第七話 中編
presented by 伸様
※ 当話はフィクションです。実際の団体、名称、個人の名前とは一切関係はありません。
ネルフ本部司令執務室。
先程の冬月の大説教ショーの興奮も覚めやらぬ時間。シノを含むネルフ本部首脳陣は総司令執務室へ集まっていた。
これからネルフ本部と北米第一支部&第二支部の運営方針を決めて行く会議を行う為だ。
メンバーは何時ものネルフ本部首脳陣である、ゲンドウ、ユイ、冬月、リツコに、シノ。それと北米第一支部のナオコである。
シノは冬月が落ち着いているのを見て、先程のアスカへの説教について一言注意しておこうと思い口を開いた。
「冬月先生、アスカに対してNGワード言い過ぎですっ」
「そうかね」
冬月は柳に風と受け流す。
(アスカを精神崩壊一歩手前まで追い込んで、「そうかね」はないでしょう………)
冬月の言葉に、シノは呆れてしまう。そして、冬月が説教モードから抜け出した後は、こんな感じだった事を思い出した。
「アスカの精神は子供そのものなんですよ? しかも、増長満のこ・ど・も!
しかも、叱られる事に対する耐性が無いと言って良いんですよっ」
シノは腰に両手を当て“怒っていますポーズ”で冬月を叱り飛ばした。
シノは、アスカのドイツ時代の記録を思い出し、苦々しい思いで一杯になってしまう。
アスカの指導教官達は、アスカの事を厳しく指導してきた。まぁ、ミサトが担当したカリキュラムの場合は厳しくよりも“アスカの怪我が洒落にならない程で、程度を考えろよ”の世界だったらしい。
それは、成績が良ければ褒め、成績が悪ければ罵倒すると言う軍隊調のモノだった。
成績さへ良ければ罵倒されないので、アスカは努力せざるを得なかった。誰でもそうであるが、罵倒されるよりは、褒められる方を選ぶからだ。
この英才教育により、アスカの知能や身体能力は同じ歳の者と比べると、格段に上であった。普通の成人と比べても上かもしれない。
3歳の頃から、こう云う教育を施せば、余程知恵遅れ等の脳に障害を持った子供でもなければ、この様に育つと言う見本と言える存在であった。
此れでメンタル面も英才教育が施されていれば、完璧アスカ様だったかもしれない。しかし、世の中はそうは問屋が卸さなかった。
メンタル面でのケアは成功していたとは言い難かったのだ。
母親のキョウコは、ネルフ第三支部の支部長であり、仕事に追われる毎日。アスカにかまってやれる時間は少ないモノだった。
周りは………何と言うか、母恋しのアスカに甘かった。訓練漬け、更には実験漬けにしていた負い目もあるので、訓練や実験の成績が良ければ、大抵の事には目を瞑る位に甘かった。
他人を馬鹿にした態度を取っても、誰も注意する事も無かった。負い目から「まぁ、しょうがないだろう」と言い、アスカの事を甘やかした。
そんな行為を注意するのは、母親のキョウコ位であったが、前述した様にアスカとの時間は少ないモノであり、中々アスカの事を叱る様な時間を取る事が出来なかった。
子供と言う者は、小猾いモノである。母親だけが叱ると気が付けば、母親の前では問題行動を行う事はしなかった。
そして、周りはアスカへの負い目から、アスカの“同年代の子を見下す”事や“自分より馬鹿に見える人間を見下す”事等の問題行動を母親のキョウコに報告する事はなかった。
お陰で、アスカは精神的には3・4歳の頃から成長しているとは言い難い人物となってしまったのだ。
アスカのそんな性格は、此処に居るメンバーは知らないハズはない。当然、冬月は知っていたハズである。
だから、シノは冬月に文句を言っているのである。
「そんな子に“役に立たない”とか言ったら、それこそアスカの精神が壊れる可能性が高いんですよ?
アスカの代わりが居るのなら、ああ云って、ショック療法としてアスカに反省を促すのも構わないですけどね」
そこで、一旦言葉を切り、大仰に溜息を吐く。
「代・わ・り、居・な・い・ん・で・す・よ? 判っています? ふ・ゆ・づ・き・せ・ん・せ・い」
何時もはゲンドウ達に向けられる、黒いお姫様の威が冬月だけに向けられる。
此れには、冬月も堪ったモノではなかった。
「うっ」
冬月は、黒いお姫様の威に思わずたじろいでしまう。
それを見ていた、他のメンバーも冬月を責め出した。
「そうですよ、冬月先生。あんな娘でも女の子なんですから」
結構、失礼な事を事をサラリと言うユイ。アスカは、親友の娘で無かったのか?
「そうですよ、冬月先生。代わりが居ない今は、ああ云う叱責は拙いでしょう。
元教育者なんですから、もう少し相手を見て説教をしてもらいませんと」
何時も説教の対象になっているので、ここぞとばかりに冬月を攻撃するゲンドウ。
冬月はゲンドウの言い方に内心で
(こう云う時だけは先生かい)
と毒突いてしまう。
しかし、君達………自分の子供(「(ぷんぷん)こんなの親じゃないっ!」byシノ)の尻馬に乗って情けないとは思わないのか?
『冬月先生………相手は大学生ではないのですから、もう少し言葉を選ばないと拙いですよ?』
ホログラムのナオコも、北米からじと目で冬月を責める。
こうも周りから責められれば、冬月もたじろがざるを得なかった。
「うっ………皆で老人を責めないでくれぇぇぇ」
ついに、冬月は皆から目をそむけ、頭を抱えてしまった。
シノは内心で舌を出し、苛め過ぎたかなと思い、本題へ入る事にした。
「まっ、冬月先生を苛めるのはこの辺にして………あれ、皆さん、何でしょう?」
−言い出したお前がそれを言うかいっ−と言う皆の顔がシノに向けられるが、シノはしれっとして話を先に進めだす。
「六分儀総司令。この忙しい時に皆を呼び出したのですから、何のお話なんでしょう?」
司令執務席に座るゲンドウも傍らで頭を抱えている冬月を無視して、話を進めだした。
「セカンドチルドレンと一緒に着いて来た、加持一尉についてだ」
そう云いだすと、何時ものゲンドウポーズを取る。
「加持一尉だが、皆はどれだけの事を知っているかな?」
『リツコの大学の同期でしたね。それと確か、ゼーレの飼い犬でしたかしら』
ナオコが顎に指を当てて、何かを思い出す様に答える。
「それ以外にも、日本政府と言うか、内務省のエージェントですわね」
ユイもナオコに続く形で、答える。
「それと、ミサトの元カレですね」
リツコが更に続く。
「加持リョウジ………ネルフ特殊監査部所属の一尉。内務省とゼーレのエージェントも務めるトリプルスパイ。
裏での悪名は“マリシャス・フォックス(malicious fox :腹黒狐)”でしたか。
航宙軍情報部では“二流の特上”と評してますね。何時裏切るか判らない狐さん」
そう云うとシノは手を拍った。
「そうそう、こう云う悪名もありましたね“ハラハラ狐”。
どちらにしても何時裏切るか判らないので付いた悪名ですよ。
後、女癖の悪さでも裏では有名ですね。目的の為には、結婚詐欺みたいな事を平気で行う女の敵。
実際、何カ国かでは結婚詐欺で指名手配を受けていますよ。尤も偽名だったので、加持一尉本人だとはバレていない様ですが」
シノの言葉に、ユイ、ナオコ、リツコはゲンナリした顔をしてしまう。
そして、ゲンドウはゲンドウポーズのまま肯定いた。
シノはゲンドウを向き、話を進めろとばかりに視線を送る。
それを受けた様に、ゲンドウは傍らのコンソールのキーを押した。
「ああ、その加持一尉だが、困ったモノを持ち込んでくれた。ゼーレからのプレゼンドだよ」
レーザー干渉型空間投影スクリーンにある映像が映し出された。
それは、開けられた手持ちの対爆トランクであった。
その中には透明な琥珀色の物体が入っている。その琥珀色の物体の中には、未成熟の胎児の様なモノが封入されていた。
「これは………」
スクリーンを凝視していたユイは、思い当たる節があるのか絶句してしまう。
「そう、最初の使徒アダムだ」
リツコは、目眩いを覚えてしまった。
技術部を総括している自分に相談無く、此処(ネルフ本部)の何処にそんな危ないモノを秘匿しているのかと思うと、頭が痛くなってしまったからだ。
そんなリツコの思いを察したのか、ゲンドウは言葉を続けた。
「赤木君には悪い事をしてしまったが、第六使徒戦後は襲撃騒ぎやら説明騒ぎで、色々と立て込んでいたので、私の独断でアダムを秘匿させてもらった」
「で、今何処に置いてあるのです?」
リツコは気を取り直して聞き返す。
「人工進化研究所第三分室だ」
「リリスに近くはありませんか?」
場所を聞き、ユイが疑問を呈する。
「あそこからリリスが居るコギュートスまでは大分あるからな。今は大丈夫だろう」
ゲンドウはゲンドウポーズのまま、ユイに答えた。
『爺様達、本気で其処(第三新東京市)で儀式を行う気なのね』
ナオコは、そう云うと溜息を吐いてしまう。
「“始まりの使徒とその妻との合一”でしたか………あの文書に書かれている儀式は………」
シノもウンザリした顔をしてしまう。
「しかし、切り札は最後まで手元に置いておきたいでしょうに………」
そうユイが疑問を呈する。
「弐号機も此方に送ったので、アダムの守りが心配になったのだろう」
とはゲンドウの意見である。
「確かに、第三使徒戦や第四・第五使徒戦を見てしまえば、通常兵器では如何にもならないと思い込むでしょうからね。
しかも、弐号機はシナリオの都合で手放してしまっているし」
そんなゲンドウの意見に相槌を打つシノ。
「で、如何する算段ですか? 司令」
リツコもウンザリした様な顔をしながら、ゲンドウに問い掛ける。
「今暫くは、此処(ネルフ本部)に置いておく。それの方が使徒をより確実に此処(第三新東京市)に引き付けるだろうからな。
そして、第拾六使徒戦付近で、太陽にでも打ち込んで処分したい」
話の途中でシノの方を向き、ゲンドウは処分方法を提示した。
シノは少し考えると、首肯した。
「了解です。航宙軍には、此方から連絡します」
シノは事務的にゲンドウに答えるのみであった。
ゲンドウは内心で、シノのそんな受け答えに悲しいモノを感じるのだが、サングラスのお陰もあって顔には出なかった。
そして、言葉を続ける。
「加持一尉なんだが、皆が言う様にゼーレが送り込んできた我々に対する鈴だと思う」
そう云うと、ゲンドウはゲンドウポーズを崩さずに視線だけで皆を見回す。
「防諜については、今まで以上に厳にする。加持一尉が近付けそうな所には、事実を少しだけ混ぜたダミーを置いて置く事にする」
事実を混ぜたダミー。1%の事実は、99%の嘘を事実に見せる力がある。人間は、少しでも事実が含まれていれば、他の部分も真物と信じてしまい易いからだ。これ程、信じ易く、見破り難いダミーもないだろう。
そこで、一旦言葉を切ると、言い難そうに言葉を続け出した。
「加持一尉は、女性を使ってだな………機密を引き出そうとするだろう。そこでだ………」
やはり、同じ男としては言い難いモノがあるのだろう。ゲンドウにしては、歯切れが悪い。
そんなゲンドウを見て、ユイが言葉を続けた。
「そこで、ネルフ本部の女性職員に加持注意報を出すのですね。
女の敵、だと」
隣に居るユイの迫力に、ゲンドウは首を竦めてしまう。
「(フフフフフ)リっちゃん。技術部には特に注意する様に言って下さいね。
あそこは美人の女性職員が多いし、機密事項も多いですからね」
黒い笑みを浮かべるユイに、シノも含めて引いてしまう。
「(フフフ)もし、ミーちゃん以外の女性に手を出す様なら、実験よね。ゲ・ン・ド・ウ・さ・ん(ニヤリ)」
流石に、夫婦だけあって、ユイのニヤリ笑いはゲンドウに匹敵する。
否、ゲンドウを超していたかもしれない。超外(道)級のニヤリ笑い………破壊力は抜群だった。
−ひえぇぇぇぇぇっ〜−
生物の本能に訴えるユイのニヤリ笑いに、シノ、リツコ、ナオコは内心で悲鳴を上げてしまった。
シノですら、内心とは言え悲鳴を上げるニヤリ笑い………邪悪度は計り知れないかもしれない。
ゲンドウも背中に厭な汗が流れる中、ユイに対して肯定くしかなかった。
ゲンドウは、雰囲気を変えようと話題を転換した。「量産機の建造が開始された」
ゲンドウポーズのまま、ポツリと言うゲンドウ。
「ええ、10機の建造が始まりましたね」
シノもゲンドウの言葉を受けて、首肯する。
『10機、一度に?』
ナオコが呆れた様に聞いてくる。
「ああ、予算は通ったからな」
ナオコの質問にゲンドウはポーズを崩さずに答える。
「こちらで調べた所では、ドイツ第三支部で3機、フランス第四支部と関連施設で3機、ロシア第六支部で2機の建造を確認しています。
後、予定では中国第八支部で1機、オーストラリア第九支部で1機です」
シノはスクリーンに世界地図を表示すると、量産型エヴァ建造国だけを赤色で表示した。
「正確な場所は、判らないか?」
ゲンドウは、やはりポーズを崩さずに聞いてくる。
「施設までは何とも………。
ドイツではキール、ヴィルヘルムスファーヘン、ハンブルグ。
フランスはロリアン、サン・ナゼール、ツーロン。
ロシアは、サンクトペテルブルグ。
中国は、上海。
オーストラリアは、アデレードですか。
建造する都市までは、判っているのですけどね」
シノは肩を竦めて、今は此処までです、と言うポーズを取る。
「今、工作するのは拙いか?」
ゲンドウが更に聞いてくる。
「それは、拙いのではありませんか? 一応、今後の使徒迎撃の為と言う大義名分があるのですから、此方が仕掛けたと言う事が判ってしまうと、此方を潰す理由を与えるだけですよ」
ユイはゲンドウの短慮を諌める様に慎重論を唱える。
此処で、下手に動いて事を仕損じてしまえば、良くても相手方の防備を固めさせてしまい同じ様な工作が出来なくなるか、最悪の場合はネルフ本部首脳陣の更迭と言う事態を招きかねないのだ。
「確かに、そうですね。最近の此方の動きを見れば、ゼーレは当然の様に此方を疑っているでしょうし………」
リツコも思案顔になってしまう。
最近のネルフ本部の動きは、国連軍との共同歩調を取る事が多い。これは、葛城ミサトを現場であろうと何であろうと対外交渉の場から外した事が大きかったりする。
しかも、ゼーレ派が全く居ない国連軍部隊のみが第三新東京市に配備されていく。
この動きは、ゼーレにネルフ本部に対する猜疑心を呼び起こすには十分過ぎるモノであった。
「シノちゃん、何か案はないのかしら」
リツコは思案顔のまま、シノに話を振る。
振られたシノも困った顔をしてしまう。
「量産型は、使用する外装や内装機器も全て関連施設で製作する様なのですよ。
装甲板や機器の製造メーカーに圧力を掛けて、生産を遅らせるという手が使い難いのですよね。
後は原材料のルートを押さえて如何にかするなんでしょうけどね。原材料となると、複雑なルートを取られると、中々に邪魔をするのが難しいですね」
シノも思案顔になってしまい、腕を胸の前で組み、指を頬に付けて、小首を傾げてしまう。
『それは一箇所で?』
ナオコがシノに向かって質問する。
「その様ですね。ドイツとまでは判っているのですがね。場所までは特定出来ていません。
一箇所で製造するのは、量産効果を高めて、建造費を抑える為の様ですね。
それと均質な部材で同じ性能の物を建造したいらしいですよ」
シノはそう云うと、また思案顔に戻ってしまった。
確かに、中国辺りで装甲板や機器を製造したらと思うと、値段は安いだろうが、品質についてはちょっと恐い物を感じてしまう。
「今の所は打つ手は無いか………」
ゲンドウは、ゲンドウポーズを解き、椅子に深く座り込んだ。
「今は量産型の情報を収集するしかありませんわ」
そうユイは言うと、リツコとナオコの方へ意味有り気の視線を送った。
「『ええ、判っています(るわ)』」
二人のMAGIの権威は、艶然と微笑んだ。
それを見て、溜息を吐いてしまうシノ。
(また、母娘で全世界的にハッキングを行う算段ですか………今回は大義名分がありますからねぇ)
その昔に母娘が行った、五角形と五角形が統べる組織に対する一大クラッキング事件を思い出し、肩を竦めるシノだった。
そんなシノにユイが物のついでの様に話し出した。
「あー、シノちゃん。学校行事の修学旅行の事だけど………」
「私は、行く気は無いですよ。仕事も溜まってますし………それに警戒待機でしょう?」
シノはにべも無く返事をした。
「ええ、御免なさいね。沖縄なので、米軍機なり何なりで超特急で帰ってくると言う事も考えたのだけど………使徒が何時までもノンビリと此処(第三新東京市)へ進攻してくるとは限らないの。
今も使徒が発現するメカニズムは判っていないわ。もしかしたら、此処(第三新東京市)の直上の空に、突然現れるかもしれない。
だから、使徒戦が終わる迄は、遠出は出来ないのよ」
シノとて、其れ位は弁えている。それに、沖縄辺りは演習等で何度か行っているので、別にそれ程は行きたいとは思わない。
だから、シノもユイの説明に頷くのみである。
「それで、レイにも伝えて欲しいの」
ユイの目的は、レイへの伝達のお願いだったらしい。
「判りました。今日、帰ったら伝えておきましょう」
そう、シノは返事をすると、困った事に気付いてしまった。
「ところで、アスカへの伝達………誰が行うのです? 今日の戦訓検討会議での事もありますし、私は嫌ですよ」
そのシノのお断りの言葉に、ゲンドウ達は頭を抱えてしまった。アスカにも、シノから伝えてもらおうと考えていたからだ。
そんな、話の輪に入らない人物が一人。その名は冬月コウゾウ。
彼は、最初のアスカへの説教に対する皆の攻撃に、今だ頭を抱えたままだった。
首脳陣皆が譲り合った結果、アスカへ“修学旅行に行っちゃ駄目よん”の伝達はミサトに決まった。最初は愚図ったミサトだったが、リツコの耳打が決め手となって、伝達する事を引き受けた。
「アスカとのコミュニケーションを取るチャンスじゃない」
ミサトは、この一言に何度も頷いていたらしい。
アスカを手駒にすべく、アスカとの関係改善の機会を窺っていたミサトの心理を突いた、リツコの勝利である。
しかし、アスカの母親であるキョウコの頼みとは言え、無理矢理にアスカに中学校に行かせたのだ。
行かせた中学校の“学校行事に参加するな”と言えば、アスカの反応は予測が付きそうなモノではあるのだが。
ミサトは知恵を振り絞り、手料理を振る舞い、和やかな雰囲気の中で伝達する作戦を取る事にしたのだ。
普通の料理が出来る女性なら問題が少なそうな案なのだが………ミサトの料理である。
先ず、ミサトは自分の住む部屋にアスカを招いた段階で躓いた。そりゃ、盛大に(笑)。
部屋が汚過ぎたのだ。えびちゅの空き缶が、レトルト食品の空パックが、コンビニの惣菜や弁当の空容器が床のそこ等中に散らばる部屋。座る場所云々の騒ぎじゃない部屋である。
当に、腐海である。不快とも書くらしい。
アスカが見た部屋の内部は、夢の島だった。
(何、此れ。此処は何処? アタシはだぁれぇ?)
余りの酷さに、茫然自失してしまったアスカの心の内だった。
ミサトがお気楽に「そこらを適当に片付けて座って」と言った所で、アスカは理性的にキレてしまった。
アスカは、ネルフ本部の総務課に連絡すると、清掃業者を呼んでもらう事にした。
その清掃業者は凄腕揃いなのか、8人掛かりで約1時間かけてダイニングキッチンだけ綺麗に片付け清掃していったのだ。
「ミサト、適当に片付けたわよ(ニヤリ)」
禍々しいが、何処か滑稽なニヤリ笑いを浮かべながら、アスカは言ったそうである。
勿論、清掃費用はミサトの給料から天引きである。
自分の給与から清掃費用が出ている等、露とも知らないミサトは、清掃が行われている間も鍋をグツグツと煮込んでいた。
そして、ミサトお得意のカレーがアスカに振舞われてしまった。
アスカが一匙口を付けた時に、事件は起こった。アスカが口から泡を吐き、白目を剥いて倒れてしまったのだ。お間抜けにも手にはスプーンを握り締めながら(合掌)。
ミサトは、えびちゅのプルタブを開けながら、そんなアスカに一言。
「気絶する程、美味しかったのね」
それは、絶対に違うと思うぞ!
5分経ち、10分経ってもピクリとも動かないアスカを見ても、事の重大性にミサトは気付く事は無かった。
只々、カレーを摘みに、えびちゅを空けて行くだけ。
そんな見捨てられたアスカをリツコが救う事になった。
事の次第を確認しようと、リツコはミサトに電話を入れたのだ。
えびちゅを飲むのを中断されたミサトは不機嫌そうに電話を取った。
『もしもし。ミサト?』
「そうよぉん。何よリツコ」
『アスカとのコミュニケーションは巧く行っているの?』
「アスカなら、カレーが余りにも美味しかったのか気絶しているから、まだ本格的にコミュニケーションを取ってないわよぉぉん」
『カ、カレー………た、大変(プツン)プー、プー、プー、プー』
「何よ、リツコったら。失礼しちゃうわねぇ」
慌てて電話を切ったリツコの行動に文句を言いながら、ミサトは、えびちゅのプルタブを開けるのだった。
その頃、ネルフ本部の通称鍋島屋敷、もといリツコの研究室では………。リツコが関係部署に大急ぎで連絡を入れていた。
「あー、特殊医療課かしら。大至急、チルドレン用の病室を用意して。救急車で急ぎ搬送するからっ」
『────』
「何があったか、ですって? MCよっ! MC汚染よっ!! BC兵器の被害をアスカが受けたのよ!!!」
リツコは、そう云うとガチャンと電話を切った。
そして、別の場所へ電話を掛ける。
「保安2課?」
『───』
「赤木です。大至急、ミサトの自宅に居るアスカを確保してっ。救急車を忘れない様に」
『────』
「そう、救・急・車っ。アスカが倒れたの」
リツコは、相手の返事も待たずに、又ガチャンと電話を切った。
「特殊保安部ですか?」
『───』
「葛城ミサトの部屋で、レベル4のバイオハザードの発生を確認!
大至急、化学戦防護服着用の部隊を葛城ミサトの部屋へ向かわしてっ。
コンフォート17周辺の封鎖もお願いします」
そして、又ガチャンと電話を切ると、リツコは大きな溜息を吐いた。
しかし、レベル4のバイオハザードとは………(滝汗)。
レベル1で、個体および地域社会に対する低危険度。
レベル2で、個体に対する中等度危険度、地域社会に対する軽微な危険度。
レベル3で、個体に対する高い危険度、地域社会に対する低危険度。
レベル4で、個体および地域社会に対する高い危険度、である。
レベル4のバイオハザード………一体、どんなカレーなんだろう。
アスカは、リツコ謹製の対MC兵器用の解毒剤を注射され、賽の河原で引き返したらしい。
病室で目を覚ました際、担当の看護士に「川向こうに綺麗な花畑が見えた」と証言しているからである。
リツコは、この状態を最大限に利用する事にした。
解毒後の様子を見る為と称して、担当医にアスカに対して“修学旅行に行っちゃ駄目”と駄目出しを出させたのだ。
此れには、アスカも渋々と承諾せざるを得なかった。流石に、己に起こった状況に生命の危機を感じていた所為だった。
こうして、チルドレン全員が修学旅行に行かない事を承諾したのであった。アスカのミサトへの恨みの増大と言う結果を残して。
この一件についてのネルフ総司令のコメント:問題ない
第三新東京国際空港。
セカンドインパクトの影響で海面が上昇した際に水没した小田原の町を埋め立てる形で、新小田原沖に造成された土地に建設された空港である。
2015年当時、アジア最大級のハブ空港であり、5000m滑走路1本、4000m滑走路3本、3500m滑走路3本を持つ、今までの日本には無かった24時間運営の巨大空港であった。
又、この空港はエヴァのウィングキャリアやネルフの航空部隊の基地としての機能も持ち、官民一体型の空港でもある。
エヴァを搭載したウィングキャリアが使用する事を考えれば、防諜上の観点からは官民一体型は宜しくは無い。
しかし、第三新東京市は旧箱根に造営された都市であり、見事な位に山の中である。旧箱根周辺で飛行場を設けられる程、大きな平地は無かったのだ。その為、山を降りた新小田原沖にネルフも使う空港が作られる事になったのである。
第七使徒戦から略一ヶ月後の今日は、第三新東京市立第一中学校の修学旅行の出発日であった。
シノとレイは、クラスメート達の見送りに第三新東京国際空港へ来ていた。
シノとレイ、それにアスカは“拠所無い事情”で修学旅行へ行く事が出来ない。
しかし、“修学旅行とは学校行事であり、授業の一環でもあるのだ”と結論付けた学校側が“見送り位はしないさい”と修学旅行出発当日の空港での見送りを命じたのだ。
因みに、アスカは不貞寝をしていて、此処には来ていない。当然、学校では欠席扱いとなる。
「なんで、行けもしない行事の見送りに行かなきゃならないのよ」とは、アスカのコメントである。
確かに、そう言う気持ちも判らないではない。しかし、学校と言うモノは集団生活や団体行動を学ぶ場でもあるのだが………。
第三新東京国際空港は、第三新東京と名乗りながらも、場所は新小田原沖にあり、第三新東京市郊外と言えた。
本来なら、警戒待機中であるシノとレイは第三新東京市郊外には出る事は出来ないハズではある。そこは、ネルフも使っている官民一体型の空港である。
ネルフ本部のあるジオフロントからネルフ専用のリニアトレインの路線が空港地下まで延びていた事もあり、空港は第三新東京市内と見做されていたのだ。
只、このシノとレイの見送りの為に空港に配備されている警備は尋常ではない。
通常、第三新東京国際空港の警備は、空港警察が行う事になっていた。
空港警察の実働部隊は、巡邏用の警官以外にも、機動隊が一個中隊に、SWATが二個分隊と一般の警察署に比べれば、かなり充実していると言える。
しかし、本日は、それに加え、ネルフ要人警護の保安1課、チルドレン警備の保安2課、第三新東京市警備の保安4課、ネルフの対軍事部隊である陸上保安課からも空港警備に人が出ていた。
更に、碇財団からはISS(Ikari Security(Secret) Service)が、国連軍からはSASとSBS、そして第六降下猟兵連隊の一部が護衛として派遣されていたのだ。
ある意味、物々しい警備体制とも言えた。しかし、警備とは隠れてやるだけが能ではないのだ。見せ付ける事も重要なのである。
物々しい警備体制を見せ付ける事によって相手への威嚇効果を引き出し、犯行を思い止まらせるという抑止効果の面もあるという訳だ。
シノとレイは、クラスメート達の出発まで、出発ロビーにて出発前のヒカリ達と談笑をしていた。
「シノ御姉様も一緒に来られれば良かったのに………」
ヒカリが残念そうに俯いてしまう。
「仕方が無いわよ。行けない理由がお仕事なんだしね」
シノは明るく言うと、ヒカリの耳元に口を近づけ囁いた。
「それに、昨日は修学旅行で会えない分、たーぷりとシテあげたでしょ」
そう囁き終わると、シノはヒカリの耳に軽くキスをする。
その言葉と行為に、ヒカリの顔は真っ赤である。しかも、顔は蕩然として蕩けきっている。
それを横目で睨み付けるレイ。
今のレイの心境は−嫉妬の心は母心、押せば恨みの泉湧く−であろう。
しかし、ヒカリ………昔なら「不潔よぉぉおおぉ!」とでも叫んで騒いでいるところだろうが………穢れたな(しみじみ)。
シノはレイの雰囲気を察してはいたが、知らん振りである。
内心では、
(レイったら、可愛く拗ねちゃって。もう少し焦らしてあげようかしら)
とか思っていたりする。
小悪魔と言うか、何と言うか………その内、背中を包丁で刺されるぞ、と言いたくなる。
脳内まで蕩けきったヒカリは、何時もなら気付くレイの表情の変化にも気付かない。
「シノ御姉様ぁ(はぁと)。もっとぉ」
ヒカリの13歳とは思えない、蕩けきった艶のある声がシノの耳朶を打つ。
「此処では、こ・こ・ま・で♪ 他の人も居るしね」
ヒカリは、シノのその言葉に、今度は別の意味で顔を赤くしてしまい、両手を頬に当て、イヤン、イヤンと首を振ってしまう。
(見てて、飽きない娘ねぇ)
シノは、そんなヒカリの行動を見て、こう思ってしまう。
ヒカリは如何にか落ち着いたのか、周りを見る余裕も出てきた様だ。レイの視線に気付き、舌を出して、レイに軽く詫びると、シノに再度向き合った。
「シノ御姉様。アスカの事ですけど………」
何か言い難そうに、モジモジしてしまうヒカリ。
その姿を見て、シノは大きく溜息を吐いた。
「私が居ない午後に、何か問題でも起こしているの?」
シノは、今だに出席日数の為に、午前中は学校へ通い、午後にネルフに出る様にしている。
「それが………アスカの正体が女子にバレそうなんです」
「(はぁ、やっぱり)アスカは、具体的に何かの行動に出たとかしちゃったの?」
「そこまでは、まだですけど。雰囲気が最初の頃と違うんですよ。
何か、何時もイライラしていると言うか、ピリピリしていると言うか。
物凄く高ピーな態度がチラホラと出て来るんですよ。
私も四六時中、アスカの事を見ている訳じゃないですから………フォローし切れない場合も………」
「………(この間の戦訓検討会議で被っていた仮面が剥がれちゃったからなぁ)」
シノは、無言で頭を掻くしかなかった。
少しの間を置いた後、シノはクラスのもう半分の人間にはバレていないのか確認した。
「で、ヒカリ。男子には、如何なの?」
「それは大丈夫です。アスカに対しては、鼻の下伸ばしちゃってますから。
ツンツンされても、『嗚呼、女王様ぁ』とか逝っちゃって………本当に男子って不潔っ」
「(あはははははははははは)そ、そう」
ヒカリの男子評に、シノは乾いた笑いと共に、頬に一筋の汗が流れるのを止める事は出来なかった。
「如何します?」
「(あはははは)如何しようか?」
ヒカリの問いに、シノは曖昧に笑うだけだった。
第三新東京国際空港で、ヒカリ達修学旅行に行く同級生を見送った後にシノ達チルドレンは、ネルフ本部にある職員の福利厚生施設である屋内プールへと来ていた。副司令たるユイが、任務とは言え修学旅行に行けないチルドレン達に気を使って、今日一日プールを貸し切りとして、チルドレン達に開放したのだ。
別にシノは自宅に20mのプールがあるので来る必要性は無いのだが、相手の好意を素気無くするのも大人気無いので、レイを伴って来たのだ。
因みに、アスカも一緒である。この辺はユイが少しでもチルドレン同士の親睦を図ろうとした為でもあった。
今のアスカには無駄だとはユイも頭では理解しているのではあるが、アスカは親友の娘でもある。少しでも改善されればと思ってした事であった。
尤もシノに言わせれば「無駄な事を………。此方の苦労も考えて欲しいものですね」となるのだが。
シノは、メタリックブラックのストリングビキニの上にマリンブルーのパーカーを羽織って、プールサイドのデッキチェアに座って、書類を読んでいた。飲み物が載ったガーデンテーブルの上には書類の山があったりする。
シノは、決裁する書類は早め早めに処理しているので、溜まる事はない。しかし、それ程重要でない(急ぎでない)目を通すだけの書類は、後回しにする為に溜まってしまうのだ。
中学校に持ち込んで処理を済ますには、書類に確りと“機密”だの“eyes only”のスタンプが押されていて、持ち込む訳にもいかない。
そう云う書類を片付けるには、このレクリエーションの時間は、シノにとっては非常に有意義な時間であった。
レイは、白のワンピースを着て、何が楽しいのかプールで背面で浮かんでいた。別に背泳ぎをする訳でもなく、只浮かんでいるだけだ。
シノは、それをプールサイドから見て、“又、やってるぅ”とレイの謎の行動に頭を捻る。
レイは自宅でもそうだが、プールに入ると泳ぐでもなく、背面に浮かんでいる事を何故か好んだ。
シノが訳を聞くと、「何か昔を思い出すから」と言う意味深な言葉が返ってくるだけ。シノもその回答に頭をひねるばかりであった。
(まさか、太古の海洋生物時代の遺伝記憶にまで回帰しているとか)
とシノは一瞬思ってしまって、そんなお馬鹿な思いを消そうとして頭を強く何度も左右に振ったのは、此処だけの話だったりする。
実は、レイがリリスの細胞を移植された際に、術後の治療の為にLCLが満たされた治療ポッドに半年ばかり居た事があった。
その時の記憶が、レイにプールでプカプカ浮かんでいると言う行為を無意識に行わせているだけなのだが。
まぁ、世の中、深く考えては負けなのかもしれない。
シノは、レイから書類の方へ意識を戻し、書類仕事を再開した。
そんなシノに近づいてくる少女が一人。シノも気付いているが、敢えて書類に集中する。面倒事に係わりたくはないからだ。
今、この屋内プールにはチルドレン三人しか居ない。レイはプールでプカプカと浮かんでいる。
そうなれば、消去法である。今、自分に近づいているのは、アスカしか居ない事になるからだ。
第七使徒戦から一ヶ月。アスカは事ある毎にシノやレイに当たってきた。因縁を付けると言っても良いかもしれない。
しかも、学校やネルフでは、他の人が居ない所で、因縁を付けて来るので始末におえない。
チルドレン達に当たる行為はエスカレートし、アスカはネルフ本部の職員にまで当たる始末である。特にエヴァ弐号機の修理を担当している整備員等のアスカに対する不満は大きい。
この辺は、アスカが3・4歳児のメンタリティのママで育ってしまい、精神的なキャパシティが乏しいのも大きいのだろう。
日本に来てから、アスカにとっては精神的に追い詰められる日々が続いているからだ。
だが、アスカは精神的に追い詰められる原因が己にある事を気付いていなかった。
シノやレイが他の職員に対して優等生であるだけに、猫の仮面が剥がれたアスカとのギャップは大きかった。
アスカの整備員に対する文句や態度等、“子供の駄々”や“子供の我が侭”と思い、意識の外に追い出しておけば良いのである。だが、人とは幾つになっても敵対する態度には、悪意を持ってしまうモノだ。
しかも、シノやレイの対応が余りに“大人の対応”だったが為に、余計にアスカに対して不利に働いていた。
アスカの態度に、ネルフ本部の職員もアスカには仕事としての接触以外はしなくなり、陰では色々とアスカに対する不満を漏らしだした。
アスカもネルフ本部職員の自分に対する態度の変化は見て取れる。その変化がアスカを精神的に追い詰める。
悪い噂は得てして本人の耳に入り易い時がある。そんな噂が耳に入れば、更にアスカは精神的に追い詰められていく。
追い詰められたアスカは、更に鬱屈した気分の捌け口をシノやレイ、ネルフ本部職員へ求めてしまう。
見事な迄の悪循環であった。
しかし、今日のアスカはシノに因縁を付けるのとは違った様だ。
アスカは、赤のストライプの入ったセパレーツの水着姿でシノの前に立った。
そして、シノを見下ろすと、前が開いたパーカーから見えるシノの胸の隆起に目が行ってしまった。
因みに、アスカには“そっち系統”の趣味は無い。いたって“ノーマル”である。
アスカは、シノの胸の隆起を見て、思わず自分の胸の大きさを自分の手で計ってしまう。
シノと己のを比べてしまうあたりは、乙女心と言うモノだろうか。アスカは、思わずシノに声を掛けた。
「パット?」
アスカの言葉は、失礼と言えば失礼な言葉であった。
シノもアスカの視線の先に気付いたのだろう。わざと胸を反らすと、アスカの質問に答えた。
「この水着はパットが着けられないのですよ。だから、じ・ま・え」
(負けたっ!)
それが、簡潔なアスカの感想であった。
そんな蹉きにもめげずに、アスカはシノに対して、珍しく嫌味でない言葉を発した。
「ねー、碇シンジって子、知らない?」
碇シンジ。アスカにとっては忘れられない名前である。エヴァ初号機が完成した際、母親と共に日本に来た時に会った少年。
その時のアスカの日本滞在は一週間と短いモノだった。しかし、その時に会った碇シンジと言う少年は、アスカにとって始めて出来た同年代の異性の友達と言える人であった。
初恋と言っても良かったのかもしれない。しかし、アスカもその頃は純真で素直だった、と言えるだろう。
そして、そんな素直な気持ちで、碇シンジと約束したのが“再会”だった。
アスカがチルドレンの訓練の過程で、ドンドン不純で素直でなくなっていくのとは反比例する様に、碇シンジとの約束はアスカの中で神聖なモノに変わっていった。
もしかしたら、アスカの中で碇シンジは神格化されていたのかもしれない。
今回のアスカの日本行きの目的の一つには、碇シンジとの再会と言うのもあったのだ。
そんな事もあり、同姓のシノに碇シンジの消息を尋ねたのだ。
「貴方の知っている、碇シンジは死んだわ。今、言えるのはそれだけよ」
アスカの問いに、シノは素っ気無く答えるのみであった。
「っう」
シノの回答と雰囲気に、思わず息を詰めてしまうアスカ。その雰囲気に呑まれたのか、何時もなら噛み付くであろうシノの言い回しなのに、何も言い返す事は出来ない。
そんな雰囲気から逃れる為に、アスカは話題の転換を図った。
「アンタ、何を読んでいるのよ?」
「船体の熱膨張に関するレポートですね」
シノは手に持った書類をヒラヒラさせながら、何でもないように言う。この場合の船体とは、勿論宇宙艦船のヤツである。
アスカは話題転換成功とばかりに、お茶らけて言った。
「アタシの場合ぃ、胸だけ温めれば少しはオッパイが大きくなるのかなぁ?」
結構、シノと己のバストを比べた時のショックは、アスカにとっては大きいのかもしれない。
そんなアスカの後ろに、何時の間にかプールから上がってきたレイが立っていた。
アスカのその言葉を聞き、レイはニヤリ笑いを浮かべる。
「貴方の場合、葛城二尉と同じ様なバストになるだけ」
「嫌よ。あんな大きいだけの下品なバストっ!」
レイの皮肉に、本当に嫌そうな顔をしてアスカが否定する。
「貴方の場合、麦酒牛と一緒に垂れるだけ(ニヤリ)」
その後、如何なったのかは、皆さんの想像通りかも………しれない(滝汗)。
ただ、シノが非常に疲れた様にプールから引き上げてきた事は事実である。
シノ達がネルフ本部の屋内プールで寛いで(?)いる頃、浅間山の地震研究所火山観測所では………ミサトが火山観測所の職員に迷惑を掛け捲っていた(汗)。事の起こりは、浅間山の火山観測所のデータをMAGIで処理していた事から始まる。
この火山観測データを処理していた過程で、浅間山のマグマ溜り内に変な物体がフヨフヨと浮いていた事が判明したのだ。
マグマ内で中性浮力でもあるかの様にフヨフヨと浮かんでいる物体。此れは何だ、と言う事になり、ネルフが出張る事になったのだ。
尤も、ネルフ本部首脳陣は、例の文書の内容を知っているので、使徒であろうとは、当たりは付けてはいたのだが。
何故にネルフのMAGIが火山観測データ等を処理していたのか? これは、セカンドインパクト後の大地の変動が大きく係わっていた。
浅間山は、東北日本弧に沿う火山フロントと伊豆マリアナ弧に沿う火山フロントが鋭角に交わる会合点近くにあり、元々火山活動は活発な山であった。
セカンドインパクト後は、ポールシフトに伴う地殻変動の影響なのか、浅間山は火口に溶岩湖を形成するまでに活動が活発化していたのだ。
火山活動が活発な浅間山は、セカンドインパクト前から火山活動に対する観測網は整備されてきた。
しかし、有史以来の浅間山の噴火の多くは、ブルカノ式噴火であった。簡単に説明すると、固結した溶岩によって塞がれていた火口が、マグマから分離したガスの圧力によって開かれ、火山弾・火山岩塊・火山灰などを爆発的に放出する形式の噴火であり、最後に溶岩流を噴出する場合もあるモノである。
つまり、溶岩湖等を形成する様な火山ではなかったのだ。
この今までに無い事態に対して火山観測所では、MADな感じの一大プロジェクトを立ち上げる事にした。
−マグマの中を潜って、マグマ溜りまで観測してやれ−と言うプロジェクトである。
何やら、俯瞰する浅間山を背景に中島み○きの歌が聞こえてきそうな話ではある。
このプロジェクトの枕詞は−世界初−であった事から、このプロジェクトの側面が見えてくるかもしれない。
まぁ、人間誰しもが持っている名誉欲である。勿論、知識欲もあるであろう。
2005年からスタートしたプロジェクトは、試行錯誤の末に2013年には観測機を完成させた。しかし、此処でこのプロジェクトに一つの欠陥がある事が明らかになった。
観測機で観測データの収集を行う事は出来るが、その観測データを解析する為の設備が貧弱であったのだ(笑)。
観測機とその付属機器の開発に予算を使い切ってしまい、観測データ解析用のスパコンまで購入する事が出来なかった為である。
今まで使っていた大型汎用コンピュータでは、処理速度等の能力が低かったのだ。
水より遥かに粘性が高い溶岩の中に潜るのである。今まで人類が作成した機材以上の非常識とも言える耐圧・耐熱を必要とする観測機の機体の開発も難航したが、推進装置の開発も非常に難航し、予算を馬鹿喰いしたのだ。
追加予算の申請を行いはしたが、それは却下された。“スパコンは、もう購入しただろう”と言う理由で。
却下理由の通り、このプロジェクト用にスパコンを1機購入はしている。しかし、それは観測機制御用であり、観測データ解析用ではなかったのだ。
男達は頭を抱えてしまった。何せスケジュールでは、今年度から観測機を使っての観測開始なのだから。
来年度予算の前倒しでスパコンを購入すると言う案もあったが、上層部により却下。只でさえ金喰い虫のプロジェクトであったので、裏技的な事は外聞もあり許可が出なかったのだ。
この時、プロジェクトの構成員の一人がネルフ本部のMAGIの事を思い出したのだ。この男、京大出身であり、冬月の教え子であり、ユイの一期後輩であった。
この縁から、冬月とユイに泣き付き、観測機のデータ解析をMAGIで行う事が決まったのであった。
まぁ、ネルフとしては日本の官庁に貸しを作っておくのも良いだろうという判断と、例の文書の記述の所為で火山やマグマと言ったモノ、そしてマグマの中を潜る機器のデータが欲しかった事が大きかった決定でもあった。
不審なデータをキャッチしたネルフの動きは、ノンビリとしたモノであった。
普通ならエヴァの出撃準備でもするのであろうが、今回は“先ずは調査・確認”とばかりに、浅間山へ調査チームを派遣した。
今回のネルフの動きで一番の問題が、この調査チームだった。
なんとミサトが紛れ込んでいたのである。此れは米国精肉工場での牛の危険部位混入と同じ過程で起こった事なのか?
ミサトを知っている者達なら、そう思ってしまう事態であった。
当初の調査チームは、日向二尉を頭とした作戦部のオペレーターで構成されたモノであった。しかし、日向二尉が上司でもあるミサトに行く事を報告してしまったから、さー大変。
日向二尉は、冬月とユイから今回の調査について、直接命令を受けていた。しかも、「葛城君には、此方から連絡しておくから、早く行く様に」という但し書付きであった。
冬月やユイは、調査チームが現地入りした頃を見計らい、ミサトへ通達する積りであった。
しかし、そこは下僕のマコちゃんである。最近のネルフ本部首脳陣の動きは日向二尉も十分に把握している。
“このまま、葛城さんをスルーしてしまうのでわ?”という疑念を持った日向二尉は、ミサトへ御注進と相成った訳である。ミサトは、日向二尉の御注進を聞いて、喜んでしまった。「此れで、書類仕事をしないで済むわ!」とばかりに、自ら調査チームを引っ張って行く事になってしまったのだ。
冬月やユイが、その事を知ったのは浅間山に調査チームが着いてからであった。
浅間山の火山観測所の管制室に、火山観測所の所員の悲鳴が響き渡った。
「もう限界です!」
彼は、マグマの中に潜り込んでいる観測機が上げるモニター表示のアラート(警報)に、堪りかねて叫んでしまったのだ。
「いえ、あと五百お願いします」
珍しく、ミサトは言葉遣いが丁寧だ。だが、その言葉は殆んど命令と変わらない口調である。
ミサトの命令により、更に沈降していく観測機。しかし、熱と圧力に抗しきれず、オペレーター達に助けを求めるかのように、プリセット警告音を鳴らしだした。
「深度千二百、観測機に亀裂発生」
観測機をオペレートしているオペレーターの声が妙に管制室に響く。
「葛城さん! 葛城さん! もう、上げてください!」
「壊れたらウチで弁償します。あと二百」
所員の悲鳴に、無情、且つ素っ気無い言葉をミサトは口にした。
その言葉に所員は肩を落としてしまう。
“弁償する”と言われても、モノは完全なオーダーメイドである。しかも、観測機が出来上がったとしても、現場での調整を繰り返さないと、ちゃんとした動作や観測等は出来ないのだ。
(今の観測機までの状態に持って行くまでに、どれ位(時間と金が)掛かるのか………)
所員は、内心で愚痴ってしまう。
(今年と来年の観測データは諦めるしかないのか………。そうだ………ネルフのこの糞女が悪いんだ………。
ははは…そうだよ! ネルフとコイツが悪いんだよ………。
そう報告書には書いておこう! ネルフの所為で観測出来なくなりましたと………。
はは………噴火が起こる兆候が捉えられなくても、全てネルフとこの糞女が悪いんだよ………あははははははは)
所員は内心、逝ってしまった様だ。こうしてミサトの所為でネルフは、又恨みを買ってしまう事になったのである。
所員が精神的に逝ってしまった事など気付きもせず、ミサトはモニターを注視する。
「モニターに反応!」
別のコンソールでブラッドパターンをモニターしていた日向二尉が待望のシグナルに声を上げた。
「解析開始!」
ミサトの間髪入れない命令に、日向二尉はコンソールを操作しだす。
しかし、そんなネルフ組に抗議するかの様にデータの送信は途切れた。
「観測機、圧壊。爆発しました」
無念そうな観測機のオペレーターの声が管制室に流れる。
「解析は!?」
「ギリギリで間に合いましたね………パターンブルーです」
しかし、そんな所員達の無念など無視するかの様なミサトと日向二尉の声が、管制室に響いた。
ミサトは日向二尉の言葉を聞くと、キリッと引き締めた顔で後方に控えていた火山観測所の所員達の方を向くと、こう言い放った。
「これより当観測所は、完全閉鎖。ネルフの管轄下に入ります。今後、別命あるまで観測所における一切の入退室を禁止。
現在より、過去6時間での全ての情報を部外秘とします」
そう言い放つミサトの顔をオペレーター席から見上げていた日向二尉は見惚れていた。
(嗚呼、葛城さん。素敵だ。何って凛々しいんだ………)
ミサトが面を向けている方にいる火山観測所の所員達の怨念と諦念が入り混じった目や顔等、日向二尉の目には入らなかった。
ミサトは顔付きはそのままで、傍らの普通の電話の受話器を取った。
しかし、顔付きはキリッと凛々しくても、内心は“にへらぁ”だった。
(コッチから打って出てやるわ。そして、私の華麗な指揮で、お父さんの………)
しかし、ミサトは毎度の事ながら気が付いていなかった。前線での指揮はシノが采ると言う事がネルフ内で明文化されている事を。
この場合、気が付いていないと言うより、憶えていない、もしくは憶えられないが正しいかもしれない。
受話器を取り、呼出音が数コールした後に、電話はネルフ本部発令所へ繋がった。
ミサトは相手も確かめずに、爆弾を投下した。
「六分儀総司令宛てにA−17を要請してっ。大至急!」
『!………気を付けて下さい。これは通常回線です』
会話の向うに居る、青葉二尉の息を呑む気配がし、小声の忠告が入る。
「解っているわ。さっさと守秘回線に切り替えて!」
と自分が申請したモノの意味も、自分が行った行為についても、理解していない牛がいた。
ネルフ本部司令執務室。
この連絡を聞き、急遽、スタンダップミーティングのネルフ首脳陣。
「ふふん、A−17ですか。エヴァによる先制的な攻撃命令。
そして、現有資産の凍結等も含まれている、国家スケールでの戒厳令的な命令ですね。
対抗して、日本政府はA−801でしょうかね(クスクス)。
しかも、通常回線で言うとは」
ミサトの判断を鼻で笑い馬鹿にするシノ。
日本の現有資産の凍結………A−17が何日続くか判らないが、一日だとしても、日本が被る経済的損失は計り知れない。
そして、日本の経済的損失は日本だけに停まらない。世界経済に与える影響も大きいモノがある。
下手をすれば、第二兜町発の世界大恐慌になりかねないのだ。
それを阻止しようと日本政府が考えた場合に発令するであろう命令が、シノが言ったA−801になる。
A−801、日本国によるネルフ本部の特務権限の停止とネルフ本部施設等の接収命令である。接収手段には、武力による強制執行も含まれていた。
今のネルフ本部に、そんなもの(A−801)を出されたら、使徒どころの騒ぎではなくなってしまう。
ミサトの要請を聞いて、額を押えながら、顔に縦線が入っている冬月が徐に言った。
「盗聴されている可能性があるので、下手をすると市場は大混乱だぞ」
「本当に困りましたね。ミーちゃんには」
右手を頬に当て、小首を傾げて、困り顔のユイ。
「ミサトに常識とかを期待しても無駄ですよ」
リツコは諦め顔で呟いた。
「牛をどうするのですか、六分儀総司令(クスクス)」
そんなネルフ首脳陣の顔を見てしまうと、どうしてもシノの顔には邪笑が浮ぶ。
「牛は呼び戻す。A−17も発令しない」
ゲンドウポーズで、さも当然と言わんばかりのゲンドウ。
「しかし、ゼーレには“捕獲”を命じられているのでしょう?」
邪笑を幽かに残しながらシノが聞き返す。
「問題無い。捕獲をする振りをする(ニヤリ)」
「まっ、それは良いでしょう。しかし………市場、如何するつもりです?」
ゲンドウのニヤリ笑い等、何処吹く風とばかりに、シノはしれっと切り替えした。
シノのその質問に、途端にゲンドウの額に汗が浮かんだ。
確実に、通常電話回線は盗聴されている事だろう。しかも、通話はスクランブラーを介してもいないのだ。
会話内容は、筒抜けだろう。
そうなると、今頃第二東証(第二東京証券取引所)や大証(大阪証券取引所)は、その噂で株の投売り等が始まっていて、全面ストップ安の展開かもしれない。
−此れは、拙いではないか−と、ゲンドウは嫌な汗が出てしまう。
それは、ユイや冬月も一緒だった。
シノはリツコに目配せをすると、リツコが手元のPDAを操作した。
空間投影型スクリーンに、何かの掲示板が映し出された。
「今現在の第二東証の市況です」
リツコが皆に説明する。
そこには、全面ストップ安目掛けて急降下する株価が………何処にも存在しなかった。
かえって前日より平均株価は5円程上がっている様でもある。
「牛の話を聞いてから、慌ててウチで各証券会社等に手を回しましたよ」
シノは何を思い出したのか、疲れた様に言い出した。
「やはり、噂が出回る直前でした。遅れていたら、日本発の大恐慌の可能性大でしたよ」
その声音には−もう勘弁してっ−と言う感情が滲んでいた。
浅間山地震研究所火山観測所。
ミサトは、ゲンドウの命を受けた保安部の黒服(MIB)達に取り囲まれていた。
ミサトは何が何やら事態が理解できず、目を白黒させるのみである。何時ものお得意の罵声も出てこない。
MIB達は、拳銃の照星をミサトにポイントしながら、こう切り出した。
因みに、ミサトは今だに帯銃許可が取り消されている為に、銃器を所持してはいない。
「葛城二尉。司令からの命により、貴方を拘束し、本部へ連行します」
「な、何で?」
ミサトは、お間抜けな声で質問を返した。
ミサトにしてみれば、此れから自分の華麗なる指揮で使徒を捕獲しようと夢想していた所なのだ。
“何故に、自分が現場で拘束されなければならない?”と言う疑問がミサトには浮かんでしまう。
「IDをお渡し下さい」
MIB達は、そんなミサトの事等無視をして職務を遂行して行く。
MIBにしてもミサトに暴れられては厄介なのだ。
しかも、周りには今だ退去が済んでいない火山観測所の所員達も居るのである。乱闘騒ぎや発砲騒ぎを起こして“身内の恥”を此れ以上晒す訳にもいかない。
「何をするんだっ! 君達!」
牛の忠犬、日向二尉がミサトとMIBの間に割って入ろうとしたが、彼にも拳銃が突き付けられた。
「日向二尉。貴方にも拘束命令が出ています」
その言葉に、日向二尉は素直にホールドアップするしかなかった。
「拳銃とIDをお渡し下さい」
そう云いながらもMIBは日向二尉の体を身体検査すると、勝手に拳銃とIDを取り上げていった。
ミサトは五重皮手錠に五重足枷、日向二尉は普通の手錠をされて火山観測所の管制室を出て行こうとするのを、火山観測所の所員が何事が起こったのかと目をパチクリしながら見守るしかなかった。
それは、そうだろう。今までマッカーサーの進駐軍宜しく“傍若無人”な振る舞いをしてきた人間が目の前で逮捕されたのだから。
MIB達の責任者と思しき人間が退去作業の手を休めてしまっている火山観測所の所員たちの前に進み出てきた。
「此方の人選ミスで大変に失礼な思いをさせてしまった。お詫び申し上げます」
そう云うと、MIBは所員たちへ頭を下げた。
「此方の作業で破壊してしまった観測機については、ネルフで必ず弁済いたします」
その言葉を聞き、何故か所員たちはホッとしてしまった。
あのミサトの“弁償”発言には信が置けなかったらしい。
「使徒の発見は事実であり、ネルフの別命があるまで、この火山観測所はネルフの特務権限で閉鎖いたします。
所員の皆さんは、速やかに退去をして下さい」
この言葉に現実に引き戻された所員たちは、中断していた退去作業を再開するのであった。
因みに、このMIB達の責任者。第七使徒戦の事後処理で苦情対応に出向された者の一人であった。
出向先で口調を矯正された為に、この様な丁寧な言葉使いが出来る様になったのだ。何が幸いするか判らないモノである。
ヘリでネルフ本部へ護送されたミサトは、独房に入れらる事になった。一緒に護送されてきた日向二尉は、自宅軟禁である。ミサトは独房で、「この非常事態に、あーなんだこーなんだ」とか「あたしは偉いのよ」だとか「えびちゅ、えびちゅを飲ませなさぁい」とか、非常に煩いので、冬月が説教を兼ねて、ミサトへ処罰を言い渡しに来た。
「葛城二尉。ちゃんと、観測所所員に謝罪の言葉は述べたのかね?」
「そ、それは………」
冬月の汚物を見る様な目と意外な言葉に、言葉を詰まらせるミサト。
しかし、ミサトにとっては、何で“謝罪の言葉”を火山観測所所員に言わなければならないのか、彼女には理解出来なかった。だから、冬月の言葉に如何反応して良いやら判らないから言葉を詰まらせたのだ。
彼女にとって、ネルフの特務権限を執行できる者は、他の一般人に比べて一段も二段も存在自体が上の人間と認識している。
その“上の人間”が何故に“地下人”に頭を下げなければならないのか? ミサトにとっては、一般人とはその程度の認識でしかなかった。だから、冬月の言葉は彼女には大いに疑問符が付く言葉であった。
この辺のミサトの考え方は、ゼーレの精神操作が関係してくる。
セカンドインパクト直後の14歳の頃から、ゼーレによる葛城ミサトへの精神操作は始まっていた。
そして、使徒戦が始まる数ヶ月前まで居たドイツでの仕上げの精神操作で、今のミサトの考え方が固定されたと言えるだろう。
14歳の頃は、セカンドインパクトでの記憶を改竄する為に、“自己中心的”に“物事を解釈する”様に仕向けられていた。此れだけでも“頭が痛い”精神操作ではある。
しかし、ネルフに入り、ドイツに派遣された時に行われた精神操作は、昔から行われた精神操作を更に上回る徹底したモノであった。
つまり、どんなに社会通念や法律に違反しようと“自己を正当化”し、“自分は常に正しい”と考える様にしたのだ。更に“自己は選ばれた人間”であり、“他者から敬われる存在”であると考える様にも操作されていた。
そして、自分(ミサト)を排除する者は全て“社会の敵”であり、“敵対する者を排除する事は合法である”と言う風にも精神操作が為されていた。
この辺の精神操作の根幹は、ゼーレの白人優先主義的な選民思想が元だったらしい。
簡単に言ってしまえば、ゼーレは究極の自己中を生産したのだ。何と言うか………困った粗大生ゴミ作るなっ!うましか野郎っ!!、である。
後に逮捕されたミサトの精神操作のプログラムを作成したゼーレお抱えの心理学者は、こう言っている。
「葛城ミサト程、我々の目的に沿った精神操作がし易い者は居なかったよ。
何故だって? 何故ならば、14歳以前から“他者を省みず、自己を正当化するのに長けていた”からだよ」
あー、頭が痛い………。ミサトが先ほどの冬月の言葉に対し“訳が判らない事を言われた”と言う様な顔色を浮かべたので、更に冬月の視線は冷たくなる。
「相手に対して謝罪も出来ないのかね、君は」
頭を二度三度と左右に振りながら“君はいったい幾つだね? 信じられない程、バカなのかね”とでも言いたそうなニュアンスで冬月は言う。
しかし、此れまでのミサトの言動でミサトが心底○○で□□なのは判っている事だろう思うのだが………。
ミサトにも判る様にオーバーアクションで溜息を吐くと、冬月は別の質問をミサトにした。
「A−17を通常回線で申請した事と言い、君はA−17を何だと思っているのだね?」
「使徒を攻撃する為の優先命令では?」
ミサトの返事に、はぁ〜と又もオーバーアクションで溜息を吐きつつ、頭を二三度力なく左右に振る冬月。
頭が痛い、と言う常套句は言い尽くしてしまい、“お前の頭を遺体に云々”と思わないでもない冬月だった。
「あれは現有資産の凍結や戒厳令すら布告できるモノなのだよ。そんな事も知らんとは………」
冬月にしてみれば、もう少し規則を読まんかぁ、である。目の間を揉みながら俯き、また頭を左右に二三度振った。
「君が、盗聴されている可能性が高い通常回線で、そんな事を言ったので、また碇家にネルフは借りを作ってしまったではないか」
「はぁ〜???」
今度も話が判らんと疑問符を其処ら中に浮べるミサト。
しかし、此れは冬月の説明不足だろう。急に碇家云々と言われても、そりゃ判らないだろう。
だが、冬月にしてみれば深刻な問題だった。先の第七使徒戦後の戦後処理では、碇財団関連の企業に原価だけの格安で復旧工事を請け負って貰っているのである。
今回の件で、碇財団は、市場の沈静化、マスコミへの報道規制、政府や官庁へ今回の碇財団の一連の動きの釈明まで行っているのだ。
簡単には払いきれる借りではなかった。尤も、シノも直に返せとは言わないだろうが。
「君が浅間山から電話をした直後に、各証券会社や投資コンサルタント会社等に“ネルフが現有資産凍結の特務命令を出す”と言う噂が流れそうになってね」
そう云うと、冬月はオーバーアクションで肩を竦めた。
「市場の安定化。世論の操作。政府への釈明。etc.etc.色々と骨を折ってもらったよ」
「???はぁ???」
冬月の説明に、今度も頭の周りに疑問符を飛ばすミサト。
彼女に“現有資産凍結”等と言う噂が金融市場に流れた場合の混乱等は理解出来ないだろうし、その事態を想像する事も出来ないだろう。
何せミサトには“金融市場”と“青果市場”の区別もつかないのだから。
「六分儀からだ。独房二週間。減俸20%六ヶ月。
尚、書類はココに運ばせるので、ココでちゃんとやってくれ」
そう冬月は、ミサトへの処罰を言い渡すと、ちゃんとミサトが聞いたか確かめる。そして、言葉を続け出した。
「最近、また日向二尉に事務仕事を押し付けている様だが、部下とは奴隷では無いのだよ。
しかも、日向二尉は同じ階級とはいえ名簿順位では君の方が下ではないか。
幾ら君の方が役職が上とは言え、階級では君の方が下なのだよ。その辺を弁えたまえ。
君は自分の職務を何と心得ている。勤務時間に飲酒、遅刻早退のし放題。
それで、責任ある作戦部長の地位を完う出来ると考えているのかね?
しかも実績は無いではないかね。我々としても穀潰しを雇用しておく訳にはいかないのだよ。
ネルフ本部では、君は役立たずと認識されている事を忘れないでくれたまえ。
だいたい、君は………」
冬月の大説教大会が始まった様だ。
To be continued...
(2006.11.18 初版)
(2006.11.25 改訂一版)
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