ー貴方、葛城ミサトを廃めますか? それとも人間、廃めますか?ー

何故か、その年の流行語大賞を取ったそうである(汗)。

 

 鉄道唱歌には、こう言う一節がある。

−雪は消えても消えのこる。名は千載の後までも−

勇名も千載の後まで残るが、悪名もまた千載の後まで残るのだ。

因みに千載とは、千年(長い年月の意)の事である。

 全て、葛城ミサトの自業自得である。

 

 

 

 

 ネルフ本部第一大会議室

 此処では、前回の第参使徒戦についての戦訓検討会議が行われていた。

 戦訓検討会議・・・有体に言ってしまえば反省会である。

つまり、前回の使徒戦では色々と問題が出たが、

其れを洗い出して問題点の理由を解明し、

その理由が再発しない様にしようと言う席である。

 この会議は、エヴァの武装等の開発についての会議も兼ねていた。

 何故か、この会議には作戦部は出席していない(笑)。

 会議の時間になっても作戦部の人間は誰も出席していないので、マヤがリツコに言われて作戦部へ内線で確認を取ると、内線に出た日向マコト二尉の返事はこうであった。

『何の会議なんだい? 聞いてないんだけど』

 この返事にマヤは困惑し、リツコは頭を抱え、冬月は何時もの決めセリフ「恥を掻かせおって」と呟き、シノは冷笑した。

ユイは総務部へ内線を入れ、作戦部の長への減俸20%3ヶ月の指示を出し、ゲンドウは作戦部抜きでの会議開催を決断した。

伊吹君、今直ぐ電話を切りたまえ

ゲンドウの静かだが、有無を言わせない力強い声。

 マヤは、受話器の先で今だ困惑して聞き返してくる日向二尉を無視して受話器を置いた。

「此れより、前回の第三使徒戦で得た戦訓を元にした検討会議を行う」

 このゲンドウのセリフで会議は始まった。

 ゲンドウとて、戦術指揮を疏かにしている訳では無い。

しかし、今はシノが居り、国連軍関連からのスタッフを導入する話も進んでいる。

しかも、前回の使徒戦では、個人の問題(ミサトの遅刻)で作戦部は機能しなかった訳である。

 組織は改編され、作戦部の権限も縮小された。

だから、今回は作戦部については、事後に詳細な会議録と決定事項だけ伝えておけば良いだろうと判断したのだ。

 

 問題になったのは、エヴァの稼動時間。

 内蔵バッテリーで全速で1分、ゲインで5分では、実用兵器としては少な過ぎる。

 確かに、アンビリカルケーブルを繋いでいれば、エネルギー的には稼動時間の問題は無い。

しかし、逆に言えば、縄が付いている犬と同じで行動に大幅な制限が出てしまう。

 だからと言って、内蔵バッテリーでは稼動時間が短過ぎる。

 技術部としても、色々と素子を試しているのだが、余り芳しくない。

 当初は燃料電池と言う案もあったのだが、大きな水素タンクを携帯しないとならない。水素は極めて爆発性の高い物質である。

 確かに、燃料電池は実用の域に達してはいるが、それは普通に使う範囲での話である。

 格闘戦前提のエヴァでは、普通の運用を行う訳では無いのだ。

エヴァをエッチラオッチラと地上を歩きながらフェリーする分なら問題も無いが、戦闘になれば水素タンクは外さなければならない。

そうなれば、内蔵バッテリーに頼る事になるのだ。

 更に、フェリー用と考えても無駄が大きい。

遠距離の移動ならば、ウィングキャリアーで空輸すれば良いのだし、第三新東京市近郊であれば、エヴァの射出口がある。

 エヴァ自らが歩いて、それなりの距離を動くと言うのは、エヴァの可動部分が磨耗する事でもある。

動いた分だけ点検の手間が発生するし、修理しなければならない状況が発生するかもしれない。

つまり、エヴァ自身でのフェリーは非常に非合理的と言えた。

 外部増設バッテリーも試作はしているのだが、今だ試作途中で形にはなっていない。

 シノは、会議途中で徐に携帯電話を掛け出した。

本来は失礼な行為であり、冬月が苦い顔をする。

しかし、その顔も電話の会話を聞いていくに従い、変わっていった。

 

「アロー。シノだけど、ストレイカー卿かフォスター卿の繋いでくれない?」

『───』

「ええ。急ぎと言えば、急ぎね」

『──────』

「フォスター卿ですか? はい、シノです。お元気ですか?」

『──────』

「ええ、フリーマン卿の葬儀以来ですね。

 それで、本日はネルフに対する技術供与について、お願いしたい事があります」

『─────────』

「はい。私の判断で何処までの技術を供与して良いのか、判断をお願いしたいのです」

『────────────』

「宜しいのですか? 其処まで、私の判断に委ねられても?」

『──────』

「判りました。了解です」

『───』

「それでは、映画会社に顔を出した際にはお伺いします」

『───』

「アデュー」

 

 シノは電話を切ると、皆の方を振り向いた。

「航宙軍で管理しているオーバーテクノロジーの一つをネルフに供与します」

 ユイは期待を込めてシノに問い質した。

「それは、何かしら?」

「常温超伝導物質です。超伝導転移温度Tcが300kの奴ですね。

 バッテリーの図面一式を頂ければ、航宙軍の技術廠で試作、及び製作しても構いませんよ?」

 ある銅酸化物は極めて超伝導を起こし易い物質に為り得る。

 航宙軍が管理するテクノロジーには、それを活用した常温超伝導電池もあるのだ。

通常の物質が常圧下で超伝導状態になる超伝導転移温度Tcは、2.5k前後。

尤も高い温度の物質のニオブでも9.2k前後である。

高温超伝導でTcが160k。常温300kと言うのが難しい温度である事が判るであろう。

 それが300kで、超伝導状態を起こす銅酸化物の技術を提供してもらえるのだ。

 超伝導状態での電池は電気抵抗がゼロの為、エネルギーロスが少なく、溜め込んだ電気エネルギーを有効に活用する事が出来る。

 同じ大きさ、重さのバッテリーでも、今現在エヴァに搭載している物と比べて、大幅な稼働時間の延長が望めるのだ。

 

 次にエヴァの武装関係の議題に移った。

 此処で会議は紛糾する事になる。

「エヴァの武装ですが、近接兵器を如何にか出来ませんか?

 ナイフでは間合いが近すぎて、エヴァが何時も何らかの損害を受けますよ?

 今回は、ほぼ無傷でしたが、次ぎはそうとは限りませんしね。

 一発、致命傷を受けてパイロットは戦死。更に倍でドン!。サードインパクトで人類滅亡なんて、洒落にもなりませんよ」

 このシノの言葉で、会議はヒートアップした。

誰もがサードインパクトは嫌だと言うのが本音だが、立前は子供を矢面に立たせてと言う罪悪感であった。

 戦斧であるスマッシュホークだ、薙刀であるソニックグレイブだと色々と意見が出る中、此処で若い技術部員の栂技術三尉が米第二支部で片刃の日本刀タイプの近接兵器が開発されている事に言及。

其れをリツコの母でもある米第一支部長の赤木ナオコ博士を通じて取り寄せようという話になったのだが・・・。

「実は・・・ああ、その日本刀タイプの兵器。名前はマゴロク・エクスターミネイト・ソード。通称マゴロックスと言うのだけどね」

とユイは言い難そうに切り出した。

「長物なので、高振動粒子発振器の出力が基準値を満たせなくて、開発が頓挫しているの・・・

最後の声は消え入りそうなくらいだ。

「で、如何しろと?」

シノのさして大声でも無い玲瓏たる声が冷たく会議室に韻く。

「出来たら技術提携、若しくは技術供与をお願いしたいと言う事だ」

ゲンドウが妻の言葉を引き継ぐ様に締括る。

 その申し出にシノは肩を竦めて答えた。

「判りました。ウチ(航宙軍)の技術将校を呼びますので、技術部なりと何処なりと協議でもして下さい」

シノの声は、半ば投げ遣りだった(笑)。

 シノにしてみれば、如何してウチ(航宙軍)が一方的に供与しなければならないの!、と思わないでもない。

 ゲンドウ達にしてみれば、この際だから最先端技術を取り入れよう、という思惑もある。無論、今の装備ではこの先の使徒戦を戦い抜くのが難しいのでは?、という先行きへの不安もあったのだが。

−只で貰えるなら、何でも貰っちゃえ−

な考えがあった事は否定できない。

尤も、後の技術供与についてのネルフと航宙軍との協議で、

−使徒戦以外で供与した技術を使用してはならない。

使用した場合は、武力による解決もありうる−

と言う有り難い一文を議定書に付け加えられたりしている。

 ですが、とシノは皆を見回しながら日本刀タイプの欠点を言い出した。

見回してみると、今回の会議に武官はシノと保安部から出席している部長と課長他二人の計5人でしかない。

他に警察や公安出身者が三名居るだけだ。

 ゲンドウがスケジュールの問題等から、馬鹿な事(ミサトが会議開催の回覧文書を読まなかった事)で時間に出てこなかった作戦部をパージした事が武官の少なさを助長したのかもしれない。

しかし、会議の参加者が50名になろうとするのに戦訓検討会議で武官が5人と言うのは、或る意味異常と言えた。

此れも研究機関が元であった事の現れであろうか?等とシノは考えてしまう。

「ですが、ナイフにしても日本刀にしても刃が付いている物は、使い熟すのに熟練が必要ですよ?

 確か、今パイロットは私を入れて3人。後、ドイツに1人居るとか居ないとか情報はありますけどね。

 しかし、エヴァは四号機まで建造は承認され、建造に着手していますよね?

 当然、パイロットは適性が必要なエヴァですから、素人が選抜される可能性も有り得ます」

此処でシノは言葉を切り、周りを見回した。

シノが何を言いたいのか、武官連中は察した様だが、他の参加者は何を言わんとしているのか察する事は出来ない様で、皆一様に『何を言いたいのだ』と、首を捻るばかりである。

「つまり、訓練未了な状態で出撃すると言う事も考えなければならないと言う訳です。

 その点を考慮した兵器も開発しないと駄目でしょう?」


 この話でのエヴァのコアはデジタルコアである。

 当初はシノの様な適格者がパイロットになる事を考えていたのだが、そうそう見つかりはしなかった。

何せ、適格者としてはシノが第一号なのだ。

 エヴァの起動実験を進めて行く内に、コアに特別な意思を持たせて、エヴァ本体との媒介にする事によりエヴァを操縦する事が出来るであろうと言う理論が出来上がった。

 特別な意思とは母親の様な子供を思う気持ちであり、パイロットもコアへの思慕の念が強ければ、それだけシンクロ率が上りエヴァとの意思疎通も早くなる。

当初は、生贄方式と言われる、人間そのものを過剰シンクロによりコアに封じ込める方法が研究されていた。

 しかし、東方の三賢者と言われた六文儀ユイ、赤木ナオコ、惣流キョウコ・ツェッペリン等により、当初は複雑な感情も一緒でなければならない考えられていたコアの意思が、単純な親が子を思う思慕の念でもエヴァ本体の仲介には問題が無い事が証明された。

この理論を元に『人工知能の魔女』こと、赤木ナオコ主導により、デジタルコアが完成する事になった。

 だが、このデジタルコア。大きな問題も抱えていたのだ。

適格者程で無いにしても、シンクロ出来る人間を選ぶのだ。

 更に適格者であれば年齢に関係なくエヴァにシンクロする事も可能であるが、デジタルコアの場合は親を慕う念が強い事が重要なシンクロのファクターなので、親離れがしていない低年齢の人間が最適になってしまったのだ。

 尤も、大人になっても親離れ出来ない人間は居るから、そう云う人間はシンクロ出来る可能性はある。しかし、誰もそう云うある種、感情に爆弾を抱えた大人をシンクロ実験に使いたくなかったので、実験は一度も行われていない。

その為、大人によるデジタルコアへのシンクロ出来る事は証明されてはいない。

 つまり、デジタルコアにシンクロ出来る人間がチルドレンと言われる存在と言えた。

デジタルコアの相性を考えると低年齢の者が良いのだが、真逆、赤子や小学生を実戦に投入する事も出来ない。

 その為、大人との境界線である14・5歳までがチルドレンに最適と考えられたのだ。

 裏死海文書に則り、使徒襲来の大体のスケジュールは掴めていたので、綾波レイや惣流アスカ・ラングレーは3・4歳の段階でチルドレン候補として選抜され、其れなりの訓練を受けてきた。

 しかし、チルドレン候補として訓練を受ける者は、この二人で御仕舞いであった。

 此れはネルフの上位組織である人類補完委員会、つまりゼーレの指示であったのだ。人類補完委員会は、デジタルコアにシンクロ出来る素養がある人間を集める事はしたが、其処までで止めたのだ。

 お陰で、今建造中を含めるとエヴァは5機あるのだが、チルドレンは3人と言う事になってしまった。

しかも、今現在ネルフが把握しているデジタルコアにシンクロ出来る人間は、戦闘訓練等を全然行っていない者しかいない。

 訓練と言うのは一ヶ月位の付け焼刃では、精々弾除け位にしか使う事は出来ない。

 此れが往時の赤軍や人民解放軍の様な、歩兵は大軍で敵陣目掛けて、唯突貫するのであれば問題はないだろう。

 しかし、エヴァと使徒との戦闘は、個人戦闘や班での戦闘のレベルと言えるのだ。そうなると、如何しても個人の判断で戦術機動を行わなければならないし、指示を受けて機動する際も指示の意味が判っていないと、満足に戦術機動を行う事も出来ない。


 だから、シノは素人にも使う事が出来る兵器の開発と言ったのだ。

 ナイフで刺突する分には訓練はそれ程は必要ないかもしれない。しかし、確実に刺突しようとするならば、それなりの訓練をしなければならない。

 そして切ると言う動作は、意外と訓練の必要性があるものである。包丁ですら、ただ振り下ろしただけでは、満足に物を切る事は出来ない。

ましてや長物である日本刀タイプだと切る動作は難しい物となる。先ずは素人が振るうと刃が正しく切る対象物に当らないものなのだ。

幾ら、高振動粒子で分子レベルで溶かす様に切断すると言っても、刃がちゃんと当らなければ意味がないのだ。

 そしてエヴァは思考制御である。つまり、パイロットであるチルドレンが思考出来ない動作は無理なのだ。

 此処で会議室を天使が団体さんで通り過ぎる。静まり返る室内。

 前にも言った様に会議の参加者の大多数は技術者や研究者であり、ドンパチ要員では無い。
そう云う連中が『素人にも扱える』と言われても、直には想像はつかないだろう。

 とうとう降参したのか、リツコが両手を上げて降参のポーズを取った。

「何か腹案があるのかしら? シノちゃん」

「素人でも扱える近接兵器って、打撃兵器なんですよ」

リツコの言葉を聞き、シノは淀みなく答える。

「だげきへいき?」

リツコは唖然として聞き返す。作戦部にヒアリングした際も、そんな意見は一つも出てこなかったからだ。

 しかし、シノの言葉を聞き、納得顔で頷く保安部の武官連中。彼等は一様に白兵戦を含む肉弾戦の経験を何度か戦場でしている連中でもあったからだ。

 そして、警察・公安出身者も頷く。彼等は白兵戦こそ経験していないが、暴徒鎮圧等で白兵戦擬いの事は経験している。

暴徒等は角材や鉄パイプ、バット等で武装している事が多く、鎮圧する警察側も警棒等で応戦するのだ。

打撃兵器の有効性は良く判っていた。

「そうですよ。所謂、鈍器ですね。

 釘付きバットで殴るとか、銃床で殴るとか、そう云う兵器が素人でもプロでも使えて、近接兵器としては有効なんですよ。

 柄が付いていて直接殴るのが素人にも扱い易いですよ。

 白兵戦で一番有効なのは、縁を研いだ円匙(携帯スコップ)なんですけどね」

 第一次世界大戦での西部戦線での塹壕戦では、本当に棘付きの棍棒が白兵戦用として使われている。

また、白兵戦になれば、銃に装填した弾を撃ち尽くせば、弾を再度装填している暇等無く、銃とて唯の棍棒として振り回すしか無かったのだ。

 更に円匙については、第一次世界大戦の西部戦線でも、そして第二次世界大戦の東部戦線でも、白兵戦での有効性を証明している。

 そして、外宇宙に出て異星で地上戦を何度か経験し、更に地球に戻っても治安維持や紛争介入で地上戦を経験しているシノは実体験として、打撃兵器の有効性を肌身で知っていた。

 この提案を元に議論は活発化した。

 色々と形状の案が出た。ハンマーという案も出たが、シノが「最終承認が必要だとか言われると使い難い」の一言で却下。

此れでエヴァ・ハンマーの夢は消えた。言いだした技術部員の涙と共に。

 最終的には、中国武術等で使われる“棍”タイプの物を開発する事で落ち着いたのだった。

 棍であれば、手慣れた者が扱えば“突く”“払う”“殴る”“投擲する”と言う動作が出来るし、素人でも振り回せば、ナイフよりは余程長い間合いで殴る事が出来るのだ。

 シノは近接兵器の話の最後にこう言った。

「エヴァの最大の武器は、その膂力です。適切に、プログ:ナイフを投擲すれば、第一宇宙速度を超す事も出来るでしょう。

 此れを見過ごす手は無いでしょう?」

 

 中遠距離兵器の開発では、火砲としてのパレットガンについての有効性に疑問が指摘された。

「このパレットガンですけど・・・口径は120mmなんですよねぇ?」

シノは手元のモニターを見ながら、リツコに質問する。

「そうよ。一応、作戦部の要望通りの貫徹力は有しているけど」

リツコは怪訝な顔をしながら答えた。何せパレットガンは、もう直ぐロールアウトする最新のエヴァ用の武器なのだ。

「確かに、砲身長も長いし、初速も上っているかもしれませんけどね。役に立たない公算が大きいですよ? これ」

「如何いう事かしら?」

今度はユイがシノに質問する。技術部はリツコが部長であるが、副司令であるユイの所管でもあるのだ。

「此れ単体では使徒に対して、そうは効果は薄いという事です。

 先の使徒戦で湾岸に展開していた戦車部隊が使用した砲も120mm55口径でしたがね。使徒はA.T.フィールドを張るまでも無く、120mmの直撃に耐えていますよ」

 それに、とシノは言葉を続けながら、キーボードも操作しないで、あるウィンドウを各自の手元のモニターに表示する。

その操作の最中、彼女の眸の奥にナノマシンの残光があった事は誰も気付かなかった。

「それに、先の使徒戦で国連軍が投下した爆弾の種類ですが、興味深い物が幾つかあります。

 先ずはBLU−109/B」

そうシノが言うと、新たなウィンドウがポップアップして開く。

「地下指揮施設や、航空機用強化ベトン・シェルターなど、頑丈な構造の目標を破壊する貫通爆弾弾頭です。

 此れの貫徹力は、強化ベトンで1.8から2.4m。

 JDAM・・・GPSやINSを利用した自立型誘導爆弾の弾頭として使用されていて、命中は12発。

 此れもA.T.フィールドに阻まれた訳でも無いですが、使徒に対しては目立った損害はありません」

 更に、と言い、今のウィンドウを閉じる。

「更に、BLU−116/Bを使用したJADMも4発命中」

また、新たなウィンドウがポップアップされる。

そのウィンドウにはBLU−116/Bの性能が表示されていた。

その貫徹力はBLU−109/Bの二倍以上の最大5m強。

「BLU−113/Bを使用したGBU−28/Bレーザー誘導爆弾、通称はバンカバスターですね。

 此れが2発命中」

先程のウィンドウが閉じ、新たなウィンドウがポップアップする。

其処に表示されている貫徹力は、強化ベトンで6.7m以上、粘土質土壌では何と30m。

「以上の様に、貫徹系の弾頭も全てA.T.フィールドに阻まれなくても効果は発揮していません。

 つまり、パレットガン程度では、牽制には使えても、主戦兵器としては使えないと言う事ですね」

 言い終わるとシノは、皆を見回した。

 ユイの顔が少し青褪めている。

 まぁ、そうだろう。高い費用を使って開発して、漸くロールアウトする兵器が、完膚なきまでにデータを引用されて駄目出しされたのだから。

 リツコは達観していた。

 シノとの付き合いが長く、肉体関係と言うか、シノの情婦の一人でもあるリツコにしてみれば、こうなる事は予想していた事だ。

 リツコは第三使徒戦のデータは或る程度見ており、湾岸での戦車部隊の戦闘結果も知っていた。

その結果、リツコもパレットガンの有効性には疑問を持っていたのだ。

 しかし、それを作戦部の長でもあるミサトに聞いても

「じょぶ、じょぶ。効果が有るのは、あーたしが保障するって」

と言う返事しか返ってこなかった。

(つまり、作戦部は先の使徒戦の資料をほどんと分析していないと言う事ね)

内心、ミサトと作戦部に毒突きながら、額に怒りの十字が浮かぶのを押さえる事がリツコには出来なかった。

 

 次に遠中距離兵器として、エネルギー兵器が俎上に上った。

 此処でも陽電子(ポジトロン)砲の欠点が指摘されるに及び紛糾。

「陽電子砲ですか・・・此れ光学兵器の癖に簡単には真っ直ぐ飛ばないでしょう?」

シノは、呆れた様に質問する。

 何せ、昔々のスターウォーズ計画で陽電子砲が研究段階で失敗したのは、余りに外部要因の影響を受け易く、光学兵器の癖に、中々弾道が直進しないからだ(笑)。

「それに、陽電子砲って、砲口から出た途端、陽電子が拡散してしまう恐れがありましたよねぇ?」

段々と、シノの声に呆れを通り越した嘲りの声が混じり始めた。

 そう、陽電子砲は砲口を出た途端に陽電子が拡散してしまい、砲として用を為さないと言う可能性もあった。

 まぁ、此れはレーザーを照射して、その中を陽電子が照射されれば拡散しないと言う理論があるのだが、そのレーザーに大きなエネルギーを取られてしまうと言う問題点があった。

 レーザーが如何の、エネルギーが如何のと技術部員の間で意見が、そして怒号が飛び交う。

 参加している技術部員の長く熱い討論を見ながら、シノは自分でも情けなくなる様な大きな溜息を吐いてしまった。

(はあぁぁ〜)失礼」

そう言い、参加者を見回すと、ゲンドウとユイの方を注視した。

「如何するのです? 陽電子砲。

 確かに戦自研の移動式対衛星攻撃用陽電子砲がありますが、あればレーザー誘導型でエネルギーを途轍もなく使う代物ですよ?

 我々の様な軍事関係者の間では、傍に原発でも無いと使えないのではないかと、言われている位です。

 それを踏まえて、如何するのです? エネルギー兵器」

その声は、完全に『今迄何をやってきたのよ? で、如何するんだい? おっさん達』と言うニュアンスが含まれている。

 今の事態にゲンドウもユイも顔が引き攣るのを押さえる事が出来ない。

 今迄、何を研究してきたのだと言うニュアンスのシノの発言も尤もであると、ゲンドウ達も認めるしかなかった。

「技術供与をして欲しい」

流石に頭を下げる事はしなかったが、搾り出す様なゲンドウの声。

 シノはその姿を詰まらなそうに見やると肩を竦めた。

「まぁ、荷電粒子砲。ビーム兵器関連の技術を供与する事は出来ると思いますよ。

 但し、先も言いました様に、ウチの技術連中と協議して下さいね」

 

 

 

 

 中学校に通う事になるシノ。

 本来なら通う必要等無かったのだが、何故か文科省や教育委員会に直訴状(つまりチクリ)が送られてきたのだ。

因みに、その直訴状。誤字脱字のオンパレードであり、リツコ辺りがその手紙を見れば、誰が書いたか一目瞭然の悪筆であった。

 そして、義務教育の年齢であれば、学校に通うのは当然とばかりにネルフ本部へ通達が回ってきたのだ。

 シノは航宙軍の人間としても、そう云う話を蹴っ飛ばす事は出来た。

 しかし、此れから暫くは日本に居る事になるので、最初から日本政府関係と事を構えるのも、何かと拙いと判断し、学校へ行くことに決めたのだった。

 だが、シノ自身は結構、学校に行く事を楽しみにしていたりもした(笑)。

 シノは極短い一時期を除き、同年齢の者と生活した経験が皆無なのだ。

「年齢相応の学校へ通うのは始めてですね。楽しみです(るんるん)」

制服を着て、姿見の前で、何度か回ったりして、自分の姿に見入っている。

勿論、制服は女生徒用だ。

「しかし、文科省も、未だに飛び級は認めていない、義務教育、義務教育と煩い、と困ったものですね」

そして、官僚の首の三つ四つ切り飛ばして、社会的に抹殺してあげましょうか、と怖い事を、平然と呟くシノ。

 碇家の権力を使えば、シノの言った事は即座に出来る事ではあった。

 

 シノは登校して職員室へ先ずは顔を出していた。

 待つ事暫し、老教師がシノの前に現れた。

「私があなたのクラス担任の根部です。それでは、私と一緒にきてください」


「起立、礼、着席」

 学級委員の洞木ヒカリの声が教室の外まで聞こえてくる。

 シノは呼ばれる迄の間、暫しクラスの前の廊下で佇んでいた。

(コード707ですか。生簀ですね)

そう思うと、溜息も出てしまう。

「えー、それでは、今日は転校生を紹介します。皆さん、仲良くするように。

 碇さん・・・入ってきて下さい」


 シノは、静々と教室に入り、黒板にチョークで自分の名前を書くと、クラスメートの方に振り向き、俯いていた顔を上げた。

「「・・・「「うおぉーーー!!!!」」・・・」」

「う、売れるぞぉぉぉぉ」

教室全体から歓声があがる。(特に男子)

(な、何ですか?(汗) この異様なリビドーは?(滝汗))

 この異様な熱気に、どの様な戦場でも気後れした事が無いシノでも気後れしてしまった。

殺意でもなく、部下や同僚の期待でも無い熱気。この今迄感じた事の無い熱気にシノは面喰らってしまったのだ。

 この辺は、年齢不相応に大人社会でズーッと生活していた事も響いているのだろう。


 内心、気後れしている事等、尾首にも出さずにシノは儀式である自己紹介を始めた。

「碇シノです。

 京都から、仕事の都合で来ました。

 宜しくお願いします」

 そして、邪気の無い笑顔を浮かべる。

 性別限定解除の微笑が炸裂する。

「「・・・「「うおぉーーー!!!!」」・・・」」

「「・・・「「きゃぁーーー!!!!」」・・・」」

今度は、男女一同からの歓声があがった。

 更に、異様な盛り上がりを見せる2−A一同。

 顔には出さないものの、内心引きまくるシノであった。

(やっぱり、自分の判断。間違ったかも・・・(激汗))


 しかし、シノの受難は未だ終わらない(邪笑)。

「この後は、私の授業でしたね。皆さん、碇さんへ色々と質問もしたいでしょうから、自習にします」

そう老教師は言うと、そそくさと職員室へ帰っていってしまった。

 後にシノは語る。

「アレは、乗艦している艦が撃沈されたり、捕虜になって拷問されたりするより酷い時間だったわ」

 

 

 

 

 シノ転校数日後

 一人の落零れ・・・もとい黒ジャージが登校してきた。

 そして級友である賢しらな眼鏡君に話しかける。

「なんや、随分と減ったみたいやな・・・」

教室を見回しながら、眼鏡君に話し掛ける。

「疎開だよ、疎開。みんな転校しちゃったよ。街中であれだけ派手に戦争されちゃぁね」

「喜んどるのはお前だけやろな、生でドンパチ見られるよってに」

「まぁね・・・トウジはどうしてたの?

 こんなに休んじゃってさ。

 この間の騒ぎで、巻き添えでも食ったの?」

 その言葉に、顔色を暗くするトウジと呼ばれた黒ジャージ。

「妹の奴がな・・・」


「・・・しっかし、あのロボットのパイロット、ほんまヘボやな!

 無茶苦茶腹立つわ!

 味方が暴れてどないするっちゅうんじゃ!!」

 さもアレが悪いとばかりに、憎々しげに言い切る。

 その態度を見て、或る意味親切心で黒ジャージ君にある噂を眼鏡君は教える事にした。

「その事なんだけど・・・一つ噂があってさ」

「噂? なんやねん」

「トウジが休んでる間に転校生が来てさ。ホラ、あの娘」

 眼鏡君が指差す方向には、シノが女生徒達と朝のお喋りに興じていた。

シノ自身当初心配もしていた、同年齢の子供達の中に溶け込む事は出来た様だ。

 今も黒ジャージと眼鏡君の見ている先では、洞木ヒカリ等4・5人の女生徒達とコロコロと笑い会うシノの姿がある。

「えらい、別嬪さんやなぁ」

「妙だと思わない?こんな時期に転校してくるなんてさ」

「パパのパソコンをちょっと見たらさ、僕達と同じ歳らしいんだ。

 あのロボットのパイロット」

 この眼鏡君の言葉で、黒ジャージの目付きが剣呑な物に変わった。

 

 一時間目の授業が始まると、シノのノートPCに何やら着信した様だ。

〔碇さんがあのロボットのパイロットというのはホント? :Y/N〕

 チャットに着信したその文面を見て、シノは頭を抱えた。

(機密、タダ漏れ?

 あ・そ・この防諜体制は、どうなっているのですか(怒)。

 チルドレンについては、軍機扱いでしょう(怒))

 そして、この文面が公開になっている事を確認して、即座にNと打ち込む。

固唾を飲んで返事を待っていたクラス一同から、落胆の溜息が漏れる。

一同って、君達、授業はどうした?

 しかし、質問は執拗に続いた。

(本当に煩いですね(怒)

 誰ですか、ストーカーは?(怒))

 シノのアンバーな瞳にナノマシンの残光が宿り、手を触れているだけなのに、シノ謹製のノートPCの画面に幾つものウィンドウが開く。

そのウィンドウの一つに、チャット上でのシノ宛の文面の発信元IPの一覧が表示されていた。

更に、別の画面にIPと生徒名の対応表も表示されている。

(全て、同じIPですね。

 このIPは・・・相田、ケンスケ?

 ・・・相田?あいだ?アイダ?あ・い・だ?)

 暫く、考えていると、又、キー操作もしないのに、ノートPCの画面上に幾つかのウィンドウが開き、閉じられる。

(広報部広報課課長、実は諜報部諜報1課所属の相田ケンゾウ一尉が父親ですか(呆)

 諜報1課と言ったら、カウンターインテリジェンスが専門の部署でしょう。

 そこから、漏れて如何するのです?)

 暫し、呆れ返っていると、内心邪笑を浮べる。

(お仕置です。ラピス、お行きなさい)

 ケンスケのノートPCにラピス様降臨

「えっ? 嘘ぉぉぉぉぉぉ」

 ケンスケの叫び声に、クラスの一同が振り返る。

視線の先には、ケンスケの顔が、ムンクの叫び、になっていた。

 そして、ケンスケの目に前には、BIOSもHDも初期化されたノートPCが鎮座していた。

 しかし、この騒ぎに目もくれず、シノの睨みつける似非漢が一人。

 

 第一中学校屋上

 シノが外の空気でも吸おうと出てくると、バタバタと後を追いかけてくる二人組み。

ジャージブラックこと鈴原トウジと眼鏡こと相田ケンスケである。

 シノは、二人が上ってきた事は気配で判っていた。

何せ一人は、殺気とまでは行かないまでも、怒気満々で上ってくるのだ。

シノには、階下に居ても判ってしまう。

 シノは、気配も消せない事等から、大した事はないだろうと、無視する事に決めた。

今のシノには、外の空気を胸一杯に吸い込む方が大事なのだ。

 周りのクラスメートと話し込むのも楽しいが、やはり教室の空気は狭い場所に大人数が居るだけ濁るし、常夏の日本では蒸し暑い。

 たまにはオープンスペースで胸一杯に空気を吸いたくもなる。

 しかも、シノは宇宙艦乗りでもある。

如何しても癖で自然の空気が吸える時は、思いっきり吸いたくなってしまうのだ。


 荒々しく屋上へのドアを開け、シノを見つけるとドタドタとトウジはシノ目掛けて走り寄った。

シノは気が付いてはいるが、トウジ達には背を向けたままだ。

「何や、外なんぞ見くさりよって! 格好つけんなやぁ!!」

シノの態度が気に入らなくて、トウジは蛮声を張り上げる。

 元々、京都の人間は河内の方言を下卑た言葉として、江戸弁より嫌う傾向に或る。

そして、シノも標準語を常態とはしているが、立派な京都人でもあった。

もう、この言葉を聞いているだけで、機嫌が悪くなってくる。

 しかし、シノは二人を無視し、背を向けたままである。

 何やら、似非河内弁を話す少年が、妹が如何の、お前がヘボだの、色々と言っているが、シノにしてみれば謂れ無き事である。

まったく、何を言っているのか、シノには訳が判らない。

 どうも第三使徒戦で、妹が大怪我をしたらしいと言う事までは、如何にか理解できた。

 しかし、自分は出撃後、第三使徒を瞬殺した。

そして戦闘後、自分が戦った場所の検分も戦訓を得る為に行っている。当然、その場所で被害者が居たか居ないかも確認している。

 シノは、小学生の女の子が収容された場所は、昼間の国連軍の戦闘の流れ弾が着弾した所だと記憶していた。

 だから、シノはジャージブラック(シノ主観)の言っている事を八つ当たりと断定した。

 軍人でもあるシノにしてみれば、昼には避難命令が出ている戦場にノコノコ出てくる人間が悪いと言う事になる。

そんな事で八つ当たりされていたら、軍人稼業の人間は堪ったものではない。

 だから無視をした。言って気が済むなら言わせておけば良いし、危害を加えるなら、体に教え込むだけである。

 そして、ジャージブラックことトウジは、実力行使に打って出たのだった。

「ワイは、おなごでも殴らにゃ、あかんのやー」

 将に、頭が筋肉なジャージブラック。勢い込んで、パンチを繰り出す。

「迷惑な子ですね」

シノはさも迷惑そうに呟くと、軽々とジャージブラックの拳を避ける。

 そして、シノはジャージブラックの背後で、ノホホンと見物していた眼鏡の少年に質問する事にした。

「そこの賢しらな眼鏡っ。

 このショッカーの怪人。

 ジャージブラックは、何で私を殴ろうとするのですか?」

 シノの言葉は玲瓏たる声だが、有無を言わせない力強さがあった。

「えっ、いや・・・お前、あのロボットのパイロットだろ?

 だから・・・」

 行き成り眼鏡と呼ばれて、更にシノの声に戸惑う眼鏡ことケンスケ。

「(はぁ〜)そんな事で、この頭筋肉のジャージブラックは攻撃を仕掛けたのですか」

 息切れをし動きが止まったジャージブラックを見下しながら、溜息を吐くシノ。

対するジャージブラックは、ハァハァと大きく苦しそうに息継ぎをしながら、シノを睨みつけてくる。

 初めてシノが動いた。その動きを捉える事が出来た者は屋上には居なかった。


 シノの携帯が国連軍からの警報を告げたとき、背中から屋上のコンクリート床に叩き付けられ、頭をシノに踏み付けられてジャージブラックは制圧されていた。

 レイを連れて、ネルフに向かう途中で、ネルフからの非常呼集が携帯を鳴らした。

(もう少し早くネルフに情報が伝わる様にしないと駄目ですね)

 シノは心のメモ帳に問題点を書き留める事にした。

 

 

 

 

 ミサトが、使徒が映る発令所のメインモニターを睨みつけながら、女性に嫌われるタイプが如何たらこうたらと講釈を下僕の日向二尉に言っていたが、その間、作戦部は全く仕事をしていなかった(邪笑)。

 情報を収集し、それを纏め、エヴァに搭乗するシノへ伝達する事を怠っていたのだ。

 現在、ゲンドウとユイが出張中の為、冬月が責任者である。

 その冬月が注意しても適当に答え、馬耳東風のミサトであった。

(ほおぉ、私の言う事等、聞く耳を持たないかね、葛城君(怒)。

 抗命罪で営倉7日間だね(ククククククク))

 

「何で、使徒との戦場に、シェルターから出てくるのでしょうね、この子達は(ハァ〜)」

 プラグ内で、シノの口からこの日何度目かの溜息が漏れる。尤も、LCLに浸かっているので息でなくLCLが吐き出されるだけだが。

 目の前には第四使徒。光の鞭を二本、振り回しながら初号機を追い掛けて来る。

 そして5m程近所の高台の神社の傍には、お馬鹿が二人。

先程、中学校の屋上でシノに因縁を付けてきた、あの二人である。

 

 シノがネルフ本部に到着した時、まだ委員会からの出撃要請も来ていなかった。

 レイを発令所に向かわせると、シノは一人、チルドレンの待機室へ向かう。

 そして、整備員に手伝ってもらい、エントリー。

 自分で起動し、発令所へ回線を繋ぐと、其処は阿保陀羅経の世界だった(笑)。

 何勝手にエントリーしてっ!、と騒ぐホルスタイン。

 勝手も何も、ゲージから整備員が発令所には連絡を入れており、マヤや青葉、それにリツコや冬月はシノがエントリーを開始した事を知っていた。

 因みに、日向も知っており、ミサトには伝えたハズである。

と言うか、マヤと青葉、そしてリツコが証人になってくれるだろう。

 シノが使徒の情報について聞くと、生言っているんじゃないわよっ、とか、

ガギは大人の言う通りにしていれば良いのよっ、とかミサトは喚き散らすだけで、必要な情報は何一つ伝えてこない。

 この阿保さ加減に、シノは半眼になってしまう。

モニターに映るその姿に、冬月とリツコは冷や汗が噴出す。

 そして指揮権も無い癖に、パレットガンがどうたらこうたらとミサトが言い出した。

 それを聞き、シノは溜息が出てしまう。

 パレットガンの一時使用禁止については、一週間前の戦訓検討会議の後、議事録等と共に、その書類が関係部署に配布されている。

 戦自ですら使わない劣化ウラン弾芯を使うのは、やはり拙いだろうという事で、タングステン系の弾芯とバナジウム合金系の弾芯を試作し、良い方を採用する事にしたのだ。

 その間は、パレットガンは使用禁止となったのだ。

「冬月先生?」

 シノの疲れた様な声。

「何だね、シノ君」

 冬月の声も疲れている。

「精神的な疲労を強く感じません?」

「奇遇だね、同感だよ」

そして、二人は大きな溜息を吐いた。

 シノは、プラグ内でリツコがミサトを注意する声を何とはなしに聞いていた。


パレットガンは一時使用禁止に・・・

  そんなの聞いてないわよ・・・

一週間前に書類が配布されたでしょ・・・

  そんなの見る訳無いでしょ・・・

何言っているの! 司令自ら必読指定にしていたでしょ・・・

  あはははははははは・・・日向君っ、何で教えてくれないのっ!・・・

−ボコッ−


 漏れてくる声を聞いて、シノは又、溜息を吐いてしまった。

(あー、痛そうな音・・・日向さんも可哀相に・・・報われないわねぇ)

 そして、暫くすると何の前触れも無しに、初号機は地上に打ち出された。

 打ち出された場所は使徒の目の前。丁度、第三新東京市の外縁部に打ち出された事もあり、シノは都市部から引き離すべく、郊外へと使徒を誘引しだした。

 プログ・ナイフを投擲し、注意を引く。

『マスター。プログ・ナイフの予備を其方の右手の兵装ビルに上げました』

 先程、ミサトに殴られた拍子に、オペレーター席から転げ落ちら日向に変わって、オペレーター席についた楓から、シノへ連絡が入れられる。

「ナイスです、楓」

 シノは、そう一言、労いの言葉を掛けると、素早く兵装ビルからプログ・ナイフを取り出した。

一本を空になったウェポンラックに、そして左右に一本づつ持つと使徒を牽制しつつ、誘引行動に戻った。

 先の使徒戦も都市部で戦闘をしてしまった為に、かなりの被害を第三新東京市は受けている。
被害総額が莫大と言って良い。

 今回は、使徒は未だ都市部に侵入を許していないのである。ならば、使徒を都市部から引き離すのが上策と言うものだ。

シノは慎重に電源や隠し電源施設がある場所を選び、山間部へ誘引していった。

 色々と、ミサトが煩く、何やかんやと言ってきたが、全て無視。

 それは当然だろう。ミサトに指揮権は無いのだから。

 日向が気を利かせて音声回線を切れば良いのだが、何で言う事を聞いてくれないんだ、と言う始末。


 そして、現在に至るのである。

 

『その子達をプラグに入れてっ』

また、ミサトの蛮声がプラグ内に響き渡る。

「発令所では、指揮権も無いくせに、騒ぐ馬鹿牛も居ますし・・・」

 シノは、ヤレヤレと言う顔色を隠そうともせずに、別の事を発令所に指示する。

「この子達が居たシェルターは、何処だが判りますか?

 それと、そのシェルターの出入り口の気密がどうなっているか、早急に確認して下さい」

『そんなの、あんたには関係無いでしょっ!

 あたしの指揮に従えってぇのっ!』

益々、スタンピートする牛。きっと、目の前には赤い布がひらめいているのだろう。

『シノちゃん、出入り口の気密って、どう言う事?』

とリツコが聞いてくる。

「この子達が出てきたシェルターの出入り口。

 この子達が出て来たお蔭で、出入り口が開けっ放しか、半ロック状態で、気密が破られているでしょうね。

 そんなシェルターの側で戦えば、衝撃波や爆風が容易く密閉空間に入り込みますよ?」

 リツコが急遽、マヤに調べさせると、シノの予想通りに半ロックであり、容易く外部の衝撃波や爆風が入り込む状態だったのだ。

「シノちゃん、予想通りよ」

リツコの声が若干沈んでいる。

「で、私のクラスメートがシェルターには居ると・・・楽しくなっちゃいますね(ハァ〜)」

 言葉とは裏腹に全然楽しそうで無いシノ。

 そして、何か悪戯を考え出した子供の様に邪笑を浮かべる。

「リツコさん、面白いデータが取れますよ?」

 そう言うと、初号機の両の手にA.T.フィールドを集める。

「シノちゃん、何をする気なの?」

リツコが心配そうに聞き返す。しかし、マヤをどかして確りオペレーター席でデータ取りの準備をしているのは流石と言うべきだろう。

 目に見える程、初号機の両の手にA.T.フィールドが集まり、黄金色に輝く。それが長く伸び出し、バネの様に巻かれ出した。

「ヨーヨーなんて久し振りだから、巧く行くかどうか・・・」

そうシノはポツリと言う。

 初号機の腕が振られ、左腕の巻かれたA.T.フィールドが、紐を繰り出す様に真っ直ぐ使徒へ伸びて行く。

使徒は、それに対抗すべく右の鞭を振るい、迎撃する。

 音が後から追従する鞭が初号機のA.T.フィールドの紐を絡め取るかと言う段階で、紐はスーッと初号機に戻り、鞭は空振り。

使徒の左の鞭が初号機を襲うが、最初の位置にグズグズしているシノでも無い。

 A.T.フィールドの紐を引き出した時には、初号機を左後方に素早く移動させる。

そう、シェルターの出入り口から引き離す方向へと。

 初号機の機動に、使徒の鞭は初号機を捉える事が出来ない。

 そして、使徒への初号機の右腕のA.T.フィールドが、紐を繰り出しながら、真っ直ぐに使徒に向かう。

使徒は迎撃しようと両の鞭を振り回す。

 それを見て、シノは笑った。

 相手が鞭を自分の周囲で振り回している限り、滅多に自分の方には来ないからだ。

達人クラスなら別だが、シノが見る所、如何も使徒は振り回すだけで、そう云う意味では凄みが感じられないからだ。

 今度は左腕のを繰り出す。その間に右腕のは手元に巻き取っている。

左腕のA.T.フィールドの紐が使徒を直撃。丁度、使徒の頭と言うか鰭と言うか、その部分に命中し、使徒の顎を上げさせる。

 そして、無防備になった使徒の顎と言うか鰭の付け根。其処には赤い光玉、コアがあった。

「チェック!」

シノが口の端に邪笑を浮かべ、気合の様に短く叫ぶと、止めの動きに移った。

 シノは左腕のA.T.フィールドが命中する前に、右腕のも繰り出す。

 そのA.T.フィールドの紐が狙い過たず、コアを直撃!。

綺羅綺羅と赤く散って行くコアの破片。

 シノは目を細めてみていたが、玲瓏たる声で発令所に指示を出した。

「青葉二尉。パターン・ブルーの反応は?」

 待つ事、暫し。

『パターン・ブルー消滅!』

青葉の興奮した声が、プラグ内に響いてきた。

 シノは、インテリア・シートに体を預けると、最後の指示を出した。

「作戦終了。帰るルートを指示して下さい」

 

 

 

 

 帰ってきたシノを待っていたのは罵声であった。

「何で、私の指揮に従わないのっ」

 ミサトが何故かゲージに居て、シノに噛み付いて来る。

 ミサトを見る、整備員や技術部員の目は冷め切っている。

いや、整備員達の目の奥には炎が見えた。その炎の名を“怒りの炎”と言う。

 シノの目は、もう汚物を見る様な絶対零度の視線になっていた。

「・・・・・・馬鹿?

 何で、上等兵勤務大尉に、中将勤務准将が従わないといけないのですか?

 それに、作戦部には直接の指揮権が無い。

 前線での指揮統制は、私が行う、と通達も回っているでしょう?」

 シノは正論でミサトを諭すが、そんな正論を聞かないのが我等がミサトである。

 ミサトは皆の期待を裏切らなかった。

言い返す事が出来ない事が牛の脳味噌でも判ったのだろう。ミサトは、シノに殴り掛かった。

 シノは、身を屈めて、パンチを避けると、ミサトの内懐に入り、右正拳を肝臓の上に置き、拳のスピードだけでミサトを打ち抜いた。

 

−ぐへぇっ−

 

 蛙の潰れた様な声を出し、崩れ落ちるミサト。

シノが正拳を当てていた部分は、拳大に陥没していた。

「保安部。

 上官反抗、暴行、他余罪を追及するので、葛城ミサトを独房へ運びなさい」

 そのシノの言葉を聞き、ワラワラと黒服が十数名。何処からともなく現れた。

「「…「ハッ、My Princess」…」」


 それを見ていたリツコが後頭部に大きな汗を張付かせつつ呟いた。

「保安部もシノちゃんが制圧済みね。完全に下僕・・・」

「凛々しいです。シノちゃん」

リツコの傍らでは、胸の前で手を組み、目を綺羅綺羅させるマヤが居た(汗)。

 やはり、マヤ。お前は、そう云う趣味だったのか!


 翌日、顔の所々に肌色を残した赤紫色の真丸な顔のミサトが独房に居たとか。

 

 

 

 

 ジャージブラックこと鈴原トウジと、眼鏡こと相田ケンスケは、高台の神社の傍で腰を抜かして失禁し、震えている所を国連軍のMPに逮捕された。

 当初はスパイ容疑であったのだが、トウジの昼間のシノに対する蛮行が原因で、変な方向に話が進んでいく事になる。


 第三新東京市には、シノの着任と時を同じくして、国連軍の部隊が複数進駐しいていた。

 第三新東京市の治安は、表向きは第三新東京市警が、裏と言うか実質はネルフが担当していた。

ゲンドウは前々から、対人関連の施設と共に、治安を担当する保安部の予算の増額を人類補完委員会に何度も申請していた。

しかし、人類補完委員会の思惑もあり、その申請は殆ど却下されていた。

 この事態に、赴任前のシノを含む現国連事務総長と懇意の国連軍将官及び高級将校が、国連事務総長と共に協議をし、国連軍として第三新東京市に部隊を進駐させる事を決定したのだ。

此れは、人類補完委員会、いやゼーレがジオフロントの武力占領の計画を立てている事が諜報活動の結果、国連事務総長を筆頭にシノ達の知る所となったからだ。

 通常だと安保理に諮らなければ拙い話である。しかし、此処で使徒の存在が幸いした。

 既に、安保理決議に則り対使徒用として日本の戦略自衛隊を中心として編制された国連軍が第三新東京市やその周辺地域に展開していたのだ。

この部隊は、重火器や戦車を中心とした陸上部隊を含んでいた。しかし、極めて歩兵や工兵等は少なく、憲兵についても必要最低限を割るほど少なかった。

 それは当然だろう。何せ、予想される使徒の大きさは人間サイズ等では無く、ビルと同じ位に大きさと推定されていたからだ。

その様なデカ物に、歩兵が何程の事が出来ようか。

 工兵は、N2地雷等の設置等の都合上、ある程度は居たが、それも最低限であり、陸上部隊の軍として見た場合、非常に歪な編制と言えた。

 その為、戦場が想定される地域の治安維持の為に、歩兵と憲兵をある程度纏まって投入する事が出来たのだ。

此れは、国連軍内部で足りない部隊を補填しただけとして処理され、何ら会議に掛けられる事は無かった。

尤も、歩兵が一個連隊に、野戦憲兵が三個中隊では、人類補完委員会も注意を払う事も無かった。

 先ずは、ネルフや第三新東京市警と共に治安維持活動を行う為にMP(憲兵)が乗り込んできていたのだ。

 信号機が壊れた所の交通整理等を行う憲兵はアメリカ、カナダの北米諸国の部隊であった。

しかし、今回の様な戦場の周辺で活動する野戦憲兵はロシアの部隊であった。

ロシアの野戦憲兵は、他の国に比べても荒っぽい事で知られていた。

 

 フォーク憲兵大尉はトウジとケンスケ二人のプロフィールのレポートを机の上に置き、二人の処遇を聞きに来た若い少尉の顔を椅子に座りながら睨め上げた。

 若い少尉は、二人の無罪放免を上申しに来たのだ。

「彼等の親はネルフの職員だ。

 最近、碇准将はネルフの改革にも取り組んでおられる。

 ネルフからの何らかの工作に使われた可能性は無いのか?」

 トウジ達も偉い出世をした様なものである(笑)。

しかし、此処でゲンドウの悪評が禍した。ゲンドウは、政略や謀略の上手であり使える手段は赤子だろうが使う、と言う評判があったのだ。

 その評判からすれば、ゲンドウならもしかしたら・・・、とフォーク憲兵大尉は思ったのだ。

「鈴原トウジの方は、学校で碇准将に行き成り殴りかかった、との証言を得られています」

 歩兵連隊と共に展開していたSASとSBSの合同部隊が、シノの護衛任務にも付いており、その護衛報告が憲兵本部にも送られていたのだ。そして若い少尉は、その記録をたまたま目を通していたのである。

「何? 碇准将を亡き者とする為の工作に使われたかもしれない。

 中学生だからと、容赦しなくても構わん」

 しかし、此処で若い少尉は躊躇してしまった。

 如何考えても、あの二人が暗殺等の特殊技能を持っている様にも見えない。勿論、武器を所持している訳でもなかった。

「しかし、如何考えても、あの二人はotakuかhentaiとしか思えませんが?」

otakuとhentai、此れは世界の共通語になってしまった感がある。

「馬鹿者。中東やベトナムでは10歳に満たない子供がRPGを撃ち、14・5歳の子供が爆弾を体に巻き付けて自爆テロを行ったのだ。

 彼等が、そう云う事をする意思が無かったとは言えまい?」

 ああん?答えて見ろよ若造、と言ったニュアンスでフォーク憲兵大尉は若い少尉を睨み付けた。

若い少尉は勿論答える事は出来ない。疑えば、如何とでも疑う事は出来るからだ。

 そして、フォーク憲兵大尉も答えを期待していなかった。

「拷問してもかまわん」

 そう上官から指示を出されては従うしか無い。

「ロシア式ですか?」

「ああ、ロシア式だ」

 ロシア式尋問。それは、殴りながら聞き出す尋問方法の事。

 それ以来、鈴原トウジと相田ケンスケを見た者は居ない。


 ネルフ司令執務室

「そんなに私を亡き者にして、碇家の財産が欲しいか? 六分儀ユイ」

 シノが御付二人を従えて、司令執務室へ入るや否やの第一声が此れである。

  ゲンドウと共に司令執務室に居たユイは、藪からぼうなシノの言い様に面喰らってしまった。

  紅葉がダレスバックから書類を出すと、その書類を司令執務机に置く。

 ゲンドウとユイが読み進めて行くと、二人の顔色は忽ち青くなっていった。

  其処に書かれていた内容は、野戦憲兵達が作成した尋問調書である。

 その調書には、相田ケンスケの証言として、

『父親の言い付けで、鈴原トウジと共に碇シノへ暴行を加えシノを殺害しようと図った。

 それが失敗したので、使徒戦でシノが乗るエヴァンゲリオンの行動を妨害し、使徒によりシノの殺害を図った』

と要約すれば書かれていた。

 事の真相は、こうである。

 何度か殴られたケンスケが、ネルフに勤める父親の名前を出し、父親の命で行った事だと言えば、父親の名前に恐れ入って釈放するだろうと思い、偽証をしたのだ。

 更に、トウジもトウジの父親からシノ殺害を言われたらしく、トウジと共に行ったとまで、ケンスケは証言している。

 因みにトウジは、最後は土下座をしてまで許しを請うたが、最後まで口から出任せは言わなかった。

 シノもトウジとケンスケが、そう云う事が出来るとは思わない。

しかし、この調書は嫌味に使えると思い、ゲンドウ達に叩き付けたのだ。

 この後、この調書等が元になり国連からの勧告により、鈴原祖父、鈴原父、相田父は、懲戒免職になり第三新東京市から石持て追われる事になってしまった。

 

 

 

 

 第四使徒襲来のゴタゴタも落ち着き学校が再開されたので、学校に登校してみると、学校でお下げ髪の雀斑がチャームポイントの可愛い系美少女がシノに尋ねていた。

「鈴原のウチ、急に引越しちゃったみたいなんだけど、碇さん、何か知らない?」

「如何して、私に聞くのですか?洞木さん」

ちょっと小首を傾げるシノ。

 その姿を垣間見た男子クラスメートを軒並みノックダウンして行く(笑)。

「この間、相田君が、貴方はネルフ関係者だ、と言っていたから」

「(はぁ〜、あの眼鏡は。早々に始末するべきでしたかね?)何故、知りたいのです?」

「そ、それはぁ・・・学級委員だから、その責任で・・・」

「(正直な子ですね(くすっ)声が上擦っていますよ。しかし、困りましたね)

 今日、放課後は、時間が空いていますか?」

「えっ?」

 周りを軽く見廻し、幾人かの聞き耳を立てているクラスメートを目で威圧(笑)。

「込入った話になりますから」

ヒカリの耳元に口を寄せ、ヒカリにだけ聞こえる様に囁く。

「それに、他の人には聞かせたくない内容ですから」

 何故か、思わず赤くなるヒカリ。

「う、うん。大丈夫」

「(まっ、堕とすしかありませんね(クスッ)

 ジャージブラックなんて忘れさせてあげますよ(クスクス)洞木さん)

 それでは」

 

 放課後、シノ邸の寝室でで・・・

「(す、鈴原って、誰だっけぇぇぇぇ?

  相田って、誰だったっけぇぇぇ?

  私、汚れちゃったぁ。

  不潔になっちゃったよぉ。

  でも、でも、ふ、不潔でも良いぃのぉぉ。

  堕ちちゃっうぅぅぅぅぅぅぅ)」


お、御姉様ぁぁシノ御姉様ぁぁぁ、も、もっとぉぉ」

と、シノやレイと共に洞木ヒカリの姿が確認された。

 

 それ以来、シノの家に度々泊まりにいったり、学校でも暇になるとシノとレイと三人一緒で、何処かへ行く洞木ヒカリの姿が目撃されている。

 

 そして、誰もジャージブラックこと鈴原トウジと、眼鏡こと相田ケンスケを覚えている者は、居なくなった。







To be continued...

(2005.01.03 初版)
(2005.04.23 改訂一版)
(2005.04.30 改訂二版)


(Postscript)

 明けまして、おめでとうございます。

 この第参話。サルベージした時点でテキストで8KB。某HPのSS掲示板に掲載した時は、若干加筆して10KB強。
そして、今回お届けする奴は、テキストベースで50KB強(汗)。
 今回は年内更新を目指して、自分のHPに掲載している奴を止めて書いていました(汗)。
(尤も、自分のHPに掲載している「管理人」は第8話まで書き溜めしてあるので、止めたのは9話なんですけどね)
 何と言うか、毎日が午前様なので、平日は数行書き進めるのがやっと。土日に書き進めたのですが、前回更新から20日以上掛かってしまいました(苦笑)。
しかも、結局は年末最後の更新にはタッチの差で間に合わず(爆笑)。投稿したのが午前3時でした。
 しかし、加筆が40KB程。粗筋はSS掲示板に載せたのと同じとは言え、ほとんど別物ですね。
 ミサトの虐め方が足りない(このサイトらしいなぁ(爆笑))と言うご意見がありましたので、物理的に攻めるだけでなく、未来永劫に渡って、虐めてみました(笑)。この辺は、岳飛と秦檜の話を元にしています。
 この秦檜。死んで850年以上経つ人なんですが、今だに“最低の人”と民衆の間では揶揄される存在です。
尤も秦檜の方がミサトの何兆倍も真面な人ですがね(爆笑)。


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