※ 当話はフィクションです。実際の団体、名称、個人の名前とは一切関係はありません。
夜間の演習から数日過ぎた、9月も後4・5日で終わろうかと言う日である。
セカンドインパクト前であれば、第三新東京市のある箱根では、まだ木々の葉が色付くには早いにしても、爽やかな秋風が吹き過ごしやすい日であったろう。
しかし、周りを見回しても見える外輪山は深緑の夏色一杯であり、下の新小田原や三島の方に比べれば湿度が低いとは言え、日差しや気温は夏である事を自己主張する。
木々の間では蝉がシャウトし、嫌でも常夏である事を思い知らされる。しかも、その蝉もリュウキュウアブラゼミとかリュウキュウクマゼミと言った蝉が主流になりつつある。
そう言えば、水溜り等にマラリアを媒介する蚊を発生させない為に、殺虫剤を散布するのは年中行事になってしまって久しい。
四季なるモノが無くなってしまった日本と言うのは、割かしと月毎のメリハリと風情に欠けると言って良かった。
第八話 後編
presented by 伸様
そんな9月下旬の朝、出勤途中のリツコとマヤと青葉は珍しくジオフロントへ行く環状リニアの駅で鉢合わせをしてしまった。
三人共に洗濯済みの制服や白衣が一杯詰まった紙袋を手にしており、一同は相手のそれに目が行ってしまい、自然と苦笑いが零れる。
職員が多いネルフであるが、人数に比して洗濯施設が少ないのはネルフ職員の不満の種であった。
他の福利厚生施設は充実しているのに、洗濯施設だけが充実していないのだ。
平時なら、何の問題も無かった。毎日、寮なり自宅なりに帰宅出来るので、コマ目に汚れ物を持ち帰って洗濯すれば問題は解決したからだ。
しかし、使徒戦勃発後は、作戦部、保安部、技術部を中心に毎日帰宅する事もママならなくなり、ネルフ本部に寝泊りする事が多くなってしまった。
そして、事務部門も相次ぐ使徒戦での経費超過の為の遣り繰りや施設補修の計画・進捗管理等で、毎日帰宅すると言う事は夢の世界となってしまい、多くの職員がネルフ本部に寝泊りする事になってしまったのだ。
元々は、少数の徹夜組等の為の洗濯施設であった為、急に泊り込む人間が増えた事に因りパンクしてしまったのであった。
洗濯機と乾燥機を買い込めば良いだけだから、施設の拡充は直ぐに出来るだろうと思うかもしれないが、洗濯を行う為には給水と排水設備が必要であり、そう簡単に置けば良いというモノではなかった。
しかも、ネルフ本部は密閉性が高い建物である為、湿気を出しやすい給排水設備の設置には換気についても気を配らなければならない。
クリーニング業者を雇うと言う案もあったが、この案も信頼できる業者を選定しなければならないという壁にぶつかり遅々として進んでいない。
その為、自然(必然)と職員達は帰宅出来る日に大量の汚れ物を持ち帰り、自宅なりランドリーなりで洗濯する事で対処する事になったのだった。
よって、三人が洗濯済みの制服や白衣が詰まった紙袋を手に提げているのは、通勤するネルフ職員の常態と言ってよかった。
手荷物を持った三人が乗り込んだリニアトレインには、先客が居た。
「あら、副司令。おはようございます」
リツコは、先客である経済紙を読み耽る冬月に気付き挨拶をする。
「「お、おはようございます」」
そんな普段な声音のリツコと異なり、リツコに続いて挨拶するマヤと青葉の声は固い。
「おはよう」
冬月は、読んでいた新聞を顔が見える位に下げると挨拶を返した。
リツコは冬月の隣の空いている席に腰を下ろすが、何故かマヤと青葉は吊革に掴ったまま佇立していた。
ネルフ本部へ行くリニアトレインの為、冬月やリツコ達以外はお客は居らず、何処にでも座る事は出来るハズなのだが、ネルフ本部の風紀委員長の前ではマヤと青葉は吊革に掴って畏まるしかない。
そんな二人を無視して、リツコと冬月は世間話をし出した。
「今日は、早いですね」
「ゲンドウの代わりに上の街だよ」
「ああ、今日は評議会の定例ですか?」
「下らん仕事だ………
ゲンドウめ、昔から雑務はみんな私とユイ君に押付けおって。MAGIがいなかったらお手上げだな………」
冬月は、憮然とした表情でリツコに愚痴を零してしまう。
冬月の内心では
(また面倒を押し付けおって)
という何時もの愚痴がリフレインされてしまう。
そんな冬月の愚痴を長々と聞きたくないリツコは、話題の転換を図った。
「そう言えば、市議選が近いですよね。上は」
「市議会は、形骸にすぎんよ。ここの市政は、事実上MAGIがやっとるんだからな」
そのセリフに、吊革に掴って畏まっていたマヤが興味深げに冬月に尋ねた。
「MAGI。3台のスーパーコンピューターが、ですか?」
「3系統のコンピューターによる多数決だ。きちんと民主主義の基本に則ったシステムだ」
そう冬月は言うが、内心では
(人が運営しないで、何の民主主義なんやら)
と毒突く。
「議会は、その決定に従うだけですか?」
「最も無駄の少ない効率的な政治だよ」
そうマヤに答える冬月は、自分のマヤへの回答に内心で苦笑いを浮かべて、溜息を吐いてしまう。
ネルフや人類補完委員会(ゼーレ)の恣意が強く反映される第三新東京市の市政が、どれ程民主主義と言えるのだろうか。主権在民という言葉が、“あかん、べー”をしているシーンが見えてしまう。
多数決とは、民主主義を実行する為の一手段に過ぎない。
確かに、自己の利益の為のみに動く政治屋は多い。青臭い書生論に染まった坊ちゃん嬢ちゃん議員でもない限り、自己の利益や自分の一族郎党の利権の為に働いている政治屋がほとんどと言えるだろう。
そう言う意味では、MAGIの意見を反映させる市政は効率が良いと言える。
(詭弁だな)
冬月はマヤに対する自分の言葉を反芻して、その詭弁さにゲンナリしてしまう。
そんな裏事情を知らず、また冬月の内心に思い至らないマヤは、自分の子供の頃の雑誌に乗っていた様な話に目を輝かせ興奮気味に声を大きくした。
「流石は、科学の街!! まさに科学万能の時代ですね!!」
この調子だと、マヤは科学に心を売り渡しMADの道を歩みだすかもしれない。否、リツコの弟子を自認した段階で、もう手遅れなのだろう。
「古臭い台詞………」
少しは裏事情を知っている青葉は、そんなマヤを覚めた目で見て、茶々を入れた。
冬月は、マヤとの先程の会話に少し憂鬱となり、話題の転換を図る為にリツコに話題を振った。
「そっちは零号機の実験だったかな、今日は?」
「ええ、本日1030より新型常温超伝導電池による稼動延長試験の予定です」
「朗報を期待しとるよ」
偶には良い話を聞かせてくれとばかりに、冬月は気だるげに答えるのであった。
「ところで今日、シノ君は?」
リツコが通勤をする時、良く一緒に居るシノが居ないので冬月は質問する。
「仕事も一段落したので、今日は一日中、学校に行くと言っていましたよ」
リツコからそんな返事を貰い、冬月は此処数日のシノの業務を思い出し、少し顔を綻ばせた。
「良い気分転換になれば良いな」
「えぇ」
返事をするリツコの顔も少し綻んでいた。
そんな会話がされているなど露知らず。シノは久しぶりに登校し、一日を第一中学校で過ごす事にした。
久しぶりと言うのは、今まで国連軍等の関係機関へ提出する報告書や意見具申の書類を作成し、提出と説明の為に関係機関へ自ら足を運んでいた為であった。
前々から懸念材料ではあった、ジオフロントのサイバイバビリティや警備。これが、前回の演習で明確化されてしまった。
外部からの電力供給が止められた場合の、代替手段(自家発電能力)の欠如。
軍事行動に対する対応能力の貧弱さ。
それらを改善する為の改善策は当然、ネルフから上の監督機関である国連諸機関に上げられるのであるが、それとは別に査察官として、シノからも意見具申や報告書と言う形で改善策を具申していたのだ。
ネルフから上げると人類補完委員会で一旦審議されるのだが、シノが上げる場合は人類補完委員会ではなく、国連の安保理常任理事国の会議に掛けられる事になる。
此れは、シノが国連事務総長直々に査察官に任命されている為であった。
シノから安保理常任理事国の会議に議題などを上げる場合、それなりにメリットがある。
碇財団等が先進国の経済についても発言力が強い(と言うより、死命を制している)為、安保理常任理事国に対するゼーレの締め付けは、それ程は強くない。
その為、安保理常任理事国の会議に掛ける場合、それ程はネルフに不利な話になり難い可能性が高かった。
だからこそ、シノからも改善策を報告書や意見具申として上げる事になってしまったのだ。
それらの書類作成や報告・提出の為、シノは演習の翌日に行われたネルフ本部の運営会議(内緒話)の日から、朝定時にネルフ本部に行き、深夜ネルフ本部から帰宅すると言う生活を続けていたのだ。
如何にか報告書や意見具申の書類が出来上がり、全ての書類について関係各機関各部署へ提出し終わったのが昨日。
意見具申した中で、早いモノでは多数の発電車の手配等が迅速に行われ、緊急時に地上からネルフ本部に急行する分は地上に展開する国連軍の工兵部隊に配備されていた。
尤も、発電車は碇財団影響下の企業が生産していた為、シノが碇財団を通して手を回した結果ではある。
そう言う事もあり、仕事も一段落ついたので、シノは気分転換も兼ねて登校したのであった。
学校には、あの戦訓検討会議から三日で復活したアスカも居たので、アスカが絡んでくる分、シノにとって気分転換になったかは秘密だったりする。
尚、復活したアスカは、見事な位に自分に都合の悪い事は忘れていた事を付記しよう。
授業と授業の間の短い休み時間に、2−Aの教室に甲高い声が鳴り響く。
「あんた、何で学校なんかに居るのよ?!」
アスカが胸を張るかの様に踏ん反り返り、片手を腰に当て、空いている片手でビシッとシノを指差し大声を上げていたのだ。
シノとアスカが学校に一緒に居る場合、良くある光景である。
ヒカリ達とお喋りをしていたシノは、その輪からアスカの方を振り向いた。
「別に、仕事が一段落したからですよ?」
エキサイティングしているアスカに対して、シノは何時もの通りに答えるのみ。
「ははぁ、さては出席日数が足りなくて、慌てて出てきたんだなぁ」
急に自分が優位であろう点を脳内で創造して、シノを小馬鹿にするアスカ。
「はいはい。学士様は、修士・博士と先のコースを履修しなければならないので大変ですね」
シノは、しれっと答えると、ヒカリ達とのお喋りの輪に戻るのであった。
それを聞いたアスカは顔を真っ赤にするが、言い返せない。シノはドクターコースを履修し終えているし博士号も複数持っている。
しかし、アスカ自身は学士しか持って居ないからだ。
腕力で訴え様にも、格闘訓練を含めて、アスカがシノに勝てた事は一度も無い。
何時も痛い目を見ているだけなので、本能からシノに手を上げる事がアスカには出来ない。
− 痛いし、怖いから −
この様な感じでシノは、絡んでくるアスカを適当に応対っていた。
昼休みには、擁護教師が休みなのを良い事に、ヒカリと二人で保健室のベットで………
「あ、あっ、シノ御姉様っ。い、行く、逝っちゃうっ!」
「何処に行くと言うのです? ヒカリ」
ヒカリの切迫した様な嬌声に対して、シノの玲瓏な声が保健室内に響く。
「だ、駄目っ。 そんな事、言えないっ」
「言わないと、判りませんよ?」
あくまで寝技では、シノは攻め達磨だった(笑)。
こうして昼休みは、ヒカリと寝技の研究に勤しむシノであった。
因みに、教室ではレイがトラフグピー助だったとか。
そして、急な呼び出しも無く下校時のSHRを迎えていた。シノは下校時のSHRでの担任の言葉に、面食らう事になってしまった。
「進路相談………ですかぁ?」
そんなシノの独り言等、無視する様に担任は話を進めて行く。
「進路相談は、保護者の方と一緒に行います。
ですから、保護者の方が此方の指定した日に不都合がある場合は、事前に私に連絡して下さい」
そんな担任の“保護者と一緒”と言う言葉を聞いて、シノの周りのクラスメートが騒がしくなってきた。
「お前の家は誰が来るんだぁ?」
「私の家はパパよ。この間のテスト、前より成績が落ちたから煩いんだぁ」
「ウチはお兄ちゃん。中々、妹離れが出来ないのよねぇ」
「俺のウチは、家に何時も居るお爺ちゃんかな。オヤジは研究所の仕事で帰りが遅いし、土日も家に居ない事が多いから」
親しい間で“誰が(進路相談に)来るのか?”と質問をし合い、楽しそうに、又憂鬱そうに回答を披露し合う。
ただ、母親を示す単語は誰の口からは発せられない。
(コード707ですねぇ)
シノは、そんな事を胸の内に思い浮かべてしまう。この話でのエヴァのコアは、デジタルコアである。
近親者の魂を封じ込めたコアでは無いので、別に片親の子供でもシンクロ出来ない訳ではない。
しかし、プログラミングされている内容は子供を守らんとする心であり、その心を常日頃から感じる事が出来る環境(両親が健在等)の者ではシンクロし難いのだ。
しかも母恋しの子供が一番シンクロし易いのは、今までの実験結果が証明していた。
その為に、チルドレン候補を集めた2−Aには、母親が居ない子供が集められているのだった。シノは、先程の担任の言葉に頭を悩ましていた。
(進路と言われても………)
胸の前に腕を組んで、ウンウンと唸ってしまう。
(だいたいですね………就職? 今も公僕として俸給をいただいていますし、企業の人間として給与もいただいていますよねぇ)
又、ウンウンと唸ってしまう。
(進学ぅ? 大学院のドクターコースを履修し終わり、幾つも博士号を持っている訳ですからねぇ)
又々、ウンウンと唸ってしまう。
(保護者と言っても………お爺様ですか。
私が言えば飛んで来るでしょうけど、警備とかの混乱を考えると………)
シノの祖父であり養父でもある碇シンタロウは、シノを厳格に育てたと言っても、根は孫馬鹿全壊の人物である。
シノが言えば、どんな行事だろうが公式非公式の区別なくキャンセルし、必ず指定された日時に指定された場所に来るであろう。
引退したとは言え、シノの祖父は世界規模の財団である碇財団の先代会長であり、経済界の重鎮である。その様なVIPが来たら、お忍びで来たとしても警察としては動かざるを得ない。
本来であれば、シノもそうなっても可笑しくない存在である。実際、目立たないとは言え、国連軍やISS(Ikari Security(Secret) Service)からシノの護衛が必要最小限、シノの行動先を警備してはいるのだ。
シノ自身の戦闘力が高いので、直接的な護衛が付かないだけである。
シノの祖父が来た場合、個人的な戦闘力云々は普通の老人とそうは変わらない。
警備と言う名目での検問や道路規制等の何やかんやで、学校周辺どころか第三新東京市内の混乱を考えると、如何しても頭が痛くなってくる。
そんなシノを見て、不思議そうな顔をするヒカリ。
シノが学校で悩んでいる姿を見せるのは、珍しいからかもしれない。
「シノ御姉様、如何したんですか?」
シノの隣の席に座るヒカリの呼び掛けに、シノはヒカリの方を振り向くと、吹っ切れた様に呟いた。
「ばっくれましょう」
「えっ?」
唐突なシノの言葉に、ヒカリの頭の周りには疑問符が飛び交っていた。
「シノ御姉様、さようなら。
夜に、ネルフに行きますね」
校門で、ヒカリがシノ達に挨拶する。
それを受けて、シノも返礼を返す。
「ヒカリも大変ね。此れからお買い物をして、帰ってから夕飯と明日の朝食とお昼のお弁当の準備でしょう?」
「慣れましたから」
シノは、ヒカリの返事を聞いて軽く溜息を吐く。
「本当に大変ねぇ、ヒカリ。
今後は、此方から、食材だけでも宅配サービスを出しましょうか?」
「(値段が)高いのでしょう?」
シノの言葉に、家庭の財布を預かるヒカリが主婦感覚で聞き返す。
「あ、それは大丈夫。私の所の系列を使うから、安くしてもらうわ」
「そんな悪いですよ〜」
シノの申し出に、恐縮する事頻りのヒカリであった。
「無理を押し付けているのは、私達ですからね。
其れ位は、経費内ですよ」
シノは、本心でそう思う。
幾ら、人類補完委員会(ゼーレ)からの横槍の所為だとは言え、使徒が来る前から、ちゃんとしたチルドレン育成計画を(秘密裏に)立てていれば、ヒカリを急に訓練すると言う事は無かったハズなのだから。
偽善と言われ様と、無理を押し付けている側が、何らかの補填を行う事は当然の事だろうと、シノは思わざるを得ない。
「それじゃ、ネルフで待っているから」
今日のヒカリの訓練は夜間になるので、シノは校門でヒカリと別れると、レイを連れてネルフ本部へと向かう事にした。
「「主様ぁ(マスタぁ)」」
校門を出て少し行った先で、シノの御付である楓と紅葉が、シノとレイを見つけて手を振っている。
其処はネルフ本部のとある地上口の周辺を通る路線バスのバス停であり、楓と紅葉とは其処で待ち合わせをしていたのだった。
本来であれば、シノには公用車が付くのであるが、学校に行く時はそれを断っている。
使徒迎撃等の緊急時以外で、自分だけ公用車で学校の送り迎えをされては、他の生徒に示しが付かなくなるからというのが理由ではある。
尤も保安部や国連軍関係者は警備の観点から渋ったのだが、珍しくシノ自身が我侭を通した形で決着してしまった。
シノとしては、初めて同年代の子が通う学校へ行くのだから、なるべく周りの子と同じ様にしたいという、或る意味子供っぽい本心からのモノであった。
先にバス停でまっていた楓と紅葉の出迎えを受けて、シノは自分を取り巻く汗ばむ位の気温・湿度等が気になった。
「二人とも、待ちましたか?」
シノの気遣いが嬉しくて、思わず笑みが零れる楓と紅葉。
「マスター、それ程でもありません」
薄桃色の髪の少女:楓がニコニコと返事をする。
「そうですよぉ、たったの30分位ですからぁ、主様ぁ」
射干玉の髪の少女:紅葉が思いっ切り口を滑らせたりする。
「紅葉っ、それ黙っておく所でしょっ!」
「はわわ」
そんな二人の仕草を見て、シノはコロコロと笑った。
「それは済みませんでしたね。
バスが来るまで後10分程はありますから、そこの自販機で何か冷たいモノでも買いましょうか」
そう言うとシノがバス停の傍にある自販機に向かおうとすると、楓と紅葉が慌てだした。
「マスター、そう言う事は御付の私達がいたします」
「主様、私達がしますからぁ」
そう言いながら自販機へ向かおうとした楓と紅葉だが、シノの腕にしがみ付くレイの存在に気が付いた。
「レイ様、マスターにべったりし過ぎですっ」
「そうですっ、主様の隣は私のモノなんですっ」
「何をさっきから口を滑らせているのっ、紅葉っ」
シノはそんな二人を見て、またコロコロと笑うと、財布を取り出し自販機の前で飲み物を選ぶのであった。
そこには、平和なひとコマが展開されていた。
学校傍のバス停から路線バスに揺られる事15分。
とある地上口の傍のバス停でバスを降りると、シノ達4人は地上口に向けて歩き出した。
因みに、地上口はバス停から歩いて7・8分程離れていたりする。
それなりに路線バスのバス停から離す事によって、地上口の秘匿を図ったのかもしれない。
しかし、バス停の名前が“ネルフ前”では意味が無いだろうと思うのだが。
シノ達がバス停でバスを降りた頃、第三新東京市を取り囲む外輪山の一峰の頂きに立つ高圧送電線の鉄塔の基部に数人の人間が取り付いてた。
この高圧送電線の鉄塔、第三新東京市への電気の供給を一手に引き受けている送電所へ電気を供給しているものの一つである。
鉄塔に取り付いている一団は皆、明るいグレーの作業服に黄色い安全ヘルメット(所謂、ドカヘル)を被り、電力会社の作業員らしい。
彼らは、先程から鉄塔の点検作業でもしていたのか、鉄塔中段位で作業をしており、今最後の一人が降りてきた所だった。
この一団のリーダーであろうか、線が入っているヘルメットを被った男が人数を確認すると、最後の一人に作業の確認を行った。
「作業の出来具合は?」
「全ての箇所への設置、点検は終了しています」
「コードは?」
「コレです」
そう言うとコードを巻いた小さな手持ちのドラムを、目の高さに持ち上げてみせる。そのドラムに巻かれているコードの先は、鉄塔へと続いていた。
「良し、安全圏まで下がるぞ」
そうリーダーが言うと、一団はドラムからコードを伸ばしながら、作業用の細い道を下っていた。
それから5分後………。
もうそろそろ、地上口が見えて来ようかという場所までシノ達一行が来たとき、遠方より発破が爆発した様な小さな音が聞こえてきた。
シノは、その音に小首を傾げる。
シノの前を歩いていた薄桃色の髪を持つ少女が、後に居るシノの方を振り向いた。
「マスター。今、遠くで爆発音がしませんでした?」
「やはり聞こえましたか? 楓」
そんなシノと楓の遣り取りを補足する様に、後を歩いていた艶やかな黒髪を持つ少女が、左右をキョロキョロしながら話に追従した。
「バックファイアなんかの音じゃありませんよ、主様。火薬の爆発音じゃないかと思います」
「紅葉もそう思いますか?」
そう主従が会話していると、地上口まで後一歩と言う所にある交差点に差し掛かった。
異変に最初に気付いたのは、シノの腕にしがみ付いているレイだった。
突然、目の前の交差点の信号機が用を成さなくなったのである。
歩行者用の信号は点滅もしなければ、赤も青も点灯しない。
少し上隣にある車両用の信号機も同じである。赤も青も黄色も点灯していない。
それは、反対側の信号機も一緒である。
そして、周りを見回せば、少し先にある信号機も同く何の色も点灯していなかった。
「停電? 街中が?」
シノにしがみ付きながら、更に辺りを見まわすレイ。
遠くに見えるビルのネオンサインが消えている事をシノは確認すると、事態を理解してシノは唇を嚼んだ。
「楓、携帯は使えないでしょうから、航宙軍から渡されているコミュニケで此方に駐屯している国連軍に連絡を入れて、状況を確認して下さい。
紅葉、広域の無線の傍受を」
「「判りましたぁ、マスター(主様)」」
二人の返事を耳にし頷くと、シノは胸の内で舌打ちした。
(ちっ。この間の演習と同じ事をやられましたかね?
確か、加持一尉が戦自の過激分子と接触していたので、手持ちの部隊の警戒レベルは上げていたのですけどね。
先程の遠方の爆発音から考えると、此方の手の回らない送電線を狙われましたか?)
シノの手持ちの部隊は、憲兵等の部隊を除いた純然たる歩兵(実際は空挺)部隊は1.5個連隊程度。 憲兵部隊を入れても、三個連隊には届かないのだ。
第三新東京市のインフラ関連等の施設を、全てカバーする事などは難しい。
それでも、送電施設等は逸早く近隣に部隊を移動させて警備をしていたのだが。
「マスター。送電施設へ送電している高圧送電線の鉄塔が倒壊したそうです。
それで、第三新東京市への送電がストップ。
早急な復旧の目処は立って居ないそうです」
楓の自分の考えを肯定する報告に、シノは些かゲンナリしてしまう。
更に、楓は入ってきた情報をシノに報告する。
「ヒックス大佐からです。
憲兵部隊は行動を開始。市警(第三新東京市警察)と共に第三新東京市に出入りする道路の検問、市内の交通整理を行うそうです。
空挺と降下猟兵も重要施設警備以外の部隊が、予定通りにネルフの地上口の構築陣地へ展開を始めています。
工兵に臨時に付属させていた発電車の部隊もネルフ本部へ急行中との事です」
シノはそれを聞くと小さく頷いた。
そして、従えている一行を見回す。
「テロ………ですかね? 早く、ネルフ本部へ行きましょうか。レイ、楓、紅葉、行きますよ」
今自分の出来る事をしようとばかりに、何時も通りの玲瓏な声でシノは指示を出した。
シノ達が停電に気付きネルフ本部へ行くのを急ぎだす、少し前である。
ネルフ本部内のケージ近くにある実験管制室では、エヴァンゲリオン零号機を使ったある実験が行われていた。
実験開始後暫く経ってから、モニターが赤に占拠される。何時聞いても耳障りな警報が、室内に響き渡る。
そんな音に負けない様に、リツコは鋭い声で指示を出す。
「実験中断! 回路を切って!」
その声に不安気に作業をしていた実験参加者達から、肩の力が抜け、安堵の吐息が漏れていた。
正常な状態に戻った事を示すモニターを見ながら、リツコは嘆息してしまった。
「問題は、やはりここね」
そんなリツコ達を、ケージ内の実験スペースに佇立する零号機が単眼で見下ろしていた。
「はい、変換効率が理論値より0.008も低いのが気になります」
マヤもモニターを見ながら、問題部分の数値を問題視する。
「ギリギリ計測誤差の範囲内ですが、どうします?」
モニターを覗き込んでいた技術部員が微妙な数値なので、リツコの指示を仰ぐ。
そんな言葉を受けて、リツコは暫しの間考え込むと決断を下しだ。
「もう一度、同じ設定で相互変換を0.01だけ下げてやってみましょう」
「了解」
その言葉を聞き、マヤも頷く。
「では、再起動実験、始めるわよ」
リツコの実験再開の言葉を聞き、実験管制室内は動きを取り戻したのであった。
零号機の実験が行われている頃、ネルフ本部建物1階のエレベーターホールでは………
「おーい! ちょい待ってくれぇ!」
先にエレベーターに乗込んだミサトは、呼び声に動きを止めた。
エレベーターが来るのを待っていたのは自分だけだったのだがと思いながら、その忘れようが無い声に外を確認する。
そして予想通りの声の主であった事を確認してから、コントロールパネルの“閉”ボタンを押した。
エレベーターの動作と言うのは、利用者の安全の観点から、コントロールパネルを操作してから少し間が空く。
ネルフのエレベーターもご多分に漏れず、“閉”ボタンを押してからワンテンポおいてドアが視界を塞いでいく。
しかし、閉まろうとするドアの間に突っ込まれた手がそれを押し止めた(良い子の皆は止めましょう)。
エレベーターの安全装置が働き、ドアが閉まるのを押し止めた者の為に、再び開いていく。
ミサトは、思わずエレベーターの安全装置を恨んでしまう。
「チッ!」
そして、ちゃんと整備点検をしている保守会社の要員を逆恨みしつつ、この事態に舌打ちして顔を背けてしまう。
「こんちまた、ご機嫌ナナメだねぇ」
エレベーターに乗り込んできた加持は、そんなミサトの様子を気にした風もなく、遊び人っぽく気安く接する。
そんな加持の様子に、ミサトの機嫌は更に急降下。ミサトの顔は、益々歪んでいくのであった。
「来た早々、アンタの顔見たからよ」
そんなミサトの嫌味に、加持は顔色には出さないが、内心では呆れてしまっていた。
(「来た早々」って、今日は遅番じゃないだろ………と言うか、今何時だと思っている?………葛城)
少なくとも、中学校の2学年の一日の授業は終わっている時間とだけ言っておこう。
加持は、ミサトの“あたし不機嫌です”と言うオーラを纏った後姿を見ながら突っ込んでいた。
「あら?」
いきなり停止したエレベーターに対し、ミサトが不審気な声を上げる。
停止と同時に照明が非常灯に切り替わり、エレベーター内が薄暗くなった。
「停電か?」
「まっさかぁ、有り得ないわ」
加持の言葉に、否定を口にするミサト。しかし、エレベーター内の状況はサトの言葉を否定する。
停電か地震でも無い限り、急に停止する事も無いし照明が非常灯に変わる事も無いのだ。
そして、停止する時、エレベーターが停止する様な揺れを二人は感じなかった。
「変ね………事故かしら?」
「赤木が今日の実験でミスったのかな?」
その加持の言葉をミサトも否定しようとしない。
まぁ、大学時代からリツコと付き合いのある二人である。リツコが科学に魂を売っている事は、良く知っていたのだ。
ミサトと加持のエレベーターが止まった頃、ケージ脇の実験管制室では………
照明が消え、非常灯に切り替わっていた。
「主電源ストップ! 電圧0です!」
「ア、アタシじゃないわよ………」
非常灯の明かりだけで、薄暗くなった実験管制室内の目という目がリツコに集中する。
その非難めいた視線を受け、非常灯に下から照らされたリツコは言い訳を試みたか、視線は変わらない。
それはそうだろう。リツコがスイッチを押したタイミングで、この停電なのだ。
リツコを信じる目は、マヤを含めてその場に存在はしなかった。
リツコが運命のスイッチ(と周りの皆は思っている)を押した頃、発令所では………
やはり、照明が落ちて、非常灯に切り替わっていた。
「主電源ストップ! 電圧0!」
「私じゃ無いですよぉぉぉぉぉおぉぉ」
青葉の報告を掻き消す様に、ユイが無罪を主張する。
リツコがスイッチを入れようとした同じタイミングで、ユイは発令所に備え付けてあるコーヒーメーカーのスイッチを押していたのだ。
「ユイ。この間、湯音が如何のとか言って、其れに手を入れて(改造して)いなかったか?」
と疑わしげなゲンドウ。
「ユイ君。改造はいかんだろう。世の中には電取法と言うモノがあるのだよ」
とやはり疑わしげな冬月。
二人のジト目は、ユイを注視していた。
技術部からの緊急回線による連絡が発令所に入ると、“本部が誇るダブルMADの実験(改造)失敗”と言う風評で発令所内は持ちきりとなってしまった。「「私(アタシ)じゃないわよぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉぉ」」
別々の場所に居ながら何故かシンクロ率400%なMAD二人の悲鳴を他所に、復旧しようと発令所では指示を出して行く。
「青葉君。 先ずはマニュアル通りに、復旧に取り掛かってくれ」
非常灯に変わった薄暗い発令所の中で、司令塔最上段から指示を出す冬月。
先の演習での事もあり、まだこの時点では発令所は余裕があった。
「了解。回線を切り替えます」
青葉は冬月の指示を受け、サイドディスクからマニュアルを取り出す。
青葉は、ここ数日は嫌になる程に何度もこの復旧手順を訓練しており、手順は丸暗記していると言ってよかったのだが、何があるか判らないので手元にマニュアルを置いたのだった。
手元のコンソールを操作し、最後の命令を実行しようとする青葉。上を振り向き冬月に確認を行う。
「切り替えます」
冬月は頷き返す。それを目にして、青葉は副回線への切り替え命令を実行した。
しかし、電気は復旧しない。
何度か手順を初期状態に戻して、手順を再実行するが、結果は同じ。
今度は、予備回線への切り替え手順を実施するが………
電気は………復旧しなかった。
この事態に、先程までの余裕は何処へやら? 青葉は切迫した声を上げた。
「駄目ですっ! 予備回線、繋がりませんっ!!」
その言葉に冬月も驚愕してしまう。
「馬鹿なっ………生き残っている回線はっ!?」
この異常事態に、冬月の声音にも焦りが混ざる。司令塔最上段から身を乗り出し、下に向って怒鳴ってしまう。
そんな冬月の質問に、青葉の返事は無情だった。
「全部で1.2%! 2567番からの旧回線だけです!!」
その言葉を聞いて、冬月は先の演習翌日の司令執務室での打ち合わせでの、ナオコの言葉を思い出した。
(それって、MAGIの維持に回したら、残りなど幾らも無いじゃないの)
ゲンドウに目配せすると、ゲンドウも頷き返す。
「生き残っている電源は、全てMAGIの維持に回せっ!」
しかし、そうなるとネルフ本部の空調等は止まってしまうし、照明も非常灯だけになる。勿論、エレベーターやエスカレーター、通路の動く歩道も停止せざるを得ない。更には、各部屋のドア、通路の隔壁の開閉も手動となってしまう。
言ってみれば、“ネルフ本部、電気が無ければ巨大アスレチック施設”なのだ。
「全館の生命維持と移動に支障が生じますが………」
青葉の確認の言葉に帰ってきたのは冬月の叱咤だった。
「構わん、最優先だっ!!」
青葉は、脇に置いてあったマニュアルの開いていたページの、最後の段落に目が行ってしまった。
それは、予備回線への切り替えが失敗した場合が書いてあった。
“人間、諦める事も肝心”
青葉は、マニュアルを書いた人間を無性に殴りたくなった。
シノ達が地上口に着いてみると………
開かないゲートの前では、アスカがカードリーダーに、ガンガンと蹴りを入れていた。
「何で開かないのよっ!!」
見る見る破壊されていくカードリーダー。
「機械の癖に生意気ねっ!!」
彼女の靴には、特殊装甲が仕込んであるのだろうか?(笑)
シノはそんなアスカを見て、溜息を吐いてしまう。
「ネルフの機械も使えないですか。
大元が落とされているのですから、正副予備三系統、全ての電気回線が駄目にもなりますか」
そう言うと、シノは又溜息を吐いた。
この事態を招いたのはシノの所為では無いのだが、やはり後悔はしてしまう。
楓や紅葉は長い間シノに仕えて来たので、少し後悔と言う影を浮かべてしまっている主人の顔に気付いた。
しかし、今は後悔している時間より、行動する時間である。
「マスター、緊急時マニュアルでは非常ドアを使って、発令所へ集合です」
楓の声で、シノは一瞬で気持ちを切り替えた。
「判っています。楓、紅葉。ナビゲートをお願いしますね」
そして、腕にしがみ付いているレイを顧みた。
「レイ、ちゃんと着いて来るのですよ」
「「「ハイッ」」」
そんな返事にシノは頷くと、シノは粗方カードリーダーを破壊し尽くしたアスカの方へ問い掛けた。
「如何するんです? アスカ」
そう言うと、アスカの返事も待たずに、シノ達は脇の非常ドアへ向かうべく歩き出した。
それを見て、アスカは如何しようかと考えたが、余り良い考えが浮かぶ訳でもなく、シノ達の後を渋々と追った。
その頃、沿岸に展開していた戦自の部隊は異変を察知していた。
「相模湾上に進攻してくる正体不明の反応。進行方向から、旧熱海方向」
レーダーのオペレーターからの声を聞き、野戦用の移動レーダーサイトの指揮官と副官は指揮卓の地図を見る。
「上陸予想地点は、旧熱海方面になります」
そんな副官の声に指揮官は答えた。
「恐らく、8番目の奴だ」
「ああ、使徒でしょう」
副官も相槌を打つのを横目に、指揮官は傍らの電話の受話器を持ち上げた。
「統幕のオペレーションルームを」その一報を受けた統幕オペレーションルームであるが、其処に詰めている自衛官達の動きは、今一つ鈍いと言えた。何と言うか、− どうせ俺達じゃよぉ −と言う雰囲気である。
目の前の大きなスクリーンには、伊豆半島付け根を中心とした地図の上に、使途が上陸した事を示す光点が重ねられて映し出されていた。
「使徒、上陸後も依然進攻中」
オペレーターが仕事ですとばかりに、平様な声で状況を報告する。
「………ネルフは?」
「依然、沈黙中」
「連中、何をやってとるんだ!」
参謀職の者達がある者はヒソヒソと、ある者は苛立ちを隠せずに事態を憂慮し始めた。
このネルフの沈黙が、彼等の同僚が起こした事など知らずに。
そんな戦自の動きとは別に、アスカを交えたシノ御一行である。
先程から広域のエリントを行っていた紅葉が、シノに警告を発した。
「主様、国連軍からの通信を傍受しました。『第三新東京市へ、使徒接近中』だそうです。
戦自から傍受した内容と一致します」
紅葉の報告を聞き、シノは頷くと一行の先を急がせた。
「発令所に急ぎましょうか」
非常ドアを開けて何時もは使わない通路に入ったシノ達は、楓を先頭にして、シノ、レイ、紅葉の順に進んで行く。
最初は何か言いたそうな、先頭を進みたそうなアスカではあったが………発令所までの道順が判らないので、黙ってシノ一行について行くことにした。
「アタシ、こんな通路しらない」
アスカが左右をキョロキョロと見ながら呟く。
「普段は、作業用の通路ですからね。
エレベーターもエスカレーターも設置されていませんしね。
こんな緊急事態でも無い限りは、私達は使わない通路ですよ」
アスカの呟きを聞いて、シノが簡単に説明する。
誰が発した声だかが判ってくると、頭に血が昇ってくる事をアスカは自覚せざるを得なかった。
しかしである、何時もならシノに嚼み付いてくるアスカであるが、今日は嚼み付かない。
− だって、発令所への道順が判らないんだからぁ! −
とは、この状況でのアスカの胸の内である。
アスカには、道順が判らないから、置いて行かれたら確実に迷子になると言う恐怖がある。
何と言うか………ヘタレである。
先頭を行く楓が、分岐点でふと立ち止まった。そして左手を横に広げて、シノ達一行に無言で止まれと合図する。
「マスター」
楓は小声でシノに注意を促す。
シノも気付いていたのだろう、楓の察知している状況と自分が察知している状況を整合しようと、やはり小声で楓に問い質した。
「右手の通路からですか。相手は10人と観ていますが」
「ハイ、マスターの観た通りかと。
少なくとも銃器は持っている様です。
先程、極僅かですけど何処かにぶつけた音がしましたから」
さて如何しますかね、とばかりにシノは一行を見回した。
(レイと………アスカは、人殺しなんてした事が無いでしょうね。
員数外と見た方が良いでしょう。そうなると………)
「楓、紅葉。レイとアスカを守りつつ、先に行きなさい」
シノはそう言うと、分岐点の左側を顎で示した。
「「マスター(主様)」」
そんなシノの指示に意義を唱える御付の二人。
「私の戦闘力は、良く知っているでしょう?
それに、私が人間風情に傷つけられるとでも?」
シノは屈み込み、二人の目線に合わせて、楓と紅葉を説得する。
「「(コクリ)」」
二人が頷いた事を確認して、身を起こすとレイとアスカの方に向いた。
「二人は、楓と紅葉に着いて行きなさい」
何時もの玲瓏たる声で清ました顔で指示を出すシノに、アスカが嚼みついた。
「アンタ、どうするのよっ」
何時もヒートアップするアスカだが場は弁えている様であり、何時もと異なり嚼みつく言葉は小声だった。
そしてレイは、シノの身を案じてしまう。
かなりシノに依存する様に調(ピーッ)されてしまっているレイは、もう半泣きな表情である。
「御姉様、危ないですっ」
そんなレイをあやす様に、シノは優しくレイに語りかけた。
「大丈夫よ。こう言う修羅場の場数だけは踏んでいますからね。
ちゃんと、後を追い駆けますよ」
その様な言葉等聞いちゃいねぇとばかりに、アスカが又嚼みついた。
「アンタ、何を英雄気取りなのよっ。
アンタなんかに任せられないわっ、あたしが殿するわよっ」
シノは、そんなアスカの強がりを見透かした様に、そして冷徹な事実をアスカに突き付けた。
「アスカ………人を殺した事も無い人は邪魔でしかありません」
「何よっ、アンタは殺した事でもあるって言うのっ」
尚も食い下がるアスカを少し冷めた目で見ながら、シノは何時もの玲瓏な声で言い放った。
「ええ、沢山」
そんなシノの言葉に「へっ?!」とばかりに、あっけに取られてしまうアスカ。
その様なアスカを横目に、シノは楓と紅葉に指示を出した。
「早く行きなさい」
これ以上、騒ぎを起こすのも拙いと思い、楓と紅葉はレイとアスカを引き連れて左の通路へと足音静かに分かれていった。
先程のシノの言葉に毒気を抜かれたのか、軽い自失状態にあったアスカは騒ぐでもなく紅葉に手を引かれていく。
そんなアスカの内心ではシノの言葉がリフレインされていた。
何時もの声音で言われる「ええ、沢山」と言葉が………
本来、シノは指揮官であり、こう言う事をする必要は無い。と言うか、その行動は“悪い”としか評価しようがない。
今現在、エヴァの性能を一番引き出せるのはシノであり、前線での指揮統制も彼女だから対応出来ているのが、使徒戦での現状である。
それが必要とは言え、危険を犯すのであるから、その行動は後ろ指を指されても仕方が無いものである。
この辺は、シノも理解している。
あの一行で、白兵を含む近接戦闘の経験があるのが、自分で楓と紅葉だけ。
レイとアスカは、経験が無いだけ、この場合はお荷物でしかない。しかも内一人は血気盛んな自己中娘である。
どうしても、お荷物一人につき、一人は護衛役を付けたい。
そうなると、一番戦闘力が高い自分が残って、相手と対峙するのが、この場合はベターと判断しただけである。
(やはり、外出する時等は、見える範囲に(私に)直接護衛を付けさせた方が良かったですかね。
こう言う時に、人手が足りない)
シノも内心忸怩足るモノがあるので、如何しても口の端は皮肉気に持ち上がってしまうのであった。
しかし、シノは忘れているが、アスカには保安部の護衛が付かず離れず付いていたハズである。
そして、アスカの護衛がシノ達に合流していれば、シノが危ない橋を渡る必要もなかった。だが、アスカの護衛がシノ達一行に合流する事はなかった。
実は、アスカも護衛が鬱陶しくて、護衛を撒いてきてしまっていたのだ。
何と言うか、間の悪い話ではある。シノは、暗闇と言って良い場所で物陰に隠れ、完全に気配を消して待つ事暫し。
間隔も開けず10人の黒装束の一団が、早足で此方に近づいてくる。
シノは、一団が前を通過するのを、黙って見逃すかの様に行動に出ない。
一団の中程が目の前に来た時、シノは行動を起こした。
スカートに隠れた大腿部から、艶消し黒の刃を取り出すと、一団の一人の首を掻き切った。そして、位置を把握される前に、物陰に戻る。
首を掻き切られた者は、声も出さずに倒れ、その後から走ってきた者が間隔が開いて居ない為に躓いてしまう。
一団の先頭にいたリーダー格が振り返り、拳銃をホルスターから抜こうとした時、彼は腹部に衝撃を感じて、意識を刈り取られてしまった。
そして、一団の最後尾の副リーダー格の男が目の前で団子状になってしまった他の者に弾が当たるのを躊躇して、拳銃に手を伸ばす決断がつかず如何しようかとヲタヲタしていると、彼の目の前で異変が起った。その時、シノは幾分苛だっていた。
今現在、使徒は上陸を果たし、第三新東京市へ進攻中なのだ。
シノにとって、1分1秒は実に貴重な資源であった。
(ええぃ、一人一人殺っていたのでは、面倒くさいっ!)
半ばキレると、星の彼方でソープなる人物の本性とガチンコバトルをして以来、使った事のなかった力を解放した。最後尾の男の目の前で、突如、先頭の男を除いた8人が青白く燃え上がった。
或る者は立ったまま、或る者は蹴躓いたままで。
そして、瞬く間に燃え尽きて八つの灰の山が残る。火葬にしても骨はある程度は残るのに、そんな無粋なモノは残らず、そこには灰のみが残っている。
シノは、クスクスと邪笑を浮かべながら姿を現した。その瞳は、何時ものとろーんとした琥珀色でなく、完全な金眼である。
「あらあら、もう一人は心が逝っちゃいましたか(クスクス)」
シノが見下ろす先には、一団の最後に居た男がブツブツと何かを呟き腰が抜けた様に、だらしなく座り込んでいた。
そのだらしくなく開いた股間の部分は、少し他の部分より黒い。
ヤレヤレとばかりに、シノは首を左右に振ると、残った二人を縛り上げる為に動き出した。
本意でなく野郎を縛り上げながら、シノは本心で
(縄目は、乙女の白い柔肌こそが相応しいですね♪)
とか思っていたりする。
発令所内は何と言うか幽玄の世界の雰囲気であった。
非常灯だけでは足りない為に、各自蝋燭を灯して手元の明度を確保していた為だ。
更には、実験管制室のドアをバールで抉じ開け此方に来ていたリツコやマヤは、空調が止まってしまい蒸し暑い発令所で涼を求めて、団扇を扇いでいる。
マヤの言葉でないが、科学の街の中心部で蝋燭を灯し団扇を扇ぐ等、事情を知らない人間が見れば何の笑い事かと思うであろう。「この間の演習と同じか」
蝋燭の灯りに浮き上がった冬月が、自嘲気味に呟く。
「誰かが故意にやった、という事ですね」
リツコが冬月の言葉を受けて、この間の演習と同じ結論を言う。
その顔は、“私達って、無様ねっ”と言う表情が色濃い。
「恐らくその目的は、ここの回線の調査でしょう」
ユイも会話に加わり、今回の仕儀についての推論を述べる。
「復旧ルートから本部の構造を推察する訳ですか………
意味の無い事を………」
リツコは脱力してしまう。
ネルフ本部の構造は、ある程度は国連を通して公開している情報である。確かに、ケージ等の重要区画の情報は機密として公開はしていないが、類推できるだけの情報は公開されていた。
「癪な奴等だ」
リツコとユイの推論に、冬月は掃いて捨てる様に言い捨てた。
この事態を引き起こした相手の目的は推測する事は出来た。次のステップは事態の対処と言う事になる。
「MAGIにダミープログラムを走らせます。全体の把握は困難になるでしょうから」
リツコはそう言うと、踵を返して作業をしに行く。その後姿にユイは手短に返事を返した。
「頼むわ」
取り敢えずの対処が済んだと思い、冬月は溜息混じりに愚痴を漏らした。
「本部初の被害が使徒では無く、同じ人間にやられた物とは。やりきれんな………」
そんな冬月の言葉に、ゲンドウはポツリと漏らした。
「所詮、人間の敵は人間だよ」
楓と紅葉がレイとアスカを護衛して発令所に着いた時、ダミープログラムを走らせる作業も終わった時だった。
ドアを抉じ開けて入ってきた一行を迎えて、ゲンドウ達は少し眩暈を感じてしまう。
ネルフ本部内に入れば、彼女達には保安部の護衛が付かず離れず付いているハズであり、こう言う緊急事態では直接護衛に付いて先導してくるハズなのだ。
それが付いて来て居ない事に、眩暈を感じてしまう。
いざと言う時に子供を放って置いて仕事をやっているのかと、と言う訳である。
「貴女達………」
ユイの何処か呆れた様な他者に他する怒りも含んだ声音に、それは表れていたと言って良いだろう。
そして、彼女達の言葉に発令所は、更に混乱する事になる。
シノが10人程の工作員の足止めの為に殿に残った、という話を受けてゲンドウ達は血の気が引いてしまった。
「ひ、一人で残ったの?」
ユイは、自分の声が震えているのを自覚してしまう。
その言葉に対する返事は、楓達四人の頷き。
冬月は下を見下ろすと、伝令要員を呼び出した。
「伝令ぇ、保安部へ走れ。シノ君の保護を最優先だと伝えろっ!」
そんな司令塔最上段の騒ぎに、白目を向ける楓と紅葉。
「ふゆづきせんせ〜」
そんな最上段に向けて、紅葉の冷たい声が吹き付けられる。
「主様の強さは良く判っておられるでしょうぉ?
逆に、こんな暗闇で増援を送っても、同士討ちの危険性の方が高いですよぉ」
「し、しかしだね」
冬月が反論しようとした時、暗闇の通路の置くから何かを引き摺る音がしてきた。
ズルズル
ズルズル
ズルズル
ズルズル
ズルズル
間近まで引き摺る音が迫った時、抉じ開けられたドアからシノが顔を出した。その瞳は何時ものとろんとした琥珀色である。
そんなシノは、ズルズルと縛り上げた大人二人を引き摺って、発令所に入ってくる。
その縛り方は、後頭縛りを施し片足づつをその手首の縄に掛け引き絞っている“火文字”と言う昔からある捕縛術の縛り方だ。
何やら騒いでいる発令所を見回すと、引き摺っていたモノから手を離した。
「ハイ、工作員のおみあげですよ(クス)」
シノの登場に静まっていた発令所に、シノは言霊の爆弾を破裂させた。
「楓、紅葉。言いましたか?」
「「いいえ、まだです」」
二人の返事を聞き、シノは軽く頷くと、ネルフにとって重要な事柄を切り出した。
「使徒、接近中だそうです」
シノの玲瓏たる声が発令所に響き渡った。
このシノの言葉で発令所は、“なにぃ”とばかりに騒然となった。
珍しくゲンドウが腰を上げると、ユイと冬月の方を振り向いた。
「ユイ、冬月、ここを頼む。私はエヴァの手動起動の指揮を執る」
ゲンドウがケージに向かってタラップを降りる。
リツコもケージへと向かうべく、立ち上がった。
エヴァ発進に動き出した発令所を見届けると、シノは指示を出した。
「楓、リツコさんのサポートをお願いします。
紅葉、発令所に残って、外部の通信傍受を行って下さい。
私達は、プラグスーツに着替えてケージに行きましょうか」
騒然とした発令所の中を、玲瓏たる声が良く通るのだった。
暫くして、準備の為に発令所に居た職員が居なくなった所へ、日向マコトが徴発した街宣車で、突入してきた。
マコトの声がラウンドスピーカーを通して発令所に響く。
『使徒接近………アレ?』
そんなマコトの一人相撲に、司令塔の最上段に居るユイは頭を抱えてしまった。
「マコっちゃん。皆、エヴァ発進準備の為に出払っています。
貴方は、未だ来ていないミーちゃん等の捜索に加わって下さい」
日向マコトの見せ場のハズだったのに………いと哀れ、ではある。
いや、一番哀れだったのは街宣車の中でノビているウグイス嬢かもしれない。何せ彼女達の絶叫と涙は無駄になってしまったのだから。彼女らに、合掌(ち〜ん)。
発令所にシノが到着し、言霊の爆弾を破裂させた頃の止まったエレベーターの中では………
ミサトと加持が、今だ閉じ込められていた。
「もぉ〜………まぁだ動かないのぉ?」
未だ動かないエレベーターに業を煮やし、ミサトが頻りに扉に対して八つ当たりを行っていた。
ミサトは、上着を脱ぎ捨ててはいるが、この密閉空間である。温度の上昇に、その程度では追いつかない。
体温も上がり、閉じ込められている焦りから血圧も上がる。
頭の中も茹で上がってしまい、唯ですら短い堪忍袋の緒は切れ撒くってしまい、ミサトの不快指数は鰻上りであった。
そんなミサトの狂態を見ながら、
「まあ、落着けよ葛城。騒ぐと余計暑くなるだけだぞ」
とは、汗だくになりながらも上着はそのままに、何時もと変わらぬ飄々とした態度の加持である。
しかし、内心では(暑苦しいから止めろよ)等と思っている事は秘密である。
手を止めたミサトは加持を一睨みする。しかし、加持の言葉に理を見出したのか、加持を一睨みしただけで大人しくなった。
だがミサトの表情は不機嫌そのものであり、そのまま腕を組んで背中を壁に預けた。
加持は、その様なミサトの子供っぽい仕草に苦笑してしまう。
「こうなったらジタバタしても、しょうがないだろ。気長に助けなり、動き出すのを待とうぜ」
そして、ミサト同様に加持も背中を壁に凭れ掛けた。暫くの間、二人に会話は無かった。ただ呼吸音のみが室内に微かに響く。
狭いエレベーター内であり、何処かの階で途中下車という逃げの手を打つ訳にも行かず、ミサトも加持の事を意識せざるを得ない。
だからか、ミサトは何度かチラチラと加持の顔を窺ってしまう。
そんな事を繰り返し意識が散漫としていたミサトがふと目を上げると、目の前に男の胸があることに気付いた。
ミサトは、何?とばかりに加持の顔を見上げる。
「?」
「今ここには俺達だけなんだ。お互い、もう一度理解を深め合うのも良いんじゃないか?」
加持は、ここぞとばかりに甘い言葉を囁くが………
「…………(ゴスッ)」
「っう!!」
無言のまま、ミサトは加持の爪先を踵で踏み躙る。
加持は悲鳴を飲み込むが、痛いものは痛い。その場を飛び退くと、痛い足を持ち上げてケンケンをし始めてしまった。
「………バカ」
そんな加持の無様な姿に、更に追い討ちとばかりに健足側に爪先を叩き込む。
もんどりうった無様な男の姿に、ミサトは愉悦に口を歪めると、冷たく見下ろした。
ミサトは、再び背を壁に預けた。しかし、加持を相手にした軽い運動を契機に、生理的な欲求を知らせる電気信号が膀胱から脊髄を駆け上りだしたのであった。
碌な明りがない巨大なケージ内は、喧騒に満ちていた。
何時もエヴァの発進作業等にも係わる整備員だけでなく、ネルフ総司令であるゲンドウを先頭に手隙の職員が総出でエントリープラグの挿入作業を行なっていたのだ。
− 手隙、総員作業にかかれ − である。
誰も彼も汗だらけになり、それはゲンドウも例外ではない。
使徒が接近しているのだ。自分達の命が掛かっているのである。必死にもなろうと言うものだ。
人類の命運とか言うお題目よりも、自分達の命と言う直接的な理由で必死になる方が余程人間らしいと言えるだろう。そんな喧騒の中、リツコはシノ達が何をやっているかと、シノ達の方を振り向いた。
シノは生き残っている有線電話のクランクを回して受話器を取って、発令所に残した紅葉と何らかの連絡を取っている。シノが使っているのは、緊急用に最近敷設した電池内蔵の磁石式電話である
レイは、シノの後に控えている。
そしてアスカは………離れた所でエヴァ弐号機を見上げて、腰の辺りで握り拳を作って力んでいる。
(あれま、又アスカは暴走しそうね)
リツコはそう思うと、指揮を執るシノの事を思って溜息を吐いてしまった。そうしている間にも発進作業は進む。
チェックリストを睨んでいたマヤがリツコに声を掛けた。
「プラグ固定、準備完了!」
リツコは、シノ達の方を再度振り向くと、声を掛けた。
「アナタ達! 準備が出来たわ!」
そのリツコの声に、シノは振り向くと短く応答の言葉を口にした。
「了解」
リツコの声を聞くと、先手必勝!とばかりにアスカはシノの指示を待たずに、エヴァに向けて走り出した。
それを目の端に留めてシノは溜息を吐く。
そして、それに続く様に、シノ、レイが、それぞれのエヴァに向けて走り出す。そして、アンビリカルブリッジを足場にエヴァに取り付いた。
シノは整備員と共にエントリープラグのハッチを開け、中に乗り込もうとする。
そして周りを見回して、搭乗を手伝ってくれた整備員や職員達にお礼を言った。
「ありがとうございます。使徒の方はお任せを」
そんなシノの言葉に歓声が沸き、整備員や職員達の激励が飛ぶ。
「おう、頑張れよっ!」
「頼んだぞぉ!」
そんな激励に小さく頷くと、シノは乗り込んでインテリアシートに身を任せた。
ハッチが閉じられ、プラグの中が闇に染まる。そして駆動音と共にプラグが沈み込んでいくのが感じられる。
「プラグ挿入」
そしてプラグ内が虹色に輝き、エヴァとのシンクロが成された。
「全機、補助電源にて起動完了」
その声に、陣頭指揮を執っていたゲンドウが指示を出した。
「第一ロックボルト解除」
ゲンドウの指示で、油圧パイプに取り付いていた職員がパイプに斧を叩き付ける。
斧で断ち切られた部分からオイルが吹き上がり、オイルが抜けて行く。それに従いロックボルトが緩んでいく。
最初のゲンドウの指示を引き継ぐ形で、リツコが指示を出し始めた。
「2番から32番までの油圧ロックを解除」
それを受けて、油圧計を見ていた職員が状況を読み上げる。
「圧力0、状況フリー」
シノはエヴァを拘束している力が弱まった事を感じて、外部スピーカーを通して、周りに危険を知らせる。
『拘束具を自力で解除します。 周りから退避』
そして、周りから人が遠ざかりだしのを見て、更に警告を発する。
『退避、急いで下さい』
周りから人が遠ざかった事を確認して、シノはエヴァを動かした。
動き出したエヴァが纏わり付く邪魔物を取り払う様に、ブリッジを破壊する。
そして、邪魔物を取り払い停止すると、エヴァの背面に板状の部品が装着された。
「非常用バッテリー、搭載完了!」
ゲンドウはリツコに目配せし、エヴァ三機共に準備が整ったか否かを確認する。
リツコが頷くのを確認したゲンドウは、大声で宣言した。
「エヴァンゲリオン、発進!」
その号令にゲージ内に居た整備員や職員達は、疲れきっているにも係わらず皆が歓声を上げた。
エヴァ初号機のエントリープラグの中で、シノは溜息を吐いていた。
尤もLCLが充填されているプラグ内では、吐き出されるのも息ではなくLCLではあるが。
「どうして、先行したがりますかね? アスカは(はぁ〜)」
シノの口から、又溜息が漏れる。
勝手に“アタシがリーダー。アタシが先行なのっ”と言って、先行していったアスカと弐号機。
その言い分は、弐号機の外部スピーカーから外部へ、ただ漏れになってしまった。
コレを見聞きしたゲージ内のゲンドウを始めとしたネルフ職員達は、歓声を上げたのもつかの間、皆溜息を吐いて脱力したものだ。
『どうして、先に行かせたんです?』
ちょっと怒った顔のレイが守秘回線を繋いでくる。
今は、エヴァ射出口に続く横坑の中をエヴァで這いずりながら進んでいく最中だ。
因みに順番は、弐号機、初号機、零号機である。
「弐号機に搭乗して、動き出してから言われたのでは………
他の人達が大勢いましたしねぇ。
エヴァで格闘するには、ケージは狭いですしねぇ。
それにエヴァを一時降りて、人サイスでエヴァを止める、なんて人前ではやりたくありませんし」
と困った様な顔で、サラリととんでもない事を言うシノ。
最後の言葉を聞いて、レイの顔が少し引き攣ってしまった。
「我侭を言う事で、人の気を引いて自分を見て貰おうとする(クス)。
自分ダケを見て貰う為に、他者を蹴落とす、貶める(クスクス)。
全てはアスカの為。そして、アスカはアスカの為に、ですからね(クスクスクス)」
そうシノは独り言つと、先程の楓への指示を思い出していた。発進する為にアンビリカブルブリッジへ向かう直前に、シノはリツコの方を振り向いた。
「リツコさん。楓の手伝いはもう良いですか?」
「えぇ」
そのリツコの言葉に、シノは頷くと、リツコの傍で手伝っていた楓に声を掛ける。
「楓。地上の兵装ビルで使える奴があるか、調べておいて下さい。
支援はあった方が良いですからね」
そんな頃、エレベーターに閉じ込められたミサトと加持は、更なる暑さに閉口していた。
いや、ミサトは膀胱部分が原因の生理的欲求と言う、別の部分でも苦しめられていた。
モジモジと両太腿を摺り寄せたりするミサトの頬は、室内温度の高さ以上に、焦り等で上気して薄桃色に染まって見える。
そんなミサトの顔を見て、加持は顔には出さずとも“萌え萌えぇ”と悶えてしまう。
しかし、ミサトのモジモジした態度に不審を感じた加持は声を掛けた。
「葛城、如何したんだ?」
「ま、まだ………ひ、ひ、開かないのかしら………(モジモジ)」
加持への返答もつっかえつっかえ答えるミサト。かなり生理的欲求は強いらしい。
「連絡が付かないしなぁ。救助されるまで、後どれ位とは何とも言えないなぁ」
加持はミサトへ、暢気な声で答える。
「ほ、他に………出る方法は………な、ないかしら(モジモジ)」
ミサトは、そんな加持の声音のキッとなるが、生理的欲求に負けて、罵倒する言葉以外の言葉を発してしまう。
加持は、そんなミサトのモジモジする姿と言葉に、何か腑に落ちた様な気になって内心頷いた。
(葛城、手水か)
そして、加持は前後左右上下を見回した。
「葛城、非常口なら出られるぞ」
その加持の言葉に、顔を輝かせるミサト。今のミサトの頭の中では、トイレのドアは目の前だ。
「ど、何処よっ」
焦りが混じったミサトの声を聞き、加持は天井を指差した。
「天井」
その言葉にミサトは上を見上げる。
ジャンプでもすれば指先は届くかもしれないが、這い上がれる程低い訳ではない。多分、指先だけでは非常口を開ける事も出来ないだろう事は、ミサトでも判る。
「如何しろって、言うのよっ」
少しキレたミサトの言葉に、加持は肩を竦めた。そして、自分の肩を指差す。
「肩車してやるから」
ミサトは、加持の言葉にキッと加持を睨む。しかし、腰辺りはモジモジしているので、如何にも様にならない。
膀胱からの生理的欲求に負けたミサトは、渋々と言う形で頷いた。
それを見て、ミサトが肩に乗りやすい様に、加持が身を屈める。
ミサトは加持の肩を跨ぎながら、殺気の篭った言葉を投げた。
「変な事したら、判っているんでしょうねっ!!」
シノはエヴァ射出口が近くなった事を脇の画面で確認して、アスカに注意を促した。
「アスカ、状況を確認もせずに、射出口へ出ないで下さいね」
『アンタに指図される謂れは無いわっ』
カリカリとした顔で、怒鳴り返すアスカ。如何見ても、その顔は非常に醜い。
「謂れは十分にあるのですが………」
更に注意を促そうとした時に、発令所に残してきた紅葉から連絡が入った。
『主様、今発電車の部隊が到着しました。後数分で本部の重要区画から順に電気を復旧させます』
実は、この発電車の部隊は予定より大幅に遅れて到着していたりする。
何せ、ジオフロントに入りネルフ本部に着くまでに、停電の為に閉じられたママのゲートや路面に戻す事が出来なくなっていたロードブロックを、工兵得意の爆破等で強行突破してきたからだ。
時間は掛かったが、発電車到着という言葉にシノは、安堵の表情を浮かべる。
「了解です」
そのシノの表情を見て、紅葉も口元を緩めると更に報告を続けた。
『地上の移動指揮車からの映像を中継します。
上空の衛星からのリアルタイム画像とMAPを合成したモノです。
エヴァ各機に送ります』
紅葉の言葉が終わると、脇の画面に紅葉の言っていた画像が映し出される。
その絵を見ると、如何も使徒は此れから此方が出ようとしている射出口の上に陣取っている様だ。
そんな映像が映っているのを見て、シノやレイは素直に返事を返した。
「ありがとうございます、紅葉」
『サンキュウ、紅葉ちゃん』
しかし、アスカは映像等見ずに、
『勝手に送るんじゃないわよっ!』
(アイツの仲間に助けて貰う訳にはいかないのよっ)とは、アスカの胸の内。
シノとレイに比べアスカらしいとも言える、三者三様の返事をチルドレン達は返していた。シノは紅葉から中継された地上の画像を見ながら、如何したモノかと考え込む。
(流石、地上解像度50cmを誇る偵察衛星画像ですね。
コレを見ると、射出口の特殊装甲板に大きな開口部が出来ている様ですね)
そして、発令所の紅葉に連絡を入れる。
「射出口の装甲板は、何処まで貫かれています?」
『主様。手段は判りませんが、射出口の地上との直結シャフト部分は完全に底まで開口しています』
「あれま」
その紅葉の言葉を聞き、シノはエヴァを動かすのに時間を掛け過ぎたかと、臍を嚼んでしまう。
其処に、兵装ビルを調査しに行っている楓から連絡が入ってきた。
『使えそうな兵装ビルに、もうそろそろ着きそうです。
此方で使徒を観察していると、使徒は口から何かの酸性物質を吐き出している様です。
鼻を突く臭気が物凄いです、マスター。
吐き出しは、まだ続いています。あー、見ていて気持ち悪い。涎でも垂らしているみたいで………』
「ありがとうございます、楓」
そう楓に返事をしながら、シノは先程の思考を再開する。
(底まで貫通しているとなると、簡単にシャフトに出るのは拙いですね。
しかも、上から溶解液が降って来る、ですか。
出た途端に溶解液を浴びるのは、趣味じゃありませんね)
そして、画面を切り替えると、偵察衛星が計測した使徒のATフィールドの強度等の数値を呼び出す。
(ふむふむ。ATフィールドの強度は弱いですね。
それなら………)
しかし、そんなシノの思考を中断する事が発生した。
転送されていた情報を一切確認せずに、アスカが駆る弐号機がシャフトに飛び出そうとしているのだ。
「アスカっ、迂闊に飛び出さないでっ!」
シノの叱責が飛ぶが、そんな言葉はアスカは聞いて居ない。
『ふんっ、アンタ達は其処で見ていれば良いのよっ』
「馬鹿言わないでっ。貴女が………」
死んでも代わりは居るけど弐号機の代わりはない、と結構失礼(本音)な言葉をシノは続けようとしたが、弐号機はシャフトに突入してしまった。
「あちゃぁ〜」
その光景を見て、シノはプラグ内で天を仰いでしまった。
シャフト内に突入して、弐号機が上を向いた時、何かの液体が弐号機へ落ちてきた。
何と言うか、弐号機は最悪のタイミングでシャフトに飛び出した格好となったのだ。
「何よ、此れぇっ」
咄嗟の事態に、アスカは毒吐くが重力に従った溶解液が止まる事はない。
そして、弐号機は頭から溶解液を浴びてしまった。
「きゃぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ」
アスカは悲鳴を上げるが、事態が好転する事はない。
弐号機は、アスカの悲鳴をBGMにシャフトの底に落ちて行った。シノは前方に見えるシャフト内で弐号機が落ちる瞬間を見て、首を竦めた。
(あー、痛そう。でも、何時も思いますが、悲鳴だけは女の子らしいですね)
そして、弐号機に通信を入れる。
その声は、弐号機に届いた。アスカが、通信回線だけは切っていなかった為だ。
『言わない事ではありませんね。アスカ、大丈夫ですか?』
こんな事態でも冷静なシノの声が、弐号機のプラグ内に響く。
「………」
しかし、溶解液を浴びた際のフィードバックと、シャフトの底に激突した際のフィードバックで気絶しているアスカは、聞く事も返事をする事も出来なかった。
そして、アスカが落ちて直ぐに、シャフトやシノ達のエヴァが居る通路に照明が灯る。
シノは発令所に通信を入れた。
「紅葉、電気が復旧したのかしら?」
『発令所とそちらの射出口を優先しました。他は未だです』
「じゃ、シャフトに注水をして下さい」
シノの指示に発令所の紅葉は面食らってしまう。
『えっ!?』
「弐号機がシャフトに飛び出して、出た途端に溶解液を浴びたんですよ」
シノは手短に状況を説明すると、先程の要請を再度行った。
「少し発熱とか起るかもしれませんけど、溶解液を薄め洗い流す事が先決でしょう」
納得した紅葉の指がコンソール上を踊る。
そして、シャフト壁面のスプリンクラーが作動し、底に倒れ伏した弐号機に人工の雨を降らせ始めた。
弐号機の無様な様子に溜息を頻りのシノに、紅葉から再度連絡が入ってきた。
『マスター、戊34兵装ビルからです。
ココは自家発電装置のお蔭で射撃が出来ます。
MAGIの代りを私がしますので、射撃諸元をFCSに送りこんで、精密射撃が可能です』
楓からの報告を聞き、シノはアスカが飛び出した事で中断していた思考を再開する。
(あの使徒のATフィールドなら、此処からでも初号機と零号機のATフィールドで中和は可能ですね。
ならば、飛び出す必要は無し)
そして、シノは楓に通信を繋いだ。
「ありがとうございます、楓。
此方の指示するタイミングで、射撃を開始して下さい。
使徒のATフィールドは、此方で中和しますから」
『マスター、装填に3分待って下さい』
楓はそう言いながら兵装ビル内のコンソールを操作する。
「楓、用意が整ったら、報告をして下さい」
そして、シノはレイを呼び出す。
「レイ?」
『ハイ、なんでしょう? 御姉様』
レイにも、シノと楓の会話は聞こえていたので、シノの呼び掛けに直ぐに答える。
「此方とレイの零号機で使徒のATフィールドを中和しますよ。
使徒のATフィールドは、相当弱そうです。
此処からでも中和出来るでしょう。
後は、兵装ビルのミサイルで止めを刺してもらいましょう」
『ハイ。中和のタイミングは?』
レイが作戦を理解した事を確認して、シノは軽く頷くと、レイの質問に答えた。
「私が指示を出します」
そうこうしている内に、楓から連絡が入った。
『マスター、射撃準備完了です』
その言葉に間髪を入れずに、シノが指示を出した。
「レイっ、ATフィールド中和っ」
そして、シノは初号機とのシンクロを強くし、初号機の感覚を我が物とする。
初号機が感じる相手(使徒)のATフィールドの中和状態を確認しつつ、頃合は良し、とばかりに楓に通信を繋いだ。
「楓っ、てぇっ!」
ミサイルが使徒とその周辺に着弾する。
そして、第九使徒はあっけなく殲滅された。
使徒の殲滅を確認すると、シノは初号機の首を横の通路からシャフトに突き出した。
上を見て、溶解液が落ちてこない事を確認する。
更に下を見て、溜息を吐いた。
シャフトの底には、装甲板を溶け爛らせ、水に漬かった弐号機が倒れ伏していた。
「やれやれ、今度の修理費用は幾らになるのかしらね?」
シノの口から、そんな愚痴も出てしまう。
シノは愚痴を言いながらも、バッテリーの残量を確認する。
弐号機を回収してもケージに戻れる事を確認して、レイに声を掛けた。
「レイ、バッテリーの残量は?
余裕があるなら、弐号機を回収してケージに戻りますよ」
その声を聞いて、レイが零号機のバッテリーの残量を確認する。
『御姉様、弐号機を回収してもケージに戻るには十分です』
シノはレイの言葉に頷くと指示を出した。
「それじゃ、弐号機を回収しましょうか」
言い終わると、シノは又溜息を吐いてしまった。
(整備の人達、それに経理の人達。暴走するアスカを止められなくてご免なさい)
シノは、弐号機の損傷によって、更なる過負荷が掛かる人達を思って、胸の内で謝るのであった。
尚、弐号機を回収する際に、溶解液で溶け爛れた弐号機の装甲を見て、レイが泣き言を上げた
『うへぇ、ばっちいですよ〜。御姉様』
「我慢しなさい。放水で溶解液を薄めたとは言え、放っておけば、更に損傷が酷くなりますよ」
『それはそうですけど………やはり汚いモノは汚いですよぉ』
「勿体無いでしょう、弐号機が」
『でもでもぉ、コレって二番目が悪いのだからぁ………
発令所なりからプラグ内の生命維持装置を弄くってもらってぇ………
電気ショックでモーニングコールしてもらった方が楽かなぁ、とか』
「レイ、それ以上言ったら、お・し・お・き、しますよ。
今だネルフ本部の機能は、全て復旧した訳でもありません。
上手く生命維持装置がコントロール出来ない場合も考えられますよ?
先も言いました様に、放っておいて更に損傷が酷くなったら、真面目に仕事をしている整備の人達や、お金の遣り繰りで苦しんでいる経理の人達が可哀想でしょう。
それに、直ぐにではありませんが弐号機パイロットの代わりは居ます。
でもね、エヴァはそうホイホイと建造できないのですからね」
レイも酷い事を言っているが、シノもサラリと酷い事を言ってしまう。シノも結構ストレスが溜まっているのかしれない。
尚、回収中のシノとレイの会話は、勿論アスカには秘密である。
シノとレイが弐号機を回収している頃、エレベーターの二人の世界では………
「何で、開かないのよっ」
加持に肩車されたミサトが固い非常口を如何にか押し開けようと、肩で非常口を押したりして奮闘していた。
先程から奮闘していた為、下の加持も好い加減疲れてきていた。それを証明する様に、ミサトが力任せに非常口を押し開けようとする度に、僅かにふら付いてしまう。
ミサトの何度目かのトライの時、急にエレベーター内が非常灯から通常の照明に戻った。
加持の肩に乗るミサトが、間近の灯りが急に灯った事で眩しげに目を瞬かせる。
ミサトを肩に乗せている加持が不審下に頭を擡げようとした。
その時、エレベーターは静かに動き出した。
しかし、動き出した時に何時もと異なり微細な振動があり、それは僅少なバランスで成立していた加持のミサトへの圧力を変化させた。
僅かな力がミサトの下腹部に加わり、それは膀胱を刺激する。そして、ミサトの顔色が急変した。
「あっ、あ、あっ、あ〜」
そのミサトの悲鳴とも愉悦とも言えない叫びに続いて、ミサトの絶叫がエレベーター内に響く。
それに唱和する様に、加持の絶叫もエレベーター内に響いた。
「「ぎゃぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ」」
帰還したシノは、気絶したアスカがストレッチャーでケージから運び出されるのを見送ると、シャワーを浴びにケージから離れた。
香料入りのシャワーを浴び、LCLを流した後に身嗜みを整え、デブリーフィングの為、ブリーフィングルームに向かう。
ブリーフィングルームに入ると、先にシャワーを浴び身嗜みを整えたレイが、リツコやマヤ、楓や紅葉と共に出迎えた。
シノは、活躍してくれた御付の二人に礼を言う。
「楓、紅葉。ご苦労様。助かりましたよ」
「「ありがとうございます。マスター(主様)」」
シノの言葉に楓と紅葉が喜色も露わに、返礼を言う。
そして、シノはリツコとマヤの方を振り向くと、頭を下げた。
「エヴァの手動起動、ご苦労様でした」
リツコは目礼を返しただけだが、マヤは畏まってしまった。
「い、いえ、そんな事」
そんなマヤを見て、シノはくすっと微笑むと、室内を見回した。
(確か、拘束とかしていませんよねぇ?
それに、出獄しているハズですし………)
シノは、室内に一人足りない事に気が付いた。
こんな場合、必ず嚼み付いてくるナマモノが居ないのだ。
行き成り無粋な事も聞くのもと思い、シノはデブリーフィングを開始させた。デブリーフィングが終わりに近づいた頃、シノは眠そうな眼をしながら、リツコに対して先程感じた疑問を口に出した。
「そう言えば、何時も煩い牛は、どうしましたか? リツコさん」
シノの質問を聞き、リツコの表情が急に壊れた。
リツコは吹き出す笑いを堪えながら、可笑しそうにシノの質問に答える。
「牛ね(プププッ)
牛はね、停電の最中、加持君と一緒にエレベーターに閉じ込められてね(プププッ)
そ(ププッ)それで、加持君の肩を借りて、エレベーター天井部分の非常脱出口から(プププッ)
出ようとして(プププッ)そうしたら停電が回復して、エレベーターが(ププッ)動き出して(プッ)
そのショックで(ププププププププッ)」
「「「「そのショックで?」」」」
シノ、レイ、楓、紅葉は、先を早く聞きたいとばかりに身を乗り出す。
「(プププッ)牛ね(プッ)牛がね(プッ)
が(プッ)我慢していた、オシッコを(ププッ)漏らしちゃったの(ププププッ)
加持君の頭の上から(アーーハハハハハハハハッハハハハハハハハッハハッハッハッハッハッ)」
笑いが止らなくなってしまったリツコ。その状況を思い描いたのか、机を叩きながら笑い転げている。
その隣では、顰めっ面をしたマヤが
「不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔………」
とブツブツと連呼する。
「ほ、放尿プレイですか………(汗)」
シノはその話を聞き、大粒の汗をタラ〜リと流してしまう。
(何と言うか、物凄いマニアックなHENTAIプレイですねぇ)
ミサトと加持の関係を“凄いマニアなHENTAIプレイヤー”と、シノは脳内の資料を修正する事にした。
「「(キャ、ハハハハハハハハハハハハハハ)」」
卵がね転がるのよ、と言わんばかんりに、楓と紅葉は笑い転げてしまう。
「(アーハハハハハハハハッハッハハハハハハハハッハ)」
とリツコは今だ爆笑中。
何か考え込んでいるのか、レイは無言であった。
しかし、内心では………
(放尿プレイって、何? 今度、御姉様にお願いして………)
危ない考えをしているレイが、ブリーフィングルームに居たのであった。
アスカは意識が戻ると、精密検査を受けていた。
そして、日付も変わろうとする頃。医師達は、エヴァのフィードバックがアスカに対して大きな影響を与えて居ない事を確認した。
そして、アスカが起居している部屋が本部に隣接している宿舎である事から、アスカに帰宅する事を許可した。
明日もアスカに対しては医療検査を行うので、病室にお泊りをしてもらっても良いのではあるが、アスカが癇癪を起こすと、医療スタッフに負傷者が出る可能性が大きいので、医師達はアスカを体良く追い出したのだ。日付が完全に変わった頃にアスカは部屋に帰ると、シャワーを浴びて、お気に入りの赤いパジャマに着替えるとベットに入った。
「寝不足は、お肌の大敵なのよ」
等と言いながら、部屋の照明を常夜灯に変えると、スーッと眠りに入る。
活躍しなかったとは言え、地上からジオフロントまで自前の足で歩き、使徒戦を行ったのだから、アスカと言えど疲労は蓄積する。
そして、午前3時頃。
惣流アスカ・ラングレーは、ふと目を覚ました。
自分の耳元で“いちまーい、にーいまーい………伝票がぁ、まぁ〜たぁ〜増えたわぁ”と言う陰陰滅滅たる女性の声が聞こえたからだ。
ベットから身を起し、部屋を見回すが自分以外は誰も居ない。
何故?と思った時に、部屋の固定電話の呼び出し音が鳴り響いた。その電話を取った途端、惣流アスカ・ラングレーは部屋の固定電話の前で受話器を持って畏まってしまった。
「アスカちゃん、聞いているのっ!!」
アスカが手に持つ受話器からは、惣流キョウコ・ツェッペリンの大怨霊音量が漏れ出していた。
「アスカちゃんっ!
アスカちゃんが銃殺されたんじゃないかって………
もしくは、絞首刑になったんじゃないかとか………
又は、電気椅子に座らされているんじゃないかとか………
他にも、ギロチンとか、薬殺とか、車裂きとか、鋸引きとか、磔とか、斬首とか………
もうアスカちゃんが処刑されたんじゃないかと、ママは心配で、心配で、心配で、心配で、心配で、心配で、心配で、心配で、心配で、心配で………」アスカの眠れぬ夜が、まだまだ続く事は、運命が請け負っていた。
To be continued...
(2008.10.11 初版)
(Postscript)
第8話後編をお届けします。
第8話後編は、マトリエル戦となります。
原典でのマトリエルの話もそうですが、この話はかなりのエピソードが一緒くたに入っている話しです。
なるべく、時系列を並べた感じが出ていれば良いかな、と思い書いていました。
肝心のマトリエルたんですが、弱いくても良いスカッと殺られろ、とばかりにサックリとカタを付けてあります(笑)。
さて、暇を作ってコツコツと次話を書いていきましょうか。