新世紀エヴァンゲリオン アストレイア

第七話 後編

presented by 伸様


 ※ 当話はフィクションです。実際の団体、名称、個人の名前とは一切関係はありません。






ネルフ本部ブリーフィング・ルーム。

 

 ミサトが冬月副司令の大説教大会にご招待されている頃、ブリーフィング・ルームでは浅間山で発見された使徒とその対処について、チルドレン達へ説明が行われていた。


 この使徒が発見され、ミサトがA−17の発令を要請した後の司令執務室でのネルフ本部首脳陣でのミーティングでは、こんな会話が為されていたのだ。

「で、ゼーレは何と?」

シノは執務室へ入室すると、ゲンドウの執務机へ足早に向かいながら質問した。

捕獲だそうだ」

「はぁ」

ゲンドウの返事に、シノは脱力した様に答えるのみである。

「捕獲?! 何処に捕獲した使徒を確保して置くのです?」

ユイも捕獲の難しさと、捕獲後の更なる難しい案件に思い至り、語気を荒げてゲンドウに詰め寄る。

「もし、捕獲した使徒を如何にかするのであれば、松代しかあるまい」

冬月もゲンナリしながら、ユイに答える。

監視とか如何するのです?」

冬月の答えに、リツコが更なる疑問を呈する。

「もし、松代で使徒を飼っておくなら………エヴァは3機体制を2機+1機体制に変えて、2機は本部で出現するであろう使徒への対処、1機は松代で使徒の牢番ですね」

そうシノは言うと、肩を竦めた。

「連携を考えるとアスカを牢番にするのが順当なんでしょうけど、承知しないでしょうね。

 下手をすると使徒を求めて、エヴァで松代から飛び出すかもしれない」

それに、とシノは頭を二三度左右に振りながら言葉を続けた。

「それに、あんなアスカでも囮には出来ますよ。囮があると言うのは、それだけ採りうる戦術の幅も広がりますからね」

そう云うと、シノはゲンドウの顔を覗き込んだ。

捕獲には反対です。即時、殲滅するべきでしょう。

 確かに、我々は使徒の生態は知りません。だからこそ、あれが使徒の幼生だとは断言できない

 もしかしたら、自分のフィールドへ誘い込もうとする罠かもしれません。

 そう云う事も勘案するならば、殲滅するべきです」


 リツコは空間投影スクリーンに浅間山の溶岩湖内の映像を映し出し、アスカの反応を見てみた。

因みに、レイには未だ本当の事(使徒捕獲でなく、使徒殲滅が目的)は話をしていない。

「使徒………」

アスカは、その映像をみて呟く。そして、内心では“ちゃぁ〜んす!”等とヤル気満々で叫んでいた。

「そうよ? まだ完成体になっていない幼生体の状態みたいなものよ?」

リツコは、ヤル気満々なアスカの目を見て、隣にいるシノに目配せする。シノもリツコの目配せに頷きでもって答える

(まぁ、アスカには盛大に踊ってもらいましょうかね。本日の真の主役は貴女ですよ(クスクス))

シノは、アスカを見ながら内心で邪笑を浮かべた。

 シノにしてみれば、アスカがヤル気満々でいるのは予想範囲内の事である。尤も、誰でも予想がつく事かもしれない。

今のアスカは、兎に角実績が欲しいからだ。

そのヤル気満々は、使徒を捕獲する気が無いネルフ首脳陣としては有り難いモノであった。

アスカのヤル気は、ゼーレに対する格好の目隠しとなるからだ。

そのシノの思い通りに、リツコとアスカでブリーフィングは進められていく

「今回の作戦は使徒の捕獲を最優先とします、出来うる限り原形をとどめ生きたまま回収すること」

「できなかった時は?」

即時殲滅、いいわね?」

「はぁい」

アスカの能天気の返事を聞いて、シノは口の端に笑みを浮かべてしまった。当に“シナリオ通り”であったからだ。

「作戦担当者は」

「はい、はい、はぁい!アタシが潜るぅ!!」

リツコの言葉を遮って、アスカが立候補をする段になると、シノとリツコは“完璧にシナリオ通り”とばかりに頷きあった。

「それでは、弐号機は耐熱耐圧耐核防護服D型装備を装着して使徒の捕獲。初号機と零号機は、そのバックアップで行きます」

リツコがそう締括ると、シノの口の端しに邪笑が浮かんだ。

 そんなシノとリツコを尻目にアスカは燃えていた

(そうよ、今度こそ、誰がエースだか、此処の連中(ネルフ本部)に教えてやるのよっ!

 そう、アタシこそがエースアタシこそがスタァなのよっ! 誰を崇め奉るのが正しいか、満天下に示してやるのよっ!

 そして、アタシが搭るエヴァ弐号機こそが真のエヴァンゲリオンっ!

 その証拠が局地戦仕様のD型装備がプロダクションモデルであるアタシの弐号機にしか使えない事よ!

 今迄の屈辱を晴らす機会なのよ。良い娘には、必ずチャンスが来るのよ。

 見ていなさいっ、ファーストにサードっ! アンタ達等、アタシの引き立て役だって事をネルフ本部中に教えてあげるわ。

 そうして、アタシの靴を舐めさせるのよっ!! オーホホホホホホホホホホホホッ

アスカの思考は、支離滅裂と言うか、最後は女王さまぁと言うか、怨念塗れでどす黒い炎が背景で燃えている様であった。


 そんな黒い炎を背負って立っている様なアスカを尻目に、訳知りのシノとリツコはアスカに聞かれない様にヒソヒソ話をしていた。

「(ヒソヒソ)リツコ、D型装備って、完成していないのでは?(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)ええ、只の張りぼて(ヒソヒソ)」

リツコは、力が入りまくっているアスカを視界から外す様に視線を泳がす。それは、そうかもしれない。今のアスカを見ていると“道化”と言う言葉がシックリときてしまうからだ。

D型装備が完成していないのは、使徒戦一回にしか使わない装備だからだ。使い捨ても同然であるのならば、他の汎用的な装備や兵器へ人材・資材・資金のリソースを回した為であった。

これもネルフ本部首脳陣が例の文書を知っているが故である。

シノは、D型装備の現状を踏まえて、リツコに確認を取った。

「(ヒソヒソ)暫く、放って置くと言う訳にはいきませんかね?(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)シノ、如何して放って置くの?(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)いやね、マグマの対流で深い所に自然と持っていかれてプチッとなってくれると嬉しいかなぁとか(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)それが駄目なのよ。ある程度、同じ深度を保っているの(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)じゃあ、リツコ。N2、放り込むと言うのは駄目なのかしら?(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)取り敢えず、振りはするから(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)振りでもチャッチャと片付けた方が(ヒソヒソ)」

しかし、シノはあくまでエヴァを使わない作戦に固執してしまう。エヴァと言う兵器の特性(痛覚のフィードバック等)を考えてしまうと、出来る事ならエヴァ使わなくても済むなら使いたくはないのだ。

だが、リツコの次の説明がシノのエヴァを使わない考えを打ち壊した。

「(ヒソヒソ)今の浅間山は溶岩湖を形成しているのよ? N2なんて使って御覧なさい。

 上手く行っても、火口壁が崩れて溶岩流出。第二鬼押出しでも作るつもり?

 下手をすればマグマ溜りを刺激して、天明以来の大噴火よ? 火山灰なんかの被害は関東一円に及ぶわ(ヒソヒソ)」

1532(享禄4)年の噴火では降灰は120kmに及んだし、有名な1783(天明3)年の大噴火では降灰は銚子にまで及んだそうである。

更に、上空に舞い上がった火山灰が、どの様に天候に影響するか考えただけでも怖気が振るってしまう。天明の大飢饉の原因の一つが天明の浅間山の大噴火とも言われているのだ。

ネルフ本部首脳陣としては、ネルフの手による人工大噴火等は考えたくもないだろう。

そのリツコの話を聞き、シノは別の案を出した。

「(ヒソヒソ)そうなると………こうすれば使徒が出てくると思うのですが?(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)シノ、如何するのかしら?(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)簡単に言うと、耐熱耐圧容器にA.T.フィールド中和兵器の中和振動波発生装置だけ積むんですよ。

 で、エヴァのA.T.フィールドと同じ振動波をプリセットしておいて、火口からマグマの中に落とします。

 容器は溶岩の中を落ちていけば良いだけで、別に溶岩の中を泳ぐ必要はありません。

 第五使徒でも、そうでしたが使徒はエヴァを認識しています。それもエヴァの姿が見えなくてもです。

 エヴァのA.T.フィールドと同じ振動波なら使徒が反応する可能性は大です(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)シノ………それ面白そうね(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)でしょ。落とすモノは数発用意して、振動波を発生させるタイミングを徐々に早くします。

 そうすれば、振動波は火口近くへ移動してきますから、使徒を火口へと誘い出せると思うんですよ(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)それ、良いわね。装置はミサイルに組み込んでいないのが幾つかあるから、それを使えば良いし………。

 耐熱耐圧容器はD型装備を作る過程で材質の実験用に作ったのがあるから、それを応用すればよいわね。

 振動波を発生させる管制はどうやって行うの?(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)別に小難しい事をする訳でもありませんよ。タイマー起動にすれば良いだけです(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)それなら、振動波発生装置を改造する事もないわね(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)どの位、掛かります?(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)2時間もあれば、用意できるわ(ヒソヒソ)」

リツコは、そう云うと手元のPDAを操作し、何処かへメールを送った。

リツコの作業を待って、シノとリツコのヒソヒソ話は再開された。

「(ヒソヒソ)でも、シノ。それで使徒がマグマから出てこない場合は如何するの?(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)その場合は、初号機で指向性の強いA.T.フィールドを発生させて使徒を釣り上げますよ(ヒソヒソ)」

シノは、そこで一旦言葉を切ると、話題を切り替えた。

「(ヒソヒソ)リツコ、あのマグマの中に居ると言う事は、使徒の体表は耐圧能力が高いのでしょうね(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)確かに、堅固でしょうね(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)しかも、体表はマグマと同温位には、熱せられてますよね?(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)そうね、シノ。生物とは思えない耐熱・耐圧だわ(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)あの使徒の体表面を急激に冷やしたら如何なりますかね?(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)でも、火口から外に出た位では問題が無いのではないかしら?

 使徒だって、何時までもマグマ内に居る訳でもないでしょうから、羽化する様な感じで外の環境に適合すると思うけど(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)だから、急激に冷やすのですよ(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)簡単お手軽なモノが浅間山で用意できるかしら?(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)D型装備用の冷却材を使えば、急激に冷やす事は出来るでしょう?

 それに、D型装備は可動式ですから、冷却材の機材も浅間山まで持って行く事は出来ますよ(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)そうね。それなら問題はないか。急激に冷やす事で熱膨張が起こって、堅固な体表面はボロボロになる可能性は高いわね(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)ええ。それと、火口へ急激な上昇を誘いますので、使徒の体内の減圧が上手くいかない可能性もあります。

 簡単に言えば、深海の魚を釣り上げたのと同じ状況になるかもしれませんよ(ヒソヒソ)」

深度が深い所の魚を釣り上げると、急減圧に魚が追い付かずに、体内の浮き袋が膨らみ、海中に戻る事も出来ずに、海面を浮いてしまう事もあるのだ。

リツコもそれを思い出したのか、ある想定を口にする。

「(ヒソヒソ)そうなると、体表面がボロボロとなった使徒は、風船の様にパンッと言う風にもなるかもしれないわね(ヒソヒソ)」

「(ヒソヒソ)尤も、それを期待する様な事はしませんけどね。バックアップの零号機と初号機にはビームライフルを持たせます(ヒソヒソ)」


 そんなシノとリツコのヒソヒソ話など気付かないアスカ様は、一人復仇の念に燃えていた

その姿は、裏を知っている者達から見れば、或る意味滑稽、或る意味哀れではある。

しかし、古人も言っているではないか。


−敵を欺くには、先ず味方から−と。

 

 

 


エヴァ簡易整備用ハンガー。


 アスカは、D型装備装着の為にハンガーに移動したエヴァ弐号機を見て思わず悲鳴を上げてしまった。

「嫌ぁあぁぁぁぁぁぁあっ! 何よ、これぇぇぇぇえぇぇぇぇえぇ!!」

アスカの目の前にあるD型装備を付けた弐号機は、如何見ても潜水夫と言った装束だった。

「何って………耐熱耐圧耐核防護服、D型装備よ」

そんなアスカの悲鳴に、リツコはシレっとして受け答えする。

「こんな格好の悪いモノ、外してよぉ」

リツコはアスカの願い等、気にもせずに手に持ったチェックリストで何やら確認をしていく。

「それじゃないと、マグマの中に潜って使徒の捕獲が出来ないでしょう?」

そして、リツコはチェックリストから顔を上げもせずに、アスカのお願いを、あやす様に断った。

リツコは、チェックリストのある項目に目を止めるとアスカの方を向いて、アスカに説明しだした。

「アスカ。そのプラグスーツもD型装備に合わせた特別製だから」

アスカは“特別製”と言う言葉に心惹かれ、嬉しそうに己のプラグースーツを何度も観察した。しかし、今迄のプラグスーツとの差異を見つけられずリツコへ不満顔を向けた。

「リツコぉ、何も変わらないじゃない」

そのアスカの声は、これでもか不満が滲んでいる。

「右のスイッチを押してみて」

「………んっ!?」

リツコは、アスカの問いに持っていたボールペンでスイッチなるモノを指し示し、アスカが怪訝そうにプラグスーツ右手首のボタンを押した。そして、次の瞬間………。

プシュ!!ブクブクブクブクブクブクブクブク………。

「嫌ぁぁあぁぁぁぁっ! 何よ、これぇぇぇえぇぇぇぇぇぇっ!!」

プラグスーツに仕込まれていた冷却ガスが膨張して風船の様にプラグスーツが丸々と膨らんでいく。その状態にアスカは悲鳴をあげた。

「何時から、此処は高崎になったのかしら? 赤いだけに………ダルマね」

リツコの冷静な突っ込みに、更にリツコは内心でこう付け加えた。

(無様ね)

リツコよ、開発側の人間が言う事ではないだろう(汗)。

 

 

 


ウィングキャリアー・ハンガー。

 

 アスカが耐熱プラグスーツとD型装備に悲鳴を上げている頃。

シノとレイは、初号機と零号機のウィングキャリアへの積み込みの監督をしていた。

ひと段落が付いた事を見計らい、シノは差し入れを整備員や作業員達に振舞った。

「皆さん、作業ご苦労様です。積み込み作業もひと段落付きましたので、休息に入ってください」

シノの背後には、何時用意したのか、軽い飲食物がテーブルに並べられていた。

そうしておいて、皆の注意がチルドレンから外れた時、シノはレイを手近に呼んだ。

「レイ、ちょっと」

「シノお姉さま(はぁと)。何です?」

「浅間山での件だけど(ゴニョゴニョ)」

「そうですね(ニヤリ)」

シノの悪巧みの密談が始まった様である。

 

 

 


ネルフ本部ブリーフィング・ルーム。

 

 シノは、レイとの密談後に、ヒックス大佐等と今回の使徒戦について打ち合わせを行っていた。

第七使徒戦から一ヶ月。彼らは色々なケースを想定してシミュレーションを行っており、ある程度練り上げた行動案を複数用意していたのだ。

 シノはヒックス大佐等を見回すと、状況と今後の予定を説明した。

「以上の様に、今回の目的も使徒殲滅となります。

 先程も説明した様に、移動指揮車等の地上部隊は本日2200から移動を開始。

 エヴァの移送は明日0700。

 現地浅間山での作戦開始は明日1400からになります。

 繰り返し言いますが、魂さん達から“使徒捕獲”命令が出ていますが、それは無視をします」

シノの説明の締括りに、マッケンジー中佐が手を上げた。

「あくまで、使徒捕獲は“振り”なんですね」

「そう云う事になります。使徒を飼う為の牢番等と言う無駄なリソースは、我々にはないからです」

シノはマッケンジー中佐の説明に即答した。

「先ほど説明した、使徒への疑似餌ですが、顧問団が装備しているUCAV(Unmanned Combat Air Vehicle:無人戦闘用飛行体)を用いて、火口へ投下します」

「此れは、無人観測機材の名目で投下するんですね?」

バーロウ中佐の質問に、シノは頷いて答えると先を続けた。

「後は使徒が火口へ出てくるのを待つだけです。で、ヒックス大佐」

シノはヒックス大佐の方へ視線を動かした。

「もし、我々の迎撃が失敗した場合を考慮して、N2兵器の手配をお願いします」

「了解です、お嬢。N2を搭載した機を空自に用意させましょう」

ヒックス大佐の返事に、シノは頷いて了承のサインとした。

「お嬢。支援火力は山麓に展開しなくても宜しいのですか?」

ドウビ中佐の質問に、シノは現在の火山の状況を説明しだした。

「今現在の浅間山の火口は、溶岩湖が形成されています。もし、エヴァが敗れてN2兵器の出番の場合、確実に火口壁が崩れて溶岩流が発生するでしょう。

 それと共に火砕流でも発生したら、山麓に展開している部隊にも損害が出る恐れがあります。

 更に、そのN2の爆発がマグマ溜りを刺激した場合、相当な大噴火になる恐れもあります。

 皆で危険な橋を渡る必要もないでしょう」

シノは、そう説明し終えると、腕を頭の上に伸ばし、体を解す様に伸びをした。

 

 

 


箱根ロープウェイ。

 

 西武グループと小田急グループとの間で太平洋戦争後から1968年まで行われた箱根山戦争(箱根観光客の輸送シェア争い)で、小田急側がとった“空中作戦”で産みだされたロープウェイの路線である。

この箱根ロープウェイは、六甲有馬ロープウェイが利用客減少の為に部分運休している為、日本一長いロープウェイの路線だったりする。

 アスカがハンガーで悲鳴を上げている頃、加持は箱根ロープウェイのゴンドラの中で空中散歩と洒落込んでいた。

しかし、乗客は加持を含めて二人だけ。10人乗りのゴンドラ内は広く感じてしまうのは否めない。

別に加持は、観光目的で箱根ロープウェイに乗っている訳ではない。

三足草鞋の一角である、内務省の連絡員に呼び出されたからだ。

「A−17の申請を通常回線で行うなんて、どういう事かしら?」

ゴンドラの中で、犬を抱いた女性が景色を眺めながら誰に聞かせる訳でも無い様に呟く。

「さて………結局は、発令されないで済んだじゃないですか」

こちらも誰に視線を合わせるで無く、独言ちるかのような加持。

連絡員との間の狐と狸の化かしあいは、ジャブから始まった様である。

「申請とは言え、盗聴されているかもしれない通常回線で言うなんて、充分混乱の元だわ。

 ネルフはA−17の意味が分っているの?

そう言われてしまっては、加持も誤魔化すように笑うしかない。

ネルフへの通常回線は、全て盗聴の対象になっていると考えて良いからだ。此れは、ちょっと諜報をかじった者ならば常識と言える事だった。

(葛城、俺はお前の過ちを庇ってやる事は出来ない)

なんて考えている加持の後頭部に横目で視線を走らせると、女性は小さく溜息を漏らす。

「………ネルフの失敗は、世界の破滅を意味するのよ」

ヤレヤレと言う女性の声音に、加持は信じてもいないセリフを返した。

「彼等は、そんなに傲慢ではありませんよ」

そんなセリフを聞き流し、女性は内心ニヤリ笑いを浮かべながら、幻の右ストレートを加持に放った。

「あそこでの仕事は、お終いになったわ」

それは、日本政府がゼーレから離れて、ネルフ寄りになった事を示すモノだった。

「そうですか」

加持は何時もの様にニヘラ笑いを浮かべながらも、内心では焦らざるを得なかった。

(拙いじゃないか。何処で如何、話がついてしまったんだ? 俺は聞いていないぞぉ!

 これもシナリオ通りなんですかぁ! 六文儀司令ぇぇ!!)

ゲンドウ達は、加持に知られない様に、シノを介して内務省及び日本政府との和解工作を行っていたのである。加持が知らないのも道理と言うモノだろう。

流石に、言霊では車田落ちはしない様だが、この化かし合いは内務省の連絡員に軍配が上がった様である。

加持の内心を見透かした様に、犬を抱いた女性は、加持の後頭部を嘲笑を浮かべながら見るとはなしに見ていた。

 

 

 


 


 

 

 


 ウィングキャリアから浅間山山麓に降下し、えっちらおっちらと浅間山火口まで登ってきたエヴァ3機。

今回は、アスカはLZポイントを外すことはなかった様だ。

この件についてサードチルドレンのコメント:そりゃ、特訓しましたから。此れで失敗するなら猿未満でしょう。


 シノは初号機から付近を見回し、頭が痛いモノを感じてしまった。思わず額に手を当て俯いてしまう。

火口周辺には、エヴァ弐号機を吊り下げる為の重機や設備が運び込まれていたのだ。

重機や設備は、建設機械メーカーからのレンタルらしく、それらしい会社の名前のステンシルが機械のそこ此処に見えている。

(此処までやりますか? お金(予算)無いのでしょうが………)

因みに、ネルフ本部の財政は悪くはないが、豊富とも言えない。ゼーレ自体の権勢が以前ほどは無い所為もあるし、ゲンドウとゼーレの間に微妙な距離がある所為でもある。

今回は、あくまでマグマに潜る振りをするだけなのだ。此処まで大規模にする必要はないハズなのである。

尤も、この辺を指示したゲンドウ達の思惑は違っていた。

此処までやらないとゼーレを誤魔化す事は出来ないと判断して、重機類を手配したのである。

しかし、シノにしてみれば、無駄遣いとしか思えない。

ゼーレの息が掛かった国や機関の偵察衛星の類の軌道や運行スケジュールは全て把握していた。よって、今現在は現場である浅間山を撮影する場所には偵察衛星が存在しない事も確認済みであった。

更に地上についても、此方側の偵察衛星で今現在も浅間山をモニタリングしているのである。他にも、付近の山林にはゼーレの息が掛かっていない国連軍の特殊部隊が演習と称して現場を封鎖している。

この辺の事をネルフ首脳陣には、事前に説明してあったハズなのだが………念には念を入れたのかもしれない。

 

 移動指揮車のヒックス大佐は、シノ達との事前の打ち合わせの通りに航宙軍と連絡を取り、上空の監視衛星からのリアルタイム動画を受信する事に成功していた。

『お嬢、上空の衛星からの浅間山火口のリアルタイムの動画を受信しました』

「どの回線かしら?」

シノは辺りを警戒しながら、ヒックス大佐が映っているウィンドウに視線を移す。

『B05です』

「別ウィンドウで見る事にしましょう。他のエヴァにも連絡を入れて下さい」

『了解しました』

ヒックス大佐と会話しながら、シノの手はパイロットシートのサイドにあるスイッチ類を忙しく操作する。

別ウィンドウが開かれると、浅間山火口の衛星軌道からの画像が表示されていた。画像の解像度は最高5cmまで識別可能なシロモノである。

別ウィンドウに表示されている浅間山火口は赤黒い溶岩で満たされていた。

 

 アスカは、キョロキョロと何かを探す様に辺りを見回していた。弐号機に乗っているので、弐号機の首も同じ様に辺りを見回してしまう。

『あれ?、加持さんは?』

アスカは、目指す人物が見当たらない為、移動指揮車に連絡を入れて来た。

「加持君? 彼なら来ないわよ、現場では仕事がないから」

リツコがチェックリストを片手にマヤに指示を出しながら、片手間にアスカに答える。

移動指揮車の喧騒は、アスカが居るエヴァ弐号機のエントリープラグ内にも響いてくる。

『マヤ、冷却材のタンク、満タンか確認しているの?』

『確認してまーす。チェックリストにもチェックを入れておきましたぁ』

『…入ってないわよ』

『えぇっ! すみませーん』

そんな喧騒をBGMにアスカは、思わず呟いてしまった。

「ちぇえー、せっかく加持さんにもいいとこ見せようと思ったのに」


 その呟き声は、回線がオープンになっている初号機のエントリープラグにも聞こえていた。

『ちぇえー、せっかく加持さんにもいいとこ見せようと思ったのに』

そんなアスカの呟きを聞き、シノはヤレヤレと肩を竦めてしまう。

いいとこ見せよう」等と言う、戦いを舐めているとしか思えないアスカの発言に、シノは頭を抱えたい心境であった。

(反省しないんですね、アスカは。猿にでも出来る事を(はぁ))

シノは内心で、愚痴と溜息を吐いてしまう。

(本当に弐号機のパイロットの交代を考えないといけませんね。

 ヒカリは割りとシンクロ率も良いから、ヒカリにも訓練を施そうかしら)

反省した様に見えないアスカに、シノは真剣にチルドレンの交代を考えてしまう。

シノは、アスカが居ない夜間に、アスカには内緒ヒカリを弐号機に搭せてシンクロテストをした事があるのだ。

その時のシンクロ率は、初搭乗で40%台を記録している。ハーモニクスにも問題が無く、シンクロテスト後の連動試験もそつなくこなしている。

幾らヒカリ用にコアを調整したからと言って、初搭乗でこの値なら才能があると言って良いだろう。

シノが踏ん切りが付かないのは、ヒカリが戦いに関して素人であるからだ。

余程の理由でもない限り、何の訓練も施されていない者を搭せる訳にはいかないのだ。例えば、弐号機の専属パイロットが突如居なくなったり、弐号機を動かせなくなってしまう様な事でもない限り。

しかし、次の手を用意しておくのは悪い事ではない。打たない最善より、打てる次善、三善である。だから、シノは“ヒカリにも訓練を行おう”かと思ってしまうのだ。

因みに、ヒカリのシンクロテスト等の結果は、ネルフ首脳陣と技術部首脳陣しか知らない。この結果がアスカにでも知られた場合、只でさえ精神的に追い詰められているアスカがどの様になってしまうか、悪い予想しか出来なかったからだ。

精神が壊れるか、ヒカリも攻撃対象として見てしまうか、グレるか(笑)、MAGIも悪い予想しか出さなかった。

だから、作戦部にもヒカリのシンクロテストの結果は知らされていない。

作戦部に知らされていないのは、作戦部が知った場合、ミサトも知る事になる公算は大きく、事を知ったミサトが又何をやらかすか判らないという理由もあるのだが。

 

 そんなシノ達の上空を飛行機がフライパスする。

今だキョロキョロと付近を見回していたアスカが、その機影を目敏く見付けた。

「UN空軍?」

その言葉は、通信回線をオープンにしている移動指揮車にも聞こえたらしい。

空中待機してるのよ』

リツコが律儀にアスカの問いに答えてくれた。

『この作戦が終わるまでね』

更に、合の手の様にマヤも答える。

「手伝ってくれるの?」

アスカは、素朴な疑問をしてみた。

『いえ、後始末ですよ』

その時、アスカには聞きたくもない玲瓏たる声が弐号機のエントリープラグに響いた。

碇シノ−サードチルドレン−の声である。

その声に、今迄の屈辱(アスカ主観)を思い出し、顔が見難く歪むのをアスカは止める事が出来なかった。

『わたし達が失敗した時のね』

シノの言葉が足りないと思ったのであろう、リツコが補足する様に説明を継ぎ足した。

「どういうこと?」

アスカの疑問は当然だったかもしれない。精神的に追い詰められているアスカにとって“失敗”の二文字には敏感に反応してしまうのだ。

使徒をN2爆雷で熱処理する為ですよ、私達ごとですけどね』

焦燥も何も感じさせない常の玲瓏たるシノの声がアスカの質問に回答を示す。

「酷い!」

アスカの答えは一般人としては普通だったかもしれない。しかし、チルドレンとしては不適切なモノだったかもしれない。

それを示すかの様に、リツコの冷静な声が聞こえてくる。

私達が失敗したら、即サードインパクトで人類滅亡、と言う訳にはいかないでしょう?

 私達の仕事はそれだけタイトで、且つ責任があるのよ』

アスカは、その言葉に何も言い返す事は出来なかった。

 

 シノは、レイの零号機が弐号機に冷却材を循環させるパイプや吊り下げるワイヤーを取り付ける作業を、初号機にビームライフルを構えさせ辺りを警戒しながら見守っていた。

作戦開始時間まで、後僅か。

戦慣れをしているシノでも、作戦開始直前は心臓の鼓動が早くなるのを止める事は出来ない。

『お嬢、UCAV(Unmanned Combat Air Vehicle:無人戦闘用飛行体)の準備は整いました』

移動指揮車からリー中佐が初号機に連絡を入れて来た。

彼は、国連軍顧問団に配備されているUAV(Unmanned Aerial Vehicle:無人空中飛行体)やUCAVの管制の指揮を采っているのだ。

「了解です。時間は予定通りに」

シノは、チラッとプラグ内に表示されているデジタル時計の時刻に視線を走らせると、リー中佐が映っているスクリーンに目をやった。

『了解しました』

リー中佐の返事を聞き、シノは大きく深呼吸をすると、プラグのパイロットシートに体を預けた。

(さて、巧く行ってくれますかね)

シノは姿勢を正すと、インテリアのレバーを握り締めた。そして、作業を終えた零号機を見る。

零号機もビームライフルを構え、油断はしていない様だ。

「レイ、作戦開始まで、後1分。準備はOK?」

『大丈夫です、お姉さま。何時でもバックアップに入れます』

シノの注意に、レイも即答する。

シノはレイの答えに頷くと、−噛み付いてくるだろうなぁ、と思いながら−弐号機に通信を繋げた。

「惣流さん、準備は大丈夫ですか?」

『何で、アンタに指図されないといけないのよぉおぉっ!!

 アタシがエースだから、アタシが指図するのが本当でしょうがっ!!!』

予想通りのアスカの行動に、シノは顔を蹙めて、指で耳栓をしてしまう。

(はぁ、予想通りとは言え、頭が痛いですよ。ボリュームを絞るのを忘れていたので、今回は耳も痛いですね)

 そんな騒ぎを他所に時間は進んで行く。

シノがチラッとプラグ内の時計に目を走らせると、時刻は1400を示していた。

その時、マヤの声がプラグ内に聞こえてくる。

『1400、作戦スタートです』

マヤの声と共に、使徒(一応)捕獲作戦はスタートした。

 シノは、上空に待機していたUCAV4機が火口への進入を開始しするの目の端に留めると、正面を注視した。

弐号機の左足が半歩程前へ出るのが見て取れる。右前方を見れば、零号機が弐号機のバックアップ体制に入るべく、ビームライフルを構える。

『此れより、探査機を投下する』

UCAVの管制を指揮するリー中佐からの連絡だ。

シノはエヴァ各機を視野に納めつつ、火口を注視する。

更には、先に開いていた別ウィンドウにも注意を向ける。このウィンドウには、上空の衛星から映し出されたリアルタイムの火口の動画が表示されているのだ。

 

 シノが火口に注視していた頃、エヴァ弐号機のエントリープラグ内では、アスカがやはり緊張した顔で今回の手順を頭の中で思い出していた。

(先ずは、探査機の投入。次がアタシが弐号機でマグマに潜る、と)

そこまで、手順をお復習いした時、アスカの口の端が攣り上がった様になってしまった。

(グフフフフ。今回は、アタシだけがマグマの中。邪魔なファーストもサードも居ないわ。今度こそ、今度こそよ。

 アタシの実力を満天下に示す時なのよぉおぉぉぉおぉ!」

嫌らしい笑いは口には出さなかったが………最後の方は口に出てしまった様だ。

第七使徒戦戦訓検討会議から一ヶ月。アスカにとっては、精神的に追い詰められた一ヶ月だったのだろう。

尤も、アスカ自身の行動が、自分を追い詰めている事を、アスカは理解出来ない

 通信回線がオープンになっていた事もあり、その声は移動指揮車やエヴァ各機にも聞こえていた。


 移動指揮車内では、アスカの言葉を聞き、マヤが顔を蹙めていた。

「アスカちゃん………可愛相に………」

マヤの顔は完全に“精神的に可愛そうな人”を見る目になっている。

「あの娘、精神的に追い詰められているから」

リツコもシノと同調しており、アスカがこのママなら暫くは“休養”させるのも手か、と考えていた。


 エヴァ零号機の中では、レイがアスカの言葉を聞き、ニヤリ笑いを浮かべていた。

中学校に居る時も、ネルフ本部に居る時も、アスカは常に突っ掛かってくるので、レイにとってアスカと言う存在はウザったいモノでしかなかった。

無様ね」

レイのニヤリ笑いは、結構シュールではある。


 エヴァ初号機内のシノは、アスカの言葉を聞き、本気でヒカリの訓練について考えていた。

(此れは………ヒカリの訓練プログラムを作成する必要があるかもしれませんね。

 しかし、アスカ。御労しい

アスカが聞いたら、「アンタが悪いんでしょ!」とでも言って、手が出る、足が出る事になっただろう。

 

 時間を空けて投下された観測機は、予定通りにマグマの中を沈降して行く。

そして、予め設定されていたタイマー通りにエヴァ初号機のA.T.フィールドに似た振動波を発信し始めた。

観測機が使徒の近くまで来たとき、事態が動き出した

その振動波を受けた使徒の幼生体が羽化し始めたのだ。

 その変化は移動指揮車でも捉えられていた。

火山観測所では、ミサトが壊した観測機を製作する際に、観測機に搭載する音波探知機の試験を浅間山火口の溶岩湖やマグマ溜りで行っていた。

その試験機材が今だ溶岩湖やマグマ溜りに残されており、リツコ達は、それ等を再利用して、ある程度のマグマ内での観測が出来る様にしていたのだ。

移動指揮車内で、音波探知機のモニタリングしていた青葉二尉が目の前のモニターを凝視しながら報告する。

「使徒らしきものが浮上しました!」

青葉二尉の報告を皮切りに、次々と使徒の幼生体の変化が報告されてくる。

使徒が羽化した模様。使徒のエネルギー反応が上昇しています

シノの御付である楓もコンソールを操作しながら、青葉二尉の言葉を裏付ける。

「(シノの想定通りに)使徒は羽化した様ね」

予定通りとばかりに、リツコは使徒の変化に平然としていた。

「観測機1号機ロスト! 使徒に破壊された模様です」

「観測機4号機、振動波を発信開始しました」

「観測機2号機ロスト。使徒、火口に向かって浮上してきます」

次々と上がってくる報告は、使徒が火口目掛けて急浮上してきている事を示していた。

「観測機4号機と使徒の接触時間、早く確認してっ」

リツコの指示が移動指揮車内で忙しくオペレートするオペレーターに飛ぶ。

それを聞いた青葉二尉が自分のコンソールを操作し始めた。

 そう云う報告はエヴァ各機の中にも届いていた。

特に、旗機である初号機の通信設備は充実し過ぎる位に充実していた為、移動指揮車内の音声も拾っていた。

『観測機3号機ロスト。火口付近の観測機4号機目掛けて、使徒は浮上します』

やはりシノの御付である紅葉からエヴァ各機に現状報告が入る。

シノは、その報告を聞くと、初号機のA.T.フィールドを少し指向性を高めながら強め、火口の方へ指向させる。

「青葉二尉、使徒が4号機と接触するまでのタイムは?」

シノが移動指揮車へ連絡を入れるのと相前後して、アスカが騒ぎ立てた。

『何でっ。アタシまだ潜ってもいないのよぉぉ』

そんなアスカの言葉を無視する様に、青葉二尉が初号機に少し慌てた様に連絡を入れてきた。

『4号機との接触予定時間、8分後っ』

「了解です。青葉二尉」

シノは、青葉二尉の報告に頷くと、次々と指示を出し始めた。

昨日から練った作戦である。指示は遅滞無く口から出てきた。

「レイ、スタンバって下さい」

その言葉に、レイが短く「了解」と返してくる。そして、それを示す様に零号機がビームライフルの安全装置を外すのが初号機からも確認出来た。

「惣流さん、ワイヤーとD型装備を爆発ボルトで強制排除して下さい。

 ソニックグレイブは、貴方の後方5mのコンテナの中にありますから、それを装備して下さい。

 良いですか? 惣流さんはフォワード、私とレイはバックアップになります」

『何、アンタが仕切ってんのよっ』

アスカの予想された回答に、シノは頭が痛くなってくる。しかし、アスカにとっては、シノの言動こそが理不尽であった。

(今はどんな事態だか認識しているんですか? アスカ)

シノは、内心で愚痴りながらも、指示を出すことは忘れない。

「青葉二尉、火口面までのカウントを1分単位で。残り1分を切ったら10秒単位でお願いします」

そのシノの言葉に、エヴァ各機のエントリープラグ内に青葉二尉のカウントダウンの声が響きだす。

『6分』

「リツコさん、マヤさん。冷却材、一番パイプに何時でも出せる様にして下さい」

マヤは目の前のコンソールを操作し、冷却材を一番パイプに集中させる様にすると共に冷却材の循環ポンプの出力を最大にする。

リツコは冷却材の残量の確認を再度行う様にオペレーターに指示を出す。

『5分』

青葉二尉のカウントダウンは進んで行く。

しかし、エヴァ弐号機に変化は無かった

『だから、何でアンタが仕切っているかって、聞いてんのよっ!』

アスカの罵声が、シノが居る初号機のエントリープラグに響く。しかし、今のシノには右の耳から入って、左の耳から抜けて行くだけに過ぎない。

(何で、エースであるアタシが仕切らないで、あんな奴(シノ)が仕切っているのよぉ。
 
 指揮車の連中も注意しなさいよっ!)

アスカの内心で大きく不満が渦巻く

「惣流さん、早く爆発ボルトを起爆させて、使徒の迎撃体制を整えて下さい」

シノは少し声音を低くしてアスカに注意するが、アスカ様はそんな事、聞いちゃいない。

『だ・か・ら、何で、アンタが仕切っているのよっ!』

同じ事を騒ぐだけのアスカ。

(貴女がそう云う行動をするなら、後は好きにしなさい

シノは、アスカを員数外として無視する事に決めた。

今のシノには、アスカは完全な意識外の雑音を発生するだけのモノでしかなかった。


 この状況を移動指揮車から見ながら、リツコはあちゃ〜と言う顔をした。

「D型装備………此方(移動指揮車や発令所)からでも爆発ボルトを起爆出来る様にしておくべきだったわね。

 失敗したわ」

リツコが反省する様に、未完成のD型装備は装着しているエヴァからは緊急排除システム(爆発ボルト)を作動させる事は出来たのだが、外部から作動させる様には出来ていなかったのだ。

そんなリツコの言葉に、ウンウンと頷いてしまう楓と紅葉。


 シノは、初号機を弐号機の後ろから、弐号機を左斜め前に見る位置に移動させた。

そして、初号機に冷却材の一番パイプを握らせると、それを消防士の様に構えさせた。

別ウィンドウの衛星からの火口映像を見ると、マグマの中に影がある様に見えてきた。

『3分』

青葉二尉のカウントダウンは、又進む。

『観測機4号機ロスト。使徒、火口目掛けて浮上中』

そんな報告が初号機のエントリープラグに聞こえてくる。

シノは右前方を見ると、レイの零号機はビームライフルを構えるが見て取れた。

そんな零号機を見て、口の端を綻ばせると、左前方を見る。それは、シノにとって頭が痛くなる様な光景だった。

未だ、爆発ボルトを起爆させておらず、D型装備やワイヤーを排除していない弐号機が突っ立っていたからだ。

中に居るアスカは今だに騒いでいる。その罵声は初号機や移動指揮車にガンガンと響いていたが、シノを含め作戦に参加している者達は、今や使徒に集中しており、アスカの罵声に誰も意識を向けない。

『2分』


 その青葉二尉のカウントダウンの声は、アスカの居るエヴァ弐号機のエントリープラグ内にも響いていた。

しかし、今のアスカには、そんな事は関係の無い事であった。

(何で、アイツが指揮を取る?

 この場を仕切る?)

アスカの頭の中では、そんな思いしかなかった

そして、その思いを口に出して、シノに、他のネルフ本部職員に問い質す。しかし、その言葉は他の人には罵声としか聞こえなかった

現在進行形の今の事態を考えれば、今は使徒に傾注する時である。それは、アスカ以外の作戦参加者は全員が心得ていた。

その為に、アスカの問いに誰も答えない。否、誰もアスカの相手をしなかったと言って良かった。誰もがアスカの事を意識外に追い出していたのだ。

(何で、誰も答えないのよっ!

 アタシを見てよっ!

 アタシの言葉を聞きなさいよっ!!)

そんな皆の行動がアスカを追い詰める。疎外感がアスカを追い詰めて行く。

そして、疎外感が更にアスカの視野狭窄を推し進めて行く。今のアスカはエントリープラグの中で一人の世界に閉じ込められていた。

しかし、アスカは気付かない。そう云う状況に追い込んでいるのは、自分自身の言動である事に。


 アスカが視野狭窄に落ち入り、エヴァ弐号機が粗大ゴミと言うか、障害物と化していても、事態は進んで行く。

『30秒』

青葉二尉のカウントダウンは、何時の間にか1分を切った様である。

使徒は、初号機が発するA.T.フィールドに引き寄せられる様に火口を目指して浮上してくる。

マグマ内の影は、別ウィンドウの衛星からの火口映像にもハッキリと映し出されていた。

『20秒』

マヤは目の前のモニターを注視し、冷却材の循環ポンプの作動状況を確認する。

モニターに表示される数値は、ポンプがMAXレベルで稼動する事を示していた。

『10秒』

ごくり、と誰かの喉が鳴った。


 火口からジャンプ一番飛び出した使徒を見た時のレイの感想は以下の様なモノだった。

「アノマリカリス?」


 シノは、初号機のエントリープラグ内でレイの声を聞きながら、間髪入れずに移動指揮車へ指示を出していた。

「冷却材、ナウっ!」

その指示に、楓と紅葉の指が目の前のコンソールを踊り、最大出力で稼動した冷却材の循環ポンプが一番パイプへ冷却材を送り出す

それに合わせて、冷却材が中を通るに連れ、パイプが噴出口目掛けて踊りだした。

そんなシノの指示と相前後して、移動指揮車の青葉二尉からエヴァ各機へ警告が出された。

『使徒の目標は、初号機。繰り返す、使徒の目標は初号機と推定』


 使徒は、溶岩湖のマグマ面からジャンプ一番飛び出すと、初号機への落下軌道を取っていた。

初号機は、気を抜けば踊りだしそうなパイプ口を固定すると、使徒目掛けて冷却材を噴出させる。

使徒にとって不運だったのは、使徒は空中を飛べる形態をしていなかった事だろう。只、飛び跳ねただけである。

此れは、冷却材を噴き付ける初号機にとってはありがたい事であった。

何せ、使徒の目標は初号機である。それが、自由に飛べる訳で無く、一直線に初号機目掛けて飛び掛ってくるだけなのだ。

これ程、ターゲットとして狙い易いモノはない。

 噴出した冷却材は、最初から使徒へ命中した。命中すると、その場所から濛々と白煙が噴き出してくる。

シノは、少しずつではある使徒の体を包み込む様にパイプ口を操作し、使徒に冷却材を噴き付ける。

使徒は、ジャンプした最初の勢いは何処へやら。

初号機の前に殺虫剤を噴き付けられた蝿の様にジタバタと転がっていた。

使徒からは、冷却材がかかった際に白煙が濛々と噴き出しているが、それが辺りに充満する事はない。此処は山頂でもあるのだ。

風が吹き、白煙を丁度良い具合に吹き散らしてくれていた。

(この風は助かりますね)

そうシノは自然に感謝すると、冷却材の残量を気にしだした。結構な量を使徒へ噴き付けたからだ。

「リツコさん、冷却材の残量は、後どの位です?」

そう言いながらも使徒からは目を離さない。白煙の下で蠢く使徒の体表にが幾つも走っているのを目に留めたシノは、レイに“射撃開始”の指示を出した。


 レイは、零号機から、初号機が使徒へ冷却材を噴き付けている光景を見つつ、使徒への照準を行っていた。

「赤木博士、使徒のコアはどの辺ですか?」

見た目では使徒のコアの位置は判らない。あの高温高圧のマグマの中に居たのだから、体表にコアがある訳はない

体内だと見当を付けたレイは、使徒の体内で一番エネルギー反応が大きな場所を探って貰おうと、移動指揮車に連絡を入れたのだ。

そんな時に、シノからの通信が入った。

『レイ、射撃をして下さい』

シノは、使徒の体表のを見て、使徒の体表面がボロボロであろうと考え、射撃のチャンスと考え指示を出したのだ。

「お姉さま。今、使徒のコアを探している所です」

レイが返事をすると、それに合わせる様にリツコからレイに、先程の質問の答えが返ってきた。

『レイ。画像から判断すると使徒の飛び出した目と目の間にコアがあると思われるわ。

 そこが一番エネルギー反応が高いの』

移動指揮車から操作したのであろう、レイの見る正面のウィンドウとは、別のウィンドウが右下隅に開き、サーモグラフィの様な使徒の画像が表示される。

使徒を正面から映した画像が表示されると、目と目の間の部分が白く表示されおり、その他の部分は白い部分から離れるに順い黄色から緑へ、そして青色へと変化している。

「お姉さま、コアの位置は判明しました。此れから、射撃を開始します」


 シノが乗るエヴァ初号機のエントリープラグ内にレイの返事が聞こえてくる。

シノは、その言葉に頷くと、「了解」とレイへ短く返事を返した。

そんなシノの所へ、先程の質問の返事がリツコから返ってくる。

『シノちゃん、冷却材の残りは、後3分よ」

つまり、冷却材は後3分間しか使徒へ噴き付けておく事が出来ないのだ。

しかし、シノが見る所、冷却材の目的は達成した様に見える。それは、使徒の体表に縦横に走る皹が証明していた。

そして、皹の隙間は大きくなっている様だ。急速に浮上したツケが、使徒の内外の気圧差と言う形で出ているのかもしれない。

後は、レイの射撃を待つだけである。

(冷却材の残り時間、消防士の真似事をしますか)

そうシノは考えると、パイプ口を抑える初号機に力を込めさせた。

 待つ事、暫し。

『マグナムチャージ、5連射』

そう云うレイの声がシノの耳に聞こえてくる。

零号機が構えるビームライフルが光り、ビームの光条を五つ、使徒の目と目の間に突き刺さる。着弾のグルーピングは良い様だ。

震えた様に動く使徒に、更に5連射。此れで、ビームライフルに今装着しているエネルギーパックは、エネルギー残量はゼロだろう。

零号機は、慣れた手付き(?)でエネルギーパックを新しいモノと交換し、再度使徒に照準を行う。

それは、冷却材が噴出を止めるのと略同時であった。

 シノは、噴出を止めたパイプを初号機に手放させると、肩のアタッチメントに留めてあったビームライフルを構えさせながら、移動指揮車へ通信を入れた。

「パターンブルーの反応は?」

移動指揮車内では、その言葉に青葉二尉が目の前のコンソールを操作し、モニターを凝視する。

「パターンブルー、消滅を確認。使徒、殲滅しました」


 レイは、インダクションモードのママ、使徒の状況を確認していた。

そこに青葉二尉からの連絡が入る。

『パターンブルー、消滅を確認。使徒、殲滅しました』

レイは、インダクションモードを解除し、目の前の照準用のシールドが上がると、パイロットシートに深々と体を預けた。


 シノも青葉二尉からの連絡を聞き、溜息を吐くと、再度、使徒に目をやった。

その時、使徒の下の岩盤が火口に向かって小規模に崩れだした

使徒がもがいた時の衝撃で砕けてしまっていたのか、それとも零号機のビームの外れたのが岩盤を剔っていたのか、原因は判らない。

その崩落に引っ張られる様に、使徒の遺骸も火口に向かって滑って行く。

『あー、貴重な研究サンプルがぁ〜』

移動指揮車からのリツコの悲鳴が初号機や零号機のエントリープラグに響いていく。

それは、終始ただ立っているだけであった弐号機も同じであった。

 

 シノは、そんなリツコの悲鳴を聞きながら、溶岩湖に落ち、溶岩に飲み込まれていく使徒の遺骸を衛星の画像で見るとはなしに見ていた。

使徒の全体が溶岩に飲み込まれる寸前、火口が爆発したのだ。正確には、使徒を飲み込んだ場所で爆発が発生した。


 移動指揮車で、火口の衛星からの映像を見ていたリツコは、思わず叫んでしまった。

「噴火?」

そんなリツコの叫びと略同時に、オペレーター席に座っていた楓と紅葉もシノの事を心配して声を上げる。

「「マスター(主様)!」」

そして、楓と紅葉は弾かれた様に素早く目の前のコンソールを操作し出した。


 初号機の中のシノは、爆発を認めると反射的に隷下のエヴァ各機に指示を出していた。

「対ショックっ!」

そう言いながら、シノはエヴァの顔の前に手を組ませ、顔に直接溶岩の飛沫や火山弾が当たらない様に防護する。それと同時にエヴァを屈ませ重心を低くし、爆風の衝撃に耐える様にさせた。

シノは、エヴァを操縦しながらも、左右の僚機を確認する。

零号機は、初号機と同じ動作をしている。シノは、ホッとしつつ、弐号機の方を見て愕然としてしまった

何と、弐号機はD型装備を身に付けながら突っ立っていたのだ。

「惣流さんっ! 爆風の衝撃に備えてっ!!」

シノは、常では考えられない怒声で、アスカに指示を出していた。


 爆発が起きた時、レイは零号機の中で帰った後の事を考えていた。

(お姉さまに、今晩は可愛がってもらってぇ〜、あ〜んな事やこ〜んな事してもらってぇ〜)

等と、えへへへへへへへへと笑いを浮かべながらピンクの妄想に包まれていた(汗)。

その時、シノの声がレイの居るエントリープラグ内に響いた。

『対ショック!』

その声で我に返ると、零号機に素早く対ショック姿勢を取らせる

レイは、零号機が対ショック姿勢を取り出した事を認めると、左右を確認した。

初号機は、もう対ショック姿勢を取っている。

(流石、お姉さま)

と思って、弐号機を見て、シノと同じく愕然としてしまった

「何で、立っているの?」

レイの呟きは、弐号機の状態を的確に表現していた。


 爆発が起きた時、弐号機内のアスカは外の状況など関係なく、半狂乱の様に、シノ達を罵っていた。

あー、頭が痛い。


 移動指揮車内では、そんな浅間山火口付近の映像を見ながら、リツコとヒックス大佐が指示を出していた。

「噴火の兆候は?」

リツコの質問が飛ぶと、間髪入れずに楓が答える。

「火山性地震は観測されず」

続いて、紅葉もリツコの方と自分のモニターを交互に見ながら、別のデータを答える。

「マグマ上昇の兆候無し」

そんな声を聞きながら、ヒックス大佐はリー中佐の肩を叩いて自分に注意を向けさせると、指示を出した。

「中佐、UCAVを火口の方へ。衛星画像でなく、TV画像で火口付近の状況を確認したい」

リー中佐は、短く「了解」と答えると、UCAVのオペレーター達に指示を出した。

ヒックス大佐は指示を出し終わると、リツコの方を向き、浅間山の現状を確認した。

「赤木博士、噴火ですか?」

「いえ、噴火ではありません」

リツコが続いて何か言おうとした時、UCAVからのTV画像が移動指揮車に入ってきた。

それを見た青葉二尉が報告する。

「エヴァ3機とも健在!」

続いて、チルドレンのフィジカル・データを確認していたマヤからも報告が入る。

「チルドレン、三人とも生存!」

移動指揮車内の皆が見ているTV画像には、顔の前に手を組み屈んでいる初号機と零号機、そして突っ立っている弐号機が映し出されていた。

「何で、弐号機だけ立っているの?」

移動指揮車が歓声に包まれる前のリツコの呟きは、移動指揮車内に居る皆の疑問の代弁だった。


 爆発を遣り過ごしたシノは、別ウィンドウの衛星画像を確認していた。

今の所、山自体は火山性地震等で振動はしていない。もし噴火だった場合は、速やかにエヴァを撤収させなければ、拙い事になるからだ。

衛星画像から見る限り、先程の爆発以外、溶岩湖は静かな様である。

ある事に思い当たったシノは、移動指揮車に連絡を入れた。

「使徒は溶岩と接触して、体が破裂した模様」


 移動指揮車でもリツコが同じ結論に達しようとしていた。

(火山性の地震も無い。マグマの上昇も観測されていない。

 此れは噴火ではないわね。じゃ、何が爆発したの?)

その時、ブリーフィングの時のシノとのヒソヒソ話を思い出した。

(“風船の様にパンッ”………っつう! 使徒の体表はボロボロになっていた。

 しかも、火口や火口外への急速な浮上で、気圧差を打ち消す為の減圧は間に合ってない。

 じゃ、使徒は溶岩の熱を再度浴びて、破裂………)

リツコが結論に達しようとした時に、シノから移動指揮車に連絡が入った。

『使徒は溶岩と接触して、体が破裂した模様』

その連絡を聞いて、ヒックス大佐が確認する様にリツコを見遣る

リツコは頷きで返すと、移動指揮車内に現状を告げた。

「噴火ではありません。使徒の遺骸が破裂しただけです」

移動指揮車内は、噴火でなかった事に安堵の溜息が支配すると、次に使徒殲滅の歓喜の声が支配した。

 

 

 


 シノは、そんな移動指揮車内の声をモニタリングしながら、安堵の表情でパイロット・シートに体を預けた。

さて、撤収する指示を出そうかと思い、エヴァ各機や移動指揮車に連絡を入れようとした時に、赤い災厄が降りかかってきた。

『アンタ、卑怯よっ』

烈火の如く怒りながら、ビシッシノを指差すアスカ。通信ウィンドウ越しでありながら、見事なまでに指先はシノを差している。

(当てずっぽうで指差したんでしょうけど、見事に私を指差していますね。アスカって、勘は良いのでしょうか?)

シノは、アスカの見事な指差しに、変な所で感心してしまった。

「はぁ? 西洋では他人を指差す事は無礼に当ると思いましたが………それに卑怯とは?」

『こんなD型装備なんかをアタシの弐号機に着けさせてっ。素早く動けなくして。

 アタシが活躍するチャンスを奪ってっ!。

 だ・か・ら、卑怯だから、卑怯なのよっ!!』

シノの気が抜けた様な質問に、顔を真っ赤にしたアスカ様は、更にヒートアップし、捲くし立てる。

そんなアスカの対応に、シノは、はぁ〜と、魂抜ける様な溜息を吐いてしまう。そして、呆れた様に頭を二度三度ゆっくり振った。

シノは、アスカの子供然とした言葉に、本当に頭痛を覚えていた。

完全なる自己の責任を他人へ転嫁する子供の論理

 このアスカの言葉は移動指揮車にも流れていた。

アスカは戦術通信用のオープン回線でシノを糾弾していたのである。移動指揮車にも筒抜けてあったのだ。

リツコは、先程の悲鳴も忘れて、頭を抱えてしまった

楓は、頬を膨らませてアスカが映るモニターを睨み付ける

紅葉は、モニターに映るアスカの顔目掛けて、中指を一本立てていた。

青葉二尉もモニターに映ったアスカの顔を、何か痛いモノを見る様な生暖かい目で見ている。

マヤも先程より更に強力になった“可愛そうな人を見る目”でアスカを見つめている。

ヒックス大佐は、シノの苦労を慮って、胸の前で十字を切り、神の加護がシノに有らん事を祈った。

しかし、シノ達が相手にしているのは神の御使いである。祈っても、神は加護してくれるのであろうか?

リー中佐は、通常の軍隊では有り得ない事態に目を丸くしていた。

(普通なら、上官反抗で、即MPに逮捕されますな)

そう考えるリー中佐を非難する人は、居ないであろう


 シノは、子供に噛み砕いて教える様に、アスカへ言い返す。

「D型装備を装備する(マグマに潜る)と決めたのも貴方ですよ。

 私の話も聞かずに、D型装備を強制排除しなかったのも貴方です。

 指を咥えて使徒戦を見ていたのも貴方です」

尤も、シノはそう云いながらも、D型装備装着に関してだけは、良心が痛まないでもなかった

何せ、弐号機がD型装備を着けたのは、シノやリツコの“シナリオ通り”なのだから。

だからと言って、本当の事をアスカに言う事はしない。更にアスカをヒートアップさせて、如何すると言うのだ。

『そんな事、関係ないって言っているじゃないの!

 アンタが卑怯だから、卑怯って言っているんじゃないの!

 それに、何でアンタが現場を仕切っているのよっ!!』

言ってもいない事を言ったと言い、訳も判らない理由で、卑怯呼ばわり。

しかも、又指揮権の問題を持ち出して、蒸し返してくる。

しかし、アスカにとっては、今アスカが言っている事が真実であった。

「前線での指揮統制は、私がやる事になっています。それは、ネルフの規定にも明文化されていますよ。

 それに、ここに出向する時に、国連事務総長から代執行権も貰っていますから、何か問題でもありますか?」

理路整然とシノは、アスカに説明する。しかし、そこはアスカ様である。そんなシノの言葉は理解出来ない

今のアスカには、自分に不利な事は全て相手の妄想であり戯言としか考えられなかった。

そんなアスカの態度に頭を抱えたシノは、通信ウィンドウに映るリツコに目配せした。そこは交際の長いリツコである。

マヤの肩を叩き、コンソールにあるスイッチを操作させた。

更に、アスカは言い募ろうとした時。突然、アスカは糸が切れた操り人形の様に意識を失った。

弐号機のエントリープラグ内のLCLの濃度が上げられた所為だ。


 静かになった初号機のエントリープラグから、シノは使徒の遺骸を飲み込んだ溶岩を見る。溶岩は何も語らない、ただ煮え滾るだけである。

そして、シノは頭を一つ左右に振ると、疲れた声で最後の指示を出した。

使徒、殲滅。此れより、撤収します」

そう云うと、シノは弐号機の方を見遣った。

アスカの意識を今戻しても、又騒ぐだけだろう。しかし、弐号機を下山させ様にも、アスカは気絶しているので、パイロットは居ない。

「尚、弐号機については、暫く放置とします」

アスカ様、放置プレイ決定の瞬間だった(汗)。

アスカの頭が冷えた後に、弐号機を下山・撤収させるべく、シノは移動指揮車との間で連絡を取り始めた。







To be continued...

(2006.11.18 初版)
(2006.11.25 改訂一版)


(Postscript)

 アスカ暴走編、もといマグマダイバー編をお送りします。
 今回は前中後編の三部構成となってしまいました。テキストベースで全編144KB。サルベージした元が5KB強だった事を考えると、物凄い増量です。
 しかし、誤字チェックや文章の推敲の為に読み直すと、この作品のゲンドウって、このHPの他の作品に比べて、大分異色だなぁ、と(笑)。このHPで割合と真面なゲンドウは此処だけなのでしょうか?(苦笑)
 今回はミサトが余り暴走しない代わりに、アスカ様大暴走。ついでに、冬月先生も大暴走(笑)。
そして登場しました、ミサトカレー(MC兵器)。
 アスカ様ですが、自爆して精神的に追い詰められてきているので、原典よりも余裕が無くなって、大暴走しています。
今後は、アスカ様が何時自分の問題に気付けるかが、アスカ様の現状脱出の鍵となるでしょう。
 因みに、ドイツ軍云々の下りについては、体験EVAの解説を一緒に書いていたまなかじ氏に相談に乗ってもらいました。この場を借りて、まなかじ氏に感謝を。
 尚、この作品、冒頭で書いている様に外伝的にはFSSの世界と繋がっていたりします。しかし、本編ではMHすら出てこない作品です。僅かに、シノの回想シーンに出てくるだけでしょう。
(尤も、ゼーレとの最終決戦はほどんとサルベージが成功していないので、出す余地はあるかなぁ)
 作中でも書いている様に浅間山の溶岩は粘性が非常に高く、溶岩ドームは形成しても、溶岩の中に潜れる様な感じの火口に溶岩湖を形成する様な火山ではないのですよ。
作中では、浅間山の天明の噴火が、天明の大飢饉の原因の一つの様に書いています。主因は別にあるんですよね(笑)。
この1783(天明3)年は日本では火山噴火の当たり年だった様で、3月に岩木山が、そして7月には浅間山が噴火しています。
で、世界的に見ても1783(天明3)年は火山噴火の当たり年だった様で、アイスランドのラキ火山が噴火しています。
この噴火が天明の大飢饉の主因と言われています。
何せ、この年のラキ火山の噴火は、1回の噴出量が桁違いに大きく、おびただしい量の有毒な火山ガスが放出され、成層圏まで上昇した霧は地球の北半分を覆ったそうです。
そして、地上に達する日射量を減少させ低温化・冷害を生起し、日本の東北地方で天明の大飢饉を引き起こしたと言われています。
又、この冷害はフランス革命の遠因になったとも言われている程です。

 さて、今度は停電ですか。さてさて、良く最弱使徒と言われるマトリエルたん。如何に料理しますかねぇ。


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